第411話 ザレイン農場

倉庫が連なる地区の中で、全員が気付くだろう距離、場所に投げ付けた閃光玉が光り、誰か居るのか?と思わせる程度の注意を向けさせる。


無意識に、全員が目を向けた瞬間、俺は魔法を発動させ、シャドウパペットを生成。そのまま即座に倉庫の屋根へと飛び上がる。

流石はニルだ。これ以上無い完璧なアシストを決めてくれた。


倉庫の屋根上となると、護衛達も気にしておらず、見付かってしまう心配も無さそうだ。


俺達が見張っている倉庫は、木製の倉庫で、通気性が良くなるように、側面の、屋根に近い部分にいくつか空気穴が空いている。

穴の大きさは、ギリギリ大人一人が通れるだろうサイズ。しかし、その穴にはしっかりと鉄格子がはめ込まれており、それを外さなければ絶対に通る事は出来ない。


俺は屋根の上で魔法陣を描き、鉄格子付近の音が聞こえないように防音を施す。


屋根の上から下を覗き込むと、見張りをしている者達三人が見える。全員、光への興味を既に失っており、静かに時間が過ぎるのを待っている。


どうやら俺が作り出したシャドウパペットに気が付いていないらしい。とはいえ、いつバレるか分からない。こっちはこっちで素早く終わらせよう。


倉庫に入るには鉄格子を外して入るしかない。壁を壊してしまうと、四人が襲撃に来る前に、俺が入った事がバレてしまう。鉄格子は、壁にはめ込まれているだけに見えるし、上手く横から強い衝撃を与えてやれば、スポーンと枠ごと抜けるはず。


俺は逆立ちの要領で、屋根の縁に手を置き、体を捻りながら逆さまにする。屋根の内側に背中が向くように逆立ちした状態から、体を外側へと倒し、手で掴んでいる屋根の縁を起点に体を回転させる。鉄棒で言うところの大車輪みたいな動きだ。

体が逆さから元に戻るタイミングで足を前に出し、鉄格子へと押し付ける。遠心力で乗りに乗った体重が、全て足に集約され、俺の蹴りと合わせて鉄格子を強く押し込む。


防音魔法のお陰で音は聞こえないが、鉄格子は多少壁を破壊して倉庫の内側へと枠ごと吹き飛ぶ。

俺もその勢いのまま、手を離して体を穴に通し、鉄格子と共に倉庫の中へと飛び込む。


タンッ!パシッ!


着地とほぼ同時に落ちてきた鉄格子をキャッチして、音を抑える。


「…………………」


どうやら外の連中にはバレていない様子だ。


薄暗い倉庫内。空気穴から入ってくる月明かりだけが光源で、木箱が積まれているのが薄らと見える程度。

倉庫内には甘ったるい臭いが充満し、今にもせてしまいそうだ。


ゆっくりしている時間は無い。

俺は直ぐにインベントリを開いて、荷物を次々とインベントリの中へと収納していく。全部で何箱有ったのか分からないが、とにかく全ての木箱をインベントリに収納する。一人での作業で、予想より少し時間が掛かってしまったが、外の連中には気付かれていないし、大丈夫だろう。

倉庫の中に残ったのは、木製の棚だけ。次に倉庫へ入った奴は、驚愕で叫ぶだろうか。それとも、驚愕で言葉を失うだろうか。どちらにしても、何が起きたのか理解出来ないだろう。


俺は棚を足場に、入ってきた空気穴から出て、外れた鉄格子を無理矢理はめ込み直し、屋根に戻る。


俺の姿に気が付いたニルが、服の中からアイテムを取り出しているのが見える。もう一度気を逸らしてもらい、シャドウパペットと入れ替われば終わりだ。


パンッ!


ニルが投げたのは、小さな緑色のカビ玉。音だけが出る音玉だ。


微かに聞こえる爆発音に、外の連中が注意を逸らす。何か聞こえたような…とか思っているのだろう。


俺はその隙にシャドウパペットと入れ替わり、ミッションコンプリート。


「外の連中は、何も気付いていません。」


「そうか。上手くいったな。

中にはかなりの量の荷物が入っていたが、全てザレインに間違いない。これだけでどれ程の損害になるかは知らないが、ハンディーマンも領主も、かなりの痛手になる事は間違いないだろうな。」


