第359話 構成員
俺とニルだけでは、トラップの位置までは確信を持って決められなかった。それを可能にしてくれたハイネとピルテに感謝だ。
「何か収穫はあったかしら?」
「いや。持ち物を検査したが、特に重要そうな物は持っていなかった。」
「予想通りではあるけれど、少し残念ね。」
「ただ、一つ気になった事があってな。
死んでいた男の上腕部にこんな形のタトゥーが入っていたんだ。」
俺は机の上に指で『Σ』の形を描いて、ハイネとピルテに見せる、
「タトゥーですか…確か、お母様と調査している時も、そんなマークの入った者達を何人か見たような気がしますね。」
「あー。首元に入っている男が居たわね。」
「ノーブルの仲間だと分かるようにでしょうか?」
「いや、もしそうならば、アレンにも入っているはずだ。もし、末端の者だから入っていないのだとしても、それくらいの事は知っているだろう。それを伝えてくれないとは考え難い。」
「末端過ぎて知らなかったということは、本当にないのかしら?」
「いくら何でも、そんなことはないと思うぞ。二人が見た男が首元にタトゥーを入れていて、隠しているわけではなかったのならば、アレンでも気付けるはずだしな。」
タトゥーの事について、アレンが敢えて隠しているという可能性は恐らく無いし、忘れていたという事も無いだろう。本当に知らなかったとすれば、恐らく、ノーブルの中でも一部の者達に入れられるタトゥーという事だろう。
どういう連中に入れられるタトゥーなのか、どんな意味を持っているのかは分からないが…
「全員に入っているわけではないタトゥーでしたら、城に出入りする為の通行証の代わりでしょうか?」
「十分に有り得るな。でも。そればかりとは限らない。あまり先入観を持って見るべきではないだろうな。一応、どんな意味があるものなのか気を付けて見ておこう。」
「そうですね。もし、また見掛けた時は報告致しますね。」
「ああ。頼む。」
その後、数日中に一人のペースで、殺傷系トラップには、何人かの者達が掛かり、その中にも、このタトゥーを体のどこかに入れた者を見掛けたが、どんな意味が有るのかは分からなかった。
そして、トラップを仕掛けてから一ヶ月後、遂に非殺傷系トラップに掛かった者達が現れた。
いつものように、トラップの巡回を行い、ハイネ達との合流地点へ向かうと、既にハイネとピルテが待っていた。
「シンヤさん!こっちのトラップに掛かった連中が居るわ!急いで移動させたから、直ぐに向かいましょう!」
「本当か?!分かった!」
俺とニルは、急いでハイネ達と共に、捕まえた連中の居る場所へと向かう。
トラップを仕掛けた位置に、捕まえた者達を置いておくと、誰かに発見される恐れがある為、一先ず人目につかない場所へ移動させてくれたらしい。
「あれです。」
ハイネとピルテが連れて行ってくれたのは、局所的に木が密集している場所で、他の場所からとても見辛い場所になっている。
そこに、三人の男達が、ネンチャクキノコの胞子に全身を絡め取られ、団子状態になっているのが見える。どうやらトラップは上手く作動したらしい。
こっちのトラップの仕組みは…
見えないように足元に鋭く研いだ小さな木の杭を何本も立てておいて、その中央に目を引く物を置いておく。
その杭を踏み付けると、人は痛みによって、無意識に足を引っ張りあげる。すると、杭と連動するように仕掛けておいた、杭の周辺に設置されたネンチャクキノコの胞子が放出され、足に絡み付く。そして、一度罠が発動すると、周囲に仕掛けておいたネンチャクキノコの胞子全てが発動する。
多少離れていても捕まえられるように、そこそこ広い範囲に設置しておくと、同行していた者達全てを一網打尽に出来るという仕掛けだ。
ネンチャクキノコが大量に必要になるが、そこはインベントリと、小人族様様で、何とかカバー。
設置された小さな木の杭も、同時に巻き込まれる為、怪我は確実に負うが、死ぬ事は無いし問題は無い。寧ろ、ある程度までならば、傷を負った方が脱出困難となる為、こちらにとって都合が良いとも言える。
問題は、北側から入る者達が、来なくなった場合のノーブルの対応だが…情報を得られる事と、警戒される事を天秤に掛けた時、情報を得られる方がこちらにとってプラスが大きいという判断で、トラップを設置した。
本当に良い情報が手に入るかどうかという懸念は有るが、動かない事には先に進む事も出来ない。
「んー!んんー!」
