第340話 アーテン-アラボル (2)

「な、何だ?!何故こんな事をする!こんな事をして許されると思っているのか?!」


兵士の一人が叫ぶ。


「大人しくして下さいと……言いましたよね?」


ピルテが喉元にある鎧の隙間から、刃を押し込む。


「ひぃっ…」


情けない声が聞こえてきて、護衛は完全に黙る。


「アラボル様!」


ハイネリンデが檻の外に掛けられた布を取り払う。


「っ?!」


しかし、その檻の中には、誰も乗っていない。


「なっ?!」


魔具を直ぐに確認すると、反応が未だ動き続けている。


「っ!!」


周りを見渡すと、もう一本奥の道から現れた全く同じ形の馬車が門を通り抜けるところだった。


「あの馬車を止めて!」


アーテン-アラボルの作り出した魔具は、大まかな方角しか分からないもので、指し示す方向に直線的に並ばれると、手前なのか奥なのか判断出来ない。

ハイネリンデ達が動いているのに気が付いて、囮を走らせていた。そして、それにまんまと引っ掛かってしまった。


門前に居た者達が馬車を止めようと動くが、時すでに遅し。


馬車は門を通過して南へと向かって走り、スピードを上げていく。


「っ!!」

ガンッ!


苛立ちのあまり、ハイネリンデが馬車の檻を蹴り付けると、檻の一部がグニャリと歪む。


「お母様!」


「……無理よ。追い付くのは難しいわ。」


「諦めるのですか?!」


「そんなわけないじゃない。魔具が有る限り、ある程度アラボル様の位置を把握出来るわ。出来れば魔界の外に出る前に何とかしたかったけれど…追い付けないと分かっていながら追うより、こちらも馬車を用意して追った方が速いはずよ。

それに、馬もずっと走ってはいられないし、あの檻を乗せた荷台は重いわ。方角さえ分かっていれば、どこかで追い付けるはずよ。」


「直ぐに馬車を用意させましょう!」


「あっちだ!急げ!」


街の方角から叫び声が聞こえてくる。

理由があったにしろ、罪人を運ぶ為の馬車を襲ったのだから、追手が掛かるのは当然。異様に対処が早いのは、最初から読まれていたという事に違いない。


「その前に一旦離脱するわよ!皆散り散りに逃げるのよ!」


「「「「「はい!」」」」」


周囲に居た部下達が一斉に四方八方へと逃げ始める。


「追え!逃がすな!」


ハイネリンデ達を追う兵士達も、ワラワラと散開するが、吸血鬼の身体能力は、薄血種でも高い。簡単に捕まるはずもなく、街の中へ紛れ込み、姿を消していく。


「お母様。」


「ピルテ。私達は直ぐにシーザレンに向かうわよ。」


「直ぐに追わないのですか?」


「アラボル様が魔界を出てしまった場合、私達も追うには、魔界を出る事になるわ。」


「そういう事ですか…分かりました。私が馬車を用意しておきます。」


「頼むわね。」


魔界の外に出るという行為は、魔族にとっては危険な行為である。

神聖騎士団に情報を与える危険が増す上に、外で魔族が暴れでもしたら、魔族全体が恨まれてしまう。

その為、基本的に魔族が魔界から出る事は無い。

もし、何かしらの理由で魔界を出る際には、それぞれの族王に許可を取らねばならない。つまり、ハイネリンデは、真祖アリスに許可を得なければ、魔界の外まではアーテン-アラボルを追えないのだ。追えないと言っても、自分から出て、二度と魔界に戻るつもりが無いのであれば、許可を得る必要は無いのだが、もし戻る事になれば、魔族を危険に晒したという重い罪に問われる事になる為、この手順だけは端折れない。


二人は一時シーザレンへと向かい、ハイネリンデは許可を貰う為に純血地区の、真祖アリスへ繋いでくれる純血種の者の元へと足を運ぶ。


「魔界を出る許可…?」


「はい。」


「何故そんな物が必要なのだ?」


「アラボル様の救援に向かう為です。」


アーテン-アラボルが魔界から出たという情報は、未だシーザレンには伝わっておらず、一から話す事になってしまったが、ハイネリンデ達が色々と動いている事は、既に伝わっていた為、特に問題は無く直ぐにアリスへと話を繋いでくれる。

