第361話 強襲

今までノーブルの事を観察し続けてきたのだから、城の周辺にモンスターが少ない事は、以前から知っていた。モンスターも人も、互いの距離が近過ぎると、夜も眠れない。故に、モンスターがあまり寄り付かないのだ。それを知っていた為、俺達もモンスターへの警戒心を緩和する事が出来る事を踏まえた上で、次拠点の場所を提案したのだ。


「馬を連れていたので、やはり少し時間が掛かりましたね。」


俺達が辿り着いた場所は、木々がやけに生い茂り、視界がとてつもなく悪い。周囲に生えている木は、杉林よりもずっと密集して生える生態らしく、幹は杉の木程の太さがあるにも関わらず、互いの幹の間隔は、一メートル程度しか無い。

本来ならば、こういう視界の悪い場所を拠点にすると、こちらの視界も通らない為、接敵に気が付けないのだが、こちらにはピルテとハイネが居る為、そこもクリア出来る。


「ああ。日が落ちる前に辿り着けて良かった。

ハイネ。ピルテ。まずは視覚妨害の魔法を頼めるか?」


「この辺りに展開すれば良いのかしら?馬はそれで良いかもしれないけれど、拠点自体は、下より、木の上に登って展開した方が良いと思うわよ?」


ハイネが上を見上げて、拠点を上に作った方が良いのではないかと提案してくれる。


「この辺りは、連中もたまに来ますからね。偶然拠点が発見されてしまう可能性もありますから、地上より木の上の方が良いかもしれませんね。」


「それもそうだな…どうせならば、馬も上に連れて行くか。魔法を使えば、それ程難しい事ではないしな。」


「馬が怖がりませんかね?」


「小屋のようなものを作って、下が見えないようにすれば大丈夫だろう。

さて、誰か来る前に、さっさと拠点を作ってしまおうか。」


「はい!」


四人で魔法を駆使して、木の上に生活スペースを作り上げる。ハイネとピルテは、魔力量も豊富な為、拠点作りには大いに役立ってくれた。

どうやら、見た限り、魔力量だけで言えばニルよりピルテの方が上らしく、ニルが少し悔しそうにしていた。


「一先ず視覚妨害の魔法は掛けておいたけれど、ここでは火を使ったり出来ないわよ?」


「ああ。それは分かっている。火を使うような作業は全て終えているから、ここでは必要無いはずだ。どうしてもという時は、離れた場所で火を使うから大丈夫だ。」


俺とニルが敵情視察をしている期間、ただボーッと城を見ていたわけではない。時間さえあれば、次々とトラップを作り出し、各地に設置し、予備もインベントリに収納してある。料理も、出来たものをインベントリに収納してあるし、問題は無いだろう。


「さて、ここからだが、トラップでちまちまと数を減らしていては、いつまで経っても目的の男には近付けない。」


既に殺傷系のトラップには、十数人が引っ掛かり、命を落としているが、ノーブルだけで見ても、まだまだ敵の数は多い。


「そろそろ一気に数を減らす作戦に出ようと思う。俺達の目的は、魔界へ行き、魔王と魔王妃、そしてアーテン婆さんの娘を助ける事だ。ザナだったかザコだったか知らないが、そんな奴に時間を掛け過ぎるのは嫌だからな。」


「そうね。黒犬の事は心配だけれど、黒犬に気を取られてばかりいると、動けなくなってしまうものね。

それで、どういう方法で数を減らすのかしら?」


「二つの方法を使って、大きく数を減らすつもりだ。

一つは、捕まえた男から入手した食料の搬入経路。そこを通る食料を詰んだ馬車に近付き、毒を盛る。なるべく遅効性の毒が良いだろう。」


「それだけでもかなりの数が減ると思うけれど…もう一つ策が有るのよね?」


「ああ。豊穣の森を上手く使えたらと思っている。」


「豊穣の森…ですか?」


「ああ。上手くあそこに敵兵を誘い込めれば、俺達が手を下さずとも、モンスター達の餌食になってくれる気がするんだ。

相手をこれまで観察してきた感じ、統率の取れた集団とは思えなかった。それが正解だとすると、あの森に居るモンスター達にも、あまり対処出来ないのではないかと思ったんだが…」


