第352話 盗賊団 (2)
「サナマリ。元気になったみたいで良かった。」
「それもこれも、カイドーさんとニルさんのお陰です。本当にありがとうございました!」
「役に立てたようで良かったよ。体調は大丈夫か?」
「はい!」
またしても元気な笑顔で応えてくれるサナマリ。本当に良かった。
「私の本音を言えば、少しモヤモヤしたものが残る事件だったけれど、まあ悪くない落とし所だったと思っているよ。」
母親としては、やはりモヤモヤした部分の残る話だとは思う。俺がわざわざ加害者を連れて来た時点で、当事者同士の間で話を付けて欲しいとお願いしているようなものだ。俺の都合で、リアさんに我慢させるような結果になった事は、本当に申し訳なく思っている。
「そんな顔をしないでおくれ。あの二人を見付け出して来てくれたというだけで、特大の恩を受けたんだからね。カイドーさんとニルちゃんには、有難い気持ちしか無いよ。」
「そうですよ!
あのまま犯人が誰かも分からなかったら、私はずっと立ち直れなかったかもしれません!それを救って下さったのですから!」
「……ありがとう。」
二人の心遣いが嬉しいような辛いような…ありがとうとしか言えなくなってしまう。
「さて!この話はここまでにしようかね!
カイドーさん達は今日も泊まって行くんだろう?」
「いや。色々とあって、早目に出ようと思っていてな。リアさんにいくつか話を聞いて、今日中には街を出ようと思っているんだ。」
「えっ?!」
「なんだいそれは?私達に恩返しもさせてくれないのかい?」
「いやいや。色々と貰っているし、十分だよ。」
「それじゃあ私達の気が収まらないよ!」
「ま、また来た時にお願いするよ。」
「……まあ冒険者を引き止めるのは無理というものかね。」
「そんなー!」
本気で残念がってくれるサナマリ。嬉しい限りだ。
「別れは名残惜しいものだよ。仲が良くなればなる程にね。サナマリも聞き分けな。」
「……はーい…」
流石リアさん。サナマリを直ぐに納得させてしまう。
「それで?私に聞きたい話ってのは何だい?」
「……少し聞き辛い事なんだが…」
「何を今更。何を聞かれたってカイドーさんの事を無神経だとは思わないよ。必要だから聞くんだろう?」
「……そう言ってくれるのであれば……
リアさん。ハンターズララバイという盗賊団の事を知っていると聞いたんだが、ギルドでは情報が殆ど手に入らなくてな。詳しい事を知っているならば、教えて欲しい。」
「なんだい。そんな事かい。その程度の事なら、いくらでも教えてやるよ。
旦那の事を思い出すからと、気を利かせてくれたのかもしれないけれど、もう昔の話だよ。私も口に出して話せるくらいには消化しているさ。」
本当にどうということはないと、言いたげな顔で言ってくるリアさん。
「そう言ってもらえると助かるよ。」
「それで…ハンターズララバイね?」
「ああ。超巨大盗賊団で、頭領の名前がバラバンタという名前の者だとだけ聞いている。実際の規模やその他の情報については、ほぼ何も知らない。」
「ラルベルに聞いたのかい?」
「ああ。当時は妹の事でドタバタしていて詳しく知らないって言われてな。そこでリアさんを紹介されたんだ。」
「討伐隊が組まれた時の話だね。あの時のラルベルは見ていられなかったからね。」
「たった一人の肉親が街を出るとなれば、落ち込むのも分かるが、そう珍しい話でもないだろう?そんなに落ち込んだのか?」
「あの子達は特に仲が良かったからね。ラルベルの妹、ターナは、争い事の嫌いな優しい子だったのに、姉の為に冒険者になったくらいさ。」
「ラルベルの為に?」
「ラルベルは昔から体が弱くてね。別に病に侵されているとかいう事じゃなくてね。単純に体が弱いのさ。」
「全然そんな風には見えないが…?」
「最近はターナのお陰で調子が良いだけさ。Bランクモンスターの、ブラッドサッカーって知っているかい?」
「ああ。何度か戦った事があるぞ。」
人型のヒルみたいなモンスターだ。
「そのブラッドサッカーの血は、
「あー…そう言えば。」
ブラッドサッカーの素材も、インベントリに入っている。ブラッドサッカーの血は、ある程度空気に触れるとゼリー状になり、鉄分の摂取にも用いられる…薬用素材みたいな物だと聞いた事がある。
強壮剤というのは、簡単に言えば、栄養としてではなく、薬用として摂取する事で、体力を増強するような物を指す言葉だ。薬理学的な確証は無いと聞いた事があるが、この世界でもそうなのだろうか…?
