第337話 過去 (3)
「ピルテ様!こいつまた汚い言葉を使っていますよ!」
アイザスの言葉遣いを責めるサザーナ。
「サザーナも女性らしく、こいつ、なんて言葉は使わないで下さい。」
「うっ…」
「へー!怒られてやんのー!」
「二人共、あまりじゃれ合っていないで、そろそろ集中しなさい。」
「「はい…」」
「緊張感が無くてそういう事をしているわけでは無いことは分かりますが…恐らく、あの人の事ですよね。」
サザーナとアイザスは、やる気が無くてじゃれ合っていたわけではなく、酒場の空気に合わせて馬鹿をしていただけ。
するとそこへ、ボロボロの服を着た汚らしい爺さんがやってくる。
カウンター席に一人で座り…
「いつもの。」
「話に聞いた通りの相手ですね。」
「種族は何でしょうか?」
「フードを被っているし、後ろ姿だけでは分からないが…多分黒翼族だろうな。」
「何で分かるのよ?」
「実は入ってくる時に、黒い角が見えたんだ。」
「何が多分…よ。確定でしょ。」
「まあな。それより、あんな爺さんが噂の出処というのはおかしいよな?」
「頼んだ誰かがいるでしょうね。」
「それを突き止めましょう。」
「「はい。」」
三人はどんな手で話を聞こうかと相談する。
爺さん相手に色仕掛けというのは通用しない。
普通に話し掛けたとしても、答えてはくれない。
力で…というのも、世捨て人のような爺さん相手には難しい。
「毎日この店に来て、ネールを飲んでいるみたいだし、酒でも奢ればペラペラ喋るんじゃあないのか?」
「そんなに簡単な話なわけないでしょう。」
「そうか?見た目ボロボロだし、酒か金か出せば、喋りそうだがな。」
「えー?」
「そういう事については、アイザスの方が詳しいので、ここは任せてみましょうか。」
「本当に上手くいくのかなー…?」
「まあ見てろって。」
アイザスは意気揚々と立ち上がると、一直線に爺さんの横へ向かう。
「よお!景気の悪そうな顔してんなあ?」
「ちょっ?!いきなり何言ってんのあの馬鹿は?!」
アイザスと爺さんに聞こえないように、音量を落としてサザーナがピルテに言う。
しかし、それをピルテが手で制する。
「任せた以上は、成り行きを見守りましょう。」
ピルテがサザーナを落ち着けて、少し離れたテーブル席から見守る。
「藪から棒に、酷い事を言う若者じゃのう。」
「へへへ。すまねえな。割と荒っぽい場所で育ってな。」
「あんた吸血鬼だろう。吸血鬼は皆荒っぽいからなあ。」
「お詫びと言っちゃあなんだが、一杯奢らせてくれ。」
「こんな爺さん捕まえて、何も出てきやしねえぞ。」
「お詫びだって言っただろう?」
「そんな甘い考えの奴は、こんな所に来ないだろう。
店はお洒落とはとても言い難く、安心を求める者が入るような店とは言えない。
そんな店に居ると、ピルテやサザーナのような、美しい女性は危険では無いのかと思うかもしれないが、吸血鬼に手を出す馬鹿は居ない。
見た目には人族のような姿をしているが、黒髪赤眼という特徴的な姿である為、一目で分かる。
爺さんも、ピルテとサザーナに気がついていて、アイザスが、三人で来た事を当然のように見抜いている。
変装しておけば良かったのに…と思うかもしれないが、変装して、無駄に男達に絡まれる方が厄介との判断である。
それに、爺さん一人相手に、わざわざ変装する必要も無い。そう考えたのだ。
「気付かれていたか…」
「この店の中で気付かない奴などいないさ。」
あっさりと、ピルテとサザーナの事を認めるアイザス。
「この爺さんに一杯頼む。」
それでも、アイザスは爺さんに酒を奢る。
「何を話させたいんだ?」
すると、爺さんは質問に答える素振りを見せる。
「爺さんが話していたアマゾネスに関する噂の事だ。」
「そんな話か。いくらでもしてやるぞ。」
爺さんは、奢ってもらったネールを嬉しそうに受け取りながら、ペラペラと喋り出す。
「な、なんで?!」
「……あのお爺さんにとって、お酒一杯より安い情報だと思っているのでしょうね。」
「えー……」
世捨て人のような爺さんにとっては、ちょっと喋るだけで、酒が飲めるのだ。噂話の一つや二つ、簡単に喋る。
噂話の内容は、聞く限り根も葉もない話だった。
アマゾネスは、反逆を起こして追放されただとか、魔王の逆鱗に触れて追い出されただとか。
それが全くの嘘だと分かるピルテ達からしてみれば、信じる馬鹿はいないだろうと思える内容ではあったが、アマゾネスの事をよく知らない者達にとっては、それが事実に見えてしまう。
それが噂というものの怖さで、店の中に居る客の中には、爺さんの話に耳を傾け、微かに頷いている者も居た。
「その噂とやらは、どこから流れてきたんだ?」
「噂の出処か?それは教えられないな。」
「やっぱり…」
肝心な部分をはぐらかされた為、サザーナは少しイラついたような反応をする。爺さんの顔は背を向けられていて見えていない。
「サザーナ。落ち着きなさい。」
まだ交渉は終わっていない。
「ったく……爺さんにもう一杯頼む。」
「若いのに、よく分かっているのう。」
「あまり強欲に生きていると、いつか痛い目を見るぞ?」
「痛い目を見たから、こんな格好で、こんな店に毎日来ているんだ。」
「今更だったか。」
こんな店、という一言に、店長が反応していたが、爺さんは全く気にしていない。
ドンッ!
