第409話 田舎者

「街の事や、表層的な事をざっと知りたいならば、人の一番集まる酒場が簡単ですね。話も聞き易いですし、店員の方も色々と知っていますからね。

逆に、今回のように深いというのか、普通は知り得ないような情報が欲しいならば、そういう者達が集まる店が良いですね。」


俺の代わりに、俺達より少し後ろを歩くニルが説明する。


「そういう者達が集まる店っていうのがよく分からないんだけど…?」


「そうですね…簡単には喋る事が出来ない内容なので、店自体が賑やかな場所から離れた所に在る事、店員が少ない事、後は何か起きた時に逃げ易い周辺環境である事…この辺りの条件を満たしている店ですかね。」


「店員が少ない事も条件の一つなの?」


「はい。そういう場所での話し合いの時、唯一、話し合いの場所に出入りする可能性が有るのは店員です。ですから、その店員が、自分達の話を聞かない、という信用が無いといけません。店員が多いと、その分警戒しなくてはならない相手が増えますし、コロコロと店員が変わるような店は好まれませんね。」


「なるほど…って、よくそんな事知ってるね?」


「色々な事を体験してきましたから。と言いましても、こういう事は冒険者の知恵という部分が多いので、ご主人様にお仕えしてからの方が、経験としては多いかもしれません。」


「僕も一応冒険者の登録はしているけど、そういう活動は全くと言って良い程していないから、全然分からないな…」


「スラたんの場合、専門的な話をよく知っているから、別に良いだろう。それより、先にニルが言っていた条件に合いそうな店は、既に地図を見て目星を付けてあるから、さっさと向かうぞ。」


スラたんとしては、あまり役に立てないという状況に申し訳ない気持ちになっているのかもしれないが、そもそもスラたんには、こういう事を任せようとは一切思っていない。というか、出来ることならば関わらない方が後々良いのではないかと思っているくらいだ。知っておいて損は無いかもしれないが、あまりこういう暗い部分を知って欲しくないという気持ちも有る。出来る奴がやれば良いだけの話だ。

ならば何故、スラたんを連れて来たのかと言うと、ザレインの話を聞いた時のアドバイザーをして欲しいのだ。


俺も雑学程度ならば、薬物に関して知っているが、スラたんの薬学の知識と比べたら無いも同然。ザレインの事に関しては、スラたんの知識が頼りという部分が大きい。そこで、スラたんには、得られたザレインの情報を吟味ぎんみして欲しいのだ。

その場で嘘かどうかの判断をしてもらう事が出来れば、相手も下手な事は言えないだろう。その分、俺達が得られる情報の質が上がるという事だ。


という事で、包帯巻き巻きスラたんとニルを引き連れて怪しげな酒場へと入る。


薄暗い店内には壁際に四角テーブルがいくつかと、物静かそうな店長の前にカウンター席。

カウンターには一人の獣人族の男が座っており、顔は見えない。テーブル席には左右に一組ずつ。外見的には冒険者だと思うが、人族四人のパーティと、獣人族、人族、エルフの混成五人パーティのようだ。全員男で、真っ当な連中には見えない。


俺達が入ると、店長と、左右のテーブル席に座る連中がチラリと見てくる。新規の客が珍しいのか、テーブル席の客は視線を外す事無く、不躾な視線を向け続けてくる。

視線を無視して二組から離れたテーブル席に、俺とスラたんが腰掛けると、店長が静かに寄ってくる。


「ご注文は?」


いらっしゃいませも無く、短い言葉だけで会話を始める店長。無駄な会話はしないというのも、こういう店の暗黙の了解だから、別に失礼というわけではない。


ネールビールを二つ。後は適当に摘めるものを頼む。」


店長は頭を軽く下げ、そのままカウンターの中へ戻って行く。因みにニルは邪魔にならない位置に立っている。これだけ長く俺と生活していても、奴隷の所作は完璧で、それが少し悲しく感じてしまう。


「それで…ここからどうするの?」


「少し待っていれば分かる。」


スラたんが小さな声で聞いて来たが、その時その時で変わるから、こうだとは一概に言えない。

例えば、パーティの連中が話をしているのを盗み聞きして、情報を持っていそうな連中ならば、こちらからアクションを起こしてみる。好奇心旺盛なパーティならば、新顔の事は気になるだろうし、向こうから話し掛けて来る。

