第355話 拠点
「それで、バラバンタとやらが憤慨しているのは良いが、その冒険者達を探しているのか?」
「僕の知る限り、探し回っているということは無いみたいですよ。」
「……そうか。」
盗賊で、憤慨と他人が認識する程にキレているのに、その犯人を探していない。あまりにもおかしな話だ。では、何故探さないのか。答えは一つだろう。既に犯人の位置をある程度把握しているという事だ。
俺とニルに加えて、ハイネとピルテが同行している状況で、この四人に気付かれずに位置を把握出来る奴は、なかなか居ないはず。自意識過剰かもしれないが、少なくとも、その辺に居る盗賊達に付け狙われているのに気付かない程鈍感では無い。
それでも位置を把握されているということは、まず間違いなく黒犬の連中だろう。
となれば、既に黒犬とバラバンタは繋がっているという事になる。
「アレン。ノーブルか、もしくはハンターズララバイに動きは?」
「今現在で言えばありませんが…何やら慌ただしい感じはしています。」
「そうか……」
アレンの話からするに、レンジビに向かう途中、俺達を突然襲ってきた連中が、一体何の目的で来たのか分からなかったが、ハンターズララバイを俺達にぶつける為の一策だったということらしい。
恐らく、黒犬の連中は、ハンターズララバイの頭領、バラバンタを怒らせると分かっていて、あの盗賊達を、俺達にぶつけた。間違いなく殺されると確信した上で。
案の定、俺達は盗賊達を殺し、それを黒犬の連中がバラバンタに報告し、俺達を狙わせる。その騒動に乗じて、ニルを殺害する…というシナリオだろう。
「アレン。ハンターズララバイの本拠地って分かるか?」
「ハンターズララバイというのは、あくまでも盗賊団の集合体である組織を指す言葉で、そういう盗賊団が有るという事ではないんです。
つまり、本拠地というのは存在しません。」
「厄介だな…
それじゃあ、バラバンタの居所は分かるか?」
「いえ。バラバンタは、その顔さえ見た者は少ないと言われる者で、居所も分かりません。」
「手の打ちようが無いな…」
「いえ。そんな事はありませんよ。
僕が所属しているノーブルの頭領である、ザナ。あの男ならば、何か知っているはずです。
そして、ノーブルの本拠地ならば分かります。」
「こちらから当たるならば、その線しか無いか…」
今の状態で、魔界へ向かうべく、北へ爆走したとしても、どこかで必ず罠が張られているはず。そんな中を何も分からぬまま走り続けるのはあまりにも危険過ぎる。
となれば……
「ここらで決着を付けるべきか……アレン。ノーブルの本拠地はどこなんだ?」
「この豊穣の森を、北側へと回り込んだ先に有る城です。」
「城…?そんなところに住んでいるのか?」
盗賊にしては、やけに良い暮らしをしているらしい。
「ザナが昔、貴族から奪った城だそうです。」
「恐ろしい奴だな…定住しているのか?」
「はい。ノーブルの規模はかなりのものです。その上、ハンターズララバイが後ろに控えているので、定住していようとも、簡単には手を出せないのです。」
「なるほど…分かった。城の構造や人員の配置なんかは分かるか?」
「申し訳ございません…僕は城に入った事が無くて、何も…」
「そうか。それなら自分達で調べるか。
アレン。もしかしたら、ノーブルと俺達で戦闘に発展するかもしれない。暫く身を隠していた方が良いかもしれないぞ。」
「分かりました。それでは、そうさせてもらいます。」
「分かっているとは思うが、この事は…」
「誰にも言いませんよ。そんな事をすれば、ノーブルにも、カイドーさん達にも狙われてしまいますからね。まだ、僕の目的も達成出来ていませんし、命は惜しいですからね。」
「…助かった。」
「いえいえ。それでは。」
そう言った後、またガサガサと草の中へ消えていくアレン。
リアさんに聞いていたイメージとは少し違い、やけに素直に引き下がると言ってくれた。正義感が強過ぎて、ノーブルに入るなんて無謀をした者の態度には見えない。身を隠しておくという話が嘘でなければ良いのだが…
「こちらから仕掛けるのかしら?」
アレンの心配をしていると、ハイネが口を開く。
「ああ。ノーブルのザナに会いに行くべきだろうな。」
