第356話 トラップ

女性陣の話の中に入れず、外から見ていたが、そろそろ本題の話をしなければならない。


「周辺の様子はどうだった?」


「西に少し行くと、五メートル幅くらいの川があったわ。深さもそれなりで、川魚もいたわ。ここからの距離で言えば二百メートル程ね。」


「それは有難いな。モンスターはどうだ?」


「他とあまり変わりませんね。そこそこな数が居ましたが、ランクの高いモンスターは見ませんでした。」


「それだけモンスターが居るとなると、見張りは必要か。」


「扉を作ってしまえば、多少は安心かもしれないけれど、ゴブリンのような知能の有るモンスターも居たから、全員寝てしまうと少し危険かもしれないわね。」


「分かった。見張りの順番は後で決めるとしよう。

盗賊や黒犬の気配は?」


「周囲には人の入った痕跡は無かったから、まだこの場所はバレていないと思うわよ。黒犬は…正直自信が無いけれど、感覚の限りでは、近くにはいないはずよ。」


「黒犬の連中は、俺とニルの隙を狙ってくるはずだ。無謀に突っ込んで来たりはしないだろう。盗賊の連中を送り込んで来るというのが一番可能性としては高いはず。一先ず黒犬の直接的な攻撃は警戒しなくても大丈夫…だと思う。」


ここまでに、何度か刃を交えたが、全て返り討ちにしている。ニル単身でも追い返したし、今更直接攻撃して殺せるとは思っていないだろう。


「シンヤさんの予想が当たっているならば、盗賊の気配だけ気を付けておけば良さそうね。」


「もし、何か違和感を感じたら直ぐに言ってくれ。その時は直ぐにこの場所を捨てて移動する。」


「分かったわ。」


とりあえず、現状は安全だと考えて良さそうだと分かった為、ニルの作ってくれた椅子に腰を下ろす。


「シンヤさん。カムフラージュは出来たけれど、私とピルテでもう少し手を加えても良いかしら?」


「それで俺達が安全になるなら、好きなように手を加えてくれて構わないぞ。」


「それなら…ピルテ。」


「はい。」


二人は自分のかばんの中から小瓶を取り出して、横穴の周囲に何やら魔法を掛けている。


「それは何をしているんだ?」


「これはダークイリュージョンという吸血鬼魔法です。吸血鬼の血と、闇魔法、周囲の環境に合った属性魔法の三種以上を組み合わせた物を媒体にして展開する魔法ですね。

一定の範囲に、視覚的に認識し辛くするという効果を付与する事が出来ます。」


「へえ。面白い魔法だな。」


「内側からでは分からないですが、外側から見ると、横穴さえ余程注視しなければ認識出来なくなります。」


「効果も素晴らしいな。」


「媒体を作る時間が必要な事と、それ程範囲が広くないので、使うタイミングはなかなかありませんが、今のような状況では、非常に効果的です。

ただあくまでも認識し辛くなるだけで、見えなくなるわけではないというのと、当然、物理的な遮断ではないので、物は通過してしまいます。」


「そうなると、何か物理的に遮断するような魔法を別で設置した方が良いですかね?」


「いえ。防御を固め過ぎると、黒犬に気付かれる可能性が高くなるわ。あいつらに追われていたならば分かると思うけど、追跡の能力も非常に高いわ。無闇矢鱈に魔法を使ったりしてしまうと、感知されてしまう恐れがあるわ。」


「影に潜む者達の実力が高いと、ここまで厄介なのですね…」


「ですが、ここからは私達も黙って見ているわけではありません。向こうも私達に悩まされる事になるはずです。」


直接戦闘力は俺達の方が上。その差を盗賊団を使って埋めようとしているみたいだが、そう簡単に殺られるわけにはいかない。


「早速、準備に取り掛かるとするか。」


「まずは何からやりますか?」


「そうだな……出来る限り、俺達の攻撃だと気付かれないように、少しずつ戦力を落としていきたい。一気に数を減らすのは最終手段だ。」


「攻撃だと気付かせずに数を減らす…ですか?」


「ああ。例えばだが、ノーブルの本拠地から出てきた者、入る者を、全く別の場所で静かに殺して、少しずつ本拠地の中に居る人数を減らす…とかだな。

流石にそこまで相手も馬鹿ではないだろうから、その方法では二、三人が限界だろう。」


「つまり、そういう方法をいくつも使って、盗賊団の力を少しずつ削いでいくわけですね。」


「ああ。一気に無力化出来る人数まで減ったら、その時点で俺達の勝ちが決まる。」


「少し時間が掛かりそうですね…」


「どちらにしろ、俺達がこのまま魔界に戻れば、黒犬も引き連れて行く事になる。魔界で敵になると分かっている者は、ここで排除しておいた方が良いだろう?」


「ただでさえランパルドという相手が居るのに、その上で黒犬もとなると、勝ち目が薄くなるものね。

ここで黒犬を潰す…という事ね。」


「黒犬の全員がここに居るわけじゃないから、完全には潰せないだろうが、アーテン婆さんを追う為の有力な手掛かりであるハイネとピルテ。そして、何故か分からないが、それと同レベルの重要度で狙われているニル。それがここに揃っているんだ。殆どの連中が集められているはずだ。」


「ここで私達が勝てば、黒犬には大打撃を与えられるわね。」


「しかも、致命的な程のな。」


「…よーし!やる気が更に出てきました!ここまでの恨み!全てぶつけてやります!」


ピルテはガッツポーズを取りながら意気込んでいて、可愛い感じになっているが、目だけは本気だ。

大切な部下を二人殺されたのだ。憤怒の感情は消えずに、腹の中に溜まっている事だろう。


「ニルも…心配はしていないが、ここまで悩まされてきた相手だ。手を抜くなよ。」


「はい!確実に仕留めてみせます!」


全員の気合いが入ったところで、細かい今後の事について話し合っていく。


「何よりもまずは、ノーブルの本拠地の位置、構成員の人数を知りたい。出来れば城の構造も知りたいが…敵の懐に入るのは危険過ぎるし、外から見て得られる情報を集めよう。」


「何人か捕らえて聞き出すというのはどうですか?」


「直接捕らえるのはリスクが高過ぎる。どうしても情報が必要ならば、そういう手も使うが、出来る限り俺達が直接捕らえるのは無しの方向で行こう。」


「分かりました。調査は全員で向かいますか?」


「一度は実際に敵の本拠地を見ておいた方が良いだろう。最初は全員で向かい、その後は…」


「私とお母様にお任せ下さい。身を隠す吸血鬼魔法が使えるので、いくら黒犬とはいえ、簡単には見付からない自信があります。」


「四年間も見付かる事無く逃げ続けてきたから、そういう技術は格段に上がったわ。心配しなくても大丈夫よ。」


「それなら、本拠地の城周辺の細かな調査は二人に任せるよ。

俺とニルは攻撃手段を考えて、必要な物を……作っておこう。」


「買いに行けば、姿を見られてしまいますからね。」


「つ、作るって……?」


「簡単な魔具程度ならば、俺が作製出来る。」


「めちゃくちゃね…簡単な魔具でも、作るのは難しい物なのよ?

