第385話 内層探索 (2)

まず、俺達が採取に向かったのは、膝丈程の草が生い茂り、起伏の激しい草原地帯。


スラたんの家の前も草原地帯で、まずはその地形に自生する薬草を採取する事になったのだ。


「この辺りに自生している薬草は、結構一般的な物が多くて、危険な毒草なんかは少ないから、あまり気を付ける事は無いかな。ただ、普通のスライムが一番多いから、あまり離れないようにね。」


「今も、スライムの動きを制御してくれているのか?」


「まあね。採取の時には、僕達に近付かないよう指示を出している状態だよ。」


「本来なら、こんなに悠々と採取している暇は無いって事か?」


「この辺りに生息しているのは、普通のスライムが殆どだから、逃げる個体は逃げると思うけど、襲って来るのは襲って来るかな。

僕達の強さを認識したら、寄って来なくなると思うけど、ここには大量のスライムが居るからね。あまり怒らせると、逆に大量のスライムが襲って来るかもしれないね。」


「そ、それは嫌だな…」


「想像するだけでゾッとしますね。」


「僕としては、スライムを手に掛ける事が無くなって、凄く嬉しい能力だよ!」


キラキラした目で言われても、同意は難しい。


「ここでの採取はさっさと終わらせて、次の目的地に向かうとしようか。」


「えー!?スライムが沢山居るよ?!触れ合わないの?!」


「触れ合おうと思うのはスラたんくらいのものだと思うぞ。」


「折角スライムと触れ合えるチャンスなのに…」


ブツブツ言いながら薬草を採取していくスラたん。

草原での薬草採取は直ぐに片付き、俺達はそのまま岩場地帯へと向かう。


「この辺りには、スライムがあまり居ないから、ここで朝食を摂って、その後、そのまま岩場で取れる薬草を取りに行こう。」


スライムの制御が可能だという事には間違い無さそうだが、どれくらいの範囲、どれだけの数に有効なのかや、例外無くスライムは全て操る事が出来るのか等、細かい部分についてはまだ分かっていない為、一応安全な場所を選んで朝食にする。