「ですが…相手は超巨大盗賊団ですよ?流石に人数差があり過ぎだと思うのですが…?」
ハイネもピルテも、少し心配な様子だ。
「真正面から行けば、いくら盗賊とはいえ、辛い戦いになるだろうな。」
「そ、それでも無理とは言わないのですね…?」
「あー……そういう戦闘を何度か体験しているからな。」
というか、そんな戦闘ばかりだ。
「とはいえ、敢えて危険な道を進む必要は無いだろう。相手のやり方は
「そういう事なら、私とピルテの出番も有りそうね。」
「盗賊の連中なんて、私達で駆逐してしまいましょう!」
「二人の意気込みは頼もしいが…俺達の動きがバレている、もしくは読まれている可能性も考えて、事は慎重に運んでいくぞ。」
ニルを含めて、三人が大きく頷く。
「その為にも、まずは拠点探しだ。なるべくこの付近から離れず、上手く身を隠せて、比較的安全な場所を探そう。」
「この豊穣の森では駄目なの?」
「悪くはないが…モンスターが多過ぎるし、影が多過ぎる。」
「盗み聞きするような者が接近していても、気が付き難いという事ですね。」
「ニルの言う通りだ。いくら吸血鬼の五感が優れているとはいえ、相手は黒犬。少しも気を抜けない。常にそれが、罠であるかもしれない可能性を考えなければならない。それは盗賊を相手にする時も同じだ。
盗賊には雑魚が多いのは確かだが、言ってしまえば実戦経験の豊富な連中だ。舐めていると痛い目を見るのはこっちになってしまう。」
「確実に、着実に…という事ね。」
「相手が気付く前に殺す。これが理想だ。」
「暗殺部隊に暗殺を仕掛けるなんて、肝の
「だからこそ、意外性が有るんだ。別に全てが全て上手くいくとは思っていない。そうしようと努力はするが、その道のプロに全てが刺さるとは思えないからな。
いくつか刺されば良い。それで勝てるなら儲けものだ。」
「シンヤ様の仰られる通りですね。私達もやれば出来る事をお見せしなければなりませんね。」
「見てなさいよ…アイザスとサザーナの
正確に言えば、二人の敵は既に討ったとも言えるが、そういう事ではないだろう。
ハイネもピルテも気合いは十分。後はやれる事をやっていくだけだ。
俺達は馬車を隠していた場所に戻り、周辺地理を確認しながら、拠点になりそうな場所を探していく。
「いつ、どこで黒犬の連中が見ているか分からないとなると、常に緊張してしまいますね…」
「一応、私達が警戒はしているけれど、確実とは言えないのが……ごめんなさいね。」
ピルテの操る馬車に揺られつつ、ニルが真剣な表情で言ったのに対し、ハイネが謝る。
「い、いえ。そのようなつもりで言ったのではありませんよ。索敵して下さるだけで、安全性は全然違いますから。」
「……ニルちゃんには、改めて謝っておくわね。」
唐突にハイネがニルに対して謝罪を始める。話が繋がっているようで繋がっていない。
「ピルテからも聞いたけれど、私達に対して、かなり怒っていたそうね…きちんと謝罪していなかったから、ここで謝っておくわ。ごめんなさいね。」
「い、いえ!」
深々と頭を下げるハイネ。彼女達魔族にとっては、奴隷も人だ。奴隷だからという理由で、
「自分達の考え方が間違っていた事はよく分かったわ。機会をくれて本当にありがとう。」
「は…はい…」
ニルは少し恥ずかしそうに頭を縦に振る。ハイネが本気で言っていると感じ、素直に受け取ったのだろう。
「ニルさん。私からも改めて謝罪を。」
ピルテも、わざわざ馬を止め、ニルに向かって頭を下げる。
「は、はい…」
ハイネ達と行動を共にするようになり、どこかニルにはモヤモヤしていたものがあったのか、口数が少なかった。ハイネとピルテも、それを何となく感じ取っていたのだろう。
「私も、間違えてばかりで、いつもご主人様にご迷惑をお掛けしております。他人の事を言える程出来た者だとは思っていません。ですが…………」
言葉を続けようとしたが、ニルは言葉を慎重に選び取ろうとしている。
「その……これからは、同じパーティの仲間として、一緒に頑張りましょう。」
結局、出てきた言葉は、話の繋がっていないものになってしまったが、ハイネとピルテには、その心の内が伝わった。
「はい!よろしくお願いします!」
「私も頑張るわ。」