ニルちゃんの装飾の腕はシンヤさんからとは聞いたけれど…まさかそこまでの事が出来るなんてね…」


「アラボル様も魔界の未来を託すわけですね…」


二人はポカーンと俺とニルの顔を見ているが…セナの腕を見ているし、自分が凄いとは全く思わない。いや、プロと比較するなんて、烏滸おこがましいか。


「どうしても無理な物は買いに行くかもしれないが、街で手に入る物は、大抵インベントリの中に入っているから大丈夫だろう。」


「インベントリ?」


「あー……そう言えば言ってなかったな。俺は渡人なんだ。」


「……渡人……ですか?」


ハイネもピルテもピンと来ていないらしい。


「あー、そうか。渡人が魔界に行くという事は無かったから、そもそも知らないのか……

インベントリというのは、物を収納する魔法の事でな。」


俺はインベントリを開き、中から温かい昼食を取り出す。


「うぇ?!な、なんですかその魔法は?!」


「湯気が出ているわ…」


「中に入れた時の状態で取り出せる素晴らしい魔法だ。容量の限界は…俺も知らない。」


「ということは…凄い量の物が入っているって事よね?」


「ああ。だから、街で手に入る大抵の物は、このインベントリの中に入っているはずだ。」


「それで、馬車の中に殆ど荷物が乗っていないのですね…」


「マジックローズがどこに消えたのか謎だったけれど、その理由が分かったわ。」


馬車は人を運ぶ為だけの用途でしか使っていない。カムフラージュとして荷物を乗せる事もあるが、それ以外はスッカラカンが基本だ。

二人の荷物は、預かった後、俺がインベントリに収納しておいた。その時は二人に魔法を見られていなかった為、どこに消えたのだろう?と思っていたようだ。

聞いてくれれば良かったのに…と思ったが、二人の状況を考えると、聞き辛かったのだろう。


「とまあ、そういうわけで、二人の荷物はインベントリの中に入っている。後で全て出しておくから、確認してくれ。」


「あ、マジックローズだけは預かっていてもらえるかしら?出しておくと枯れてしまうのよ。」


「それもそうか…分かった。必要な時は言ってくれ。」


「ええ。助かるわ。」


「では、シンヤさんとニルちゃんには、ここでアイテムの作製をして頂いて、私とお母様で相手の動向を探るという事ですね。」


「基本の動きはそんなところだな。ある程度情報が集まったら、ここへ戻って来てくれ。吸血鬼魔法を利用した作戦も立てるだろうから、二人の意見も聞いておきたい。」


「分かったわ。折角ニルちゃんが作ってくれたベッドで寝れないなんて、悲しいわね。暫くお預けね…」


「ベッドの心地良さを感じてしまうと、向こうで寝られなくなるかもしれないですから、知らないうちに調査出来ると思った方が良いかもしれませんよ?」


「良いこと言うわね、ピルテ。一理あるわ。」


凄い納得の方法だが…二人が良いのならば、それで良しとしよう。


その後、昼食を摂った後、俺達は四人で北方向へと向かう。


余談だが、馬車はインベントリに入れ、馬は横穴の外に繋げてある。逃がす事も考えたが、こんなモンスターがわんさかいる場所で逃がしても、即食われるだけの話だ。認識妨害の魔法が掛けられた範囲の内側に、囲いを作って、その中で暫く過ごしてもらうことにした。


北方向へ向かって大体三時間程経った頃、やっと城が見えてくる。因みに、ハイネとピルテの足に合わせて進んで来た。つまり、吸血鬼の足で三時間の位置である為、距離的には結構遠い。


「見えてきましたね。」


「予想していたより大きいな。」


見えてきた城は、山の山頂部分に建てられており、西面は切り立った崖になっている。

建てらている城は、縦よりも横に広い洋風の城だ。

茶色の外壁…というか、レンガ造りの城で、当然外壁もある。


「西側は崖か。」


「侵入するならば、崖側が良さそうですね?」


「け、結構な高さが有るわよ?」


「あの程度ならば、氷山を登った時と比べたら楽なものだ。」


「氷山…?二人は今までどんな旅を送ってきたのよ…」


「ああいう崖を登るような旅だな。」


「恐ろしい旅路ね…」


俺もそう思います。


「見てみて改めて思うが、単純に攻め落とすのは、やはり難しそうだな。」


聖魂魔法を使えば、簡単に消しされるかもしれないが、ザナとやらが吹き飛んでは意味が無い。


物見櫓ものみやぐらも建っていますし、あまり近付くと発見されてしまいますね。」


「そうね……私とピルテは、もう少し進んで、観察してみるわ。」


俺とニルには全体像しか見えないが、二人の視力ならば、もう少し進むだけで色々と見えるらしい。


「分かった。全体像は掴めたから、俺とニルは戻る。そっちも適当なところで引き上げろよ。」


「ええ。分かっているわ。」


ここでハイネとピルテとは、一時的に別行動となる。

俺とニルは自分達の拠点に戻り、アイテムの作製。ハイネとピルテが敵情視察をする事になる。


城の全体像を確認後、トンボ帰りで拠点に戻ると、既に日は落ちており、辺りは完全な暗闇。光を灯してしまえば、いくら認識妨害の魔法を掛けられていても、バレてしまうだろうという事で、その日は交代で休む事にした。


翌朝。


「さてと…まずは何から作るかな。」


「やはりトラップの類が良いですかね?」


「そうだな。出来れば、モンスターに対する罠だと思わせられる物が良いだろうな。」


「モンスターを罠に掛けようとしていたところに、盗賊が偶然ハマってしまった…という形になるようにということですね。」


「その通りだ。殺してしまうような罠ばかりではなく、それなりの怪我程度で済むような物もダミーとして作っておこう。」


「分かりました。」


「素材は色々と用意出来るが…海底トンネルダンジョンで手に入れた素材を、そろそろ使いたいな。」


「結構色々なモンスターを討伐出来ましたからね。ですが…加工が難しい素材も多かったですよね?ベヒモスやインビジブルハンターの素材は、特殊過ぎて上手く扱えないとお聞きしたと思うのですが。」


