第387話 能力
ニルがスラたんの空元気を心配してしまうのも分かるが…
「そうだな……俺も、その事については解決しなければならないとは思っていたが、繊細な問題だからな…言っただけで直るものでもないし。」
俺も、スラたんが、少し力み過ぎている事には気付いていた。
でも、正直に言うと、どうしたら良いのか分からない。
スラたんは、普通の感情を持っている。俺のような異常な者とは違う。そもそも、そんなスラたんの心の内を汲み取ろうとする事自体、間違っているのかもしれない。
「シンヤさん。」
頭を抱えたくなる俺とニルの元に、ハイネが寄ってくる。
「その件。私に任せてもらっても良いかしら?」
「ハイネに?」
「ええ。」
何か考えが有るらしい。
「……分かった。ハイネに任せるよ。」
「ふふふ。ありがとう。スラタンはきっと大丈夫よ。」
そう言ってウインクしたハイネは、俺達から離れて行く。
今直ぐにどうにかするつもりではないだろうが、ハイネがやると言ったのだし、この豊穣の森を出る前に、何とかしてくれるだろう。
「よーし!それじゃあ!そろそろ集めるよ!」
何も知らないスラたんが嬉しそうに両手を挙げて声を張る。
「ふー……集まれー!」
スラたんが大きな声を出すと、手の甲に刻まれている紋章が白く光る。
結局は、ピュアスライムが指示を出すのだから、スラたんが大声を出す必要など全く無いのだが、まあ、ノリだろう。
俺達としても、スライムを遠ざける力は感じたが、引き寄せる力を見るのは初めてだし、少し緊張する。
「来てる…のか?」
「……来てる…来てるわ!」
ハイネの顔が真っ青になっていく。
ザザザザザザザッ!
俺達の周りに生えていた草が、これでもかと揺れ動き、大量の何かが寄って来ているのが分かる。
ザザザザザッ!!
草を揺らしながら現れたのは、当然スライム。しかし、その量が想像以上で、俺達は一瞬ビクッとしてしまった。
その数、なんと約百匹。
目の前にスライムの波が現れた時は、流石に俺もゾクッとしてしまった。
「最っ高ーの瞬間!生きてて良かったーー!!」
スラたんは両手を広げたままクルクルと回り始め、雨乞いでもしているようなダンスを披露する。幸せのあまり、遂に壊れてしまったらしい。
「俺は一瞬生きている事を後悔しそうになったぜ…」
「さ、流石にこの数は私も擁護出来ないかもしれないわ…」
「私も……もう少し、加減は出来なかったのでしょうか…?」
あれだけ寛大だったハイネとピルテも、その光景には引いてしまっている。
「加減は出来ないんだよねー。一定の範囲内に居るスライムを、強制的に呼び出す能力みたいで、強弱とかは無いみたい。魔法みたいな物なのかな。」
目の前でガサガサと約百匹のスライム達が動き回る。
「ですが、ここまでの数が揃うとなると、イヴィツリーが怖がるという仮説も、納得出来ますね。」
「ああ。十匹程度ではそれ程脅威には感じないかもしれないが、百匹のスライムが波のように襲って来たら、イヴィツリーじゃなくても逃げるからな…」
俺でも、出来ればそんな数のスライムには追われたくない。
「それじゃあ…早速行ってみますか。」
「…うん。」
ピュアスライムを頭に乗せたスラたんの前に、スライム達がゾロゾロと壁を作るように集まると、森の中へと入っていく。
俺達はその後ろを付いて行くだけだ。
「こういうスライムの大行進みたいな事って、普通は無いよな?」
「流石に大行進は無いと思うけど、スライムは同じような場所に住み着くから、二十体、三十体くらいの群れは、割と見掛けると思う。
そういう群れに手を出すと、連鎖反応的にスライム達が一斉に襲いかかって来る…という事は有り得るね。」
「冒険者の中でも、初心者の連中がたまにやる失敗だな。」
スライムはそこまで速く動けないし、大抵は逃げられるが、洞窟内等で出入口を塞がれて、袋小路で…なんて話も聞いた事が有る。そういう時は一点突破で何とか包囲を抜けるしか無いのだが、足の遅いスライムに囲まれた時点で、思慮不足だ。スライムは足が遅い代わりに、簡単に人を溶かす攻撃力を持っている。追い詰められると、割と怖い存在に変わるのだ。
流石に百匹近くの群れというのは聞いた事が無いが、四、五十匹の群れに遭遇したという話は聞いた事が有る。
「改めて、百匹のスライム大行進は、異常な光景だということを認識したぜ…」
