第410話 倉庫

「はい。御二人ならば、インベントリの魔法が使えますし、証拠は一切残りません。あの四人に盗られて、他で利用される可能性は有りませんし、上手くやれば、あの四人に罪を被せる事も可能かと思いますが。」


「…………………」


ニルの言っている事を実際に出来そうか、頭の中で手段を考えてみる。


「いけそうだね。」


俺より先に結果に至ったのはスラたん。


多少の危険は有るが、この三人ならば何とかなりそうだ。


「ああ。その手で行くとしよう。それで、肝心の保管場所については?」


「さっきも言ったように、火気厳禁という事は、そういった物から離された場所って事になるよね?

人の生活と火は、切っても切れない関係に有るから、火気が一切無い場所ってなると、結構絞られてくると思う。」


ギャロザから貰った地図を取り出して、月明かりと街明かりの中で、スラたんが地図を見ていく。


「例えばだけど……こことか。」


スラたんが指で示したのは、外壁近くの倉庫が密集している地点。


「他にも、こことか…ここもかな。」


そう言ってスラたんが示してくれたのは、三箇所。


どこもザレインの保管には悪くない立地。火気も無さそうだ。実際に見てみなければ分からない部分も多いが、見当は付く。


「結局、当初の計画とは大きく外れてきちゃったね。」


スラたんは地図を見ながら、そんな事を言い始める。


「領主の城がザレイン農場だって事が覆ったからな…とはいえ、場所が変わったというだけで、計画の殆どはそのまま使えるし、確認が取れたらそのまま流用するつもりだぞ。」


「そっか…別に目標が城じゃないってだけだもんね。」


「計画を実行に移す為にも、まずはザレイン農場の正確な位置と、周囲の状況を確認しないとな。」


倉庫番の役をするという話から、上手く手繰り寄せる事が出来れば、直ぐにでも実行に移せるはずだ。これは気張らないといけないな。


「ニル。スラたん。寝ずにで悪いが、これから、先にこの三箇所を見て回るぞ。先にどんな場所に在るのか見ておきたい。」


「はい。」


「僕は徹夜の鬼だよ?一徹くらい全く問題無いさ。」


「はは。そうだったな。」


こうして、俺達は計三つの倉庫らしき物を見に行った。結果から言えば、全てがザレインを保管する為の倉庫で、俺達が入ってきた隠し通路に繋がる倉庫を含めて四つ発見する事に成功した。

これで倉庫が全てかは分からないが、この四つの倉庫を全て空にしたら、かなりの量のザレインが消える事になる。ハンディーマンとしても、領主としても、そしてフヨルデとしても、かなり痛い一撃になるはずだ。いや、フヨルデだけはそもそも伯爵位を持っていて、ザレインの収入無しで成り上がって来ているから、痛手にはならないか。

とにかく、上手くやれば、被害者も減るのだし、一石二鳥。


という事で、街の皆が起き始める時間、まずは一度霊廟に戻る。


「おかえりなさい。」


「ただいま。」


「どうだったかしら?」


「ああ。悪くない収穫だ。」


ハイネとピルテに一通り話をする。


「その四人の冒険者達…どちらにしても、長くは生きられそうにはないわね。」


「あまりにも世間知らずですね。」


「俺達としてはラッキーだな。自分達も俺達を陥れようとしているのだから、陥れられたとしても文句は言えないはずさ。」


「その可哀想な冒険者達は良いとして、倉庫が分かった今、どうするつもりなのかしら?」


「可哀想な冒険者達のタイミングと合わせて、俺達が護衛を担当していない三ヶ所の倉庫を同時に襲撃する。」


「襲撃する…って、そんな事をしたら、凄く騒ぎになるわよ?」


「当然だろうな。ハンディーマンは猛烈に怒り、領主も慌てふためくだろう。だが、当初から予定していた、保管されたザレインの消滅を実践する。」


「話し合っていた計画の事ですね?」


「ああ。」


「確かに…それならば、私達が見付かる心配もありませんし、厄介な毒性を持ったザレインも、簡単に処理出来ますね。」


そもそも、ザレインを売り捌いているとなれば、保管されているザレインはそれなりに有るだろうと予想はしていた。本来の計画では、俺達が領主の城へ入ったところで、同時進行するつもりだったのだが、計画を切り取って、保管されているザレインの消去のみを行おうという事だ。