店長がムッとした顔でネールを爺さんの前に少々荒っぽく置くが、爺さんは笑顔でそれを受け取る。
「それで?」
「噂の話だったな。おっとっと…」
爺さんはもったいぶって、分かりきった事を言いながら、ズズズッとネールの液面を吸い込む。
「それで?誰から聞いたんだ?」
「そう焦るなって。若い奴はこれだから…」
「爺さん。頼むよ。」
アイザスの言葉遣いは、丁寧なものであったが、そこに込められた感情は真逆のものだった。
爺さんはもう一杯くらい…と欲を見せたのだが、アイザスもそこまでお人好しではない。
「分かった分かった…せっかちな男だのう。」
そう言ってネールから手を離すと、声を落として顔をアイザスに寄せる。
随分と小さな声で伝えた爺さん。ピルテとサザーナには聞こえなかったが、アイザスの表情が硬くなるのだけは見えていた。
「……助かった。」
「年寄りは若い者に優しいからのう。」
下品な笑い声を出してネールを啜る爺さんから離れたアイザスが、ピルテとサザーナに、店を出るように視線で促す。
ピルテとサザーナは敏感にそれを察知して、店を出る。
「誰だと言っていましたか?」
「…………誰にも聞かれない場所に行きましょう。」
アイザスの表情は硬いままで、口を強く結んでいる。
「分かりました。それでは、宿に向かいましょう。」
「いえ。それでは安心出来ません。確実に誰も居ない場所へ向かいましょう。」
アイザスの言葉に、ただならぬものを感じたピルテは、何も言わずに頷き、夜だというのに、街から出て、人気が一切無い場所へと移動する。
「ここまで来れば、誰にも聞かれないでしょう。」
周囲には明かりが一切なく、木々も無く、かなり先まで見通せる場所。誰かがピルテ達の事を監視していても、その場所までは付いてこられない。少なくとも、会話が聞かれることは無い。
「わざわざピルテ様にまで足を運ばせて…どんな名前が挙がったのよ?」
「…………………」
アイザスは、周囲には誰も居ない事を確認したというのに、それでも尚、声を抑えて、二人に爺さんから聞いた名を告げる。
「……アーテン-アラボル様。それが爺さんの出した名前だ。」
「「っ?!」」
予想もしていなかった名前が出てきた事で、ピルテもサザーナも、かなり驚き、目を丸くする。
しかし、ピルテは直ぐに我に返る。
「どう考えてもそれは嘘でしょう。」
「そ、そうですよね!」
サザーナも、遅ればせながら我に返ってくる。
「そもそもアラボル様が、アマゾネスを遠ざける理由が無いですからね。もし有ったとしても、アラボル様の地位ならば、アマゾネスに言えば良いだけの事。こんな回りくどいやり方をする必要は有りません。」
「それもそうですよね…焦って損したな。」
アイザスもふうと息を吐いて一度落ち着く。
アイザスやサザーナが、一瞬でも信じたのには、理由が有る。それは、犯人像にアーテン-アラボルと重なる部分が有るという事。
魔王へ簡単に近付く事が出来て、魔王の精神に干渉し続ける魔法、つまり、魔具製作の第一人者。条件は一致している。
そして、ピルテとハイネリンデ、そしてアーテン-アラボルの三人で情報の精査をした時に、アーテン-アラボルが犯人に繋がるという証言が一定数存在した事。普通ならば怪しまれて当然。
事情聴取する側ではなくて、される側に立っているはずの人物となる。
そんな事を考えれば、アーテン-アラボルを疑ってしまうのも無理は無い。
しかし、ハイネリンデに連れられて、何度かアーテン-アラボルに会っているピルテには、それが嘘だと直ぐに分かる。
「どうしますか?」
「無駄な証言に付き合っている暇はありません。さっさと次の情報を探しますよ。」
「「分かりました。」」
ピルテは、爺さんの証言を無視して、次の情報収集へと向かう。
しかし、結局、その後は大した情報など手に入らず、時間だけが過ぎて行った。
何の成果も挙げられないまま、最終的に、アーテン-アラボルの行動開始が近付いていた。
