第373話 転移者

スラたんの口から、ストロブという言葉が出てくるとは……


「ストロブって…神聖騎士団の本拠地だよな?!」


「うん、そのストロブさ。行ったことも無かったんだけれど、何故かストロブの中で目が覚めてね。」


スラたんの転移後の行動を聞いてみると…


ストロブで目が覚めたスラたんは、とにかく偉そうな人にいきなり会う事となり、半強制的にデカい城へ連れて行かれたそうだ、

そして、そこで色々な話を聞かれ、聞かされたそうだ。


まず、スラたんが転移してきたという事は、その偉そうな者が既に知っていて、こちらでは転移者が渡人と呼ばれている事や、他の者には使えない魔法が使える事を伝えられた。

ファンデルジュのキャラと同じ顔、同じ設定の世界であった為、何が起きているのか理解は早かったらしい。


魔法が使える事や、自分の体がゲーム内のものと同じステータスを持っている事は直ぐに分かり、とてつもなく嬉しくなったそうだ。

ここでも一つ、俺とスラたんの違いがあった。それは、こちらに来てからも、ステータス画面は文字化けしておらず、普通に見られるらしい。


そして、最大の違いは、スラたんとこちらの世界へ来た転移者が他にも何人か確認されている…という事だった。


「転移者の名前や正確な人数は?」


「それは分からないんだ。聞く前にストロブを抜け出して来てしまったからね。」


「抜け出して…?」


「転移物の話によくある事さ。勇者として魔王を倒してくれ…的な話だよ。」


「勇者?」


「ストロブの中でのみの呼び名さ。こっちでは勇者なんて言葉は使われていないよ。」


「まさか、聖騎士の事か?」


「そういう事だね。」


「勇者に魔王…まさにテンプレートだな。」


つまり、その転移者達は、転移物の小説や漫画で言う所の、主人公みたいな転移を果たし、魔王討伐の為、世界を救う為に頑張っている…という所だろうか。世界情勢を知らないというのに、言われた事を鵜呑みにして頷くなんて、盗賊が自分勝手に人から物を盗むより余程タチが悪い。


「でも、僕はそんな事に興味は無かったし、話に色々と不安を感じたから、逃げ出したんだよ。」


「不安を感じたって言うのは?」


「だって、いきなり転移してきて、勇者になれ!だよ?これで僕が中学生なら、燃える展開なのかもしれないけれど、言っても二十三歳。そういうのに燃える歳は過ぎているからね。寧ろ、無理無理!ってなるでしょう?」


普通に考えたら、よく知りもしない世界の為に勇者として働け!って事だ。しかも命まで賭けて。誰でも嫌だろう。

それに、ファンデルジュでは魔王を倒すのが目的かもしれないと言われていたが、魔族と戦った事も、話した事も無いのだ。ゲームの中という感覚ならば、あまり気にしないかもしれないが、リアルに五感で感じられる世界で、直ぐに殺し合いが出来るなんて、俺のように壊れている奴か、頭がお花畑な奴くらいだろう。いや、俺も最初は頭お花畑だったか…


「それに、そいつは意味の分からない事を言い出してね。僕はそれを聞いて出ようと決めたんだ。」


「何を言われたんだ?」


「それがねー…死んだら元の世界に戻れるからって言われたのさ。」


「死んだら?それ、どうやって確かめたんだ?」


「でしょう?!意味不明だよね?!何か、神様がどうのとか言っていたけれど、神様から直接聞いても信じられるか怪しいのに、その男から聞かされても、何の説得力も無いよね!?

どう考えても信用出来ないと思って、このままストロブに居たら酷い事になりそうだって感じてね。直ぐにストロブを出たんだよ。

他の転移者の事は気になったけれど、他の人達はストロブに加勢する意向を示したって言っていたから、僕だけで抜け出して来たんだ。僕の予感が外れていて、単純なRPGみたいに、勇者と魔王の構図って可能性もあるからね。

でも……ファンデルジュをプレイしていたなら分かると思うけれど、あのゲームはプレイヤーをとことん追い詰める鬼畜の設定だったでしょ。そんな単純な話だとは思えなくてさ。

