第367話 ザレイン
薬物を使った事を後悔し、辛い生活の中を生きる人を見た事が有る。俺の勤めていた会社の社長は、俺のような者を受け入れるような人だったから、薬物に落ち、何とか立ち直ろうとする人を雇うこともあった。
その時に話を少し聞く機会があったのだが……使わずに生きていれば何のことは無い話だが、一度でも使うと、その快楽を知ると、一生抜け出す事は出来ない。と言っていたのが強く印象に残っている。
だからこそ、無くならないのだろう。
「このザナという男は、以前から薬物に依存していたと思うか?」
「いえ、そうは思えません。少なくとも、ノーブルという盗賊団が、今の大きさになるまでそんな事はなかったはずです。いくら大きな後ろ盾があったとしても、この
加えて、城に集まっていた連中が、この男を一応でも頼っていた事を考えるに、こうなってしまったのは、最近の事ではないでしょうか。直近という程近くはないでしょうが、皆が期待しなくなる程遠くもないかと思います。」
「ここ数ヶ月程度の話か……」
「本来であれば、もう少し手こずる相手だったのかもしれないけれど、この男が薬に溺れて、既に盗賊団はガタガタだったという事ね。」
「手下の能力の低さを見るに、ほぼワンマン状態の盗賊団だったのだろうな。その統率者が壊れて、盗賊団も壊れたと…」
「時期的には、俺達が戻ってくる頃から、薬物に溺れていたのだと考えられるが…そうなると、黒犬との関わりが有りそうだな…」
「でも、こんな事をして黒犬が得をするとは思えないわよ?頭がパーになるだけだし…」
「…この男が知り過ぎてしまったとかでしょうか?」
「だったら殺す…いや、ノーブルが、ザナのワンマン状態だったとすると、殺すのはまずいか。しかし、知り過ぎるということは、黒犬相手に限って無いと思うぞ。それに、闇魔法、死の契約も有るんだ。こんなやり方をする必要は………」
俺はある事を思い出し、言葉を止める。
「何か思い付いたのかしら?」
「……ハイネ、ピルテ。前に、生け捕りにした連中の血を飲んだ時、血が不味いって言っていたよな?」
「そうですね。お酒を飲み過ぎな人の血は、酷く臭いますから。」
「それは、つまり、血の中に入っている成分も、二人に影響を及ぼすって事だよな。」
「……つまり、今、私達がこの男の血を飲めば、私達の頭もパーになる……という事かしら?」
「まだ推測の段階だが、恐らくな……血の味や臭いについて、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
二人が血を飲む時、その者の血に混じった成分を、どこまで自分に取り込んでしまうかにもよるだろうが、アル中の男の血を飲み、ピルテが一時的に動けなくなるような影響を受けた事から、かなりモロに受け取ってしまう可能性が高い。
「味や香りについて…ですか。そうですね…以前言ったように、お酒を沢山飲む人の血は、酷く臭います。どのように臭うかと言うと……」
「腐った油のような臭いが近いかしら。それに強いお酒を混ぜたような臭いよ。」
果実酒を酸化した油で割った、みたいな事だろうか…想像するだけで気持ち悪いな……それはピルテも吐きそうになるはずだ。
酒というのは、基本的に高カロリーで、内臓脂肪を付けるのにはもってこいの飲み物だ。それを大量に摂取した事で、血液が油っぽくなり、そこにアルコールが混ざっているという事だろう。
「他にも、極端に太っている人も、同じような油っこい臭いがしますね。」
「逆に健康で若い人は、そういう嫌な臭いは一切無くて……まろやかで、濃厚な果実酒のような味がするわね。」
「年寄りは不味いのか?」
「健康ならば、不味くはないけれど、濃すぎるというのか、水分が足りないような味ね。」
話を聞く限り、やはり血の味や香りは、その者の体調に直接的な関係を持っているらしい。
となると、少なくとも、血液の中に入っている成分の味や香りがするということになり、それはつまり、自分達の体に摂取してしまっている事になる。全てが吸収されているわけではないだろうが、強い薬物の混ざった血液は、流石に危ない。
「この男の血を摂取するのは、危険過ぎるな。」