「他の倉庫も、皆様であれば間違いなく上手くやって下さいます。となれば、後は農場だけですね。」


「こっちも終わってはいないんだ。最後まで気を抜かないようにな。」


「はい。承知しております。」


ザレインやハンディーマン。腐った貴族。今回の相手は、同情の余地が一切無い相手ばかり。さっさとこの世から滅してしまいたいと思うのも分かるが、油断は禁物だ。ニルに今更そんな事を言うのは最早失礼に値するレベルだとは思うが、たまにはご主人様らしい事も言わなければ。これが事なのかは分からないが…


「さてと……そろそろ約束の時間だと思うが……」


不自然にならないように気を付けながら、周囲を見渡していると、暗闇の中、ゆっくりと動く影が見える。


「どうやら来たみたいですね。」


「ああ。」


「こちらからは、何かしますか?」


「いや。タイミングを見て閉じ込めるだけだ。」


「分かりました。」


四人に気付かない振りをして待っていると、影が倉庫の方へと近付いて行く。倉庫の入口は、正面に一つ。それだけだ。その入口は、俺達も、離れている別の見張りもしっかり見ているし、そこからはどう足掻いても入れない。どうするのかと見ていると、俺達からのみ見える位置へ移動した四人が、風魔法で防音処理をして、壁に穴を空け始める。


「だ、大胆過ぎませんか…?」


どこかに忍び込んで、何かを盗み出そうとした場合、なるべく痕跡を残さないように細心の注意を払う。これが俺達にとって当たり前の事だ。

大胆に壁をぶち破ってしまえば、誰が見ても襲撃されたと直ぐに分かる。痕跡を残さなければ、それが例え数分だとしても、追手が放たれるタイミングを遅らせる事が出来る。そう考えるのが普通だと思っていたのだが…どうやら四人にとっては違うらしい。

いくら俺達に罪を擦り付けようとしているとはいえ、バレるのが遅ければ遅い程、自分達にとっても都合が良いはず。しかし、そんな事はお構い無しと、ガッツリ壁を破壊していく四人。

しかし、既に中に荷物は無い。明かりを持っていなくて、中の様子が分かっていないのだろう。気の毒な連中だ。そうさせているのは俺達だが。


「ニル。そろそろだ。」


「はい。」


俺は魔法陣を描き始め、ニルはアイテムを取り出し、立ち上がる。


四人が壁を破り、中に入ると同時に、ニルが走り出す。


穴の直ぐ前に到達すると、四人は倉庫の中を見てポカーンとしている。何も無いのだから、その顔も頷けるが、何も無いと分かれば、直ぐに出て来て逃げるべきだった。まあ、そう出来ないだろうとは思っていたのだが。


ニルが投げたのは炸裂瓶。但し、四人には生きていてもらわなければならない為、爆発力や飛散する胞子は少なくなっている。当たり所が悪ければ死んでしまうかもしれないが、最低でも一人は生き残るだろう。


炸裂瓶が爆発するかどうかというタイミングで、俺が魔法を発動させる。中級土魔法、ウォールロック。


ズガガッ!


出現した石の壁が、穴を塞ぐ。


「ぐああぁぁっ!」


壁の奥から叫び声が聞こえる。何が起こったのか理解する前に、ダメージを負って、壁を塞がれ…今頃自分達が餌だったと気付いている頃だろう。


「どうした?!」


俺達の動きを見た見張りの連中が駆け寄ってくる。


「盗みだ!中に閉じ込めた!」


「なんだと?!」


「直ぐに人を呼んでくれ!」


「おい!人を呼んでこい!俺達で見張っておく!」


見張りの中の一人が、ハンディーマンの男を呼びに走る。


「俺達じゃ中には入れねえ!倉庫から出さないように周囲を見張っておくぞ!」


俺達はどこから出てきても対処出来るように、全周をカバー出来る位置に着く。


中からは何やら話し声と唸り声のようなものが聞こえてくるが、怪我でろくに動けないのだろう。出て来る様子は見られない。


暫くすると、ハンディーマンの一人がやって来る。


「盗みが入ったってのは本当か?!」


「はい!中に居ます!」


「中にっ?!」


驚いた顔の男が急いで倉庫の鍵を外す。魔法的なトラップも仕掛けてあったらしく、解除するのが見えた。それなら、壁や空気穴にも対応出来るような魔法を施しておけば良いものを…とは思ったが、そのお陰で俺達は楽にザレインを回収出来たわけだし、良しとしよう。


そして、男が扉を開くと…


カシャンッ!


