第336話 過去 (2)

魔王がこのタイミングでアマゾネスを外に出す。普通では考えられない命令だが、恐らく、魔王が正気なままに、その命令を下したという事。


「アマゾネスには、何か特別な任務が与えられているらしいねえ。」


「内容までは分かりませんでした。誰にも任務内容を明かしていないという事でしたので、恐らくは魔王様本人の意思かと。」


「このタイミングでアマゾネスを動かす程の重要任務ねえ…何か気になるけれど、魔王様の心の内に仕舞われているとなれば、私達が知るよしは無いし、知らない方が良い事だろうさ。

アマゾネスの事を上手く引き止める方法も考えてはいたけれど、魔王様の意思ならば、手を出さない方が良さそうだねえ。」


「はい。アマゾネスはマニルテ荒野方面へと向かう予定との事です。」


「あの辺はモンスター以外の生物が殆ど居ないし、特別な任務とやらを悟らせないようにする為だろうねえ……」


「しかし、神聖騎士団の連中も居ますので……何も起こらなければ良いのですが…」


「それはアマゾネス族が考える事だよ。私達は私達の仕事をするんだ。」


「…はい。」


「もう一つ確実な事は…やはり魔王様に近しい存在の関与…ですよね。」


「しかも、魔王様が信用している人物だろうねえ。」


「嫌な感じですね。このままだと、本当に魔王様が…」


「滅多なことを言うもんじゃないよ。」


「しかし…魔王様の最近の様子が…」


「……そうだねえ…魔王妃様からも、最近は正気でいる時間が短くなったと相談されたよ。

恐らく、ジワジワと正気を奪っていっているのだろうねえ…」


「アラボル様のお力で、何とか出来ないのでしょうか?!」


「私は魔具の職人だよ。そんな便利な物は作れないさ。」


「っ………」


「でも、使われている魔法が何なのか、誰が使っているのかを突き止める事が出来れば、それを弾く魔具を作れなくはない…と思うよ。」


「本当ですか?!」


「それを調べるのは、これまでの情報収集とはわけが違うよ。」


アーテン-アラボルの顔が、厳しいものに変わり、ハイネリンデは、それを見て生唾を飲み込む。


「相手からして見れば、これまでの私達は、チョロチョロ動いているのが居る…程度のものだったはずさ。実際、得られた情報のほとんどは使えないものだったしねえ。

何もしてこなかったということは、多少嗅ぎ回られた程度では、何も分からないだろうという自信が有るのだろうねえ。

でも、魔王様に掛けられている魔法について調べようと動けば、流石に許してはくれないはずさ。間違いなく血が流れる事になるよ。」


「…………………」


「ハイネリンデは、それ程戦闘は得意としていなかっただろう。調べるなら、私だろうねえ。」


「アラボル様を危険に晒すことは出来ません!

今アラボル様が居なくなってしまえば、魔界は本当の意味で手に負えなくなってしまいます!」


「私はただの魔具職人だよ。研究者と言っても良い。

魔具は元々の魔法よりどうしても威力が落ちる事は知っているだろう?そんな物の職人が一人死んだところで、何も問題は無いさ。」


「何を仰いますか!アラボル様の戦闘センスを知らぬ者など、この魔界には一人も居ません!