どちらも無理ならば、ギャロザから聞いている、情報屋の話をこの店のマスターに聞いてみるしかないのだが…出来れば、それは最後の手段にしたい。

理由は簡単で、ここで後暗い仕事をしている連中は、何かしらの形でハンディーマンや領主と繋がっている為、自分達の事を探っている連中が居ると筒抜けになる可能性が高いからだ。


「ここらじゃ見ない顔だな。」


ただ、今回の場合、四人の人族パーティが興味を示したらしく、俺達に話し掛けて来た為、その必要は無くなりそうだ。

一人の男が、わざわざテーブル席から立ち上がり、俺達のテーブル席の横に立っている柱に寄り掛かりながら聞いてくる。

小汚い、薄汚れた格好で、皮の胸当てと金属製の篭手をした軽装備。腰に携えた直剣をカチャカチャ鳴らしている。

一応、威嚇のつもりだとは思うが、武器を見たところ、Bランク程度の実力だろう。

生活には困らない額を稼げる実力が有っても、遊んで暮らせる程は稼げず、真っ当な仕事以外の仕事もこなしている…というところだろうか。

本来ならば、こういう輩は無視するか、さっさと実力を見せ付けて帰らせるかするのだが、今回はそれなりに相手をして情報を引き出さなければならない。


「近くの村にはよく寄るんだが、この街には初めて来てな。」


「へえ……」


何を考えているのか、俺とスラたんをジロジロと見る男。


「……見たところ、冒険者に見えるが?」


「適当にやって適当に稼いでいるさ。」


「なるほどなるほど……」


何やら嬉しそうに笑った男が、許可も無く俺の横に座る。

一瞬だけニルの眉がピクリと動いたが、殺気は漏らさなかったようだ。


「こんな場所に好んで来るって事は、普通の冒険者じゃないよな?」


声量を落として話を続ける男。


「さあな。」


「くっくっくっ。そう警戒するなって。ちょっとした儲け話が有ってな。俺達四人だけじゃ心細くて、仲間を探していたんだ。どうだ?」


「内容によるな。」


「それなら大丈夫さ。危険な事なんて何も無い。ただ、荷を静置してある倉庫の見張り番をして欲しいだけだ。それで、これだけ手に入る。」


男は三本指を立てる。


「おっと。十じゃなくて百だからな。」


つまり、三十万ではなく、三百万という事だ。


「見張り番だけでそれだけ手に入るというのはあまりにも胡散臭い話だ。」


「話は最後まで聞くもんさ。頼みたい仕事は、その荷物を置いてある倉庫から、俺達が荷物を運び出すのを見て見ぬ振りをする事だ。」


「…なるほど。荷の中身は?」


「それは教えられねえな。ここからは仕事を受けるか受けないかだ。」


この話を聞いて、良い話だ。仕事を受けよう!と思う奴は、大抵そこで人生が終わっているだろう。

胡散臭さ全開の儲け話。肝心な荷の中身が分からない上に、その荷の持ち主についても触れていない。誰がこんな馬鹿な話に乗るのだろうか…と思うが、これを俺達に話した男の心理としては、俺達が村によく寄っている…という話の部分から来ているのだと思う。

俺達を、村中心で仕事をしている田舎者だと思っているのだ。そもそも、田舎者だとしてもこんな話に乗る奴は居ないと思うが、男も仕事を受けてもらえればラッキー程度に考えているはず。


さてさて、ここで問題になるのは、やはり荷の中身と、その持ち主だ。


俺達がその荷を運び出す男達を見逃すだけで三百万。どう考えてもヤバい品で、それを売ればそれ以上の儲けが出るという事になる。しかも三百万がかすむ程の額だ。そもそも、俺達にその金を支払う気も無さそうに見えるが、もし、支払う事になっても、傷が浅い程に儲かる品なのだろう。

そこまで考えると…それだけの儲けが出て、この小さな街で扱える品となると、かなり絞られてくる。

まあ、十中八九ザレインだろう。そして、持ち主は領主、及びハンディーマン。荷を盗んだ事がバレた時の為に、俺達を囮にでもするつもりなのだ。俺達に支払う分も浮いて、ハンディーマン達からの追跡からも逃れられる。実に都合の良い駒に見えている事だろう。