手に持っていた鍵束を落とし、扉を開いた体勢で止まっている。どうやら驚愕で言葉を失うタイプだったらしい。


「な、何も入っていない…?これはダミーの倉庫なのですか?」


見張りの一人がそんな事を男に聞いているが、耳に入っていないらしく、呆然とした状態で固まっている。


「………っ?!おい!荷物をどこへやった!」


倉庫の中で倒れて血を流している四人組に、男が詰め寄ると、胸ぐらを掴んで声を張る。


「うっ……」


「おいっ!」


「この……」


四人の内の一人が俺を恨めしそうな目で睨み付けて来るが、俺は何も感じない。四人がしようとしていた事を、俺達が逆にしただけの事だ。騙そうとした相手に騙されたのだから、何も言えないだろう。


四人組は炸裂瓶をまともに貰い、かなりのダメージを受けているらしく、しっかり返答する元気は無いらしい。死にはしないだろうが、暫く会話にはならないだろう。それとも、俺達に騙された事で、何も言えなくなっているのか…どちらにしても、荷物の無くなった倉庫に忍び込んで捕まったのだ。言い訳も何も無いだろう。


「お前達!一体何を見ていたんだ!」


男が振り返り、俺達に対して暴言を吐く。


「な、何って…そいつら以外には誰も入っていませんよ?ずっと見張っていましたし。なあ?」


「ああ。ずっと見張っていたから間違い無い。」


「……くそっ!くそくそくそくそくそっ!」


ガンッ!ガンッ!


癇癪かんしゃくを起こしたかのように暴れ始める男。棚を蹴ったりしているが、物事というのは、当たり散らしたところで解決しない。


「どうする……このままじゃ、俺が殺されちまう…他の倉庫から…いや、そんな簡単な量じゃねえ…」


ブツブツ言い始めた男が、その場で行ったり来たりと歩き回り始める。


「と、取り敢えず!倒れている奴らを拘束しろ!必ず荷物の場所を吐かせるんだ!」


「は、はい!」


予想通りの展開だ。後はタイミングを見て離脱するだけ。適当に離脱しても良いが、ハイネ達が上手くやってくれたならば、そろそろ…


「おい!こっちの倉庫は無事か?!」


ハンディーマンの構成員であろう男達が、慌てた様子で現れる。


「こっちのって…他の倉庫もやられたのか?!」


「くそっ!ここもか!これで全部の倉庫がやられた事になるぞ!」


「全部だと?!まずい…まず過ぎる…」


「何とかしないと、俺達全員殺されちまうぞ!」


「急いで人を集めろ!荷物を探すぞ!」


「いや!待て!犯人の一味を捕らえている!まずはこいつらを!」


「そんな事をしている間に荷物が外に出ちまうだろうが!まずは街の出入口を塞ぐんだ!とにかく今は人を集めろ!」


こうなって来ると、街の中は大混乱。誰がどこに居て、何をしているかなんて分からなくなってしまう。後は移動すると見せかけて、離脱するだけ。悠々と離れる事が出来る。


俺とニルが、スラたんの待っている墓地へ戻ると、ハイネとピルテも既に戻っていて、次の準備に取り掛かっていた。


「上手くいったわね。」


「ああ。後は俺のインベントリに入っているザレインもスライムに分解させれば全て消える。」


「あ、それは待って。」


「??」


「乾燥前のザレインの事を調べたら、溶解液と解毒薬の研究もはかどると思うから、いくつか残しておいて欲しいんだ。

薬を作るには、毒の事もよく知らないと作れないからね。」


「なるほど…分かった。それなら、ザレインはスラたんに渡しておくよ。上手く使ってくれ。」


「うん。ザレイン農場に向かって、その後、領主の城に向かうんだよね?」


「今は街中のハンディーマンと兵士が荷物の行方を探っている。ザレイン農場の警護は寧ろ増えただろうが、城の兵士達はかなり減っているはずだ。領主を捕まえるなら、今がチャンスだろう。」


「全員で行くなら、この男は一人で放置する事になるけれど、どうするのかしら?」


「ハイネかピルテに頼みたいんだが…」


「……それなら、私が残るわ。」


男の見張りを買って出たのはハイネ。ピルテとハイネが逆の立場になるだろうと予想していた俺としては、ちょっとビックリだ。


「良いのか?」


「ええ。そろそろ、ピルテも一人でやれるはずよ。

今回はそれ程難しい事はしないし、シンヤさんもスラタンも居るからね。」


「お母様…」


「最近はニルちゃんと競い合って、腕を上げているわ。この程度簡単にこなしてみせなさい。」


「…はい!」


予想外の事が起きる可能性は有る。有るが、それを含めて、ピルテに行かせるのだろう。


「何か有った時は、頼んだわよ?」


ピルテに聞こえないように、俺とスラたんにそう言ってくるハイネ。送り出すのは良いが、母親として、心配は心配なのだろう。


「任せて。僕が傷一つ付けさせないよ。」


「ふふふ。そこまでされると、一人で行かせる意味が無くなっちゃうけれど…お願いね。」


「任せて!」


色々と二人には世話になっているし、俺もスラたんも、ピルテにもしもの事が無いようにするのは当たり前だ。


「それじゃあ。この四人で行くとして…今回は、まず、ザレイン農場の破壊を行って、その足で領主を拉致、情報収集がメインになる。多少派手に動いても構わないが、領主に逃げられる事が無いように頼むぞ。」


