第354話 アレン

「薄血種の吸血鬼を、純血種の吸血鬼と一緒にしないでもらいたいわ。」


「あそこまでじゃないにしても、強い事に変わりはないだろう?

それに…黒犬の手が伸びて来ているとしたら、ここから先は対人戦闘が増える。盗賊団とやらが黒犬と手を組んだ場合、盗賊との戦闘となる。吸血鬼の五感とやらも合わせて期待しているぞ。」


盗賊の戦い方は、割と狡い…というのか、エグい。

トラップ、毒、人質…人の道に外れていようがお構い無しだ。その点、吸血鬼族の五感が有れば、トラップの類や毒は見抜ける。索敵も任せられる。

いくら薄血種とはいえ、そこらの盗賊にしてやられる事は無いはずだ。


「二人にとっては、俺とニルに巻き込まれる形になってしまうが…」


巻き込んではしまうが、ニルを追ってくる黒犬をどうにかしなければ、魔界に向かうのもどんどん辛くなる。


「勿論、私達は構わないわ。どちらにしろ、黒犬との衝突は私達も避けられないからね。それに、二人には随分とお世話になったわ。アラボル様からのヒント云々うんぬんとは関係無しに、私達に出来る事は何でもやらせてもらうわ。」


「私も、若輩者ではありますが、精一杯頑張りたいと思います。」


「まあ、色々とあったが、それらは一先ず置いて、ここから先は一つのパーティとなる。よろしく頼むよ。」


「寧ろ、こちらの方から、よろしくお願いします。」


深々と頭を下げるピルテ。


「まだ、私達の事を完全に信頼してくれるとは思っていないけれど、そうしてもらえるように、努力するわ。よろしくお願いね。」


ハイネリンデも頭を下げる。


「ああ。」


「ご主人様。そろそろ日が落ちます。今日はあの辺りで野営しましょう。」


改めて挨拶が終わったところで、ニルが野営地候補を見付ける。サクッと野営地設営を終わらせると、ハイネリンデとピルテが周囲の状況を確認してくれる。


「この辺りにモンスターや人の気配は無いわ。安全よ。」


「早速ハイネリンデ達の五感が役に立ってくれたな。」


「ハイネで良いわ。」


俺の言葉に、自分の呼び名はハイネで良いと返してくる。


「お、お母様?!」


その言葉で、ピルテが目を丸くして驚く。何に驚いているのだろうか?


