第407話 思わぬ収穫
「向かっている方向には、確か
「王道を外れないね……どうやら、その娼館が行き先みたいだよ。」
「嫌な行先だな…俺かスラたんしか入れない場所だな。」
「えっ?!入るのですか?!」
ニルが青い顔をして俺の顔を見る。かなり嫌らしい。
「入らずに奴を捕まえられるなら、その方が良いが…そんな都合の良い方法が有るか…?」
「必ず!必ず見付け出します!ですからもう少し時間を下さい!」
ニルの気合いが恐ろしく入っている。これは方法を見付け出すまで納得してくれないだろう。別に娼館で遊ぶわけじゃないし、そこまで気合いを入れなくても良い気もするが…俺が娼館に入る事自体、嫌なのだろう。
歩きながら、ニルは真剣な顔で考え込み、俺も考える。
娼館の場所は、そういう店が立ち並ぶ場所で、奴隷の売買も行われていたりする。恐らく、ザレインのような違法薬物の売買も、そういう場所を中心に行われているだろう。そんな場所の中心に、大きな娼館がドーンと建てられており、その辺り一帯の店を取りまとめている店でもある。当然ながら、セキュリティはかなりしっかりしていて、忍び込むとなると、領主の城の次に入るのが難しい建物となっていることだろう。簡単に忍び込めてしまうような娼館なんて、娼婦達が行きたがらないだろうし。
普通に入るだけならば、客として入ればそれで良いのだが、今回の場合、忍び込むか、もしくは相手を外に連れ出す必要が有る。
中に入って、こういう見た目の男が入って来ているだろうから、呼んでくれ…なんて頼めば、色々な意味でアウトだし。
さてどうするかと悩みながら歩いていると、目的の娼館が見えてくる。
「やっぱり、行先はあの一番大きな娼館だね。」
「う、うー……」
どうやら、ニルが頭を捻っても、なかなか良い案が浮かんで来ないみたいだ。
眉を寄せてかなり悩んでいる。
「……あ!」
ニルの顔が明るくなり、俺の顔を見る。何やら思い付いたらしい。
「こんなのはどうですか?」
ニルが考えたのは、目的の男を外に連れ出す作戦で、割とシンプルなものだ。
俺とニルで、依頼されて殺した盗賊の男。あの男が身に付けていた指輪を、目的の男に送り付け、気になった男が俺達の待っている場所に現れる…というものだ。
「指輪は、ギャロザから返してもらっているし、悪くないかもしれないな…」
唐突に殺されてしまった男の証拠が、目の前に差し出されれば、色々とハンディーマンの事を知っていそうな男は、それを無視出来ないはず。シンプルではあるが、シンプルであるが故に、対策は難しいとも言える。罠だと気付いたとしても、無視も放置も出来ない。直ぐに来いと時間を決めたならば、仲間を呼ぶ時間は無くなるし、目的の男の選択肢は、それでも無視するか、単身乗り込んで来て話を聞こうとするかの二つだが、ハンディーマンの中で地位を確立した男にとっては、実質的には後者の一択だろう。
「よし。ニルの案で行こうか。」
ニルが皆に見えないように小さくガッツポーズしたのを、俺だけは見ていた。
「一応、男が別の場所に向かったりしないか、スラたんは確認しておいてくれ。」
「分かった。」
「場所は、あの路地裏で良さそうね。」
ハイネが指し示したのは、薄暗く、人の居ない路地裏。神隠しが起きるには悪くない場所だ。
「指輪を持って行くのは……そうだな。ニルに頼む。」
「私ですか?」
「恐らく、相手の男は廃村から奴隷の女性が逃げた事を知っているはずだ。耳と髪を隠して行けば、繋げて考えてくれるだろう。そうでなくても、相手が女だと分かれば、こちらに足を向け易くなるはずだ。」
「…分かりました。直ぐに行ってきます。」
「ピルテは、何か起きた時の為に、少し離れて見ていてくれ。」
「分かりました。」
「ハイネはいくつか仕掛けを頼む。」
突発的な案件だが、これくらいの事ならば、この五人が居れば十分対応可能だろう。
ニルが娼館に行き、指輪を置いてくる。
その間に、ハイネが路地裏に少し仕掛けを施して、男を待つのは俺。スラたんの方を見ると頷いてくれる。どうやら予定通り男はこちらへ向かって来ているようだ。
数分後、ハリボテ小屋で見た、少し身綺麗にした
男がゆっくりとこちらへ歩いてくる。かなり警戒はしている様子だが、仲間の気配は無い。