本来であれば、直ぐに取り次いでもらったとしても、返事は直ぐに来なかったりするもので、足止めされるのを覚悟で来ていた。しかし、予想より遥かに早く返事が来る。


「ハイネリンデ。お前、何をしたんだ?」


「どういう事ですか?」


取り次いでくれている純血種の者が、眉を寄せ、届いた書簡を読みながらハイネリンデに問う。


「アリス様が、直ぐに追うようにと仰られている。

加えて、現在、ハイネリンデ、ピルテ、サザーナ、アイザス、その他数人に指名手配が出ているらしいぞ。」


街中で馬車を襲撃した件で、指名手配されてしまったらしい。


一応、変装は解かずに襲撃したのだが、全てを知る者から見れば、襲撃した犯人がハイネリンデ達だと直ぐに分かる。指名手配されても仕方ないかもしれないが…あまりに早すぎる。


「少し荒っぽい事をしてしまって…出頭しなければ、まずいことになりますかね?」


「いや、先程も言った通り、お前達は直ぐにアラボル様を追うんだ。」


「大丈夫なのですか?」


「書簡によると、現在、アリス様が今回の件について話し合いをしてくれているそうだ。」


「アリス様がですか?!」


ハイネリンデから見ると、薄血種である自分の為に、わざわざ真祖アリスが手を貸してくれている状況であり、驚くのも無理はない。


「アリス様が動いて下さるならば、お前達の指名手配も、直ぐに解けるはずだ。気にしなくて良いだろう。」


「わ、分かりました。それでは、私、ピルテ、サザーナ、そしてアイザスの四人は、アラボル様を追います。」


「よし。行け。」


「はい!」


自分の為に真祖アリスが動いた事には驚いていたが、アリスは魔王と仲が良く、その魔王のお気に入りであり、今の魔王を救い出せるのがアーテン-アラボルだけである為、最善策として助けてくれたに違いない。

ハイネリンデは許可を得て、ピルテの元に向かう。


ピルテが用意している馬車の横には、既にサザーナとアイザス、それと数人の部下が待っていた。


「ハイネリンデ様。我々全員、旅立つ準備は整っております。」


「ありがとう。でも、今から出るのは私とピルテ、サザーナ、アイザスだけよ。」


「わ、我々も!」


「いえ。あなた達には別にやって欲しいことがあるのよ。」


「??」


「アラボル様を見付け出して戻って来た時に、何も分かっていないでは、今回と同じ事が繰り返されてしまうだけだわ。そうならないように、あなた達には、秘密裏に内情や敵の情報を探っておいて欲しいのよ。」


「………分かりました。必ず突き止めておきます。」


「頼んだわよ。」


「「「「はっ。」」」」


ハイネリンデの言葉を聞いた部下達は、それぞれ自分の役割を果たす為に散り散りになる。


「ピルテ、サザーナ、アイザス。急ぐわよ。」


「「「はい!」」」


ここから、アーテン-アラボルの長い長い捜索が始まる事になる。


まず、魔界の最南端に向かった馬車を追い掛けたが、魔界内で追いつく事は出来ず、直ぐに魔界を出る事になる。

その間に、アーテン-アラボルが魔王に対して失言をし、魔界追放の命令を受ける事となった内容を噂で知るのだが、魔族は基本的に魔界外への追放という刑罰は受けない。

それなのに、魔王が敢えて魔界の外へ出したという事に疑問を抱く。


「何故魔界外追放という刑罰なのでしょうか?」


ピルテ達も同じように疑問に思っていたらしく、馬車に揺られながらも、ハイネリンデに問う。


「失言したとはいえ、アラボル様のこれまでの貢献度を考えると、死刑というのは、あまりに重過ぎる刑罰だわ。かといって、捕縛して監禁したとしても、今回の様に上手く抜け出したり、誰かの手が入るのは明らか。

地位を奪ったとしても、アラボル様を頼る人は減らないわ。いえ、地位的に近寄り易くなる分、増えるかもしれないわね。

殺す事が出来ず、かといって魔界内に居ればアラボル様の影響力を必ず受けてしまうわ。」


「殺せないのならば、魔界から追い出してしまえ….という事ですか。そうなると、魔王様への失言というのも、甚だ疑問ですね。」


「アラボル様と魔王様の関係は実に良好だったわ。多少の失言があっても、笑って許される程にね。

それに加えて、アラボル様は無駄に失言する人ではないし、失言らしい言葉を無理矢理取り上げて怒らせたように見せただけでしょうね。」


「何故ここまでして、アラボル様を…?」


「分からないわ。魔女族の誰かが関与している可能性が高いとは聞いていたし、アラボル様の才能を知っている魔女族の誰かが犯人…もしくは、犯人に近い人物なのかもしれないわね。」


「魔女族…ですか。」


「あのー…」


ハイネリンデとピルテの話の合間に、アイザスが入り込んでくる。


「あまり魔女族については、詳しく知らないのですが、そんな危険な種族なんですかね?」


「本当にあんたって馬鹿ね。」


「なんだとコラ。やんのかコラ。」


語彙力ごいりょくも壊滅的。手遅れね。」


「本当に二人は仲が良いのね。ピルテから聞いていた通りだわ。」


「ハイネリンデ様までそんな事を?!俺達は仲が良いわけじゃないですよ!」


「そうですよ!こんな奴!」


「あ?!誰がこんな奴だ?!」


「二人共。お母様の前ですよ。」


「「うっ…」」


サザーナとアイザスは、ピルテの言葉に反応して、ピタリと言い合いを止める。


「アイザス。勉強不足は良くないわね。同じ魔族の事くらいは、ある程度知っておきなさい。」


「す、すいません…」


叱られるアイザスをニヤニヤして見ているサザーナ。しかし…


「サザーナも、知らない事を学ぼうとするアイザスの姿勢は、良い姿勢よ。そういう事で他人を馬鹿にするのは止めなさい。」


「は、はい…」


喧嘩両成敗。二人とも平等に叱られる。


「それで、魔女族についてだったわね。」


「大まかな事は分かりますよ。研究ばっかりしている連中ですよね?」


「ザックリし過ぎね。」


「うぐっ…」


「まあ、割と魔女については、知られていない事も多いし、ここで色々と話しておくのも良いわね。

まず、魔女族というのは、魔というくらいだから、女性しか存在しない種族なの。」


「女しかいない種族ですか…それならば、我々吸血鬼同様に人数が少ないのですか?」


「いいえ。魔女は吸血鬼と違って、何度でも子供を産めるし、産んだ子供は必ず女、魔女族になるの。」


ここでハイネリンデが言っている、吸血鬼と違って、という言葉の意味は…吸血鬼の女性は、生涯でたった一人しか子供を産めないという特殊な体質の事を指している。

吸血鬼は、他種族と子を作れるというのに、数が少ない理由というのは、他種族の者を吸血鬼にするのに危険が伴う事と、子が一人しか産めないという二つの理由にある。

当然だが、男性には関係の無い体質である。しかし、女性は一人しか子供を産めない為、吸血鬼の女性は、かなり慎重に相手を選ぶ。吸血鬼は寿命が長い為、特に慎重に。そして、そんな体質を持っている為、離婚率は極めて低い上に、育児放棄をする者はいない。

流産や死産も少ないながら有るのだが、それでも一生を添い遂げたいと思ってくれるような相手しか選ばないし、男性もそういう者にしか相手は現れない。


「だとしたら、出生率についての問題はあまり無い…ということになりますね。」


「そうね。ただ、魔女というのは、知識欲が異常に高くて、その他の欲が低いの。他人から見ると、ちょっと取っ付き難い人が多いのはそのせいね。」


「俺はアラボル様に会った事がありますが、それ程取っ付き難いという印象は受けませんでしたよ?」


「そうね。アラボル様のように、魔王様の設けた規則によって、知識欲をコントロールしている人も居て、そういう魔女族は、知識欲を抑える代わりに、他の欲求が高くなるのよ。」


「他の欲求……」


「気持ち悪い顔しないでよ!」


「う、うるせえな!」


「アイザスが変態かどうかは置いておいて…」


「ハイネリンデ様?!酷いっすよ?!」


「ここには女三人なんだから、気を付けないとね?」


「うっ…すいません…」


バツの悪い顔をするアイザス。


「認めてるし。気色悪っ。死ねばいいのに。」


「す、すまないって言っているだろう?!」


「謝れば何でも許されると思ったら大間違いよ。」


「まあまあ。アイザスも健全な男の子って事で、一度だけ許してあげて?」


「うっ…まあ、一度だけなら…

あんたはハイネリンデ様に一生感謝して生きなさい!寝る前に千回はハイネリンデ様にお礼をしてから寝なさいよ!」


「それ寝れないよね?!」


「まあまあ。サザーナもその辺にしてあげて。」


「はーい。」


「話の続きをするわよ。

魔女族は、知識欲が高くて、命よりも知識欲を満たす方が優先する場合も多いわ。その為、人を騙してまで知識欲を満たそうとする人も多くて、人をあざむく術を持っている人ばかりなのよ。」


