第412話 関与
凍雫も、俺に対しては効果が無いものの、ニル達に対しては効果が出てしまう。そこで、ニルの氷魔法の出番だ。凍雫は、周囲を急激に冷やすという単純な効果の魔法である為、氷の壁を一枚作り出してやれば、効果を遮断出来る。聖魂魔法を、中級の魔法で?と思うかもしれないが、他の属性魔法ではこうはいかない。火魔法を使った壁を作り出したとしても、全く意味を成さなかった。これはあくまでも、氷魔法だから出来るという事なのだろうと考えている。氷の壁が温度的な
とにかく、ニルが作った壁の裏側には、凍雫の効果は及ばないと分かっている為、ニルが防御の意味で俺とニル達の間に壁を作ったのだ。
氷の雫が地面に落ちる。
ピチョン…
やけにハッキリと聞こえてくる、雫が落ちる音。
バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキッ!!
オウカ島で見た威力とは段違いだ。
地面が凍り付き、目の前に居たはずの盗賊達。そしてザレイン農場であろう工事現場。その全てが、表面に
盗賊達は、断末魔すら発する事が出来ず全身が凍り付く。いや、そもそも自分に起きた事を理解するより早く、全身が凍り付いてしまったのだ。歩いている者や話している者。それらが、そのまま絵として切り取られたかのように動きを止めている。
「さ、寒っ!」
スラたんが二の腕を擦りながら、氷の壁の裏から出て来る。
「す、凄いね…完全に凍っているよ…」
コンコンッ!
スラたんが近くの壁をノックして、それすらも凍っている事を確認している。
「時が凍り付いたみたいですね…」
ガシャンッ!
ピルテが、凍り付いた盗賊の一人に触れると、それが倒れて、粉々になり、破片が凍った地面の上を滑って行く。
「後は風魔法でも何でも良いから、全て粉々にして終わりだ。」
「シンヤ君だけは敵に回したくないね…」
ザレイン農場、その全てを粉々に破壊する前に、一応、中がどんな状況になっているのかも確認する。
折角ザレインの事について知るチャンスを、わざわざ粉々にする必要は無い。調べてからでも遅くはないはずだ。
「俺には何が何かさっぱり分からないし、スラたんに頼むよ。」
調べてみると言っても、専門的な事はスラたんに任せる、他力本願状態だが…
「うん。これは僕の専門だからね。任せて。
まずは……」
全てが凍り付いているが、何かしらの情報くらいは手に入るだろう。
スラたんが中を確認している間に、俺達は他の連中が来ないか見張りをしておく。とはいえ、大きな音もなく一瞬で凍り付いた為、異変にも気が付けない。確認に来る連中は居ないし、今はそれどころではないだろう。
暫くすると、中から出てきたスラたんが、何やら難しい顔をしている。
「どうした?」
「んー…話をしたいけど、まずは離れた方が良いよね?」
「…そうだな。ここは破壊して問題無いか?」
「うん。もう調べられるものは調べたから大丈夫だよ。」
「よし。ニル。ピルテ。」
「「はい!」」
バギバギバギバギバギバギバギバギッ!
