第375話 溶解液と解毒薬

俺達の居た世界における科学技術は、この世界においてはオーバーテクノロジーというやつだ。魔法や剣とは違い、誰にでも、一定以上の被害が出せてしまうのだから。魔法と併用すれば、とてつもない数の屍を築く事になるだろう。スラたんも、それを懸念けねんし、そもそもそういう可能性の有る物を作らないようにしているという事だ。戦闘が得意不得意に関わらず、人には背負えない重すぎる荷物だから、当然と言えば当然だろう。


「ただ、まだ完成はしていないけれど、強力な解毒薬なら作れるかもしれないんだ。」


「強力な解毒薬?」


「うん。スライムを形成している微生物からヒントを得てね。難しい話になってしまうから端折ってしまうけれど、色々な毒を分解する薬を作れそうなんだ。」


「それは凄いじゃないか。」


「ただ、これも武器に利用しようと思えば出来るから、世間には出せないかな。」


「そうか……なあ。その解毒剤と、何でも溶かしてしまう液体。俺に売ってくれないか?」


「えーっと……」


「話を聞いた上で言っているんだ。誰にも渡さない。俺が全て使い切るという条件の上で、売って欲しい。俺の場合、インベントリも有るから、盗まれる心配も無いからな。」


「うーん……解毒薬の方は良いよ。別にお金も要らないよ。僕とシンヤ君の仲だからね。でも、武器の方は何に使うつもり?」


「モンスターや……人を殺す為に使うつもりだが…他にも使い道は有るだろうと思ってな。」


「…………やっぱり、命を奪うのに使うのは嫌かな。その為に作る気にはなれないよ。」


「……そうか。分かった。それならば、絶対に命を奪う為には使わないと約束する。それならどうだ?」


「シンヤ君は狡いなー…シンヤ君が僕との約束を破った事は一度も無い。だから、その言葉がどれだけ信用出来るかは分かっているつもりさ。後は僕の気持ち次第って事だね。」


「頼む。必要になると思うんだ。」


俺は素直に頭を下げる。横に居たニルも、ほぼ同時に頭を下げてくれる。


「………それが必要になるシンヤ君の旅路がどんなものなのか、あまり想像したくないね。本来なら止めるべきなんだろうけど…」


「スラたんに止められても、止める事は出来ない役割なんだ。」


「そう…なんだね………シンヤ君にはシンヤ君の旅があるからね。約束を守ってくれるなら、作ってみるよ。」


「本当か?!助かるよ!」


「いえいえ。でも…」


「約束は絶対に守る。安心してくれ。」


「…分かったよ。」


結局頷いてくれるスラたん。俺の旅路を思っての事だろう。

感謝しなければならないな。


「それでなんだが…解毒薬について、一つ聞いておきたい事があってな。」


「うん?」


「ザレイン…って知っているか?」


「まさか誰か使ったの?!」


スラたんが椅子から腰を持ち上げる程に驚く。


「いや、そんな事はしていない。あんな危険な物を摂取するわけないだろう。」


「よ、良かった……」


文字通り胸を撫で下ろすスラたん。どうやらどういう物なのか知っているらしい。


「あの薬物は危険だよ。少しでも摂取したら、きっと元には戻れなくなる類の物だから、絶対に手を出さないように気を付けてね。」


スラたんは、製薬会社に勤めていると聞いたし、そういう薬物的な事は色々と詳しいのだろう。


「大丈夫だ。直ぐに気が付いたからな。」


「色々と物資を補給する為に、近くの街に行く事が有るんだけど、最近になって、やけにザレインの名前を聞くようになったんだ。恐らく、誰かが薬物を使って荒稼ぎしているみたいなんだけれど、誰がやっているのかまでは分からない。でも、聞いた話では、かなり広い範囲で出回っているみたいだから、大きな組織が関わっているんだと思う。ザレインは高価な物だし、それを大量に取り扱えるくらいの大きな組織…まさにハンターズララバイとかね………ん?もしかして、それでハンターズララバイの事を聞いていたのかな?」


