第334話 謝罪
「私達吸血鬼だけが、ランパルドと正面からぶつかったとしても、数の差で押し潰されるのが関の山よ。
一度でも手を打ち間違えてしまえば、神聖騎士団との戦いが大きく揺らいで、魔王様や魔王妃様、そして多くの魔族が命を失う事になりかねないわ。
慎重に、そして確実に、魔王様を救い出さなければならないのよ。我々魔族全体を統率出来るのは、魔王様以外にはいないわ。」
「魔王を正常に戻す方法が、魔界の外に有ると言いたいのか?」
「ええ。間違いなく有るわ。」
「どんな方法なんだ?」
「分からないの。」
「分からない?何故だ?」
「その方法を知っているのは、たった一人だけ。アーテン-アラボル様だけよ。」
「アラボル……」
「そうよ。マジックローズを作ったリュージュ-アラボル様の子孫であるお方で、魔具製作の天才と呼ばれた方よ。
彼女ならば、魔王様や魔王妃様を正常に戻すための魔具を作製できるわ。」
間違いなく、アーテン婆さんの事だろう。
ハイネリンデが様付けで呼ぶという事は、やはり、かなり上の立場だったのだろう。
「確信が有るのか?」
「聞いてみなければ、作れるかどうかは分からないけれど、アーテン-アラボル様の手に掛かれば、作れない物は無いはずよ。」
ハイネリンデの話は、アーテン婆さんの話に合致する。アーテン婆さんから貰った魔王妃のペンダント。あれが本当に魔王と魔王妃に掛けられた精神干渉系魔法を無効化させるという事だし、まさにハイネリンデが探している物を、俺が持っているわけだ。
「つまり、そのアーテン-アラボルという人物を探しに来たと。だが、そんな凄い奴ならば、魔界の中に居ると思うのだが?」
「いいえ。魔界の様子が変わってから、アーテン-アラボル様は、魔界を出たわ。それは、確信を持って言えるわ。」
アーテン婆さんが魔界を出た時の事を知っているのか……確信に至る何かを知っている様子だ。
「アーテン-アラボル様は、魔王妃様とも仲が良かったから、何か聞いているはずよ。
だから、アーテン-アラボル様を見付けて、魔王様と魔王妃様をお救いしたいの。私とピルテはその為に魔界を出てきたのよ。」
「だが、アーテン-アラボルは魔具製作の天才。姿を隠すのはお手の物…か。」
「ええ。普通に探して見付かるとは思っていなかったけれど、ここまで何も掴めないなんて…
だから、血の記憶に頼ったのよ。」
「だが、何故、血の記憶に頼る事が、被害者達に繋がるんだ?」
「アーテン-アラボル様とはいえ、全く、誰の手助けもなく、いきなり魔界の外に出て、過ごしていける程、世間は甘くはないでしょう。つまり、どこかに、必ず協力者が居るはずよ。
しかも、アーテン-アラボル様の事情を知りつつ、手を貸している人が。
そして、事情を知っているとなれば、十中八九、それは魔族に違いないわ。」
「でも、魔族は魔界の中に居るのだろう?」
「全ての魔族が魔界に居るわけではないわ。
気付いていないだけで、意外と魔界の外にも、魔族が居るのよ。」
「そうなのか?!」
「と言っても、純粋な魔族ではないけれどね。」
「純粋な…?」
「吸血鬼の混血種と同じよ。
ずっと昔、魔界を作った後、魔界から外に出てきた魔族はほぼ居ないけれど、それ以前から外に居た魔族は魔界へ戻って来ていないわ。
その時はまだ、純粋な魔族だったのだろうけれど、他種族との子供を作り、その子がまた…と、繰り返していくうちに、魔族の血はかなり薄くなったの。
今となっては、本人でさえ、自分が魔族の血を継いでいる事を知らない事が多い程よ。
でも、血の記憶は、人の記憶と違って色褪せたりはしないわ。」
「つまり、魔族の血を継いでいる者達から、記憶を読み取っていたという事か。」
「ええ。この件で私が襲ったのは、全て魔族の血を継いでいる人達よ。」
「何故そんな事が分かるんだ?本人でさえ知らない事なのに。」
「血の匂いよ。
全ての魔族がというわけではないけれど、ほとんどの魔族に連なる種族の血は、それ以外の種族の血とは違う匂いがするの。魔力も高いから、遠くに居ても分かるわ。」
「そういう事か…」