「確かに悪くない策だと思うけれど…問題はどうやって豊穣の森まで誘い込むかよね。」


「豊穣の森までは、割と距離がありますから、しっかりと作戦を立てないと、豊穣の森まで足を踏み入れるより、城に立て篭もる方を優先すると思います。」


「城の立地がかなり良いからな。それを考慮した上で、相手を誘い込む作戦を立てよう。一応、大きな道筋は考えてあるが、色々と意見を聞きながら決めていきたい。」


「そうね……吸血鬼魔法にも使えそうなものがいくつか有るし、それらを含めて考えていきましょう。既に設置してあるトラップも上手く使えるかもしれないわ。」


こうして、俺達は木の上で夜が明けるまで作戦を練った。


計画にはいくつかの準備が必要な為、話し合いながら、三日を掛けて準備を整え、四日目の朝。


男の記憶から手に入れていた情報にあった、食料搬入の日がやって来る。


「あの男が消えて、他の者がその地位に座ったのであれば、搬入日も変わったりしないのでしょうか?」


「可能性はゼロではないが、低いと思うぞ。現状、俺達の仕業だとは思われていないだろうし、警戒されていないならば、直近の搬入予定をわざわざ変えるとは思えないからな。

それに、予定が変わっていたとしても、食料は定期的に搬入しているから、焦る必要は無い。」


ピルテの、こんなに簡単で良いのかと、不安になる気持ちは分かるが、派手に動くと決めた以上、ある程度のリスクは覚悟の上。失敗した場合の行動についてもしっかりと決めておいたから、この一手でこちらが大きな被害を受ける事は無いはずだ。


「…分かりました。我々の立てた作戦を信じます。」


「覚悟が決まったならば…行くとするか。」


俺達は、まず、搬入経路上のある地点へと向かう。


前日、襲撃に備えて下見を行い、ここだという場所を探しておいた。

そもそもが、両脇に木々が乱立し、視界が悪い山道である為、どこでもあまり変わらないが、人目に晒され難い場所である事、この場所が少し急な谷間となっている事を考えて、ここを選んだ。

一応、顔を隠す為の木製の仮面を作っておいて、それを全員が装着しているが、その仮面すら相手には見せないつもりだ。


山道に対し、左右にハイネとピルテが別れて待機し、ハイネの後ろには俺が。ピルテの後ろにはニルが控える。


「来たわね。」


山道の下からゆっくりと登ってくる馬車の集団。全部で五台。一応、護衛の者も居るが、欠伸あくびをしていて、随分と気が抜けている。


「始めるぞ。」


「ええ。」


俺が魔法陣を描き始めると、山道を挟んだ反対側に居るニルも同じように魔法陣を描き始める。

使うのは風魔法。俺の魔法で、馬車の行く先に風の防壁を作り、ニルの魔法で、風を山道の下へ向けて緩やかに発生させる。

そして、ハイネとピルテが準備していた、吸血鬼魔法、フェイントフォグを発動させ、風に乗せる。

急な谷間となった地形だと、左右から流れ込む風は無く、前後に流れ込む風に、周囲の空気の動きが依存する事になる。そして、調査を行ったところ、この辺りは、この時間、風があまり強くない。吹いたとしても、山の上から下に向けて緩やかな風がたまに吹くだけ。

とすれば、俺の魔法で風の入口を塞いでしまえば、簡易的な無風空間が生まれる。そこに、任意の勢いで風を流し込み、それに相手を気絶させる毒の霧を乗せる。

何も知らずに下から登ってくる連中がどうなるのか……


ドサッ!ドサドサッ!


効果覿面こうかてきめんね。」


全員が倒れるという結果になる。


「恐ろしい魔法だな…」


「屋外でも効くように、少し濃度を濃くしたからね。」


「馬が気絶しないのは何でなんだ?」


御者も気絶しているが、馬はブルルと鼻を鳴らして元気に起きている。


「それは、馬と人では、吸血鬼の血に対する拒絶反応が違うかららしいわよ。

これも、アラボル様が教えて下さったのよ。」


「アーテン婆さんが?」


「アラボル様は、私とも仲良くして下さっていたから、吸血鬼族の事についても、色々と調べていたのよ。

拒絶反応の理由を突き止める事が出来れば、吸血衝動を抑えたり、吸血鬼の血が治療に役立つかもしれないとか、後は、吸血鬼族の女性が、一人しか子供を産めないという問題を解決出来るかも…と仰っていたわ。」


言われてみると、ピルテのように、吸血鬼の血によって、吸血鬼化するだけで、他種族の男にも負けない腕力を手に入れられたり、体が丈夫になるというのはかなり異常な事だ。

もし、その効果を生み出している血を上手く扱う事が出来れば、体が弱く、死を待つしか無いような者に対しての治療薬として使えるかも…と考えてもおかしくはない。まあ、そんな夢のような薬も、アーテン婆さんと共に消え去ってしまったわけだが…


