第403話 隠れ村
静かになった女性に頷いて、後ろへと回り込み、手を自由にしてやる。手首の縄を解くと、縛られた部分が赤紫色になっており、長く縛られていた事が分かる。
男の俺に言われたくは無いだろうが、本当に辛い日々だったに違いない。
「ありがっ……」
喋ろうとした女性に、もう一度静かにしろとジェスチャーで示す。直ぐに自分の口に手を当てて言葉を飲み込むエルフ女性。
外の様子を廃材の隙間から見てみるが、どうやらこっちの声は届いていないらしい。上手くニルが防音魔法を掛けてくれている。
「……自分で歩けるか?」
こちらの声が届かない事を確認したところで、俺は茶髪のエルフ女性に話し掛ける。
「は、はい。」
女性は立ち上がろうとするが、暴れたせいか、恐怖のせいか、腰が抜けて上手く立てない。
「少しだけ待ってくれ。」
俺は依頼書の男を殺したという証明に、右手の親指に着けられている指輪を抜く。これはハナーサから必ず持ってくるように言われていた物だ。別に高価な物でも、特別な意味を持っている指輪でもないが、殺した男が必ず着用している物らしい。本当にただの証明として持っていくだけだ。
抜き取った指輪を腰袋に入れ、未だに立てずに居るエルフ女性に手を貸す。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
足に上手く力が入らないらしく、フラフラしているが、何とか立ち上がってくれる。しかし、上手く歩くのは難しそうだ。
「このまま逃げるのは難しいだろう。少し抱えても大丈夫か?」
今はあまり男に触れられたくはないだろうが、そうも言っていられない。ゆっくり歩いて離脱出来る程、奴らも甘くはないはずだ。
「ありがとう…ございます…」
女性を、所謂お姫様抱っこで抱え上げると、想像以上に軽く、ビックリして後ろへ倒れるところだった。
「…外に出たら声を出さないようにな。」
「はい。」
抱えてみて分かったが、エルフ女性は全身が汚れている。水浴びすら出来なかったようだ。自分が臭うという事を自覚しているのか、女性はなるべく俺の顔から離れるようにしている。
「行くぞ。」
俺はそんな事は気にしなくて良いと言うようにしっかりと女性を抱えて、廃屋を出る。
俺が廃屋を出た時点で、ニルが魔法を解除しているはず。後はさっさと離れるだけだ。
「…ぷはあ!うめー!」
「なあ?」
「あ?」
「さっきから、やけに静かじゃないか?」
「言われてみると…確かに静かだな。寝たのか?」
「お前。ちょっと様子を見て来いよ。」
「はあ?何言ってんだよ。そんな事して見付かったら、後で殴られるのは俺だぜ?遠慮させてもらう。気になるなら自分で行けよ。」
どうやら、廃屋の中がやけに静かになった為、気にしているようだ。
さっさと退避しよう。
女性を抱えたまま、廃村から離れるように走り出す。
「んー…?誰だ?」
「どうした?」
「いや。今誰かが…」
上手く姿を見せられたようだ。帰りは逃げるだけだし、慎重に移動する必要が無い。気配を晒せば、一人ぐらいは気付くかと思っていたが、上手くいったらしい。
連中が廃屋を調べる前に、一気にニルの待つ後方まで下がる。そこまで下がれば、もう安心だろう。
「ニル。彼女を頼む。」
「はい。」
エルフ女性を下ろし、後の事はニルに頼む。
少し移動し、完全に盗賊達から離れたところで、俺は女性に声を掛ける。
「奴隷用の枷をされていないみたいだが、何か理由が有るのか?」
「………あの男は…逃げようとするのを犯すの…笑いながら…」
女性の顔が恐怖と怒りに染まっていくのが分かる。
その時の事を思い出させてしまったらしく、激しく
ハナーサ達には、囚われている女性達を、連れ出して欲しいと頼まれていたが、確認もせずに連れて行って、実は敵の仲間でした。なんて事にはならないようにしなければならない。今の今まで辛い思いをしていた女性に対して、非情な事を…とは自分でも思っている。しかし、情に流されて危険を招き入れる事は出来ない。
「他に囚われている人はいなかったように見えたが、一人だけだったのか?」