どちらにしても、僕にとっては、ストロブに残るより、夢にまで見たスライムと直で触れ合える方が大切な事だったからね。

一応、世界の地図はそれなりに頭に入っていたから、ストロブから離れるように北へ向かって来たんだよ。」


「……ストロブ…というか、神聖騎士団は、スラたんを快く見送ったのか?そうは思えないんだが…」


話を聞く限り、プレイヤー達を取り込んで、聖騎士として抱き込み、世界を蹂躙する…というのが大きな流れだろう。ここまでの事を考えても、間違いないはずだ。

そんな戦争を前に、トッププレイヤーに次ぐ実力とはいえ、この世界ではかなりの強者だ。敵に加担されれば厄介極まりない。神聖騎士団が、そんな者を簡単に逃がすとはとても思えない。


「シンヤ君の言う通りだよ。ストロブは、直ぐに僕を捕まえようと兵を何人か動かしたんだ。まあ、僕が本気で隠れたら、シンヤ君達レベルのプレイヤーでも、なかなか見付けられないんだから、見付かることは無かったけれどね。

でも、神聖騎士団に追われている事に変わりは無いから、この豊穣の森に逃げ込んで、家を建てたのさ。ここなら人は殆ど…というか、全く来ないからね。」


「そういう経緯でここまで来たのか…大変だったな…」


スラたんがどういう旅をしてきたのかは分からないが、盗賊と戦闘したという話も聞いたし、荒事も何度かは経験しているはずだ。神聖騎士団に追われていたのならば、尚更だろう。お互い、なかなか辛い旅を経験しているようだ。


「神聖騎士団は、今もスラたんを追っているのか?」


「どうだろう…僕がストロブを抜け出してから、約十年が経っているからね…流石に諦めてくれていると嬉しいんだけどね…」


「えっ?!ちょっと待て!十年?!」


「うん。僕がこの世界に来たのは、約十年前の事だよ。シンヤ君は違うの?」


五年と聞いて驚いていたが、まさか十年前だとは…


「……俺がこの世界に来たのは、ザックリと一年前だ。」


「え?!一年前?!僕達と送られて来たタイミングが違う…?」


「いや。俺もファンデルジュがリリースされてから約二年後にメッセージが届いて、こっちに来たんだ。恐らく、送られた時期は、ほぼ同じタイミングだろう。」


「なのに十年も違いが…?」


「それも気にはなるが……スラたん。十年前とは言っているが、俺が見ていたスラたんのキャラとどこも変わらないよな?十年と言ったら、それなりに身体的な変化も有って然るべきだと思うが…?」


「それは、僕もよく分からないんだよね…確かにこの体は歳をとっていないように感じるし、外見的な変化も無いんだよね…」


「……それって、多分、俺もだよな?」


思い出してみると、守聖騎士ライルも、姿形にほぼ変化は無かった。つまりライルも間違いなくプレイヤーだろう。ということは、中身は恐らく榎本 竜也。そして、スラたんの言っていた別の転移者の一人は、ライルの事だろう。

スラたんとライルの二人の体に、年月による老いが生じないのであれば、俺の体も十中八九、変わらないはずだ。


「シンヤ君も同じだろうね。確たる証拠は無いけれど。」


「だが、髪や爪は伸びるし…どうなっているんだろうか…」


爪や髪が伸びるということは、死んだ細胞が押し出されているという事だ。つまり、体の成長というのか、老化というのか…それは起きているように思えるのだが…


「これは僕の推測でしかないけど、こんな体を作り出せるんだから、髪や爪だけが、普通の人と同じように伸びるという技術も、作り出すのは可能なんじゃないかな?」


「作り出すって…」


「僕達がこの世界に来て入っていた容器。覚えているよね?」


「ああ。」


「中に入っていた液体は、水では無かったし、僕の知らない液体だった。培養液のようなものだったと仮定すると、僕達の体は、何者かに作られたと考えるのが自然じゃないかな?」


「つまり…精神だけがこちらの世界に転移してきたって事か?」


「あくまでも推測だけどね。」


元々の自分の体とは違う体に入っていて、自分が海堂 真也だと認識出来る時点で、精神だけが移されたと考えるのが自然だ。恐らくスラたんの言っていることは間違っていないだろう。


「こちらの世界に容れ物として作られた体。つまりホムンクルスだね。技術的な事とかは全く分からないけれど、不老の存在と言われても、何となく納得出来てしまいそうになると思わない?」


「…人の体一人分を作るんだから、他の不思議が有っても不思議ではないように感じるな。」


「でしょう?でも、この世界に十年も居たけれど、ホムンクルスの事については、都市伝説すら聞いた事が無いんだ。この世界の全てを調べたわけじゃないから、僕の調べていない場所には有る技術なのかもしれないけど、少なくとも、そういう者を見た事は一度も無い。」


