第二十六章 ハンターズララバイ
第351話 盗賊団
ハイネリンデ達は、テトラという人族の女の子に、二度も裏切られ、他種族を信用出来なくなってしまった。その事も、ハイネリンデ達が容赦無く血の記憶を見て回る事になった大きな要因なのかもしれない。しかし、それはそれ、これはこれだ。
今回の件で心を入れ替えてくれたならば良いのだが…
「それより、俺達から話しておかなければならない事がある。」
「何でしょうか…?」
二人は固唾を飲んで俺の言葉を待つ。何か罰でも与えられると思っているらしい。
「実は、アーテン-アラボル…俺達にとっては、アーテン婆さんなんだが…俺達は、あの婆さんに会っているんだ。」
「…えっ?!本当ですか?!」
「どこで会ったの?!」
二人は掴みかかってくるのではないかと言う程に慌て出す。
「落ち着け。いや…落ち着いて聞いてくれ。」
俺は一度ゆっくり息を吸い、その後、ハッキリと聞こえるように言葉を発する。
「アーテン婆さんは………死んだ。」
「そんな……」
「そ、そんなっ?!アラボル様が……」
一応、アーテン婆さんとの繋がりについて、大まかに説明したが、二人は心ここに在らず状態。
二人にとっては、旅の目的であり、アーテン婆さんを見付ける為に、アイザスとサザーナは死んだ。その全てが水泡に帰したのだから、絶望して当然だ。
ペンダントについて話をしていないのは、ハイネリンデの話でもあったように、簡単に情報を漏らすわけにはいかないからだ。ただ、それではあまりにも救いが無くなってしまう為もう少し詳しい話をしておく。
「アーテン婆さん自身は死んでしまったが、魔王と魔王妃を救い出すヒントは教えてもらった。確実かは実際に行ってみなければ分からないがな。」
「ほ、本当ですか?!」
「ああ。」
「良かった……本当に良かったです……これで、二人も浮かばれます……」
ピルテは、まだ道が残されている事に安堵している様子だったが、ハイネリンデは、アーテン婆さんの死という事実が、かなりショックだったらしい。
「アラボル様が……」
「……助けられなくてすまないな。」
「………………………」
放心状態とまではいかないが、脱力感が強い様子だ。
「お母様……」
「……あれから随分と経ったし、もしかしたら…とは考えていたの。でも、アラボル様に限ってそんな事は無いはずと、気持ちを保ってきたのよ。それが…まさか……
……アラボル様の……最期は、納得のいくものだったかしら…?」
「……どうだろうな…少なくとも、本人は満足していたように見えたな。
ある冒険者のパーティを救って、笑って逝った。」
「……そう。アラボル様らしいわね。
私達と違って、アラボル様は、いつも最後は他人を信じていたの。だから、周りに人が寄っていたのね。
私は大切な事をずっと教わっていたのに、すっかり忘れてしまっていたわ…」
アーテン婆さんは、結局、自分を犠牲に他人を助けて死んでしまった。そして、その前に、俺とニルにペンダントを渡した。それは、俺とニルを信じて、魔界の未来を託したという事に他ならない。
結局、アーテン婆さんは、最後まで、他人を信じる事を諦めなかった。
「アラボル様の事は、本当に残念だけれど…魔界はまだ終わってはいないのね。」
「恐らく…な。
アーテン婆さんの託したヒントは、俺が預かっている。だが、黒犬の連中も動いているし、下手に喋るわけにはいかない。」
「構わないわ。可能性が残っていると分かっただけで今は十分よ。
私達がそのヒントを知っているより、二人だけが知っていた方が安全だもの。」
「何故そう言い切れる?」
「アラボル様が死ぬ前に、そのヒントを二人に託したという事は、アラボル様が魔界のことを二人に託したという事に他ならないわ。
アラボル様から魔界を任された二人に比べたら、私達なんてゴミみたいな物。簡単に捻り潰されてしまう程の実力差が有ると考えるのが普通よ。
それはつまり、何かあった時に、私達が捕まる可能性の方が高いという事になるわ。
精神に干渉する魔法や、私達吸血鬼のように血から過去を読み取ってしまう者も居るのだから、弱い者は知らない方が良いわ。」
「お母様の言う通りですね。私もそう思います。
特に、黒犬の連中に知られる可能性を考えると、知らない方が魔界の為だと思います。」
「徹底しているな。」
「…相手は手を抜いてくれたりしないのよ。私達も、徹底しなければならないわ。」