「ザレインの影響が有る…という事ね。」
「恐らくな。
こうなると、まず間違いなく、黒犬の考えで、ザナは薬漬けにされたのだろうな……まさか、こんな方法で血の記憶を読み取るのを妨害されるとは思っていなかったな…」
「体から薬物が抜けるのを待ちますか?」
「いや……どれくらいで抜けるのか、そもそも抜ける成分なのかも分からない。待つだけ無駄かもしれない。黒犬が、殺さずに薬漬けにしている時点で、その方が可能性としては高いだろうな。」
「ここまでやって、何も収穫無しなんて…」
「それはまだ分からないぞ。ザナと上手く会話出来れば、何か引き出せるかもしれない。いや、何としても次に繋がる情報を引き出さなければならない。」
今から城に戻って、生き残りを連れて来ても、恐らく最重要の情報は持っていないはずだ。
手下達の緊急時の対応能力、戦闘能力、
黒犬の連中が、ザナのみをヤク中にしたのが、その裏付けになるだろう。
「この状態の男に、話が通じるとは思えないけれど…やるしか無いわよね。」
「ザレインの効果が切れれば、恐らく暴れ出すはずだ。しっかり拘束して、見張りを徹底するぞ。」
「はい。」
俺達は、ザナを連れて拠点に戻り、ザナの尋問を開始する事にした。ザナの目が覚めたのは、それから数時間後の事で、日が昇り始める時間だった。
「……っ………」
「目が覚めたようだな。」
ザナの目が覚めた気配に気が付いて、声を掛ける。
「………っ!!」
ボーッとしていた瞳が俺の姿を捉えると、気絶する前の事を思い出したのか、怯えと怒りの混じったような、何とも言えない顔をする。
「ぼぼぼ、ぼ僕に何をするつもりだ!」
ザナ自身を縛り、その状態で太めの木に縛り付けてある為、いくら暴れようが、絶対に抜け出す事は出来ない。当然、魔法も使えないように、手足もガチガチに縛ってある。
「おおお、お前達は僕の守護神様に裁かれるべき存在だぁ!ししししし、死ね!死ねえぇぇ!」
タレ目に黒い瞳、白髪の長髪、長い耳のエルフ。盗賊とはいえ、顔はかなり美形であるはず。それなのに、血走った目を見開き、涎を飛ばしながら叫ぶ様は、とてもそうは見えない。
「ダメですね…完全に正気を失っています。」
「話が出来たとしても、それが正確なものなのかも、怪しいものですね。」
ニルもピルテも、かなりドン引きしている。
「暫くはまともに会話するのも難しいだろうな…口を縛って、暫くは放置しておくとしよう。」
「分かりました。」
「ああ…めめ、め、女神様!ぼ、僕の敵を滅して下さい…ぐひひ…ぐひひひひひ…」
何も無い
「んぐっ!んがぁ!」
ピルテによって、口を縛られるザナ。決定的なものではなくとも、次の一手を決められるような情報が手に入れば良いのだが…
「んがぁ!んんんがぁっ!」
「うっ……最悪ですね……」
拘束から逃れようと暴れるザナ。その動作の最中に、ザナの下半身から、甘ったるい臭いの液体が流れ出てくる。尿を漏らしたらしい。
俺でも鼻を覆う程の嫌な臭いだ。甘ったるい中に嫌な臭いが混ざっている。
「……俺が処理しておくから、三人は周囲の警戒を頼む。」
魔法が使えれば、この程度の処理は簡単なのだが、異性にやらせる仕事ではないし、俺が名乗り出る。
ニルがそんな事はさせられないと言いかけたが、大丈夫だと目で言うと、大人しく周囲の警戒に動いてくれた。
「まったく……こんな奴が頭領だと思うと、流石に同情したくなってくるな…」
魔法を使って処理をしながら呟く。
どう見ても、このザナという男から、情報を抜き出すのは無理だと思えるような状態だが、俺には何か得られるのではないかという確信が有った。
何故ならば、この男は、襲撃の際、自分の意思で城を抜け出したからだ。
思考回路がぶっ壊れているのは、見て分かるが、恐らく、正気な部分が僅かに残っているのか、タイミングでそういう時間が訪れるのか、逃げ出そうと思えるような余地が、この男の中に、まだ残っているのではないかと考えている。
本当に何もかもぶっ壊れているならば、逃げ出すという判断さえ出来ないはず。あくまでも推測の域を出ないが、間違ってはいないはず……多分……