計画は実に簡単…とまでは言わないが、単純なものだ。


まず、ザレインを保管している倉庫付近に潜み、上手く目を盗んで、スラたんが連れて来たスライムを倉庫に送り込む。スライムがザレインを分解する事は確認済みである為、後は中の荷物をスライム達で消化するだけ。気が付いたら中の荷物が全て消え去っている…という計画だ。

城へのエントリーと同時進行する事で、相手の混乱と戦力の分散も狙った計画だったが、事は流動的に変化している。臨機応変に…だ。


因みにだが、スラたんがピュアスライムを通してスライム達を操れる範囲というのは決まっている。ピュアスライムを中心にして、円形に力は広がっていく。しかし、その円内全てに同等の力が働くということでは無い。ピュアスライムから離れれば離れる程に操作性能が落ちていく。距離が遠くなると、かなり簡単な指示しか出来なくなるのだ。

これには、ピュアスライムがスライムに指示を出しているメカニズムが大きく関わっているらしい。ピュアスライムは、魔力をスライム達に伝え、操作している。当然、魔力なのだから、離れれば離れる程に効力は弱くなる。

そうなると気になってくるのが、同時に襲撃するという話だ。いくら同じ街で、小さな街とは言え、端から端までピュアスライムの力が届くという事は無い。倉庫はそれぞれ離れた位置に在る為、ピュアスライムが一つの場所に向かえば、他の二ヶ所には力が届かない。

ここで役に立ってくれるのが、Cランクのモンスターである、マジックスライム。

魔法攻撃を得意とするスライムで、海底トンネルダンジョンでも戦ったスライムだが、名前の通り、普通のスライムより、ずっと多くの魔力を持っており、更には、それを操作する事に長けている種類である。実はこのマジックスライム。通常のスライムよりも、ずっと離れていても、ピュアスライムの指示をかなり正確に受け取り、動いてくれる。流石に無制限に…という事は無いのだが、ポナタラのような小さな街ならば、全域をカバー出来てしまう。スラたんは、ピュアスライムが他のスライムを操る力も魔力である為、マジックスライムとの相性が良く、互いに魔力を伸ばして接続する事が出来るからではないか…と予想していたが、詳しい事は分からない。

とにかく、指示通りに動いてくれるスライムが居るとなれば、同時の襲撃も可能になってくる。


計画としては、護衛として連れて行かれる倉庫を、俺とニルでタイミングを見て空にする。これはインベントリの中に木箱を収納するだけだから、それ程時間は必要無い。

そして、残る三ヶ所に、スラたん、ハイネ、ピルテがそれぞれ近寄って待機。四人が動き出すという二時より少し前にスライムで荷を消滅させる。スラたんならば、インベントリに収納出来るが、護衛の者が間違いなく他にも居るだろうし、安全に行動してもらう為、スライムに任せる事になるだろう。

中に入るのはマジックスライムだけで、スラたん達は動かない為、もし倉庫の中を覗かれたとしても、俺達だという事はバレないし、証拠も無いという事だ。


「俺とニルとしては、四人が来た所で、上手く捕らえて、荷物のことに関しては…」


「知らぬぞんぜぬ…という事ね。他の三ヶ所の襲撃も、間違いなくその四人の仲間だと考えるでしょうね。」


「護衛として配置されていた俺とニルは、四人を見付けた功労者として見られるだろう。感謝されるとまでは言わないだろうが、犯人だとは思われないはずだ。二人では荷物は運べないしな。

それと、恐らく俺達だけじゃなく、別の連中も護衛として雇われているはず。そいつらの目も有るから、俺達が運び出せば、その時点でバレる。それが無いとなれば、他の護衛達が証人になってくれるだろう。」