「それでも、効果時間が短い事は変わりないから、急いで作業を進めましょう。」


「ああ。分かった。」


俺の合図で、ピルテとニルも仮面を被った状態で出てくる。


俺達の手には、小瓶が何本か。その中には、薄い赤色をした液体が入っている。これはハイネ達の血ではなく、フツカキノコと呼ばれるキノコの粘液を水に溶いた物だ。

小人族から送られてきた中で、なかなか使い方が難しかったキノコの一つだったが、今回は超ピッタリなシュチュエーションという事で採用した。その効果は…


【フツカキノコ…強い毒性を持った粘液を内包するキノコ。毒は遅効性で、汗が止まらなくなり、二日掛けて死に至る事から名付けられた。】


つまり、遅効性の毒だ。

戦闘時は、どうしても即効性が求められるし、戦闘が終わる時は、どちらかが死ぬ時である為、二日後と言われても、既に死んでいる…となると、やはり遅効性の毒は使い難い。しかし、この手の計画ならば、気付かれ難く、多くの者が口に入れるまで気付かれない為、より多くの被害者を出す事が出来る。


「なるべく飲み物を中心に仕掛けるぞ。」


「分かっているわ。」


馬車五台分ともなれば、かなりの量の食料が積んである。その中でも、飲み物を中心に毒を仕込んでいく。


「そろそろ目が覚めるわ。」


「よし。引くぞ。」


「はい。」


俺達は男達が目覚めるより先に、森の中へと身を隠す。


「ほ、本当にこれで大丈夫でしょうか?いくら馬鹿ばかりとはいえ、ここまで大規模に、全員が気絶したというのに、あれを食べて飲みますかね…?」


言葉の端々に盗賊をけなす感情が見え隠れするピルテ。心底盗賊という連中を嫌っているのだろう。好きな奴は居ないだろうが…


「俺なら即座に全て放棄するが…」


「起きるわよ。」


話を遮るハイネの声。


「ん……な…なんだ…?」


最初に起きたのは後方で歩いていた男。どうしても後方に行く程毒霧は薄まる為、効果も薄くなる。


「お、おい!起きろ!」


「なんだよ……ん?」


直ぐに隣に倒れていた男の顔をパシパシと殴り、叩き起こす。


他にもパラパラと目を覚ました男達が立ち上がる。


「何が起きたんだ…?」


唐突に全員が気絶したとなれば、何が起きたのか理解出来なくても仕方ない。俺達が知りたいのは、その先だ。


「おい…何があったんだ?」


「いや…俺にも分からねえ。気が付いたら寝ていた。」


「敵襲……か?」


「モンスターかもしれないな。」


「は?こんな事が出来るモンスターなんて知らねえぞ。」


「お前が知らねえモンスターだって居るだろうが。馬鹿なのか?」


「あ゛?!」


「おい。今はそんな事を言っている場合ではない。まずは荷物の確認をしろ。」


混乱している者達に、一人の男が指示を出している。どうやらこの輸送部隊の隊長らしい。


数十分掛けて、荷台に乗せられた食料の確認を行い、何も無くなっていない事が確認される。


「何も無くなっていない…?」


「リストに書かれた物は全て揃っていますよ。一つも誤差はありません。」


「…………………」


「どうしますか?」


「そうだな……おい。お前。」


隊長が一人の男を呼び付ける。


「これと、これを食ってみろ。」


「お、俺がですか?」


荷台に乗っていた適当な物を手に取り、男に渡す隊長。


「嫌なのか?」


「そ、そんな事はありませんよ。へへへ…」


愛想笑いだと誰が見ても分かる。本当は嫌なのだろうが、逆らう事は出来ず、男は渡された物を口に入れる。


「……………………」


隊長の目の前で、全て食べ終わるが、当然何も起きない。


「喉も乾いただろう。ほら。」


そう言って、隊長は毒入りの酒樽から一杯の酒を渡す。


「あ、ありがとうございます……へへへ…」


ゴクゴク……


「う、美味かったです。」


「そうか。それでは隊列に戻れ。」


「…はい。」


酒を飲まされた男は、二日後には死ぬ事になるだろうが、今日、明日は体調に変化は見られないはず。

万全を期すらならば、今酒を飲んだ男を殺し、毒で死んだ事を悟らせないようにするべきだろうが、ここで姿を現せば、城内兵士の毒殺計画が台無しになる。それだけは避けたいし、今は大人しく見ている事しか出来ない。