プレイヤー時代、強壮剤と呼ばれるような物を使った事が無いし、こちらの世界に来てからも使っていないから分からない。
ただ、実際にラルベルがその効果を受けて元気になっているならば、効果が有るのだろう。あまり口に入れて美味い物では無いだろうが…今度食べてみようかな…
「つまり、ターナは姉の体調を良くする、ブラッドサッカーの血を手に入れる為に、冒険者になったと?」
「ああいう代物は、常に食さなければならない類のものだろう?相手がBランクのモンスターとなれば、それなりの値段になる。ずっと買い続けてたら、貴族でもない限り破産しちまう。」
「その点、冒険者ならば、自分で狩って自分で使用出来る…か。」
コストパフォーマンスが良いというか、自分で狩るならばタダだ。強壮剤を常に切らさずに送り続けるのもなかなかの手間だが、それをやっているという事は、かなり仲が良いのだろう。
「そういうことさ。Bランクの冒険者になるまでは、かなり大変だったみたいだけれど、今ではSランク。ブラッドサッカーを狩るくらい朝メシ前だって言うんだから、大したものだよ。」
「そんな理由で冒険者になる人もいるんだな。」
「あの子達は優しいのさ。」
ターナは後衛職。一人でもブラッドサッカーを倒すくらい出来るとは思うが、間違いなく他のメンバーも手伝っているはず。文句も言わずに。
また一つ、ターナを…いや、イーグルクロウを好ましく思える事を知れた。
「話が逸れちまったが、そういう事で、あの時のラルベルは他のことも大体覚えていないような状態でね。討伐隊の事はほぼ何も知らなくて当然さ。」
「だが、ギルド内で情報は共有されるだろう?」
「されてはいるはずさ。でも、情報が有り過ぎて逆に信憑性に欠けるから、話せなかったのだろうね。」
「情報が有り過ぎて?」
「ハンターズララバイという盗賊団は、一つの盗賊団というより、いくつもの盗賊団が集まって出来ていてね。盗賊団を構成するメンバーには、色々と居るのさ。」
「有名な奴がって事か?」
「それもあるけれど……そうだね。カイドーさんは盗賊にも種類が有るって知っているかい?」
「盗賊の種類?」
「その反応だと、知らないみたいだね。」
そう言ってリアさんが説明してくれたのは…
盗賊と一口に言っても、そのやり口には色々と有る。そのやり口ごとに盗賊を種類分けした呼び方が存在するらしい。
例えば、単純にスリのような物取りのみをする奴等の事は、
貴族のような金持ち相手に、高額な品を目的として、詐欺や盗みをする奴等を貴族盗賊。
扱う品が人のみ。つまり、奴隷を作り、売る事を専門にしている奴隷盗賊。
他にも、とにかく相手を殺し、それから物を頂くという殺害盗賊と呼ばれる奴等も居るらしい。
これに関しては、盗賊達が自ら名乗っているというよりは、外側の者が区別する為につけた…言わばあだ名のようなものだが、少なくとも大陸において、盗賊を相手に
但し、盗賊全てが綺麗に区別されるわけではなく、手広くやっている奴等や、気分次第で生かしたり殺したりする連中もいる為、目安といった感じみたいだが。
「そんな盗賊の呼び方は初めて聞いたな。」
「盗賊と深く関わらず、普通に生きていれば、耳にしないような言葉だからね。知らない方が幸せって事さ。
それより、そういうあらゆる盗賊達が集まって、一つの塊になっているものだから、騒ぎや情報も本当に多種多様な内容と数が出回っているのさ。」
「なるほど…」
要するに、相手が一つの団体ではない為、ハンターズララバイの情報を聞いたところで、それが盗賊全員に共通する内容ではないという事になる。
ラルベルが、事件が多発しているような事を言っていたのに、詳しい事を話さなかった理由がそこにあるのだろう。
それぞれの事件を調べていけば、実行犯には辿り着けるかもしれないが、ハンターズララバイ全体から見れば、森の中の木を一本切り倒されたようなもの。さしてダメージは受けない。
その上、相手は盗賊。そもそもが人を騙し、殺し、奪うような連中なだけに、仲間意識など無いに等しい。簡単に切り離してしまうだろう。
襲われた者達に話を聞けば、それなりにどのような連中が居るのか簡単に分かるだろう。だが、それではあまり意味が無いという事になる。
