第378話 採取 (2)
スガガッ!ドガッ!
ニルが盾を動かす度に、振り下ろされるメタルソーンの根がニルの体を逸れて地面を叩く。
美しい銀髪が火花の元で揺れ、キラキラと光る。俺達が腰にぶら下げているランタンの光を浴びながら、優雅に舞っている。そう見えなくもない。
「ニルにばかり良い格好はさせません!」
ニルが前衛でメタルソーンを抑えている間に、ハイネとピルテがメタルソーンを挟むように左右へと別れていく。手元には既に魔法陣が完成している。
「ピルテ!」
「はい!」
ハイネの号令で二人が同時に魔法を発動させる。
ザザザザザザザザッ!
左右から交差するように放たれる数本の石槍。
上級土魔法、スピアレイン。
メタルソーンの青い花部分に何本も槍が突き刺さり、一気にダメージを稼ぐ。
「ニル!右を頼むぞ!」
「はい!」
メタルソーンが攻撃を受けた後、僅かに生まれた隙に、俺とニルが飛び込む。
「はああぁぁ!」
「やああぁぁ!」
ザンッ!ザクッ!
俺の一撃はメタルソーンを先程と同じように一刀両断。
ニルの戦華による一撃はメタルソーンの中心部へ深く突き刺さる。
ズザザザ……
メタルソーン二体はそのまま地面に横たわり、完全に動きを止める。
「……これは驚いたな……」
スラたんは正直な感想を伝える。
「ニルさんの前衛力もだけれど、ハイネさんとピルテさんもこんなに強かったなんて…正直、ここまでとは予想していなかったよ。一応、相手はAランクのモンスターなんだけど、ここまで簡単に倒せるなんてね…思った以上に採取は楽に行えそうだね。」
スラたんとしては、俺とスラたんが居れば、三人を守れると考えて採取に来たみたいだが、女性三人は、Aランクのモンスター程度ならば、守らなくても駆逐する力を持っている。
しかも、ニルはアイテムも使っていないし、ハイネ達も吸血鬼魔法は使っていない。つまり、三人共、まだまだ本気を出していないのだ。
そして、その事を、スラたんは見て理解出来る為、三人の実力には、まだ上が有ると思っているはず。故に、驚いているのだ。
「ニルさんの動きは、かなり独特だね。そんな戦い方は初めて見たよ。」
「あるお方に御指南頂いたのです。私も最初はかなり苦労しました。いえ、今も完璧には程遠いですね。」
「そうなんだね。でも、シンヤ君の動きを感じさせる鋭い踏み込みも見えたから、上手く混ざっている…という事かな?」
「はい!ですが…未だにご主人様の使う剣術はなかなか体得出来ずにいます…」
「僕もこっちに来てからは、初めて見たけれど、昔の動作なんて比較にならないね。」
ゲーム時には出来なかった動きが、体を得た事で出来るようになった。その事を言っているのだろう。
「それが無くても、シンヤ君を基準に考えちゃうと、なかなか追い付けないと思うよ。シンヤ君はかなり特殊な人だからねー。」
「その言い方には悪意を感じるのだが?」
「あんな鬼畜ゲーをソロプレイなんて、特殊以外の何でもないでしょ?」
「うぐっ……」
「そんな事より、周りにはもうモンスターが居ないみたいだし、そろそろ採取を始めようか。」
言われたい放題言われてしまったが、反論も出来ないまま、採取が始まる。
「ここではこの薬草と…この薬草をお願いするよ。」
スラたんが地面に生えている薬草をいくつか抜き取って見せてくるが…
「俺は分かるが…」
俺には鑑定魔法がある為、どれが同じ物なのか直ぐに分かるが、他の三人から見れば、どれがどれなのかさっぱりだろう。
「うーん……どう説明すれば良いのか分からないんだよね…」
薬草採取とはいえ、一般的な薬草ではない為、分かる人には分かるが、分からない人にはさっぱりだろう。
「取り敢えず、これに似た植物を集めて欲しい。仕分けは僕がやるから。」
「分かりました!」
「あ、それと、気を付けなければならない植物を先に教えておくね。」
スラたんから教えて貰った危険な植物は、かなりの数が有ったが、当然それもどれがどれだかさっぱり分からない。俺も鑑定魔法が使えなければ、全く分からないだろう。
「とまあ…色々と有るんだけれど、分からないよね。だから服装をしっかりしてもらったんだよ。基本的に不必要な物には触らない。これを徹底していれば大丈夫だから。」