俺と合わせて三人で、上級風魔法をザレイン農場にぶち込んで崩壊させる。
残ったのは、氷の粒が舞って出来た白い煙だけ。人も、物も、全てが粉々になった。
「液体窒素でもここまでは出来ないから、それ以上の魔法って事だよね…?」
「そうだな。」
「こうして見ると、粉々になった氷の破片が地面の上に積もっているように見えるけど…あの中に、ここに居た人達が…」
「……………」
「あ…ごめん…そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、魔法って、凄く怖いものだなってさ…」
「そうだな……でも、魔法が人々の生活に与えている恩恵も有るし、結局は使い方次第だとは思うぞ。って、俺の場合は人を殺す為に使っているんだから、それを言う権利は無いかもしれないがな。」
たったの一撃で、目の前に居たはずの二百を超える人々を殺したのだ。使い方を語る資格は無いだろう。
「そんな事より、今はザレインの事と領主の事だ。話は移動しながら聞く。取り敢えずここを離れよう。」
「そうだね。」
領主の住む城に向かいつつ、スラたんから聞いた話は…
凍り付いた農場の中で見たのは、ザレインの畑。土からポコポコと芽を出している物や、花を咲かせている物も有り、数は数えるのが面倒になるほど。
ただ、既に魔法によって完全に凍り付き、植物としては完全に死んでいたらしい。解凍したところでどうにもならないだろうという事だった。それでも、念の為、畑を全て破壊して、ザレインを完全に消去したらしいが。
一通りの破壊が終わり、周囲を確認していると、机の上に置かれている球根と種が見えたらしい。畑に球根と種が置いてある事自体は、別に不思議な事ではない。しかし、スラたんはそれが気になって調べてみたらしい。
そこで、スラたんでも分からない不思議な物を見る事になる。
「どうやら、種や球根に、何かの処理が施されているみたいなんだ。多分、それが急成長や、難しいと言われたザレインの栽培を可能にした要因だとは思うんだけど…それが何なのかよく分からないんだ。」
「魔法的な何かか?」
「恐らく…だけどね。」
「可燃性の物を使っているというのと関係しているのか?」
「間接的には関係していると思う。」
「間接的に?」
「うん。色々と見て回ったけど、それらしい物は見付けたんだ。ただ……」
そう言ってスラたんがインベントリから出してきたのは……
「これは……」
どこかで見た事の有る形状。
「もしかして
油等を売り買いする時に使うような金属製の容器だ。上部に丸い口が付いており、そこから中身を取り出せるようになっている。しかし、この世界に一斗缶は存在しない。いや、正確に言えば似たような物は有るが、普段使いするような物ではないし、ましてや盗賊達が使うような物ではない。
「だよね。どう見ても一斗缶だよね?」
「あ、ああ…」
「シンヤ君…もしかすると、予想外の者が関わっている可能性も出てきたよ。」
「……………」
もし、この一斗缶が、単純にこの世界で新たに開発された物ならば問題は無い。しかし、もし、誰かの入れ知恵で作られた物ならば……プレイヤーの関与が予想される。
「神聖騎士団か…?」
まず疑うのは神聖騎士団だろう。プレイヤーは神聖騎士団の連中に取り込まれているのだから。
「ううん。そうとは限らないよ。」
しかし、スラたんは首を横に振る。
「僕が逃げて来られたんだから、同じように神聖騎士団から逃げて来た連中も居るはずだよ。」
「神聖騎士団に属していない連中が、他にも居るって事か?」
「僕の予想ではね。ここまで、神聖騎士団の関与を疑う物は何も無かったからね。」
神聖騎士団が回りくどいやり方をする必要性は無い。これは今も変わっていない。わざわざこんな場所でちまちまザレインをばら撒くより、一気に軍隊で押し潰した方が早いし確実だ。それをしていないとなると、神聖騎士団の関与は無いように思う。
そうなると、こちらに飛ばされて来て、神聖騎士団から抜け出したは良いが、その後、盗賊の一味に…という流れになるのだが…
「わざわざ神聖騎士団から離れたのに、盗賊に?」
「僕にも理解し難い事だけど、世の中にはヒーローよりもヒールになりたがる連中も居るんだよ。自分達は死んだ後、元の世界に戻れると思っているなら、ここでは好きなように生きようとしているかもしれないね。」
元の世界でも、荒らしやチーターといった者達は掃いて捨てる程に居た。自分達が人から嫌われるような事をしているという自覚が有るにしろ無いにしろ、実際にヒールを演じたがる連中は存在していた。この世界がゲームの延長線上に在る世界だと考えていて、それならばとヒールを演じる奴が居てもおかしくはない…か。もし、その予想が当たっていたとしたら、同じ世界に居た者として、実に恥ずかしい限りだ。