逆に、ハンターズララバイ全体に関する情報となると……その莫大な盗賊情報の中に埋もれている可能性も十分にあるが、そんなのは干し草の山の中から一本の縫い針を探すようなもの。どれだけ時間があっても足りないだろう。
仮にも俺はターナの恩人。ラルベルがハンターズララバイに繋がるか分からない、不確定な内容の話はしないだろう。
「そうなると、やはり分からないってのが結論なのか?」
「まあ、それがギルドの見解だね。」
「その言い方だと、リアさんは何か知っているか?」
「知っていると言っても、知っている人は知っているような情報ばかりだけれどね。
ハンターズララバイに組み込まれている盗賊団は無数に有るけれど、その中でも、力を持った盗賊団というのがいくつか存在してね。
残念ながら、ハンターズララバイ全体の頭領をしているバラバンタという者の事は分からないけれど、力を持った盗賊団の一つ、ノーブルという盗賊団の事を少しね。」
それぞれの盗賊団が集まっているならば、優劣は存在して当然。その中でも上位に位置する盗賊団の一つという事だろう。
「ノーブル…
「先に話した貴族盗賊を主に行っている盗賊団さ。」
「なるほど、ノーブルな者達を対象に盗みを働く連中って事か。
それで、何を知っているんだ?」
「ノーブルの頭領についてよ。名前は貴族盗賊のザナ。
見た目は長い白髪。黒い瞳のタレ目。エルフ族の男で、細いけれどそれなりに剣を振れる筋肉はついている感じね。
貴族を相手にするような連中だから、着ている服装はそれなりだし、顔も一見優しそうに見えるわ。」
「おいおい…随分と詳しいな。」
「かなり有名な男だからね。人相書きも出回っているよ。」
そう言ってリアさんが奥の戸棚から紙を一枚取り出し、見せてくれる。
流石にカラーではないが、似顔絵と、その下に大まかな人物像の説明書きがされている。紙が少し日に焼けているのを見るに、少し古い資料らしい。ただ、エルフ族は長寿で見た目が変わり難い。現在も同じ顔をしているだろう。変装や整形をしていなければ…だが。
「この男が、その貴族盗賊のザナか。」
「この男に騙されて盗られた金や物の総額は、かなりのものだって話だよ。」
「私もその男の話なら聞いた事があるよ。」
ブルーツリーの紅茶を淹れてくれていたサナマリが、カップに紅茶を注ぎながら話に加わる。
「貴族様方の間ではかなり…悪い意味で有名な人らしくて、この付近の街や村では、エルフ族の男には注意しろって噂されているらしいよ。」
「この街だけじゃなくて、付近の街や、村までもか。相当儲けたらしいな。」
「本人はウハウハだろうね。」
「それだけの腕があれば、ハンターズララバイでも有力な盗賊団の頭領として見られるわけだな。」
「それに、話によれば、かなり腕も立つらしい。
一度衛兵と一戦交える事態に陥った事があるらしいけれど、多対一で瞬殺だったって話だよ。」
「瞬殺?殺したのか?」
「そこは盗賊だからね。殺す事に躊躇するような奴等ならば、今頃檻の中さ。」
義賊とまでは言わないが、高給取りだけを狙った犯行的に、もう少しまともな連中かと思っていたが、盗賊は盗賊らしい。考えをしっかり改めなければならないようだ。
「それなりに腕が立つ男で、天才詐欺師、そして盗賊団の頭領で、ハンターズララバイの有力な立ち位置という事だな。それで?」
「この貴族盗賊のザナは、頭領をやっていると言ったわよね。それはつまり、このザナ以外にも、同じような事をしている連中が下に居るということよ。
まあ、ザナに比べると、やる事は小さいし、被害も小さいのだけれどね。」
「盗賊団というくらいだからな。」
そこでリアさんが、唐突に話を区切り、窓を閉める。そして、椅子に戻ると、話を続ける。
「…ノーブルの団員の中には、何人か指名手配されている者も居るのだけれど、そうではない者の中に、アレンという男がいるの。」
「アレン。」
一先ず、名前を覚えておくために復唱する。
「その男は……私の旦那の…昔の部下よ。部下と言っても、仕事上の部下というだけで、普通の一般人よ。」
「そんな人がノーブルに入ってしまったのか?」
