第371話 スライム?

「そうする為にも、今はとりあえず北西に向かうとしようか。」


「ジャノヤ…でしたね。」


「それだけ大きな街って事は、ハンディーマンのロクスという奴も、その街の付近に居るだろう。とりあえずの目的地は。ジャノヤだな。」


俺達が次の目的地を決め、馬やら何やらを準備し、そろそろ向かおうかと思っていた時の事だった。


「………あのー…すいませーん…」


俺達の知らない声が聞こえてくる。


「「「「っ?!」」」」


ハイネとピルテが気付かず、かなり近いところまで接近されてしまった。二人に気付かれず、こんなに接近されるのは初めてだ。

即座にニルが盾を構え、短剣を抜く。当然俺達も武器を抜き、声を掛けて来た者に向ける。


「あー!ちょっと待って待って!僕は怪しいものじゃないよ!交戦の意思は無いから!」


両手をブンブンと大きく振る人族の男。


「………ん?!」


俺はそのあまりにも独特な格好から、ある人物を思い出し、思わず変な声を出してしまう。

見た事の無い俺の反応に、ニルがどうしたのかと視線を向けてくる。それには気付いていたが、俺は目の前に居る男から視線を切れなかった。


「もしかして……スラたん?!」


俺がスラたんと呼ぶ男は、鳥の巣のようなクルクルパーマの青髪。丸眼鏡に糸目。身長は高くも低くもなく、体型は痩せ型の人族男性である。何より特徴的なのは、恐らくだが、この世界には存在しない白衣を着ている事だ。そう、彼はこの世界ではなく、元の世界での知り合い…と言っても、ファンデルジュの中での、つまり、ネット上でのプレイヤー同士としての知り合いなのだ。

名前はスラたん。スラではなく『スラたん』が名前なのだ。


「あー!やっぱりシンヤ君だよね?!うわー!懐かしー!」


スラたんは満面の笑みで喜んでくれる。

どうやら、俺の事が分かるらしい。そういう設定なのか、俺と同じように、中に別人格が入っているのかは、話を聞いてみなければ分からないが…


「え、えーっと…?」


俺以外は知らない人物なので、どういう状況なのかと、説明を求めてくる。


「ニル。俺のの知り合いだ。大丈夫。危険は無いはずだ。多分。」


昔という言葉を強調した事で、ニルにはこの世界ではなく、向こうの世界での知り合いだと分かっただろう。

ただ、守聖騎士ライルの件もある為、気は抜けない。一応警戒しつつ、戦闘態勢は解いても大丈夫だろうと伝える。

このスラたんとは、ソロでプレイし始めた後の知り合いで、可もなく不可もなくといった関係だった。俗に言う友達のような関係だ。たまにメッセージが飛んで来たりするくらいの仲で、めちゃくちゃ仲が良かったとは言えないが、攻撃されるような関係でもない。


「多分って酷いなー…僕は基本的に戦闘は専門外なんだから、そんなに警戒しないでよ。」


白衣の上から、ベルトを巻き付け、腰の左右に一本ずつダガーが収納されている。知性と野生の混在した格好で、白衣を知る俺から見ると、やけに合わない組み合わせに見える。一応、この辺りはモンスターが多い為、武器を持っている…という事だとは思うが、昔の知り合いだからといって、いきなり全面的に信用は出来ない。残念な事に、そんなに優しい旅路ではなかったから。


「僕の名前はスラたん。シンヤ君とは何回かクエストを一緒にこなしたり、熱く語り合ったりしたマブダチさ!」


スラたんは、何故か俺の事をマブダチと呼び、色々と話をしたのを覚えている。俺がこちらの世界に来る頃には、連絡が途絶えて久しかったが、どうやら覚えてくれていたらしい。

それにしても……マブダチと呼ぶ事や、クエストを共にこなした事を覚えているとなると、やはり中身が別人格なのだろうか…?


「言っては悪いけれど……胡散うさん臭い人ね?」


「わーお!ズバッと言う女性だね?!いや、よく言われるけどさー…スライムなんか研究しているから、変人だとか変態だとかさー。」


「スライムを研究…?」


「この男は、自称スライム研究家でな。スライムの生態について、詳しく研究しているんだ。」


スライム研究家が居るから、もしかしたらいつか会うかもしれないと前に考えていたが、それがこのスラたんの事だ。まさか本人に会えるとは夢にも思っていなかったが…


「まあ、取り敢えず、僕が危険だと思うなら、武器は渡しても良いし、仕舞っておいても良いよ。その代わり、モンスターが来たら守ってね?シンヤ君なら余裕でしょ?」


そう言って何の躊躇も無く、ダガーを手渡そうとするスラたん。


俺の事をよく知っている口振りに、スラたんしか知り得ないマブダチという言葉。取り敢えず今のところは、中身も当時のまま…と考えるのが良さそうだ。

あまり他人を疑い過ぎるのも良くは無い。


「いや、武器は持っていてくれ。この辺りはモンスターが多いからな。但し、何か怪しい事をしたら、全員で襲いかかるからな。」


「しないよ!そんなこと!」


「私一人でも押さえ付けられそうだけれど…」


「ハイネ。こいつは渡人だ。しかも、かなり強い。」


「っ?!」


このスラたんという男。スライム研究家という事で、あらゆるスライムの生態を調べようと、色々な場所を訪れ、スライムを研究しまくっていた。

珍しいスライムというのは、意外と危険な場所に居たり、スライム自体が強い為、探しに行く本人もそれなりに強くなければならない。

トッププレイヤー程の実力は無いものの、それに次ぐ程度の実力は持っている。当然、俺に渡そうとしてきたダガーも、超レアで強力な武器だ。

本気でスラたんが俺達と敵対しようとすれば、全員無傷というわけにはいかないだろう。

ニルならばそれなりに善戦出来るかもしれないが、ハイネとピルテは、スラたんのスピードに目が追い付かず、気付いたら死んでいる…なんて事になりかねない。一応、この森に居る時は、常に防御魔法を掛けてあるから、瞬殺される事は無いだろうが、それ程の実力を持った男だということだ。見た目に騙されてはならない。


「シンヤ君の仲間に手を出す程、僕は馬鹿じゃないよ。

あれ程ソロを貫いていた君が、それでも共に居ると決めた仲間なんだからね。」


研究家というだけの事はあって、スラたんは実に賢く、さとい。俺にとっての仲間というのが、逆鱗に値する部分だと理解しているのだ。


「それに気が付けないなんて、私もまだまだね…

私とピルテの索敵に引っ掛る事無くここまで近付かれたのだから、気付いてしかるべきだったのに。」


「スラたんは、スピードと隠密系魔法に長けた戦闘スタイルだからな。二人が気付かなかったのも無理は無い。」


「臆病なスライムに気付かれずに素早く近付いたりしなくちゃいけないからねー。そう出来るようになるまでは、結構大変だったけどね。」


「渡人っていうのは、誰も彼も危険なのね…」


「僕は危険じゃないよ?!」


ん?これには俺も含まれているよな?いや、俺も危険ではないぞ?


「こんなに無害な人間もそういないと思うよ?!」


「分かった分かった。それより、何故こんな場所に居るんだ?またスライム探しか?」


自分の無害さをアピールするスラたん。今はそれより話をしなければならない。


「まあそうなんだけど…僕は、ずっと豊穣の森に住んでいてね。とんでもない爆発音と空から落ちてくる雲の塊を見たから、何事かと思って見に来たんだよ。」


「あー……」


両方、俺達…というか片方は完全に俺の仕業だ。


「色々とあってな。」


「やっぱりシンヤ君の仕業だったのか。それなら納得だよ。相変わらず信じ難い人だねー。ソロで最高難度のダンジョンに挑み続けるだけの事はあるよね。」


「最高難度のダンジョンですか?!」


ピルテが驚愕している。

あれはゲームだったからこそ出来た事であって、今やるかと言われたら、絶対に嫌だ。ゲームの中では、死んでも現実の自分は死なない。だからこそ無茶が出来るし、その無茶を楽しむ事が出来る。しかし、現実ではそんな事出来るはずがない。ただの自殺行為だ。


「昔色々とあってな…」


スラたんは嘘を吐いていないし、事実俺は最高難度ダンジョンをクリアしたからこそここに居る。だから違うとは否定出来ないし、かと言ってそうだとも言い難い。色々と…としか言えない。