危険な植物とはいえ、毒が有ったりしてもモンスターとは違い動かない。こちらから下手に手を出さなければ、毒を持っていようと関係無い。つまり、薬草と思える物以外は触るな、薬草を採取する時も皮の手袋をして触れ。という事だ。
「こうして聞くと、毒を持った植物というのは、とても多いのですね?」
「それはこの豊穣の森の特色の一つでもあるからだよ。普通の森ではここまで多くは無いさ。ここでは植物の敵は植物。だから、自分達の身を守れる毒草が多いのだと思うよ。
と言っても、普通の森にも毒草は生えているし、基本的には拾い食いなんてしないようにした方が良いよ。中には甘ーい匂いを漂わせる実で猛毒を持った果実…なんて物も有るからね。」
拾い食いなんてしない。と思うかもしれないが、この世界において、拾い食いというのは思ったより普通の行為だったりする。
例えば、ニルのような奴隷で、ろくに食事を与えられていない場合、腹を満たす為に、植物や虫、本当に食えそうな物ならば何でも食らう者だって居る。
ハイネやピルテのように、身を隠さなければならないような者も同じようなものだ。
貧富の差が激しい場所では、貧しい者達が適当な物を食って死ぬ事も多々ある。
貧しい者達だけではない。
スラたんもそれを知っているから、冗談で言ったのではなく、本気で言っている。
渡人であれば、インベントリを使える為、そんな事をする必要は無いが、それはこの世界にとっては異常な事なのだ。
「よく分からない物を口に入れるっていうのは、やはりとても危険な事ですよね。」
身に覚えでもあるのか、ピルテもハイネも、そしてニルも、うんうんと頷いて納得している。そういう生活を知らない俺は、幸せなのだろう。
暫くその周辺で薬草を採取し、必要量が集まると、別の場所へと移動し、また採取を行う。スラたんの十年にも及ぶ知識が有り、薬草の生息地が分かっているからこそ、これ程簡単に採取出来ているが、それが無ければ、深い森を迷わず歩く事すら難しいだろう。
「外層側で集めなければならないものは殆ど集め終わったけれど…」
「結構採取したと思うが、まだ何か必要なのか?」
「最後に一つ、ちょっと厄介な場所に生息しているものがあってね。」
「既にこの辺りの環境でも厄介なんだが…?」
ランタンの火がユラユラ揺れる度に、周囲に立っている木々の影も揺れる。
ランタンが無ければ、この森は完全な闇。少し移動する度に植物型モンスターが現れては戦闘。採取中にも移動するタイプの植物型モンスターが襲って来たりもする。
これがある程度知能の有るモンスターならば、自分達には勝てない相手だと判断した時点で襲って来なくなるものだが、植物にそんな判断力は無い為、いくら倒してもキリが無い。
これ以上厄介な場所に行かなければならないとなると、気も滅入るというものだ。
「外層に居るモンスターの中でも、厄介なモンスターが何種類か居るんだけど、その中の一種である、イヴィツリーが居る場所なんだ。」
イヴィツリーは、盗賊達をこの森に誘い込んだ時に出てきたSランクの植物型モンスターだ。とにかくデカい蔦状のモンスターで、攻撃が通り難いモンスターだ。
「確かに面倒な相手だが、倒せない程じゃないだろう?」
「私とピルテにとっては結構緊張感の有る相手よ?」
イヴィツリー相手となると、ハイネとピルテには少し大変な場所だ。スラたんはその事を伝えたかったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「イヴィツリー自体は、僕一人でも倒せる相手だよ。でも、それが何体も出てくるとなれば、話が違ってくるでしょ?」
「何体もって…何体も出てくるのか?」
「うん。そこにはイヴィツリーがまとまって生息していてね…その中に必要な薬草が生えているんだよ。サプレシ草と呼ばれている植物でね。」
「サプレシ草?」
「薬草としても、毒草としても使われないただの…言わば雑草の一つで、僕が名付けただけだから、知らないと思うよ。」
「なんでそんな雑草が必要なんだ?」
「スライムの微生物を、生きたまま取り出すのに必要なんだ。」
「そんな事が可能なのか?」
「うん……と言っても、ピュアたんと契約してから知った知識だけれどね。
僕の部屋には、この森の色々な植物が保管してあるんだけど、その中に、一つだけ絶対に近寄らない植物が有るんだ。」
