第408話 捜査

二度、三度と糸の上に足を乗せて跳ねるように城の屋根へと伝ったスラたん。いつ見ても惚れ惚れするような身軽さだ。


スラたんが屋根に辿り着いた後、鉤爪部分を外して向こう側から投げ飛ばしてくれる。俺はそれをキャッチして待機。帰りにもう一度同じ事をすれば良い。


城の屋根部分は、外に向けて雨が流れ落ちるよう軽い傾斜が付いていて、あまり足場の良い場所とは言えない。明かりを使えばバレてしまうし、かなり視界も悪いだろう。

慎重に頼むぞと心の中で願いつつ、スラたんの動向を注視する。


内側の構造がどうなっているのか分からないが、スラたんが屋根上を移動し始めたのを見るに、下を覗き込んでも、中が見えないようになっているらしい。


屋根上から中に入る事は出来そうに無さそうだが、何かを見付けたのか、スラたんは迷う事無く屋根の上を端の方へと歩いて行く。

暫くそんな事を続けた後、スラたんが手を振る。向かった時と同様に、鉤糸を使って戻ってもらう。


「どうだった?」


「うーん…」


スラたんが唸りながら何かを考えている。


「結論から言うと、確かにザレインらしき物が植えられている畑が、中庭一杯に作られていたよ。」


「ん?見えたのか?」


「うん。特に上に対して警戒していなかったのか、普通にね。」


「それじゃあ、何を唸っていたんだ?」


「中庭の広さと、ハリボテ小屋の中で見たザレインの量に、大きな開きが有るんだ。相手は植物だし、植えてから収穫までには、それなりに時間が掛かるはず。

ザレインは球根植物みたいだし、土地の広さがそのまま収穫量になるはず。それなのに、あの量が、この中庭だけで生産させれているとは思えないんだ。」


「植えてから直ぐに成長させる方法が有る…とかですかね?」


「可能性がゼロだとは言えないけれど、そんな魔法は聞いた事が無いね。新しく魔法で樹木を作り出す事は出来ても、既存の物に対して成長を促すという魔法は無いはずだよ。」


「俺も聞いた事が無いな。」


「魔法を研究している専門家でも、新しい魔法を作り上げるなんて事が出来たという話は聞かないし、それをこんな場所で成功させたとは考え難い。可能性として考えられるのは、魔法書だけど…」


「それなら俺達プレイヤーが見付けていてもおかしくない。いや、寧ろ、プレイヤーに見付けられていない魔法書が、新たに見付かるという可能性はほぼゼロだよな。」


プレイヤーは、死んでもキャラが死ぬだけで、現実世界に影響は無い。精神的な絶望感と虚無感は有るが…

どちらにしても、ダンジョンという危険な場所に潜るのは、プレイヤーくらいのもの。そんなプレイヤー達がダンジョンをクリアし続けていた時期に発見されなかったとなると、今更、魔法書が新たに発見されるという事は無いはず。


「僕としては、普通の魔法ではなく、何か別の力によって栽培されていると思っているんだよ。」


俺がフッと思い付くのは、魔眼の力、聖魂の力、後は吸血鬼のように特殊な魔法を使える者達の力。この辺りだろうか。どれも可能性としては有り得る話だ。


「ここ最近までは栽培が行われていなかったって事を考えると、最近までは無かった技術という事になるし、最近何かが起きたか、誰かが来たのかもしれないね。

もしくは、単純に、あの畑はダミーで、他に畑が存在しているか。上部に魔法も何も掛かっていないとなると、ダミーの線が強そうかな。」


証拠と領主が共に存在するなんてカモネギ状態は、あまりにもおかしな状況ではあるし、スラたんの予想は当たっていそうだ。


「ダミーだとしても、小屋で見たザレインは本物だったし、どこかに畑が在るのは確実だよな?」


「そうだね……地図を見ていた時に、シンヤ君が気にしていた場所があったよね?」


「ああ。確か、ギャロザの話では、誰かの屋敷の建設予定地だったか?」


「うん。結構広い土地だから、領主が関わっているのではないかって言っていたね。誰の屋敷が建つのかは分からないとも言っていたけど。」


「最初は盗賊達の居場所を確保する為の嘘だと思って気にしていたんだが…」


「ザレインを栽培するにはとても使える土地だよね。広さも十分。周囲には領主やブードンの息が掛かっているであろう者達の屋敷。そんな場所だから人は基本的には寄ってこない。