旦那の仇かもしれない相手の下に入るなんて、嫌な話だ…と思っていたのだが。
「実は、旦那の死因を調べる為に、アレンはノーブルに潜入しているのよ。」
「おいおい……」
いくらレンジビの街の構造が内緒話に向いているとはいえ、こんな家のリビングでする話ではないぞ。
俺は直ぐに魔法陣を描いて、防音対策をする。そんな事をしなくても、盗み聞き出来るような立地ではないが、念には念を入れておかなければならない。
「いきなり爆弾発言だな…誰かに聞かれたらアレンという人が危なくなるぞ。」
「一応、この部屋には防音の魔具で魔法を掛けてあるから、外に話が漏れたりはしないよ。」
「そうだったのか?!」
全然知らなかった…
まあ、宿となると、聞かれたくない話とかもするし、防音設備は泊まる側としては嬉しいところだが。
「カイドーさん。知らなかったのですか?」
「聞いていなかったな。」
「もー!お母さん!また!」
「だはは!」
「笑い事じゃないってば!」
「ま、まあ、話が外に漏れないなら、それで良いよ。」
「だはは!ね?」
「ね?じゃないよ!まったくもう!」
リアさんの笑い声に、サナマリが腕を組んで眉を寄せる。
「それにしても、そんな危険な事をしていたのか?」
「あー。私が頼んだわけじゃないよ。アレンが勝手にやった事さ。
ある日突然、ノーブルの一員として潜入して、必ず真実を暴きます!って言いに来たのさ。その時には既に潜入していて、今更どうする事も出来ない状態…つまり事後報告でね。
眠そうな目をしているのに、熱血だからね。」
「熱血というより、無謀としか思えないのだが…?」
「その辺は大丈夫だよ。割と器用な男でね。やるとなればそつなくこなせるからね。流石に人殺しまでは出来ないだろうけれど……その点、貴族盗賊は、基本的に殺傷沙汰は禁止だから、都合が良かったのさ。」
「敵の事を知るために、敵の懐に入るってのは聞いた事のある話だが…」
オウカ島でも、四鬼の一人テジムが敵の懐に入って動いていたが、あれはテジムがそういう類のプロで、色々な訓練を受けてきたからこそ出来る事だった。それですら、かなりの綱渡りをさせられていたはずなのに、いくら器用とはいえ、素人がいきなり入り込んで、上手く立ち回れるとは思えないが…
「意気込んで入ったは良いけれど、未だ下っ端中の下っ端さ。そこまで末端の者だと、演技力もそこまで必要無いのさ。」
そういう事ならば…まあ納得出来る…か?
そもそもが盗賊団という粗暴な連中の集まりだし、その内の末端ともなれば、潜入されていても気が付かない。というか、もし潜入されていても、害が出ない。流石にバレたら危険だろうが、バレる心配はほぼ無いと言える。
「バレる心配は少ない事は分かったが……しかし、それって潜入している意味が有るのか…?」
「私とサナマリを危険に晒す事になるからと、詳しい事は聞かせてくれないし、私達も聞こうとは思わないけれど、末端でも得られる情報は有ると言っていたよ。」
「皆無という事は無い…か。」
熱血だか無謀だか分からないが、猪突猛進気味に潜入したアレンが、何か掴んでいる可能性も無きにしも
頼れるのか頼れないのか判断が難しい男だな…
「この事は、私とサナマリしか知らない事でね。ギルドにも言っていないよ。アレンは無謀だけれど、悪い男じゃないからね。」
どうやらリアさんも無謀な男だと思っていたらしい。
「という事で、私がハンターズララバイについて知っているのは出回っている情報と大差ないけれど、内情を知っている者の紹介は出来るという話さ。
先に言っておくけれど、本当に私とサナマリは、内情について一切聞いていないよ。」
「リアさんのことだから、そんな無謀な事をしているとは、最初から思っていないさ。
しかし、そのアレンってのを紹介してくれるのは有難いが、それで二人が危険になるなら、無理に紹介してくれる必要は無いぞ?」
「それについても大丈夫だよ。私とサナマリが巻き込まれる事は絶対に無いようにしてくれているからね。」
「それならば…一度会って話をしてみるのも有りかもしれないな…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます