第376話 ピュアスライム
俺は確かに聖魂魔法でピュアスライムとの契約を結ぼうとした。しかし……
「……ん?」
聖魂魔法が発動したというのに、スライムとの繋がりが確立しない。
「どういうことだ…?」
『……シン……聞こえ……か?』
「ベルトニレイか?」
『はい……』
上手く繋がりが持てず、頭を捻っていると、ベルトニレイから連絡が入る。
相変わらず、電波状況の悪い電話みたいではあったが、何とか、今の状況に関して、ベルトニレイから話を聞く事が出来た。
まず、このピュアスライムというのは、聖魂に間違いないらしく、とても珍しい種との事。戦闘力は皆無で、非常に臆病な性格。基本的に人目に付くような場所には居らず、いつも暗く狭い穴の中で大人しくしている……一応スライムらしい。
そんなピュアスライムとの契約についてだが……結論から言ってしまえば、ピュアスライムは、俺との契約ではなく、スラたんとの契約を望んでいる…との事らしい。
オウカ島での一件によって、友魔システムが解禁し、漆黒石を持っている渡人のスラたんと契約が結べるようになった事を知っているらしい。但し、結べる契約は友魔としての契約のみで、俺と聖魂と同じような契約は不可能との事。
しかし、何故、俺に擦り寄って来たのか。友魔契約は、オウカ島の鬼皇であるアマチが持つ道理眼の力が必要になるはず。と思っていたが、よくよく考えてみれば、ベルトニレイは聖魂の長たる存在であり、友魔と聖魂は同じもの。そして、友魔の契約は、俺に施してくれたベルトニレイとの契約の下位互換的な契約だ。ベルトニレイに出来ないはずがない。
つまり、俺を通して、スラたんとピュアスライムの契約を成立させて欲しい…という事のようだ。
「なるほど…ピュアスライムが、スラたんに懐いていたというのは、間違いではなかったみたいだな。」
「何が?!突然嬉しい事を言われたけど、独り言が凄くて僕は困惑気味だよ?!」
「ピュアスライムが、スラたんと契約を結びたいらしいぞ。」
「契約?!何の話?!」
「友魔の契約だ。」
「友魔……どこかで聞いたような……」
「恐らく、通知が来たんじゃないか?」
「ああ!」
思い出した!と瞼を大きく持ち上げる。
イベントの通知は無いらしいが、友魔システム解放の通知は来ていたようだ。
「えーっと…どういう事かしら?」
ハイネとピルテには何の事やらさっぱりだろうし、友魔について色々と話をしておく。
「友魔…ですか。魔法に特化したモンスターを使役出来る…みたいなものですかね?」
「使役と言うよりは、共闘の方が近いだろうが、まあ概ねそんなところだ。」
「つまり、僕と、ピュアたんが契約を結べば、友魔として助けてくれるって事…だよね?」
「ああ。それで、その契約を俺を介して……とにかく、俺が契約を締結させる事が出来るんだ。」
「お願いするよ!是非に!」
「……但し。」
「??」
「契約を一度行うと、解除した時、俺達渡人の中に存在する、漆黒石という物が消滅するかもしれない。」
「漆黒石…?」
俺は、漆黒石についてざっくりと説明する。
「そんな石が僕の中に…」
スラたんは胸の辺りに手を置く。
「それが神力という不思議な力を使う為の核になっているんだが……正直、それが無くなると、俺達の体が無事かどうか分からない。」
鬼人族が漆黒石を失っても無事な事は聞いているが、もし、スラたんの言うように、俺達の体が造られた物だとしたら、漆黒石には、神力とは別に重要な役割を持たせているのかもしれない。それこそ、心臓と同じような役割を持っていたり…つまり、契約解除は、死を意味する可能性が有る。
「ふーん……契約を解除するなんて有り得ないから、やっちゃってよ。」
スラたんはそう言うと思っていたが…こうもあっさりとは…ある意味予想通りではあったが、ブレない男だ。
契約を締結させる事自体は、同じように聖魂魔法を発動させるだけで、ベルトニレイが上手くやってくれるらしい。
「……分かった。それじゃあ始めるぞ。」
「…うん…………」
スラたんは珍しく緊張しているらしく、ゴクリと喉を鳴らして俺の顔を見る。
キィィーーン……
俺の左腕に刻まれた紋章が白く光り出し、耳鳴りのような音がする。