「やった!おにぎりだ!」


スラたんが米に感動していた為、朝早く起きて、ニルとピルテがおにぎりを握ってくれていた。インベントリから取り出したお陰で、出来たてのホカホカ。


「いただきまーす!」


岩場には草木が殆ど生えておらず、少し大きめの岩の上に乗ると、かなり遠くまで見渡す事が出来る。周囲に何か居れば、近付かれる前に気付くことが出来るだろう。


「ん?!何この具?!新食感!」


「オウカ島で有名なテモという植物に味を付けた物だ。プチプチして面白いだろう?」


「うん!それにやっぱり醤油が良いねー!味付けなんて基本的に塩胡椒ばかりだったから、よだれが止まらないよ!」


「具材は色々と入れてありますので、いくつか食べてみて下さいね。」


「最高ー!」


スラたんはおにぎりを持った手を上に挙げて喜びの咆哮を放つ。


ニルとピルテ作のおにぎりをしっかりと胃に収めた後、少し休憩を挟んでから岩場の薬草採取に取り掛かる。


「こんな場所で、薬草が採れるのですか?」


「この辺りでは、ディレ草と呼ばれる植物が採れるんだ。そこまで珍しい植物じゃないけど、使用方法が難しいから、専門家じゃないと知らないかもしれないね。」


「聞いた事が有るような無いような…」


「私は聞いた事が有るわ。確か、薬草や毒草等の効果を、緩やかにする植物…だったかしら?」


「ハイネさん!正解!」


「緩やかにする…?」


「薬草の中には、毒草と変わらないくらい刺激の強い物も有るからね。そういう物と一緒に混ぜて使うと、効果が緩やかに、長く続くようになるんだ。」


「そんな植物が有るのか。全然知らなかったな。」


「スライムの微生物に使えるかは分からないけど、もし上手くいけば色々とレパートリーも増えるかもしれないからね。

あっ!これこれ!これがディレ草だよ!」


そう言って、スラたんが岩場の隙間に手を突っ込んで取り出したのは、白菊のような色と形をした花。

サイズは親指くらいで、かなり小さな花だ。


一応、鑑定魔法で調べてみると…


【ディレ草…薬草や毒草の効果を緩やかにする効果を持つ植物。】


スラたんの説明そのままのテキストが現れる。


「使うのは茎の部分から下だから、花は必要無いんだけどね。」


「パッと見では分からないな?」


「岩の隙間なんかに生えている事が多いから、しっかり目を凝らして見ないと、結構見逃しちゃうね。」


「分かった。ここではそれだけか?」


「うん。他には特に必要な薬草は無いけど……」


スラたんが岩場の奥の方を見ている。


「スライムか?」


「うん。ここには少し珍しいスライムが生息していてね。それを捕まえておきたいんだ。」


「どんなスライムなんだ?」


「ロックスライムと呼ばれる珍しいスライムなんだ。ランクは確か…Cランクのモンスターだったかな。

岩を好んで食べるスライムなんだ。」


「岩を?鉱物って事か?」


「まあそうだね。でも、特別な鉱物を…とかじゃなくて、本当にただ砂や岩、土を溶かすんだ。

そして、自分の体を、溶かした物に似せる事が出来るんだよ。」


「それは硬さもか?」


「うん。そういう事だね。ただ、普通のロックスライムには、溶かせない鉱物も沢山有るんだ。

その殆どは、人が有用だと特別視する鉱物だったりするんだけど…分かるかな?」


「武器や防具、魔具とかに使われるような鉱物って事か?」


「うんうん!そういう事!」


絶縁性を示すインシュライトや、外界の温度に影響を受けないコンディアライト等、いくつか思い付くが、そういった物の事を指しているのだろう。


「人が有用だと思う鉱物って事は、大抵は特殊な性質を持っているからね。そういう鉱物を溶かすためには、それに対応した微生物が必要なんだと思う。だから、普通のロックスライムには溶かせないんじゃないかな。」


「普通じゃなければ、溶かせるって事か?」


「ご明察。特殊な鉱物を溶かせる種類を、それぞれ別の呼び名で区別していたりするから、聞いた事は有るでしょ?」


「クォーツスライムもその一つか?」


クォーツスライムとは、Cランクのモンスターで、全身が水晶で出来たスライムの事である。ロックスライムの亜種だと考えられており、非常に珍しいスライムで、死骸もかなりの高値で取引される。


「さっすがシンヤ君!まさにその通り!」


「ロックスライムの亜種だと考えられているらしいが、正解だったって事か。」


「んー…そもそも亜種というのが、どういう概念なのかを考えてしまうと、少し違うかもしれないけど…」


「どういう事だ?」


「亜種っていうのは、突然変異体だと考えられているよね?」


「そうだな。」


「つまり、亜種は亜種として産まれてくるという事でしょ?」


「そうなるな。」


「でも、クォーツスライムは、ロックスライムの……進化体と言った感じだと思うんだ。」


「つまり、元はロックスライムで、それが変化してクォーツスライムになるという事か?」


「うん。変化する所を直接見たわけじゃないから、確かとは言えないけれど、僕がここで十年研究してきた結果から言うと、恐らくね。」


十年もここに居て研究してきた結果となれば、信じても良さそうだ。


「それも新事実だよな?」


「かもねー。でも、どうやったら変化するのかは分かっていないんだよ。同じような場所に生息していても、ロックスライムのままという個体も居るし、クォーツばかりの地層を食しているから変化するってわけじゃないと思う。

そこは多分、他のモンスターと同じで、ロックスライムが保有する微生物が、突然変異する事で起きる変化だと思うんだ。つまり個体差かな。」


「運次第って事か?」


「外界の何かが大きな影響を与えるなら、同じような場所に生息するスライムの殆どが変化していないとおかしいでしょ?」


「それもそうか…」


「お二人が、凄く難しい話をしています…」


「同じ言語とは思えないわねー。」


「あー…す、すまん…」


元々、こういう話が好きだったりするから、ついついスラたんの話に乗ってしまった。

ハイネとピルテが感情の無い目で見ているのに気付いてどうにか我に返ったが、黙々と薬草を採取しているニルを見て、俺とスラたんは反省する。


「この辺りにはスライムも少ないという事なら、二人でロックスライムを捕まえに行ってはどうかしら?薬草の採取は私達でやっておくわよ。」


「良いの?!」


「こらこら。スラたん。食い付き過ぎだろう。」


「そう言うシンヤさんもソワソワしているみたいね?」


「うっ…」


スライムの事を愛してはいないが、正直スラたんの能力やロックスライムの事などは気になっている。今後の戦闘にも関わって来る事だから…というのもあるが、一番は好奇心だろう。


