第360話 構成員 (2)

ハンターズララバイと街の貴族が繋がっているとなると、俺達やハイネ達の事を伝えて、街に入ったら分かるようにしている可能性が高い。つまり、気を付けなければならないのは盗賊だけではないという事だ。


「こうなってしまうと、こちらもおいそれと動く事が出来ませんね。」


「ここで留まる選択は賢い選択だったらしいな。知らない間に敵陣のど真ん中だったかもしれないからな。」


「それが分かっただけでも、大きな収穫ですね。」


「トラップを仕掛けた甲斐があったというものね。」


「この男は、ノーブルの中でもそれなりの地位のようですし、まだまだ搾り取れる情報は有ると思います。この男の事は私とお母様に任せて頂いても宜しいですか?」


ピルテが見下ろしている男は、血を吸われて、気を失ってしまったようだ。


「俺とニルが居ても何が出来るわけでも無さそうだから、任せるとするよ。ただ、二人の精神的な事を考えて、辛い時は変わるから言ってくれよ。」


「ご心配ありがとうございます。そうなった時は遠慮せずにお願いしますね。」


「ああ。」


二人が交代を願い出てくるとは思えなかったが、後ろに控えている者が居ると知っているだけで、幾分か心に余裕が出来るはずだ。


「さてと……そうなると、俺とニルは、この男の消息を誤魔化しに行かなければならないな。」


「死んだ事にしますか?」


「ノーブルの連中がどういう動きをするのかによるな。捜索隊を出すなんて事になるならば、死んだ事にしてしまった方が良いだろう。」


「となりますと…暫くはノーブルの動きを見張った方が良いですね。」


「そうだな。」


「それならば、丁度良い場所がありますよ。見付からずにノーブルの城を観察出来る場所です。少し遠いですが、人の動きくらいならば、私達のような視力が無くても見えるはずです。」


「それは嬉しいな。教えてもらえるか?」


「はい。勿論です。」


俺とニルはピルテから見張りに良い場所の位置を聞き、早速向かってみる事にした。

ピルテから聞いた場所は、城から少し離れた位置にある、他より少し大きな木。その上だ。俺とニルならば、今更その程度の木登りくらい余裕である。


「確かにここからならば、正門がしっかり見えるな。」


「流石に私達の視力では、人の顔まで見れませんが、動きは分かりますね。」


「どうやら、まだ騒ぎにはなっていないみたいだな。」


「食料庫の管理人ともなれば、直ぐにでも探されそうなものですけれど…」


「捕まえたのはさっきだからな。元々時間に厳格な奴でもなければ、気にされる事もないだろう。

見張りの場所も把握出来たし、一度戻ろう。騒ぎになるのは早くても明日だろう。トラップの巡回と同時に、正門の様子を確認するぞ。」


「はい。分かりました。」


俺とニルは場所の確認を終えた後、ハイネ達の元へ戻る。男はまだ気絶中のようだ。


「ノーブルの連中はどうだったかしら?」


「まだ何も動きは無いな。」


「大きな組織と聞いていたから、それなりにしっかりしているのかと思っていたけれど、割と杜撰ずさんなのね。」


「盗賊には統治の心得なんて無いだろうに、あれだけ大きな城に住んでいたら、杜撰にもなるだろうな。」


「そんな事で、よく盗賊団を保っていられるわね?」


「それだけ後ろ盾の連中が援助しているということだろうな。」


「あんな卑怯ひきょうで非道な連中に、何故肩入れするのでしょうか?」


ハイネもピルテも、魔界外の常識については、それなりに詳しくなったみたいだが、貴族や人の欲については、まだ理解が浅いらしい。


「あまりに大きくなった盗賊団が相手となると、潰すより、上手く取り入って儲ける方が楽だからだろうな。

自分達の手を汚さずに、大金を手に入れたり、奴隷や貴重品等、手に入れたい物ならば、それが誰の物だとしても手に入れられる。例え非合法だったとしても、貴族達は買っただけだから、盗品とは知らずに手に入れたと言えば、責任を問われる事は無いだろうしな。」