「インベントリという魔法が使える事を知らなければ、こんな手法だとは思いもしないわよね。」


「つまり、俺達はお咎め無し。四人が犯人に早変わりだ。」


結構作戦だとは思うが、こちらも手を抜いている暇は無い。


「それに、この作戦には続きが有る。大量のザレインを一気に失ったハンディーマンの連中は、どうすると思う?」


「消えたザレインの捜索と…ザレイン農場の警護強化かしら。」


「ザレインを栽培している農場が潰されれば、全てが消えてしまうからな。何としても農場だけは守ろうとするだろう。」


「つまり、騒ぎの後に、警護の強化が行われている場所が…」


「ザレイン農場という事ですね。場所の見当も付いていますから、後は確認するだけ…もし他にも農場が在ったとしても、直ぐに場所は分かるでしょう。」


「でも、それって僕達にとって不利になるよね?ザレイン農場に入るのが難しくなるし…」


「入る必要なんて無いからな。」


「も、もしかして…」


「わざわざ警護を強化して、ハンディーマンや領主の手の者が集まってくれるんだ。一気に叩くチャンスだろう?」


領主の屋敷が、敵を誘き寄せるゴ〇ブリならぬ、エネミーホイホイなのだから、こっちも同じように、ホイホイしても良いはずだ。


「農場と領主が切り離された事で、寧ろやり易くなったという事だね…」


「後はその混乱を利用して、当初の計画通り、領主の城へ行き、必要な情報を入手だな。」


「相手はこれ以上無い程に激怒しそうね?」


「俺達にとっては、褒められているようなものだ。」


「ふふふ。そうね。分かったわ。私とピルテも動く準備をしておくわ。」


「それで、ハイネ達は何か分かったか?」


柱に縛り付けられ、気絶している男を見下ろして聞いてみる。


「ええ。色々と分かったわよ。」


ハイネとピルテによって抜き取れた情報をまとめてみると…


ポナタラの領主であるテュイルという男と、ハンディーマンは、完全に結託状態にあり、テュイルはザレインの儲けで相当私腹を肥やしているらしい。

テュイルは、フヨルデの手足…というよりは最早傀儡状態で、右を向けと言われれば右を向き、靴を舐めろと言われれば靴を舐めるような奴らしい。まあ、これは聞かずとも分かる事だ。

重要な内容としては、このテュイルという男の元に、少し前、フヨルデの元から、一人の男が来たらしい。名前も顔も分からなかったが、この男が、ザレインの栽培を始める際に、領主の城の中庭に畑を作る事。そこにザレイン似た植物を植える事。そしてザレインの栽培方法を教えたらしい。


「栽培方法が分かったのか?」


「いえ。何か特別な物を使っているみたいですが、何かまでは…」


「やはり、領主本人から聞き出すしかなさそうだな。」


「ええ。この男から、領主やフヨルデの事を辿るのは難しいわね。でも、ザレインの事やハンディーマンについてはいくつか有力な事が分かったわ。」


まず、ザレインの保管庫である倉庫は、全部で四つ。俺達が探し出した倉庫で全てという事が分かったらしい。

これについては、他の倉庫が在る可能性も考えていた為、それが無いと分かって楽になった。

次に、ザレインを植えて、成長、採取までには、最大で一週間という短い期間で十分らしい。その後、乾燥に数日。麻薬として売り出す為の処理に数日。計二週間程で出荷が出来るらしい。


「二週間?!」


スラたんがかなり驚いて、目を丸くしている。


「さ、流石にそれは早すぎるよ…何かの間違いじゃないの?この男が嘘を吐いている可能性は?!」


「いいえ。間違いないわ。」


「早いのはよく分かるが、そんなに早いのか?」


「うん…常軌を逸しているレベルだよ。球根植物とはいえ、普通は植えてから咲くまで、数ヶ月レベルの話だからね。しかも、気温やその他の環境的なものにも左右される。この辺りは寒くなったり暑くなったりと気温も変化するはずだから、常に作り続けるというのは難しいはず。ただでさえ栽培が難しいんだからね。」


「特別な何かが、ザレインを急激に成長させている…と考えるのが普通だよな?」


「そうだね…そんな事が可能な物が、この世界に存在していて、それが今まで見付からず、最近見付かった…のかもしれないね。

僕としては、テュイルの元に来た男というのが非常に気になるけどね。」


「ただのメッセンジャーだと思いたいが…」


「今は分からない相手の事より、分かった事の整理が優先よ。」


「他にも何か分かったのか?」


「ええ。ハンディーマンの事についてね。」


ハンディーマンの事について分かった事は、二つ。


一つ目は、ハンディーマンとの接触方法だ。と言っても、ハンディーマンに依頼を出す時に使う方法が分かったというだけの事だが……この街のザレインを潰しても、ハンディーマン自体を潰せるわけではないし、後に役立つかもしれない。とはいえ、ハンディーマンの主要な稼ぎ口であるザレイン農場を潰せば、向こうから報復せんと俺達に絡んで来る可能性も有るし、無駄になるかもしれないが。