それに、アラボル様のお作りになった魔具は、この魔界をここまで発展させたのですよ?!魔界に最も必要とされる人物は、アラボル様を置いて、他に居ません!」


「だからと言って、他にこの役割を果たせる者が居るのかい?」


「っ!!」


「現状で、信じられる者というのは、かなり限られてくる。そして、信用出来たとしても、それぞれの役割をこなしている。

手が空いていて、魔王様を操ろうとする犯人相手に、大立ち回り出来る者に、私以外の心当たりでも有るのかい?」


「…………………」


「魔王様も、今直ぐにどうこうなる状態ではないと言われていたし、今直ぐに動くつもりはないさ。

きっちり準備をして、確実に救わなければならないからねえ。」


「ですが…」


「ハイネの気持ちは嬉しいよ。でも、適材適所だよ。それに、誰かがやらなければならないなら、老い先短い私がやるさ。」


「年齢で言えば私の方が先に!」


「そう言えば、ハイネは吸血鬼だったねえ。見た目が若いから、忘れてしまいがちだねえ。ひっひっひっ。」


「笑い事では有りませんよ?!」


ハイネリンデが、どうにか出来ないものかと、食い下がってはみるものの、アーテン-アラボルの決意は固い。


「どちらにしても、私以上の適任者は居ないさ。それはハイネも分かっているだろう?」


「………………」


アーテン-アラボルの言葉通り、この作戦で、アーテン-アラボル以上の適任者は居なかった。


結局、ハイネリンデの抵抗も虚しく、最終的にはアーテン-アラボルが、魔王に掛けられている魔法の正体を突き止める役を担う事になる。


「そう暗い顔をしないでおくれ。失敗すると決まったわけではないのだからねえ。」


「ですが…私達がこういう行動に出る事は、相手も分かっているはずです。間違いなく、罠を張られているでしょう。」


「間違いないだろうねえ。私でもそうするよ。」


「そんな場所に自ら入るというのですか?」


「出来る限りの準備をしていくさ。あらゆる状況に対処出来てしまえば、罠など意味が無くなるからねえ。」


「口で言う程簡単な事ではない事くらい、私にも分かります。せめて…私も一緒に連れて行って下さい。戦闘では役に立てないかもしれませんが、盾くらいにはなれます。」


「その提案を、私が承諾する者かどうか、ハイネになら分かるだろう?」


「…………………」


アーテン-アラボルが、その提案を受け入れない事を、ハイネリンデは確信していた。


アーテン-アラボルは、他人の為に命を賭けられる人では有るが、他人が自分の為に命を賭ける事を絶対に許さない人物であった。

ましてや、自分の盾になり、その命を捨てようとする者を、同伴させるはずなどない。

それを理解した上で、最後の悪足掻きをしたハイネリンデ。


しかし、その悪足掻きさえ…


「ひっひっひっ。気持ちだけ受け取っておくよ。」


独得な笑い方でいなされてしまう。


話し合いはそこで終わりとなったのだが、アーテン-アラボルをただ見守るだけというのは、ハイネリンデには無理な話だった。


同伴は断られたが、自分に出来る限りの事をするべきだと、ハイネリンデは、そこから色々と動く事になる。


まず、ハイネリンデが行ったのは、吸血鬼族の中で、絶対に信用出来るという者を集める事。

しかし、ハイネリンデは薄血種はっけつしゅであり、戦力として期待出来る純血種に、頼れる相手など居なかった。結局、直接的な手助けをさせるには、戦闘力的に不安が残る者達ばかり。

そんな者をアーテン-アラボルの護衛にしてしまえば、寧ろアーテン-アラボルが、その者達を守る為に、無理をする可能性が有る。つまり、邪魔になってしまう。


「お母様……」


何とか手は無いものかと奔走するハイネリンデ。

そんな姿を見ていたピルテが、心配そうにハイネリンデを見詰める時間が増えていた。


「仲間が増えたのは嬉しいけれど、このままではアラボル様を守る事など出来ないわ。」


「お母様…少しお休み下さい。このままでは、お母様が倒れてしまいます。」


「……そうも言っていられないわ。アラボル様の事だから、準備が出来次第、直ぐに動き出すはずよ。

それまでに、何とかしなければならないの。」


「では、私がやっておきますので…」


「………………」


ピルテの言葉が届いていないのか、ハイネリンデは返事もせずに、何か手は無いかと書類を見ている。


「お母様。休んで下さい。」


そんなハイネリンデの姿に、危機感を覚えたピルテが、書類を持っている手を強く握る。

ハイネリンデは、ピルテの心配そうな顔を見て、我に返る。


「……いけないわね。集中し過ぎると、周りが見えなくなる悪い癖が出てしまっていたわね。ごめんなさいね。」


ハイネリンデは自分が無理をし過ぎている事に気が付き、書類を机に置くと、目頭を押さえる。


「少し休むわ。その間の事は、よろしく頼むわね。」


「少しと言わず、しっかりとお休み下さい。」


「これでは、どっちが母か分からないわね。」


苦笑いをしながら休みにベッドへ向かうハイネリンデ。


体を休め、起きてきたハイネリンデに、ピルテが書類を数枚渡す。


「お母様。これを見て下さい。」


「これは……条約違反者の押収品リストかしら?」


魔族の中にも、荒くれ者や、はみ出し者というのは居るもので、それぞれの種族に課された条約を破る者が居る。

例えば、吸血鬼ならば、他人の血を無理矢理奪ったり、魔女ならば、禁止されている研究を行ったり……

そんな条約を破った者達は、当然捕まり、幽閉される。そんな時、危険な物だったり、貴重な物というのは、基本的に押収される。そんな物が、再度荒くれ者達の手に渡らないように、厳重に保管される。

