第353話 出立
俺が知りたいのは、盗賊団と黒犬の関係や、今後の動きに関する事だ。もし、何か大きな動きが有るとすれば、末端でも流石に知らされているだろうし、無いなら無いで、心配事が消えるだけの事だ。
話もそれ程長くはならないだろうし、数分の手間で危険が回避出来るならば、手間を取るべきだろう。
「本当に二人が安全だというのならば、紹介してもらっても良いか?」
「任せときな!と言っても、日時と場所を決めて伝える事しか出来ないけれどね。」
「いや、それで十分だ。二人に少しでも危険が迫るような事は無いようにしてくれ。」
「分かったよ。そっちの事は任せときな。」
「助かるよ。日時と場所は…」
俺達は話を聞いた後、直ぐに街を出る予定である為、街の外、人気の無い、密会に丁度の良さそうな場所を聞いて、そこを指定する。日時は二日後の早朝。
現在は日も落ち始めているし、向こうの都合も有る。ならば一週間後とかにした方が良いだろうと思うかもしれないが、こちらは急ぎの旅。そこまで無駄な時間を使えない。
リアさんの話では、今日出てこいと言っても出てくるだろうと言っていたが、もしもの為に、俺達も準備をしておきたいし、二日後にしてもらった。
「話は終わりましたか?」
全ての段取りが終わったタイミングで、サナマリがヒュリナさんをリビングに戻してくれる。
「ああ。」
「という事は、これでまた暫くお別れですね。」
「サナマリに聞いたのか?」
「はい。寂しくなりますね。」
「ヒュリナさんはここから大忙しだろう?そんな事を思っている暇も無いぞ。」
「ふふふ。そうですね。やらなければならない事が沢山有りますね。」
「それでも寂しいものは寂しいですよ!」
サナマリが眉を寄せて言ってくれる。
「ありがとう。また必ず来るから。」
「約束ですからね!」
「ああ。約束だ。」
「あまり引き止めても悪いし、そろそろ見送るよ。」
「いや。良い。」
リアさんが立ち上がろうとしたところを止める。
外にはハイネリンデとピルテが居る。出来れば会わせたくない。
俺の思惑が伝わったのか、リアさんが座り直す。
「ニルちゃんには挨拶出来るのかい?」
「ああ。入れ替わりで挨拶に来させるよ。」
「そうかい。それじゃあ…ここでお別れだね。」
「ああ。色々とありがとう。」
「それはこっちのセリフですよ!」
サナマリは僅かに瞳を潤ませて一時の別れを。
「そうだね。本当に感謝しているよ。」
リアさんは、しっかりとした瞳で一時の別れを。
「私にも、連絡忘れないで下さいね?」
「お、おう…善処する。」
「約束!…して下さい。」
「や、約束する。」
そして、ヒュリナさんは強制力の有る瞳で一時の別れを送ってもらった。
ヒュリナさんに怒られないように、書ける時は手紙を書くとしよう。これは決定事項だ。
俺が外に出ると、既にニルが馬車の準備を整えて待ってくれていた為、挨拶をしてくるように言うと、喜んで中へと入っていく。数分後、ニルが出てくると…
「別れはいつも、寂しいものですね。」
そう小さな声で言って、僅かに目を細めた。
名残惜しくはあるが、馬車を走らせ、俺達はレンジビの街を出る。
「……この街は、こんなにも美しい場所にあったのね。」
ふと、街を出て、馬車から見える景色を眺め、ハイネリンデが呟く。
きっと、今までは、周りの景色を見る余裕さえなかったのだろう。精神的にも、物理的にも。
「長くここに居たのに、そんな事も知らなかったわ。」
「本当ですね…」
「ニル。ハイネリンデ。ピルテ。日が落ちる前に話しておきたい事が有る。」
「出てくる前に色々と動くいてくれていた話ね?」
「ああ。今後の動きに関わってくる話だから、しっかり聞いていてくれ。」
馬車に一応の防音魔法を掛けるが、周囲の状況が確認し難くなる為、手短に黒犬について話す。
一先ずは、現状と、盗賊団について。
「ハンターズララバイ…ですか。」
「私達もあの街に居たから聞いた事くらいはあるけれど、黒犬がそれに接触すると…?」
