第384話 内層探索

ニルの優しさに触れたスラたんは、一度大きく深呼吸した後、インベントリの魔法を描き、中からアイテムを取り出す。


カチャッ…


スラたんが取り出してテーブルに置いたのは、戦闘時にスラたんが使っていた瓶。


「シンヤ君。」


「…どうした?」


「シンヤ君にも、これを渡しておくよ。」


そう言って、スラたんは、スライムから作り出したアイテムを手渡してくる。


「良いのか?」


「出来る限り人に対しては使って欲しくないけど……これで、シンヤ君達が助かるなら、僕の信念を曲げる価値は有ると思う。

これからも、作った物はシンヤ君にも渡すつもり。技術の公表や、無闇に他人に渡すのは止めて欲しいけれど……渡した物に関しては、シンヤ君に一任するよ。」


「いや。スラたんが公表しないのに、俺が公表したり、信用も出来ない誰かに渡したりはしないさ。

でも、多分、俺は使うぞ?」


「……うん。それが、改めて決めた僕の覚悟だと思ってくれて良いよ。」


「………分かった。」


俺は拒否せず素直に受け取る。


スラたんの意向を出来る限り汲み取るつもりではいる。スラたんも、自分と同じ様な考えを持っている俺だからこそ渡してくれたのだと思うし、その信用を裏切るつもりは無い。

ただ、俺やニル、ハイネ達が危険になれば、迷わず使うだろう。スラたんは、それを分かった上で、俺に手渡したのだ。つまり、スラたんも、戦う為の覚悟は出来た。そう言いたいのだろう。


「ただ、溶解液と解毒薬。先に約束した二つに関しては、人を傷付ける為には使わない。あれは、技術者としてのスラたんと約束をした物だからな。」


「ははは…シンヤ君も、他人の事を言えないくらいには甘いよね?」


「ご主人様は甘いのではなく、優しいのです。」


俺が否定するより先に、ニルがキッパリと言い切る。


スラたんは戦う者としての道を選んだ。でも、技術者としての道だって、閉ざされたわけではない。いつか、全てが終わった時に、技術者として、専門家として作り出した物が、その信念に則り使用されていたならば、きっとスラたんの心の支えになってくれる。そして、スラたんならば、そこからまた、スライム研究家として歩き出せるのではないか…と考えてしまうと、俺にはその約束を破る事は出来ない。


「ははは。そうだね。ニルさんが正しいよ。本当にありがとう。」


スラたんもそれが分かってくれているのか、素直に頭を下げ、礼を言われてしまう。


「……………」


こういう時って、やけに恥ずかしくなるのは、俺だけだろうか…?


「……僕も……」


「??」


スラたんの真剣な声が響く。


「僕も、誰かを守る為に、僕の力を使おうと思う。

剣意は、別にシンヤ君と同じだって構わないよね?」


「…はは。そうだな。別に構わないさ。それがスラたんの剣意ならな。」


「そうですよ!スラタン様は優しいお方です!誰かの為に立ち上がるお姿を、お爺様も、お祖母様も、誇りに思って下さるはずです!」


「そうよ!もし文句を言う奴が居たら、私が黙らせてやるわ!」


「ははは。ハイネさんもピルテさんも、ありがとう。

まあ、多くの者を殺した男としてではなく、多くの者を救った男として、記憶に残りたいとは思うけどね。」


「そうだな…」


俺は、既に多くの人達を屠ってきた。どちらの印象として人々の印象に残っているのかは…俺には分からない。ただ、返事をしたものの、俺はスラたんと違い、どちらでもあまり関係ないと思っている。誰にどう思われていようが、俺は、ニルや、俺の周りの人達の為に刀を振り続けるつもりだ。


「さてと…重たい話はここまでにしようか。」


スラたんが話を区切る。

窓から外を見ると、まだ雨は降り続けており、先程より暗くなっている。そろそろ夜が来るらしい。


「明日の事について先にいくつか説明しておくよ。」


「ああ。頼む。」


「明日は、内層の探索を中心に行うんだけど、内層と言っても、見た通り結構広いんだ。岩場やちょっとした洞窟、沼、小川が流れていたりもしてね。

色々と回って採取して行くんだけど…ピュアたんが居れば、内層の移動で気を付けるモンスターは居ないし、戦闘は無いと思ってくれて良いよ。」


「それは有難いな。」


「ただ、薬草の採取だけじゃなくて、色々なスライムも連れて来る予定だから、少し時間が掛かると思う。」


「研究の為か?」


「うん。サプレシ草が有るだけで、今までとは全く違った研究になるから、色々なスライムで試してみたいんだ。」


「そうなると、もっとサプレシ草を採取する必要が出てくるよな?」


「そうだね…今日採ってきたサプレシ草でも、暫くは大丈夫だと思うけど、ここを出るとなると、もっと量が必要になると思う。栽培出来れば良いんだけど…」


「ここから先、一所に長く滞在する事は少ないだろうし、栽培する時間は無いと思うぞ。栽培出来るとしたら、ザレイン関連の事が全て片付いた後だろうな。」


「だよね…それも考えて、幾つか種子も手に入れたけど、使えるのは暫く後になりそうだね。」


「必要な薬草の採取と、スライムについての研究はどれくらいで終わりそうだ?」


「そうだね…一週間…かな。

あまり大きな個体は連れて歩けないからね…」


「ん…?待て待て。スライムを連れて歩く気か?」


「勿論!小さな個体で、珍しいスライムなんかは、出会うのも難しいんだよ!連れて行くに決まっているでしょ!」


「決まっているのか…?」


ピュアスライムの能力的に、常に別のスライムが近くに居る状況が望ましいとは思うが、連れて回るとなると、色々と問題が起きそうな気がしてしまう。


「大丈夫だよ。そんなに大所帯になる程は連れて行く気は無いし、スライムは自分の体の形を自由に変えられるからね。邪魔にならないように僕の方で上手くやるからさ。」


連れて行くか行かないかではなく、どうやって連れて行くかを考えているスラたん。彼の中で連れて行くのは決定している事らしい。


「まあ…邪魔にならないなら構わないが、管理はしっかり頼むぞ。」


「勿論さ!任せてよ!」


ドンと胸を叩くスラたん。本当に任せて大丈夫なのか、実に怪しいところではあるが、ピュアスライムの力があれば、スライムに何かされるという心配は無くなるし、悪い事ではないだろう。

というのも、移動中や野営中等、モンスターとの戦闘が起きる事が多いタイミングで、最も遭遇率が高いのは、圧倒的にスライムやホーンラビットのような、数の多いモンスターである。弱いからといって無視出来ない状況も多々有るわけで……割と面倒な相手だったりする。