金持ちの屋敷が集まる場所だから、魔具が作動していても不思議には思われない。魔具がどんな魔法を発動しているのかは分からないし、それが例え視認を阻害するような魔法だったとしても、確認する人は居ない。

建設中だから、ある程度人が出入りしていたり、物音がしていても不思議には思われない。当然、出入りしている荷物も建材だと言われれば、納得出来る。」


「都合が良過ぎる程だな。」


「僕もそう思う。怪しいよね?」


「これは調べてみる必要が有るな。」


「うん。僕もその方が良いと思う。でも…」


「??」


スラたんが言葉を区切る。


「まだ何か気になる事が有るのか?」


「うん。ケビンが見た木箱や畑がダミーだったとしても、敢えてこの領主の屋敷にする必要は無いよね?」


「まあ…領主を危険に晒すメリットが無いよな。それこそ街の外だと匂わせた方が危険も少ないだろし。」


「何か理由に心当たりでも有るのですか?」


「心当たりって程の事じゃないよ。ただ…屋敷の中庭にも、畑が見えたし、ザレインらしき植物が見えた。よく似た別の植物なんだろうけど、それって変だよね?」


「そうだな…」


「そんな事をする理由…と考えると、ザレインの事を調べようとしている者を炙り出す為…くらいしか思い付かないんだけど。」


「調べに入っても、城の中に証拠は無いから、いつでも来てくれて構わない。但し、来たらそいつらが何を目的に調べに来たか徹底的に調べ返す…という事か。」


まるでゴキ〇リホイホイだ。ザレインを調査しようとする連中を、片っ端から片付けるつもりなのか、俺達の襲撃を予想して、先に手を打ったのか…


「どんな理由にしても、そこまで傲慢な態度を取れるということは、それだけの兵力、もしくは、それを超える力を持った者達を味方につけている可能性が高いと思うよ。」


「そうなると、今、これ以上踏み込むのは危険だな。」


「そうだね。建設予定地も罠の可能性が有るし、今も誰かに監視されているかもしれないからね。」


ダミーに食い付く一歩手前まで行って留まったが、既にそれを察知されている可能性も有る。今は敵地に踏み込むより、自分達の身辺における安全を確認するのが優先だ。


「そうだな。直接戻ると居場所を教えてしまう可能性が有るから、色々と巡りつつ戻ろう。ついでにザレイン農場が他にも有るか、そういう可能性が有る場所を確認しておこう。

スラたんなら直線的に走って行っても追い付かれないとは思うが…」


「相手はそういうプロだろうし、土地勘も有るからね。走って行くより、上手く追っ手を巻く方法を考えた方が良いと思う……んだけどどうかな?」


「スラたんもなかなか板に付いてきたな。嬉しくはないかもしれないが。」


「嬉しくはないけど…それで皆の安全が保証されるなら、いくらでも頑張るよ。」


スラたんはそう言って、少しだけきごちなく笑う。


「…それじゃあ行くとするか。三人で別れたり、複雑な道順を行く予定だから、ニルもスラたんも迷子にならないようにな。」


「はい!」

「うん!」


元気な返事を聞いたところで、俺達は屋根から下りて、夜の街の中へと紛れ込んで行く。


結局、追っ手が掛かっているのかはよく分からないままだったが、かなり複雑な道順を、スピーディーに駆け抜けたし、ハイネ達に確認してもらい、他に気配が感じられなかった為、追っ手が掛かっていたとしても、上手く巻けただろう。

因みに、ザレイン農場になりそうな場所は、他には見付からなかった。


霊廟に入り、ハイネとピルテに見てきた事、そこから推測した事を話し、情報を共有し終える頃。


「………っ……ん?!んん!」


捕まえていた男が目を覚ます。

ハイネ達に目線を向けると、二人共頷く。恐らく既に血の記憶を読み取った後だ。


「目を覚ましたか。」


俺は男の口を自由にしてやる。


「殺すぞオ゛ラ゛ァァ!」


「まったく…盗賊ってのはどうして皆同じ事ばかり言うんだ?流行ってんのか?」


「その声…俺の剣を弾いた奴だな!」


男の目は自由にしていない為、喋る事と聞く事は出来ても、見る事は出来ない。


「死ねクソ野郎!」


「いくら感情が抑え切れない状況下だからとはいえ、それ以上は言わない方が身の為だぞ?」


「はっ!何が身の為だ!一人じゃあ何も出来ねえくせに!卑怯者が!」


サクッ…


「あ?………あ゛ぁぁぁぁ!」


あまりにも唐突に、そして躊躇無く男の太腿に突き刺された刃。

あまりにも唐突過ぎて、男が痛みを感じたのは刺されてから少し経ってからだった。

男にとって非常に残念なお知らせだが、これは別に拷問しようとした結果ではない。これは彼が俺に放った言葉が招いた結果でしかないのだ。刃を突き刺したのは、押し黙ったまま、瞳に怒りのみを宿らせたニル。俺への暴言が彼女の怒りを発動させるスイッチだと知らないのだから仕方ないが、踏んではならない地雷を踏んでしまったようだ。

スラたんも、ニルが怒るところは初めて見る為、かなり驚いている。


「クソ野郎?卑怯者?どの口が言っているのですか?

