第374話 スライムとは

「連れてきたよー!」


ハイネとピルテを連れて戻ると、二人を椅子に座らせるスラたん。


「スライムの研究について話を聞かせてくれるのよね?」


「そうだよ!スライムの素晴らしさについて、とことん!話し合うのさ!」


「目が怖いぜ…」


スラたんはやる気だ。


「そうだな…まずは、今さっき、僕が話していた何の力も持たないスライムについて話をする前に、普通のスライムについて話をする事にするよ。」


「そうだな。宜しく頼むよ…」


「なんだいシンヤ君?嫌そうだね?」


「そんな事は無いさ…」


「ふふふ。」


ハイネ達は俺の反応に不思議そうな顔をしているが、ニルだけは小さく笑っている。


「そんな事はないなら始めるとしようか!それじゃあ…そうだな。まずは皆がどれくらいスライムについて知っているのか聞きたいし……Dランクとされている、一般的なスライムについて、皆はどれくらい知っているかな?」


「あの、水色のスライムの事ですか?」


「うんうん。それそれ。」


「そうですね…スライムは、基本的に核が有って、それが弱点になっています。魔法は効き難いですが、大抵の者に倒せるくらいのモンスターです。

基本的には森や林のような場所に生息している事が多いですが、そうではない場所、例えば荒地、岩場、山、水辺…とにかく沢山の場所に生息しています。」


ピルテが一般常識の範囲内で、スライムについて語ってくれる。


「……後は、スライムの死骸は、軟膏の原材料として使える。ホーンラビットの角と薬草、スライムの死骸を混ぜ合わせると、効果の高い傷薬が出来る事を確認している。」


俺は、この世界に来て初めて作った強化型傷薬について、スラたんに報告する。これは一般的な常識の範囲外だ。


「さっすがシンヤ君!普通は知らないような事も知っているなんて、スライム愛が感じられるよ!」


「そこに愛は無いがな。」


「またまたー!謙遜は要らないよー!」


「断じて!断じて謙遜ではない!」


「シンヤ君は謙虚だねー。と、それはまあ良しとして、スライムの認識って、大体はピルテさんが説明してくれたくらいの知識だよね?」


「謙虚とかでもないが……まあ、そうだな。スライムの死骸についても、偶然見付けただけだからな。寧ろ、スラたんがそれを知っていた事の方が驚きだ。」


「僕も伊達にスライム研究家を名乗っていないよ。スライムの死骸は、かなり特殊な粘性の高い物だからね。色々な物に使えるだろうとは思っていたんだ。沢山の物と混ぜ合わせては効果を確かめてみたよ。」


「ホーンラビットの角と薬草もか?」


「勿論だよ。」


どちらも簡単に手に入る物だから、知っていても不思議は無い。


「強化された傷薬は、世間には出回っていなかったが?」


「僕って研究はするけど、発表には興味が無いからね。僕の研究結果は、あまり世間には出回っていないんだよ。お金には困っていないし、研究結果でお金儲けするつもりも無いからね。」


トッププレイヤーレベルではなくても、長くファンデルジュをプレイしていた者達は、それなりに金銭を稼いでいる者達が多い。人によってはその辺の貴族よりお金を持っていたりする。そんな、元プレイヤーは、普通に暮らしていくだけならば、使い切れない額を持っている為、新たに金儲けをする必要など無いのだ。


「まあ、お金の話より、今はスライムの話だよ。

大体の知識は分かったから……そうだな。まず、皆は、スライムって、何を食べて生きていると思う?」


「スライムは雑食性だから、草木や、動物、モンスターの死骸とかか?」


「うん。正解。スライムは植物、動物問わず粘液の中に取り込んで溶かして、自分の栄養源にしているんだ。但し、土や岩、金属等は食べない。」


「そうね。張り付いているのは見た事が有るけれど、食べているって話は聞いた事が無いわね。」


「だからこそ、物理的な攻撃、つまり、スライムが食べない、溶かせない物での攻撃が有効なんだ。剣や鈍器だね。」


「普通のスライムを討伐する際の、最も有効な手段ですね。」


「うんうん。じゃあ、もう一つ。スライムは、何故弱点である核なんかを持っていると思う?」


「それは…核が本体だから…と言われていますね。」


「そうだね。わざわざ弱点を作る必要なんて無いからね。核が本体で、それを保護している粘液は、核を保護している保護材の役割も果たしているんだ。

保護材の中で溶かした栄養源を、核が吸収する事で栄養を確保しているわけだね。

つまり、人の体で言えば、胃液みたいな物で包まれているという事になる。」


「そう言われればそうだな。」


「でも、殆どどんな植物や動物でも溶かせてしまう胃液って、とてつもなく驚異的な力を持っていると思わないかい?