その押収品のリストを、ピルテがハイネリンデに手渡した。


「直接的な支援にはならないかもしれませんが、押収品の中に、面白い物が混ざっています。」


ピルテが、ハイネリンデの手の中にあるリストの一部に、人差し指を当てる。


「……これは…相手の位置が分かる魔具…だったかしら?」


「大まかな位置ですが、分かります。

神聖騎士団の連中が使っている物ですね。」


「そんな物がここにあるの?」


「神聖騎士団との戦闘で手に入った物ですね。対になるアイテムで、本来は他の使い方も出来るらしいのですが…」


「何でも、音声を届けられるらしいわね。」


「はい。ですので、厳重に保管されていますが、アーテン-アラボル様ならば、使いこなせるかと。」


「アラボル様ならば、間違いなく使いこなせるわね。これで、何処にいるかすぐに分かるし、何かあれば、直ぐに駆け付けられるわ。

お手柄よ。ピルテ。」


「ありがとうございます!」


「私の権限では、この魔具を取り出せないから、アラボル様に報告して、取り出してもらいましょう。

他にも、遠くから支援出来る事を一緒に考えるわよ。」


「はい!」


ハイネリンデとピルテは、何度も書類を読み返し、助けを求めて動き回った。


神聖騎士団から奪った魔具の解析は、アーテン-アラボルが行う事になり、解析が終了し、使いこなせるまでは、単独で動き出さないと約束も交わした。


それから更に数週間の時が過ぎる。


魔界全体の雰囲気も、少しずつ変わり始めた。

特に、魔界を出ていったアマゾネスに対する、悪いうわさが流れ始める。

残っているアマゾネス族の者が、何かしたというわけではないのに、どこからか聞こえてくる悪い噂の数々。


「アマゾネスに対する風当たりが徐々に強くなり始めていますね。」


それを感じているのは残っているアマゾネスだけではなく、ピルテとハイネリンデも感じていた。


「これまでのアマゾネスによる功績が有るから、簡単に印象を変えることは出来ないけれど、これがずっと続くとしたら、アマゾネスの立ち位置が非常に悪いものとなるはずよ。」


「これも、魔王様を襲った犯人と同じ相手でしょうか?」


「何とも言えないわね…

アマゾネスが帰っていた時に、除外出来るように手を打っているとも取れるし、アマゾネスの地位を羨む誰かの仕業かもしれないわ。」


「そちらの方も調べてみますか?」


「……そうね。そこから何か糸口が掴めるかもしれないし、探ってみてくれるかしら?」


「分かりました。」


ハイネリンデの指示を受け、ピルテはアマゾネスの悪い噂を流している者を見付ける為に、吸血鬼達が暮らすシーザレンを出て、魔界中を歩き回る。

指示を出したハイネリンデも、ピルテも、噂の大元まで辿り着けるとは思っていない。それでも、何かしらの方向性くらいは見えるのではないかと、調査を進めているだけ。逆を言えば、それだけやれる事が少ないという事でもある。


「はあ…」


「ピルテ様、どうされましたか?」


溜息を吐くピルテに、疑問を投げ掛けているのは、部下の吸血鬼女性の一人、サザーナである。


「お前と違って、ピルテさんは繊細なんだから、悩みの一つや二つあるだろうよ。」


サザーナに嫌味な事を言っているのは、ピルテのもう一人の部下、吸血鬼男性のアイザス。


「本当にあんたって、嫌味な男よね。」


「正直者と言って欲しいところだな。」


「本当に最低男。」


サザーナは背が小さく、綺麗と言うよりは可愛いタイプではあるが、薄血種下位の吸血鬼で、顔立ちは整っている。肩まである黒髪はキツめのパーマが掛かっていて、クリっとした目をしている。