この世界の人々に、実害が出ているし、既に何人もの命を奪っているに違いない。その自覚も有るのか無いのかは知らないが…どちらにしても、やった事の責任は、向こうの世界だろうが、こっちの世界だろうが、必ず取らされる事になる。それだけは変わらない。そして、同じ世界に居た俺達が、対処しなければならない案件とも言える。
「もし、本当にスラたんの予想が当たっているなら、俺達が何とかしないとな。」
「……だね。僕もそう思う。」
「それで?中に入っていたのは何だ?」
「一応見てみたけれど、よく分からないんだ。多分、メタノールのような物だとは思うけど…」
一斗缶は中身までガチガチに凍り付いてしまっている為、スラたんが逆さにして叩くが、ガンガンと音がするだけ。
「完全に凍っていますね…」
「威力の調節は出来ないからな…すまん…」
「削り取って溶かせば問題無いよ。ただ、何が入っているのかの正確な調査は、今直ぐには難しいかな。凍っているからじゃなくて、溶けていても調査は難しいって意味だよ。」
「そうなのか?」
「うん。これが何かって分析になると、成分分析装置なんて無いし、色々な物と混ぜて、その反応から何なのかを分析するんだ。ここでやるには時間も材料も足らないよ。
でも、さっき言ったように、恐らくだけどメタノールとか、エタノールみたいな物だとは思う。」
この世界には酒も存在するし、アルコールという概念を持った者ならば、それだけを取り出す方法も直ぐに思い付くはず。それを実践し、一斗缶に…という事だろう。
「つまりは、アルコールだよな…?それを何に使っていたんだ?」
「見た限りだと、水の代わりに撒いていたみたいだよ。」
「水の代わりに?」
「これは僕の予想でしかないけど、恐らく、アルコールを吸収させる必要性が有るんじゃないかな。」
「それがザレインを育てるコツか?」
「うーん…どうかな。何かの処理が施されているから、その結果、アルコールを吸収させる必要が有るという事も考えられるし…そこで悩んでいたんだよ。」
「詳しい事は分からないが、アルコールを撒いていた…と。」
「調べたいのは山々だけど…」
「…今は騒ぎが起きている間に領主をどうにかする方が優先だな。話が大きくならないと良いが…」
領主が、敢えて自分の住んでいる城に罠を仕掛けている事を考えると、ステータスの高いプレイヤーが絡んでいるから、安心している…とも考えられる。
今回、ザレインの栽培に関して、領主に入れ知恵したであろう謎の男。それがプレイヤーという事も考えられる。
もし、相手がプレイヤーとなれば、戦闘もかなり激しいものになる可能性が高い。俺やスラたんも、無傷というわけにはいかないかもしれない。
話が大きくなる予感が凄く強まっているが、ここで逃げるという選択肢は無い。
「ピルテ。」
「はい?」
「俺やスラたんが逃げろと言ったら、直ぐに逃げるんだ。」
「私だけ…ですか?」
「状況によるが、それが全員生き残る為に最善の方法という事も有る。逃げろと言ったら直ぐに逃げてくれ。」
「……分かりました。」
遠回しに、ピルテが居ると、邪魔になるかもしれない…と言っているのだ。ピルテに対して、酷い言葉かもしれないが…ピルテは納得して頷いてくれる。
移動を開始してから暫く後、俺達は、スラたんが先日、城の屋根に登った時と同じ場所に到着する。
「計画では、飛び移る予定でしたが…」
いくら街の中が大混乱だとは言え、曲がりなりにも領主の住居。兵士達の警護は有る。
「前にスラたんが渡ったように、鉤糸を使って、今回は全員渡るつもりだ。」
「下から見えちゃうけど、大丈夫なの?」
「今は警護の連中も余裕が無い状態だ。道を歩いている者達に意識が行っているはずだ。さっさと渡ってしまえば、気付かれる事も無いだろう。まあ、見付かった時は派手に行く事になるが…何とかなるだろう。」
出来れば見付かるという事は無いようにしたいが、プレイヤーが関わっている可能性が有る以上、そんな事を気にしている時間が無いかもしれない。
今はとにかく素早く目的を達成し、この街から離れるべきだ。多少派手になっても、領主を拉致出来れば、他の事は何とでもなる。
俺達は身元がバレないように、ギャロザ達が持っていた木の仮面を被る。
仮面は、敢えてその印象が強く残るように、派手に着色されている。赤色、黄色、オレンジ色等、目に入ると強く記憶に残るような色で、星型や丸、四角のような覚え易い模様が描かれている。
仮面の印象が強く残れば残る程、俺達の身体的な特徴についての印象は薄くなり、追跡され難くなる。