今更スライムやホーンラビット相手に怪我をする事は無いが、エンカウント率が高く、その度に足を止めなければならないのは、結構面倒臭いのだ。

ピュアスライムが居れば、少なくとも、スライムとの戦闘は避けられるだろうし、時間の短縮にもなる。

管理さえしっかりしてくれるならば、メリットもそれなりに有る話だ。


「スライムの事は任せるよ。俺にはよく分からんしな。

明日の採取については、内層を案内してもらいつつ採取とスライム探しをして、その後、サプレシ草の採取に向かうって事だな。」


「うん。そんなところだね。」


スラたんに、内層での注意点等、いくつか話を聞き、話が終わる頃には、窓の外は真っ暗になっていた。


「夕食の準備をして参ります。」


「ああ。頼むよ。」


話が終わり、ニルとピルテが、夕飯の準備に向かう。


「さてと……スラたんには、今までの話とは別に、ザレイン関連で、俺達が知っている情報を渡さなければな。」


「既に何か掴んでいるのかな?」


「いや。はっきり言って、表面上の情報だけだ。」


「それでも、知らないよりは良いよね。」


俺はハイネと共に、ザレイン、ハンターズララバイ、フヨルデについて、分かっている事を全て話した。


「ジャノヤの領主、フヨルデ…ね。悪どい事をしているっていう噂は耳に入っていたけれど、まさか盗賊とまで繋がっているとはね…」


「恐らく、ハンターズララバイの資金源だろうな。」


「盗賊と裏で繋がって、色々と儲けているんだろうね。その一つが…ザレインだと。」


「ザレインの話に関わっているのは、フヨルデだけだとは限らないが、大口には間違いないはずだ。」


「あれだけ大きな街の領主となれば、それなりに厄介な相手だと思うけど…何か手は考えてあるのかな?」


「一応、先程話した大同盟からの書簡が切り札になるかとは思っているんだが…」


「…うーん……どうだろうね…」


「切り札としては弱過ぎるか?」


「そうだね…この世界に生きる種族の中で、最も数が多いのは人族だよね。それも、かなり他の種族とは数の開きが有る。」


「そうだな。圧倒的に多いらしいな。」


「神聖騎士団が居るストロブにも、人族が一番多く居たと思う。

もし、フヨルデが大同盟の事を無視したとしても、逃げる先が有るとなれば、あまり書簡に効力が無いかもしれない。」


「フヨルデとしては、大同盟と神聖騎士団、どちらに肩入れしたとしても、儲かって命が助かるなら、それで良いって事か…」


「悪どい事を多々しているとすれば、大同盟よりも神聖騎士団の方が良いとさえ思っているかもしれないよ。」


「………そうなると…何か、別の切り札を用意した方が良いか…」


「それに、さっき聞いたノーブルとかいう盗賊団だけど、頭領が薬漬けにされていたんだよね?」


「ああ。」


「誰の思惑かは別にして、フヨルデは、ハンターズララバイの中でも高位の盗賊団、しかもその頭領をザレイン漬けにして、手下を送り込める程の力を持っているという事になるよね。」


「大口の資金源だからな。」


「それだけじゃないと思うよ。」


「どういう事だ?」


「資金源だけという立場にしては、ハンターズララバイ内での力が強過ぎると思わない?」


「それもそうね……ハンターズララバイを構成している盗賊団の中でも、大型の盗賊団が、そう簡単に傀儡かいらいに成り下がるとも思えないわ。」


「僕の予想では、他の盗賊団、もしくは、ハンターズララバイを統括するバラバンタなる人物と手を組んでいるんじゃないかなって思う。

ノーブルの本拠地が、この辺りだとすると、他の盗賊団に狙われるのも分かるからね。」


「どういう事かしら?」


「聞いた限りでは、ハンターズララバイに所属している盗賊団の中でも、有力な盗賊団は五つ。そして、ノーブル以外の盗賊団は、ここより北に自分達の縄張りを持っているのだと思う。」


「そうね…間違っていないと思うわ。」


「とすると、ハンターズララバイの中で、最も南側に位置するのが、ノーブルだったわけだ。」


「なるほど!そういう事ね!つまり、縄張りを南に伸ばせるか否かって事かしら?」


「うん。盗賊達にとって、仕事を行える縄張りって、結構大事だと思う。何度も襲撃されれば、人々は警戒してしまうし、ずっと同じ場所で同じ手は使えないでしょ?でも、大きく縄張りを取れるなら、少し移動するだけで良い話になる。」


ノーブルを除く四つの盗賊団。それらは互いに干渉し合わないという取り決めがされている。下手に縄張りに干渉しようものなら、他の盗賊団が黙ってはいないだろう。しかし、フヨルデと手を組んで、ノーブルを傀儡に変えてしまえば、他の盗賊団に攻められる事もなく、自分達の縄張りを拡張する事が可能となる。

大きく地図を見た時、ハンターズララバイの縄張りは、東西南北の内、北は魔界が有る為縄張りを伸ばせず、西は海で同様に縄張りを伸ばせない。東は魚人族の街が有り、内海も存在する為、盗賊には手が出し難いだろう。となると、縄張りを自由に伸ばせるのは南側のみ。そんな条件の良い場所に根を張っていたのがノーブルという事になる。他の盗賊団がその位置を欲しがっても不思議は無い。


「そして、その悪知恵を入れ込んだのが…黒犬という事ね。」


スラたんには、黒犬の正体が魔族だという事だけを伏せて、俺とニル、ハイネとピルテが別件で狙われている事を伝えた。


「黒犬か…この四人を狙うくらいだから、腕に自信がある人達なんだろうね……神聖騎士団との繋がりは有ると思う?」


「いや。それは無いと思うわ。詳しくは話せないけれど、黒犬は黒犬として動き回っているはずよ。」


「なるほど…だから、盗賊に上手く取り入ろうとしたんだね。神聖騎士団ならば、人数は揃っているし、盗賊なんて扱い辛い連中には取り入ったりしないだろうし。

そうなると、僕達が相手にするのは、黒犬、ハンターズララバイ、フヨルデ…この三つだね。」


「そうなるな。」


「でも…何故敢えて黒犬はノーブルを潰すような真似をしたんだろう?

