第372話 スラたん!

こいつもザレインをキメているのかと思うようなテンションだが、このテンションは、スラたんの通常運転だ。


「あまり変な事ばかり言っていると、この世からスライムが消え去るまで殺しまくるぞ?」


「なっ?!何という野蛮な!そんな子に育てた覚えはありません!」


「育てられた覚えも無いっての。まあ、スライムってのは数だけは多いから無理だろうがな。」


って何さ?!って!僕はそういうの聞き逃さないからね!」


何とも鬱陶し……うるさ……元気な奴だ。


現実世界では友達など居なかった俺だが、ネット上には何人か知り合いが居た。その中でも、特別テンションが高い…というか変な男だったという記憶が鮮烈に残っている。


「ご主人様のお知り合いの方…何と言いますか…凄い方ですね?」


「言葉を選んでくれてありがとう。でも、この男に遠慮は要らないぞ。変な奴だと言ってやれ。理解し難いとな。」


いつもは俺が言われているから、たまには別の人が言われても良いじゃないか!うん!


「い、いえ、ご主人様のご友人にそのような事!」


ニルは俺とスラたんのやり取りを見て、ある程度警戒心を解いたようだ。俺達に危害を加えるつもりならば、最初に会った時に出来た。それをしなかったということは、彼は神聖騎士団や黒犬とは関係ないはずだ。ただ、何も無いままに信用するのは怖過ぎる為、取り敢えず話を聞きたい。


「何でも良いから、そろそろ家に行って話を聞かせてくれ。このままではいつまで経っても話が出来ない。」


「それもそうだね。それじゃあ、こっちだよ。」


豊穣の森の内層を、スラたんに続いて少し進むと、何とも場違いな一軒家が現れる。

石造りの立派な一軒家だが、どこか和風な感じがする。瓦が乗せられていたり、全体的なシルエットが日本風だ。それなのに、石造りだったり、煙突がついていたり…和洋折衷わようせっちゅう的な感じではあるが、上手く調和が取れていないように見える為、酷く歪な感じというのか…変な建物だ。

建物自体は、岩場に接するように建てられており、背面を岩が守っているような状態である。


「どうかな?!僕が自分で作ったんだよ!」


「変だな。」


「変ですね…」


「変ね。」


「変だと思います。」


「そんなに言われるの?!僕の中で変のゲシュタルト崩壊が起きてしまうよ?!」


「変でも安全で話が出来るなら文句は無い。さっさと入れてくれ。」


「それが既に文句だと言うことに気付いて欲しいな?!」


昔からスラたんとは、こんな感じの関係だが、この短時間でハイネ達にもイジられキャラとして認識されたようだ。恐るべきスラたんのイジられ属性だ。


木製の扉を開くと、オウカ島の古風な日本家屋とは違い、現代風の日本家屋のような内層になっており、割と住みやすそうな感じだ。

玄関は土間が有り、一段上がって廊下となっている。俺としては慣れ親しんだ玄関で、自然と靴を脱いで中へと入る。


「え?靴を脱ぐのかしら?」


大陸では、宿屋や家屋に靴を脱がずに入るのが普通で、わざわざ家に入るのに靴を脱ぐ習性が無い為、ハイネとピルテは驚いている。

ニルはオウカ島に居た時に体験しているから戸惑いは無い。

こういう家屋での最低限のマナーというのをハイネとピルテに伝えて家に入る。


リビングに入ると、大きな暖炉がまず目に入る。しかし、何故か部屋の中心にコタツのような物がある。


「暖房が二つ有るのは、流石に変だろう。」


「暖房ですか?」


「部屋の中心にあるのは、コタツって呼ばれる暖房器具だ。」


ニルも流石にコタツは知らず、そうなんですね…とコタツを眺めている。


「いやー。暖炉ってカッコイイから作ってみたんだけど、使うのかなり面倒でさ。最初はまきを使っていたんだけど、面倒で魔具を使って火が出るようにしたんだけど…結局コタツを作ったら使わなくなっちゃってさー。コタツって偉大だよねー…」