「情報収集は出来ればで構わない。とにかく、まずは領主の捕獲だ。どの部屋に居るのかも分からないし、どうしているのかも分からない。気を付けてくれ。」
ここからの計画は、二人一組で城に侵入。虱潰しに領主を探し、見付けたら即時確保、離脱の流れだ。
本来ならば、ハイネと合わせて、スラたんとピルテが静かに城の中を探索する役回りで、俺とニルは多少派手に敵の目を集める役回りだ。ハイネが居ない事で、スラたんとピルテだけになるが、隠密が得意なピルテと、スピードに自信の有るスラたんの組み合わせならば、見付からずに領主を探し出すのはそれ程難しくはないはず。
全員が心の準備を終えたタイミングで、城に向けて鉤糸を投げる。今回は、屋根の上ではなく、最上階の窓付近に鉤爪を引っ掛ける。
「行くぞ。」
「はい!」
スラたん、ピルテ、ニルの順番で城の中へと向かって糸の上を走って行く。俺は糸を支える役だ。
三人は糸を渡ると壁に張り付き、ピルテが窓から中の様子を確認し、人が居ないと判断すると、スラたんが腰袋から瓶を取り出す。
蓋を開け、中の粘液を窓に掛けると、じわじわと窓ガラスが溶けていく。ガラスを溶かす粘液は、クォーツスライムによって作り出された溶解液に違いない。
【石英溶解液(クォーツスライム)…クォーツスライムから作り出した粘液。石英成分を溶かす事が出来る。】
クォーツとは、石英の成分が結晶化したものであり、結晶化していない物をガラスと呼ぶ。つまり、どちらも成分的には同じ物である。その為、クォーツスライムから作り出された粘液は、ガラスも水晶も溶かせるという事だ。
溶けたガラス部分から手を差し込んだスラたんが、窓の鍵を開いて中へと入る。その次はピルテ。そしてニル。三人が中に入ると、鉤爪を外し、綱引きの要領でアラクネの糸をしっかり握り、俺も反対の端をしっかり握る。後はどうなるか分かるだろう。三人が強く糸を引っ張ると、俺は羽のように宙を舞って、城へと飛んでいく。
情けない声を出しそうになったが、何とか我慢して、無事、窓の中へと到達。
「ここからは予定取り、僕とピルテさんで探索していくね。」
「ああ。騒ぎになりそうなら、俺とニルが矢面に立つから、二人は見付からないように頼むぞ。」
「うん。」
「はい。」
返事をしてくれたスラたんとピルテは、二人で廊下の先へと消えて行く。
「凄く豪華な城ですね…」
俺とニルも領主を探す為に廊下を反対側へ向かって歩き出すが、直ぐにニルがそんな事を言う。
真っ赤な
「ザレインで儲けた金が、こんな物に化けていると考えると、イライラも倍増だな。」
ザレインをやりたくて手を出した者ならばまだしも、強制的に薬漬けにされたような人達も、きっと居るだろう。そんな人達の金を吸い上げた領主が、城の装飾品を買う姿を想像すると、どうにも我慢出来ない。
「スラたんが頑張ってくれている事は分かっているが、早く解毒薬を作って欲しいな。」
「はい…」
解毒薬を作って、体内に入っている毒素を抜き取ったとしても、ザレインの魔の手からは逃れられない者達も居るだろう。だとしても、ザレインから逃れたいと、大抵の人達は思っているはず。解毒薬さえ出来れば、そういった人達の助けになるのは間違いない。
「解毒薬を作っても、完全に解決しないというのが、薬物の怖いところだが、このまま放置もしていられないからな。」
「まずは大元を潰さなければなりませんね。」
「ああ……っと。隠れるぞ。」
廊下を歩いていると、ガシャガシャと金属鎧の音が聞こえてくる。
城の中も、かなり慌ただしい雰囲気で、倉庫の一件で対処に追われているというのが伝わって来る。
ザレイン農場が粉々になった事も、そろそろ伝わる頃だろうし、更に慌ただしくなるだろう。その前に全て片付けば良いが、そこまで楽に終わるとは思っていない。
数分後、俺の予想通り、城の周辺、城の中、共に慌ただしく人が動き始める。
相変わらず、この世界は俺に対しては鬼畜仕様だ。
「騒がしくなってきたな。」
「私達の出番も近そうですね。」
俺とニルは、物陰に隠れつつも、周囲の探索を行なっていたが、一時的に中止し、城内の状況に注意する。
「おいっ!聞いたか?!」
二人の兵士が廊下で話しているのが聞こえてくる。
「農場がやられたんだってな。誰の仕業か知らないが、恐れ知らずも良いところだ。領主様も、フヨルデ様も黙っちゃいないだろうよ。」
「しかも倉庫もやられたんだろう?」
「ああ。次はこの城だって騒いでいるらしいから、外に出ている連中も戻って来ているらしいぞ。」
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