エルフ女性の気分が落ち着いて来たのを見て、質問を続ける。
「…は、はい……皆、他の場所から来た者達に、枷を付けられて、どこかへ…」
奴隷として売る為に、連れて行かれたのだろう。その時に枷をされたということは、殺した男は、元々枷を持っていなかったのかもしれない。どちらにしても、エルフ女性の嫌悪感は、演技には見えないし、彼女がハンディーマンのメンバーという事は無いだろう。
「今から移動するが、ここからはゆっくりで大丈夫だ。歩くのが辛かったら横に居るニルに伝えてくれ。もう少しの辛抱だ。」
「ありがとう…ございます…」
エルフ女性の両目から流れ出る涙が、頬の汚れを洗い流し、涙の筋が残る。
俺達は、盗賊の追手に気を付けながら、森の中を抜けて、やっとテノルト付近まで到着する。予定では、ケビンが綿花畑と森の間で待ってくれている事になっている。そして、予定通りその付近に近付くと、ランタンの光が寄ってくる。
「っ!!」
エルフ女性は酷く怯え、ニルの背中に隠れる。
ケビンは百八十センチもある大男。そうでなくても男性が怖いだろうに、強面のケビンは見るだけで恐怖だろう。
「おっと…すまねえ。これ以上近付くのは止めておこうか。」
「大丈夫ですよ。」
ニルがエルフ女性に優しく声を掛ける。
「上手くいったのか?」
「ああ。」
俺は腰袋から指輪を取り出してケビンに渡す。
「確かに奴の物だな。まあ、失敗するとは思っていなかったが…それより、他の女性達は?」
「全員連れて行かれた後だったようだ。」
「くそ…遅かったか…」
「それより、今はこっちだ。」
「…そうだったな。もう少しでハナーサも来てくれる。俺が連れて行くより、ハナーサの方が同じ女性だし良いだろう。」
ケビンの言葉通り、直ぐにハナーサが駆け付けてくれる。
ケビンがハナーサに現状を報告すると、ケビンと同じように遅かった事を悔やむ顔をする。しかし、何処に連れて行かれたのかも分からない女性達を探すより、今は助けられたエルフ女性を安全な場所に移動させる事を優先させるべきだと気持ちを切り替えて、エルフ女性に近寄って行く。
エルフ女性は、ケビンに会った時のような怯え方はしないものの、どうしても現場から助けた俺やニル以外は、女性でも怖いらしい。盗賊にも女性は居るだろうし、怖いのも仕方ない。
ただ、怯えているものの、ハナーサが自分を助けてくれる存在だと認識し、いくつかの質問に答えていく。
どうやら、西側にある小さな村に住んでいたらしく、盗賊に襲われ村の状態は分からないらしい。
ケビンが小さな声で教えてくれたが、どうやらその村は、現在復興中だが、住人はほぼ別の場所に移り住んだらしく、廃村間近という状況らしい。
助けた女性はエルフ族で、移り住んでから数年。綿花畑を世話していたとの事。
「故郷に帰るにしても、今の状態では無理だから、一度安全な場所でしっかり体を休めた方が良いわ。」
「安全な…場所ですか?」
「ええ。今から連れて行くわ。道中はそっちの二人が守ってくれるから安心して。」
「は、はい…」
ハナーサの言葉に、俺とニルが頷き、早速出発する。
ハナーサが用意してくれていた馬車に乗って、俺達は北西へと向かう。
ニルが御者を行い、馬車に吊るされたランタンが夜道を照らす。
ハナーサの話では、例の隠れ村はジャノヤのずっと北西に位置しており、北西に連なる山々の合間に存在しているらしい。
馬車でも三時間は掛かる道程で、人の寄り付かない場所に在る為、モンスターもそれなりに居るらしい。いつもならば、ケビンが同行し、モンスターはケビンが排除しながら進むのだが、今回は俺とニルがその役を担う事になる。
馬車を走らせてから二時間後。木々が増え、緩やかな傾斜と獣道が見えてくる。
「ここからは歩きよ。馬車はこっちに隠しておいて。」
ハナーサの指示に従って、馬車を隠し、俺達は山の中へと入っていく。エルフ女性は体力が落ちている為、休み休みにはなるが、俺とニルが居れば、モンスターに食われる事は無い。
ザシュッ!ザシュッ!