三人の男達は、口を白布で縛られ、何か叫んでいるが、言葉になっていない。
「ハイネ。この辺りは叫んでも大丈夫か?」
「ええ。この辺りには人は来ないわ。」
「そうか。」
俺は三人の中の一人の口を自由にする。
「何しやがるこのクソ虫共が!」
「随分と威勢が良いな。」
「ぶっ殺すぞ!」
「その状態でどうやって俺を殺すんだ?」
「クソ野郎が!」
話をしなくても、ハイネとピルテが血の記憶を読み取れば済む話なのだが、二人が言うには、読み取れる記憶は選べないし、必要な情報がちゃんと手に入るかは運だと言っていた為、会話でも情報が得られないかと思ったのだが…話にならない。
「俺はんぐっ!」
何か言いたかったみたいだが、聞いている暇は無い為、口を白布で覆い直す。
「ハイネ。ピルテ。悪いが一度見てもらえるか?」
「ええ。任せて。」
「私はこっちの男を見るわ。」
「では、こちらの男を私が。」
ギャーギャー騒いでいた男の肩口にハイネが、もう一人の男にピルテが牙を突き立てる。
「んぐぅぅっ!」
「ぐっ!んん!」
二人が口を付けた場所から、ツーと血が一筋流れる。
そんなことをされるとは思っていなかったのか、男達は身を捩りながら目を丸くしている。しかし、ハイネとピルテの力は強く、どれだけ暴れても、その手から逃れる事は出来ない。
こうして実際に吸血行為を見ていると、まさに吸血鬼と言える二人。見た目が人族に近いからか、普段はあまり意識しないが、彼女達は
ハイネとピルテが口を当て、コクリと喉が上下すると、二人の目がぼうっと赤色に光る。どうやら、それが記憶を見ている時の反応らしい。
何度か血を摂取した後、二人が口を離すと、傷口がスーッと消えていく。牙で噛み付くと、自分の意志とは関係無く治療してしまうらしい。
「どうだ?」
「私が見た男が重要な立ち位置みたいね。あまり良い情報は見られなかったけれど、ノーブルの中で食料管理を任されている男みたいよ。」
「食料か……悪くないな。」
「こっちの男はただの護衛ですね。ろくな情報は持っていないかと。」
「そうか。」
「最後の一人だけれど……」
残った一人をハイネとピルテが見ているが、とてつもなく嫌そうな顔をしている。
「どうした?」
「この男からは、アルコールの濃い臭いがするのよ。普段から飲んでばかりなのでしょうね。恐らく、血液も嫌に臭うと思うのよ。」
「鼻が良いから余計に嫌なわけか。」
血を飲む前から、二人が嫌がる程にアルコールの臭いがするという事は、かなりの量を飲んでいるのだろう。アルコール中毒みたいな状態かもしれない。
そんな男の血を飲むのは、鼻が曲がるような気分になるのだろう。
「アルコールが抜けるまで待つか?」
「いえ。そんな事をしてリスクを負いたくないわ。大丈夫。少し気持ち悪くなるだけだから。」
「悪いな。」
「良いのよ。」
「お母様。私がやります。気分が悪くなった場合、私よりお母様の方が戦力低下に繋がりますので。」
「ピルテにそんな事をさせたくないわ。」
「お母様。私も十年間戦ってきました。これくらい大丈夫です。」
「………そう。分かったわ。それなら宜しくお願いするわね。」
「はい!」
よし!と気合いを入れたピルテが男の肩口に口を当てる。
「んんー!んんぐっ!」
コクリと喉が鳴り、数秒後。
「うっ……最悪の味ですね……」
眉を寄せて、口元に手を当てるピルテ。本気で嫌がっている顔だ。
「大丈夫?」
ハイネが背中を摩ると、ピルテは何度か頷いて背筋を伸ばす。
「この男もただの護衛です。必要無いかと思います。
それにしても…どちらの男も、殺しは禁止のノーブルだというのに、何人か殺していますね…嫌なものを見ました…」
何を見たのか、詳しくは聞かないが、大体想像出来る。
「助かった。ピルテは休んでいてくれ。」
「そうさせて頂きます…」
「さてと。これでどいつが必要かは分かったし、護衛の二人は殺して燃やすとするか。」
「んんー!んん!」
「んー!ん!」
護衛の二人は嫌だ嫌だと全身を激しく動かす。ネンチャクキノコの胞子に混ざった杭が、男達の体に食い込み、血を流しているが、そんな事はお構い無しだ。
「ニル。必要な男だけを連れて行こう。氷魔法を頼めるか?」
「お任せ下さい。」
ニルが魔法陣を描くと、青白く光り、男達を絡め取っているネンチャクキノコの胞子の一部を瞬時に凍り付かせる。体も若干凍らせてしまうが、まあ大丈夫だろう。軽く凍傷になるだけだ。
バキバキッ!