「感動だよねー…」
俺達の感覚とは違うスラたんは、大行進を見てうっとりしている。
「イヴィツリーは、スライムから身を守る為に、サプレシ草の近くに居るみたいですが、内層から外層に、スライムが出て行くのですか?」
「あまり頻繁には動かないけれど、結構至る所に移動しているみたいだよ。内層だけでは、スライム達の栄養が
内層も十分広いが、外層の方が植物は豊富に存在している。スライムから見れば、内層が安置、外層は食事処という感じだろうか。
「世間では植物型モンスターの天下だと思われている豊穣の森が、実はスライムの天下だとはな…」
「それだけの数が居るって事だね。ここではスライムこそ強者なのさ!ふんふふーん!」
スキップしながら鼻歌混じりのスラたん。
スライムの話でテンションが上がっているのも間違いないだろうが、どうにも空元気というのか、空回りというのか…無理をしているように見える。
「スラたん。落ち着け。ここはもう外層だぞ。」
「あ…ご、ごめん。」
やはり、人を殺すという事に対して、思う所が有るらしい。安易にスラたんの同行を受け入れてしまったが…やはり断った方が良かったかもしれない…とは思ったが、ハイネに任せてあるし、今のところ戦闘は起きそうに無い為、大丈夫だろう。
というか……あれだけ居たはずの植物型モンスターが、全然居ない。
「モンスターが全く見当たりませんね。」
ニルも同じ事を思っていたらしく、警戒しつつも、俺の方を見て言う。
「スライムを怖がっているのは、イヴィツリーだけではないらしいな。」
この豊穣の森にはイヴィツリー以外にも、数多の植物型モンスターが存在する。そして、植物型モンスターというのは、大抵は再生力が高く、そこが厄介なのだが、それを無効化するスライム。避けるのは当然かもしれない。
植物型モンスターは、強い冒険者でも構わず襲って来るが、それは相手の強さというのは判断出来ないからだ。しかし、スライムの持つ能力は、自分達にとって脅威だと、本能で理解しているのだろう。
「これは、外層の探索も
「嬉しい誤算だね。後は…」
スラたんが見ている先には、前と違う場所に生息するサプレシ草。まだ距離が有るが、モゾモゾと何かが動いているのは見える。イヴィツリーだろう。
「スライム達がサプレシ草に寄ってくれるか、そして、イヴィツリーが逃げ出すか…だね。」
スラたんは、頭の上に乗ったピュアスライムを一度撫でる。
「行くよ!」
スラたんの掛け声で、スライム達が地面を張って移動し始める。
徐々にサプレシ草へと近付いていくスライム達。
緊張の瞬間……と思う時間も無く、イヴィツリー達は根を周囲から剥がして急いで逃げていく。
「す、凄い効果ね…」
「あっという間も無かったな。」
想像以上に、この森でのスライムというのは、植物型モンスターに恐れられているらしい。
「スライム……最強伝説!」
ガッツポーズを決めた後、高々と拳を上に伸ばすスラたん。変身でもするんじゃないかとドキドキしたぜ。
「スライム達はサプレシ草に近付けそうか?」
「どうかな…少し嫌がっているみたいだけど…」
スライム達を前に進ませていくと、サプレシ草の二メートル程手前でピタリと止まる。
「これ以上はピュアたんの命令でも従わないみたいだね。」
「本当に嫌なんだな。まあ、ここまで近付けるならば、問題は無さそうだし、大丈夫だろう。」
スライム達を残し、俺達でサプレシ草を採取する。
ピュアスライムは、スラたんと意識が繋がっている為、ずっとスラたんの頭の上に乗っている。自分が傷付けられないことを理解しているのだろう。
「んー!このくらいかな!あまり採取し過ぎると、森のバランスが崩れちゃうから、ある程度残して、色々な場所から採取しないとね。」
伸びをするスラたんに合わせて、俺達も手を止める。
「結構量が採れたな。」
「これくらいじゃ全然足りないよ。」
周囲に生えていたサプレシ草の六割程を採取した為、もっさりと言える量を採取したつもりだったが、足りないらしい。
「このサプレシ草が研究の基準になるわけだから、必ず使うでしょ?だからこの程度の量だと、直ぐに無くなっちゃうよ。」
「そうなのか…」