「何者だ?」
路地裏には俺しか居ない為、直ぐに指輪を持って来たのが俺だと理解する。男の手は腰にぶら下げた直剣に置かれている。
「……………」
「何が目的だ?奴隷の女はどこへやった?」
色々と質問されるが、答える気は無いし、そろそろハイネとスラたんの準備が整う。
ハイネに頼んでおいた仕掛けというのは、トラップ系の魔法だ。男が取る行動としては、戦うか逃げるか。戦うとしたら、そのまま拘束すれば良い話だが、逃げるとなると、地の利が相手に有る為、下手をすれば逃げ切られてしまう。そうなっては色々と困る為、確実に捕まえられるよう、トラップを仕掛けておいてもらったのだ。そして、男が来たところで、二人が背後へと回り込み、一先ずの包囲を完成させる。
「三人か…何が目的なんだ?!俺が誰だか分かっていて手を出しているのか?!」
スラたんとハイネに気が付いた男が怒鳴る。
ハンディーマンの主要メンバーとなれば、簡単に手を出される事は普通無いだろう。しかし、俺達はそのハンディーマンを潰そうとさえ思っているのだ。寧ろ主要メンバーとなれば、嬉しい限り。
俺達が知っていて手を出したのだと理解した男が、周囲を確認する。
逃げ道を探しているのだろうか。逃げるならば、俺か、ハイネとスラたんの道を突破する以外には無い。
「くっ!」
三対一は分が悪いと考えたのか、男は直剣を抜いて俺の方へと走って来る。
三対一よりも、一対一となる状況を選んだらしい。
「オラァ!」
直剣を振り上げる男。荒事に対処する事も有るハンディーマンの主要メンバーだ。
踏み込みは鋭く、一撃を入れる為だけに、いくつものフェイントを織り交ぜている。対人戦闘に特化した戦い方だと直ぐに分かる。確かに強い。間違いなくそこらの冒険者より強いし、自分の討伐依頼を受けた冒険者に対しても、そう簡単に殺られたりしないだろう。
しかし、残念ながら俺達は普通の冒険者とは呼べない。
キィィンッ!
「っ?!」
これ程簡単に、自分の攻撃を弾かれてしまうとは思っていなかったのか、男はかなり驚いている。
「チッ!」
流石というべきか、男は俺に勝てないと即座に判断し、
「オラァァ!」
しかし、斬り掛かろうとした男は、突如方向を変えて、真横へと走る。そこには当然、店か何かの壁が有る。恐らく、男は、その壁をぶち破ってでも逃げようとしているのだろう。
ズガガガッ!!
「ぐあぁっ!」
しかし、壁に寄ろうとした男が、足元から現れた石の杭によって足を貫かれ、動けなくなる。
初級土魔法、スラストストーン。トラップ系土魔法の中で、初級に分類される、ダメージの少ない魔法である。出てくる杭の長さは長くても二十センチ。範囲も半径一メートル程度と小さく、一人を罠に掛けるのが精一杯な上、相手に与えられるダメージは少ない。
その為、相手を殺さずに捕らえる場合や、機動力を奪う時にしか使われない魔法だ。今回の場合、相手から情報を抜き取りたいので、殺す事が出来ない。そして、逃げられないようにする為に、機動力もしっかり奪えるスラストストーンが丁度良かったわけだ。
そして、男が予想外だろうと考えて走り出した壁方向。それは俺達にとっては予想外ではなかった。俺が立っている方向、スラたんとハイネが立っている方向。そのどちらも逃げ道として使えないならば、壁をぶち破って逃げるくらいしかない。故に罠は左右の壁付近に設置されている。
何かしらの方法で上に逃げる可能性も考え、ニルとピルテには、建物の上に待機してもらっていたが、どうやら必要無かったようだ。
男の足の裏から甲に抜けた石の杭は、血に濡れて赤黒くなっている。足を怪我した男に逃げられる事はまず有り得ない。後は簡単なお仕事だ。武器を奪い、意識を奪い、縛り上げて連れて行くだけ。
元々ザレイン農場を潰すまで、隠れていようと考えていた場所はいくつか在る。その中でも、多少騒いでも気付かれないような場所に移動し、男から情報を抜き出す事にする。
こういう街で、人目に付かないように移動するならば、屋根の上を伝って行くのが一番だ。街の中で、人々はあまり見上げたりしないし、見上げても俺達を視認する事は出来ないだろう。
という事で、俺達は屋根に上がり移動を開始する。