確かに、サナマリが襲われる前日、転んで血を流していた。あの匂いをどこかで感じ取っていたのか…
「その匂いを感じるまでは、街に潜み、感じたら追跡、血を飲んで記憶を辿り、アーテン-アラボルとの関係性を探る…という事か。」
「ええ。その方法でここまでは辿り着いたのだけれど…ここから手詰まりになってしまったのよ。」
「それで、ここにずっと滞在していたわけか。」
「ええ。中には、自分が魔族だと知っていて、協力してくれる人も居たけれど、極々稀なケースよ。」
「普通は襲って血を奪い取るわけだな。」
「棘のある言い方だけれど…その通りね。申し訳なかったとは思っているわ。でも、私達魔族の行く末が掛かっているの。手段を選んではいられないわ。」
「……………………」
「大体事情は理解出来た。だが、それを聞いても、やはり俺が決断を下すことは出来ない。」
アーテン婆さんの証言と一致するし、
「いきなりギルドに突き出すのは待つが…被害者の皆に説明と謝罪は必要だろう。全てを話して巻き込む必要は無いが、安心して過ごせるようにする責任が有るはずだ。」
「許して下さるのですか?!」
「それを決めるのは俺じゃない。これから会いに行く被害者の者達だ。そこで許されず、罰して欲しいと言われた時はそのようにするつもりだ。覚悟はしておけよ。
それと、もし許されたとしても、ギルドにも説明は必要だ。これは依頼だし、事件が起きたのは事実だ。それをギルドは既に把握している。何もありませんでした、では納得しない。」
俺とニルの本心を言えば、それがどのような理由であれ、許せるはずがない。リアさんとサナマリの現状を見て、許せるはずがないのだ。
だが、ハイネリンデの話が本当ならば、ランパルドを相手に、同じ側で戦う者という事になる。しかも、魔王から信頼されていた吸血鬼族であり、内部事情にも詳しそうだ。これから魔界に向かおうというタイミングで、彼女達の助力が有れば、魔界の問題も素早く片付けられるかもしれない。
そして、もう一つ。
いつもならば、こういう足止めを食うような場面で、必ずイベント通知が来ていたのに、今回は来ていない。もしかしたら、これはイベントである『魔王の城』、このストーリーの一部なのかもしれない。
「取り敢えず、直近の被害者の元へ向かうぞ。覚悟は良いな?」
「…ええ。私が全て話すわ。」
「それじゃあ行くぞ。」
これで本当に良いのか…リアさんとサナマリが待つ家に向かう途中、ずっと、その考えが頭の中をグルグルと回り続けた。
ハイネリンデ達に、被害者を苦しめようという気が無かった。その一点のみが、この選択肢を選ばせた。
本気でハイネリンデが被害者に申し訳なかったと思っているのであれば、当人同士で話し合う事により、それなりの解決に向かうのではないかと…
浅はかな考えなのは分かっている。被害者が加害者に会って、より傷を深くする事だって十分に考えられる。ギルドに任せた方が全員の納得する結論を出してくれるかもしれない。いや、間違いなくそうだろう。
対神聖騎士団大同盟に言えば、もっと上手く事が運ぶかもしれない。
魔族との事を考えて、ハイネリンデ達に協力を求めつつ、世間的には裁かれたとする事も可能だろう。
でも、それではフェアじゃない…と思う。
結局、自分の決断が正しいのかどうか分からないまま、俺達はリアさんの家に着いた。
「ここで少し待っていろ。」
ハイネリンデとピルテに指示をして、俺だけで家の中へと入る。
「カイドー様。今日はどうでしたか?」
頼んだ通り、ヒュリナさんがリアさんとサナマリを見てくれており、俺を出迎えてくれる。
「あれ?ニルさんはどうされました?」
「今、外で犯人を見張ってくれている。」
「犯人っ?!あっ!」
ヒュリナさんは驚いて声を出してしまい、慌てて自分の両手で口を塞ぐ。
「は、犯人が来ているのですか?!」
音量は下がったが、驚きはそのままだ。
「色々とあってな…最悪、リアさんにだけでも会わせた方が良いかと思ってな。」
「正気ですか?!今そんな事をしたら、リアさんとサナマリちゃんの精神が壊れてしまいますよ?!」