「百パーセントとは言い切れないが、俺の知る中でも、情報収集能力が飛び抜けて高い仲間からの助言だ。まず間違いないはずだ。」
黒犬については、少しだけイーグルクロウにも話したし、レンヤ達が知っているという事については不思議に思わない。しかし、その僅かな情報から、黒犬の動向を調べ上げた。しかも、離れた地に居るのに…だ。盗賊団のハンターズララバイは超巨大盗賊団という事だし、かなり広域に被害が出ているだろうから、チュコの街でも情報を手に入れる事はできるだろうが、黒犬の事までとなると、最早どうやって調べたのか訳が分からない。
俺達の近くに控えてくれているはずのナーム達も優秀だが、忍の実力をこんなところでも見せ付けられるとは…
「そして、もう一つ、伝えておきたい事が有る。
実は、俺とニル…正確にはニルが、随分前から黒犬に狙われているんだ。」
「えっ?!」
「どういう事ですか?!」
「理由は全く分からない。思い当たる事も無い。記憶の限りでは、こちらから黒犬に手を出すような事はしていないし、恨まれるような事もした覚えは無い。
アマゾネスを魔界に帰す手伝いはしたが、だとしても、ニルだけを狙うのはおかしい。」
「ちょっ!ちょっと待って!アマゾネスを魔界に帰すのを手伝った人族ってあなた達の事だったの?!」
「言ってなかったか?アーテン婆さんは知っていたが。」
「流石アラボル様…ってそういう事じゃなくて!」
あまりの混乱に、冷静沈着なイメージのハイネリンデがノリツッコミをする。
「い、いきなり色々な情報が飛び出してきて、混乱するわ…」
「でも、そういう事ならば納得ですね。」
「…ええ。アマゾネスは、魔王様の矛の中でも、最強と呼ばれる者達の一角。それを手助けした者となれば、実力は火を見るより明らかね……私、そんな人達に手を出そうとしたのね…今更、首が繋がっている事がどれだけ幸運な事なのか理解したわ……」
「プチッと殺されてもおかしくありませんでしたね…」
二人して化け物を見るような目で見てくる。
話しても聞かないような相手なら、戦闘せざるを得なかったが、そもそも殺す気は無かったし、そんなに青い顔をしなくても良いのに…
「それはそうと、何故ニルさんが狙われているのでしょうか?」
ピルテはハイネリンデに疑問を投げかけている。
「黒犬は、魔王直属の暗殺部隊で、そう簡単に動かせるような部隊じゃないわ。実際、アラボル様クラスの事案においても、魔界の外に出た後動かされたような部隊なのだからね。
つまり、ニルちゃんを襲う事が、それに匹敵するくらい、重要な案件だと判断されているという事になるわ。
そこまでの案件となれば、いくら魔界から離れて十年とはいえ、私達の耳にも入って来るはず。それが一切無いとなると……」
「となると…?」
何か思い付く事でもあるのだろうか?
「分からないわね。」
思わず芸人顔負けくらいにズッコケるところだった。
「おいおい…話を引っ張っておいてそれは無いだろう。」
「いえ。違うわ。単純に分からないという話ではなく……
もし、その規模の話を完全に
「……………………」
ハイネリンデの言っている事を熟考してみると、確かにそうだなと思える。
アーテン婆さんが魔界を追い出された話は、魔界中に広まっていると話の中で聞いた。つまり、それくらい重要な役職の者で、裏に居る者が重要視している人物。しかも表立って処理出来ない者を相手に、黒犬を放った事になる。
それと同程度の脅威だと感じる何かを、ニルが持っていて、それを警戒して…?思い当たるのは魔眼…くらいだろうか。
確かに、威力は聖魂魔法にも劣らないものだし、あれを自由自在に操れたならば、誰にとっても脅威となるものかもしれないが、それを彼等に使うとは限らない。敢えて手を出してくる事で、寧ろ自分達の存在を教えて、敵対させている為、使ってくれと言っているようなものだ。そう考えると、相手の行動が矛盾してしまう。
他に何か理由が…?それとも、魔眼には、まだ秘密が有るとか…?
ハイネリンデ達に聞くべきだろうか?
