第二十五章 魔界の過去
第335話 過去
ヒュリナさんに、リアさんとサナマリの事を任せて、俺達は被害者宅を巡っていく。
結局、二日掛けて、残りの六人の家を巡った。
女性三人に話をしに行くと、それぞれ別の反応が返ってきた。
一人は泣きながら安堵の言葉を詰まらせながら二人に放ち、一人は泣きながら恨み言を繰り返し、一人は殴らせろと憤怒した。
当然、ハイネリンデは甘んじて全てを受け入れた。
そして、全てを受け入れると、ギルドへ突き出すまではしないと言ってくれた。
逆に、男性三人は皆一様の反応だった。
話を冷静に聞き、恨み言を一言。そして、許すと言ったのだ。
男性にとっても、辛い経験になっていたはずだが、女性の恐怖心に比べると、まだ冷静で居られた人が多かったらしい。
「私達のした事は、これ程に人の心を傷付けていたのですね…」
「そうね…」
「被害者の人達が優しい人達ばかりで良かったな。」
本来ならば、被害者の人達の中に、ギルドに突き出してくれと言う人が一人は居てもおかしくはなかった。
そうならなかったのは、ある意味奇跡だ。
女性は最終的に、憤怒より安堵が勝り、男性は真実を聞いてスッキリしたと言った様子だった。
「本当にそうね…感謝しているわ。」
「もっと慎重に……いえ、他人を信用して動くべきでした。」
被害者の皆が許してくれなくとも、一先ずの決着としてくれた。これが分かった時点で、今回の事件は一応終結した。
後はギルドへ報告に行かなければならないが、被害者の人達と話が済んでいる為、それを話し、大同盟側からも要請が有れば、二人が酷く罰せられる事は無いだろう。悪くても、街への出入り禁止程度で済むはずだ。
しかし、その前に確認しなければならない事がある。俺とニルが、この二人を、対ランパルド側の者達だと確信出来なければ、大同盟にも要請出来ない為、それを確信出来る何かが欲しい。
もし、ここまでの全てが演技で、ランパルド側の者だった場合、魔族が窮地に立たされる。
という事で、ギルドへ向かう前に、ハイネリンデ達が居た神殿へ向かい、更なる話し合いを行う事にした。
当然だが、俺がアーテン婆さんの事を知っていて、彼女が既に死んでいる事や、ペンダントを預かっている事は伝えていない。
この二人がどちら側の者なのか、アマゾネスやホーロー達に聞く事が出来れば良いのだが、そんな事は出来ない為、ここで判断する必要がある。
アーテン婆さんは命を懸けてイーグルクロウの事を救ったのだから、信じるとして…アーテン婆さんが、吸血鬼の者達を頼らなかった理由も知りたい。
もし、アーテン婆さんが、吸血鬼を信用していなかったから、頼らなかったのだとすれば、信用するのは危険過ぎる。
反乱軍であるランパルドの者達が、自分はランパルドの一員だ!等と堂々言うわけが無いし、話を聞いて決めようではないかということだ。
何を聞くのかというと、アーテン婆さんが出てきた事を確信していた理由や、その後の魔界の様子だ。
少しだが、魔界の様子は覗いて来たし、アーテン婆さんから、過去の話は少しだが聞いている。矛盾点が無いか聞いて判断するとしよう。
「まだ、私達に何か話があるの?」
ハイネリンデは、神殿に立ち寄った事を不思議に思い、質問してくる。
「ギルドへ向かう前に、いくつか聞きたい事があってな。」
「本当に血を奪った以外の事はしていないわよ?」
「いや。今回の件じゃない。魔界や、話に出てきたアーテン-アラボルの事についてだ。」
「…それを聞いてどうするの?」
「俺は一応Sランクの冒険者だからな。ランパルドとかいうのが魔界を荒らし回った場合、こちらにも被害が及ぶ可能性が有る。それに、神聖騎士団の事もあるからな。対策は必要だろう?」
「実際にそうなったら、世界中が大変な事になるわね。」
「だから、詳しく聞いておきたいんだ。
出来る限り詳しくな。」
「……あなたには世話になったのだし、既に殆どの内容を話してしまったから、今更渋ったりしないわ。
そういう事なら、長くなるけれど、過去に何があったのか、覚えている限り、詳しく話すわね。」
断る事もせず、ハイネリンデは、ポツポツと昔話を始める。
「そうね……アーテン-アラボル様が魔界を出る切っ掛けとなったのは、魔王様のある命令が下った所からよ。」
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