「はい!」
パーティ内の不和が無くなる事は、全員の命を守る事に繋がる。それをハイネ達も、ニルもよく分かっているのだろう。事が始まる前にそれを無くして、精神面でも準備を整える。
ピルテが笑顔で前に向き直り、馬車を走らせる。
ノーブルの拠点は豊穣の森の北側。なるべく程よい近さの場所で拠点を作りたい為、豊穣の森を北側へと外周に沿いながら進んでいく。
豊穣の森から見て北東から北にかけての範囲は、小さな山々が連なる緑豊かな環境。一応、山間には山道らしきものもあるが、わざわざノーブルの盗賊団が在る場所に向かう人は少ない為、道の状態は悪い。ただ、山々の傾斜はなだらかで、馬車でも十分越えていく事が出来る。
自然豊かな場所なだけあって、かなりモンスターの出現率は高く、常に周囲からモンスターの気配を感じる。当然、戦闘も何度か行った。そうして馬車を進め続け、そろそろ昼時だという時間になった時だった。
「皆様!拠点としてあそこはどうでしょうか?!」
そろそろ一度馬車を止めて休憩でもしようかと話をしていたところで、ピルテが興奮気味に言ってくる。
ピルテが指を向けているのは、豊穣の森から見て北東に進んだ先に有る山々の谷間。そこに有る洞窟…と言うよりは横穴というような場所だった。
山道からは離れた場所に在り、俺やニルの視力では見付けられなかったかもしれない。
「熊か何かの巣穴でしょうか?」
ニルがこんな場所に在る横穴を不思議に思ってなのか聞いてくる。それに対し、ピルテが答える。
「恐らく違うと思いますよ。獣の臭いがしないので……地形を見る限り、ここは昔川だったのではないでしょうか。あれは、その時に出来た横穴ではないでしょうか。」
横穴は、山間の谷間、崖の側面に在る。崖の周囲には、砂が無く、石が多い。砂が流され、重たい石だけが残った後、川が干上がったのか、別の進路に変わったのか、とにかく、この場所には流れて来なくなったという推測だろう。
そして、何か動物が掘ったというよりは、川の流れの変化点で、水が崖を削り、穴を作ったように見える。
穴の大きさは高さ四メートル、幅五メートルくらいだろうか。結構デカい横穴だ。奥行きも十分にあって、簡単な拠点くらいにはなるだろう。
「この周囲には、あまり草木が生えていませんので、川では無くなってからあまり時間が経っていないかもしれませんね。」
「少し周囲を探したら、小川くらい見付かるかもしれないわね。」
「山道からは離れているし、上手く隠せば、まず見付からないだろうな。悪くないどころか、理想的な場所だ。よく見つけてくれた。」
「はい!」
ピルテは役に立てた事が嬉しいのか、ニコニコしている。
「小川は有るか分からないから、一先ず探すのは後にしよう。その前に、周囲の安全確保が最優先だ。その後、周囲の地形把握を進めよう。」
「あ、安全確保は私がします!」
ニルが両手を拳にして意気込む。
「お、おう…」
「任せて下さい!」
ササッと動き出すニル。
「ニルちゃんは可愛いわね。」
「可愛い事は同意するが…何故今それを?」
「何言ってるのよ。ピルテが役に立ったから、シンヤさんに自分も認められたくて頑張っているのよ。ピルテに負けたくないようね。」
「負けたくないって……」
そんな事は無いだろうと言おうとしたが、眉を寄せて周囲の状況を確認するニルを見て、ハイネの言っていることが間違いではない事に気が付く。
「終わったら褒めてあげるのよ?」
「お、おう。」
「ご主人様ー!」
ニルが片手を挙げながら戻って来るのを見て、微笑のハイネが馬の世話をしているピルテの方へ歩いていく。
「周囲は安全です!モンスターも人の気配もありません!」
まるで撫でられるのを待っている子犬のようだ…可愛いやつめ。
「そうか。助かったよ。」
そう言っていつものようにポンポンと頭を撫でると、擽ったそうに笑うニル。
「周囲の安全は確保出来た。ハイネとピルテは、周囲の地理や環境を確認してきてくれないか?」
「ええ。任せておいて。近場に水場がないか、探しておくわ。」
「任せた。俺とニルは、ここで過ごし易いように色々と整えておく。」
「分かりました!それでは行ってきます!」
ハイネとピルテが馬車から離れて、周囲の確認に向かう。