「何よ。この二人は、それに値する相手でしょう?」


「な、何だ何だ?ピルテは何を驚いているんだ?」


「え、えーっとですね…お母様は、心の底から尊敬出来ると思った人にのみ、ハイネと呼ぶように言う…という自分の中のルールが有るのです。」


「つまり、俺が、ハイネリンデに尊敬されている…ということか?」


「端的に言えば、そういうことになりますが……その愛称で、お母様を呼んだ男性は、この世にたった一人しかいません…」


「私の元旦那よ。」


「あー…そういうことか…」


つまり、ハイネリンデの中で、俺はそれくらい信用している相手だ…と言いたいのだろう。

しかし、元旦那と同列レベルとなると、寧ろこっちの気が引けてしまう…


「別にそんなに重く受け止めなくても良いわ。ただ、私の尊敬する人とは、もっと仲良くなりたいというだけの事よ。他意は無いわ。」


「そうか……それなら、俺の事はシンヤと呼んでくれ。」


「シンヤ…?どこかで聞いたような……」


「最近、神聖騎士団とやり合っているという冒険者の名前と同じです!」


「あー!もしかして!」


「皆様。お茶が入りましたので、どうぞ。」


ハイネとピルテに詰め寄られるタイミングで、ニルが、淹れた紅茶を差し出してくれる。


流石はニルさん。最高のタイミングです。


「でも、黒髪に黒い瞳、使っている武器も刀とかいう珍しい武器だと、ピルテからは聞いたわよ?」


「そう言えばそうですよね……」


穴があきそうなほど見詰められるが、偽見の指輪の効果はそう簡単に見破る事は出来ない。と言っても…黒犬の連中には既にバレているし、ここで二人に隠しても意味が無い。

指輪を外し、インベントリから刀を出す。


「へ、変装だったの?!」


「特殊なアイテムを持っていてな。」


「凄いですね…我々の変装魔法と同じような事が出来る魔具なんて有るのですね…」


「アーテン婆さんなら作れそうな気がするが?」


「そう簡単な魔法ではないらしくてね。作ろうとはしていたみたいだけれど、その前に…」


「そうか……

俺が神聖騎士団と事を構えているのは、今はどうでも良いだろう?」


「そうね…私達魔族にとっては因縁の相手だけれど、今は関係無いわね。ただ…御伽噺おとぎばなしの主人公のような人が味方になってくれて、私達は本当に幸運ね。」


「お母様が簡単にあしらわれてしまうわけですね…」


「もし、全てが上手く行った時は、打倒、神聖騎士団という事で、二人にも協力して欲しいところだが、それよりまずは、目先の問題だ。」


「ええ。分かっているわ。その為にも、私達が出来る事や、得意な事について詳しく話しておくわね。」


ハイネ、ピルテ、ニル、そして俺の四人で、戦闘時の動きをしっかり擦り合わせておく。


突破力の有るゴンゾーや、圧倒的な力を持つラト。または、バランスの取れたイーグルクロウとは違い、ハイネとピルテは、トリッキーな事が出来る手札が多い。


高い身体能力を使った機動力の有る後方支援。

吸血鬼魔法という特殊な魔法を用いた、相手の予測を上回る魔法。

そして、吸血による血の記憶の閲覧と、治癒。


どれも、魔界の外では考えられない攻撃方法である。

これらの手札をどうやって、どのタイミングで切るのか、これがこのパーティの肝であり、最大の利点である。


簡単に言ってしまえば、初見殺しパーティみたいなものだ。

相手がビックリしているうちに、一気に片付ける。これが重要になる。

となれば、立ち位置は、ニルが前衛、その後ろにバックアップ兼突破力として俺。後方支援としてハイネ、そしてそこから更に大きく距離を取っての後方支援としてピルテが居る形が良い。

ハイネはピルテよりも戦闘に長けている為、普通の後方支援より一歩下がった位置取りとして動いてもらう。自分の身を自分で守る動きも必要となるが、まず大丈夫だろう。

ピルテは、完全に隠れての後方支援をしてもらう。

敵に存在がバレていたとしても、俺とニル、ハイネを前に、遠く離れたピルテのみを狙う選択肢は取れないはず。


「吸血鬼魔法や、その他の手札を切るタイミングは、出来る限り俺が指示を出そうと思う。」


「そうしてもらえると助かるわ。私もピルテも、戦闘訓練は受けているけれど、経験は豊富と言えないから、完全にシンヤさんの指揮下に入った方が良いはずよ。」


「私も問題ありません。」


「ただ、どうしても必要な場合は、各々で判断して使用してくれ。俺の言う事が全て絶対ではないからな。」


「分かったわ。」

「はい。」


「ニルは……言わなくても分かるな?」


「はい。いつも通り…ですね?」


「ああ。頼りにしているぞ。」


「は、はい!」


任せて下さい!と顔に書いてある。


擦り合わせを終えてから、予定の二日後までの間に、適当なモンスターを見付けて、動きを合わせる目的で、パーティの連携を取っていく。


そして、約束の前日。豊穣の森のすぐ前まで辿り着くと、ゴブリン数体を見付けて、森に入る前の最後の調整を終える。


「どうだ?俺とニルの動きには慣れてきたか?」


「は、速いですが…何とか…」


随分とスピードを抑えて戦っているが、二日程度では、俺とニルの高速戦闘に合わせるのは難しいらしく、ピルテもハイネも、必死で追い付こうとしている状態だ。


「俺とニルの連携に、完全に追いつこうとしなくて良い。要所要所で、確実な一手を差し込むつもりで動いてくれ。それだけで戦闘はかなり楽になる。」


「それでも難しいのよ…私達では敵わないとは思っていたけれど、まさかここまでとはね…」


「もう少しお役に立てるかと思っていたのですが…」


「いや、手札が有るだけで、助かっているし、そこまで動きが合っていないわけじゃないから、落ち込む必要は無いと思うぞ?」


「いくら私達が弱いと言っても、それがお世辞だって事くらい分かるわよ。

シンヤさんの踏み込みなんて、後ろで見ていてもよく分からないし、ニルちゃんの動きも独特でどう援護して良いのか分からないわ。」


「魔界の外でも、お二人のような動きをする人には出会った事がありません。それは、やはり持っている刀という特殊な武器のせいですか?」


二人に正体を明かしてからは、俺とニルは本来の武器に持ち替えている。

直剣や短剣も使えなくはないが、今となっては刀と短刀の方が圧倒的に得意だ。俺もニルも、両刃という利点を持った剣を振っているのに、癖でついつい片刃しか使わなくなっていたりする。