とはいえ、このザナという男から情報を得られたとしても、核心に迫るような情報ではないだろう。
黒犬の連中が関わっている事は間違いなさそうではあるが、本当に知られてはならない事ならば、いくらデカい盗賊団の頭領とはいえ、生かしてはおかないはず。もしかしたら、ただの時間稼ぎかもしれない。
「俺達の持っている情報が少な過ぎて、判断が難しいな…」
システムからの通知で来た、イベント『魔王の城』。これについても、その後の音沙汰は無し。ここまで、他の通知が来ていない事から考えると、アーテン婆さんとの一件からこっちの出来事、その全てが、このイベントの対象となっているのではないかと思える。
もしそうだと考えると、ここから先の一手一手が、非常に重要なものになってくるはずだ。慎重に選択肢を選びたいが、慎重に選ぶという選択が間違っている可能性も有る。もしかしたら、何も考えずに、北へとひた走り、脳筋ムーブで魔界に入るというのが正解なのかもしれない。
「イベントというのならば、もう少しヒントくらいくれても良いと思うが…本当に、鬼畜な設定だな。」
「ああ……おお……」
喉から出る声とも言えない音を響かせて、虚空を見続けるザナ。数分でも良いから、この男と会話が出来るように、ザナの言う女神だか守護神だかに祈るとしよう。
「シンヤさん。」
「どうした?」
ザナの処理が終わり、少しすると、ハイネが近寄ってくる。
「これからの事で、少し話が有るのだけれど、良いかしら?」
「構わないぞ。
ニル。ザナの事を見ておいてくれないか?」
「はい。お任せ下さい。」
「私も見ていますね。」
ピルテもニルと共に居てくれるらしい。
俺とハイネだけで、ザナの近くから離れて、話を始める。
「さて、これからの事で話というのは?」
適度に離れた場所で、ハイネに話を促す。
「ザナを見れば分かると思うけれど、薬の影響で、正気はほぼ失われているわ。もし、話をすることの出来るタイミングが来るとしても、今日、明日の話ではないはずよ。」
「暫くは無理だろうな。」
「そこでなのだけれど、ザレインの線から調べを進めてみるのはどうかしら?」
「ザレインの線?」
「さっきも少し触れたけれど、ザナが使用していたザレインという薬物は、とても高価で、あまり出回らない物なの。ノーブル程の規模があれば、手に入れる事は可能だと思うけれど、正気が無くなる程の依存性となると、かなりの量を摂取しているはずだわ。それこそ、常用していたと言っても良いくらいにね。」
「つまり、そんな高価な物を大量に手に入れているとなれば、必ずどこかに痕跡が残るって事か。
だが、それは相手も分かっている事だ。罠の可能性がかなり高いと思うが?」
「ええ。間違いなく罠だと、私も思うわ。
でも、罠だとしても、それも一つの痕跡になるはずよ。ザレインを追っている私達に、誰かさんが手を出して来たならば、そこから手繰り寄せる事も可能なはずよ。」
「そんなに簡単に手繰り寄せられる程、太い線だとは思えないが…」
「相手も馬鹿ではないから、当然簡単に手繰り寄せさせてはくれないとは思うけれど、何もしないよりは良いと思うわ…どうかしら?」
超悩む一手だ。
もし、この罠に爪先から頭の先までドップリとハマってしまえば、その瞬間にこちらの負けが確定してしまう可能性が高い。ハイネとピルテは、アーテン婆さんの情報を握っていると思われているから、それを聞き出すまでは殺されないとしても、俺とニルは最初から殺す気で来ている。つまり、今回の罠も、殺す気で張っているはずだ。
「考えが甘い気がするが…」
「そうかしら?私とピルテだけで動くならば、それ程悪い案とも限らないわよ?」
「二人だけで?その方が危険だろう。」
「いえ。寧ろ、私とピルテは、この四年、ずっと身を隠して来たのだから、変装して外に出れば気付く者は少ないはずよ。」
ハイネとピルテは、魔界からレンジビまでに在る街や村を、手当り次第に調べてきた。つまり、どこも一度通った場所という事だ。となると、二人の顔を見て、気付く連中が居るかもしれない。故に、俺は二人だけで行動する方が危険だと言ったのだが…ハイネの言うように、四年も姿を隠していたハイネとピルテが突然現れて、変装していたら、気付けない者の方が多いとも思う。