「どの場所に向かいますか?」
「そうだな…情報を聞き出すのも、城の事を調べながらの方が良いし、出来れば城の近くが良いな。」
「となりますと……墓地ですかね?」
「そうだな。」
街の中には、墓地が作られており、いくつもの墓が作られているのだが、その中に
わざわざ墓地に行かなくても…と思うかもしれないが、この街はハンディーマンに乗っ取られているような状況だ。身を隠せるような場所は大体そういう連中が溜まっている。隠れる場所は慎重に選ばないと、バッタリ出会ってそのまま戦闘、なんて事も起こり得る。
墓地から領主の住む城までは、少し距離が有るものの遠くは無い為、程良い距離感と言った感じだろう。
俺達は男を連れて墓地の中へと入り、その内のしっかりした霊廟を開ける。
あくまでも霊廟である為、そんなに広くはないが、全員が入ってもそれなりに余裕が有る。多少カビ臭いが、それさえ気にしなければ、雨風も凌げるし、意外と悪くは無いものだ。この世界では死体がアンデッド化してしまう為、死体を墓の中に静置する事も無い。よって、死体と隣り合わせで寝るという事も起きない。
俺達が入った霊廟は、有名な貴族の物なのか、家紋らしき物が刺繍された布が壁に掛けられており、壁や柱には美しい彫刻。少し風化しているが、装飾もそれなりにしてある。
霊廟の扉を閉めて、ランタンに火を灯し、男を柱の一本に縛り付ける。
「ハンディーマンの事については、これで色々と分かりそうだな。」
「ええ。こいつの事は私とピルテで調べるわ。シンヤさん達は、領主とザレイン農場の方をお願い。夜が明ける前に、見ておくだけでも違うでしょう?」
「そうだな。」
ここからは情報集めを中心に動く事になる。スラたんも居るし、まずは三人で出来る限りの情報を集めて来るとしよう。
「まずはザレイン農場を実際に見てみるか。」
入って早々だが、俺、ニル、スラたんは霊廟を出て、領主の住居となっている城へ向かう。
まだまだ街は賑わっており、店の立ち並ぶ場所からは人々の笑い声が聞こえて来る。ザレインの事や、領主の事、盗賊の事が無ければ、それなりに楽しめる街なのかもしれないが、そんな余裕は無さそうだ。
街の喧騒を横目に見ながら城へと近付いて行くと、衛兵らしき者達が歩いているのを頻繁に見るようになってくる。どうやら巡回している兵士達も居るらしい。城の周辺は警戒態勢が、かなりしっかり取られているようだ。
「兵士達が多くなって来たね。」
それを屋根の上から見ていると、スラたんが緊張した声で言う。
こういう事も初めてみたいだし、緊張もするだろう。
「スラたんのスピードが有れば、一瞬で離脱出来るだろう。そんなに緊張する必要は無いさ。」
「でも、見られないに越した事は無いでしょ?」
「まあ、それはそうだが、そればかりに気を取られないようにな。」
「うん。分かってる。」
兵士達から目を離し、城の方へと向かう。
城はこの街で一番大きな建築物である為、夜だとしても、街の灯りで遠くからよく見える。
「ギャロザさんから話は聞いていたけれど、実際に見るとかなり大きいね。」
「登れない事は無さそうだが、確実に見付かるだろうな。」
城は完全な正方形の建物で、全体が砂色。石造りの建物で、外周を取り巻くように彫刻が施されており、非常に金が掛かった建築物だということがひと目でわかる。
近付いて行くと、周辺には兵士達がうようよしており、巡回兵も沢山。他の場所とは違い、城の外周だけ道幅が広く取られている、塀や堀のような物は無いが、その中に突撃するような命知らずは居ないだろう。
「この道幅は普通には飛び越えられないな。」
「飛び越えようと思っていた事に、僕は驚きを隠せないよ?!」
道幅はざっと二十メートル。道を飛び越えて壁に張り付くくらいは、どうにか出来ると思うが、そんな事をしたら、下に居る兵士達の注目の的。スパイ〇ーマンよろしく、派手な戦闘が起きるに違いない。
「ご主人様。これを使ってはどうでしょうか?」
そう言ってニルが取り出してくれたのは、新しく作ったアイテムの一つ。
一言で言ってしまえば、
ただ、今回作った鉤縄は、ロープの代わりにアラクネの硬質な糸を用いている。