「はい。」


「全体的な動きは、ギャロザのところで決めた計画で進めて行くが、その場その場で色々と変わってくるだろうし、状況に合わせて動いてくれ。

最終的な目標である、ザレイン農場の破壊、領主の拉致と情報収集が出来れば、それで問題無い。」


「分かりました。」


「よし。それじゃあまずはザレイン農場に向かうぞ。」


「はい!」


ピルテは随分と気合いが入っている様子だ。ハイネの期待に応えたいらしい。とはいえ、気合いが入り過ぎるということも無く、程よく緊張している程度。こんな状態のピルテに狙われる相手の事を考えると、少し同情したくなる気もするが、これまでの事を考えたならば、自業自得だ。


俺達がまず向かったのは、建設途中だという工事現場。


「相手にも余裕が無いのか、警護がおかしな量になっているね。」


「だな。」


ただの工事現場に、大量の盗賊。どう見ても、ただの工事現場には見えない。


「他にも農場が有るかもしれないけど、それは領主から聞き出せば問題無いだろう。まずは、ここを叩くぞ。」


「叩くのは良いけど、どうするの?この数を相手にするとなると、結構大変だよ?」


工事現場の中は見えないが、外に居る連中だけでも数十人居る。工事現場のサイズは五十メートル四方。中に居る連中も合わせれば、二百は超えるだろう。

いくらこのメンバーでも、正面から行くのは辛い。

当初の予定では、農場に居る連中をある程度排除して、ザレインの栽培に関する情報や、ザレイン自体を調べるつもりだったが、既にザレイン自体を確保しているし、それを調べれば済む話だ。それに、設備を壊さなければ、ある程度調べる事は出来る。


「敢えて中に入るつもりは無いさ。外から徹底的に潰す。それで問題無い。」


「火はダメだよ!?」


「分かっているよ。爆発系も使わないって。」


「も、もしかして、ノーブルをやっつけたって言う風の魔法を使うの?」


「いや、あれは周囲への被害が激しいからな。街中で使うのは無理だ。今回は別の魔法で行く。」


「…ここでは、僕達の出番は無さそうだね?」


「当初の予定でも、領主を攫った後は、俺が城ごと吹き飛ばす予定だったし、ここは変わらないさ。問題は領主の城の方だ。そっちではしっかりみっちり働いてもらうから、覚悟しておいてくれよ?」


「しっかりみっちりか…が、頑張らないとね!」


という事で、俺は早速聖魂魔法を使う。この工事現場には、一般人が入っている心配が無いのだから、一気に潰すのが得策だ。


キィィーーン………


耳鳴りがする。


『……シ…ヤ?』


「リッカか?」


『……な……ね……』


何を言っているのかさっぱり分からないが、声は間違いなくリッカのもの。どうやら、リッカの声を聞く事も出来るようになったらしい。会話にはならないみたいだが。


「悪いが、少し力を借りるぞ。」


『…うん…』


聞かずとも、リッカは力を貸してくれると分かっているし、精神的に繋がっているのだから、言葉にする必要は無い。だが、分かっていても、言葉にする事も大切だ。特に、リッカのように会話が出来る相手には。


リッカの魔法は凍雫とうだ。オウカ島で使った時は水に対してだったが、水に使わなければ威力が低い…なんて事は無い。


俺の手元に、氷の雫が生成され、ゆっくりと雫が落ちていく。


それに合わせて、ニルが魔法を発動する。


中級氷魔法、アイスウォール。

氷の壁を作り出すという単純な防御魔法なのだが、今回の場合、リッカの魔法、凍雫の範囲を限定する為に使う。詳しく言えば、俺達の方に凍雫の影響が来ないように制御する為のものだ。


残念ながら、聖魂魔法というのは、普通の魔法と同じように、攻撃手段の一つであり、誰かを認識して、その人には効果を及ぼさないという制御は出来ない。術者のみは効果を受けないという魔法は有るが、仲間に効果を与えない、なんて効果のものは一つも無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る