スライムは、それが例え腐っていようが、毒を持っていようが、関係無しに栄養として取り込んでしまうんだよ?つまり、有機物であれば、どんな物でも全て分解し、吸収出来てしまうって事になる。」


「そう言われると、何だか凄い生き物に見えてくるわね…」


「実際に凄いのさ。強靭な胃をもった生き物やモンスターは色々と存在するけれど、どんな物でも分解し、吸収出来てしまう生き物というのは、恐らくスライムだけだと思う。」


スラたんの言うように、どんな毒も分解し、吸収してしまうような生き物など、考えてみても思い当たらない。


「しかも、スライムは、金属をも溶かして吸収してしまうアシッドスライム。本当に何でも溶かしてしまうラージスライム等、沢山の種類が居る。それら全てを合わせて考えた場合、この世にスライムに溶かせない物は無いとさえいえるだろうね。」


これは大袈裟な話では無いという事は、そういったスライムと戦った事のある者にならば、直ぐに分かるだろう。実際に、武器や防具、果ては仲間を溶かされたような者達も居るのだから。


「でも、こんなに凄いスライムの粘液なのに、どうして森が壊滅したり、地面にスライムが溶かした穴が有ったりしないのかな?何でも溶かしてしまう粘液ならば、触れている地面も溶かしてしまうよね?」


「それは……」


何でも溶かしてしまう液体を、地面の上にぶちまけたら、当然地面を溶かしてしまう。そうなっていないのは何故か…


「土や岩は溶かせないから…?」


「不正解。ラージスライムに土魔法を使って岩を体内に入れてみると、一瞬で溶かしてしまう。つまり、土や岩も溶かせるんだよ。」


ラージスライムは、本当に何でも溶かしてしまう為、光、もしくは闇魔法を使って攻撃しなければならない。これは、冒険者の間で有名な話だ。


「スライムの粘液の表面には、溶かす効果が無い…とかでしょうか?」


「それも不正解。実際にスライムに触れてみると、ジワジワと溶かされるからそれも違うと分かるはずだよ。」


「触れるって……まさか、本当にやったのか?」


冗談だと思っていたが、スラたんは真顔。


「勿論!スライムと触れ合えるのに、それをしないなんてナンセンスだよ!」


「ナンセンスはお前の思考回路だろう…」


溶かされると分かっていて触れる奴がいるとは…


「あのぷるぷるボディを見て、寧ろ触れないという選択肢が出来る方が僕にとっては驚きだけどね。」


「ご…ご主人様のご友人は、とても変わって……個性的ですね。」


ニル。言い直したが、それは既に言ってしまったのと変わらないぞ。


「これは趣味だからね。理解して欲しいとは思わないし、してもらえるとも思っていないさ。」


「も、申し訳ございません…」


「あー!いやいや!嫌味で言ったわけじゃないよ!本当に、そう思っているんだよ。自分の好きな食べ物を、他人も絶対に美味しいと感じるかと言われたら、そんな事は無いでしょ?僕の趣味はそういうものだって分かっているからね。」


「超ゲテモノだがな。」


「シンヤくんは相変わらず容赦が無いねー。でも、それを僕が好きだということに、文句を言う権利は誰にも無いはずさ。」


「まあ、それはスラたんの意見に賛成かな。」


趣味なんて人それぞれ。他人の趣味を笑うのも、貶すのも、間違った行為だ。


「シンヤ君の芯がハッキリしている所、僕は凄く感心するけど…今は話を戻そうか。

スライムが、何故地面を溶かしてしまわないか。色々と試してみたけれど、結論としては、スライムので、溶かす溶かさないを決められるんじゃないかって思ったんだ。」


「スライムに意思……ですか?」


スライムを見れば分かるが、脳なんて付いていないし、意思が有るとは思えない。ぷるぷるしているだけのモンスターだ。

だが、スラたんの仮説は、一応理にかなってはいる。


「正確に言うと、核が脳で、粘液が体…ってところかな。

スライムが死ぬとどうなるか、皆は知っているかな?」


「粘液が白濁し、何も溶かさなくなります。」


「ニルさんの言う通りだね。でも、スライムの粘液が、ただの物を溶かす液体だとしたら、核が死んだ後も、同じように全てを溶かす粘液であり続けるべきだと思わないかい?

そもそも、何故核の周りにのみ留まり続けているのか、不思議に思わないかい?」


「スライムの粘液が流れ出ていかない理由か…」


魔法で形状を留めている…としたら、死んだ後、白濁し効果を失う理由を説明出来ない。


「言われてみると、かなり不思議ね。」


「でしょ?!やっぱり不思議だよね!」


スラたんがヒートアップしてきたなー…


「そこで、僕は仮説を立ててみたんだ。

スライムの核は、周りの粘液に対し、何かしらの方法で指示を出していて、溶かす溶かさないや、形状の維持を指示しているのではないかとね。

言ってみれば意思さ。」


「それは言い過ぎじゃないか?」


「まあ、シンヤ君はそう言うよね…正確に言うならば、本能。かな。」


スラたんとしては、念願のスライムと意思疎通をしたいなんて願いから、意思という言葉を使ったのだろうが、本能の方が正しい表現だ。


「今の議論にはどちらでも構わないから、一先ず本能として…どちらにしても、核が指示を出し、粘液が物を溶かすか否かを決めているのだと仮定したんだ。

でも、この仮定を考えた時、例えば単純な酸や塩基のような液体では成り立たないと思わないかい?」


「酸…に、塩基ですか?」


ピルテは何を言われているのか分からず、首を傾げている。ニルは色々と教えているから、多少理解出来ているみたいだ。


「そう言えば、そういう概念が無かったね。

金属を溶かす液体に、溶かすな!溶かせ!って指示を出しても、言う事を聞いてくれるとは思えないよね?って事だね。」


「相手は液体ですから…言う事を聞くも何も無いと思います。」


「うんうん。例え魔法の力でも、それは難しいと思うんだ、でも、それを可能にするような物に心当たりがあってね。それを探し出したのさ。これでね。」


そう言って、スラたんか取り出したのは、お手製の顕微鏡けんびきょう。流石に向こうの世界で見た物と比べると、酷く原始的な感じがする物ではあったが、顕微鏡というのは、平たく言えば虫眼鏡の強化版みたいなものだ。レンズさえあれば、事足りる。そして、そのレンズも、この世界における魔法ならば、簡単に作れるだろう。原理さえ知っていればだが。


「顕微鏡か。つまり…」


「そう。微生物さ。」


「ビセイ…ブツ?」


「すっごく簡単に言ってしまうと、目に見えない程に小さな生き物だね。」


「目に見えない程…」


「実際に見せた方が早いかな。ここには、豊穣の森の水場から持ってきた水をセットしてあるんだけれど、ちょっと覗いて見てみて。」


顕微鏡をテーブルの上に乗せ、ピルテが覗き込む。


「うわっ?!な、何ですかこれ?!うにょうにょしてます!」


うにょうにょって…可愛い反応だな。


「わっ…本当ね…」


「これが、微生物。水の中に潜む小さな生き物さ。」


「豊穣の森……怖いですね……」


「豊穣の森に限らず、色々な水場に生息しているよ。綺麗な水に見えても、微生物って意外と居るからね。」


「え?!わ、私達…何度か……」


旅をしていれば、綺麗な水場で水を飲む事だってあるし、体を洗う事もある。

微生物というのは、目に見えないから、普段は気にしないが、こうして見えてしまうと恐ろしく感じるものだ。俺も顕微鏡で微生物を初めて見た時は、同じような感情を持ったのを覚えている。


ニルも見せてもらっていたが、青い顔をした後、何も言わずに座ったところを見るに、嫌な気分になったのだろう。


「基本的には、人の体内に入ると死んでしまうから、気にする事は無いんだけれど、汚れた水を飲んでお腹を壊したりするのは、こういう微生物の影響だったりするんだ。だから、水は一度沸かして飲むんだよ。こういう微生物を殺す為にね。」


「私…二度と生で飲まないと決めました…」


「私もよ…」


「ご主人様が、出来る限り、水は一度沸かしてから飲むようにと言っていたのは、こういう事だったのですね…」


元の世界では、誰でも習うような事だし、当たり前の感覚だが、こちらでは当たり前ではない。説明しても、なかなか分からない為、説明はしてこなかったが、こうして目に見えるとよく理解出来る。


「これで、この世界には、こういう生き物が居るという事が分かってくれたと思うけど、これと同じようなものが、スライムの粘液の中にも居るんだよ。

こっちは、スライムの死骸から採取した粘液なんだけど…」


ハイネもピルテも、そしてニルも、恐る恐る顕微鏡を覗き込む。


俺も覗き込んで見ると、アメーバのような透明の生き物が見える。


「これも微生物なのですか?」


「そうだね。僕も微生物に詳しいわけじゃないから分からないけど、少なくとも、スライムの粘液以外では見られない物だね。」


「これがあらゆる物を溶かす原因か?」


「これは普通のスライムの粘液だから、有機物のみを溶かす微生物だね。他のスライムも確認してみたけれど、種類によって、若干異なる形状の微生物が居る事は確認出来たよ。

つまり、スライムは、この微生物に電気的な…もしくは魔法的な方法で指示を出しているんだと思う。

生きているスライムを顕微鏡で見るのは難しいから何とも言えないけれど…この微生物が、それぞれのスライムの色を決めていて、死ぬと色素が抜けて、白く白濁したような状態になるのだと思う。」


「イカみたいだな。」


イカは、締めると白くなる。あれに似ている気がする。


「同じような原理だと、僕も考えているよ。

イカの場合は、色素細胞が筋繊維によって引き伸ばされたり、緩んだりして色が変わるらしいから、微生物とは違うけれどね。多分、スライムの場合は、核が生きている時は、このアメーバみたいな微生物も別の形をしていて、死ぬとそれが崩れてしまい、白くなるのではないかな。」


スライムが死に、微生物も死ぬと、死骸は物を溶かすという効力を失うという事だ。スライムの種類によっては酸が残ったりするが、あくまでも酸としての特性のみが残っている為、微生物は関係無いのだろう。


「……これって、とてつもない発見…ではないかしら?」


ハイネが、少し考えを巡らせた後に、スラたんの顔を見て言う。


この世界には、微生物という概念が無いから、そもそも顕微鏡で微生物を見るということ自体が、とてつもない発見だと思う。

元の世界でも、微生物の発見者の名前は、後世にも語り継がれている。微生物の発見によって、医療や化学、その他多くの分野に多大な影響を与えてきたはずだ。それと同じ事をしたのだから、とんでもない事だ。残る名前が『スラたん』というのはちょっと気の抜ける響きだが…


「そうだね…でも、微生物は僕が発見したわけじゃないから、発表するつもりは無いよ。当然、スライムの粘液に微生物が含まれている事もね。」


「…だとしたら、私達も、ここだけの話にした方が良さそうね。ここで聞かなければ、自分で発見する事なんて絶対に有り得ない事だったわけだし。」


「そうですね。お母様の言う通り、ここだけの話にしましょう。」


「秘密を持たせてしまって申し訳ないね。」


「そういうのはシンヤさんで慣れているから、気にする必要は無いわよ。」


「俺のせいなのか…?」


「ふふふ。」


色々と秘密にして欲しい事も喋ったが…いや、俺のせいか。


「それで、スライムの粘液に微生物が含まれている事が分かって…それで終わりじゃないんだろ?」


「勿論。スライムの分解能力が、微生物によるものだと分かった以上、その微生物を別に取り出す事が出来れば、色々な事に使えると考えたよ。

本来は埋めるしかないようなゴミも、全て溶かす事が出来るし…僕としては悲しいけれど、武器としても使えるだろうからね。」


「何でも溶かす粘液か……武器としては、かなり優秀な物になるな。でも…」


「言ってしまえば、細菌兵器と変わらないからね。優秀な武器は、それだけ危険な物になる。それがどんな結果を招くにしろ、危険な事に変わりは無いよ。そんな物を、僕が作り出せると思う?」


「まあ…無理だわな。」


スラたんは、基本的には戦闘を好まない。元の世界では研究員、こっちでも研究家。どれだけ時が経っても、戦闘大好きな人間にはなれないだろう。

自分の作り出した技術が、確実にこの世界の多くの命を奪うと知っていて、それを作り出そうとは思わないはずだ。


「小心者と笑うかい?」


「いいや。賢者と称えるさ。」


「凄く良さそうな武器が作れそうなのに…過ぎた力を持つのは、危険という事ね。」

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