アラクネの糸は、粘着性と硬質性の二種類の糸が存在し、どちらも非常に有用な物である。しっかりと解いた糸は、太さが人差し指程度で、太さに似合わない強靭さを持っている。その上、火にも強い。
こんな素材は他に無いし、海底トンネルダンジョンで出来る限り回収してきて良かった。まだまだ量は残っているし、色々な物へ応用出来る。
今回は鉤縄ならぬ、鉤糸として鉤爪に付けただけの簡単な物だが、他にも色々と作ってある。それはまた別の機会に使うとして…
「確かに、これなら向こう側まで届くが…」
「糸の色が目立つって事かな?」
「ああ。」
糸の色は白。流石に上空に白い線が一本引かれれば、夜でも目立つ。
「それなら、前に渡した瓶を使えば良いよ。」
「えーっと……」
スラたんに貰った瓶は既に数十種類を超えているため、どれの事を言っているのか分からない。
「これこれ。」
スラたんがインベントリから出してくれたのは、何も入っていない三角フラスコのような形状の瓶。
「あー!」
俺はそれが何かを知っている。
最初見た時に、何も入っていないじゃないかと言ったのだが、実は、何も入っていないように見えるだけで、しっかりと中身が入っている。
これはカラースライムと呼ばれるCランクのスライムから作り出したスライム瓶で、とてもユニークな特性を持った粘液である。
【変色液(カラースライム)…カラースライムから作り出した粘液。周囲の色に合わせて変色する特性を持っている。】
鑑定魔法を使った結果を見れば分かる通り、この粘液は、変色するという特性を持っている。
簡単に説明すると、カメレオンのような能力を、どのような物の表面にも与える事が出来るという物なのだ。
しかも、カメレオンとは違って、触れている物の色を真似るわけではなく、視覚的な背景に溶け込む能力である為、それが例え空中だったとしても、あらゆる方向から見た時に擬態出来るように変色する事が出来る。
例えば、今回の場合、これをアラクネの糸の表面に塗り、城に伸ばした時、下から見ると空と同じ色に見えるが、上から見ると地面と同じ色に見えるのだ。
とてつもなく素晴らしい能力ではあるが、いつでもどこでも何にでも使えるという物ではない。
まず、この粘液は乾燥する事によってその能力を失ってしまい、白く変色し剥がれ落ちてしまう。しかも、色を保持出来るのは数分。その上、人の肌には若干の毒性を与える為、焼け
制限の多い粘液であり、上手く使わなければ効力を十分に発揮しないのである。
但し、能力自体は非常に有用な物で有る為、使い方によってはかなり使える。そして、今回も十二分に役立ってくれるはずだ。
瓶の中には、透明に変色した粘液が入っている為、蓋を開いて傾ければ、中の粘液が出てくる。
俺が変色液をアラクネの糸に塗ると、直ぐに色が変化していく。後はこれを投げて城に引っ掛けるだけだが、これは簡単だ。
「いくぞ。」
ブンブンと糸を持って鉤爪を回し、タイミング良く城へと向けて投げ付ける。それだけだ。跳んで張り付くのは難しいが、鉤爪を投げ飛ばすだけなら、簡単に届く距離である為、苦労はしない。
「全員で行きますか?」
「……いや。スラたん。頼めるか?」
「僕だけって事?」
「ああ。」
アラクネの糸は城の屋根の辺りに引っ掛かり、しっかりとしているが、変色液の効果時間は数分。暫くすると表面から剥がれ落ちてしまう。つまり、ずっと鉤糸を張っておく事は出来ないのだ。となると、こちら側にも一人居る必要がある。それに、俺やニルでは、糸の上を伝って行くのに時間が掛かり、下から見られてしまう恐れが有る。その点、スラたんならば、直ぐに渡り切れる。
「……分かった。」
「今回は確認するだけだ。最悪、屋根の上から覗き込むだけで良い、間違っても手を出したりしないようにな。」
「うん。絶対にそんな事はしないから安心して。
それじゃあ…行ってくる。」
俺がギュッと糸の端を握り、ピンと糸を張らせると、スラたんが膝を曲げる。
タンッ!
地面を蹴ったスラたんが、糸の真上を跳んで行く。
糸は斜め上に向けて伸びている上に、粘液が塗られている為、変に足を乗せると滑ってしまうが、そんなドジはしないだろう。
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