「ほ、本当に強いのね…」
俺とニルが簡単そうにBランクのモンスターを倒しているのを見て、ハナーサが驚いている。エルフ女性も、最初はかなり怯えていたが、俺とニルが居れば安心だと、途中から落ち着きを取り戻してくれた。
「一応、この程度の相手ならな。」
「ケビンでも結構苦戦するモンスターを、この程度…なんて言う人がこの世に居るとは思わなかったわ。剣を一振するだけでモンスターが倒れて行くなんて、友達に言っても信じてくれそうにないわ。」
ハナーサには、依頼されて討伐したモンスターの事を伝えてあるが、実際に戦うところは初めて見せる。何度かSSランクのモンスターと戦った俺達から見れば、Bランクのモンスターは既に雑魚モンスターの仲間入りだ。それが異様な事だというのは、分かっているが、いつもは同等の者と行動を共にしているし、ついつい忘れてしまう。
「それより、道はこっちで良いのか?」
「ええ。大丈夫よ。そろそろ見えてくるはずよ。」
獣道を歩き続ける事一時間超。山々の谷間に見えてくる小さな村。かなり小規模な村であり、谷間に在る為、言われなければ見逃してしまうような村だ。
「ここからは足元に注意してね。滑り落ちたら下まで転がり落ちるしかないから、誰も助けられないわよ。」
村へ入るには、絶対に急な斜面を下って行かなければならない。
「は、はい。」
「怖いなら背負って下りようか?」
体力の少ないエルフ女性は、足を踏み外してしまうかもしれない。それならいっそ…と思ったが…
「いえ…自分の足で歩きたい…です。」
自由の身になれたことを感じたいのか、他人の手を借りずに進みたいのかは分からないが、エルフ女性の顔は少しだけ明るくなっている。きっと前向きな心境からの言葉だろう。
それならば、好きにさせてあげた方が、きっと良いはずだ。
「ニル。」
「はい。」
ニルはそっとエルフ女性との距離を縮め、何か起きた時は、即座に助けられる距離にまで近付く。
これで、もしもの時でも、命を落とすような事にはならないだろう。
俺達は、ハナーサを先頭に、谷間を斜めに下っていく。道など無い為、かなり危険な道程だが、それ故に、誰も入って来ないのだろう。
じっくり時間を掛けて、やっと谷間の底に辿り着く。結局、テノルトを出てから村の前に到着するまでに、計四時間が経っていた。エルフ女性の足に合わせていたから、予定より少し多く時間が掛かったらしい。しかし、急いで怪我をするよりずっと良い。
隠れ村の前まで来ると、村の中に何人かの人影が見えており、ハナーサの姿を確認すると、その内の何人かが奥へ走っていく。
村自体は、なるべく自然に溶け込むようになのか、村の中に木々が普通に生えており、合間を縫うように質素な家や小さな畑が作られている。どこかエルフ族の故郷、ヒョルミナを思い出させるような、自然と共に在るという光景だ。助けた女性としても、きっと嬉しい環境だろう。
ただ、奥に走って行った数人や、畑の近くに立っている者、家の中から顔を出している者を見ると、ここが普通の村ではない事がよく分かる。
全員とは言わないが、七、八割程の者達が、ニルと同じような枷を、首と手足に付けられている。つまり、奴隷なのだ。
そして、住んでいる者達の殆どは女性。中には小さな女の子も居る。
「これを見ただけで、どんな村なのか分かるな。」
「はい…」
ニルとしても、同じ立場の女性達を見て、色々と思うところが有るだろう。少し表情が暗くなる。
「ここまで来られればもう安心ね。」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。同じ女性として、奴らの非道な行いは見逃せないからね。
それと…ニルさん。」
ハナーサがニルに声を掛ける。
「村でも、道中でも…ごめんなさいね。」
「えっ?!急にどうされたのですか?!」
「私達が、こういう事をしているとバレてしまうといけないから、奴隷の人にも…その…」
奴隷を奴隷として扱う奴が、奴隷を助けようとはしないだろう。そうやって思わせる為に、ケビンもハナーサも、村や、他の誰かに見られる可能性が有る場所では、ニルを空気の様に扱っていたらしい。
まあ、考えてみれば、奴隷や被害者を助けようと動いている二人が、奴隷に酷い仕打ちなんてしないよな。
「そんな!私は大丈夫ですから謝らないで下さい!」
「…ありがとう。」
ニルとしては、突然軟化したハナーサの対応に、どうしたら良いのか分からないのだろう。だが、今までニルの事を一人の人間として見てくれた人達と変わらない。世間的には変な感覚だと思われているだろうが、俺としては嬉しい限りだ。
「ハナーサ。」
ハナーサがニルに礼を言った後、村の中から声が聞こえてくる。