俺が必要な男を引っ張ると、ネンチャクキノコの胞子が砕けて、一人だけを取り外す事が出来る。
ネンチャクキノコの胞子は、凍りつかせると、粘着力が無くなり、簡単に外す事が出来るのだ。と言っても、そもそも氷魔法なんて、簡単に手に入るものではないから、目の前に居る男達には出来ない芸当だが。
「ハイネ。こいつを連れて行ってもらえるか?俺とニルでこっちの二人を処理して戻る。」
「ええ。分かったわ。」
ハイネが片手で男を掴み、肩に担ぐ。女性らしい細腕なのに、どこにそんな力が有るのだろうか…
ハイネは気持ち悪そうにしているピルテを連れて、俺達の拠点の方へと向かって歩いていく。
「さて。お前達を生かしておく事は出来ない。運が悪かったと諦めるんだな。」
「んんー!ん!んん!」
命乞いも、罵倒も聞きたくはないし、聞いたところで何も感じる事は無い。
ピルテが嫌なものを見たと言ったのだから、そういう殺しをしてきた連中という事だ。被害者の為にも、こいつらを生かしておく選択肢は無い。
「ノーブルは基本的に殺し禁止だと聞いていたが、守っている奴は少ないみたいだな。」
「あくまでも盗賊…という事ですね。」
俺は二人を持ち上げて移動し、煙が上がっても大丈夫な場所へと運んで行く。二人の男は、何とか抜け出そうとジタバタしているが、別に問題は無い。
ドサッ!
「んぐっ!」
「ぐっ!」
良さそうな場所で二人を下ろす。痛そうだが、こいつらに殺された者達は、もっと多くの苦痛を受けたに違いない。
スラッ……
腰から抜いた桜咲刀の切っ先が二人の男に向く。
「んんー!んん!」
「んー!んー!」
「ご主人様。このような者達に、ご主人様自らが手を下さなくとも、私がやります。」
「気持ちは有難いが、どちらがやっても同じならば、俺がやるよ。」
このやり取りは、結構何度もやっている。
今更、ニルが誰かを殺す事でどうにかなってしまうとは思わないが、ニルは俺と違い、罪悪感を少なからず感じるはず。無抵抗の者に刃を振り下ろす役目は、俺であるべきだ。この考え方は、何度ニルが口を挟んだとしても、変わる事は無い。
「…分かりました。」
「んんー!ん!」
「んん!んー!」
ニルが一歩下がり、俺は二人の男に目を向ける。
俺が本気で殺そうとしていることは、目を見たら分かるだろう。
「さっきは、お前達の運が悪かったと言ったが、撤回するよ。お前達は本当に運が良い。」
「「っ?!」」
俺の言葉を聞き、二人の目に希望の光が宿る。
「お前達が殺した者達と違い、苦痛は短く死ねるんだ。本当に運が良い。」
そして、続く俺の言葉を聞いて、その目から光が急速に失われていく。
ザシュッ!ザシュッ!
俺は二人の喉を横一文字に切り裂く。
ヒューヒューと喉から抜け出る空気の音と、滝のように流れ出る血。そして、息のあるうちに魔法で二人の体に火を着ける。
熱くて、痛くて、苦しいに違いない。暴れたいが、それも出来ず、芋虫のように体を何度かクネらせるだけ。
ネンチャクキノコの胞子も燃えて灰となっていくが、その時には既に男達は死んだ後。
「一応、この辺りの痕跡を消してから、拠点に戻ろうか。」
「はい。」
俺とニルは、二人の男を殺し、その痕跡を出来る限り消した後、拠点へと戻る。
「おかえりなさい。」
拠点に戻ると、ピルテだけが横穴の前で待っており、俺とニルを見ると、直ぐに近寄ってくる。
「気分は大丈夫か?」
「はい!まだ少し胸がムカムカしますが、取り敢えず大丈夫です。」
「それは良かった。」
「心配して下さってありがとうございます。」
「ああ。それで、ハイネは?」
「拠点に連れてきてしまいますと、敵側にこの場所がバレてしまう恐れがありますので、少し離れた場所で待っております。」
黒犬の連中は、魔力を追跡する魔具を持っていると、アーテン婆さんが話していたし、それ以外にも、あの男を追跡することの出来る何かを持っているかもしれない。それを考えての対策らしい。
「分かった。そこまでの案内を頼む。」
「はい。」
ピルテに付いて行くと、二人が見付けてくれた川へと辿り着く。
ザパッ!