「コタツが偉大なのは認めるが…いや、もう良い。あまりツッコミ入れ過ぎると話が始まらないからな。」


白衣にダガーという格好から、合わない二つを無理矢理合わせる男だと分かる事だ。言ってもスラたんの感性はきっと変わらない。そんな無駄な時間を過ごすより、今は話だ。


コタツでは話がし難い為、これまた別で置いてあるテーブルに座る。


「お茶有ったかなー…」


スラたんが見慣れたインベントリの魔法陣を描き始める。やはりインベントリの魔法は使えるらしい。


「あー…ごめん。お茶は切らしてしまっているよ…

お客さんなんてずっと来ていなかったからね…」


「問題無い。ニル。」


「はい。直ぐに。」


最早ニルの十八番となった紅茶を淹れる作業。直ぐに俺の意図を汲み取って紅茶を用意してくれる。


「へえ…手際が良いね?」


「私自身が紅茶を好んでいるという事もありますが、ご主人様にお出し出来た最初の飲食物なので。」


これは初耳だった。ニルはそんな想いで紅茶を淹れてくれていたのか…もっと感謝して飲まないとな…


「んー!美味しい!」


俺が感謝している最中、頂きますもなく速攻で手を付けるスラたん。基本は聡いのだが…たまにこういう所の有る男だ。ちょっとイラッとしてしまうぞ。


「スラたん。ニルは奴隷ではあるが、俺のパートナーだ。敬意を持って接してくれ。」


「あー!ごめん!香りが珍しくて、つい知的欲求が…軽んじたわけじゃないんだ。ごめんね。」


スラたんは元々は日本人。奴隷を軽んじるような感覚は持っていない。それは、俺達と出会った時に、俺の奴隷ではなく、仲間だと言ってくれた事からも分かる。しかし、故に、ニルが奴隷として生きてきた事で、蔑視べっしされてきた事をストレートにイメージ出来ない。自分の行動が、そんなニルの心に棘を刺している事に気が付けないのだ。

奴隷との接点など無い生活を送って来たのだから、そうなっても仕方が無いとは思う。でも、スラたんは言えば分かる人間だ。俺が敢えて奴隷という言葉を使った事で、スラたんの行動がニルに対して失礼以上の意味を持つ事を伝えれば、二度と同じ事はしない。だからこそ、俺も強い態度ではあるが、言わせてもらったのだ。

これが言っても分からない人間ならば、最初から言わないし、イラッともしない。そういう奴だと自分の中で切り捨てるだけの事だ。


「いいえ。そういう意味ではなく、単純に気を許して下さっての事だと分かっておりますので、大丈夫ですよ。」


ニルは柔らかな笑顔を作って対応する。


「………シンヤ君。どこでこんな美人で出来た人を見付けて来たんだい?しかも、そっちのお二人も超絶美人…何かヤバい事してないよね?」


声を抑えて、俺だけに聞こえるように話してはいるが、ハイネとピルテの聴覚は常人のそれではない。丸聞こえだ。


「ふふふ。美人とは嬉しいわね。スラタンさんで良かったかしら?」


敬称が被ってしまった。ネット上ではよくある事だが、こちらの世界で聞くことになるとは…


「スラたんで良いよー。って、聞こえていたの?」


「昔から耳が良くてね。」


「なんか照れちゃうなー。」


「でも、私とピルテは、シンヤさんと共闘する立場の者で、パートナーとは言えないわ。まあ、強いしいい男だとは思うけれどね。」


そう言ってウインクしてくるハイネ。

それを見たニルが、ムッとしながらも、嬉しそうな、何とも言えない微妙な顔をしている。


「僕は強さを求めるよりも、スライムの事が知りたいからなー…シンヤ君みたいにはなれそうにないねー。」


「あら。私は賢い男も素敵だと思うわよ。力だけでは解決出来ない時というのがあるからね。」


「ありがとう、ハイネさん。」


「ご主人様は、誰よりも強くて、誰よりも賢い方です。」


目を閉じて、ハイネの言葉を否定するニル。スラたんを思ってのハイネの言葉と分かっていながらも、聞き捨てならなかったらしい。


「ニルの言葉は嬉しいが、賢さはスラたんの方が何倍も上だ。それの専門家みたいな奴だからな。というか……そろそろ話を始めよう。」


「そうだね。まずは何から話そうか?」


「そうだな…」


ハイネ達には、向こうの世界については教えていない。スラたんも、向こうの世界についての情報に関する事は喋っていないし、気を付けているのだろう。その話は、俺とニルとスラたんの三人の時にするとして、まずはこの世界での事について聞くとしよう。