「研究なんて、その道に進んでいないとどんな物なのか分からないよね……物によっては、何千、何万、ううん。そんな数では足りない程のトライアンドエラーを繰り返し、その先に活路が見出されれば奇跡…なんて言われるのが研究なんだ。何より地道な作業だよ。」
「そ、そんなにか…」
「既存の物を真似たり、それに近しい物を作る時は、お手本が有るから、それ程長い道程ではないけど、全く新しい物となると、それは途方も無い事なんだ。」
「それを作ってくれってお願いしたとは……俺、なかなか酷な事を言ったんだな…」
それ程の物を、スラたんなら出来るだろう!みたいなノリで頼んだが……知らないとは、本当に恐ろしい事だ…
「ううん。それは気にしていないよ。僕だって、興味が有ったんだし、やれると思っているからね。」
スラたんは丸眼鏡の奥で眼光を放つ。
スライムや薬学については、自信が有るらしい。それだけ、スラたんが積み上げて来た時間は、充実していたのだろう。
「それなら、期待しているとするよ。」
「うん!任せてよ!」
スラたんがドンと胸を叩いた時だった。
「皆様……敵です。」
ピルテがシャドウクロウを発動させて、豊穣の森の外を向いて構える。
「敵…?」
俺達も直ぐに武器を抜いて構える。スライムを恐れない植物型モンスターが居たとしても、全く不思議ではないが、ピルテも、ハイネも、目付きが鋭く冷たく、そして暗い。
モンスターを相手にする時の殺気ではなく、人を相手にする時に放つ殺気を放っているのだ。
スラたんもそれに気付いたのか、それとも二人が今までに見せなかった空気を読み取ったのか、固唾を飲んでダガーを抜き取る。
「一…二………五人ですね。」
「っ?!」
ピルテが伝えてくれたのは、五人。つまり、敵は人だということを示している。
スラたんの肩がピクリと跳ねる。
「黒犬か?」
しかし、それを心配してやれる状況でもない。
「いえ。黒犬では無いわ。気配がダダ漏れよ。」
「となると、盗賊か。」
「ええ。恐らく、ノーブルの件で調査に来たのでしょうね。」
ハンターズララバイにおける権力を持った盗賊団の一つが潰されたのだ。ノーブルの生き残りがハンターズララバイに泣き付き、別の盗賊団が調査に来た…というところだろう。
どこの手の者かは分からないが、来てみれば、城は破壊されており、見る影も無い。ノーブルの下っ端共の中に、大まかな事件の内容くらい知っている者が居てもおかしくはない。その者達に何が起きたのかと問えば、毒が混入されていた事や、解毒薬を探しに、一部の者達が豊穣の森へと足を運んだ事、そして、その間に城が吹き飛んだ事くらいは分かるだろう。
その調査にこの森へと入って来たに違いない。
俺達がサプレシ草を採取していたのは、外層の丁度中間点辺り。割と強いモンスターも生息し始める深さである為、ここまで来られるという事は、それだけの強さを持った者達だという事だ。
「どうする?放置してモンスター達に殺らせるか?」
「いえ。この辺りに残した痕跡は、確実に人の手による物だと判断されるわ。スライムの脅威によって、この辺りにはモンスターも暫く近寄って来ないはず。このままでは内層まで入られてしまうわ。」
「内層まで入られてしまえば、どの道戦う事になるか…それならば、ここで確実に仕留めた方が良いな。」
豊穣の森を出るまで、まだ時間が有る。今、俺達の居場所が知られるのは都合が悪い。
「や、殺る…んだね。」
スラたんの方から、ギュッとダガーを強く握る音が聞こえる。緊張で口の中もカラカラだろう。
「………ここまで来られたって事は、それなりの実力を持った連中のはずだ。気を抜くなよ。」
こればかりは、スラたんに何を言っても、簡単に受け入れられる事ではない。何か声を掛けようと思ったが、俺には何も言えなかった。
結局、俺が言葉に出来たのは、気を抜くな。という事だけ。
それでも、四人はゆっくりと頷いてくれる。
「…距離はどのくらいだ?」
「二百……いえ、百五十メートルかしら。私達が見ている方向。五人固まっているわね。」
「……血の臭いがします。一人は怪我をしているみたいですね。」
「手負いか…傷は深そうか?」
「はい。かなりの量の血を流しています。」
百五十メートルも先から感じる程の血となれば、かなり傷も深いだろう。
調査に来たが、来る途中でモンスターに傷を負わされたのだろう。そこで引き返せば良いものを、更に奥に入って来るとは…盗賊に仲間意識というものは無いのだろうか?