左腕が微かに温かさを感じ始めると、目の前に居たスラたんから、ピュアスライムに向かい光の粒が一欠片飛んでいく。それがピュアスライムの中へと入り、消えていくと、スラたんの右手の甲に、何と読めば良いのか分からない、文字なのか図形なのかが浮かび上がり黒くなっていく。
恐らくだが、俺の左腕に巻き付くように施された紋章と同じ系統の文字だろう。無理矢理言葉にするならば『片』という字を大きく崩したような図形だ。
「これで終わりだ。」
「…………凄い……ピュアたんの感情が何となく分かる!」
スラたんがピュアスライムを抱き上げ、満面の笑み…いや、最早感涙しながら喜んでいる。
「ご主人様…友魔の契約に際して、あのような紋章が浮かび上がる事は無いと思っていたのですが…?」
ニルは四鬼達を見ているし、そんな紋章が入っていない事を知っている。
俺も気になり、ベルトニレイに聞いた返答を、声を落として、ニルに伝える。
「ベルトニレイの話では、道理眼の力とベルトニレイの力は違うからかもしれないってさ。」
「その感じですと、ハッキリとした理由は分からないのですか?」
「みたいだな。もしかすると、システム的なものかもしれないな。」
友魔を手に入れた渡人には全て刻印されるものかもしれないし、ベルトニレイの力だったから刻まれたのかもしれない。
「道理眼との契約と今回とでは、違いが有るのですか?」
「どうやら、聖魂との繋がりが、道理眼との契約より少し強い物になるらしいぞ。ただ、漆黒石は契約解除と共に消えるらしいがな。」
「強い繋がりが…そんな事が可能なのですか…計り知れませんね。」
繋がりが強くなる…それはつまり、俺がノーブルの城を壊滅させたように、使える魔法が強化されているのと同じである。ニルはそれを想像して、ベルトニレイの凄さに舌を巻いているのだ。
「聖魂ってのは、計り知れない存在で、ベルトニレイは、その頂点みたいなものだからな。計り知れなくて当然だろうな。」
こうしてベルトニレイが味方となってくれた事で、かなり色々と助かっているが、もし、選択を間違えて敵に回っていたらと考えると……ゾッとする。
ベルトニレイは、島に居た時、常に冷静沈着で穏やかであった為、その力の全てを知る事は出来なかったが、聖魂との繋がりが強くなるにつれて、より一層分からなくなっていく。力の底が全く見えないのだ。ベルトニレイを怒らせたりしたら、SSランクのモンスターさえ可愛く見えるかもしれない。そういう存在なのかもしれない。
「シンヤ君!ありがとう!!」
ニルと会話をしていると、スラたんに両手をガッシリと握られる。
「お、おう……俺は何もしていないが…良かったな。」
「最高だよ!こんな日が来るなんて!」
ブンブンと掴まれた手を振り回される。
ここまで喜んでもらえると、こっちも多少嬉しくなるものだ。
「でも、本当にスライムに感情が有ったのね。」
「僕が言った通りだったでしょ?!はははははは!」
嬉しさの限界を超えたらしく、スラたんはピュアスライムを抱きながらクルクル回っている。
正確に言えば、ピュアスライムは、聖魂であり、モンスターとは違う存在である為、スライムに意思が有るのか、感情が有るのかは分からないが、野暮な事は言うまい。
「ですが……ご主人様。」
ニルがクルクル回るスラたんから目を離し、俺に小声で聞いてくる。
「あのピュアスライムという聖魂ですが、四鬼の方々と契約をしていた友魔程の力を感じません。何か特別な力でも持っているのでしょうか?」
「流石はニルだな。」
ポンポンと頭を撫でると、嬉しそうに、擽ったそうに笑う。
「あのピュアスライムは、モンスターから昇華した存在で、聖獣と呼ばれる分類になるんだが、その中でも、かなり特殊な存在らしい。」
「聖獣という事は、ラトと同じですか?」
「ああ。」
「あまりにも力の差が有るように見えますね…」
ピュアスライムは、普通のスライムと同等か、それ以下の戦闘力しか持たない。それは見れば分かるし、実際にピュアスライム自体の戦闘力はほとんど無いとベルトニレイが言っていた。
「確かにニルの言う通り、ラトとピュアスライムが戦ったら、百回やっても、百回ラトが勝つだろうな。というか、勝負にすらならないだろう。
だからこそ、特殊な存在なんだ。ピュアスライム自体には戦闘力は無いが、もし、ピュアスライムにランクを付けるならSランクだろうな。」
「あの小さなスライム一匹が…ですか?」
