第386話 内層探索 (3)

「そっか…シンヤ君達が動いてくれるなら、僕も研究に専念出来るし、その方が早いかもしれないね…」


「薬草の採取は、一度数を揃えてしまえば、直ぐに必要にはならないだろうしな。」


スラたんが提示した期限は一週間。


この間にやらなければならないのは、薬草や毒草の採取。スラたんの研究の目処を立てて、それに必要な物をしっかり集めておく事。最も重要になるであろうサプレシ草を出来る限り集める事だ。

スラたんが俺達に付いて来ると決めてくれたのだから、研究をこの場所で完成させる必要が無くなった為、時間の短縮が出来たのだ。

しかし、道中で、必要な薬草が無くなった!なんて事にならないようにする為には、ある程度、研究の目処を立てなければならない。その為の一週間と言っても過言ではない。

薬草や毒草の採取も、その目処が立たなければ、必要になる数が分からないし、スラたんの研究の進度が大きな鍵を握っている事になる。

つまり、今最も優先すべきは、スラたんの研究だ。

ここにスライムの周波数を記録させるという作業が加われば、一週間では収まらなくなる。それを俺が肩代わり出来れば…という考えだ。


「………そうだね……この先に、ロックスライムから変化したスライムが居るはずだから、そこで一回試してみようか。もし、僕が居なくても可能なら、シンヤ君にそっちを任せて、僕は研究に没頭しようかな。」


「よし。そうと決まれば、早速やってみるとするか。」


スラたんの案内を受けて、俺達は岩場を少し先へと進む。


「あの大きな尖った岩が在る場所。あの辺りに、クォーツスライムや、珍しいスライムが居る事が多いんだよ。」


誰が見ても尖った岩だと分かるような、槍の先端の様に尖った岩が少し先に見える。


「あの尖った岩の麓には、大きな亀裂が入っていて、その中に入れるようになっているんだ。」


「その中に何体かスライムが?」


「うん。そういう事。」


「分かった。試すのはクォーツスライムか?」


「多分、一番見付けるのが簡単なのはクォーツスライムだし、それで良いと思う。」


「分かった。それじゃあ…」


俺は恐る恐るピュアスライムに手を伸ばす。いきなり手を分解されたりしないかと心配だったが、ピュアスライムはスラたんの頭の上から俺の手の上へとゆっくり乗り移る。


「お…おぉ……」


ピュアスライムは、少しひんやりとしていて、見た目通りのぷるぷる感。弾力の有るゼリーのような感触で、ぷにぷにしている。

生きたスライムを素手で触る機会が来るとは思っていなかった為、少し感動を覚える。


「どう?!感動したでしょ?!」


「ま、まあ…少しな。」


「でしょー!」


ドヤ顔で俺の目を見てくるスラたん。その顔に少し腹が立つが、取り敢えず目的を果たしてしまおう。


ピュアスライムを抱えるようにして持った後、尖った岩の方へと向かうと、凹んだ地形の底部に、スラたんの言ったような亀裂が見える。


大人二人が横並びで通れる程度の亀裂で、見た感じ岩が崩れそうに見えず、かなり安定しているようだ。


「入って大丈夫なのか?」


亀裂の中は当然真っ暗闇で、明かりが無ければ何も見えない。中に何かが居る気配は感じ取れるが、いきなり踏み込んで行くには勇気が必要な環境だ。


「ピュアスライムが、周波数を合わせられないというのなら、スライムを退ける事も出来ないよな?」


ふと考えついた不吉な予想をスラたんに確認する。


「それは大丈夫だよ。スライムの微生物は、僅かに形状は変わるけど、基本的な形状は変わらないんだ。だから、大まかな指示はどんなスライムにも通用するんだよ。」


「あれをしろ、これをしろというような細かい指示は出来ないが、寄るなとか寄れ、みたいな大雑把な指示は出来るって事か?何とも信じ難いな…」


「実際に、草原での採取では、普通のスライム以外のスライムも、寄っては来なかったでしょ?」


「他の種類のスライムも居たのか?」


「当然居たよ。ここはスライム天国なんだからね。」


「……それなら、信用してみるか…」


「僕の言葉じゃなくて事実のみを信用するシンヤ君…僕は寂しいよ?」


「俺にとっても初めての事だし、ピュアスライムとの繋がりは、俺に無いしな。」


「そう言えば、ピュアたんの事が分かるのは僕だけなのか…どうにも慣れない感覚だね。まあ、これは僕の中でほぼ確定事項だから、信用してくれて大丈夫だよ。」


「……そうか。分かった。」


「ちょっとした間が気になったけど、僕の思い違いだと信じて、中に入ろうか。」


僅かなボケにも返してくれるスラたんに感心しつつ、ランタンに火を灯して亀裂の中へと入る。


ピチャッ!


亀裂の中は雨水が入ってなのか、一部、水が足元に溜まっており、その中に足を踏み入れた事で水音が反響する。


「思っていたより中は広いな。」


ランタンの光を奥に向けると、入口は狭いものの、中はホールのような空間になっており、予想よりも広く、息苦しさは感じない。

壁面は凹凸が激しく、光が揺らめく度に、壁の一部がキラキラと反射するのを見るに、何かの鉱物が内包されているのだろう。


「スラたんが、クォーツスライムを見付けるのが一番簡単だって言っていた理由が分かったよ。」


地面と壁が接する角に、やたら大きなクォーツの結晶が一つ見える。よく見ると、他にも小さな結晶が所々に生えているが、やたら大きな結晶はその一つだけ。


「あのデカいのがクォーツスライムだな?」


「うん。ここにはあれ程大きな結晶は育っていないから、一目で分かるでしょ。でも、問題はここからだね。」


「そうだな……」


意思の疎通は行えないが、ピュアスライムが俺に危害を加えるつもりが無く、俺達のやろうとしていることを理解していると、何となくだが感じる。


俺はゆっくりとクォーツスライムに近付いて行き、抱えていたピュアスライムを近付ける。


ピュアスライムが核をふよふよと動かした後、クォーツの結晶に擬態したスライムに接近すると、後ろでスラたんの紋章が光る。


「…どうやら、成功みたいだね。」


クォーツに化けていたスライムが、形状を変化させて、通常のスライム形状へと変わる。

表面に光沢が有り、つるんとした表面のスライムだ。スライムの形状にカットした水晶だと言えばイメージし易いだろう。


「これでクォーツスライムは指揮下に入ったのか?」


「うん。大丈夫だよ。」


足元では、クォーツスライムとピュアスライムが互いに意志を確認し合うようにぷにぷにと動いている。


「という事は、俺だけで探しても大丈夫そうだな。」


「うん。ピュアたんと離れるのは寂しいけど…我慢だね!」


「……他にも特殊なスライムが居るって言っていたが、何処に居るんだ?」


スラたんの決意を華麗にスルーして、別のスライムを探す。


「分からない?」


ニヤリと笑って挑発してくるスラたん。


え?分からないの?そうなんだー…ひひひ。


とでも言いそうな顔で腹が立つ。


「絶対見付けてやる…」


俺は目を凝らして周囲を見渡す。


クォーツスライムも、もし同じような大きさの結晶が並んでいれば、どれがスライムかは全く分からない。一応、透明なボディである為、近付いてよく見れば、巧妙に隠された核が見えるのだが、遠目に見て気付く者は少ないだろう。

それ程の擬態能力を持ったスライム達を見分けるのは至難の業である。

しかし、ドヤ顔のスラたんを二度も見るのは精神衛生上良くない。という事で、どうにか探し当てようと目に力を入れる。


先程、ロックスライムを見付けた時の事を思い出しながら、よーく見てみると、壁面に薄らと亀裂入っているのが見えてくる。外とは違い、明かりは乏しい上に、壁面の凹凸が激しい為、陰影が多く、見える程度のものだが。


「あれ…か?」


「残念!そこには何も居ませーん!」


な、殴りてえ…


安い挑発だが、クルクルパーマの丸眼鏡にドヤ顔で言われると、眼鏡を拳で割りたくなってくる。

そこからも何度か眼鏡を割りたくなる衝動に駆られつつ、スラたんとスライム当てゲームをしていると、それとなく見分けが出来るようになった。


「思っていたよりも沢山居たな…」


広いとはいえ、俺達が居る空間はあくまでも岩の亀裂。五メートル四方程度の広さなのだが、その中にロックスライムが五体隠れていた。

それに加え、メノウスライムと呼ばれる亜種も一体見付けた。

メノウというのは…


瑪瑙メノウ…アゲートとも呼ばれる鉱物。石英等の成分が層状に堆積した一般的な鉱物。】


という事で、要するにクォーツの仲間のような物だ。これに擬態するスライムをメノウスライムと呼び、クォーツスライムとの違いは、多種多様な色に有る。赤、緑、白と、全身が沢山の色で出来ており、隙間に入っていたりすると、非常に見付け難い。

スラたんの話では、クォーツスライムも何種類か色の付いたスライムが居るらしいが、どれも単色らしい。例えば、ローズクォーツと呼ばれるピンク色の水晶を真似たスライムや、アメジストと呼ばれる紫色の水晶を真似たスライム等が居るらしい。


「亜種はこれで全部か?」


「ううん。まだ一体居るよ。見付かっていないだけでね。」


「…………」


スラたんが自信満々に言うということは、確実に居るという事だ。しかし、壁面も天井もじっくり探したし、もう隠れていないはず。何か見落としているのか…?


「この種のスライムは、特に擬態が上手いタイプだから、なかなか見つけるのは難しいよ。ヒントは壁でも天井でもなく、床に潜んでいるという事かな。」


「床に?」


スライムを探す為に動き回っていた為、床はかなり踏み付けた。スライムが居て、動けば分かるはずだが…


「……もしかして…」


「あ。流石に気付いたかな?」


俺は入口付近に溜まっていた雨水の中を見る。


「おお?!こんな所に!」


ランタンの光を当てると、水の中に核が見える。


「正確!その子はウォータースライム。かなり特殊なスライムだよ。」


「聞いた事がないな。」


水の中に核がふよふよ動いているのは見えるが、水との境界線がほぼ見えない。


「ウォータースライムは、若干青みがかった色をしているから、明るい場所だと分かるんだけど、それをウォータースライム自体も理解しているのか、水の中でも影になっているような場所に好んで住み着くんだ。

擬態が非常に上手い上に、かなり珍しい種のスライムだから、知っている人は殆ど居ないんじゃないかな。」


「ロックスライムやクォーツスライムもそうだが、どんな能力を持っているんだ?」


「ロックスライムやクォーツスライムは、少し説明したけど、自分の体を岩やクォーツみたいに変化させる事が出来る。それ自体は擬態の為の能力だね。肝心なのは、土や岩を分解した後に、溶かした物と同じ物を、純粋な形で排出出来るんだ。」


「つまり、クォーツスライムの場合、土を取り込んで溶かした後、クォーツの成分だけを固めて排出出来る…って事か?」


「正解!」


「凄いな…珍しい鉱物を分解出来るようなスライムが居たら、一儲け出来るぞ?」


「確かにその通りだけど、珍しい鉱物が有る場所なんてそう簡単には見付からないでしょ?」


「まあ…簡単には見付からないから希少なわけだしな…」


「その希少な鉱物を分解出来る、ロックスライムの中でも希少なスライムが現れる確率は……」


「超低いだろうな。」


「そういう事。このスライム天国には、希少なスライムも潜んでいるけど、今のところそんな希少中の希少みたいなスライムは見た事が無いよ。世界のどこかには居るかもしれないけどね。」


「残念だな。」


「世の中そんなに上手くは行かないものでしょ。」


「仰る通りで…それで、このウォータースライムの能力は?」


「名前の通り、水に潜むスライムで、モンスターランクはBランク…ってところかな。

水の中に潜んで、入ってきた獲物に絡み付いて引き込み、分解してしまうんだ。」


「怖っ!」


一度水の中に足を踏み入れてしまったぞ。俺。


「気付いていたのに言わなかったな?!」


「こんな水溜まりみたいな水には引き込まれないから大丈夫だよ。大量の水が無ければ、普通のスライムとあまり変わらないからね。

それに、ピュアたんがいるから大丈夫だって言ったでしょ?」


嬉しそうに笑いやがって……いつか絶対眼鏡を割ってやる。拳で。


「後は……ウォータースライムは、水の中に潜んでいる微生物とかも分解するから、凄く綺麗な水が作れるかな。」


「……言われてみると、こんな場所に張っている水なのに、やけに綺麗だな。」


「蒸留水とまではいかないけど、普通に飲めるくらいには綺麗な水になるよ。」


「へえ。意外と使い道が有るかもな。」


「使い道とか言わないで?!スライムは物じゃないんだよ?!」


「ああ。はいはい。分かった分かった。」


「雑?!色々雑だよ?!」


スラたんが何やら言っているのを無視して、ピュアスライムをウォータースライムに近付ける。


クォーツスライムの時と同様に、スラたんの紋章が光ると、ウォータースライムも指揮下に入る。


「ここに居るスライムはそれで最後だね。どう?一人でも見付けられそうかな?」


「何も知らない時よりは見付けられそうではあるが…まあ、出来る限り目を凝らすとするよ。」


「今日一日は僕も一緒だから、伝えられる限りは伝えておくよ。もし分からない事が出て来たり、何か知りたい事が有れば、その都度つど聞いてくれれば答えるよ。」


「了解。それじゃあ戻るとするか。」


ニル達も、そろそろ採取が終わっている頃だろうと亀裂を出ると、三人が近くまで来ていた。


「どうだったかしら?」


「一応、思惑通りに事が進みそうだ。」


「それは良かったわ。こっちも、この辺りに生えている薬草は大体採取出来たわよ。」


ニル達が採取した薬草を渡してくれる。

かなり頑張ってくれたのか、両手一杯に薬草が乗っている。


「助かるよ。それじゃあ、このまま次に向かおうか。」


「ええ。」


その後、内層のあちこちに向かい、スラたんの指示の元、薬草、毒草の類を集めつつ、珍しいスライムが見付かれば手懐ける…を繰り返した。

途中で昼食を挟み、三時間程同じ事を繰り返し、一先ずの採取が終わると…


「取り敢えず必要な物は全部採取出来たかな。研究していくうちに、必要になってくる物とか、足りなくなってくる物が出てくると思うから、これで全部ではないけれど…」


「必要になれば、その時に採取すれば良いさ。

となると、俺達は明日から、まだ見付けていない種のスライム探索に動けば良いよな?」


「そうだね。そうして貰えると助かるよ。」


「必要になる物が出てくるかもしれないし、探索は俺とニルで行うとして…」


「私とピルテは、分かる薬草採取でもしようかしら。」


「草原地帯で手に入る薬草をよく使うと聞きましたし、確実に足らなくなるでしょうから、草原地帯で採取しておきますね。」


草原地帯で採取されるのは、一般的な薬草である。一般的な…という事は、効果が保証されているという事だ。

特殊な効果は無く、ベーシックな効果で、研究で使う量も多くなるらしい。幸い、この内層にはそういった薬草が大量に自生している為、時間さえあれば大量に集める事が出来る。

研究に使わなかったとしても、単純な薬草としての用途も有るし、無駄にはならない為、採取出来るならばしておきたい。


「スラたんは研究に専念してもらうとして……問題はサプレシ草だな。」


「僕の憶測でしかないけど…大丈夫かな…」


イヴィツリーがスライムを恐れている…というのは今のところ憶測でしか無いが、スラたんの憶測はほぼ間違いないはずだ。

スラたんは、自分の憶測で俺達が傷付く事にならないか心配なのだろう。


「一度殲滅出来たのだから、そんなに緊張する事は無いさ。相手の数が多くて、スライムを怖がらないのだとしたら、その時点で引き返せば良い。一先ずの数は揃っているし、無理そうなら他の安全な手を皆で考えるだけだ。」


「…うん!そうだね!今回で全てやる必要は無いよね!」


良かったと大きく息を吐くスラたん。


気合いを入れ直し、スラたんを先頭に、サプレシ草を採取する為、外層へと向かう。


「ご主人様。」


「どうした?」


そんなスラたんを見たニルが、俺に声を掛けてくる。


「…その…私が、ご主人様のご友人に対して言うのは、烏滸おこがましいとは思いますが…」


「俺もスラたんも気にしないから聞かせてくれ。」


「はい……スラタン様は、同行すると決めてから、凄く力んでいるように見えます。力み過ぎだと言える程に…」


誰かを守る為だとしても、これから行う事を突き詰めてしまえば…人殺しだ。

現代日本人として育ったスラたん。しかも、薬学を学び、研究員として働ける程の学力。誰かを手に掛けるような生活とは無縁だったはず。それが、ここに来て殺伐とした世界に自ら飛び込もうとしている。当然ながら、心も体も力むだろう。

ここまで俺が感じて来たように、この世界は、ゲームと認識するにはあまりにも生々しい。

スラたんの話では、ストロブから逃げた時に、戦闘で誰かを手に掛けた為、初めての事ではないし、取り乱して手に負えなくなるような事は無いと思う。しかし、対処的に殺人を行ったその時とは違い、これからは、積極的に殺人を行うのだ。気持ちの違いも大きいはずだ。


「その…私もそうでしたが、あまりに力み過ぎると、自分の手足が自分の物では無いような感覚になってしまって、非常に危険だと思います。と言いましても…私にはどうしたら良いのかまでは分からないのですが…」


スラたんの事を心配してくれているが、どうしたら良いのか分からず、俺に相談してくれた…という事らしい。

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