「そんなことより、豊穣の森に住んでいるってのはどういう事だ?」


そんなことで片付ける俺に、ハイネとピルテがチクチクと視線を向けてくるが、気付かない振りをして話を変える。


「さっきシンヤ君が言ったように、スライムの研究さ。」


「豊穣の森には、植物型モンスターばかりしか居ないって聞いたが?」


「それは外層の話だよ。あまり知られていないけれど、豊穣の森には二つの顔が有ってね。外層は植物の宝庫だけれど、ある一定以上中に入ると、スライムの宝庫になるんだ。」


「スライムの宝庫?」


「言葉の通りだよ。スライムが大量に生息していて、あらゆる種類のスライムが居るんだ。」


「そんな話、初めて聞いたわね。」


「普通は知られていないからね。僕もイベントが無ければ知らなかった事だからね。スライム研究家界隈かいわいでは有名な話だったんだけれどね。」


俺としては、そんな界隈が有った事の方が驚きだ。


「イベント?」


「あー。君達はNPCなのか……」


ハイネ達に聞こえない程度の小さな声で言うスラたん。


「豊穣の森に入る事があって、偶然見付けたんだよ。」


「……………」


怪しい…とスラたんを見ているハイネとピルテ。だが、これは向こうの世界を知る俺からしてみれば、当然の反応と言える。ここは話題を変えよう。


「紹介がまだだったな。こっちはニル。俺と旅をしてくれている。

こっちはハイネで、こっちはピルテ。母娘だ。」


「母娘?!姉妹の間違いじゃなくて?!」


「事実だ。」


「こっちは本当に何でも有りだねー…僕の名前はスラたん!よろしくね!」


「スラタン…変わった名前ね?」


「まあねー。それもよく言われるよ。」


まあネット上の名前なんて、基本はそんなものだが…ハイネ達は『たん』が敬称というのか…愛称だということに気が付いているのだろうか…?まあ良いか。


「色々と話をしたいところだが…」


「それなら僕が今住んでいるところに来る?あまり広くはないけれど、ここよりは落ち着いて話が出来ると思うよ。」


ジャノヤへ向かいたいところだが、こっちはこっちで気になる。一度北へ向かえば、暫くはこの辺りには戻って来ない。その間ずっとスラたんがここに居るかは分からないし、先に話をしておきたい。


「俺は行きたいんだが…ハイネ達は良いか?」


「構わないわよ。数日くらいなら誤差の範囲内だと思うし、スライム研究家っていうのも気になるから。」


「助かるよ。」


「よーし!久しぶりに会ったマブダチと朝まで語り合うぞー!」


「いや、それは無い。」


「相変わらずノリが悪いなー…」


独特のテンションと格好で攻めてくるスラたん。悪い奴ではないから良いのだが、実際にこうして面と向かって来られると、なかなか対処に困る。


スラたん曰く、豊穣の森には、安全に通れる道というのが存在し、そこを通るならば、馬も安全だと言う事で、俺達は馬を連れて豊穣の森へと向かう。


「ここからは、僕から離れないでね。少し道を逸れると、植物型モンスターにバシバシ攻撃されちゃうからさ。」


「言われなくても離れないさ。」


俺達は豊穣の森へと到達し、スラたんの後ろを付いていく。


道とか言っていたが、実際には道など存在せず、草を掻き分けて進んで行く。但し、スラたんの言っていたように、全くモンスターには襲われず、一回も戦闘をしないまま、道を通り抜けて行く。


「あれだけ居たモンスターが、何故ここだけは居ないんだ?」


「それは、この道に、あるモンスターの匂いが残っているからだよ。」


「あるモンスター?」


「一言で言えば、豊穣の森の主だね。」


こんな危険な森の主となれば、ヤバいモンスターだと言うことは見当がつく。Sランクでも上位、もしくはSSランクのモンスターだろう。


「そんなモンスターが居る場所に入って行って大丈夫なのか?」


「うん。それは大丈夫。飛んだりしない限り襲われたりはしないから安心して。」


「飛べるなんて事はないが…その言い方からするに、もしかして…」


「そう。あるモンスターというのは、ロックだよ。」


ロック、ロックちょうとも呼ばれるモンスターで、鳥型のモンスターだ。

但し、サイズは他の鳥型モンスターの比ではなく、翼を広げると五十メートル近くにもなる超巨大な鳥で、外見は、わしたかの中間みたいな見た目をしている。鷲のようにゴツくもあり、鷹のようにキリッともしていると言えば良いのだろうか。中間というよりは足した感じかもしれない。

どちらにしろ、取り敢えず超デカい猛禽類もうきんるいだと言えば分かるだろう。


俺は、ロックをプレイヤー時代に一度だけ見た事がある為、見た目や習性、能力についてはそれなりに把握している。


全身は真っ白な羽と羽毛で覆われており、緑色のくちばしと鋭い目の中に黄色の瞳。羽を広げると、その内側には淡い緑色の羽が生えており、神々しくさえも思える綺麗な見た目をしている。