「こちらには気付いているか?」
「いえ。恐らく気付いていないわ。かなり警戒はしているみたいだけれどね。時間を掛けて前に進んでいるみたいよ。」
「…………………」
「どうしますか?折角の情報源ですから、生きたまま捕らえたいですよね?」
「そうだな…相手の実力にもよるが、一人、二人は生きたまま捕まえたいな。どこの手の者かくらいは知っておきたい。」
「そうなると…手傷を負った者は除外ね。」
深い傷に大量の出血。捕まえても直ぐに死ぬはず。そんな相手をわざわざ捕らえる必要は無い。
「それじゃあ、手傷を負った相手は…」
「スラタンに任せるのが良いと思うわ。」
「えっ?!」
ハイネの提案に、スラたんが驚く。
「スラたん。静かに頼む。」
「ご、ごめん…でも…」
「不満か?」
「い、いや…」
随分と歯切れが悪い。
ハイネは何か別に考えが有るように言っていたが、今回の盗賊襲撃が使えると考えたらしい。
大体の思考は読める。スラたんに手傷を負った敵の相手をさせる事で、色々と経験をさせるつもりなのだろう。
スラたんとしては、かなりのステータスを持っていて、強いと自負している部分もあった為、手傷を負った敵に当てられるとは思っていなかったのだろう。
もう一つ驚いた理由が有るとすれば、怪我人にトドメを刺すような役回りに、罪悪感を感じている…のだろう。
ハイネ達の話を聞いていれば、手負いの盗賊は、放置しておいても死ぬだろうと予想出来る。それを敢えてスラたんに任せる事で、安全に…殺させようとしているのだろう。
ハイネの考えはあまりにも過保護だと思うだろうが、今のスラたんを見ていれば、それくらいしなければならない事は分かる。
手が白くなる程に強くダガーを握り、まだ何もしていないのに、若干息切れしている。自分のしようとしている事を考えてなのか、冷や汗を流しており、とてもではないが普通に戦う事など出来ないだろう。
「……手負いの盗賊は、スラたんに任せる。他を俺達四人で一人ずつ。但し、相手の実力が高ければ、二人で一組になり、確実に一人ずつ落としていく。それで良いか?」
「ええ。」
「はい。」
「はい。」
ハイネ、ピルテ、ニルが頷く。
チラリとスラたんを見ると、頷いてはいるものの、緊張でガチガチだ。
これが普通なのだ。
もし、スラたんが手負いの相手を殺せなかった時は、素直にスラたんを豊穣の森に残し、俺達だけで旅を続けよう。
スラたんに、敢えて辛い選択をさせる必要など、きっと無い。戦闘に関わらず、この場所で静かに暮らし、神聖騎士団との争いが終わった後に、知らせに来るのも一つの手だ。
奇襲の大まかな流れを確認した後、全員に声を掛ける。
「……行くぞ。」
スラたんを最後尾にして、更にその後ろにスライム達を配置する。
スラたんの事だから、スライム達を攻撃に使う事は無いと思うが、モンスターに寄られるのは避けたい。その為の牽制要員だ。
まず、ハイネとピルテが媒体となるアイテムを取り出し、魔法陣を描く。
メルトダークネス。吸血鬼魔法の中でも、隠密に優れた魔法で、攻撃力は皆無、
黒い霧を自分の周囲に発生させ、自分を覆い隠す事が出来る魔法だ。但し、黒い霧自体は視認出来る為、濃い暗闇の中でしか十分な効果を発揮しない魔法で、これまた使い所が難しい魔法だ。
二人の体を覆い隠す黒い霧が発生し、ランタンの光を消す。
二人は完全に暗闇の中に溶け込み、直ぐ近くに居るはずなのに、視認が難しくなる。
「よし。俺とニルは上から行くぞ。」
「はい。」
ニルが盾に装着したシャドウテンタクルを発動させる魔具に魔力を流し込み、高い木の枝へ伸ばし、俺も共に枝へと登る。
スラたんは、俺達が奇襲を掛けた後に、入って来る予定だが…大丈夫だろうか…?
「ニル。もしスラたんに何かあれば、俺が直ぐに援護に入る。もしかしたら、一人で敵を相手にしなくてはならなくなるかもしれないが…」
「お任せ下さい。」
ニルは、俺が最後まで言う前に言葉を返してくれる。
本当に頼りになるパートナーだ。
ここまでの道程で、大怪我を負うような相手ならば、十分一人でも対処が可能だと判断したのだろう。勿論、他の四人だけ圧倒的に強いという可能性も有るが、その時はその時で対処を変えれば良いだけのこと。
「そろそろ火を落とすぞ。」
「はい。」
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