「まずは、スラたんが、この世界の状況について、何を知っているのか聞きたいな。」


「この世界の状況と言われても…知っている事は、そんなに多くないよ。何せ、こんな所で一人寂しく暮らしているくらいだからね。」


「それでも、何も知らないってわけじゃないだろう?」


「そうだね。じゃあ、僕の知っている事を話すよ。」


そう言ってスラたんが話したのは、神聖騎士団についてが主な内容だった。


こんな場所に引き篭っていたとしても、神聖騎士団が世界的に動いている事くらいは知っているらしく、かなり世界的な治安が悪化している事を話してくれた。


「とまあ、一般常識程度の事だけど…」


そう言った後、スラたんが何かを考え、言葉を飲み込む。何かを知っているみたいだが、チラリとハイネ達を見た感じ、向こうの世界と関係のある事なのだろう。


「それじゃあ、それとは別に、黒犬という連中は知っているか?」


「黒犬?うーん……聞いた事が無いね。昔も今も、そんな単語を聞いたのは、今が初めてだね。」


昔というのは、プレイヤー時代という事だろう。ネット上の情報や、フレーバーテキスト等、そういったファンデルジュに関する事の中でも見た事が無いと言いたいのだ。嘘を吐いているようには見えないし、本当に知らないのだろう。


「そうか……魔族に関する事は?」


「魔族ねー…名前だけしか知らないね。完全に隔絶された場所だし、魔王という者が居るという事くらいかな。」


「じゃあ、ハンターズララバイという連中は?」


「あー。それなら知っているよ。この辺りから、ずっと北までの間に、盗賊達がやたら多い地区がいくつか在るらしくてね。そのどれもがハンターズララバイという盗賊達らしいね。

僕は南の方から来たんだけど、その間にも何人か会って、これを目当てに襲われたよ。」


そう言って腰のダガーを触れるスラたん。


見る者が見れば、刃が出ていなくとも、それが上質なダガーだと分かる為、盗賊に狙われたのだろう。


「全員返り討ちにはしたけどね。」


そう言って少しだけ暗い顔をするスラたん。


恐らく、彼はその盗賊達の内、何人か、もしくは全員を殺したのだろう。

画面越しに誰かを殺すのとは全くの別物だ。

手に残る感触や、鼻に残る血の臭い、耳に残る断末魔、生暖かくヌルッとした血の触感。いくらリアル過ぎるグラフィックで、グロテスクな映像に耐性が出来ていたとしても、実際に体験すればどれも普通は耐え難いものだ。

しかし、この世界では、殺さなければ殺される。

命を奪う事を躊躇ためらえば、こちらが命を失う事になる。殺るしかなかったのだろう。

きっと、スラたんの記憶の中に、その盗賊達の死が、深く刻まれているはずだ。


本来ならば、スラたんのように、人の命を奪ってしまった事に罪悪感や嫌悪感を抱くものなのだろう。モンスターや動物とは、どうしても違うものなのだから。しかし俺は…


ニルが居てくれて、俺はそういう事を考えなくなっていたが、向こうでの知り合いが目の前に居ると、どうしようもなく、自分が異質な人間だったのだと自覚させられてしまう。


「嫌な事を思い出させたみたいだな…」


「ううん。あれは僕のやった事で、覚えていなくてはならない事だと思っているから、シンヤ君のせいじゃないよ。

とまあ、僕の事は置いておいて、ハンターズララバイは、とにかく大きくて、人数の多い盗賊団だって事は知っているよ。そういえば、丁度爆発のあった辺りに、盗賊が根城にしている城があったような……」


「あそこは、俺達が盗賊諸共破壊した。」


「聞いていた話が、それだったんだね。もしかして、ハンターズララバイとやり合っているの?」


「まあな…本当はそんな事よりやりたい事が有るんだが、そうも言っていられない事情になってしまってな。」


「うーん…どんな事情なのかさっぱり見当がつかないけれど…シンヤ君の事だからね。また色々と大変な事に巻き込まれているって事は分かるよ。」


「そうしたくてしているわけではないんだがな…」


「そういう星の元に生まれたんだねー、きっと。」


「嫌な事を言ってくれる…」


「他に聞きたい事は有るかな?」


「もう一つだけ。フヨルデって家名の貴族は知っているか?」


「フヨルデ……どこかで聞いたような……」


「ジャノヤという街の領主だとか聞いたが。」


「あー!そうだ!一度、北に向かう事があって、その時に寄った街の領主だね!と言っても…悪どい事をするような領主だって噂だったし、近付かないようにしていたから、何も知らないんだけどね。