「シンヤさんとニルちゃんも、変装していれば、見た目ではバレないかもしれないけれど、あまりにも一般的な強さから掛け離れているし、見る人が見れば直ぐに気が付くわ。」
「そこまでか?」
「二人の実力は、そこまでなのよ。」
「隠しているつもりなんだが…」
「隠していても、気付く者は気付くものよ。その点、私とピルテならば、溶け込むのも難しくは無いはずよ。」
そう言って、冒険者の登録証を見せてくれるハイネ。
情報を得るならば、冒険者として潜り込むのが一番楽な方法だ。必要以上に詮索される事は無いし、女性二人だとしても、実力さえあれば舐められる事は無い。だがしかし…
「やはり危険過ぎる。」
ノーブルから得られた情報を元に考えると、付近の街や村には、既に俺達の事が知れ渡っているはず。無理に情報を集めるのは、リスクが高い。
「危険は承知の上よ。」
それでも、ハイネは引き下がろうとはしない。
「今の私達には、あまりにも情報が少な過ぎるわ。危険を冒してでも、今は情報を集めるべきよ。
それに、私とピルテも、一応はここまで戦ってきたのだし、吸血鬼なのだから大丈夫よ。
どうしてもという時は、直ぐに逃げると約束するわ。それでどうかしら?」
「…………………」
ハイネは提案しているように喋ってはいるが、その目を見ると分かる。彼女は、既に決心して、行く気満々だ。俺が何度否定しても、折れるつもりは微塵も無いだろう。
「………分かった。だが、もし、気付かれるような事になれば、直ぐに逃げる事を徹底してくれ。」
「ええ。約束するわ。」
「もう一つ。定期的に俺達の元へ来る事。」
「情報の共有もしなければならないし、最初からそのつもりよ。」
「……分かった。それが約束出来るならば、情報の収集を頼む。俺とニルは、最初の拠点に戻って、ザナの尋問を続ける事にする。」
「信じてくれてありがとう。必ず成果を出してみせるわ。」
「成果を出す事より、自分達の命を最優先してくれ。」
「ふふふ。了解したわ。それじゃあ、ピルテと一緒に、近くの街や村で情報を集めてくるわね。」
「ああ。」
結局、押し切られてしまう形になったが、ハイネの言っていることは実に正しい。危険な事を除いて考えたならば、今はとにかく、何でも良いから情報が欲しい。
俺達の数少ない手札の中で、相手に近付けるであろうカードは、ザレインだけだ。それを追うのは、寧ろ当然である。
俺とニルは、
ハイネ達と別行動を始めてから、まず変化があったのはザナだ。
薬物、ザレインの効果が切れたのか、酷く怯え、暴れるようになった。
食事と水分だけは無理矢理にでも口に入れて、死なないように管理するのは、なかなか大変ではあったが、何か一つくらいは情報を落としてもらわなければ、骨折り損も良いところになってしまう為、
そんなザナを管理し始めてから、三日の時が過ぎると、ザナの尿から、甘ったるい臭いが無くなっていくのが分かった。嫌な確認方法ではあるが、ザナの体から、徐々にザレインの成分が、ある程度抜け出ているのではないだろうか。
その頃、ハイネとピルテが一度戻って来て、情報の共有を行ってくれた。結論から言えば、何も得られた情報は無かったのだが、そう簡単に足取りが掴めるはずがない。ここでサクッと情報が集まってしまったならば、完全な罠だと確信出来たのだが…
俺達の方も、ザナから得られた情報は無い事を伝えると、ハイネとピルテは別の村に向かう事を伝えてくれた後、拠点を離れた。
これと同じ事の繰り返しが、そこから二週間続いた。
そろそろ、訳の分からない事ばかりを口走るザナに、本気で苛立ちと殺意を覚え始めていた時だった。
「叫ぶか訳の分からない事を口走るかしかしませんね…」
「俺の予想が外れて、完全に頭が吹き飛んでいるのかもしれないな。」
「ご主人様の手を煩わせ続けるなんて、
「そうイラつくな。気持ちはよーく分かるが、頭の吹っ飛んだ相手にキレても、得は何も無いからな。気持ちは本当によーく分かるんだがな。」
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