十年程前……
「何だって?!魔王様がそんな命令を本当にしたって言うのかい?!」
魔界の中でも、魔女達が暮らす区画、ナボナボルに響き渡る老婆の声。その主はアーテン-アラボル。後のアーテン婆さんだった。
老婆にそんな声を上げさせたのは、アーテン-アラボルの付き人の一人である、魔女の一人だった。
「は、はい…」
怒られているかのように縮こまって返事をする付き人。
ガチャッ…
「どうされたのですか?」
あまりの声の大きさに、アーテン-アラボルの部屋の扉が開かれる。
「ハイネ!聞いたかい?!」
扉を開けたのは、ハイネリンデ。この時、ハイネリンデは、アーテン-アラボルに用事があって、丁度扉の前まで足を運んでいたのだった。
「はい。先程聞きました。
魔王様が魔女達に禁止していた研究を解禁したと。
あまりの事に、どういう状況なのか、聞きに来たのです。」
「私も今初めて聞いたよ……魔王様が何故そんな命令を…?」
「アラボル様でもご存知ありませんか…」
「最近は魔王様とも魔王妃様とも会っていないからねえ…」
「……ランパルドが関係していると思いますか?」
「そうだねえ…魔王様が、魔界の皆と、私達魔女自身を守る為に設けた条件だからねえ。簡単に解除するなんて有り得ないよ。間違いなく、何者かの手が入っているだろうねえ。」
「あのクズ共が……」
ハイネリンデが牙を見せて怒りを顔に出す。
「ハイネ。いつも言っているだろう。あまり怒ると、綺麗な顔が台無しだよ。」
「ですが、怒らずにはいられませんよ!」
「気持ちは分かるけれど、今はとにかく、現状の確認と、情報の収集だよ。」
「……分かりました。情報の収集については、こちらにお任せ下さい。」
「それじゃあ、私は現状の確認だねえ。魔王妃様に会ってくるよ。」
「よろしくお願いします。」
アーテン-アラボルの部屋から出たハイネリンデは、その足で、吸血鬼達の住む地区、シーザレンへと向かう。
「お母様!」
シーザレン地区に向かうと、焦った様子のハイネリンデの娘、ピルテが出迎える。
「ピルテ。何か情報は掴めた?」
「やはり、ランパルドの手が入っているようです!」
「予想通りだったみたいね…」
「今直ぐに行動を起こしますか?」
「……いえ。今、アラボル様が動いて下さっているから、下手に動かない方が良いわ。それよりも、ランパルドの中の、誰が魔王様に手を出したか調べるわよ。」
「ランパルド全体…ではないのですか?」
「いくら反魔王勢力とは言え、魔王様も目を光らせていたのよ。簡単に内部に入れるとは思えないわ。」
「誰かが内部から手を引いていたという事ですか…?」
「それを調べるのよ。相手が誰であっても、徹底的にね。」
「
四魔将とは、魔王の近衛兵、その中の最高位の称号であり、その称号を与えられた四人を、四魔将と呼んでいる。
「ええ。誰一人として例外は無いわ。」
「……アラボル様も…ですか?」
「それは私がやるわ。何も出てこないと思うけれどね。」
「はい。」
「信頼出来る者を何人か連れて行きなさい。報告は私がしておくわ。
同族の腹を探るような真似をさせて悪いわね…」
「悪漢から救って下さったあの時から、私はお母様の娘です。そんな事を気にしないで下さい。」
「…ありがとう。
さあ、行って。」
「はい!」
ハイネリンデの元を走り去っていくピルテ。
そして、ハイネリンデは、今回の事を報告する為に、純血種の吸血鬼が居る場所へと向かう。
吸血鬼の住んでいる地区には、四つの区画が存在する。
吸血鬼達の町は、一つの山のような形になっており、街のド真ん中であり、山の頂上部に、真祖が住む城が建っている。通称アリス城と呼ばれる大きな城で、黒を基調とした洋風の城である。このアリス城と、純血種の中でもアリスの血を最も濃く受け継いでいる者達が住む中心の区画を真祖地区と呼ぶ。
そこから一つ外の円周には、残りの純血種と一部の薄血種が住む純血地区。更にその外側には残りの薄血種が住む薄血地区、そして再外周には、混血種が住む混血地区が存在する。
ハイネリンデは、薄血地区に住む吸血鬼で、純血地区に報告に向かったのである。
内容的には真祖や、高位の純血種達に知らせるべき内容ではあったが、他の純血種の頭の上を飛び越えて報告する事は出来ず、まずは純血地区に向かい、報告し、その後、適任者が真祖地区へと向かい報告を行う事になった。