「んんー!んんー!んーー!」
少し離れた位置から、水音と男の声が聞こえてくる。
「あ。来たのね。」
ハイネは川辺に立っており、手にロープを握って笑っている。
ロープは、川の真上に伸び出している太めの枝に繋がっており、そこで折り返して、男の両足へ繋がっている。当然、男は身動きが取れないようにネンチャクキノコの胞子の上から、更にロープで縛られており、ミノムシのような状態になっている。
「喋る気になったかしら?」
「んー!んんー!」
「あら。まだ目に反抗的な色が見えるわね。そんなに水浴びが好きなら、もう少し楽しむと良いわ。」
ザパンッ!
ハイネが引っ張っていたロープを緩めると、ミノムシになった男がうねうねしながら落ち、水飛沫が派手に上がる。
よく見る拷問の水責めだ。シンプルだが、効果は高い。
ザパッ!!
少しした後、ハイネがロープを引っ張ると、水の中から男が足から出てくる。
「ん゛んー!ん゛っ!ん゛!んー!」
相当苦しかったのか、口を塞がれたまま咳をしている。
「どう?話してみたくなったかしら?」
「ん゛ー!」
血走った目でハイネを睨み付けているが、引き上げられた時の反動でプラプラ横に移動しながら、クルクルと回っていて、どこかシュールな絵面だ。
「まだまだ元気ね。こちらも長く楽しめて良いわ。それじゃあ、もう一度行ってみましょうか。」
ザパンッ!!
またミノムシが水の中に入る。
「どうだ?喋りそうか?」
「どうかしら…本当の事を言うかも分からないし、何度か血の記憶を見た方が確実かもしれないわね。」
ハイネは、別に猟奇的な性格ではない。演技で楽しそうに拷問しているだけだ。辛そうにやっていたら、男に余裕が出てきてしまう為、そう見せているのだ。拷問をする時の鉄則である。とは言え、まあ、私怨が混じっていないとも言い切れないところだが、それは仕方ない事だろう。
「死なない程度に頼むぞ。」
「分かっているわ。そこはしっかり気を付けるから大丈夫よ。」
ザパッ!
「ん゛ーー!ん゛ーー!」
逆さ吊り状態で水の中に上げ下げされて、男は大変そうだ。
「どう?楽しいかしら?暫くはこれを続けるわ。そうしたら、次は別の遊びよ。きっと、数日後には早く殺してくれと懇願するでしょうね。早めに話せば、その分苦痛が少なくて済むわよ?」
「フー…フー…ん゛ん゛ー!!」
「そう。盗賊なんて皆自分の為だけに生きている連中だと思っていたけれど、意外と頑張るのね。」
ザパンッ!
また男が水の中に入る。
「ピルテ。暫くこの男と水遊びをした後に、もう一度血の記憶を読み取ってみるわ。ピルテも手伝ってね。」
「はい。お母様。」
バイオレンスな光景だが、ピルテは眉一つ動かさない。
男がそろそろ水責めで意識を失いそうになったところで、やっと陸に下ろされる。
「フー………フー………」
目が
「っ!!」
牙の刺さる痛みで、男の目が僅かに見開かれるが、抵抗する力は残っておらず、ピクリと体を揺らすだけだった。
「…………必要そうな情報は、そう都合良く得られないものね。」
どうやらハイネの方は大した記憶は覗けなかったらしい。
「私の方は、一つ分かった事があります。」
「
「管理している食料ですが、大量に融通している連中が居るみたいです。」
「大量に……貴族か商人か?」
「貴族みたいですね…他にも色々と支援しているみたいです。」
「ハンターズララバイは、かなり大きな組織みたいだし、支援者は何人か居るとは思っていたが、どうやら予想が当たったな…どんな奴か分かるか?」
「主に手紙でやり取りしているみたいで、相手の顔や名前までは分かりませんでした。」
「手紙に名前を書く程馬鹿ではないか…しかし、貴族との繋がりが有るとなると、結構面倒な事になるかもしれないな。」
「敵は盗賊団ばかりではないかもしれないという事ですね?」
「ああ。ハンターズララバイを潰さない限り、ここから先の街には入れないかもしれないな。」
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