ああ。この口ですか。そんな悪い口はもう必要ありませんね?私が代わりに取ってあげますね?」


ズッ…

「い゛っ!」


太腿に刺した刃が引き抜かれると、男が痛そうに声を漏らす。


このままでは本当に口元を切り取られてしまうだろうから、ニルの頭に手を乗せてやる。これで脅しとしては十分だろう。いや、ニルは本気だったが、それが寧ろ良かった。

頭を撫でてやると、ニルの肩から力が抜けて行き、やり過ぎたとしゅんとする。大丈夫だと笑って見せると、反省しますと俯いて下がるニル。


「あ゛……ぁっ…」


太腿の痛みに耐える盗賊の男。突き刺された傷から血が出てきている。このままでは霊廟内が血の臭いで充満してしまう為、傷薬を塗って白布で縛る。


「お前が悪いんだぞ?捕まっている状態で相手を怒らせるような事をするからだ。口には気を付けないと、次は抑えてやれないかもしれないぞ?」


「ぐっ……この……」


何か、また暴言でも吐こうとしたのだろうが、言葉には出来なかったらしい。今の状況下で、相手を刺激する言葉をこれ以上言っても、自分が痛い思いをするだけだと理解したらしい。

突然こんな状況になり、混乱もあっての暴言だったみたいだが、本来は盗賊団の幹部クラス。大人しく捕まっている方が、逃げられる可能性が高いという事を理解出来る頭は有る。


「さて、お前に聞きたい事を聞いても、素直に答えるとは思わないし、恐らくだが、答えられないようにされているのも理解している。」


「……………」


「ただ、答えられる内容も有るだろう。例えば、ザレインの事や、領主の屋敷の事。喋る気は有るか?」


「…………………」


男はただ沈黙を貫く。


「やはり喋る気は無いか。別に俺達はそれでも構わないが…」


「……お前達。ノーブルを潰した連中だろう。」


「…へえ。やはり知っていたか。」


「こんな事をして、ハンターズララバイが黙っていると思っているのか?引き返すなら今だぞ?もし、ここで引き返すと言うなら、俺が話を通してやる。

たった五人で何が出来る。悪い事は言わないから、さっさと諦めて大人しく去れ。これは親切心で言っているんだぞ?」


「親切心ねえ。そんなものは必要無いし、今更そっちも引き下がれない事くらい理解出来ているからな。」


盗賊連中を捕まえた時、同じような事を言う奴もたまに居るのだが、その言葉で、じゃあ止めときます。ってなる奴が居るのだろうか?突発的に起きた事ならばまだしも、俺達の手口は誰が見ても計画的なもの。男を捕らえる為に近付いたのだから、その程度の言葉で、何も揺らがない事くらい分かりそうなものだが。テンプレだから言わないといけないのだろうか?


「喋っても喋らなくても、最終的には同じ結果になるぞ?」


「…………………」


「それでも喋る気は無しか。まあ、好きにすると良い。」


俺がピルテの方に向かって頷くと、魔法を発動させて、フェイントフォグを発動させ、男を気絶させる。


「このまま、この男はここで監禁だな。出来る限りの情報を集めてくれ。」


「ええ。分かったわ。」


「既に入手出来た情報は有るか?」


「今のところ、重要な情報はまだ何も。ただ、この男、頻繁に領主の城に出入りしているみたいです。」


「情報源として、十分に役に立ってくれそうだな。」


「はい。あ、それともう一つ。

ハンディーマンの者達の中には、例の家紋が入った男達が居るみたいです。」


『Σ』のタトゥーが入った連中で、フヨルデの手下である事を示す物だ。ハンディーマンとフヨルデには強い繋がりが有ると聞いていたし、これについては予想通りだ。

今のところ、タトゥーの入った連中からは情報が入手出来ていないし、この機会にそいつらを捕まえて、ブードン-フヨルデについても情報を入手しておきたいところだ。


「分かった。もし見掛けたら極力捕まえてみるよ。

俺とニル、スラたんは、少し外堀を埋める事にしよう。敵陣に突っ込むのはその後だ。」


「はい。」


「そうだね。まずは街中でハンディーマンと、ここの領主について調べる感じかな?」


「そうだな。変装して街に溶け込んで、話を聞いて来るぞ。」


俺は偽見の指輪で、ニルは魔法で変装。スラたんは…包帯を頭から顔にかけてグルグル巻いて、フードを被ることにしたらしい。顔は見えないし、酷い怪我をした人は、そういう格好をしている事も有るから、怪しまれる事は無いだろう。