「つまり、私利私欲の為に、盗賊と手を組んでいる…という事ですか?何とも…」


「汚い…か?」


「言葉を選ばずに言うのでしたら…そう思います。」


「ピルテの言いたいことは分かるし、間違っていないと俺も思う。だが、それが魔界外でのというやつだ。

これは小さな街でも、大きな街でもあまり変わらない。ある意味、それが出来なければ上には登れないとも言える。勿論、そうではない人達も居るが、間違いなく少数派だ。」


「魔界外は、魔族とは違った常識で動いている事は理解しているけれど、なかなか面倒臭いわね。」


「力がものを言う魔族とは対照的とも言える体系だからな。だが、だからこそ生き残っているとも言える。狡く、したたかに生き延びる者達ばかりだ。

とは言え、限度というものは有る。私利私欲は向上心に繋がるし、その為に努力するのならば、悪い事では無いと思うが、そこに他人への害が発生すると、話は変わってくる。」


「今回の場合は、後者って事よね?」


「ああ。俺達に対しても害だが、ギルドでは盗賊に被害を受けている者達の依頼が数多く見られた。これは確実な害悪だ。」


「近隣の村や街の皆で力を合わせて、一気に殲滅する事は出来なかったのでしょうか?」


「大規模な討伐隊を組んで殲滅するとしたら、冒険者だけでは無理だろうな。大規模なものとなってくると、貴族が関わってくる事になる。それはつまり、盗賊と繋がっている貴族も関わってくる事になる。裏で色々と動かれたら、いくら討伐隊が優秀でも意味が無い。殲滅というのは、元から無理のある話だったのかもしれないな。

レンジビでは、盗賊に対する討伐隊が一度組まれて以降、二度目は無かったという話を聞いた。もしかしたら、盗賊に繋がる貴族連中の思惑が絡んでいたのかもな。」


「何ですかそれ!死んだ人達は無駄死にではないですか!?」


「あくまでも可能性の話だ。本当のところは分からない。それに、別に珍しい話ではない。戦争だって、実際に投入される兵士達全てが、上の意見に賛同して志願している者達ばかりではないだろう?」


「それは…そうですが……」


「ピルテ。そこを責めていても、問題は解決しないわ。それに、私達がやっていた事も、言ってしまえば、それと同じ事をしていたのだもの。他人の事は言えないわよ。」


「うっ……そうですね…」


ハイネとピルテは、気付いて直そうとしているし、相手を害する意思が無かっただけマシだ。

相手を傷付ける事を目的として、それが勝手な言い分だと理解した上でやっている奴など掃いて捨てるほど居る。盗賊もその内の一つだ。


「今はそこを話し合うよりも、それをどうやって止めるか、どうやって相手を潰すかを考えないといけないわ。」


「……分かりました。」


「とにかくだ。俺とニルで、明日からトラップの巡回時に城の動きを偵察する。何かあれば手を貸して貰う事になるから、そのつもりでいてくれ。」


「分かったわ。」

「はい。」


二人に了解を得て、翌日から俺とニルで正門の偵察を行い始めた。


結論から言えば、男を捕らえた日から二日後、何やらザワザワしたような慌ただしい空気を感じ、やっと捜索か何かが始まるのかという雰囲気になり、その日は俺とニルが泊まり掛けで偵察したが…結局、たった数人が出てきて、軽く捜索を行っただけ。

俺とニルが仕掛けておいた、男の血に濡れた服の切れ端と、護衛の男達から奪っておいた武器や防具を置き、モンスターの牙を何本か設置。周囲を争った風に荒らしておいたら、それを持って帰って満足してしまった。

一応、気を抜かずに暫く観察していたが、騒ぎは完全に収束し、普段通りに回り始めた。


「どうやら、あの男の後任者は、何人も居るみたいだな。」


「ハイネさん達が重役に間違いないと仰っていましたが…違ったのでしょうか?」


「いや、食料庫の管理人とは言っていたが、繋がりの有る貴族とのやり取りもしていたみたいだし、ただの管理人とは違う。ノーブルと関係している貴族達との関係を築く役割も担っていたと考えた方が良いだろう。間違いなくノーブルにとって必要な人材だと思うが…そんな奴が消えたにしては、対応があっさり過ぎる。」


「何かの罠でしょうか?」


「あっさりした対応が罠か……そこにメリットを感じないし、違うと思うが…」


ここで大きな捜索隊を出さない選択肢を選ぶ事で、ノーブルが俺達に与えられる影響を考えた時、思い付くのは、捜索隊が出ない事で、俺達を安心させ、油断させる…くらいしか思い付かない。俺達としては、捜索を出された方が圧倒的に面倒だ。


「そうですよね…そう考えますと、あの男自身の問題でしょうか?」


言葉を交わした時間は、本当に僅かだったが、怒鳴り散らし、捕まっているというのに、実に傲慢な態度だった。身綺麗にしていても、隠しきれていない内面の汚さが滲み出ていたと言える。

重役ではあるが、周りからは煙たがられていたとか…そもそもあの男の役割を、別の誰かが担える状況にあったとか…そう考えれば、別に居なくなっても良いかと周りの者達に思われていたと考える事は出来る。


「無いとは言い切れないが…」


「組織として、それではあまりにも杜撰な管理ですよね…?」


「そう思うよな。」


ノーブルをここまで暫く観察してきたが、今まで見てきた盗賊団の中で、最も大きく人数も多いのは確実。そんな人数を維持しながら、色々な連中と手を結び、儲けを出しているとなれば、それなりの指揮系統を確立しているはず。そうでなければ、組織というのは成り立っていかない。

元の世界の、企業、会社で考えるとよく分かる。

小さな企業であれば、社長の目が全てに行き届くだろうし、指揮系統も単純で、わざわざあれこれ決める必要も無いかもしれないが、従業員が増えれば増える程、それは難しくなっていく。どうしても、社長だけの目では見られなくなる為、部長とか課長とかを作り、その人達に、更に下の者達を管理してもらう事になっていく。

捕まえた男が部長クラスなのか課長クラスなのかは分からないが、どちらにしても、そのような者がいきなり居なくなれば、その者が嫌な奴かどうかは置いておいて、やはり騒ぎになるし、直属の部下は困惑せざるを得ないはず。それなのに、この対応だ。


「いや…そもそも、そういう考え方自体が間違っているのか…?」


「どういう事でしょうか?」


「ノーブルの頭領をやっているザナという男が、統治能力にまで優れているかは微妙なところかもしれないって事だ。」


会社でバリバリ業績を挙げる社員が居て、実に優秀だと言われていたとする。それではと、その者を上役に任命し、下の者達を管理させた時、必ずしも上手くいくというものではない。それもまた、別の素質が必要だからだ。


「つまり、ザナという男は、上に立つ者としての素養が無く、下の者達を管理出来ていないということですか?」


「可能性の話だがな。もしそういう素養が無くても、そういう教育を幼少期から受けている貴族連中の手を借りれば、組織自体はそれなりに上手く回せるだろう。」


「そうなりますと……警戒し過ぎだったのかもしれませんね?上手く管理出来ていない組織となれば、組織である利点が無いのと同じですから。」


流石は出来る子ニルさんだ。これまでの旅路で、統率の取れた組織がいかに厄介であるか、逆に、統率の取れていない集団がいかにもろいのかをよく学んでいる。


「そうだったとしても、警戒しても、し過ぎという事は無いはずだ。だが、そろそろ大胆に動いても良いかもしれないな。

取り敢えず、一度ハイネ達のところに戻って、今後の事を話し合うとしよう。」


「分かりました。」


動きが無いノーブルの連中を、もう一度だけ見てから、俺とニルは拠点へと戻る。


「そんな対応だけで終わりなの?」


拠点にはハイネが一人で居て、捕まえた男はまた気絶中との事で、ピルテが一人で監視しているらしい。ハイネは二人分のマジックローズを取りに、一度拠点に帰ってきたところだった為、俺達も一緒にピルテの元へ向かいつつ、見てきた事を話す。


「どこまで信じて良いのか分からないが、少なくとも、俺とニルが見た限りでは、他に大きな動きは無かったように見えたな。」


「あの捕まえた男、どれだけ周りから嫌われていたのかしらね。」


「同感だ。だが、そのお陰で、相手が一枚岩じゃない事が分かった。ここからは、派手に動いていこうかと考えているんだが、ハイネはどう思う?」


「このまま敵がトラップに掛かるのを待っていても、時間を無駄に消費してしまうのならば、強引な手に出ても良いかもしれないわね。あの男から得られる情報もそろそろ無くなってきたと思うからね。」


ハイネとピルテは、俺とニルが敵情視察している間、男から得られる情報を常に引き出し続けていた。

結局、男は、自分から何かを喋る事は無かったが、ハイネ達によって、いくつかの情報を得ることが出来た。


まず、既に俺とニル、ハイネとピルテは、付近の街や村に、指名手配とまではいかないが、見掛けたら報告するようにという御触おふれが出ているらしい。あくまでも、ハンターズララバイに関わる者達に対してのみで、一般人には関係の無い話だが、相手の規模から察するに、どの街や村にも関係する者が居ると考えて間違いないはずだ。これで、俺達の推測していた内容が確実なものへと変わった。