「め、面目ない。」


「ふふふ。良いのよ。

それにしても、こういう時のスラタンはアラボル様によく似た目をしますね。まるで子供みたいな目。本当にスライムの事が好きなのね。」


「スライムの謎を解き明かすのは、僕の命題とも言えるよ。」


「スラタンは良い専門家になるわね。ゆっくり探してくると良いわ。」


「ありがとう!行ってくるね!」


ハイネの優しくも、少しだけ寂しさを感じさせる笑顔を見た後、走り出したスラタンを追う。


「何処にいるのか大体分かるのか?」


「うん。一応ね。でも、正確な位置までは分からないから、最終的には自分の目で見るしか無いけどね。」


「呼び寄せたら……って、それをやると、この辺りがスライムだらけになるか。」


「ロックスライムの擬態能力は恐ろしく高いけれど、僕も伊達で研究家を名乗っているわけじゃないから大丈夫さ。大体の位置さえ分かれば……」


スラたんが周囲を見渡す。


俺も同じ様に見渡したが、ゴツゴツした岩場が続いているだけで、スライムが居る様には見えない。


「居た。」


スラたんは小さな声で呟いて、岩場の一点を見詰めている。


「俺にはどれがどれだかさっぱり分からないな…」


「僕も最初の数年は分からなかったからね。いきなりシンヤ君に区別出来たら、専門家として自信を無くしちゃうよ。」


「ちっ。惜しい事をしたな…」


「ん?!その反応はおかしいと思うのだけど?!」


「冗談だ。それより、どれがロックスライムなんだ?」


「本当に冗談かな…?コホン…僕達の目の前十メートル先に、三十センチ程度の岩が二つ転がっているのが見えるかな?」


スラたんが指で示した先には、言葉通りの岩が二つ転がっている。

しかし、そんな岩は周辺にゴロゴロ転がっているし、特別おかしなところは無い。


「ああ。見える。あれのどちらかがロックスライムなのか?」


「いいや。あれは普通の岩だよ。その二つの岩の後ろに、大きな岩が見えるよね。」


「ああ。」


二つ岩が並んでいる後ろには、何トン有るか分からない程に大きな岩が一つ見える。


「あの大岩の表面をよく見て。」


「表面…?」


スラたんに言われた通り、目を凝らして大きな岩の表面を見ると…


「分からん。」


目を凝らしても、分からなかった。


「丁度二つの小さな岩の真上辺りに、薄らと亀裂のような物が見えないかな?」


諦めかけた俺に、スラたんが更なるヒントをくれる。


「んー……言われてみると、確かに薄らと見えるかもしれないな。」


「亀裂を目で辿ると、歪んだ円形になっているのが分かると思う。」


「…ああ。確かにそう見えなくもないな。」


「あの円形の亀裂に見えるのは、スライムの輪郭が生み出している影だよ。」


「つまり、あの円形の亀裂の中がスライムだって事か?」


「正解。」


全然分からん。スラたんに教えて貰った後でも、そこにスライムが居るのかどうか全く分からん。


「まあ、最初はそんな感じだよ。スライムも簡単にバレるようでは、擬態する意味が無いからね。

他のモンスターとは違って、無形物に近い肉体を持っているから、どんな形にもなれるし、本来の丸いフォルムを頭に思い描いていると、なかなか見付からないんだ。」


スラたんの言うように、スライムの体は水より粘度の高いジェル状。どんな形にだって体を変えられる。

実際、スラたんが見付けたロックスライムも、岩にベチャリと張り付いて、薄く伸びているような状態のはずだ。


「僕の見立てが正解か、見てみようか。」


そう言って、スラたんがゆっくりと大きな岩に近付いて行く。


スラたんの頭の上に乗っているピュアスライムの核が、ふよふよと動くと、スラたんの手の甲に刻まれた紋章が、微かに白く光り出す。


友魔の力を使い、ロックスライムにコンタクトを取っている…のだろうか?


「大丈夫だよー。さあ、こっちにおいでー。」


スラたんは子犬でも呼び寄せているかのように、ロックスライムに話し掛ける。


クルクルパーマに丸眼鏡、白衣の上にダガーという風貌の男が、不気味な笑顔で言っていると、どうにも誘拐犯にしか見えない…というのは黙っておこう。


スラたんが何度かロックスライムに呼び掛けると、大岩の表面、スラたんが言っていた部分がグニグニと動き始める。


「良い子だねー。さあ。おいでー。」


スラたんがゆっくりと近付いて行き、手を伸ばすと、動き出したロックスライムが大岩から離れて、スラたんの方へと寄り始める。


誰か!誘拐犯です!