「彼がギャロザよ。」
歩いて来たのは、人族の男性で、青髪を後頭部で団子に縛り、スラッとした高い鼻、彫りの深い目には茶色の瞳。イケメンと呼ばれる類の男だ。
身長は百七十センチくらいで、ムキムキとは言わないが、ガッチリした体格。恐らくだが、戦闘をする為に鍛えられた体だろう。声も渋めで歳は三十手前といったところだろうか。
「例の男から助け出したのか?」
「ええ。この女性よ。」
そう言って、ハナーサはエルフ女性を紹介する。
「あっちは…」
「俺のパートナーだ。俺はカイドー。冒険者をやっている。そして、こっちはニルだ。」
ニルは枷をしている為、同じように助けられた側だと思われたらしい。
「冒険者…」
ギャロザが少し警戒心を強めたように見える。突然冒険者が現れれば、警戒して当たり前だ。
しかし、それに対してハナーサが話し始める。
「色々とあったのよ。それに…」
ハナーサは、ケビンから受け取っていた、俺が殺した男から取り上げた指輪をギャロザに渡す。
「今回の事は、カイドーさんとニルさんがやってくれたのよ。」
「…そうだったのか。詳しい話は後で聞くとして、まずは礼を言うべきだな。
ありがとう。」
ギャロザはスッと頭を下げる。綺麗な姿勢だ。衛兵の出身だろうか。
「いや。気にしなくて良い。俺達としても許せない類の連中だったからな。」
「…ああ。それで…他の囚われていた人達は…?」
ギャロザの言葉に、ハナーサが眉を寄せて首を横に振る。
「そうか…遅かったか…」
「詳しい話は中でするわ。」
「そうだな。先に彼女を…」
「ギャロザ。私達で村の事は説明しておくから、話をしてきて。」
先程ギャロザを呼びに行った奴隷の女性達がエルフ女性を優しく介抱する。同じような境遇の彼女達ならば、きっと気持ちもよく分かるだろうし、俺達が手を出すより良いだろう。という事で、俺達はギャロザと話をする事になった。
テノルトの家々も、質素な方だったが、この隠れ村の家々は更に質素で、ほぼ全てが木製もしくは石製で、凝った装飾などは一切無い。
簡素なテーブルと椅子。俺達が座ると、人数分の紅茶が出される。因みに、紅茶を出してくれたのも、奴隷の女性だ。
「まず、一応自己紹介しておく。俺はギャロザ。この村の代表みたいな事をやっている者だ。」
「曖昧な言い方しなくても、俺が代表だ!で良いでしょ?」
「ま、まあそうなんだが…」
ハナーサの指摘にポリポリと
「俺も救われた者の側だから、あまり出過ぎた事は言いたくないんだ。いや、そんな事より、詳しい話を聞かせてもらえないか?」
「そうね。」
ハナーサがここまでの経緯を詳しく説明し、ギャロザはたまに相槌を打ちながら話を聞く。
「そうか。それなら、カイドーさん達の事は、信用して大丈夫だろう。」
「良いのかしら?」
「ここまでしてくれたんだ。信用に値すると考えるのが普通だろう。それに、ハナーサが、依頼をこなしてくれたら信用すると約束したんだ。ここで信用しないという選択肢を取れば、盗賊と変わらない。」
ギャロザはスッと立ち上がり、頭を下げる。
「改めて礼を言う。本当にありがとう。本来ならば、俺がやらなければならない仕事だったのだが、この村を離れるわけにはいかなくて、こんな形になってしまった。」
「さっきも言ったが、気にしなくて良い。
それより、ここはどういう村なんだ?一応、色々と聞いてはいるが、詳しく教えてくれないか?」
「ああ。何でも聞いてくれ。」
姿勢を戻したギャロザが、快く質問に答えてくれる。
そこで聞いた話をまとめると…
まず、ハナーサが言っていたように、この村は奴隷で運良く逃げられた者達や、盗賊から逃げられた者達、他にも、ザレインに関する被害者達が集まって出来た村らしい。
住んでいる者達が奴隷ばかりなのは、奴隷が外に出て見付かると、直ぐに捕らえられて、また奴隷としての生活を余儀なくされるから、この村に留まるしか選択肢が無いからである。それ以外の者達は、元気になるとそれぞれの行きたい場所へ出て行く事が多いらしい。
そして、ここで言うところの、盗賊というのは、ハンディーマンの事であり、この村に住む者達の殆どが、ハンディーマンに恨みを持っているとの話。しかし、戦えるような者達ではない為、ずっと泣き寝入り状態が続いていたらしい。しかし、そこに現れたのがケビンとハナーサ。
ケビンがザレイン農場の場所を知り、上手く逃げ切った時、それでも受けた傷が深く、意識が朦朧としているところをギャロザが見付け、この村で休ませたらしい。ケビンはその恩を返す為、彼等の手伝いをしようと冒険者を辞めて村に戻る事を選んだらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます