第402話 標的

ケビンが、俺は間違っていないとばかりに声を張り上げる、


「で・も!あまりにも軽率よ!」


ガンッ!


「いっ!!」


ハナーサが靴の先端でケビンのすねを強く蹴り飛ばす。


「今回は良かったものの、もし盗賊に繋がりの有る奴だったら、私達だけじゃ済まなくなるのよ?!」


「す、すまない…」


ケビンが叱られ過ぎて百八十センチも有るはずの身長が半分くらいに見える。屈んで脛を摩っているから余計に。


「…はあ…もう良いわ。話してしまったのなら仕方ないわ。」


ハナーサが呆れてものも言えないと額に手を置いた後、俺とニルの方を見る。


「それで、どうするつもりなの?ここまで巻き込んで、はいさようなら、とはいかないわよ。」


「ああ。だから、ギャロザに会わせようと思う。」


「ちょっ?!」


ハナーサは目をまん丸にして驚き、ケビンの腕を掴んで俺達から離れる。何やらコソコソと話しているが、かなりハナーサは怒っているみたいだ。

ギャロザという者の話は聞いた事が無いが、何か重要な役割を持つ人物なのだろうか?


俺もニルも何か言える状況では無さそうだった為、二人の話が終わるのを待ち数分後。


「……はあ……」


またしても、ハナーサの溜息が聞こえて来た後、くるりと振り返ったハナーサが口を開く。


「ギャロザについて、カイドーさん達に話す事にするわ。でも、私達にとって、凄く大切な話だから、絶対に他言しないという確証が欲しいの。

全てがこっちの勝手な都合だという事はよくよく分かっているわ。だから、カイドーさんには、このまま話を聞くか、それとも聞かずに出るか、ここで決めて欲しいの。」


「聞くと言った場合、他言しないという確証はどうやって得るつもりなんだ?」


「……この依頼を受けてもらうわ。」


そう言ってハナーサが出したのは、盗賊の討伐依頼。


「ハンディーマンのメンバーか?」


「ええ。この男は、この辺りで好き勝手やっているハンディーマンの一員よ。名前までは分からないけど、この男を殺して欲しいの。ハンディーマンの主要なメンバーではないけれど、かなり困っているのよ。」


「なるほど。それを確証とするわけだな。」


「もし、カイドーさんがとてつもない嘘吐きで、ここまでの事が全て嘘だったとしても、ハンディーマン側の者なら、この男は殺せないはずよ。この辺りで荒稼ぎしている奴だからね。」


「…分かった。話を聞こう。」


ハナーサの口振りからすると、ハンディーマンの主要なメンバーについてまで知っている。そうなると、ハナーサもケビンも、既にただの村人だとは思えない。この二人には何か有る。


「…分かったわ。」


そう言ったハナーサが、カーテンを閉め、椅子に座り姿勢を正す。


「…まず、ここまでの話で分かったと思うけれど、私とケビンは、ハンディーマンを憎む者よ。正確には盗賊を。

私もケビンも、昔、両親を盗賊に殺されたという過去が有るわ。」


ケビンは、両親が死んでいるというような発言をした事があったし、ハナーサも独身で、一人暮らし。親の姿は見えないし、ハナーサの両親についての話は聞いた事が無い。


「そうだったのか。」


「それ自体については、既に決着を付けているし、自分の中でも上手く処理出来ているわ。だから同情も要らないし、その事について話す気も無いわ。

ただ、盗賊連中を憎む気持ちは今でも同じよ。」


ハンディーマンの構成員一人を殺せと言うくらいだから、対抗する側の者だということは分かっていた。


「そして、私やケビンと同じように、盗賊や…一部の貴族を恨んでいる者達が集まっている村が在るの。」


「村?この村か?」


「いいえ。この村じゃないわ。別の場所に在る村よ。でも、場所は教えられないわ。教えるのは依頼を完了してからよ。」


「それはそうだろうな。それで、ギャロザというのは?」


「その村の皆をまとめている者の名前よ。」


「そんな名前を、ケビンは口走ったのか?」


「ぬはは!まあな!」


ガスッ!!


「いっ!!」


またしてもケビンの足に青アザが出来る予定らしい。


「その村の連中は、ハンディーマンと事を構えているって事か?」


「いいえ。そこまでの話じゃないわ。単純に、盗賊の被害者とか、貴族の被害者で逃げて来た人達を匿っているだけよ。」


大体理解出来た。つまり、ケビンとハナーサは、その村のギャロザという者と共に、被害者達を救う為に秘密裏に動いているが、普段はこの村で生活しているという事らしい。

この村の立地は、この辺りで一番大きな街であるジャノヤから馬車で一時間。超離れているとは言えないが、それなりの距離だ。ギリギリ、優れない体調でも歩ける距離。そして、ここより南は森となっていて、盗賊や貴族から逃げようと思うならば、この村で森を越える為の食料や衣服等を恵んでもらおうとする奴も居るはずだ。

そんな奴が村に来た際、一番最初に話をするのは、間違いなくケビンだろう。村の門番なのだから当然だ。

そして、その者をどうするのか、という事に関して、相談を受けるのはハナーサだ。この二人がギャロザ側の者だとしたら、村の者達に迷惑を掛ける事無く、ギャロザの元へ行くように指示が出来る。

ギャロザとの連絡も、ハナーサの立場ならば簡単だろう。字が読めるのも二人だけ。


「二人はギャロザの部下って事か?」


「部下…とはちょっと違うな。どちらかと言うと仲間みたいな者だ。ギャロザはその村のリーダーをやっているが、対等な存在だし、冒険者のパーティみたいな感覚だな。」


「二人がこの村出身だって話は…?」


「それは本当だぞ。というか、ギャロザ達の事は秘密にしていたが、今まで話した事に嘘は無いぞ。」


「そうか。」


ギャロザ率いる対抗組織…という感じではなさそうだ。被害者の会とか、そういうイメージだろうか。


「それで、ザレインについては?」


「最近、ザレインの被害者がかなり増えてな…使用者というより、使用者に近しい人が逃げて来たりするんだ。」


ザレインの使用者は、依存性である為、逃げたくても逃げられないのだろう。その代わり、使用者の周りの人達が、盗賊連中に追われたりするのだろう。金を払えとか、売人をやれとか…色々と考えられる。


「だから…ザレインの農場については、どうにかしようと考えているところよ。ただ、私達だけではどうにも出来ないわ。」


被害者達の集まった村だ。戦える者達は少ないだろう。そんな集団がザレイン農場を潰すぞー!と駆け込んでも、返り討ちにあってしまうのは想像に難くない。


「もし、カイドー達が、俺達に手を貸してくれるというのならば…」


「それが、俺達にさせたい事か。」


「別に無理矢理やらせようってわけじゃないのよ。

ただ、少しでも良いから手を…いいえ。アイデアだけでも出してくれれば嬉しいわ。戦闘はなるべくなら避けたいの。もう盗賊や貴族の為に命が消えるのは見たくないわ。

だから、戦って欲しいという話じゃないの。あくまでも狙いはザレイン農場の機能を停止させる事よ。」


「その手伝いをして欲しいと。」


「ええ。詳しい話は全て後になるけれど、大体の事は分かったはずよ。」


「……大体理解した。」


「完全に巻き込んでしまったが…すまないな。」


ケビンが頭を下げるが…


「最初から巻き込む気満々だっただろう?」


「ぬはは!バレたか!」


ガンッ!


「いっ!」


ケビンの足は大丈夫だろうか…?


「でもよ、Sランクの冒険者なんて、滅多に出会えるような相手じゃないし、手を貸して欲しいと思うのも当然だろう?

この辺りの冒険者で有名な奴は大体買収されているからな。」


「それはそうだけど、相手の都合も考えずに巻き込んでどうするのよ。私達の事も考えていないし。」


「そ、それは悪かったと思っているって。」


「本当かしら?」


「ほ、本当だって!」


二人がまたわちゃわちゃし始める前に、話を進めよう。


「まあ、巻き込まれてしまったし、話を聞くと決めたのは俺だ。やれるだけの事はやるさ。」


「本当か?!流石カイドーだぜ!助かるよ!ぬはは!」


「それで、この盗賊を殺せば良いんだな?」


「ええ。」


「報復はされないのか?」


「それは大丈夫よ。この辺りで荒稼ぎしているのは事実だけれど、ハンディーマンの中の地位だけで言えば大したことの無い者だから、死んだとしても躍起になって犯人を探すという事はしないはずよ。ハンディーマンのこれまでの事を考えると、目立ち過ぎたこいつが悪い…とでもなるでしょうね。」


トントンと人差し指を依頼書の似顔絵に当てるハナーサ。


「分かった。」


「だからと言って、カイドーさんの姿を見られてしまったらいけないから、いくつか情報を渡すわ。カイドーさんなら、その情報でこいつだけを秘密裏に処理出来るはずよ。

それと、依頼の報酬で渡すはずだった服も出来ているから、着替えてから向かって。」


ハナーサが立ち上がると、奥の部屋からいくつか服を持ってくる。その中の一つを取り出して机の上に乗せる。


「これはハンディーマンの連中が好んで着る服の一つよ。これを着ていれば、見つかっても内輪揉めという事にしてくれるはずよ。」


机の上に置かれたのは、青と赤の服で、ノースリーブ。綿が僅かに入っているのか、少し厚みが有る。半分は皮で出来ており、多少の防御力も有りそうだ。木で出来たボタンや服の縁には毛皮が縫い付けられており、パッと見は民族衣装だ。


「皆着ているわけじゃないけれど、これを着ていればハンディーマンだと思われるはずよ。」


「…分かった。」


随分とハンディーマンに詳しいらしい。ここはしっかり信用を得て、もっと色々な情報が欲しいところだ。


という事で、依頼書の男に関して、いくつか使えそうな情報を聞き、話を終える。


「すまないな。」


最後に、ケビンが真剣なトーンで俺に謝って来たが、俺達の当初の目的を考えれば、問題無いどころか大きな進展だ。ただ、ハナーサが俺達を信用していないように、俺達もハナーサ達の話を全て信用しているわけではない。ギャロザという者や、そこに住む連中を見てからでなけれぼ、俺達の目的も明かせない。


という事で、ケビンに気にするなと声を掛けた後、俺とニルは準備をする為にモンスターを狩るという名目で、一度拠点へ戻る事にした。


「あ。おかえりー。」


ピュアスライムを頭に乗せたスラたんが、半分閉じた目で出迎えてくれた。


「めちゃくちゃ眠そうだな?」


「いやー…なかなか研究が進まなくてねー…寝ようとはしているんだけど、横になると研究の事を考えちゃって、寝れなくて…ふあー…」


大きな欠伸を一つした後、眼鏡の下から目を擦るスラたん。


「あら。おかえりなさい。」


スラたんと話していると、ハイネとピルテが森の中から現れる。周囲を索敵していたようだ。


「丁度良かった。こっちに進展が有ったから報告しておくよ。」


「分かったわ。」


三人に今までの事を話し、ケビンとハナーサについても伝えておく。


「その依頼書の男を始末すれば、ギャロザとかいう者に会えるということね?」


「ああ。一先ず、この話に乗ってみようと思う。」


「他に手掛かりも無いし、ハンディーマンについてよく知っているみたいだし、良いと思うわよ。その依頼書の男は、私達も一緒に始末に向かった方が良いかしら?」


「…いや。大丈夫だ。ハナーサ達から、この男の事を詳しく聞けてな。一人になるタイミングをいくつか聞けたんだ。」


「かなり詳しく知っているのね?」


「どうやら、そのギャロザという者が情報を入手してくるらしい。どうやってかは知らないが、それも会えば直接聞ける。もしかしたら、ハンディーマンを潰す為の情報を手に入れられるかもしれない。」


「私達は、その情報を貰って、裏で動くという事ね。そこまでの情報が手に入っているなら、そう時間も掛からないでしょうし、準備はしておくわ。」


「よろしく頼む。」


ハイネ達との擦り合わせも終わり、俺とニルは早速依頼書の男が居るという場所へ向かう。

その場所は、街でも村でもなく、廃村のような場所で、朽ちかけた家が二、三在るというだけの場所。


「あんな場所に居て、虚しくならないのでしょうか…?住む場所だけで言えば、奴隷と大差無いと思うのですが…」


最早、盗賊達に哀れみを感じ始めたニル。それ程に、盗賊達はボロボロな場所に住んでいるという事だ。

今は夜で外は真っ暗。廃屋の中心に焚き火が見える。


「ここに居るのは計十人。そして俺達が狙うのは…」


「あの奥に座っている男ですね。」


焚き火の奥、一番状態が良さそうな廃屋の前に座っている男。それが依頼書に書かれている似顔絵と合致する。

ボサボサで臭そうな髪。赤と青の民族衣装のような服。獣人族らしいが、何の獣なのか判別出来ない。


「少し待つぞ。」


「はい。」


俺達の狙っている男は、夜深い時間になると、必ず人払いをして、廃屋の中に、捕まえて来た女性を連れ込んでいるらしい。何をしているかは想像したくないが、そのタイミングが、一番効率良く始末出来るはずだ。但し、他の者達には手を出さない。

十人程度ならば、恐らく殲滅も可能だが、十人を殲滅されるのと、調子に乗った男を一人殺されるのでは、ハンディーマンの主要なメンバー達の心象が大きく異なってくる。あくまでも、内輪揉めとして処理してもらう必要が有る為、ここは大人しく目標の相手だけを狙う。


ニルは今回、後方支援だ。


一人で十分だという事もあるが、捕らえられた女性が辱められているところをニルには見せたくない…という個人的な感情も混じっている。


という事で、俺は服を着替えて、少し廃村に近付き、ニルは後方で待機。俺が廃屋に入ったと同時に防音魔法を使ってもらう。中で素早く男を始末し、離脱。出来れば、逃げる所を盗賊の誰かに見られるのが良い。勿論、後ろ姿とか影に紛れた所をという意味で、顔を見られるわけにはいかない。


盗賊達は暫くの間焚き火を囲んで酒を飲み、全員の顔が赤くなって来た頃、目標の男が立ち上がる。


「またですかい?」


「悪いのか?」


「いえいえ!たまにはこっちにも回して下さいよー。」


「気が向いたらな。」


そんな会話をして廃屋に入っていく標的。


「ちっ。自分だけ良い思いしやがって。俺達の仕事だってのに。」


「あんな事言って、こっちに回した事なんざ一度だって無えくせに。」


どうやら標的は手下の連中にもあまり好かれてはいないらしい。実に好都合だ。


俺は外の連中から見えないように廃屋の裏手へと回り込む。

俺からは見えないが、ニルには俺の事が見えているはずだ。タイミングは合わせてくれるだろう。


廃村の周りには、元々何かの建築物だったであろう廃材が散らばっている。その廃材の影を使って、スルスルと標的が居る廃屋へと寄っていく。


「嫌っ!やめてっ!!」


男が廃屋に入ってから直ぐに聞こえ始める女性の悲痛な叫び声。廃屋なのだから声はダダ漏れ。最悪の気分だ。早くどうにかしてやりたいという気持ちを押さえ付けて、静かに廃屋の中を覗き込む。


暗闇の中、ボロボロの床板の上で、手を縛られながらも、暴れる茶髪のエルフ女性と、その上に覆い被さる男。実に気分を害する光景だ。


なるべく素早く、そして出来る限り静かに廃屋内へと足を踏み入れる。


俺はニルから借りた投げ短刀を腰から引き抜く。

廃屋とはいえ、住んでいるのだからギリギリ原型は留めているし、廃材が傾いてかなり狭い。刀や直剣では長過ぎて邪魔になる為、ナイフ程度のサイズが最も扱い易い。ニルの投げ短刀は、これに丁度良いサイズである為、一本借りておいたのだ。


「うるせえな!」


「んー!んんー!」


男が女性の口を手で押さえ付ける。無理矢理とはまさにこの事だ。エルフ女性は全力で暴れ、涙をボロボロと流し、服は半分破けてしまっている。


俺が足音を立てないようにゆっくりと近付いていくと、エルフ女性が俺の姿に気付く。押し倒されているわけだから、男の肩越しに俺が見えて当たり前だ。

手にナイフを持つ俺の目を見たエルフ女性は、俺が自分を殺そうとしているのではなく、自分に覆い被さっている男が狙いだと気付き、残った全ての力を使って全力の抵抗をする。ほんの僅かに俺に向けて視線を動かしたのを誤魔化そうとしているのだ。


「んんー!んっ!んん!」


「暴れるなっ!」


男が手を挙げた瞬間、俺の持った短刀の刃が、後頭部にズブリと刺さる。


「ぁっ…」


小さな声を漏らした男が、動きを止める。


エルフ女性の目が、これ以上無い程、嬉しげに歪んで行く。今の彼女の心境を表す言葉を、俺は知っている。


『ざまぁ』


まさにそんな顔だ。これ以上その言葉に相応しい顔は無いだろうという顔をしている。


普通、こういう時の女性は恐怖に引き攣った顔をしている事が多いが、この女性は違うらしい。恐らくだが…こうして襲われるのは初めてではないのだろう。恐怖より、嫌悪感の方が勝っていたとなれば、頻繁に…いや、考えるのは止めよう。


ゴトッ……


女性の上に倒れた男は、ピクリとも動かない。


ゴトッ!


女性は乱暴に男を退ける。


「このっ!死ねっ!」

ガシッ!ガシッ!


女性は手を縛られているが、自由な足で何度も男の死体を蹴り付ける。既に死んでいる男に死ねと言う程となれば、どれ程憎んでいるのかよく分かる。しかし、このまま暴れさせておくわけにもいかない。


俺は自分の口元に人差し指を立てる。


「フー…フー…」


女性はそれを見て、やっと蹴るのを止める。今、彼女を助けられるのは俺だけだ。その俺の言う事が聞けないと判断されれば、自分はここに置いていかれてしまう。それを理解しているのだろう。

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