偽装する必要が無いならば、わざわざ使わなくて良い剣を使う必要も無いので、刀を使っているのだ。

そして、やはり剣で戦う者と刀で戦う者の戦闘スタイルや動きは、どうしても違ってくる。

戦闘訓練を受けていて、剣の戦い方に慣れている二人にとっては、どうしても違和感を感じる動きなのだろう。特に、ニルが身に付けた柔剣術は、かなり独特な動きが多い。合わせるのは難しいだろう。


「何より、今だってかなり手加減しているわよね?地面を割ったり、ゴブリンを空に打ち上げたりしていたのだから。」


「ですね…」


たった今行っていたゴブリンとの戦闘で、ニルがゴブリンの一体に近付き、軽く身体を捻ったと思ったら、目の前に居たはずのゴブリンが、回転しながら十メートル程吹き飛び、二人が目を丸くして固まっていた。

何故そんな派手な事を…と思うかもしれないが、ニルは軽く投げたつもりだったらしい。ここまでSランクのモンスターや、それ以上の強敵ばかりが相手だった為、ゴブリンのようなモンスター相手だと、ついつい力の加減を間違えてしまうのだ。かく言う俺も、ついつい敵ごと地面を刀で割ってしまって、二人に驚かれたのだが…


「ま、まあ、そういう事もあったが、助かっているのは本当だぞ。」


ハイネもピルテも、俺達と戦えば、負けてしまうかもしれないが、別に弱いわけではない。

戦闘訓練を受けているだけあって、戦いの流れを汲み取り、必要となる動きを把握出来ているし、タイミングが少しズレたとしても、援護は確実に行ってくれる。それがどれだけ俺とニル、二人の時より助かる事なのか、想像に難くないだろう。つまり、本当に助かっているのだ。


「もう少し上手く合わせられるようになったら、素直に受け取らせてもらうわ。それより、そろそろ日が沈むわよ。」


「そうだな。もう少し擦り合わせしたかったところだが、時間が無さそうだ。少し休憩した後、早朝までに約束の場所まで歩くぞ。」


「はい。」


日が沈む前に、森の中を歩いた方が良いと思えるかもしれないが、豊穣の森は、一歩中に入ると、木々が、葉が、太陽の光を全て遮断してしまう為、昼間でも洞窟内のように暗い。深い森と言われるような森でも、そこまで暗くなる事は普通無いが、この豊穣の森だけは別だ。

太陽の光を受けなければ、光合成が出来ずに死んでしまう普通の木とは違い、獲物を捕らえて、栄養を補給する植物系モンスターは、太陽の光をほぼ必要としない。その為、完全な暗闇の中でも、獲物さえ捕えられれば、生きていけるのだ。

中には、植物系モンスターでも、太陽の光を必要とする種類も居るが、そういうモンスターが木々の上に膜のように張り巡らされている。上に行こうが下を行こうが、モンスターとの遭遇は避けられない。そして、太陽の光を森の中に入れる事も、基本的には無理だという事だ。

どちらにしても暗い場所に入るとなると、人が寝静まるような時間に入った方が、誰かに見られる心配が無くて良い。何より、俺達にはハイネとピルテが居る。暗闇でも物がハッキリ見えるのだから、それが無い時の森への侵入よりずっと楽なはずだ。


そんな予想の通り、ハイネとピルテを先に行かせると、危険そうな物や、モンスターの存在を感知し、なるべく接敵しないように進んでくれる。

流石に全てを回避して進む…という事は出来ず、何度か戦う事になったが、入口付近のモンスターは、それ程強かったり厄介なモンスターはおらず、割とすんなり先へ進むことが出来た。

目的地付近にはAランクのモンスターがうようよ…と言われていたが、それもハイネ達のお陰で数体を相手にするだけに収まった。それくらいならば、俺とニルでサクッと片付けられる。ハイネとピルテは驚いていたみたいだが、戦闘に慣れてしまえば、二人にもこれくらいの事は出来るだろう。


「そろそろ目的地付近のはずだ。」


「何か目印になるような物があるのかしら?」


「リアさんの話では、東から豊穣の森に入って、西に真っ直ぐ進み続けると、ゴブリンの巣だった物が乱立する場所が有るらしい。

そこを集合場所に設定してもらったんだが…」


「あれではないですか?」


ピルテが右斜め前辺りを指で示してくれる。

そこには、始まりの街、ポポルで見たゴブリンの巣と同じような物がいくつか見える。

しかし、そこにゴブリンの姿は無く、つたのような植物が這い、下から生えてきた木が貫通し、ボロボロになっていて、かろうじてそれが巣だったと分かる程度。


「みたいだな。時間的にはもう少し余裕があるし、周囲に警戒して待っているとしよう。」


「分かりました。」


Sランク級のモンスターは出てこないとはいえ、警戒は十分にする必要が有る。特に、この豊穣の森では、動き回るタイプの植物系モンスターが多い為、現在周囲にモンスターが居なくても、時間が経てば寄ってくる可能性が有る。