という事で…


「よし。その話に乗ろう。」


俺は二つ返事でOKする。


「本当か?!いやー!それは良かった!互いに良い儲けが期待出来るな!」


大変嬉しそうな男。ここまで人を簡単に騙せると思っている相手は、寧ろコントロールが容易くて良い。


「詳しい話を教えてくれ。」


「よし来た!それなら俺の仲間達と一緒に話をしよう!」


そう言って、俺達を自分のテーブルに呼んで、パーティ名やら自己紹介やらをしてもらい、俺とスラたんは完全な別名を名乗り、話を進める。因みに、彼等の名前やパーティ名は忘れた。というか覚える気は無い。彼等の名前もまた、作られた名前だろうから。

男達は、これ程都合の良いカモが現れた事に疑念を抱くかと思っていたが、どうやらそんな事は無いらしく、ニタニタと笑いながら話をしてくれた。二人程、ニルの事を見て下卑た笑いを漏らしていたのに気付いたニルが、半歩程俺の近くに寄って来たりもした。俺とスラたんが死ねば、ニルという奴隷が浮くし、それでも一儲け、もしくは良い思いが出来るとでも思っているのだろう。

今はニルも奴隷の役に徹してくれている為、武器も盾も持っていないが、この程度の相手ならば、恐らく素手でも数秒と経たずに全滅させられるだろう。と言っても、ニルは自分が嫌な思いをさせられる事に関してはキレたりしないし、この場合は俺が我慢している状態だが…どちらにしろ、他の目的が無かったならば、この場で彼等は死んでいただろう。今が平常時ではない為、彼等の命は繋がったと言える。

ハンディーマンに手を出そうとしているくらいだから、それもそう長くは続かないだろうが…

俺達に話を持ち掛けてきた時の話や、ハンディーマンに手を出そうとしている事、話し合いの最中に他の事を考えてニタニタしている状態。これらを見るに、恐らくこの四人パーティは田舎者なのだろう。他の街でBランクになり、調子に乗ってしまい、ハンディーマンなんて大した事無いぜ!とか考えているのだろうが…

まあ、彼等が愚かな事は、言わなくても分かる事。それを、わざわざこいつらの茶番に乗ってやったのだ。せいぜい俺達の情報収集の役に立ってもらうとしよう。


そこから、四人の話を聞いてみたところ、俺達は明日の夜、街の北東に在る広場に集まり、そこに来る者に指示を受ける。その者が指示してきた場所に向かい、倉庫の護衛を行うらしい。

そして、人々が寝静まる二時頃、四人が現れて荷のいくつかを運び出す。俺達はそれを見逃して、翌日、この酒場で三百万を受け取る流れとなるらしい。

そして、その間の注意点が二つ。

まず、俺達は、ラッドというパーティ名を名乗る事。これは四人が使っているパーティ名とは違う。

そして、運び出す荷物は火気厳禁。


「分かった。後の事は任せてくれ。」


「おう!頼んだぞー!」


嬉しそうな四人を置いて俺達は酒場を出る。

人混みを避けて、一度屋根の上に登る。


「あ、あんなに胡散臭い連中って、僕初めて見たよ。最初、わざとやっているのかと疑っちゃった。」


「テンプレも良いところだからな。」


「あれ程までに分かり易い嘘だと、逆にそれが罠なんじゃないかって疑っちゃうね。」


「ああ。最初はその可能性も考えたが、どう見ても大真面目に騙せていると思っているみたいだからな。」


「僕も嘘は得意な方じゃないけど、あそこまで壊滅的ではないかな…

でも、話に乗って良かったのかな?

明らかな嘘だと分かっているんだから、断った方が良かったんじゃ?」


「大抵の場合は、身を引くのが正解だな。怪しいと思った案件に関わろうとするのは、余程生活に困っている者か、命が惜しくない者のする事だからな。」


「じゃあ…」


「いや。今回の場合はこれで良いんだ。」


「どういうこと?」


「今回、四人が運ぼうとしている荷物が何か、スラたんなら分かるだろう?」


「間違いなくザレインだよね?」


「ああ。俺もそう思う。」


「でも、あの四人に裏切られると分かっているのに、話に乗ったら、僕達はハンディーマンに狙われる事になるよ?」


「何もせずに、あの四人の言う通りにしたら…そうなるだろうな。」


「あー…」


どうやら察してくれたようだ。


「つまり、裏切られると分かっているのだから、それを逆に利用する…という事だね。」


「ああ。その通りだ。」


「なるほどなるほど。相手が裏切るタイミングで言うと、荷物を運び出した後だよね。そのまま街を抜け出て、高飛びが可能性として一番高いかな……それに合わせて、こっちも罠を仕掛けるんだね。」