「犯人の話を聞いて、俺なりに出した答えなんだ。一応、ニルも同意してくれている。」
「………お二人がという事ならば…何か事情が有ると言う事ですよね…分かりました。しかし、ニルさんと、私も同席します。サナマリさんは同席させません。それでよろしいですか?」
「ああ。リアさんとサナマリの状況はヒュリナさんが一番分かっているだろうし、文句は無いよ。」
ヒュリナさんの提案通り、俺、ニル、ヒュリナさん、ハイネリンデ、ピルテ、そしてリアさんで話し合う事になった。
「………………」
ニルがハイネリンデ達を連れてくる間、リアさんは泣きも喚きもせず、ただじっと背筋を伸ばして座り、一点を見つめていた。
自分の可愛い可愛い一人娘に酷い事をした相手が、今から目の前に現れるのだ。子供がいた経験の無い俺には、想像も出来ない感情だろう。
「話は全て、本人に聞くから、直ぐに連れて来て。」
リアさんは釈然とした態度で、俺にそう告げる。
そして、ハイネリンデとピルテがリビングへと入ってくる。
「………………」
ハイネリンデとピルテから、何か言う事は出来ず、リアさんの鋭い眼光を受ける事になる。
「取り敢えず、座りなさい。」
リアさんの言葉で、二人が対面して腰掛ける。
「まずは、犯人が男でなくて良かったよ。子供が出来てしまう心配は無さそうだからね。」
直球過ぎる言葉に、ピルテの体がビクッと反応する。
「それじゃあ、何がどうして、私の娘を傷付けるに至ったのか、詳しく聞かせてもらおうかね。」
「……まずは、先に、許されるとは思っていませんが、謝罪させて下さい。」
そう言って深々と、ハイネリンデが頭を下げる。
「謝罪よりも、まずは説明を聞かせてもらおうかね。その謝罪をどうするか、説明を聞いてから判断させてもらうよ。」
「……はい。」
ハイネリンデは、リアさんの言葉に頷いた後、ゆっくりと言葉を選んで話を始める。
「まず、最初に知って頂きたいのは、私と、このピルテは、吸血鬼と呼ばれる魔族だと言うことです。」
「吸血鬼に魔族……いきなりとんでもない話を始めるね。」
「でも、それが事実です。」
「……私は魔族の事も、吸血鬼の事も、全く知らないよ。」
「はい。ですから、まずは吸血鬼の事や、魔族の事をお話します。」
ハイネリンデは、話に触れても巻き込まれないように、細心の注意を払って説明する。
「つまり、本当は血を飲まなくても、マジックローズさえあれば良いところを、情報を得る為だけに、娘を襲って記憶を消した。そういう事だね?」
実に棘の有る言い方な上に、高圧的な語気。
だが、それが当たり前だ。リアさんとしては、殺したいくらいだろう。
「言い訳はしません。私は私の為に、娘さんを襲いました。
殺されたとしても、やらねばならぬ事が有りましたので。」
「ふん。覚悟は出来ているとでも言いたげだね。」
「私の命一つで事が収まるのであれば、それで構いません。」
「………………はあ……いつかこんな日が来るかもとは思っていたよ。」
「どいうことだ?」
リアさんの、予想もしていなかった反応に、俺はつい疑問を投げ掛ける。
「……私の旦那。つまり、サナマリの父親の事さ。
あの人から、自分には魔族の血が流れていると聞いていたからね。」
どうやら、リアさんの旦那さんは、自分の血について知っていたようだ。
「つまり、それを知っていて旦那を選んだ私にも責任の一端が有るというわけだね。
旦那には、自分の血のせいで、私やサナマリに迷惑を掛ける事が有るかもしれないと言われていたからね。」
「いや、それは…」
違うだろう。と言おうとしたが、下手に話に割り込むのは止めて、口を閉じる。これは、リアさんとハイネリンデ達との間で話し合う事だ。
「それで、吸血鬼というのは、血を採取された方に、何か起きるものなのかね?」
「いえ。何も起きません。我々の牙は特別で、噛み付いた後に、傷を癒す事が出来る分泌液が出てきます。それで傷が完全に癒えて、傷痕も残りません。」
これは初めて聞いたが、そんな仕組みになっていたのか…
治癒魔法みたいなものだろうか?
吸血鬼の持っている能力は、人のそれと随分かけ離れている気がする。それも、モンスターと呼ばれる原因になったのかもしれない。
「病気なんかも心配ないのかい?」
「はい、一切心配ありません。」
「本当に、それ以外の事は、何もしていないと誓えるのかい?」
「魔族に、そしてフロイルストーレ様に誓って、それ以外には、何もしていません。」
「………信じる事にするよ。」
リアさんが、瞼を閉じながら言う。
「でもね。よくお聞き。
あなたは、根本から考え方が間違っているよ。」
「………………」
瞼を開き、ハイネリンデの目を真っ直ぐに見て、ハッキリと言うリアさん。
「私達魔界の外の者達は、魔族の事をよく知らないし、怖がっている人達も多い。だからきっと、二人が魔界から出てきて、嫌な思いもしただろうさ。
私には想像も出来ないような事だってあったかもしれないね。それによって、私達魔界の外の者達を信じられなくなってしまうのも分からなくはないよ。
でもね。信じる事を止めてしまうという事は、分かり合う事を諦めるという事と同じさ。
裏切られ、傷付けられ、それでも信じなければ、分かり合う事は出来ないからね。
あなたが、まず考えなければならなかったのは、自分の事情を汲み取ってくれると信じて、ちゃんと話す事だったんだ。」
「………………」
リアさんの言葉に、ぐうの音も出ない、といった表情を浮かべるハイネリンデ。
リアさんは獣人族であり、ハイネリンデよりずっと生きてきた年数は短い。寿命もずっと短いだろう。ハイネリンデの生に比べたならば、経験の量は天と地の差が有るはず。しかし、だからこそ、分かる事も有る。
それを、リアさんがハイネリンデに向けて、真正面からぶつけているのだ。
ハイネリンデから聞いた話の中に、魔王が吸血鬼を救った話があった。ずっと敵だったはずの相手の事を信じて、受け入れた。その結果、吸血鬼は救われた。それと同じ事だ。
そして、その事は、無言で痛そうな顔をするハイネリンデ自身も気づいているはずだ。
「だから、私はあんた達の話を信じるよ。本音を言えば、直ぐにでも罰して欲しいところだけれど、魔族全体を危機に陥れるつもりは無いからね。一応、旦那の故郷みたいなものだしね。
許すとは言わないけれど、飲み込んでやるよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「感謝します。」
ピルテとハイネリンデが頭を下げる。
「でも、それは私がという話で、娘が、ではないからね。」
「分かっています。」
「娘は純粋だからね。私みたいに話し合ったところで、納得はしないよ。心の底から謝る事だね。」
「はい。心得ました。」
もう一度深々と頭を下げたハイネリンデとピルテ。
リアさんは言いたい事がまだまだ有りそうだったが、一先ずそれも飲み込んだ。
そして、リアさんとハイネリンデ、ピルテの三人で、サナマリの部屋に向かう。
俺とニル、ヒュリナさんはリビングで待機だ。リアさんが待っていて欲しいと言ったからだ。危険は無いだろうと判断したのだろう。
何かあれば、直ぐにでも駆け込めるように、準備はしておくが、話し合いは四人でしてもらおう。
「リアさんは凄いですね…私なら、飲み込むのも無理だと思います。」
ヒュリナさんが、リアさんの対応に驚いて感嘆の声を出している。
「何もされていないわけではないからな。」
「サナマリ様は大丈夫でしょうか?」
「どうだろうな…過去の被害者の人達は、少し消化しているみたいだが、サナマリはつい先日の事だからな……」
心配しながら待つこと小一時間。
ガチャッ…
サナマリの部屋の扉が開き、ハイネリンデとピルテが出てくる。
二人の顔は酷く暗い。恨み言を何度も言われて、自分のした事の酷さを痛感したのだろうか?
リアさんとサナマリが出てこないところを見るに、二人は部屋の中で何か話をしているのだろう。
「許せないと言われたのか?」
「……いえ。何も無くて良かったと泣かれたわ。伝えてくれてありがとうと……」
死ぬ程罵倒されると思って覚悟していたのに、礼を言われてしまったパターンだ。
俺個人としては、その方が辛い仕打ちなのではないかと思う。それ程に優しい者を、寝込むまで傷付けたということなのだから。ハイネリンデとピルテも、それを感じて暗い顔なのだろう。
その顔が演技ではないのならば、人の心は持っていると言えるだろう。
「自分達の過ちを、深く刻み込まれたらしいな。」
「ええ…」
「はい…」
アーテン婆さんもそうだったが、魔族はやり方が荒っぽい節がある。もう少し上手くやれないものか…と思うが、魔界と外側では色々と違うところも多いだろうし、感覚が違うのかもしれない。
郷に入っては郷に従えとも言うし、それは言い訳でしかないが…
「落ち込んでいるかもしれないが、被害者全員に話をしてもらうからな。」
「分かっているわ。」
「私達がしてしまった事ですからね…」
「それが分かっているなら、次に行くぞ。長居はして欲しくないだろうからな。」
「ええ…」
「はい…」
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