ロックのモンスターとしての強さも、神々しく思える程で、飛翔は当然のこと、風と木魔法をよく使い、特に風魔法が恐ろしい。周囲の物を全て吹き飛ばす勢いで、嵐や台風と殆ど変わらない。その上、こちらの攻撃は物理も魔法もなかなか効かないとなれば、普通に戦って勝てるモンスターではない。

そんな性能を持っているロックは、当然のようにSSランク。見たら逃げろとしか教わらないモンスターだ。

しかし、そんな恐ろしいロックというモンスターは、少し面白い習性を持っている。それは、地上を動き回るモンスターや人は、攻撃されない限り基本的に無視するのだ。逆に、絶対に許されないのは、空を飛ぶモンスターである。

ロックは、縄張り意識の強いモンスターで、特に空に対する縄張り意識が非常に強く、周囲に空を飛ぶモンスターが居ると、例えどんなに小さなモンスターでも絶対に許されず、捕食されてしまう。

この世界では飛行機という物は無い為、人にとって害となり易い空飛ぶモンスターを退治してくれる素晴らしいモンスターとして扱われている。

俺は見た事が無いが、ロックの縄張り内に作られたような特定の村等では、守り神としてあがめられているらしい。


「それで、この辺りには空を飛ぶ系統のモンスターがあまりいないのか。」


俺達はずっと森の中で過ごしていたから、あまり空を飛ぶ系統のモンスターを見ないだけかと思っていたが、そもそもこの辺りには、空を飛ぶモンスターが居なかったらしい。

言われてみると、小さな街にさえ設置されている事の多い対空設備が、ノーブルの居た城には無かった。昔からロックの縄張り内に在ったから、必要が無かったのだろう。


「豊穣の森にそんな場所が有るとはな…」


「というか、豊穣の森の中心地に、ロックの巣が有るんだよ。」


「えっ?!」


ロックの巣が在る場所に行くというのは、爆心地に向かっているようなものだ。


「大丈夫大丈夫。巣まで近付いたりしなければ、割と安全な場所だからさ。僕が住んでいる場所も、巣からは結構遠いよ。」


「いや、そういう事じゃなくてだな…」


ああ。俺がいつも言われている事は、こういう常識外れの事だったのか。今初めて理解出来た気がする。


「縄張り内に村が出来るくらいなんだから大丈夫だよ。僕も、今まで攻撃を受けた事は一切無いからね。」


「まあ…そう言うなら良いが…」


「それより、そろそろ抜けるよ。」


スラたんの言葉通り、密集して木々が生えており、光さえ入らなかった森の先に、夕暮れの光が差し込んで来ている。


「本当に内層が存在したのですね…」


真っ暗闇の中から抜け出た先には、木々が無く、膝程度の高さの草が生い茂り、小さな凸凹が連続した土地。いくつか背の高い岩場等が有り、地形は種類に富んでいる。

そんな内層は、夕日に照らされた草が風に揺られ、シンプルでありながら、とても綺麗な風景となっている。


「嘘だと思っていたのかい?酷いなー。」


「ここには、動物のモンスターも見えないけれど、何処かに潜んでいるのかしら?」


スラたんが内層と呼んでいる場所はかなり広く、地形が割と複雑な為もあり森の反対側が見えない。こんな場所にモンスターが隠れていても、簡単には見付けられないだろう。


「いや。ここにはスライムや、それと同等の小動物レベルのモンスターしかないよ。警戒するようなモンスターは一匹も見た事が無いかな。」


警戒が必要無いというのは、スラたんの実力で…という前提が付くのかもしれないが、少なくとも、見た限りでは大型のモンスターは居ないように見える。


「そして、この場所で、最も数が多く、ロックの次に覇権はけんを握るのが、なんと!スライムなんだよ!」


目をキラキラさせながら、スライムを推してくるスラたん。ネット上の名前がスラたん、つまりスライムたんなのだから、どこまでスライムを愛しているか、何となく分かるだろう。


「確かに、この辺りには、沢山のスライムが居るみたいですね。」


俺には分からないが、ピルテとハイネには、近くにスライムが潜んでいる事が分かるようだ。


「ここはまさにスライムの楽園なのさ!」


両手を大きく広げて、クルクルパーマを風になびかせて、満面の笑みを浮かべるスラたん。


「そんな事はどうでも良いから、スラたんの家に連れて行ってくれ。」


「んー!冷たい!風がじゃなくてシンヤ君が!」


「笑顔で言うな。気持ち悪いから。」


「ど・く・ぜ・つ!泣いちゃうぞ?」

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