「…そうだな。」
「あ、あのー…」
ピルテが話に申し訳なさそうに入ってくる。
「ん?」
「結局、カイドー様方は、私達と共に戦って下さるという事で良かった…のでしょうか?」
「ハッキリとは言っていなかったな。俺達もランパルドをどうにかしようと動いている最中でな。
今現在、魔界に向かっているところなんだよ。」
「本当ですか?!」
「ああ。その為にも、魔界について知っている二人の案内が有ると助かる…という事だ。」
「お母様!!」
「…ええ。フロイルストーレ様は、まだ私達を見ていて下さったのね。」
「はい!」
フロイルストーレの石像に感謝を示すハイネリンデとピルテ。
「感謝するのは良いが、まずはギルドへの報告だ。被害者との話し合いを終わらせている以上、何か特別に罰を受ける事は無いだろうが、万が一という事もある。報告で気を抜くなよ。」
「ええ。分かったわ。」
結果から言えば、ギルドとしては、騒ぎを起こしたのだから何かしらの罰を与える必要が有るだろうと判断した。しかし、被害者との話し合いが終わっていて、その被害者達が罰を与える事を望んでいないという事で、
目的を達成したハイネリンデとピルテは、これから魔界に戻る為、追放というより自分で街を出る事になる。つまり、実質的には罰則は無しという事になる。
本来であれば、それなりの罰が下されて当然なのだが、その辺りは俺が持っている書簡で話を付けた。ちょっと職権乱用的なところが有るとは思ったが、魔界の事もあるし、使える物は使うべきだと納得しておいた。
ギルドへの報告を終えた後……
ギルドからの発表の内容に、犯人像についての記載は無く、俺とニルの監視下であれば、数日、街での行動も良しとしてくれた為、二人の出発準備を整える事にした。と言っても、マジックローズやその為荷物は全てインベントリ内に収納しているし、他に必要な物は無い為、今直ぐにでも出発出来る状態だ。
「カイドー様ー。」
ギルドを出ようとしたところで、ラルベルの独特な喋り方が聞こえてくる。
ハイネリンデとピルテを見ているようにニルに伝え、先に外へ向かわせ、俺はラルベルの元へ向かう。
「どうした?」
「忙しい中ー、依頼を受けて下さってありがとうございますー。」
相変わらず、のほほーんとした喋り方だ。
「いや。俺達にも得になることだったから、結果的に受けて良かったよ。」
「本当ですかー?良かったですー。
妹からー、カイドー様に変な事したら怒るって手紙が返ってきてしまってー、心配していたのですよー。」
ラルベルの妹は、イーグルクロウのターナだ。
ターナが住んでいるチュコと、ここレンジビは、それ程離れた距離では無い為、手紙のやり取りならば直ぐに出来る。
「大丈夫だから心配するな。それより、ターナは元気なのか?」
「はいー。今はー、後輩の指導でー、とっても忙しいと書いてありましたよー。」
後輩というのは、オウカ島から連れてきたレンヤ達の事だろう。あれから少し経つが、順調に事を進めてくれているらしい。やはりイーグルクロウの五人に任せて正解だった。
「色々と頼んでしまったからな。」
「カイドー様がですかー?」
「ああ。お陰様で助かっているよ。」
「へへへー。妹を褒められるとー、とっても嬉しいですー。」
両手で顔を挟むようにして喜ぶラルベル。
何だろう…色々と浄化されていく気がするのは俺だけだろうか…いや、周りの冒険者達も仏のような顔をしているところを見るに、同じ感情なのだろう。
「そう言えばー……それが理由でカイドー様への伝言が書かれていたのですねー。」
「伝言?」
「はいー。後輩の方からー、カイドー様への伝言がありましてー、伝えられたら伝えて欲しいと書いてありましたー。」
「どういう内容なんだ?」
「えーとー…確かー、ブラックウルフがー、狩人の親を探しているー…とか書いてありましたー。」
「…………何の話だ?」
「んー…私に聞かれましてもー…何の話なのかさっぱりですよー。
ブラックウルフと言えばー、Aランクのモンスターですがー。」
「ブラックウルフは知っているが…」
ラトの元々の種族がブラックウルフだったし、戦った事もある。とても賢いモンスターで、冒険者が返り討ちにされる事も多い。
しかし、そもそも、この世界での狩人と言うと、小動物を狩って生活する様な者を指し、ブラックウルフを相手にするような狩人はなかなかいない。しかも、ブラックウルフの探している相手が狩人の親…?