「さてと……まずはこの場所が見付からないようにカムフラージュからだな。」
「木魔法と土魔法を中心に使えば宜しいですか?」
「いや。そっちは俺がやろう。範囲も広いし、魔力量が多い俺がやった方が良い。ニルは横穴の中を綺麗にしてくれないか?」
横穴の中は、汚いとは言わないが、そのまま寝転がれるような状態ではない。床面も波打っているし、補強もされていない為、崩れるかもしれない。
「分かりました。それでは、こちらはお任せ下さい。」
「ああ。頼んだ。」
周囲のカムフラージュと整地をして、そろそろ一息…というところで、ハイネとピルテが戻ってくる。
「随分と綺麗になったわね…」
「足元がガタガタしませんね?!」
「土魔法で上手く足場を固めたんだ。中はもっと凄いぞ。ニル一人でやってくれたんだ。」
横穴の方に目を向けると、丁度ニルが横穴から出てくるところだった。
「あ、ハイネ様、ピルテ様。戻られたのですね。」
「様なんて敬称はやめてもらえると嬉しいわ。自分よりも強い人に様付けで呼ばれると、辛くなってくるのよ。」
「私も様はちょっと…普通に呼び捨てで構いませんよ。」
「そ、それでは、ハイネさん。ピルテ…とお呼びさせて頂きますね。」
「ええ。それで構わないわ。」
「はい!私もそれでお願いします!」
「それで、シンヤさんの話では、中が凄いことになっているらしいけれど?」
「凄い…かは分かりませんが、元の状態よりは過ごし易い場所になったと思いますよ。」
そう言ってニルが中へと案内してくれる。
「うわぁー…本当に凄いですね…」
「その辺の安宿よりずっと良い生活が出来そうね…」
ハイネとピルテは、驚きが強過ぎて、溜息のような声でニルを称えている。
それもそのはず。二人の言っていることがお世辞ではなく、事実だからだ。
タイル張りのようなフラットな床、壁、天井。照明としてランタンが吊るしてあり、テーブル、椅子、人数分の木製ベッド。しかも、ゴテゴテしていない僅かな模様まで施されている。模様を見た感じは、オウカ島で見た和柄をモチーフにしているように見える。
しかし、全体的にはシンプルで落ち着く空間となっている。
ベッドには俺のインベントリに入っていたモンスターの毛皮が敷かれており、温かそうだ。
あまりにも完成された内装を見ると、ここが崖の中だということを忘れてしまいそうだ。
「この模様、自分で彫ったの?」
「はい。風魔法で少し。あまりにも殺風景かなと思いまして…気に触りますか?」
「そんなわけないじゃない!凄く良いわ!ニルちゃんはこういう作業もしていた事があったの?」
「いえ。ご主人様が色々と製作する過程で、教えて頂きました。」
「いやいや。俺が教えたのは、風魔法を使えば、簡単に模様が彫れるという事くらいだぞ。」
「その教えが無ければ、私はこんなことが出来るようにはなりませんでした。」
「いや…それくらい、誰でも思い付くし、割とやられている手法だろう?」
「だとしてもです。」
一歩どころか半歩すら引かないニル。しかも何故か自慢げ。
「それじゃあ、二人が凄いって事ね。どちらにしても、こんなに手の込んだ部屋を作ってくれたニルに感謝ね。」
「まさか、一時的な拠点で過ごすのに、ベッドで寝られるなんて思っていませんでしたよ…」
もし、この場所が見付かれば、即座に別の場所に拠点を移す。見付かっているか分からなかったとしても、長く居座るのは得策ではない為、ある程度で別の場所に移動するつもりである。つまり、ここは一時的な拠点でしかない。そこに完成度の高いベッドとは嬉しい限りだ。
「それぞれの部品を作って、組み立てるだけですよ。鍛冶師の友達に教えてもらいました。」
「素敵な友達がいるのね。」
「はい!とっても素敵な友達ですよ!」
「ふふふ。その顔だけで、よく分かるわ。」
「えっ?!」
満面の笑みでオウカ島にいる友達の事を語るニル。自分が満面の笑みだということに気付いていなかったらしい。
「は、恥ずかしいですね…」
「恥ずかしがる事じゃないわ。素敵な事よ。良かったら、ピルテとも仲良くしてね?」
「は、はい!勿論です!」
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