「俺も、割と色々な場所に訪れたが、そういう類の話は一度も聞いた事が無いな……ニルは何か聞いた事があったりするか?」


「いえ。そんな奇っ怪な話は一度も。」


ニルは首を横に振る。


「後は魔族とか魔王とかが何か関係しているかも…って考え方は有るけれど、それならば、僕達はストロブではなくて、魔界に転移して来なければおかしな話だからね。」


一番可能性が有るのは、魔族の連中だろう。特に、魔女はそういう実験をしていそうなものだ。だが、スラたんの言う通り、魔族がそんな技術を持っているのだとすれば、それを宿敵であるストロブが持っているのはあまりにも納得がいかない。

ホムンクルスを作り出せるとなれば、兵士が無限に作り出せるという事に繋がる。しかも、キャラ時のステータスを持った体を作れるとなれば、恐ろしい部隊の完成だ。わざわざ敵国に渡すような事はせず、恐ろしく厳重に保管されているはず。その情報が漏れ出たとは考え難い。


「魔族は関係無さそうな話だな…」


一応、後にハイネとピルテに聞いてみようと思うが、何も知らないだろう。渡人すら知らなかったのだから。


「でも、この技術、増兵に使うのが一番最初に思い付く利用方法だけど、そういう事には使えないのかもしれないね。」


「そうなのか?」


「この体に、僕達の精神が入っているのが証拠だと思うよ。

もし、単純にホムンクルスを作り出して、兵として使えるなら、わざわざ精神を移さなくても良いし、兵士として既に利用されているはずだよ。

でも、そんな奴は見た事が無いからね。恐らく、精神という物が無い、本当にただの容れ物としての役割しか無いんだと思う。」


「容れ物だけでは動けないから、精神が必要…で俺達の出番って事か?」


「ここまで来ると、最早推測にも及ばないような想像の範囲だけどね。

そうだな…例えるならば、キャラとプレイヤーが一つになった…ってところかな。」


「キャラとプレイヤー?」


「ファンデルジュというゲーム。その中のキャラ。

彼等は、プレイヤーという精神が入らない限り、勝手に動いたりはしない。でも、一度プレイヤーが操作をすると、キャラに精神が宿る。

プレイヤーによって、戦い方、癖、考え方は違う。所謂プレイスタイルだね。」


「……なるほど。プレイヤーが精神って事か。そう考えると、まさに一つになったってことだな。それにしても……」


容れ物だけは作り出せるが、人として行動させるのは無理。だから、どこか別の場所から精神を引き込んで来る。話は理解出来るが…あまりにも現実から遠い所の話のような気がしてしまう。

精神をこちらに呼び寄せる為の魔法でも有るのだろうか?聖魂魔法にさえ、そんな力は無い。それを神聖騎士団が持っていると…?ならば何故、俺はポポルの街で目覚めたんだ?


よく分からない。まとまらない考えがひたすら頭の中をグルグルと回り続ける。


「僕は、十年間、それについて考えてはいたけれど、未だに答えは出ていないから、考えるだけ無駄だと思うよ。」


「……それもそうだな……」


俺の中に答えは無いし、考えたところで、答えに辿り着けるような問題とも思えない。


「でも、イベントをクリアしていけば、いつか辿り着ける気もするな…」


今まで、俺の道標的な役割を持っていたイベントの発生。それを追い続ければ、いつか全ての答えに辿り着ける。何故かそんな気がしている。


「イベント…?」


そんな俺の言葉に、スラたんが疑問を返してくる。


「ああ。たまにピコンッて鳴って、イベントが発生するだろう?あれの事だ。」


「…………ん?」


「…………ん?」


首を傾げるスラたんに、俺も同じように首を傾げて見せる。


「もしかして、シンヤ君には、イベントの発生が起きて、それがウィンドウとして見えているの?」


「え?スラたんには無いのか?」


「うん。僕はこっちに来てから、一度も見た事が無いよ。」


「えー……」


ここでも矛盾点。


どうやら、あのイベント発生表記は、俺にしか発動しないらしい。


「僕の場合、十年の内、殆どをここで過ごしていたからかもしれないけど…」


生活に変化が無くて、スラたんにはイベントが発生しなかった…とも考えられなくはないが、ストロブを出る時や、盗賊との戦闘。色々とイベントが発生しそうな事柄は有ったはず。