ハイネリンデは、吸血鬼界の中では、それ程高い地位には居ないものの、特別にアラボルと仲が良かった。その為、度々アラボルと会って、他種族との良好な関係を維持するのに役立つと、
そんな経緯から、アラボルの機嫌を損ねずに、彼女の身辺調査を行える吸血鬼は、ハイネリンデくらいのものである。そして、ハイネリンデ自身も、そのことを理解していた為、彼女は、自ら調査を買って出た。
それから、ハイネリンデはアラボルの身辺調査、ピルテはランパルドの調査、そしてアーテン-アラボルは魔王とその周囲の状況確認を行った。
大まかな事は数日で分かった。
その事を報告し合う為に、ハイネリンデは一人、アーテン-アラボルの元へとやって来ていた。
コンコン…
「ハイネです。」
アーテン-アラボルの部屋の扉がノックされ、くぐもったハイネリンデの声が扉越しに聞こえてくる。
「入っておいで。」
ガチャッ…
「失礼します。」
礼儀正しく、扉を開けて入ってきたハイネリンデ。
「いつも足を運ばせて悪いね。」
「アラボル様のお声が掛かれば、即座に来ますよ。」
「私とハイネの仲だ。前置きは省くよ。」
「はい。」
アーテン-アラボルが煙草を
「さて、まずはそっちの話を聞くとしようかねえ。」
「はい。」
アーテン-アラボルの言葉に、素直に応じるハイネリンデ。
「まずは、ランパルドの関与についてですが、間違いなく、関与しています。」
「そうかい…予想はしていたけれど、厄介な事になりそうだねえ…
それで、誰が関与しているかは分かったのかい?」
「いえ…上手く隠しているようで、ハッキリとした証拠は、今のところ見えていません。」
「ハイネの勘としては?」
「ランパルド全体というよりは、一部の者達が勝手に動いているような印象を受けております。」
「そうなると、余計に危険だねえ…」
「はい。一部の者達だけで、魔王様に近付いたとなると、かなり危険かと。
少なくとも、許可を得ずに近付ける人物の中に、犯人が居ると思われます。」
「そこまでの相手となると、証拠を探し出すのも簡単ではないだろうねえ。」
「必ず見付け出してみせます。」
「頼もしい限りだよ。でも、いくら吸血鬼の特殊な魔法が有るとは言え、あまり派手に動いて、注目を集めないようにねえ。」
「心得ております。」
「アリス様は何か言っているのかい?」
「吸血鬼族は、全面協力の姿勢を取るように言われております。」
「さすがはアリス様だねえ。既に魔王様が何者かの手で操られている事を悟っているらしい。」
「魔王様とは魔族に入る時からの仲ですからね。魔王様の
「頼りになるよ。他に聞いておいた方が良さそうな事はあるかい?」
「一つ。
どうやら、魔女族の中の者が関わっている可能性が高いとの事ですが…」
「魔女族は他人を騙す術を持った者達ばかりだからねえ…分かったよ。そっちは私が何とかするよ。」
「お手を煩わせて申し訳ございません。」
「持ちつ持たれつだよ。」
深々と頭を下げるハイネリンデに、止めろと手をプラプラするアーテン-アラボル。
「それじゃあ、次は私の番だねえ。」
アーテン-アラボルは煙草の火を消して、ハイネリンデの目を見る。
「まず、魔王妃様に会ってきたけれど、魔王妃様は今のところ正常に見えたよ。」
「それは良かったです。魔王妃様には大変お世話になっておりますので。」
「安心は出来ないよ。魔王様に近付けたのだから、魔王妃様に近付くのも簡単な話さ。
一応、警護を厚くするように言っておいたけれど、早くしないと危険かもしれないねえ。」
「……………」
「魔王妃様も、魔王様の豹変に戸惑っていると仰られていたけれど、何が起きたのかは分からないみたいだよ。ただ、魔王妃様と居る時は、正気を保てる時間が僅かながらに有るとも言っていたねえ。
恐らく、魔王様が抗っている事と、魔法が完璧ではないのだろうねえ。」
「正気な時間が有る方が、周りの者達にとっては対処に困りますね…魔王様自身の言葉なのか、操られている言葉なのか、判断が難しくなります。」
「魔王様の事を詳しく知っている者達でなければ、全てが魔王様の言葉になってしまうだろうさ…」
「やはり、魔王様のみを狙ったという事は間違いなさそうですね…」
「そうだねえ。でも、王座を狙っての事では無さそうで、何が目的か分からないのさ。」