そしてもう一つ。捕まえて来た男だが、やはりハンディーマンの幹部の一人らしく、割と重要な男らしい。となれば、勿論ハンディーマンはこの男を探すだろう。俺達が指輪を渡して誘い出した事も、その内伝わるはず。ザレイン強奪の犯人として利用させてもらう四人が疑われている間は大丈夫だろうが、相手も四人がただ利用されているだけだと、近く気付くだろう。そうなれば、恐らくハンディーマンも本腰を入れて俺達を潰しに来るはず。どこかでぶつかるしかないのは分かっているが、恐らくその辺りが本格的な戦闘の開幕になるだろう。


「相手の手札が、全て見えているとは言えないが、見えてきてはいるな。」


「そうだね…なかなか厄介な手札ばかりだけど、一つ一つは対処出来る手札ばかり。ジョーカーさえ無ければ、一つ一つ潰して行くだけで何とかなりそうだね。」


「ジョーカーね…」


奥の手を隠しておくのは、この世界の常識。ジョーカーの存在は有ると考えた方が良いだろう。


「何にしても、まずは今回の作戦を成功させないとね。」


「そうだな。」


「この男はどうしますか?」


「交渉の材料にしたり、色々と役目は有りそうだから、生かしておこう。逃げないように気を付けて管理しておかないとな。倉庫を襲撃する際は、スラたんが一番ここから近い地点を頼む。」


「それは、出来れば、この人を僕が見張っていて欲しい…という事で良いのかな?」


「そういう事だ。出来ればここに居て欲しいところだが…」


「そうだね……誰かがスライムを近くに忍ばせておいてくれるなら、それでも大丈夫だと思うよ。」


「それなら、私がスライムを近くに忍ばせておきます。」


ピルテが手を挙げてくれる。


「それじゃあ、ピルテに頼む。後は予定通りで行くぞ。」


「はい!」


襲撃の準備を整え、夜が来ると、俺とニルは、四人の冒険者に言われた広場へと向かう。


広場とは言うが、小さは公園程度の大きさしかない空き地のような場所で、建物に囲まれており、明かりも無い為、かなり暗い。


「お前達か?」


そんな暗闇の中に、一人の男が現れる。赤と青の民族衣装のような服。こいつも間違いなくハンディーマンの一人だ。


「ラッドのメンバーだ。」


「三人だと聞いたが?」


「二人で十分だ。」


「……ふん。自信過剰でないと良いがな。付いて来い。」


男が背を向けて歩き出す。俺達は取り敢えず黙って追随する。


「今日はここだ。ルールは分かっているな?」


「ああ。問題無い。」


「ふん。」


俺達が任されたのは、墓場から一番遠い位置に在る倉庫で、周囲が倉庫ばかりの立地。俺達からは分からないが、既にハイネが近くで俺達の位置を確認して、ピルテとスラたんに伝えに行ってくれているはずだ。


予想通り、倉庫には他の者達も居て、計五人での護衛となっていた。互いに見張り合わせる為だろう。


「ニル。暫くは大人しくしているぞ。」


「はい。分かりました。」


ハイネ達と動くタイミングを合わせないと、同時に襲撃する意味が薄れてしまう為、まずは普通の護衛に見えるように振る舞う。

同じ場所に配属された他の連中も、馴れ合う気は無いらしく、俺達の事をたまにチラチラと見るくらいで、話し掛けて来ようとはしない。


特に何か起きるでもなく、静かに時が流れ、そろそろ動き始めようかという時間になる。


「ニル。そろそろ時間だ。手筈通りに頼むぞ。」


「お任せ下さい。」


ニルは、俺の言葉に直ぐ返し、服の下に隠しておいたアイテムを取り出す。


まずは、俺達と同じように護衛をしている奴らの目を誤魔化す必要が有る。残念な事に、俺達には吸血鬼魔法は使えない為、完璧な分身体は作れない。

ただ、俺達が居るのは倉庫の前。街からは離れているし、明かりはランタンだけ。他の護衛連中ともそこそこ距離が有る為、ある程度似せていれば本体かどうかは分からない。

という事で、俺は手を背中側へ回して魔法陣を描いていく。


上級闇魔法、シャドウパペット。

ハイネ達の作る分身体に比べたら、人形遊び程度の分身体しか作れないが、それで十分だ。


俺がニルに向かって小さく頷くと、ニルが手に持っていた小さなカビ玉を素早く投げる。

黄色のカビ玉。閃光玉だ。

ただ、サイズがかなり小さく、ビー玉程度の物だ。視界を完全に奪うような光を生み出した場合、全員が敵襲か何かだと思い、戦闘態勢に入ってしまう。それでは困る為、気を逸らす程度の光を発するカビ玉を使う。

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