「俺だけに見えるのか…?どうなっているんだ…」


頭がパンクしそうだ…


話の相違点をまとめると、俺達の転移時期に十年の誤差が有る。

十年前に転移してきたのは、スラたん以外にも何人か居る。

俺にはステータスが見えないが、スラたん達には見える。

逆にイベント表記は、俺には見えて、スラたん達には見えない。

この四点だ。


「ホムンクルス云々は置いておいて……スラたんのステータスってどうなっているんだ?」


「そうだね…僕が記憶している、ゲーム時最後のステータスとほぼ変わらないと思う。正直、スライム以外の事にあまり興味が無かったから、自分のステータスって細かいところは覚えていないんだ。」


「それは今もか?」


「十年で色々と有ったから、少しは上がったけれど…あまり上がっていないかな。」


「まあ、普通はそんなに戦闘したいとは思わないからな…」


命を失う可能性が有るのに、わざわざ危険な戦いに挑む奴は、相当な馬鹿だ。


「誰が馬鹿だって?!」


「うえっ?!」


「あ、すまん。セルフでメンタルに入れたツッコミだった。」


「何言っているのかよく分からないからね?!びっくりするから止めて?!」


「すまんすまん。」


「でも、正直、この世界ではステータスを上げる意味が最早無いとと思うよ。僕達、この世界ではかなり強い部類に入るみたいだからね。」


「まあ、そうだな。最強とは言わないが、かなり強い部類だな。」


「それも、二年諦めずに頑張ってきたからなんだけどね。」


「あの鬼畜なファンデルジュをやり続けてきただけの事はあったな。」


「だねー…正直、もう一度最初からってなったら、諦めてたよ。」


「だよな…それにしても、スラたんはスライムの研究ばかりしていたみたいだけれど、どうやって神玉を手に入れたんだ?」


「神玉…?そんなもの手に入れてないよ?」


「そうなのか?俺はそれを手に入れたからこっちに来たんだと思っていたが…」


神が作ったとか、不思議な力とか、それっぽい表記が有ったから、当然、あれが原因だと思っていたのだが…


「何か特別な事をして、この世界に来たのか?」


俺が持っている神玉は二つ。一つは最難度ダンジョンのクリア報酬。もう一つは、オウカ島でのシークレットイベントクリア報酬。

どちらもかなり大変ではあったが、関係性は無いように思う。ただ、捉え方によっては偉業を成した…とも言える。自分で言うのも恥ずかしい話だが…

つまり、スラたんが偉業を成したとすれば、呼ばれた理由がそれだと理解出来る。


「んー…特別な事は、特に何もしていないよ?いつものようにスライムを研究していただけだからね。」


「まあスラたんはスライムの研究しかしていなかったからな。でも、その中で、何か特別な発見をしたとか、そういうのは無いか?」


「あー!そう言えば!」


ポンと片手を拳にして、もう片方の手に打ち付けるスラたん。


「ゲームだった頃の最後の頃に、新種のスライムを発見したんだよ!」


「それっぽいな。どんなスライムなんだ?」


「ふっふっふっ。聞いて驚け!実は、何の力も持たないスライムを見付けたんだよ!」


「何の力も持たないスライム?」


「ああ!」


「…………で?」


キラキラして最高潮のスラたんに対し、俺とニルは何が凄いのか全く分からず、俺とニルはポカーンとしてしまう。


「いやいや!これの凄さが分からないの?!」


「全然分からないな。ニルは分かるか?」


「い、いえ。私にも…」


「これは一から色々と話をしないと駄目みたいだね。」


そう言って腕捲うでまくりするスラたん。


「あー…折角なら、ハイネとピルテも呼んで話を聞くとするよ。」


ハイネも興味が有ると言っていたし、何より、こうなったスラたんの話は、とにかく長い。その間放置するわけにはいかない。


「それもそうだね!僕が呼んでくるよ!」


嬉々として二人を呼びに行くスラたん。


「ニル……」


「はい?」


「覚悟しておけよ。あいつのスライムについての話は長いぞ…」


「ふふふ。ご主人様がそんなに青い顔をする程なんて、余程なのですね。」


「余程どころの話じゃないぞ。本当に超長いんだから。」


「覚悟しておきますね。」


ニルは微笑のまま優しい目をしてくれているが、分かっていない。本当に長いんだ…

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