「なんのこっちゃ…だな。」
「んー……これだけで意味が伝わると書かれていたのでー、何か別の知識が必要なのかもしれませんねー。」
「別の知識?」
「分かる人にしか分からないような暗号なのかもしれないなー…と思いますー。ターナと昔ー、そういう遊びをしていたのを思い出しますねー。」
「暗号か…」
わざわざターナの手紙に書いて寄越すという事は、かなり重要な内容になっているはず。外に漏れる心配を考慮して、暗号にした可能性は十分にある。
レンヤ達が俺達に伝えたい内容となると、神聖騎士団の事か、黒犬の事だ。
ブラックウルフと聞いて思い当たるのは、黒犬の事だろう。
ブラックウルフは黒い狼。ラトが犬だと勘違いされやすかった事を知っていて、黒い犬、つまり黒犬と置き換えてブラックウルフと言い換えた…とかか。
つまり、黒犬の動向か、狙いについて伝えたかったと考えられる。
そして狩人と、その親。
最近の黒犬の動向だと考えられるもので言えば、ヒュリナさんとレンジビまで来る途中に出会った盗賊達だ。
雑魚ではあったが、俺達という獲物を狩る為の狩人とも言い換える事が出来なくは無いが…そこはちょっと分からない。が、少なくとも、俺達にとって敵となる存在だろうと推測は出来る。
一先ず、狩人を盗賊と置き換えて考えてみると、黒犬が、盗賊の親を探している…となる。
親もそのままの意味ではなく、親玉という意味だろう。
つまり、黒犬は現在、盗賊の親玉を探している…となる。
盗賊の親玉と言うと、俺達が殺したリーダー格の男だと思いたいが…あんな雑魚キャラを、わざわざ黒犬が探しているとは考え難い。
「……一つ聞いても良いかな?」
「はいー?」
「この辺りで、デカい盗賊団の話とかって有るか?」
「大きな盗賊団ですかー?有りますよー。
名前はー、ハンターズララバイですー。超巨大盗賊団と言われている盗賊団ですよー。」
「ハンターズララバイか。」
直訳すれば、狩人の
「超巨大と言うが、実際には、どれくらいの人数なんだ?」
「ハッキリとは分かっていないんですよー。数え切れないくらい沢山と言われていますー。」
「ザックリだなー?あ…くっ、また負けた…」
気を抜くと語尾が伸びてしまう!
「負けたですかー?」
「な、なんでもない。気にしないでくれ。それより、何か情報は無いのか?そのハンターズララバイとかいう盗賊団に関する。」
「そうですねー。頭領の名前は分かっていますよー、確か、バラバンタという名前だったと思いますー。」
「バラバンタ?」
「はいー。名前だけしか分かっていないのですけれどねー。しかもー、偽名だと思いますよー。」
「つまり、何も分かっていないって事だな?」
「そうとも言えますねー。」
「だが、デカい盗賊団ならば、色々と被害も出ているんだろう?」
「そうですねー。かなりの被害が出ていると聞いていますよー。悲しいですよねー。」
「こっちも大規模な討伐隊とかを組んで掃討しないのか?」
「それがですねー…昔一度だけそうした作戦を実行した事があったみたいなのですがー、上手くいかなかったそうですよー。」
「聞いた話なのか?」
「はいー。その時はー、丁度ターナが街を出て行く時と重なってしまってー、私は詳しい事を知らないのですよー。
ただー、かなりの被害がこちらにも出たと聞いていますー。
ですからー、こちらも簡単に討伐だー!とはいかないみたいですよー。」
「つまり、それくらいデカい盗賊団って事か。なかなか厄介な隣人だな。」
「悩みの種というやつですねー。」
レンジビでは、冒険者として働くつもりが無く、掲示板を見ていなかったが、よくよく見てみると、盗賊関係の依頼書がかなり多い。
盗られた荷物の回収だとか、護衛、敵討ち的なものまである。
もし、そのハンターズララバイという盗賊団の頭領と接触する目的で黒犬が動いているとすれば、必ずどこかでぶつかる事になる。しかも、この辺りの盗賊団となれば、かなり近い未来。
「もう少し情報が欲しかったんだが…」
「それでしたらー、リアさんに聞いてみると良いかもしれませんねー。」
「リアさんに?もしかして、旦那さんって…」
「いえー。それは分かりませんー。何が起きたのか全く分かっていないのでー。