「スラたんは関わらない方が良い。荒事に巻き込まれたくは無いだろう?」


「荒事は確かに嫌だけど…」


「それより、ザレインの事だ。スラたんが作る解毒薬で、あの薬物を分解出来るか?」


「ザレインを…?どうだろう…植物性の物だから可能だとは思うけれど、まだ解毒薬が出来ているわけでもないし、実物でも試してみないと、正確な事は言えないかな。」


「実物なら、ここに有る。」


俺はインベントリからザレインの葉巻を取り出す。


「何本か手に入れてな。これを使えば、分解出来るか分かるか?」


「実物を持っているとはね…本当に使わないでよ?」


「使わないよ。俺も正気を失うのは嫌だからな。それより、どうだ?」


「そうだね…取り敢えずやってみるよ。絶対に出来るという保証は無いけれど、それでも良いかい?」


「解毒薬というだけで、十分使えるんだ。もしかしたら…ってくらいに考えているから大丈夫だ。」


ここまでの流れで分かるかと思うが、現在、ザレインの効果を打ち消す為の物は、この世に存在していない。正確には、発見されていないだけで、存在しているのかもしれないが、小人族から貰ったキノコでも、市販されている解毒薬でも、医者が使う薬剤でも、ザレインの効果を打ち消せない。

しかし、スラたんの作る解毒薬が、ザレインの成分を分解する事が出来れば、今回の相手が使っている手札を、一つ潰す事が出来る。

ザナが中毒症状に陥っていたが、どうも今回のハンターズララバイとの戦闘では、このザレインという薬物が更に関わって来そうな予感がしている為、対策が必要だとは考えていたのだ。

例えば、俺達が密室に閉じ込められ、ザレインの煙を充満させられたら…なんて事も有り得ない話では無い。これを回避出来るのであれば、それは非常に心強い。


他にも、使い道は有る。ザナの時は、体内に含まれているであろうザレインの成分が怖くて、ハイネとピルテに吸血させなかったが、それを取り除けるのであれば、相手が中毒者でも、血の記憶を読み取る事が可能になる。

このザレインが、どのようなメカニズムで覚醒剤的な効果を生み出しているのかは分からないが、覚醒剤と似たような物ならば、ザレインの葉に含まれている成分が、脳を刺激し、脳から分泌される成分によって、興奮状態や万能感を引き起こしているのだと考えられる。つまり、ザレインの成分を分解出来たとしても、使用者本人が中毒症状から抜け出したりする事は出来ないと思う。症状を引き起こしているのは、あくまでも脳から分泌される成分であり、ザレインの中に含まれている成分ではないからだ。これは、ザレインを摂取した後に、この解毒薬を使っても、あまり意味が無いという事になる。

要するに、使用者ではなく、あくまでも吸血する際に、ハイネとピルテを守る物であり、使用者を中毒症状から助け出す為の物にはならないという事だ。

予防接種であって、治療薬ではない。と言えば分かりやすいだろうか。

スラたんによって作られる解毒薬が、どれだけの時間効いて、どれだけの効果が有るのかは分からない為、あくまでも上手くいけばの話だが、今後は中毒症状になっている相手からでも、関係無しに情報を入手出来るかもしれない。


「ただ、少し時間は掛かるよ?」


「どれくらい掛かる?」


「終着点は見えているから、それ程は掛からないけれど…二ヶ月……いや、三ヶ月かな。」


「結構掛かりますね…」


ピルテとしては、数日くらいだと思っていたのだろうか?


「いや。新薬の作製となれば、何年、何十年と掛かるのが当たり前なんだ。三ヶ月で出来上がるならば、随分と早い方だろう。」


「そうなのですか?」


この世界では、あまり薬学というのは一般的ではなく、医者が知っているだけの超専門知識だ。知らなくても仕方ない。元の世界でも、新薬の作製にどれだけの時間が掛かるかなんて、普通はあまり知らないだろう。かく言う俺も、詳しくは知らないが。


「ここでは認可とかが無いから、少しは早く出来上がるけれど、その分、安全性に関しては、しっかりしなければ怖いし、結局あまり変わらないかもね。」


「凄く失礼な事を言ってしまったみたいで…申し訳ございません。」


「いやいや。気にしなくて良いよ。ピルテさん達の旅が急ぎのものとなれば、遅いと感じるのは分かるからね。僕も出来る限り急ぐよ。」


「急かして悪いな。」


「気にしないで。ただ、色々と手伝ってもらうけれど、それは良いよね?」


「俺達に出来る事ならば、何でも言ってくれ。」


「それなら遠慮無くいかせてもらうね。」


ちょっと笑顔が怖く感じたが…元々社畜だった俺なら、大抵の労働には耐えられるはずだ。


「随分と話が脱線してしまったけれど、スライムについて、もう少し話をしておくね。」


「そうだったな。何の力も持たないスライム…だったよな?」


「うん。今までの話で、スライムという生き物が、この世界においても、かなり特殊で、不思議な生き物だって事は伝わったよね?」


「そうね。微生物…だったわよね。あんなので構成されている生き物なんて、他にはなかなかいないわよね?」


「だろうな。」


「似たような生き物もいなくはないんだけど、スライムが不思議な力を持った生き物だって分かったなら、取り敢えずは大丈夫だね。

今話したように、スライムには、微生物が居て、それによって物を分解し、吸収しているんだ。これは、どんな種のスライムでも同じで、強い弱いに関係無く、絶対に共通する事なんだ。」


「あのぷるぷるボディはどんなスライムでも同じだしな。」


「アシッドスライムのようなスライムは、微生物の持っている溶解能力に違いが有るだけ…という事ですよね?」


「ニルさんの言う通りだね。まさにそういう事で、スライムは微生物と共に生きているモンスターだと言えるんだ。どちらが死んでも成り立たない一蓮托生いちれんたくしょうの状態だね。

アシッドスライムなんかは、分解した後に残る物を強酸性にするような微生物を持っているんだ。残った酸は微生物が分解した後の物だから、スライムが死んでも、酸性の粘液が残るという事だね。

さて、こんな生き物であるスライムなんだけれど、僕は一体だけ、何の力も持たないスライムを発見したんだ。」


「微生物を持っていない…という事ですか?」


「いいや。微生物は持っているんだけど…君達になら見せても良いかな。実は、そのスライムを捕まえたんだよね。」


得意気に言ってくるスラたん。


「捕まえたのですか?!」


「見てみたい?」


「はい!是非!」


ピルテやニルが物凄く食いつく。正直、俺も見てみたい。


「しょうがないなー!」


全然しょうがない雰囲気の無い嬉しそうなスラたんが、手招きして奥の部屋へと入っていく。


俺達も同じように付いていくと、扉の奥は不思議な作りの部屋になっていた。


特に使い道も無さそうな岩や木が置いてあり、いくつも置いてある鉢植えに草が生えている。この部屋だけ、外の環境を再現したかのような部屋だ。


「最初に見た時は、ビックリして逃がしてしまったんだけれど、ここに来て、探し続けて五年。やっと見付けたんだよ。」


最初に見た時…というのは、恐らくゲーム時の事だろう。この豊穣の森で見付けたが、捕まえる事が出来ず、この世界に転移し、再びここに来て探し回ったと。五年も掛けるなんて、恐ろしい情熱だ。


スラたんが、部屋の中に入り、中に置いてある大きな倒木の一部に寄っていく。

そこには大きな穴が空いており、スラたんはその中に手を突っ込む。


「さあ。おいでー。」


まるで愛犬を呼び寄せ、抱くように取り出したのは、ほぼ完全な無色のスライム。核は他のスライムと同じように存在しているが、体の境界線が、辛うじて見える程度。


「な、何ですかそれ?!」


「触って大丈夫なのですか?!」


ピルテもニルもかなりビックリしている。


「俺も見た事の無いスライムだな…」


「私の知識の中にも無いスライムだわ。」


俺もハイネも、ちょっと興奮してしまうくらい、不思議なスライムだ。


「どう?凄いでしょ?!」


一番興奮しているのはスラたんだが。


「この子は、他のスライムと違って、触っても攻撃して来ないんだよ。」


スラたんに抱かれるのが初めてではないのか、腕の中でじっとしている透明なスライム。核がふよふよと動いて、俺達を観察しているようにも見える。


「普通のスライムでも、分解するという能力は、絶対に持っているんだ。でも、何故かこのスライムだけは分解しようとしないんだよ。」


そう言うと、スラたんは、透明なスライムの粘液の中へ、指を突っ込む。


普通に考えれば、指がただれて溶けていくのだが、そんな事は無く、核がふよふよ動くだけ。


「微生物が居ないのかと思ったけれど、顕微鏡で見てみた所、微生物は居たんだ。でも、粘液が僕を溶かそうとしないんだよ。」


「だから、何の力も持たないスライム…か。」


「うん。僕はピュアスライム、ピュアたんって呼んでるよ!」


ピュアたんて…いや、嬉しそうだから別に良いか。


「実は、ピュアたんは、溶解出来ないわけじゃないんだよ。それでは生命を維持出来ないからね。

栄養となる草や木、死んだ動物の肉なんかは溶かすんだ。でも、僕が触れても溶かさない。

そこから、微生物が核から指示を受け取って、作用しているのではないか…という仮説が出来上がったんだ。もし、スライムの中に居る微生物が、指示とは関係無く、触れた物を分解するならば、指を突っ込めば、溶けてしまうからね。」


「指示を受けて溶かすという仮説が正解だったとして…何故、スラたんはピュアスライムに溶かされないんだ?スライムにとって、人は敵…だと思うが。」


「それは分からないけど…僕に敵意が無いから…なのかなと思っているよ。」


「なるほど……それで、スラたんは、スライムにが有るなんて言い方をしたのか。」


敵意や善意を読み取って、攻撃するしないを人相手にするとなれば、本能ではなく、意思だ。それをピュアスライムがしているのだとしたら、スラたんが、敢えて意思だと言った理由も理解出来る。


「あくまでも、希望的観測ではあるけれど…僕には、どうも意思があるように感じてね。」


そう言ってピュアスライムを撫でるスラたん。そう言われてしまうと、どことなく、スラたんに懐いているようにも見える。


「確かに新種のスライムに見えるが…ピュアスライム自体には、何か特殊な力が有ったりはしないんだよな?」


「今のところ、何も確認できていないね。」


「………………」


「あっ!今使えないって思ったでしょ?!」


俺の頭の中を覗いたのか、スラたんが目を見開いて言ってくる。


「いや、そこまでは思っていないが…」


「ピュアたんの凄さが分からないなんて、それじゃあシンヤ君はスライム研究家になれないよ?!」


「いや、なる気は無いぞ…?」


不思議な生き物であるスライムの中でも、更に特殊な生き物であるピュアスライムが、スラたんの言う、スライム研究家界隈で貴重な存在だということは何となく分かったが、正直なところ、俺にとってはそれ程大切な存在では無さそうだ…と思っていた。


「貴重な事は理解したよ。ぷるぷるボディも触ってみたいが…」


「僕以外の人に触れても大丈夫なのかは分からないから、下手に触れない方が…」


スラたんが安全性を考えて断ろうとした時、ピュアスライムがスラたんの腕からグググッと抜け出そうとする。


「ピュアたん?」


ピュアスライムは、スラたんの腕の中から下りると、ゆっくり移動して、俺の方へと近付いてくる。


「な、なんで?!シンヤ君?!」


「いや、俺に聞かれてもな…」


「女性だけならず…スライムにまで好かれるというチート能力なの?!」


「そんな能力は絶対に無い。」


「ご主人様にそんな能力が…?!」


両手を口に当てて、わざとらしく驚くニル。


「無いからな?ニル?」


「ふふふ。冗談です。でも、ご主人様は誰にでも好かれる才能をお持ちですから、間違ってはいないかと思いますよ?」


「んー…そんな事は無いと思うがな…」


色々とあって、元の世界では人に好かれるというのとは真逆の生活を送っていたし…

ニルの言葉が嘘偽りの無い言葉だということは分かっているし、この世界に来て、仲良くなれた人達は大勢居る。でも、どうしても、俺はニルが言うようには、思う事が出来ない。考え方が卑屈ひくつなのかもしれないが、どうしてもそういう考え方が抜けないのだ。


そんな俺の思いなど知らないピュアスライムが、ゆっくりゆっくり近付いてくる。攻撃されるのかもしれないと思っていたが、全くそんな事は無く、俺の足に擦り寄って来る。


「くふー!嫉妬しちゃうよー!」


スラたんが悶えているが、何故俺に擦り寄って来るのか理解不能だ。


「何か…既視感の有る光景ですね。」


そんな光景を見て、ニルが呟く。


「そう言えば…ラトの時もそうだったな。」


ラトと初めて出会った時も、今と同じように、攻撃されず、興味を示して来た。あの時とよく似ている。


「もしかして…」


俺は左腕の紋章を近付けてみる。


すると、ピュアスライムが紋章に擦り寄って、興味を示しているのが分かる。


「このピュアスライムも…」


まさかの聖魂だったらしい。どう見てもスライムなのだが…スライムの聖魂という事なのだろうか…?


スラたんには悪いが、ベルトニレイとの約束で、聖魂は契約を施して島に送らなければならない。


「スラたん。悪いな。」


「えっ?!何?!えつなの?!悦に浸っているの?!」


違う意味で言ったんだが…まあ、面白いから良いか。


俺は契約の魔法を施す為、聖魂魔法を発動させる。

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