「サプレシ草か?」
「うん。特に何の変哲も無い雑草なんだけど、やけに嫌がるから、気にはしていたんだ。でも、何故かまでは分からなかった。でも、ピュアたんと繋がった事で、昨夜、その理由を知ったんだよ。
どうやら、そのサプレシ草というのは、スライムの中に含まれる微生物を、殺さずに取り出す事が出来るみたいなんだ。」
「そこまで明確にピュアスライムと意思の疎通が出来るのか?」
「ううん。何となく分かる程度だよ。だから、この情報が本当に正確なのか、間違っているのかは分からないんだ。そんな曖昧な情報だから、行く前に話をしようと思ってね。
僕一人でも、何とかなるとは思うけれど…」
「イヴィツリーは、確か索敵能力に長けていたよな?」
「うん…イヴィツリーは、周囲に
「いくらスラたんの隠密魔法と、スピードが有っても、イヴィツリーの目…というか根は誤魔化せないという事だよな?」
「気付かれても、攻撃される前に採取して離脱すれば後は何とか逃げられると思うけど…」
「あんな超高速で動きながら、サプレシ草を見分けて、採取するって?」
「うっ……」
「俺達を連れて来たのは、そのサプレシ草を採取する為だったって事だろう?」
ここまで、いくつもの植物を採取して来たが、全て知っているスラたんならば、もっと早く、効率良く採取出来たはずだ。隠密魔法を使えば、モンスターとの戦闘も回避出来ただろうし。
それでも、敢えて俺達を連れて来たのは、これが俺達の望んだ物を作製する為だという事と、単純な人手、そして、一人では採取が難しいであろう物を採取する為のはず。
「うん…最初はそのつもりだったんだけど…でもやっぱり止めておこう。かなり危険だし、僕が何度か往復すれば済むことだし。」
「他の場所には生えていないのか?」
「残念だけど、この森でも、周辺の山でも、サプレシ草は見た事が無いんだ。」
「そんなに珍しい植物なのか?」
「僕の知る限り、豊穣の森のその場所にしか自生しない植物…だと思うよ。」
「この森特有の植物なのか。」
スライムは何でも食べる。そう言われている事を考えると、スラたんの考えは当たっているだろう。もし、スライムが嫌う植物が、その辺の森にも生えているのならば、それを誰も知らないというのはおかしいし、知っていれば、その生態をギルドが把握していないとは考え難い。
「そのサプレシ草という植物が必要で、採取にはイヴィツリーとの戦闘が避けられない。となれば、やるしかないよな。」
「そうですね。」
俺とニルは、イヴィツリーと戦う意志を見せる。
「スラたん一人で向かわせて、怪我でもされたら困る。溶解液も解毒薬も、スラたんしか作れないからな。」
「私とピルテも、どこまで役に立てるか分からないけれど、参加させてもらうわ。それらが必要なのは、元を辿れば私達の事情が絡んでいるのだしね。」
「い、良いのかな……?」
「ここまで連れて来たのはスラたんだろう?」
「そ、そうだけど、いざ行くとなると、危険だと分かっているのだし…」
溶解液を命を奪う為に使わないと約束させたスラたん。そういう人間であるスラたんとしては、危険な場所に俺達を連れて行くのも抵抗が有るのだろう。
イヴィツリーの数にもよるが、最悪、サプレシ草諸共になってしまうが、聖魂魔法をぶち込んで逃げる手もある。その時は溶解液と解毒薬は諦めるしかなくなるかもしれないが、誰かの命には換えられない。その時はスッパリ諦めるとしよう。
「そうと決まったならば、早く行くわよ。空気がさっきまでより湿って来たわ。雨が降ると、より厄介になるわ。」
「急ぎましょう。」
別に今日の今日でサプレシ草を採取しなくてはならないというわけでもないし、一先ず近場まで行って引き返しても良い。行かなければ何も始まらない。
という事で、俺達はスラたんの案内の元、サプレシ草が自生する場所へと向かった。
場所は内層に近い場所。他と景色は変わらないが、所々に傷付いた木々が見える。傷は古い物から新しい物まで有り、大きな何かが傷を付けながら頻繁に移動している事が読み取れる。
最も新しい傷は、森の外の方角から戻って来ているように見える。恐らく、俺達が盗賊達を連れて来た時に見たイヴィツリーが、ここへ戻って来たのだろう。
「イヴィツリーは、一ヶ所に留まる性質を持っているのですか?」