「突然王座を渡すとなれば、怪しまれると考えての事ではないのですか?」
「あくまでも現段階では…だけれど、そういった目的に繋がるような言動は一切見られないのさ。
当然、今後そういう事が起こり得るという事も視野には入れているけれど、どうにも目的が違うように感じてねえ…私の勘でしかないけれど。」
「もし、王座を狙っての事ではないとしたならば、何が目的なのでしょうか?」
「それを議論するには、情報が足りないねえ……今後、何かが起きる可能性は高いけれど、魔王様の身に起きている異常が何なのか分からない以上、下手に手を出す事も出来ない。
何かが起きる前に全てが解決すると良いけれど…無理に手を出さないように気を付けるんだよ?」
「はい。それでは、今後も今のままの方針で調査を進めます。」
「そうしておくれ。私は私で動くよ。」
「分かりました。」
アーテン-アラボルとの話し合いを終え、部屋を出るハイネリンデ。
アーテン-アラボルは、魔王にも、魔王妃にも近しい存在であり、この時はまだ、直ぐに解決するであろう…とハイネリンデは考えていた。
それから、ハイネリンデとピルテを中心として、吸血鬼族による調査が行われた。
アーテン-アラボルの言葉通り、派手な動きは抑えて、出来る限り密かに。
そして、そこから更に数日後の事だった。
いつものように調査を進めようとしていたハイネリンデだったが、その日は朝から、魔王様の更なる命令が出され、魔界中が大騒ぎだった。
その内容は……
「アマゾネス部隊を魔界の外に?!」
「は、はい…」
またしても、アーテン-アラボルの大声にビクビクしながら頷く付き人。
ガチャッ…
「大きな声でしたが…大丈夫ですか?」
またしても、同じようなタイミングで、ハイネリンデが、アーテン-アラボルの部屋の扉を開ける。
「まさかの出来事で、声を荒げずにはいられなくてねえ…」
「今朝の、アマゾネス部隊のほぼ全てを外へ送り出すというお話ですか?」
「まさにそれさ。一体何が起きれば、そんな事になるのさ……アマゾネス部隊は、我々魔族における、近接戦闘最強部隊だよ。それをほぼ全員外へ送り出してしまえば、どうなるかくらい分かるだろうに…
これを考え出したのが魔王様自身とは思えないよ。もし、魔王様自身による命令だとしたら、何か理由が有るはずさ。」
「今の状況で、魔王様本人の指示なのか、そうでないかは、確認を取るのが難しいですね…」
「想像していたよりも、かなり危険な状況かもしれないねえ…ハイネ。少し荒っぽくなっても良いから、なるべく早く情報を集めてもらえないかい?
何か嫌な予感がしてきたんだ。」
「分かりました。動いている者達にも急ぐように伝えておきましょう。」
「悪いけれど、頼んだよ。」
「お任せ下さい。」
ハイネリンデは、その日から、かなり忙しく動いていた。
とにかく、素早く、色々な情報を集めてきたせいで、一人では対処出来ない数の情報が集まっていく。
しかも、その情報の中には、真偽を確かめていないものも含まれており、雑多な情報が、ただただ集まったというもの。
情報を集めてきた吸血鬼達も、ある程度可能性が有るものに絞ってはいるものの、確信は持てなくても良い、というハイネリンデの言葉通りに、とにかく沢山の情報を集めてきたのだ。
そして、情報が集まり切ったところで、ハイネリンデ、ピルテ、そしてアーテン-アラボルによって、それらの情報が精査される。
内部事情を詳しく知っているアーテン-アラボルによって、多くの情報が弾かれていく中、ハイネリンデは、ふと思った。
アーテン-アラボルが犯人側の者だという証言が、目に付く程度に入っていると。
決して多過ぎない証言数では有る事が、逆に信憑性を持たせてくる。
ハイネリンデは、それでも、アーテン-アラボルが敵側だと疑う事は無かった。
多くの時間をアーテン-アラボルと過ごしてきたハイネリンデにとって、それだけは絶対に有り得ない事だと確信していた。故に、そこまで気にせず、情報を除外していった。
多くの情報を受け取った中で、精査を重ね、三人が辿り着いた結論は、二つ。
一つは、アマゾネスの遠征には、何らかの意図があったという事だ。
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