「正解だ。もっと狡く賢い連中なら断っていたが、ある意味単純な連中だ。寧ろ制御し易い。あの四人には滑稽に踊ってもらって、俺達の情報収集の餌になってもらうんだ。」


「僕達を餌に釣りをしていたと思ったら、餌は自分達の方だった…という事だね。」


「全てが上手く行けばな。あんな連中よりハンディーマンの連中の方がよっぽど賢いだろうし、慎重なはずだ。俺達も同じようにボロを出して餌にならないよう、気を付けないとな。

出来れば、明日の夜、俺達がどこに護衛として連れて行かれるのか、先に知りたかったが…」


「先に…それなら、もしかしたら分かるかもしれないよ。」


「えっ?!」


スラたんは、サラッとそんな事を言ってくる。


「さっき、あの四人が、荷物は火気厳禁だって言ってたよね?」


「ああ。品がザレインだから、燃えるとマズいって事だろう?」


「うーん。多分だけど、違うと思う。」


「そうなのか?」


「ザレインは木箱に入っているし、火気厳禁って言う程敏感になる必要は無いと思わない?」


「確かに、倉庫の中、しかも木箱の中に入っているとなると、燃やそうとしない限り、燃えないよな。」


「でしょう?だから、何か別に火気厳禁にする理由が有ると思うんだ。そうなると……ザレインを見た時の事だけど…根の部分から花の部分まで、全部が保管されていたのは覚えているかな?」


「ああ。球根の部分も残っていたな。」


「あれって凄く変じゃない?もし、葉や花の部分だけを使うのだとしたら、根まで乾燥させる必要は無いよね?」


「言われてみるとそうだな…」


葉や花しか使わないなら、その部分だけを切り取って乾燥させた方が早い。特に球根部分はなかなか乾燥しないはずだ。


「それでもあの状態で乾燥させていたという事は、球根部分も必要なんだと思う。実際に薬物として使う時まで必要なのかは分からないけど、少なくとも、乾燥させる時には必要なんだと思う。

詳しい事は、ザレインを実際に調べてみないと分からないけど…」


「それなら何故火気厳禁だって言ったんだ?」


「ハリボテ小屋でザレインを見付けた時、ハイネさんが、別の臭いも混じっているって言ってたの、覚えているかな?」


「ああ。嗅いだことの無い臭いだって言ってたな…それが可燃性の何かって事か?」


「その可能性は十分に有ると思うよ。何の為のものなのか分からないけどね。ただ、保管状況とかを考えるに、火が有ると即座に爆発するような激しい反応を伴う薬物というよりは、火が着き易い程度のものかな。

そんなものが木箱の中に入っていたら、木箱だろうと関係無く燃えちゃうからね。」


「箱の材質を変えたりしないのでしょうか?」


「持ち運びの為だろうね。気を付けていれば、火が勝手に燃え移る事は無いし。隠しておかないといけない物だし。」


科学的な技術が進んでいないこの世界では、燃えない素材というと、鉱物や金属くらいだ。当然、木製よりずっと重たくなる。持ち運びが難しくなる程に。それに、隠したままザレインの乾燥を邪魔しない素材となると、やはり木製となるのだろう。

特殊な鉱物や金属ならば、代用も可能だろうが、特殊な物は当然値段も高くなる。それも、サイズを考えると、ザレインの売買をしても元が取れない程に。それでは本末転倒となるので、結果、木製となったのだろう。


「それで火気厳禁か……なるほどねー……」


「シンヤ君。絶対に火を放つつもりだよね?」


「な、何故分かった?!エスパーか?!」


「今のは僕じゃなくても分かったって。駄目だからね!ザレインの煙はかなり危険なんだから!

植物の状態なら、口に入れたりさえしなければ安全だけど、煙になったら制御は難しくなって、被害が出るよ。しかも数え切れない程にね。」


「そうか……風魔法で煙を制御すれば良いかと思ったが、そうもいかないか…」


「燃やしたりすれば、大量の煙が出るからね。それを制御し続けるのは無理だよ。風だって常に一定の動きをしているわけじゃないからね。それに、保管場所の環境によっては、火を使う事自体が難しいかもしれないし。」


「…スラたんの言う通りだな…別の方法を考えるしかないか。」


一気に燃やしてしまえば楽だと思ったが、そうもいかないらしい。


「…全て私達が盗み出してしまうのはどうでしょうか?」


ニルが代案を考えてくれる。


「盗み出す?」

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