そして、服装だが、これはハナーサが報酬として服を作ってくれたお陰で問題無い。


この辺りの人達の服装は、綿花を使った物が多く、Tシャツのような薄く丈夫な生地を使っている事が多い。但し、服自体のデザインは、上から下まで繋がった一枚の布地で、頭から被り、腕を通すだけの物が多い。一番近いのは、インドの民族衣装で有名なサリーとかクルタと呼ばれる物だろう。当然、別の形の物も有るが、圧倒的に少ない為、少し目立つ。

布地は多種多様な色に染められており、刺繍が入っていたり、装飾が施されていたり。それで個性が現れるようになっているらしい。


俺は紺色のみで染め上げられて、模様風になっている非常にシンプルな物に、市販されている革の胸当てに、イベント報酬として手に入れた桜色の肩当てをして、腰には直剣。スラたんは白の生地に青色の刺繍が左肩から右足へと流れるように施されている物をチョイス。革製のベルト二本を腰に付けて、腰の左右に二本のダガー。上から黒いローブを羽織り、包帯を隠すようにフードを被る事になった。

そして…ニルだが……


「私は奴隷ですので、ボロ切れのような物が良いかと思います。多少顔や髪も汚した方が良さそうですね。」


「…………………」


潜入しての調査ではあるが、出来ればニルにそんな事はさせたくない。というか俺が見たくない。

故に、最初はニルを連れて行かないという選択肢を考えてもいたが、口にしようとすると、ニルが無言の笑顔を向けてきたので却下。だからと言って、そんなみすぼらしい格好を再度させるなんて…


「大丈夫ですよ。格好で私が変わるわけではありません。どれだけ惨めな格好だとしても、私は私です。」


嫌そうな顔をする俺に、ニルは笑顔でそう言う。


確かに、俺はニルがどんな格好をしていても、ニルをニルとして見ている。そこに格好の惨めさは関係無い。そんな関係性は、俺がニルを心から信じた時に超えている。

ニルは、自分の本当の姿と気持ちを、俺が知っていればそれで良い。それ以外の何も望まない。いや、要らないと思っているのだ。だから、ボロ切れの服を着て、全身を汚れさせても、ニルは笑顔で俺を見てくれるし、俺にはそれが酷く美しく見えるのだろう。


「何と言いますか…ニルとシンヤさんには敵いませんね。」


ピルテは溜息混じりに、俺とニルを見ながらそんな事を言ってくる。


「この二人は特別なのよ。一心同体とか、そういうレベルじゃないわ。」


「羨ましくなってしまいますね。」


ハイネとピルテに色々と言われて恥ずかしくなってくる。


「も、もう良いだろう。俺達は行ってくるから。」


「はーい。行ってらっしゃい。スラタン。めげずに頑張るのよ?」


「が、頑張れるかな…」


「スラたんまで話に乗って…ほら。行くぞ。」


スラたんに声を掛けて霊廟を出る。


因みに、ニルは汚れが分からなくなるくらい顔を真っ赤にして俯いたまま、無言で霊廟を出た。


「まずは、何処に向かおうか?やっぱり酒場かな?この時間だし。」


「まあそうだな。それ以外となると、娼館辺りになるが…」


「…………………」


今度は真っ青になって俺とスラたんの顔を見るニル。


「それをチョイスするのは、僕とシンヤ君には出来そうに無いね。」


「だな。」


冗談抜きで、ホッと胸を撫で下ろすニル。オウカ島でも凄い怒らせたというのか、悲しませたし、多分、俺はそういう場所には二度と足を踏み入れられないだろう。まあ、その気も無いし良いのだが。


俺達は墓地を抜け、街の賑やかな方へと向かって道を歩く。


「僕はこういうの初めてだから分からないんだけど、どういう酒場が良いのかな?やっぱり、人が多く出入りする大通りのお店なのかな?」


「手に入れたい情報で違うな。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る