「申し訳ございません…」
「元々、噂話の調査なんて、大した情報は期待出来ないものなのよ。だから、そんなに落ち込む必要は無いわ。」
大した働きが出来ず、暗い顔をするピルテに、ハイネリンデが慰めの言葉を掛ける。
「アマゾネスの噂については、また後日調査すれば良いわ。それよりも、今はアーテン-アラボル様との最後の調整よ。」
「…はい。」
ピルテとハイネリンデは、アーテン-アラボルが魔具の解析を終了させた事を聞き、彼女の元へと向かっていた。
コンコン…
ハイネリンデは、いつものように扉をノックする。
「入りな。」
「失礼します。」
今日は大声も聞こえて来ないし、礼儀を守って部屋に入る。
「久しぶりだねえ。ピルテ。」
「ご無沙汰しております。アーテン-アラボル様。」
「吸血鬼ってのはいつ見ても同じ見た目だから、どうにも調子が狂うねえ。」
「も、申し訳ございません…」
「ひっひっひっ。ただの冗談さ。中身は変わっていないようだねえ。」
愉快だと笑うアーテン-アラボルに、困った笑顔を見せるピルテ。
「あまり娘を虐めないで下さい。」
「おっと。ハイネの逆鱗に触れちまったらしいねえ。くわばらくわばら。」
「それより、魔具の解析が終わったと聞いたのですが?」
「解析自体は、随分と前に終わっていたけれど、やっと使える物を作れたから、話をしに呼んだのさ。」
「作れた…という事は、新たに作ったのですか?」
「まあね。その話をするから、取り敢えず座りな。」
アーテン-アラボルの言葉に促されて、ハイネリンデとピルテが腰掛ける。
「それじゃあ、早速話をしていくかねえ。
まず、例の魔具だけれど、あれはどうも光魔法を使えないと役に立たない物らしくてねえ。」
「光属性に適性が無いと使えない…という事ですか…そうなると、魔族の中では本当に限られた者にしか使えませんね。」
「少なくとも、私やハイネ達には使えない物だねえ。
どうやら、光魔法を使って遠くの場所に音声や映像を届ける仕組みになっているらしくて、かなり複雑な物だよ。
その上、光魔法が使えないと、そもそも起動さえしないのさ。魔族には闇魔法に適性が有る者が多くて、光魔法に適性が有る者はほとんど居ないからねえ。宝の持ち腐れだねえ。」
「アーテン-アラボル様から見ても、複雑な魔具なのですか?」
「複雑だよ。かなりね。
作ったのは、恐らくドワーフ…かねえ。」
「そんな事まで分かるのですか?」
「私の場合、理論を立てて、それに合わせる形で魔具を作るけれど、ドワーフの場合は、職人としての経験を活かした物になるのさ。
研究者と職人の違いというやつだねえ。それが魔具に現れているのだよ。口で言っても説明は難しいが、分かるものさ。」
「ドワーフが手を貸しているのでしょうか?」
「いや。それは無いね。恐らく、単身で外に出たドワーフを拉致して作らせたんだろうねえ。使えるけれど、効率が良くないという代物だったからねえ。ドワーフの仕事にしては雑過ぎる。」
「神聖騎士団の連中は、本当に手段を選びませんね…」
「今は神聖騎士団の事より、魔具の事さ。」
「「はい。」」
話が逸れ始めていたところを、アーテン-アラボルが元に戻す。
「押収されていた魔具自体は使えなかったけれど、それに似た物を闇魔法でも使えるように改造したものがこれになる。」
コトッ…
アーテン-アラボルが机の上に、黒い魔石の付いた箱を、二つ取り出す。
「改造と言っても、元々押収品に利用されていた物を少し変えて、別の箱に移しただけだがねえ。
一応、相手の位置が大まかに分かる性能は持っているよ。」
「音声等は送れないのですか?」
「その技術については、分解すると破壊される仕組みになっていてねえ。分解すると同時にバラバラさ。」
「これを作ったドワーフも、物は提供するけれど、技術までは渡さない…という覚悟だったみたいですね。」
「軍事を知っている者からすれば、音声を離れた場所に届けられるだけで、どれだけの脅威になるのか、容易に想像出来るだろうからねえ。