次に、食料の調達を行った場合の、搬入経路を知る事が出来た。

正門の検査が厳しいのに、そんな事を知って何か意味が有るのかと思うかもしれないが、当然意味は有る。食料は、生きていく上で、どんな生き物にも必要な物だ。つまり、どんな奴でも必ず飯は食う。後はどんな事に使えるのか、大体想像出来るだろう。


他にも、城の大体の構造についても分かったらしい。俺とニルは記憶を覗く事が出来ない為、想像するしかないが、話を聞けば何となく想像は出来る。


残念ながら、ザナについての詳しい情報は分からなかったが、顔は昔に配られていた手配書と同じで、変装もしていない事だけは分かった。


「あ、おかえりなさい。シンヤさん。ニル。」


男の居る場所に近付くと、俺達に気が付いたピルテが、立ち上がって出迎えてくれる。

近くの木に縛られている男は、度重なる拷問によって、常に目が虚ろな状態になっていて、あれだけ威勢が良かったのに、今では一言も喋らなくなってしまった。


「ピルテ。この男から得られる情報も、もう無さそうだから、そろそろ楽にしてあげましょうか。」


「…分かりました。」


ピルテが魔法陣を描くと、シャドウクロウが現れる。


自分が今からどうなるのか、男のぼやけた頭でも理解出来るだろうに、黒い爪に目を向けるだけ。何かをしようという気力すら無いらしい。


ザシュッ!


男の額に、シャドウクロウが突き刺さると、目を少しだけ見開き、ゆっくりと体から力が抜けていく。


「最後まで喋らなかったわね?」


「これは恐らくだが…上級闇魔法、死の契約を使われていたんじゃないか?」


「約束を破った場合、即死する魔法よね?」


「前に、黒犬と関わった男が、死の契約によって死ぬところを見た事がある。その魔法を行使されていたのかもしれないな。」


「黒犬が…ですか?」


「いや、それは無いだろう。ノーブル頭領のザナならばまだしも、こんな手下にそこまでするとは思えない。」


「ザナという男が、死の契約という魔法を知って、闇魔法を使える者に魔法を掛けさせたのでしょうね。アレンには、そういう様子は無かったし、恐らく城に出入りする部下を縛っているのでしょうね。」


「自分の命が掛かっていれば、裏切る事は有り得ない…という事ですか。」


あくまでも予想でしかないが、当たっていると思う。


「そろそろ移動するか。もうここに用は無いしな。」


「この死体の処理は私の方でやっておきます。」


「いや、ここからは派手に動く事にしたから、拠点を移そうと思う。この場所では少し城から遠過ぎるからな。道中で死体を処理すれば良いから、全員で移動しよう。」


「それで馬も連れて来たのですね?」


「誰も居ない場所に放置するのは流石にな。それに、この先街や村に寄れない事を考えると、馬が手に入るか分からないし、下手に手放さない方が良いはずだ。」


「それもそうですね…分かりました。それで、どの辺りまで近付きますか?」


「城から一時間くらいの場所に木々が生い茂る良い場所が有るだろう?城の南側だ。」


「はい。分かります。」


「そこに拠点を作ろうと思う。移動中はモンスターとの遭遇も多いだろうが、なるべく静かに移動しよう。」


「分かりました。」


「死体は馬の背に乗せてくれ。馬はピルテに任せても大丈夫か?道中は俺とニルで護るから。」


「お二人に護って頂いて、何か問題が起きる方が珍しいのでは?お母様も居ますし、この世で一番安全な移動になること間違い無しですよ。」


「そう言ってもらえるなら、気張らないといけないな。」


「大丈夫です!私がかすり傷一つピルテには付けさせませんから!」


「ありがとうございます。お任せしますね。ニル。」


「はい!」


ニルにとっては良きライバルとなったピルテだが、知らない間に、随分と仲良くなったらしく、最近では二人で話しているところをよく見る。ピルテもニルの事を呼び捨てにしているし。

うんうん。良い兆候だ。


俺達は、ここまで世話になった拠点を捨て、城の南側へと移動する。移動開始してから暫くは、モンスターと頻繁に戦闘となったが、暫く歩き続けると、盗賊達が住んでいる場所に近い為、モンスターとの遭遇が極端に減る。

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