だが、魔眼というのは希少であり、紋章眼となれば、更に希少だ。話せば話しただけ、ニルの危険度が増してしまう。
ハイネリンデとピルテがアーテン婆さん側の者だということは信じているが、ニルの命を賭けるのは、あまりに代償が大き過ぎる。
もし、魔眼が関係しているとすれば、どこかで話す事になるかもしれないが、自主的に話すのは止めておこう。
「そのレベルの案件を、完全に隠匿しているとなれば、要因を知っている人は数人にも満たない数かもしれないわ。最重要機密扱いの案件という事ね。」
「ニルの狙われている理由は分からないが、相手側が、重要視している何かが原因だということか。」
「結局、何も分からないのとほとんど変わらないけれど、それについても慎重に扱うべきでしょうね。」
「そうだな。アーテン婆さんの追跡を、未だ諦めていないとなると、かなり執拗い連中だしな。」
「ええ。」
「あの……」
御者をやってくれているニルが、口を開く。
「ずっと疑問だったのですが、何故、黒犬の連中は、最初からアーテン-アラボル様を殺しに動かなかったのですか?
追放する時の馬車に同行していれば、そもそも逃げられる事も無かったと思うのですが。」
「それは、先も言ったけれど、黒犬が簡単に動かせるような部隊じゃないからという事と、恐らくアリス様が抑えて下さっていたからだと思うわよ。」
「そこまで影響力が有るのか?黒犬は魔王直属の部隊だろう?真祖アリスが口を挟めるとは思えないが。」
「魔界の王は魔王様であり、上下の関係も当然有ったけれど、それ以前に、仲の良い友という関係を築いていたと聞いているわ。それが魔王様の眠った意識を叩き起こしたのか……もしくは、一時的に強い精神干渉系の魔法でも使ったかもしれないわね。」
「ま、魔王にか?」
反逆罪ものだと思うのだが…
「仲が良かったお二人なので、二人きりで話をするとアリス様が言った場合、誰もそれを止めようとはしなかったはずよ。逆に、断れば不自然だからね。」
つまり、アリスとやらが魔王に会いに行き、二人きりで話がしたいと申し出る。それを止めようと動けば、不信感が生まれてしまう為、二人きりで話し合う事になる。そこで誰も見ていないのを良い事に、精神干渉系魔法で一時的に魔王の心を乱し、命令を遅らせた…という事だろう。
「それ程簡単に、精神干渉を受けている相手の心を、上から干渉出来るものなのか?」
「いいえ。普通は無理よ。アリス様だからこそ出来た事でしょうね。それでも、先に掛けられている魔法が有ると、一時的にしか干渉出来ないのだけれどね。」
真祖アリス。どういう人物かは分からないが、かなり凄い人らしい。
「そういう事でしたか。謎が解けました。もう一つだけよろしいですか?」
「私達に答えられる事ならば、何でも聞いて。」
「…アーテン-アラボル様の娘についてなのですが。」
「……テューラね。」
魔王と魔王妃をどうにかしようという計画は最重要事項だが、アーテン婆さんからは娘の事も頼まれている。テューラ-アラボル。彼女の話には殆ど触れて来なかったが、今どこで何をしているのだろうか。
囚われの身になっていると聞いていたが……生きているのだろうか。
「ランパルドに捕まったと、アーテン婆さんからは聞いたが。」
「ええ。アラボル様の弱味となると考えたらしくてね。捕らえられたと聞いたわ。流石に殺されてはいないと思うけれど…」
「詳しい事は分からないのか?」
「アラボル様を精神的な意味で追い詰める為の嘘も混じっているし、この目で見ない事には分からないわ。ただ、娘が痛め付けられたと知れば、アラボル様の協力など得られなくなると分かっているだろうし、黒犬を放つ程警戒している相手の逆鱗に触れるのは、死んだと……分かった後だと思うわ。」
未だアーテン婆さんの死を上手く受け止められないのか、少し言葉に詰まるが、話は続いていく。
「アーテン婆さんの消息が不明である事が、テューラの生存には欠かせない事だと……皮肉な話だな。」
「そうね…でも、生きているならば、それこそがアラボル様の願いよ。必ず助け出してみせるわ。」
「そうだな。って……話がかなり逸れてしまったが、この先の行動について説明するぞ。」
俺がラルベルと、リアさん達から聞いた話をまとめて話す。
「ノーブルにアレン…ですか。」
「黒犬が盗賊団に何かをやらせようとしているという事ね…手段が大胆になって、隠す気が全く見られないわ。かなり嫌な変化ね。」
「あれからこっち、私達も雲隠れして、姿を見せませんでしたから、焦り、苛立っているのでしょう。」
「それが隙になるような連中ならば良かったのだけれど…超巨大盗賊団と繋がろうとしているなんてね…」
「やる事に容赦が無いですね。」
「話をまとめると、ニルちゃんが、黒犬に狙われていて、その攻撃手段として盗賊団の連中が来るかもしれないから、その前にアレンという男に会って、状況の確認と、対策を立てるって事で良いかしら?」
「ああ。その為に、二日後の早朝、ここより北に進んだ先に在る、
「レンジビに入る前に横を通ったけれど、とてつもなく大きな森よね?」
ハイネリンデとピルテは、何となく豊穣の森という場所を知っている様子だ。
「ああ。この辺りの食物の採取に、冒険者達がよく出入りする場所だ。
西に伸びる森で、中は果物、キノコ、山菜等、とにかく食料が豊富に揃っているらしい。」
「それですと…冒険者の人達に話を聞かれたりしないのですか?」
ニルは豊穣の森についての知識が無い為、なるべく詳しく知っている事を話しておく。
「入口付近ではな。しかし、少し奥に入ると、植物系のモンスターの宝庫となっているらしい。」
「植物系の……動物系のモンスターはいないのですか?」
「いないということは無いだろうが…ほぼ植物系モンスターらしいぞ。
あまりにも植物系モンスターの数や種類が多い為、動物系モンスターが食物連鎖で上に立てない森らしい。」
「珍しいですね?」
この世界の森に入る時、一番気を付けなければならないのは、動物系のモンスターだ。これは一般常識とも言える程の事で、誰でも同じ事を思う。
植物系モンスターというのは、グリーンマンのような特殊なモンスターも存在するが、基本的にはあまり移動しない。近付いてくる動物系モンスターを捕食するタイプが多い上に、動物系モンスターの方が強い事が多い為、普通は食われて終わる。
その為、植物系モンスターは、寄生したり、食われる事で寧ろ数を増やしたり出来るような特殊能力を持っているタイプが多い。
それでも、やはり動物系モンスターよりも上の存在になる事は無く、共生しているというような形の森ばかりだ。
しかし、この豊穣の森と呼ばれる森では、全くの逆。
植物系モンスターが動物系モンスターを駆逐する程に数と種類が多く、植物系モンスター同士で捕食し合うような状態となっているらしい。
ここまで聞けば、それがこの世界において、どれだけ珍しい事なのか、理解出来るだろう。
「植物系のモンスターは、生態が特殊なものが多いから、突然殺られる事も多い。だから、よく知らない場所、つまり奥には冒険者達も足を踏み入れないわけだ。指定した場所の辺りには、Aランク程度のモンスターがワサワサ居るらしいからな。」
「Aランクでも、植物系モンスターとなれば、それなりに厄介なモンスターもいますからね…
冒険者でも無理だとなると、人は寄り付きませんね。ですが…そのアレンという男性は大丈夫なのですか?聞いた限りでは、それ程腕の立つ方とは…」
「そこは大丈夫だ。よく知らないならば危険な場所だが、知っていれば回避も出来る。アレンという男は、その森に詳しいらしくてな。」
「それなら安心ですね。」
「えーっと……そのアレンという男の心配よりも、自分達の心配は…しないのですか?」
至極当然の事をピルテがニルに聞く。
「心配…ですか?」
「豊穣の森についての知識は、私達にも無いですし、危険な気がしますが…」
「当然気を付けますが、Aランク程度のモンスターであれば、そこまで心配する必要は無いと思いますよ?」
「Aランク…程度……ですか。」
「言われてみれば、Aランクのモンスターを倒せるって、かなり凄い事だったよな……最近化け物みたいな相手ばかりだっから、俺もニルも感覚が狂っているな。」
「わ、私もですか…?」
「もうニルも立派な規格外だな!」
「っ?!………………」
嬉しそうに親指を立ててやると、驚愕の表情で前に向き直るニル。
残念だが、既にニルの実力は、この世界で言うところの常人の域を出ている。
つまり、手遅れという事だ。
オウカ島でセナにも同じような事を言われていたし、これはもう間違いないだろう。
「私達も吸血鬼族として、それなりに強い方だと思っていたけれど、上には上がいるものね。
戦闘において、私達は援護に徹した方が良さそうだわ。」
「そ、そうですね。私もそう思います。」
「いや、吸血鬼が強いのは知っているからな。期待しているぞ。」
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