「いや…俺の知っている情報の中には、そんな生態は無かったと思うが…」
「僕も聞いた事が無いから、この森に居るイヴィツリー特有の性質なのかもしれないね。もしかしたら、サプレシ草と何か関係が有るのかもしれないね…」
他の森には無く、この森にのみ自生するサプレシ草。そんなサプレシ草の周囲に、他の場所では見られないイヴィツリーの行動。関係性は無いと言われた方が違和感が有る。
「もうそろそろだよ。」
スラたんの言葉を聞いて、全員が話を打ち切る。イヴィツリーに聴覚は無いだろうが、静かにしてしまうのは、緊張感の表れだろう。
スラたんが一本の太く大きな木の横で足を止め、奥を見詰める。
「あれだよ。」
「……予想以上だな…」
俺達も奥を覗き込むと、ランタンの光がギリギリ届くくらいの距離に、イヴィツリーらしき影がぼんやりと見える。
数はハッキリと分からないが、見えるだけでも四体…いや、五体見える。
「あの中にサプレシ草が有るのか?」
「イヴィツリーが居る中心の地面が見えるかな?」
「ああ。薄らとだが。」
「そこに、細長い葉が連なって付いている植物が見えるかい?」
「高さ二十センチくらいのやつか?」
どこにでもあるような植物で、見た目を言うならばオジギソウに似た形状だ。オジギソウよりは大きいが、そこらの草木よりは小さい。
「あれがサプレシ草だよ。」
「嫌な場所に生えているな…」
スラたんの言うサプレシ草は、イヴィツリーが囲むように配置していて、気付かれずに近付くのはどう考えても無理だ。近くの木々に白い髭のような根がぴっしりと這っている。草が生い茂っていて見えないが、恐らく地面にも這っているだろう。
「あの中を通るのは無理だろうな…」
「魔法でサプレシ草だけを引っ張るのは無理でしょうか?」
「いや、サプレシ草は、見た目通り弱い植物でね。雑に扱うとバラバラになって使い物にならなくなるんだ。
溶解液と解毒薬の作り方が確立されているなら、少量でも良いけれど…」
「まだ何も分かっていないし、実験を繰り返す事を考えると、それなりの量が必要だよな。
スラたんは、あのサプレシ草を何度か採取しているんだよな?その時はどうやって採取したんだ?」
「大体は偶然だね。イヴィツリーから離れた位置に生えているのを見付けて採取したんだ。あんな風に囲まれているのは採取した事が無いけど、一体、二体なら僕のスピードで無理矢理採取していたね。」
「なるほど…そうなると、あれをイヴィツリーの目を盗んで採取するのは無理か。」
「………やっぱり、僕一人でやるよ。皆は、僕に何かあったら、直ぐに逃げて。」
「俺達がそれを許すと思って言っているなら、三人に死ぬ程怒られるぞ?」
俺はニル達に目を向ける。
言葉は放っていないものの、冷たい視線がスラたんに突き刺さる。
「やるなら全員でだ。」
「………………」
ここでどうするのかをスラたんに決めさせるのは酷な事だろう。
「ニル。」
「はい。」
「一人で抑えられるのは何体だ?」
「二……いえ、三体は抑えてみせます。」
「シンヤ君?!」
俺達がやる気だという事に驚いているらしい。
しかし、今はそれよりどう戦うかを議論する時だ。
「いや、無理をする必要は無い。二体の攻撃を凌いでくれ。ハイネ、ピルテ。」
「はい!」
「何かしら?」
「二人はニルの援護に回ってくれ。他のイヴィツリーを俺とスラたんで倒す。他のイヴィツリーが何体居るかにもよるが、出来るだけ最速で倒すから、その間だけ耐えてくれ。
もし、無理そうなら変に粘らず直ぐに言ってくれ。デカい魔法で吹き飛ばす。溶解液と解毒薬の作製は難しくなるが、死ぬよりずっと良い。」
「分かりました。」
「了解よ。」
「全員でやれば、上手く切り抜けられるはずだ。しっかり連携を取るぞ。」
俺の言葉に三人が頷く。
「スラたん。大丈夫か?」
「……分かったよ。僕も全力で行く。」
スラたんも覚悟を決めたらしい。
「行くぞ。」
「「はい!」」
「ええ!」
「うん!」
最初に飛び出したのは、スラたん。
ニルが盾役として前に出る前に、上手く注意を引き付け、ニルが前に出るのを手伝ってくれるようだ。
タンッ!
スラたんが地面を蹴り、イヴィツリーの中へと走り込む。
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