昔の事だから、街の名前までは覚えていなかったよ!」


「昔って…それくらい覚えておいてくれよ…」


この世界に送られて来たのならば、数ヶ月前程度の話だろう。昔と言う程昔でもないはずだ。


「うーん、記憶力は良い方だけど、一度だけしか行ったことが無いし、も前の話だからねー。」


「えっ?!」


思わず叫んでしまった。


五年?一体どうなっているのか全く理解不能だ。

俺がこの世界に来てから、まだ一年も経っていないはず。それなのに、スラたんは五年も前からこの世界に居たと言う。

そもそも、ファンデルジュが発売されてから、まだ五年も経っていない。つまり、五年前には戻れない。なのに五年もこの世界に居る……?時系列が滅茶苦茶だ。


「す、すまん…ちょっと考えさせてくれ。」


俺がこの世界に来たのが、かなりザックリと考えて、約一年前だとする。


それより以前の、この世界に、スラたんが送られてきている。この差は何だろうか?

スラたんが、こちらの世界に送られてきた時に、五年前のこの世界に転移した。もしくは、俺が転移する際に、五年後の世界に転移したとしか考えられない。

そんな事をする意味が分からない。いや、転移自体は、ランダムな時期に転移させられるという事なのか…?送られて来たのが全部で何人かは分からないが、別々の場所、時に転移させられている可能性は有る。

これは早急に話を聞きたい。


「……ハイネ。ピルテ。悪いんだが、少しはずしてもらえないか?」


「え?」

「良いわよ。」


ピルテは突然どうしたのか?という顔をしていたが、ハイネは何かを感じ取ってくれたのか、直ぐに了承し、ピルテを連れて席を立ってくれる。


「毎度毎度助かるよ。ハイネ。」


「いえいえ。昔馴染みみたいだし、ごゆっくりどうぞ。」


そう言って笑ってくれるハイネ。

出会いはとても悪いものだったが、心に余裕さえあれば、彼女はこんなにも優しく、気の利く女性なのだなと感じる。


二人が席を外してくれたのを見て、スラたんを見る。


「ニルさんは…」


「ニルには全て話してある。本当に全てだ。」


「……分かったよ。」


何故か優しい目で見られたが…今はツッコミを入れている余裕が無い。


「どうにも話が食い違うし、かなり聞きたい事が増えてしまった。色々と聞かせてもらえるか?」


「そうだね。お互い情報を交換するべきだろうね。」


「ああ。まず……スラたん。中身は、ファンデルジュでプレイヤーだったスラたん…で良いのか?」


「うん。僕の本名は、秋山あきやま 哲男てつお。日本生まれの日本育ち。当時二十三歳だった男だよ。」


間違いなく、元の世界に居たプレイヤーの一人だ。本名までは知らなかったが。今となっては本名など隠す意味が無い。それを知られたところで、家を特定されたり、何かされたりはしないのだから。


「向こうでは製薬会社で研究員をしていたんだ。と言っても、入社して数年だったけれどね。」


「そうか……俺の名前は、海堂 真也。当時三十だった。小さな会社で働いていたサラリーマンだ。」


「結構歳上だったんだね…」


「ゲームの中では、歳なんて関係無いさ。

それより……スラたん。」


俺は敢えてこちらの世界で使っている名前を呼ぶ。向こうの世界は向こうの世界。今はこちらの世界で生きているのだから、こちらの世界で使っている名前を呼ぶべきだろう。


「スラたんがこちらの世界に来た経緯と、時期を教えてくれないか?」


「うん。」


そこから聞いたスラたんの話は、驚愕する内容だった。


「まず、僕がこちらに来る時の話だけれど、いつものように、ファンデルジュをプレイしていた時の事だったんだけれど…確か、リリースされてから二年後くらいだったかな。いきなりメッセージが飛んで来てね。」


俺にも飛んで来た例のメッセージだろうか?

メッセージを受け取った時期も、俺が受け取った時と同じくらいだ。


「それを開くと、急に画面が光り出して、気が付いたらこの体で、この世界に来ていたんだよ。」


「はっ?!ちょっ…ちょっと待て!メッセージのアンケートは?!」


「アンケート?」


「俺の時は、色々と質問が書かれていて、それに答えた後、眠った時に…」


「ううん。僕の時はいきなりだったよ。それに、他の人達も同じ事を言っていたから、シンヤ君…シンヤさんが特別なんじゃないかな?」


「待て待て待て待て!色々とあり過ぎて追い付かん!

まず、敬称なんかどうでも良い!それより、他の人達ってのはどういう事だ?!一人じゃなかったのか?!」


「こっちへ来た時は一人だったよ。変な容器に入れられていて、水…みたいな何かの中に居たよ。そして、そこから出ると、僕はストロブに居たんだ。」

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