「どうしますか?」


「………何も無かった…という事にして、このまま進むぞ。」


「い、良いんですか?」


「それなら、お前がこの量の食物を買い直して来るか?」


「そ、それは……」


「何も無かった。良いな?」


「は、はい…」


隊長はそのまま輸送部隊を城の方へと進めていく。

俺達はそれを見届けてから、口を開く。


「驚きましたね…まさか無かった事にするとは思いませんでした。恐ろしいとは思わないのでしょうか…?」


「俺達のような敵の存在が、近くに居ると知っていれば気を付けるかもしれないが……そんな事は考えていないみたいだな。

捕まえてきた男が消えた時、敵の存在が近付いているのかもしれないと考える事が出来る奴らが上に居れば、ここまで上手く事は運ばなかっただろうがな。」


「結局、あの城に住む者達は、頭の中がカラッカラなのね。」


「詐欺や剣術の腕はあっても、地頭が無いという事ですね。」


「間違ってはいないが…恐らく、これはノーブルだからという理由だと思うぞ。

貴族相手に詐欺を働き、基本的に殺しは禁止という建前がある以上、殺しを生業としている盗賊と比較すれば、戦闘に不慣れで、こういった場合の対処方法を知らないはずだ。

盗賊だからと侮るのは良くないぞ。俺はそういう連中を何人も見てきたからな。」


「は、はい…」


俺やニルを侮って、首を飛ばされた連中など数知れない。ハイネとピルテが、そういった連中の仲間入りしてしまうのは避けなければならない。


「それより、種は植えたから、芽吹くまでの間に、残りの準備を整えるぞ。」


毒の効果が現れ、死に至るまでには、まだ少し時間が掛かる。その間に、今までは近付かないように気を付けてきた城周辺にも、トラップを設置していく。

ここで設置していくのは、殺傷を目的としたトラップばかり。効果範囲も威力も高いような派手なトラップもいくつか設置する。

そうこうしている間に、予定の時間が経過し、遂に城の中で毒の効果が猛威を振るい出す。


「随分城の中が慌ただしくなってきましたね。」


毒を仕込んでから三日後の夜。かなり慌てた様子で人が出入りしており、中で騒ぎが発生したのだと直ぐに理解出来た。


「毒の効果が現れ始めた事で、随分と慌てふためいているみたいだな。」


毒を盛った食料が運び込まれ、翌日の夜には城の中で消費されたようだ。

ザナという男もその食事を口にしていたならば、本末転倒という結果になってしまうが、その心配は要らない。

ザナという男は、見栄っ張りなのか、下の者達と食事を共にはしないらしい。自分専用の食料を用意させているのだ。どれも高級と呼ばれるような食材ばかりで、贅沢の限りを尽くしているらしい。

そちらの食材には手を出していない為、恐らくは無事だろう。


「予定通りですね。」


「ああ。そろそろ死人が出始める頃だ。そろそろ動くぞ。」


「はい。」


俺達は人の動きが活発になったのを見届けてから、正門の前まで向かう。


隠れたりはしないが、顔だけは隠している。


「な、何者だ?!」


わざわざ全員で姿を見せる必要は無い為、俺とニルだけが近付いて行くと、門番をしていた男が真っ青な顔をして剣を抜く。


「随分と辛そうだな?汗が止まらないのか?」


「な、何を…」


「残念だが、この毒は、市販の毒消しでは打ち消せない。苦しみながら死ぬ事になるぞ。お前。」


「なっ……」


門番の青かった顔が更に青くなっていく。

俺達が犯人だと理解出来たらしい。


「げ、解毒剤を寄越せ!」


「寄越せと言われて渡すなら、最初から毒を盛ったりしないだろう。お前達はゆっくりと死んで行くんだ。

ほら、どんどん汗が止まらなくなって来た。あと数時間…いや、そんなに時間は無いかもしれないな。」


「……どうすれば毒を消せるんだ?!金が欲しいのか?!」


「欲しいのはザナの身柄だけだ。奴を渡せば、解毒剤を渡してやろう。」


「む、無理だ!俺達はあの人には逆らえない!」


「ならば死ぬしかないな。」


「た、頼む!助けてくれ!他の事なら何でも言う事を聞くから!」


「言っただろう。俺が欲しいのはたった一つだけだ。」


盗賊が何でもすると言って、その言葉を信用する者など居るわけが無い。これ程軽い言葉は、他に無いだろう。


因みに、解毒剤を渡すと言ったのは当然ながら嘘だ。それ程俺は優しくはない。一応、フツカキノコの解毒作用を持った解毒剤自体は持っている。

小人族が、こんな危険なキノコを渡してくるのに、解毒剤が無いなんて事は有り得ない。当然、対になる解毒作用を持ったキノコも用意されている。


【ゲドグキノコ…フツカキノコ、チハキキノコ等の解毒を行う事が可能なキノコ。】

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