作ったドワーフに感謝だねえ。ひっひっひっ。」
アーテン-アラボルは煙草に火を着けて笑う。
「位置が分かる物…という事は、当初の目的は達成出来たということですね?」
「劣化版だけれど、目的は達成さ。
しかし、自分で一から作れる程の解析は出来ていないし、今ここに有る物で全部だよ。」
「予備は無い…という事ですね。」
アーテン-アラボルの前に有るのは、二つの箱のみ。
「私が一つを持って、もう一つはハイネに渡しておくよ。」
「私に…それは、私個人にという事ですか?」
「その通りさ。どこぞの知らない吸血鬼に渡すのは危険だからねえ。」
アーテン-アラボルは、ハイネリンデ個人を信用し、助けを求めるならば、彼女が良いと言っている。それを正確に理解したハイネリンデが、箱を受け取る。
「分かりました。何か有れば、即座に参上します。」
「私が殺られたりしたら、その時点で作戦は失敗さ。参上する必要は無いよ。それよりも、もし何か有れば、それを知るのはハイネとピルテだけになる。確実に魔王様と魔王妃様を救える者を頼るんだ。」
「見捨てろと仰るのですか?!」
「率直に言えば、そうなるねえ。」
「それは出来ません!」
ハイネリンデが、強く言葉を発する。
「ハイネ。前も言っただろう。適材適所。
この役目は私にしか出来ないし、危険な任務でもある。死ぬかもしれないと言う事は分かっているはずだよ。その死地に、ハイネ達も付き合う必要は無いよ。いいや。付き合ってしまってはいけない。
二人が死ねば、この事を知る者が居なくなってしまう。そうなれば、魔王様、魔王妃様、そして魔界全てに危険が及ぶかもしれない。そうならないように動くべきさ。」
「っ……」
「アラボル様!」
歯を食いしばるハイネリンデを見て、ピルテが叫ぶ。
「それでも……死ぬ気など無いですよね?!」
「当たり前の事を聞くんじゃないよ。
私を誰だと思っているのさ。アーテン-アラボルだよ。
危険が有るから覚悟はしておけという話であって、死ぬと決まったわけじゃないよ。ひっひっひっ。」
煙草の灰を落としながら、愉快そうに笑うアーテン-アラボル。
「笑い事ではありませんよ?!危険は危険なのですから!気を付けて下さい!」
「ハイネは本当に心配性だねえ。もう少し友の事を信じてくれても良いと思うんだけれどねえ。」
「友…ですか?」
「ん?そう思っているのは私だけだったのかい?」
「い、いえ。光栄です。」
「友の返しにしては堅苦しい気もするけれど…まあ良いさ。どちらにしても、やらなければならないし、それはもう決めた事だからねえ。」
「私達の方でも、出来る限りバックアップしますが、アーテン-アラボル様の仰られていたように、直接的な介入はしないように気を付けます。それで、本当によろしいのですね?」
「それで良いよ。」
「…他に必要な物はありますか?」
「そうだねえ…いくつか」
ドガンッ!!
話し合いをしていると、突然、アーテン-アラボルの部屋の扉が、これまでで一番勢い良く開く。
「アーテン-アラボル!」
突然大声で現れたのは、数人の黒翼族。
腰に直剣を携え、仰々しい格好。まるで悪者を捕らえる騎士のようだ。
「そんなに叫ばなくても、目の前に居るよ。それより、ノックも知らないのかい?扉が壊れちまったよ。」
「扉などどうでも良い!
やはり一緒に居たか…この裏切り者共が!」
「裏切り…?」
「証拠は揃っているんだ!大人しくしろ!」
「別に暴れちゃいないだろう。」
これから魔王の元に向かおうとしていたタイミングで、訳が分からない展開となり、アーテン-アラボル、ハイネリンデ、ピルテは、意味も分からないまま、両手を縛られて、魔王の住む城へと連れていかれる。
街中をその状態で進む事は無く、馬車に隠されて城へと向かったが、城の中へ入るや、三人を連れて歩く黒翼族の男が、
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