他の盗賊団を操るような策が練れるなら、薬漬けにして潰すより、上手くコントロールしてシンヤ君達に当てる事も出来たと思うけど?」


「どうだろうな……ノーブルの頭領ザナが、黒犬について知り過ぎたから…だと思っていたんだが、スラたんの話から流れを汲み取ると……面識は有ったようだが、そこまで深く情報を得られるような立場には立っていなかったようにも思う。単純に、黒犬がハンターズララバイに取り入る為に利用されただけかもしれないな。」


「ノーブルを陥れる事で、他の盗賊団との繋がりを作って……という感じかな?」


「推測するにも情報が足りない。俺達が現状、どの程度の情報しか持っていないのか、よく分かっただろう?」


「大体理解出来たよ。こちらの存在を気取られるような事態になれば、かなり面倒な事になる状況って事だね。」


「理解が早くて助かるよ。」


「他に手を貸してくれそうな人達は居ないの?」


「後ろに控えているフヨルデが、貴族であり、領主でもあるのだから、他の手を借りるのは難しいだろうな。」


「大同盟の力は借りられないの?」


「難しいだろうな。今はどこの街も神聖騎士団と睨み合いを続けている最中だ。援軍を送ってくれる余裕は無いだろう。

大同盟に参加してくれていて、一番近くに居るのは魚人族だしな。」


「陸上の戦闘には参加出来ない…か。」


「そういう事だ。」


「僕達だけでどうにかするしかないと…なかなか辛いところだね。」


確かに辛いところだが…毎度毎度、そんな感じで戦ってきたから、まただな…程度の感想だ。感覚がバグってしまった。


「今聞いた話では、ハンターズララバイはかなり大きな組織だし、ノーブルを潰せたとはいえ、戦闘に関係するような盗賊団は、まだ残っているんだよね?」


「俺達が潰したのは貴族盗賊団のノーブルだけ。チュートリアルが終わったところだ。」


「ははは。分かり易い例えだね。チュートリアルなんて、随分と久しぶりに聞いたよ。」


ついつい忘れそうになるが、スラたんはこっちに来て既に十年経っている。時間の誤差が大きい為、たまに会話がすれ違いそうになる。


「それで?ここで薬草を集め終わったら、まずは何処に向かうつもりなの?」


「ジャノヤに向かおうと思う。」


「フヨルデの本拠地にいきなり突入する気?」


「いやいや。そんな馬鹿な事はしないさ。取り敢えず近付くだけだ。

周辺の状況や、ジャノヤ内の状況、後はフヨルデの事を調べたいが、それには近付かないとな。」


「良かったよ…いきなり戦争じゃー!って突っ込むかと思った。」


「スラたんの中で、俺はどういう存在になっているんだ…?」


「んー……一騎当千の孤高戦士?」


「嫌過ぎる!?」


「ははは。冗談だよ。でも、ソロであそこまで強くなれたのは、間違いなくシンヤ君だけだと思う。あながち間違っていないと思うけどね。」


「ニルちゃんから色々と聞いたけれど、シンヤさんは結構凄い人よね。つい最近では、SSランクのモンスターを討伐したって聞いたわよ?」


「SSランクのモンスター?!」


「あれは俺一人でやったんじゃないって。寧ろ、俺はトドメを刺しただけだ。」


「それでも、単純にSSランクのモンスターを討伐したってだけで凄い事だよ?!」


「あーもー!この話は終いだ!」


「ちょっ!詳しく聞かせてよ?!」


「皆様。準備が整いましたよ。」


二人に詰め寄られる中、ニルの救いの手が入る。いや、原因となったのもニルなのだが…ん?俺が原因なのか?


原因はさて置き、俺は逃げるように食卓へと向かい、話を無理矢理終わらせる。スラたんは不満そうだったが、オウカ島での一件は、ラト、リッカ、そしてシスコン…シデンが居たから成し遂げられた事だ。ここで俺一人が自慢するような事でもないし、自慢するには被害が大き過ぎた。胸を張って話が出来るような一件ではない。


話を何とか受け流し、そのまま眠りに着き、翌日。


「雨は止んだみたいだね。」


起床し、準備を整えた後、リビングに向かうと、頭にピュアスライムを乗せたスラたんが、窓の外を見ながら言ってくる。


「夜の間中、ずっと降っていたのに、カラッと晴れたな。お陰様で湿気が凄い。」


「だねー。蒸し蒸しするね。でも、こういう環境だと、スライムが活発に動くから、ラッキーかもしれないよ。」


「ラッキーね…」


目をキラキラ輝かせるスラたん。スライムの事となると、気持ちを抑えられないらしい。

昨日聞いた話を考えると、あまり強く言う事も出来ない。


「まあ、あまりはしゃぎ過ぎないように頼むぞ。」


「うん!」


先行きが不安になりそうな、テンション高めの返事を聞いたところで、ハイネとピルテも準備を終えて出てくる。


「それじゃあ行こうか。」


スラたんの話では、一日仕事になるとの事で、朝食は探索中に摂る事にして、俺達は夜が明けて間も無い時間帯に外へと出て、内層探索を始めた。

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