アイザスは、長身でツンツンと立った短い黒髪に、キツいというよりは、キリッとした目の中に赤い瞳。ガッチリした体型の男。


「貴方達は、いつも言い合っていますね?」


「アイザスのせいですよ!」


「俺は別に何もしていないだろう?」


「どの口が言っているのよ!?」


「はいはい。二人の仲が良い事は分かったから、もう少し落ち着きなさい。」


「「仲良くはないです!!」」


「どう見ても仲良いわよ?」


「真似しないでよね?!」


「なっ?!そっちが真似したんだろう!」


まるで子供の喧嘩のような言い合いだが、本気で貶し合う事は無く、仕事はしっかりこなす優秀な部下である。


「それよりも、何か情報は有りましたか?」


「大した情報は今のところありませんね…噂は耳にしていても、どこから流れてきた噂なのか、までは分かりませんでした。

皆、酒場で噂しているのを聞いただとか、昼食時に店で話しているのを聞いた…というような証言が殆どです。」


「やはり簡単に尻尾を出すような相手ではありませんか…」


「一応、噂話を聞いた酒場や店で張り込んではいますが、二度も現れるとは思えません。恐らくは徒労に終わるでしょう。」


「だとしても重要な手掛かりを無視する事も出来ません。他の者に任せて、貴方達二人は他の情報を探って下さい。」


「「分かりました。」」


そう言ってサザーナとアイザスはピルテの元を去る。


ピルテは、ハイネリンデ同様、有事の際には、魔族の兵士として駆り出される立場に有り、一応戦闘員である。

アーテン-アラボルやアマゾネス等、他の強力な力を持つ者には劣るものの、力と魔力の両方が高い吸血鬼族は、それでも優秀な兵士となる。その為、多くの吸血鬼達は、モンスターとの戦闘、対人戦の訓練を行い、大半の者達が闘えるように教育されている。


一種の徴兵制度のようなものである為、混血種で、吸血鬼の力をほぼ持っていないような者達以外は、例外無く訓練を受ける。

純血種は偉い地位だから免除…という甘い制度ではなく、本当に例外無く訓練を受ける。

この制度を作ったのは、真祖アリスであり、この制度を破る事は、アリスに反逆する事と同意となる為、それが例え純血種であっても、かなり厳しい処罰が下される。

一応、そのような決まりにはなっているが、この制度を破る者は、過去にも、未来にも、一人として居ない。

それ程に、吸血鬼にとって、アリスという存在は大きく、まさに神の如き存在として扱われている。


吸血鬼にとって、上位、下位、または親子の関係性は絶対的なものである。

その根本は、この戦闘訓練の際に叩き込まれるのだが、その前から、本能的に感じ取っている事が多い。

原因は解明されていないが、それも、吸血鬼の特殊な体質によるものだと考えられている。


吸血鬼には、プライドの高い者が多く、アリスの血の濃さが増すにつれて、プライドは高く強くなる傾向にある。

純血種ともなると、自分より下位の者達は当然のこと、他の種族の事も見下す者が多い。

自分より上位の者に対しては、実に従順な代わりに、下位の者に対しては横暴な輩が多く、他種族との付き合いは、スムーズとは言い難い。

アーテン-アラボルのように、他種族でありながら、尊敬されるような人物は、極々稀である。


その点、ピルテは、元人族であり、他の吸血鬼達よりも、自尊心が低く、下位の者達にも敬語を使う程である為、吸血鬼界では、密かに人気を博している。

特に、ピルテより下位の者達には、男女問わず人気が有り、吸血鬼化した事で、美貌までをも手に入れた為、特に男性吸血鬼に人気が有る。

そんなピルテに、命を預ける程に心酔しているのが、サザーナとアイザスであり、ピルテもまた、二人を信用している。


「早く有力な情報を手に入れたいところなのに…」


サザーナとアイザスの二人には見せなかった弱気な部分を、一人呟くことで消化するピルテ。


焦りつつも、確実に情報を集めていかなければ、アーテン-アラボルの魔具調査完了まで、それ程時間は無い。それはつまり、魔王の精神も、限界が近いという事になる。


「多少目立っても、どうにかしないと…」


ピルテは、自分の母が、尊敬する相手、しかも、他種族でありながら尊敬する相手であるアーテン-アラボル。その存在価値を、十二分に理解していた。


故に、必要以上に焦ってしまった。


数日間の調査によって、ピルテ達は、噂を流しているであろう人物のことを聞くに至る。


「思っていたより、直ぐに見付かりましたね。」


「運が良かったと思いましょう。」


「はい。」


サザーナとアイザス、そしてピルテは、その人物が居るであろう酒場へと足を運んでいた。


「証言した者の話では、この時間、この場所に必ず現れる奴らしいですよ。」


「常連って事みたいで、ボロボロの汚い格好で、ジジイらしいです。」


「お年寄りと言って下さい、言葉が汚いですよ。」


「うっ…」


「怒られてやんのー。」


「うるせえ!お前に言われたくはないんだよ!」

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