第379話 採取 (3)
ズザザザザザッ!!
スラたんが、イヴィツリーの根が張られている領域に飛び込むと同時に、イヴィツリー達がグネグネと動き出し、スラたんを捕らえようと動く。しかし、スラたんは既に走り抜け、別の場所へと移動を完了している。イヴィツリーはスラたんのスピードに全く追い付けていない。
スピードはスラたんが圧倒的に上だ。しかし、スラたんが通り抜けつつも斬り付けた傷は、直ぐに再生し塞がってしまう。互いにダメージ無しといったところだ。この再生能力の高さこそ、イヴィツリーの厄介なところである。
スラたんも、イヴィツリーが持つ再生能力の事は知っているし、自分の攻撃が効くとは思っていない。単に注目を集めようとしているだけだ。
スラたんを捕まえて栄養にしようと動き回るイヴィツリー達。見えていた五体に加え、更に二体、奥で動き始めたのが見える。全部で七体。
イヴィツリーは、ほぼ物理攻撃を無効化する事と、土、木、水魔法を無効化する特性から、Sランクのモンスターに認定されている。これだけを聞くとかなり厄介な相手に聞こえるが、無効化される属性以外の魔法耐性が低い為、Sランクの中でも弱い部類だとされている。
Sランクのモンスターを倒せる者が居ない場合、森ごと焼き払う事で駆除出来る。要するに、手段とその後の影響を考えなければ、対処自体は可能であるという事が、Sランクでも弱いとされる大きな要因となっているらしい。
直接戦闘する場合は、森の中での戦いが基本になる為、火魔法は使えない事が多く、実質火魔法も選択肢から除外される事になる。
使えるのは風、光、闇の三属性となる。俺とニルの場合、そこに雷と氷魔法が入るのだが……
ピチャッ!
頬に冷たい触感。
ポタ…ポタ……ポタポタッ…
次々と周囲の地面に水が落ちてくる。
「嫌なタイミングで雨か…」
上から降って来た水滴を感じた後、瞬く間に落ちてくる水滴の数が増えていく。周囲が水で濡れると、雷魔法は危険過ぎて使えない。
「シンヤ君!」
「分かっている!」
スラたんが俺を呼ぶ。
手元で完成させていた魔法陣が白く光る。
ゴウッ!
魔法陣から光の柱が発射され、スラたんを追っているイヴィツリーの一体に当たる。
中級光魔法、ホーリーライトだ。
イヴィツリー本体のド真ん中へ命中したホーリーライトは、イヴィツリーの体を抉り、消えていく。
耐性が低いだけあって、中級魔法でも致命的なダメージを与えられる。特に、光魔法は攻撃力が高い為、中級魔法でも十分通用するらしい。
ズガガガガッ!
一体のイヴィツリーに攻撃を仕掛け、討伐すると、スラたんだけではなく、俺の方へも二体が攻撃を仕掛けてくる。
「させませんよ!!」
そのタイミングで、ニルが前に入る。その手元に見える魔法陣が青白く光っている。
パキパキッ!
魔法陣から生成されたのは、氷のランス。直径一メートル、長さ三メートルの氷の杭が作り出される。ランスと言うには無骨過ぎるが、アイスランスという中級氷魔法だ。
アイスランスはデカい氷の杭を一本のみしか作り出せないが、その分一撃の威力は高い。他の属性に比べても攻撃力の高い氷魔法、その中でも一撃に中級魔法の魔力を全て注ぎ込んでいるのだから、Sランクのモンスター相手にも間違いなく通用する。
ザシュッ!!パキパキッ!
アイスランスが俺の方へと向かって来ていたイヴィツリーの一体に突き刺さると、突き刺さった部分からイヴィツリーの体表を白く染めていく。アイスランスがイヴィツリーの体を凍らせているのだ。
流石に、全身を凍らせる事は出来ないが、動きを鈍らせる程度には効いている。
ズガガガガッ!
そして、もう一体の攻撃は、ニル自身が盾で防ぐ。
しかし、流石に相手が重く、華麗にすんなりとはいかないらしい。イヴィツリーの攻撃は俺とニルから逸れて地面を打ったが、ニルの表情は少し険しい。何度も捌ける攻撃では無いらしい。なるべく急いで残りを処理しなければならない。残りは六体だ。
「頼んだぞ!」
「はい!」
俺はニルに声を掛け、スラたんが動き回る方へと走り、片手で魔法陣を描いていく。
ズガガガガッ!ズガガガッ!
デカいモンスターが集まっていると、動き回れる範囲が異様に狭く感じる。
「スラたん!凍り付いているのは後回しだ!」
「分かってる!」
スラたんは地面や木の幹を使って素早く飛び回り、イヴィツリーを
残りの六体の内、二体はニルを、四体はスラたんを狙っている。凍っているのはニルの担当だ。俺達で元気な四体を素早く倒さなければならない。
「再生能力が面倒だね!」
スラたんが走りながら、腰に手を持っていくと、何本かの瓶を取り出す。
「これならどう?!」
スラたんが、瓶の中に入っていた液体を、走りながらイヴィツリーに向かって浴びせていく。
ジュゥゥウウ!!
液体の量はそれ程無いが、大量の白い煙が発生し、イヴィツリーがグネグネと体をくねらせる。かなり嫌がっているらしい。
「まだまだ有るよ!」
ジュゥゥウウ!
スラたんは次々と腰から瓶を取り出しては、イヴィツリー達に浴びせていく。その度にイヴィツリー達が体をくねらせ暴れ回る。
「シンヤ君!煙は吸わないでね!」
「そんなヤバそうな煙吸わないっての……ここだ!」
ゴウッ!!
何を使ったのかは知らないが、Sランクモンスターであるイヴィツリーを、少量で暴れさせるような危険な薬品に違いない。そんな薬品が生じた白い煙…近付きたくも無い。
少し離れた位置から、再度ホーリーライトを放ち、もう一体を仕留める。
「残り五体!」
ニルの方に目をやると、相手をしている二体の内、元気な方をハイネとピルテと共に抑えてくれている。
ハイネとピルテは闇魔法と吸血鬼魔法をフル活用しているようだ。
「お母様!」
「同時にいくわよ!」
ゴウッ!ゴウッ!
ニルの後方から放たれたのは、上級闇魔法、黒死砲。俺が使ったホーリーライトの闇魔法バージョンだ。但し、闇魔法というのは攻撃力が他の属性より劣る為、上級魔法でも、イヴィツリーの体を抉るに留まり、死をもたらすには至らない。
その上、吸血鬼魔法は、対人戦にはかなりの効果を発揮するが、植物型モンスターに対しては、実に相性が悪い。
そもそも、吸血鬼魔法には媒体が必要で、吸血鬼の血をよく使う。つまり、吸血鬼の特異的な血を活用した魔法である事が多い。その為、吸血鬼の血に対して拒絶反応を起こす…つまり、血の流れる生き物を対象にしている。植物も水分を糧に生きているが、拒絶反応を起こすかと聞かれれば、その可能性は低いだろうと答える。
また、盗賊達を相手にフェイントフォグを使った時に聞いたように、人より馬の方が血に対する耐性が高い。それは、恐らくだが、モンスターに対しても言える事だと思う。つまり、吸血鬼魔法というのは、そもそもがモンスターに対して使われる魔法ではないのだ。
モンスターと呼ばれ、人との争いが耐えなかった吸血鬼族の歴史を感じさせられてしまう。
「ハイネ!ピルテ!無理はするな!」
自分達がこの中で一番弱いと思っているからか、二人の顔に焦りが見える。しかし、相手がモンスターだろうと、人だろうと、戦闘で焦るのは非常に危険な事だ。判断力を鈍らせる原因になる。
俺の声に一瞬だけこちらへ目を向けて、自分が焦っている事に気が付き、イヴィツリーから距離を取る二人。
「ニルも倒す事は考えなくて良い!凌ぐ事だけを考えるんだ!」
「はい!」
無理をして倒そうとすれば、行動に隙が必ず生まれる。Sランクのモンスターは、ここまでに何度も倒して来たが、それでもSランク。それを許してくれる相手ではない。
「スラたん!こっちの三体の動きを鈍らせる!離れてくれ!」
俺の言葉が終わると同時に、スラたんが一気にイヴィツリーから距離を取る。
俺が描いたのは非常に複雑な魔法陣。上級光魔法、散光。簡単に説明するなら、光の弾丸が無数に飛び散る魔法だ。一言で言うならば、ショットガンだろう。
一発一発のダメージは低いが、数百にも及ぶ光の弾丸を受ければ、かなりのダメージとなる。
魔法陣が白く光ると、大きな光の球体が生成され、それが細かく分裂しながら正面へと散乱する。
ズガガガガガガガガガガガッ!
イヴィツリーは当然のこと、地面や、後方に生えている木にも散光が当たる。
一発の威力が低い為、火事の危険性は無い……はず。もし火が出ても、先程から降り続けている雨によって、直ぐに鎮火されるはずだ。
ジュジュゥゥウウ!
イヴィツリーに当たった光の弾丸は、深く体の中へと潜り込み、通り抜けた場所を赤く焼いている。物理的な攻撃では再生されるが、焼いてしまえば再生能力が働かず、抉られたまま。
痛みを感じるのかは知らないが、イヴィツリーはグネグネと体を揺らす。
散光はそれ程一発の威力が高く無い為、残った三体を仕留めるには至らないが、動きを鈍らせるだけのダメージを与える事には成功した。
「ナイス!流石シンヤ君!」
そう言ったスラたんが、腰から、また瓶を取り出す。先程までは、薄い緑色の液体が入った瓶だったが、今回は薄い赤色の液体が入っている。
「スライムの偉大さを思い知れー!」
独特の掛け声で走り込んで行ったスラたんが、蓋を外した瓶の口を、イヴィツリーの、散光によって空いた穴に突っ込む。丁度中の液体が穴の中へと注ぎ込まれていくような形だ。
それも、一本、二本の話ではない。全部で十本の瓶が、イヴィツリー二体の体に五本ずつ、間隔を置いて差し込まれている。
また白い煙でも上がるのかと思っていると…
ボボボボボボボボボボン!!!
差し込まれた瓶の部分が、唐突に爆ぜ、小さかった穴が大きな穴へと変わる。
中規模の爆発を起こしたらしい。
ズガガガガッ………
自分の体の表面五箇所で爆発が起きたのだ。イヴィツリーも流石に耐えられず、二体が倒れて動かなくなる。
先程の薄い緑色の液体もそうだったが、どうやらスライムの粘液を使ったアイテムらしい。実に興味深いが、今はそんなことを聞いている場合では無い。
残された一体を早く仕留めなければならない。
「スラたん!向こうの援護に回ってくれ!」
「うん!」
ニル達が相手をしている二体の方へとスラたんが走る。
それと同時に俺の手元が白く光る。
効くと分かっている魔法を撃ち込むのは定石。ホーリーライトを残りの一体へと放つ。
ゴウッ!
ブチッ!!
イヴィツリーのド真ん中を貫いたホーリーライト。散光のダメージも有ったからか、イヴィツリーの体が耐えられず半分に切れる。
こちらは終わりだ。
直ぐにニル達の方を見ると、スラたんが二体の間を走り抜け、ニルへのヘイトを分散させたところだった。
「ニルさん!」
「はい!」
一体の動きを未だ鈍らせている氷魔法。それを見れば、ニルに魔法を撃たせるのが良いとスラたんが判断するのは当然の事だ。
スラたんがヘイトを受け持つ事で、ニルの、魔法陣を描く時間を作り出す。
スラたんを含めて、何人かのパーティを組んだ事も有るが、スラたんは他人に合わせるのが上手い。その場その場で、何をするのが最善なのか、それを直ぐに読み取って実行出来るのだ。明るい性格もあってか、人付き合いは得意で、ファンデルジュの中でも知り合いが多かったように思う。
そんなプレイヤーだったスラたんは、直ぐにニル達の援護に入っても、的確な行動を取ってくれる。
「ニル!私が動きの鈍った方をやります!」
ピルテがニルに向かって叫ぶ。何か考えがあるらしい。残り二体でニルの魔法陣も完成間近。既にこの戦闘の主導権はこちらに有ると言っていいだろう。
こうなってしまえば、俺の出る幕は既に無い。ラッキーパンチにだけ気を付けつつ、ニルとピルテを見守る事にする。
「行きます!」
ニルの声に反応したスラたんが、最後にダガーで元気なイヴィツリーを攻撃し、注目を引いた後に離脱する。
スラたんの事を追う素振りを見せたイヴィツリーに対して、ニルが魔法陣を発動させる。
青白く魔法陣が光ると、イヴィツリーの頭上に氷の
魔法が発動した事を感じ取ったのか、イヴィツリーはスラたんを追うのをやめて、魔法の効果範囲外へと逃げようとする。しかし…
「そうはいきません!」
ニルが既に腰袋から取り出していたのは、ベージュ色のカビ玉。強酸玉だ。
ボンボンッ!
ニルが、強酸玉をイヴィツリーの逃げようとする方向へと投げ付けると、強酸性の霧が発生する。
ジュゥゥウウ!
逃げようとした先に突如現れたイヴィツリーを溶かす程の霧。当然イヴィツリーは霧の中を進む事など出来ない。そして、イヴィツリーがもたもたしている間に、生成された氷の礫が一気に降り注ぐ。
ズガガガガガガガガガガガッ!
バキバキバキバキッ!
上級氷魔法、アイスレイン。
この魔法は、氷の礫を降らせる事が効果の全てではなく、礫が当たると、その周囲を凍らせる。一つの礫が凍らせる事の出来る範囲はそれ程広くはないが、無数に降り注ぐ氷の礫は、最終的には周囲一帯を凍り付かせる。範囲氷魔法の一種であり、イヴィツリーを氷漬けにする程の威力を持っている。
但し、魔法陣は複雑で、描き切るのに時間が掛かる上に、全体の範囲はあまり大きくなく、その上、礫が落ちるまで少しの時間が必要になる。
つまり、少し使い所の難しい魔法である。
ニルは持ち前の状況判断能力と、アイテムを使う事によって、その隙を完全に埋め、イヴィツリーを氷漬けにしたというわけだ。見事な手際としか言えないだろう。ここ最近は、ニルの戦い方も固まり、更に磨きが掛かっている。
いつもニルの戦いを隣で見てきた俺だったが、今回は、それでも驚かされた事があった。それが、魔法を使うタイミングだ。
今までも、痒い所に手が届くニルだったが、今までと少し違ったタイミングで魔法を放ったのだ。
細かく言えば、今までは、魔法が確実に当たるタイミングに放つ。これがニルの魔法を使うタイミングの基本だった。
魔法を使う際に必要な事はいくつか有る。攻撃力、貫通力、状態異常を与えるかどうか、地形、魔法の効果…言葉にしてしまうと途方もない情報量になってしまうが、戦闘中、そういう事を常に考えながら、その場その時に最も効果的な魔法を使用する。これが非常に大切である。
そして、魔法そのものの与える効果に加え、魔法を放つタイミングというのも、非常に大切となる。
例えば、仲間が離脱出来ないタイミングで魔法を放てば、仲間を巻き込む事だって有り得るし、下手なタイミングで放てば、上級魔法が避けられ、魔力を消費するだけに終わる事だってある。
これらは、魔法を使って戦闘を行う者ならば、誰でも気を付ける事であり、自然に身に付いていく事であるが、それ故に、あまり鍛えられない部分でもある。
仲間に当たらず、敵に当たればそれでOKだと考えられがちだ。
実際に、魔法は当たってダメージが出れば、それで役目は果たしていると言える為、別に文句は言われない。
だが、こんな鬼畜ゲーの世界で、トッププレイヤーの領域に居る魔法専門職の者達は、魔法を一度撃つだけで、戦闘を終わらせる一手にする事が出来ると言われていた。大袈裟な話ではなく、実際にそういうプレイが動画としてネット上に流されていたのを見た事がある。
その中では、圧倒的な劣勢の状況の中、もう戦闘は負けで終わると思っていたところに、たった一つの魔法が撃たれ、一気に勝ちをもぎ取っていた。
その動画に対する解説動画だとか色々と見てみたりしたが、それらの説明よりも、俺は自分が直感的に感じた、タイミングの良さによる結果だと思っている。
魔法というのは別に当たらなくてもその効果を発揮する。複雑で強力な魔法陣を後ろで描かれていれば、誰でもそれを止めようと動くし、一撃で死ぬかもしれない魔法が放たれるとなれば、逃げる者が殆ど。つまり、魔法というのは、魔法陣を描いたり、魔法を放とうとするだけでも牽制になるという力を持っているのだ。
それ程に警戒される魔法を、どんなタイミングで実際に放つのか…実は、これというのは戦況を大きく左右する要因の一つになる。
今回のニルを例にして見ると、ニルから見て右手に半分凍りついたイヴィツリー。左手に元気なイヴィツリー。
まず、スラたんがイヴィツリー二体のヘイトを集め、二体の間を起点にして四方八方に動き回り、攻撃を誘っている状況だった。
例えば、ここでスラたんが離脱後、即魔法が放たれた場合、元気なイヴィツリーは確実に倒せる。そして、その次に、凍り付いたイヴィツリーを相手にする。これが流れとなる。この流れを作るとした場合、ニルとしては魔法を発動させた後にスラたんへ報告し、離脱してもらう事になる。少しタイムラグの有る魔法だから、スラたんが離脱直後、氷の礫が降り注ぎ、左手の元気なイヴィツリーは確実に落とせるだろう。
しかし、ニルはそうしなかった。
スラたんを離脱させ、ワンテンポ遅らせた魔法の発動だった。
時間にしてみればたったの数秒。しかし、その数秒によって、魔法の持つ意味が変わってくる。
ワンテンポ遅らせない場合、魔法は単純に元気なイヴィツリーを撃破する為のもので、それ以外の意味は無い。しかし、数秒遅らせた事で、イヴィツリー二体が僅かに動く隙を敢えて作った。この事により、左手のイヴィツリーは逃げようと更に左へと動き、右手の手負いのイヴィツリーは、ニルの魔法使用時の隙を狙って攻撃を仕掛けようとする。
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