「ああ。実は、あのピュアスライム。他のスライムを呼び寄せて使役する力を持っているらしいぞ。」
「他のスライムを使役ですか?」
「俺も聞いただけだから詳しくは分からないが、ピュアスライムを怒らせると、近くのスライムが押し寄せてくるらしいぞ。」
「そ、想像すると、ゾワゾワッとします…」
両腕で自分を抱き締めて肩を震わせるニル。割と気持ちの悪い光景だし、気持ちは分かる。スラたんにとっては天国かもしれないが…
「あははははー!」
スラたんは完全なハイで、ピュアスライムの話をする空気では無さそうだし、後にするが、スライムを呼び寄せる事が出来ると知れば、ここをスライム屋敷に変えないか心配だ。
ピュアスライムと契約をした時点で、恐らくどんな能力を持っているのか分かっているはず。十分に言っておかなければ、目が覚めた瞬間、スライムだらけなんて事になるかもしれない。
「しかし、こんな所にも聖魂が居たのですね?」
スラたんがゲーム時に見付けていたという事は、その時から聖魂という存在は居たという事だ。元々どんな形にしろ、友魔は実装される予定だったんだろう。
「そう簡単にポンポン見付かるものではないらしいがな。」
ラトの時も、リッカの時も、聖魂というのは、人の目が届かない場所に居る事が多い。友魔システムが実装されたのは確かなようだが、プレイヤー全てが手に入れられるわけでもないし、オウカ島に行って鬼皇の力を借りなければならない為、友魔を見付けても契約出来るかは、海底トンネルダンジョンを越えられるか、鬼皇に気に入られるか……そして、ピュアスライムが俺との契約を拒んだように、友魔自体の意思が最も重要になってくる。この世界に別のプレイヤーが居る事は確定したが、その全てのプレイヤーが友魔を手に入れられるかは、また別の話という事だ。
スラたんの言う、この世界に来た別の転移者達…恐らく、聖騎士に、その転移者の連中も含まれている事だろうが…ライルを含めて。奴等が友魔を手に入れていない事を祈るばかりだ。
「何が何か分からないままにトントン拍子で話が進んでいるわね…」
「私達は蚊帳の外ですね…」
ハイネとピルテとしては、何がどうなっているのやらだろう。
「スラたん。そろそろ現実世界に戻って来い。」
ビシッ!
「あたっ?!」
楽しくはしゃぎ回るスラたんの頭にチョップを入れる。
「嬉しいのは分かるが、ずっとクルクルしている場合じゃないだろう。」
「そ、そうだったね。興奮し過ぎてしまったよ。
一先ず、溶解液と解毒薬の作製は明日からにして、今日は寝る場所を案内するよ。でも、空き部屋は二部屋しかないんだけど…」
「私とピルテは同じ部屋で大丈夫よ。」
「俺とニルも一緒で構わない。」
「………それなら、案内するね。」
スラたんが俺の言葉にだけジト目で反応したのは、ニルと同室だという事に対してだろうが……ニルとはもうずっと一緒に居る。元の世界での知り合いに会ったからといって、この世界での生活を変える気は無い。何より、一緒に寝れる時に、同じベッドにニルが入ってくるのは既に当然の事になっている。一度断ろうとした時に、本気で泣かれそうになった為、今ではそうするのが当たり前になってしまった。
スラたんは一人暮らしをしていた為、客室という客室は無かったが、簡易的なベッド程度ならば、自分達で作れるし、そもそも靴を履いていない為、床で寝ても良いし、問題は無い。
部屋の案内ついでに家の案内をしてもらい、一先ず休む事になった。
「おっと。寝る前に言っておくが、ピュアスライムの能力には気が付いているよな?」
「んー…何となくだけどね。」
「この家で使うなよ。スライムだらけは困る。」
「流石にしないよー…」
「目が泳いでいるぞ。」
「僕もお客さんが来ているのに、そんな事はしないって。それより、溶解液と解毒薬の事だけど、もしかしたら、もっと早く完成するかもしれないよ。」
「……ピュアスライムと契約したからか?」
「うん。スライムの事が何となく分かるようになってね。詳しくは明日説明するよ。」
「分かった。よろしく頼む。」
「良いって良いって!マブダチでしょ!」
「…ああ。」
スラたんの言葉に頷く。スラたんが事ある毎に言うマブダチ。慣れてしまうと聞き流してしまうが、元の世界で言っていたそれとは、また違った意味合いを持っているような気がする。