と叫びたくなるのを我慢して、俺は成り行きを見守る。


ロックスライムは、張り付いていた岩の表面と同じ様な色をした茶色のスライム。と言っても、生息する地層の色に変化出来る、言わばカメレオンのような特性を持ったスライムである為、そもそもの色は分からない。

大きさは普通のスライムと同じ程度だが、見た目が岩なのに、丸くてグニグニ動くのを見ると、どうにも違和感が拭えない。


ロックスライムは、スラたんの紋章に興味を示し、手に近付くと、攻撃するでも無く、スラたんに擦り寄る。


「おおぉぉ……」


スラたんの吐息に似た感動の声を聞いて、ロックスライムがスラたんの指揮下に入った事を悟った後、俺もスラたんの近くへと寄る。


「上手くいったみたいだな。」


「うん……感動で涙が…」


「男の涙を拭う趣味は無いぞ。」


「要らないよ?!折角の感動のシーンが台無しだよ?!」


「はは。悪い悪い。それより…呼び寄せるって言っても、いきなり指揮下に入る感じでは無さそうだな?」


「うーん…普通のスライムは、呼び寄せただけで直ぐに指揮下に入ってくれたんだけどな…」


「そうなのか?」


「うん。」


「毎回こうやって触れ合わないと指揮下に入らないというならば、思ったよりも使い勝手の悪い能力なのかもしれないな…」


戦闘中、スライムを呼び寄せた後に、おいでー。なんてやっている暇は無いだろうし…


「いや。多分それは無いと思う。」


「そうなのか?」


「うん。これは感覚的な話になっちゃうけど…」


スラたんが説明してくれた事をまとめると。


そもそも、スライムが微生物を操る機構というのは、恐らく魔力的な物らしい。核が魔力を操作して微生物に指示を出し、それによって微生物がスライムの思惑通りに動くとの事。

しかし、スライムの種類によって、微生物の形は若干異なり、指示を出す時の魔力も若干違うらしい。簡単に言ってしまえば、周波数の違い…みたいなものだ。

本来、スライムというのは、それぞれの種類によって、周波数が決まっており、その周波数しか発する事が出来ないのだが、ピュアスライムは、それを調節し、あらゆる周波数に合わせる事が出来るらしい。

これが、ピュアスライムが他のスライムを操作する仕組みらしいのだが、元々臆病な性格のピュアスライムは、あまり他のスライムとも関わろうとしないらしく、その周波数を知らない状態との事。

唯一、普通のスライムの周波数だけ知っており、最初から操れたが、他の種類のスライムの周波数に関しては、完全に無知の状態らしい。

つまり、今回、ロックスライムの周波数を知り、それを記憶した事で、ロックスライムの操作が可能になり、今後は、ピュアスライムが記憶したロックスライムの周波数を発する事で、近場のロックスライム全てに影響を及ぼせる状態になったという事だ。


「要するに、今は、普通のスライムとロックスライムしか操れないって事か?」


「そういう事だね。」


「……となると、出来る限り多くの種類のスライムを見付けて、その周波数をピュアスライムに記憶させておかないと、全てのスライムは操れない…って事か?」


「そうなっちゃうね…」


「……………」


「あっ!今面倒だって思ったでしょ?!」


「思ったな。」


「この正直者!」


「…それは罵倒なのか?」


およよ…となっているスラたんを横目にピュアスライムを見る。


最初からあらゆるスライムを操れる能力だと思っていたが、どうやら、それ程簡単な話にはならないらしい。

わざわざ色々なスライムに会いに行かなければならないとは、とてつもなく面倒な作業だが、ここは鬼畜ゲームの中だ。そんなに簡単に俺TUEEEEをさせてくれないのは、分かりきっている事だ。


「なあ。スラたん。それって、俺にも出来るのか?」


「え?それって言うのは、周波数の記憶かな?」


「ああ。」


「どうかな……ピュアたん自体は、僕と常に繋がっている状態だから、離れていても意思の疎通は出来るし、攻撃したりはしないと思うけど…」


「もし、それが出来るなら、スラたんが研究している間に、俺が内層を巡って、色々なスライムの周波数を記録してくるぞ。まあ、ロックスライムのような擬態の上手いスライムなんかは、なかなか見付けられないが、擬態していないようなスライムに会うだけならば、俺にも出来るだろうしな。」

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