ただー、リアさんはー、ハンターズララバイが怪しいとー、色々と調べていたそうなのでー。」
「なるほど…」
かなり酷い死に方をしていたと聞いたし、相手が盗賊団という可能性は十分に有り得る話だ。
旦那さんの死については、既に乗り越えているような雰囲気だったが、死んだ当初は必死に原因を調べていたに違いない。
「しかし、そんな無神経な事を聞いても大丈夫なのか?」
「普通は嫌な顔をされるかー、話を逸らすかー、だと思いますがー、カイドー様であればー、大丈夫だと思いますよー?」
「うーん…そうか?」
「はいー。もし駄目だったとしてもー、それで関係が崩れるような事にはなりませんよー。リアさんはー、心が広いですからねー。」
「心が広いって事には、同意出来るな。」
何せ、ハイネリンデとピルテの話しを飲み込んでくれたのだから。
「分かった。ありがとう。本人に聞いてみるとするよ。」
「はいー。カイドー様はー、もう街を出られるのですかー?」
「リアさんに話を聞いて、そのまま街を出るつもりだ。あの二人の事もあるからな。」
一応、公的には街からの追放という話になっているし、数日の猶予は貰っているとしても、出るのが早いに越したことはないだろう。
「そうですかー。残念ですー。ターナの恩人なのでー、色々とお返しをしたかったのですがー…結局ー、色々としてもらっただけでしたー。」
「ターナの事は、直接本人に返して貰っているから気にしなくて良いぞ。それに、随分と癒してもらったからなー。」
「どういうことでしょうかー?」
「ははは。いや、何でもない。元気でな。」
「はいー。カイドー様もー、お気を付けて下さいー。また必ず来て下さいねー。その時はー、沢山お返ししますからー。」
「ああ。」
ラルベルの見送りを受けて、ギルドを出る。
「ご主人様。」
外に出ると、直ぐにニルが寄ってくる。隣にはハイネリンデとピルテ。見張っておかなくても、何もする事は無いと思うが、一応ギルドとの約束だから、形だけでもやっておかなければならない。
「リアさんのところにー、行こうかー。」
「は、はい…?」
了解の意を示してくれたニルだったが、伸び伸びの語尾に困惑顔。
「コホン。い、行こうかー。」
「は、はい…………?」
駄目だ!完全に乗っ取られた!
これはラルベルの喋り方が頭から抜けるまで喋らない方が良さそうだ。
何も無かった振りをして四人でリアさんの家に向かう。
いくらリアさんとサナマリが一区切り付けてくれたとはいえ、またハイネリンデ達を家に通すのは嫌だろうと思い、ニルと共に馬車の準備に取り掛かってもらう事にした。話を聞くのは俺だけだ。
「話は終わったのですか?」
リアさんの家に辿り着くと、まずはヒュリナさんが出て来る。
「ああ。一先ず話は付けたよ。」
「そうですか。色々と思うところの有る事件でしたが……当事者ではない私に何かを言う権利など有りませんので、止めておきますが、二度とあのような事はさせないように言っておいて下さいね。」
「ああ。約束するよ。それと、リアさんとサナマリの事を見ていてくれて助かったよ。」
「お礼ならば、リアさんとサナマリちゃんに散々言われたので、必要ありませんよ。それに、シンヤ様とニルちゃんは、今回の事件を解決した功労者なのですから、寧ろお礼を言われる側ですよ。」
「だとしても、巻き込んでしまったのは事実だからな。」
「巻き込まれたとは思っていませんよ。」
「ありがとう。」
「もう良いですから、中に入って下さい。」
結局礼を言ってしまう俺に、呆れ顔を向けてくるヒュリナさん。
俺が部屋に入ると、ヒュリナさんは気を利かせて、扉の外で待っていてくれる。
「カイドーさん。今回は本当にありがとう。お陰様でサナマリも落ち着いたよ。」
部屋に入り、開口一番にリアさんのお礼。
「何事も無かったとは言えないが、最悪の状況ではなかった事にホッとしたよ。本当に良かった。」
「カイドーさん!」
リアさんと話をしていると、久しぶりに明るい笑顔で奥から現れるサナマリ。
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