「大丈夫ですよ。私とお母様で周囲の警戒はしておきますから。」


「悪いな。」


「これくらいの事でしか、役に立てそうもありませんからね。」


ピルテは嫌味とかではなく、素直にそう言ってる。いくら何でも、自分達を卑下し過ぎではないのか?と思ってしまうが、魔族にとっては、力の差というのは、かなり重要なファクターとなっているらしい。

アマゾネスの地位の決め方も、強さだったから、何となく理解できるが、魔界の外では、単純な力よりも、地位を決める重要なファクターが有る。それが普通の感覚である為、少し違和感を感じてしまう。


彼女達なりに、してきた事の罪をあがなう為の気持ちの切り替えという事なのかもしれないし、黙って聞いておくとしよう。


暫く周囲に警戒しつつ、時間を潰していると…


「来たみたいですね。」


ガサッ…


ピルテがそう言うと、近くの草が揺れ、葉が擦れる音が聞こえてくる。


ガサガサッ!


もう一度草が大きく揺れると、その奥から一人の男が現れる。


ボサボサな茶髪、茶色の瞳、眠そうな目、垂れた耳と尻尾。犬の獣人族で、軽い猫背。但し、末端とは言えど、一応ノーブルの団員である為、格好はボロボロではない。髪も、不潔なボサボサ感ではなく、単純に森を抜けてきた時に乱れた程度。

リアさんに聞いておいた見た目と完全に一致する。


「あんたがアレンか?」


「あ、はい。僕がアレンです。あなた方が…」


「紹介されているはずのカイドーだ。」


「間違いなさそうですね。ここまで入ってくる者は殆どいませんので、早速話を始めましょうか。」


「分かった。一応、防音の魔法だけは掛けさせてもらうぞ。」


「勿論です。」


貴族相手に動くだけあって、言葉遣いや所作はそれなりに綺麗に見える。

リアさんの話では、このアレンという男性は、実際に盗賊としての仕事はしておらず、普通に働いて稼いだ金の一部を、盗んだ金とうそぶいて、上納金のような形でノーブルに納めているらしい。

つまり、ノーブルという盗賊団に入っていながら、それらしい活動はしていないという事だ。上手くバレないように立ち回るのだけは得意らしく、スルスルと間を縫って、ノーブルの連中の目を誤魔化しているとの事。

流石に、盗賊らしい事を全くしていないとなると、怪しまれる為、実害の少ない事を中心に何度か盗賊らしき事をしたらしいが、それも相手に承諾を得てやっていたとの事。

もし、これがレンヤ達ならば、そういう事を考えず、溶け込む為に非道な事もしたかもしれないが、そこは正義感溢れるアレンには無理だったようだ。


「リアさんからある程度、カイドーさん達の状況は手紙で伝えて貰いました。何を知りたいのかまでは書かれていませんでしたが…ノーブルの事を知りたいのですか?」


「いや。ハンターズララバイに関して知りたい。」


「ハンターズララバイですか…僕の知っている情報も、それ程多くはありませんが…」


「俺達が聞きたいのは、最近、ハンターズララバイに外部から接触が無かったかって事なんだが。」


「外部から…ですか?」


「もしくは、何か大きな動きが有るという話でも良い。」


「そうですね………そう言えば、最近、レンジビよりも南で、ある盗賊団が冒険者に殺されたという話が有りました。」


「…………………」


まず間違いなく俺達の事だ。レンジビに向かう途中で、いきなり襲ってきた盗賊達の事だろう。


「詳しい事は分かりませんが、ハンターズララバイの頭領であるバラバンタの手の者で、バラバンタが憤慨ふんがいしているとか…………もしかして、その盗賊団をやったのって…」


アレンの眠そうな目が俺の顔を見る。


「知らない方が良い。」


「……そうですね。自分が弱い事くらい理解していますから、情報を渡すだけにしておきます。」


俺達がやったのか…という事は気になっている様子だし、話の流れでほぼ確定的ではあるが、明確に聞いていなければ、知らないで通せる。

見たところ、アレンはどう見ても戦いに向いている体付きとは思えないし、巻き込んだりしたら直ぐに死んでしまうだろう。それを自身で理解していて、聞くのを止めるアレンは、潜入して、今まで見付かっていないだけの賢さを持っているようだ。

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