「なかなか怖い種族ですね…」


「そうね。でも、術を持っているのと、それを使うのは別の話。使い方さえ間違わなければ、良き隣人になれるわ。」


「アラボル様みたいに…という事ですよね?」


「ええ。まさにその通りよ。

ただ、やはり知識欲に勝てない魔女も多くて、今回の事件の裏に魔女族が絡んでいても、不思議では無いわ。

それはアラボル様に調査をお任せしていたのだけれど…結局、怪しい者が多過ぎて特定出来ないままだったみたいよ。」


「同族の者達に怪しい者が多過ぎてと言うのも悲しい話ですね…」


「そうね…」


「でも、そういう者達の割合が多いというだけで、怪しい者は私達吸血鬼族の中にだって居るわ。あまり偏見を持たないようにね。」


「はい。」


「お母様。そろそろ馬を一度休ませましょう。」


「そうね。近くに良い場所はあるかしら?」


「あの辺りが良さそうですね。」


御者をやっているサザーナが指で示した先には、程よく視界が取れる場所で、小川が流れている。


「良さそうですね。サザーナ。馬車を寄せてもらえますか?」


「直ぐに寄せます。」


時刻は昼時。

吸血鬼は夜も視界が取れる為、夜のうちも迷う事なく先へ進める。その為、昼間に休憩を取る事が多い。


「やはり馬車はお尻が痛みますね…」


「こればかりは吸血鬼の体でも痛いものね。」


ピルテとハイネリンデが話をしていると、またしてもアイザスが話の合間に入り込んでくる。


「ピルテ様って、元々は人族だったんですよね?」


「ええ。そうですよ。」


「馬鹿っ!アイザス!」


「えっ?!あっ…聞いちゃまずい事でしたか?」


「そんな事は無いですよ。隠している事でも無いですからね。」


アイザスの無神経な質問に、サザーナが突っ込むが、ピルテは特に気にしていない様子で答える。


「そうだったのですか?」


「サザーナは優しいですね。ありがとうございます。」


「い、いえ!そんな事は…」


真っ赤になるサザーナ。


「でも、本当に隠しているつもりは無いので、大丈夫ですよ。お母様も…大丈夫ですよね?」


「ええ。もう私は大丈夫よ。」


ピルテの言葉の意味を知らないサザーナとアイザスは、首を傾げる。


「……サザーナも、もしかしたら将来、同じ事になるかもしれないから、話しておいた方が覚悟が出来るかもしれないわね。」


「私ですか?」


「あなただけじゃなくて、女性の吸血鬼全員に言える事よ。

私は、ずっと昔、流産したの。」


「えっ?!そんな…」


突然の言葉に、サザーナは両手で口を押さえて、目を見開く。


一人しか産めない体で、流産。そうなると、その者には、一生子供が出来ない体になってしまったと言える。


吸血鬼の死産、流産率は、他種族のそれと比べると、かなり低い。

吸血鬼の胎児は、腹の中に居る時から吸血鬼の力を持っている為、体も丈夫で、母体も強い為、早期流産も少ない。

しかし、少ないだけで、無いということは無く、稀にそういう事が起きる。こればかりは運である為、どのような者にも起こり得る事である。

特に、ピルテやサザーナにとっては、自分も一人の女性である為、その衝撃は大きい。

吸血鬼族は、長い寿命の九割近い年数を、二十歳そこそこの体で過ごす。その為、流産、死産すると、体は若いのに、子供は一生産めないという絶望を味わう事になってしまう。


「ハイネリンデ様…」


「私も最初は絶望したけれど、今はピルテが居てくれるから、大丈夫よ。

サザーナもピルテも、将来的には子供を授かる事になるはずよ。その時、流産してしまった時の事も考えておくべきよ。

凄く稀な事だけれど、起きないわけじゃないの。

身近に流産した人が居ると、それを肌で感じる事が出来るでしょう?

もしかしたら、自分にもそんな事が起きるかもしれない…って。女として産まれてきた以上、考えておいて損は無いはずよ。」


「はい……ですが、ハイネリンデ様は、今お独りですよね…?」


「ええ。旦那とは、子供が流産した時に別れたのよ。」


「…そうでしたか……」


「その事は、今も昔も後悔していないわよ。

私のせいで、子供好きなあの人が、苦しむ姿なんて見たくないもの。

今は良い友達の関係よ。再婚もして、子供も産まれたのよ。」


離婚した旦那の事を、嬉しそうに話すハイネリンデ。


「凄いですね…その方を思って、自分から身を引けるなんて…私には出来ないかもしれません…」


「それは人それぞれよ。

それに、元旦那も、離婚を受け入れてくれるまで、かなりの時間が掛かったわ。

子供を産ませる為に結婚したのではない。君と一緒に居たいから結婚したのだ。なんて何度も言われたわ。」


少し照れながら話すハイネリンデ。

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