「ああ。簡単には扱えない。だが、セナから色々とヒントを貰ってな。それを試してみたいんだ。」


「そうでしたか。それでは、何から作りますか?」


「そうだな…一番簡単そうな物から作っていこうか。」


俺が取り出したのは、ハードスケルトンの骨。


「とっても硬い骨…でしたよね?」


「ああ。加工出来ない程ではないんだが、そもそも使い道があまり無くてな。」


「骨…ですからね。」


「だが、罠にするならそれなりに使えるはずだ。数が揃っているからな。」


「どのような物を作りますか?」


「落とし穴なんかでもそれなりになるとは思うが…それだとモンスターまで落ちるからな。毎度確認して掛かったモンスターを取り除くなんて作業はしたくないし…」


「それくらいの事ならば、私がやりますよ?トラップとなれば、どちらにしろその作業は必要になると思いますし…」


「うーん…」


その作業自体を嫌がっているのではなく、モンスターが掛かってしまうと、痕跡がどうしても残ってしまう。血の臭いだとか、素材の欠片等、目端の利く奴ならば、そういう物に気が付いて、罠を察知されてしまう。罠の場所を変えれば良いだけの話なのだが、人の数よりモンスターの数の方が圧倒的に多いこの場所では、人よりモンスターが掛かる可能性の方が圧倒的に多いはず。

毎回場所を変えていたら、キリが無い。


「それよりも、上手く盗賊を引き寄せる罠を考えた方が良いかもな。」


「盗賊を引き寄せる罠…ですか?」


「例えばだが、金目の物を置いておくとかな。そんな馬鹿なトラップに引っ掛かる奴はいないだろうが、要するに、そういうモンスターは興味を示さないが、人は興味を持つ物を餌にするんだ。」


「モンスターではなく人が…ですか…」


「なかなか難しいが、それが出来れば、割と上手く敵を処理していけるかもしれない。ニルだったら、何を置かれたら興味を持って、近付きたくなる?」


「私ですか?私ならば、ご主人様ですね。」


即答。そして、ニルに聞いたらそういう答えが返ってくる事くらい予想出来ただろうに…


「ま、まあ、それ以外で何か無いか?この山、森という環境の中で、気を引かれる物だ。有っても不思議ではないが、有ると気を引かれる何か。」


「うーん…そうですねー…」


ニルは人差し指を顎に当てて考える。


「……武器…とかでしょうか?」


「なるほど…武器か。」


「冒険者が落としたか、その辺りで死んだと説明は出来ますが、落ちていたら気になりますね。この辺りに何か危険な存在が居るかもしれないと思ってしまいます。」


「確かに、それなら大抵のモンスターも興味を示さないか。」


中には光り物に興味を示すモンスターもいるが、圧倒的に少ないはず。それに、こんな場所に落ちている武器ならば、錆びて反射しないように加工しても、おかしくはない。


「ついでに血が付着した布の切れ端でも置いておけば、より効果的かもな。

そうなると、トラップの形も落とし穴より、感応式にした方が良さそうだな。」


「感応式ですか?」


「落ちている武器を拾い上げると発動する罠とかな。」


「なるほど。持ち上げて見るのは人くらいのものですからね。」


「そういう事だな。とすると…ニル。少し手伝ってくれ。まずは工房を作って、煙が上に行かないような造りにするぞ。」


「はい!」


風の魔法を発動させる魔具を使えば、煙を別の場所に流すことは可能だ。こうすれば、料理も工房も思う存分に使える。

そんな構造の建物も、上手く魔法を活用すれば、二時間程で出来上がってしまう。流石に凝った造りのものは無理だが、使うことが出来ればそれで良い。

俺とニルは魔法を駆使して、横穴を拡張し、工房を作り上げる。


「これで良さそうですね。炉も設置出来ましたし、準備万端です!」


「そうだな。それじゃあ、昼まで時間もあるし、色々と作ってみるか。」


「はい!」


インベントリの中に入っている金属や素材を取り出して並べてみる。


「こうして並べて見てみると、海底トンネルダンジョンって、まごうことなき高難度ダンジョンだったんだな。」


「特に、ダンジョン終盤で戦ったモンスターは、普通ではなかなか出会えないようなモンスターばかりでしたからね。」


「この素材達を上手く使って、罠を作っていこうか。」


「はい!ですが…やはり骨をどう使えば良いのか…」


「そうだな…セナが言うには、ハードスケルトンの骨は、骨の中に含まれる特殊な成分が骨を硬化させているらしい。」


「特殊な成分ですか?」


「それも、セナが自分で調べただけの話だから、成分の名前も分からないらしい。ただ、その成分の分離方法は教えてもらえた。」

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