いくらスライムが好きで、研究が好きでも、こんな誰も来ない寂しい場所で一人暮らし。しかも十年近くだ。時折街には出掛けていたみたいだが、親しい友人と呼べるような相手は居ないだろう。
俺の予想だが、恐らく神聖騎士団の連中は、既にスラたんの捜索を打ち切っていると思う。今は世界侵攻作戦の真っ只中で、隠れているスラたんを探している暇など無いはずだ。
でも、それは外から冷静に見た時の話であり、スラたん本人から見れば、憶測でしかない。神聖騎士団に狙われていると知っていて、捜索は打ち切られているだろう…では動けない。神聖騎士団が消え去らなければ、スラたんは一生ここから動けない。
俺のように魔法と剣が飛び交う旅も辛いが、逃げ隠れし続ける生活もまた、辛いはず。
これが、喜んで戦闘に参加するような者ならば、共に戦おうと誘いたいところだが、スラたんは命を奪う事を良しとしない性格だ。いくら神聖騎士団が憎くても、スラたんを巻き込んで人格さえ変えてしまうような体験をさせようとは思えない。
ピュアスライムの力は数を揃えるという意味ではかなり強力な武器になる。しかし、それが手札に加わったからと言って神聖騎士団との戦争の勝敗を決する程のものでは無い。一部隊での戦闘が少し有利になる程度。
別にスラたんの強さを馬鹿にしているわけではない。世界的な戦争において、個人の強さというのは、そこまで大きな意味を持つ事はまず無いというだけの事だ。
それは、聖魂魔法を使えるとしても、俺だって例外ではない。故に、スラたんが嫌がっているのに、無理矢理戦闘に参加させるつもりなど無い。
「それじゃあ。おやすみ。」
「…シンヤ君!」
「ん?」
「……………いや。おやすみ。」
スラたんは、何かを言おうとしたみたいだが、言葉に出来ず、そのまま背を向けて歩いて行ってしまった。
「……あの方も、神聖騎士団の被害者…なのですよね。」
「ああ……」
「どれだけの災厄を世界に与えれば気が済むのでしょうか…」
「…これからは、もっと被害者が増えるだろうな。いや、今まさに、増え続けている最中かもしれない。
現状、神聖騎士団は、随分と大人しくしているみたいだが、裏で何をしているのか分かったものじゃないしな。」
「……神聖騎士団、黒犬、ハンターズララバイ……壁ばかりですね。」
「そうだな……」
スラたんの話によれば、転移者達は神聖騎士団の中で、聖騎士として扱われている。しかも、十年近く前にこちらの世界に来て、地盤固めも済んでいるはずだ。その立場から見れば、世界侵攻作戦とはいえ、イージーモードだろう。
それに比べて、俺の旅路はハードモードどころか、ナイトメアモードだ。まさに悪夢に
「ご主人様?」
ナイトメアモードに溜息を吐き出したい気持ちになるが、俺の心の内を心配して首を傾げるニルを見て、そんな考えは間違っていると気付く。
確かに俺が歩む道はナイトメアモードかもしれない。
でも、元の世界での生活は、ナイトメアそのものだった。
それに比べて今はどうだろうか。
隣に、いつも俺の事を心配してくれて、信頼を寄せてくれるニルが居る。
俺の事を信じて、色々なものを託してくれる人達が居る。
種族も違うのに、俺を友と呼んでくれる人達が居る。
ハードモード?ナイトメアモード?
だからどうした。
やってやろうじゃないか。
俺は鬼畜ゲームと呼ばれ、あらゆる人達が匙を投げた超リアルRPG、ファンデルジュで、最高難度のダンジョンをクリアしたんだ。難関こそファンデルジュの醍醐味!とさえ言える程のヘビーユーザーなのだ。
元の世界では望む事すら許されなかった環境がここに有る。それだけで、やる価値の有るクソゲーだ。
クリアしてやろうじゃないか。廃ゲーマーとしては、立ち塞がる壁が厚く高い程に、燃えるというものだ。
「ニル。絶対に生きて全てを終わらせるぞ。絶対にだ。」
「はい!勿論です!」
何の事やら分からないはずなのに、ニルは笑顔で頷いてくれる。
スラたんの言う通り、俺には勿体ない程の出来た子だ。でも、だから戦いから遠ざけたいなんて事は今更言わない。俺の中で、ニルは既に俺の一部と言っても良い。だから、ニルを守り、ニルに守られながら、この素晴らしきクソゲーをクリアしてみせる。
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