第330話 奇妙な事件 (2)

「カイドー様…」


冒険者ギルドに入ると、直ぐにソワソワしていたラルベルが近寄ってくる。リアさんの店を紹介してくれたという事は、リアさんとも仲良くやっているはず。心配していたのだろう。


俺は、見てきたリアさんとサナマリの様子を伝える。


「そんな………」


「今は安静にしているが、精神的にキツいはずだ。直ぐにでも犯人を見付け出したい。だから、俺とニルが依頼を受ける。それで良いか?」


ラルベルはコクリと頷くと、直ぐに依頼書を渡してくれる。


詳しい話は担当者から聞いて欲しいという事で、俺とニルは、その担当者に話を聞きに別室へ向かう。

既に話が通されていたのか、数人のギルド職員が待機しており、俺とニルが部屋に入ると、姿勢を正す。


「今回の依頼を受けたカイドーだ。前置きは要らないから、詳しい情報を教えてくれ。」


ギルド職員達が頷くと、事件の詳細を教えてくれた。


それらをまとめると、大筋はヒュリナさんから聞いた話とほぼ同じだったが、犯行は昼夜関係無く起きているという事だけは違った。こういううわさ話は、人を伝ってくると多少なりとも変化するものだ。寧ろ、この程度の違いで伝わってきたのは、ある意味驚愕だろう。


詳しく話を聞くと、細かい部分で、俺達の知らない情報が手に入った。


まず、この奇妙な事件だが、被害者は、サナマリを含めて全部で七人。

内訳は、女性四人、男性三人。年齢はバラバラで、中には子供も、年寄りも居る。

全員が同じように事件当時の事を覚えておらず、誰に、何に襲われたかは分からないものの、襲われたという事実だけは覚えているらしい。

しかし、何をされたのかも分からず、困惑するばかりとの事。

唯一分かっている事は、全ての犯行が街の中で起きているという事だけだ。


「殆ど何も分かっていない…という事だな。」


「手掛かりとなる痕跡も無くてですね…」


説明してくれた男性職員達は、苦い顔をする。


そもそも冒険者というのは、モンスター退治の専門家だ。これがモンスターの仕業ならば、冒険者の範疇だが、人の場合は違ってくる。

こういう事件を起こすのがモンスターの場合、目的は腹を満たす為というのが一般的だ。

高い知能を持ったSSランク級のモンスター、もしくは人が犯人の場合、その目的は多岐に渡る。

盗みによって、食欲を満たす為…というのも考えられなくはないが、この街では、食欲を満たす事はそれ程難しくない。やり方は間違っているが、他人の田畑に入れば食糧を手に入れる事など簡単だ。恐らく、このレンジビという街は、この世界でも飢えた人間が最も少ない街だと言える。

そんな街で、他人の食糧を奪う為に、ここまで手の込んだ事をするとは思えない。

つまり、何かしらの意図があって、このような事件を起こしていると考えられる為、冒険者ギルドでは、SSランク級のモンスターか、人の仕業であると考えているらしい。

俺の想像と同じように、SSランクモンスターの可能性は低いとも考えているようだが、もしもSSランクモンスターの仕業だった場合、冒険者ギルドが動いていないとなると、後々非難が来てしまうので、依頼として出したとの事だ。


「他に手掛かりになりそうな事は無いのか?」


「我々が調べた限りでは、特に手掛かりとなりそうな事柄は……」


「そうか。分かった。後はこっちでやる。」


「お願い致します。」


俺とニルは情報を聞いた後、直ぐに冒険者ギルドを出る。


「思ったよりも得られた情報が少ないな。」


「事件の詳細を聞けたとはいえ、あまり犯人に繋がる内容はありませんでしたね。」


「それだけ相手が厄介な奴だって事だろうな。」


「これからどうしますか?」


「まずは被害者の人達に話を聞いて回ろう。ギルド職員と言われると、下手な事は言えないと、黙っていた事があったりするかもしれないからな。」


元の世界に居た時、俺も一時期警察の人達とよく話をした。


その時の事を思うと、警察と聞くだけで、その制服を見るだけで、重要な内容以外は緊張からか、無意識で話さないようにしていたところがある。

ギルド職員も、今回はその時の警察のような立場になる。その為、被害者の立場でありながらも、緊張から無意識下で、敢えて話さなかった内容もあるかもしれない。

感覚的な事や、記憶が朧気でハッキリとは思い出せない事は、話さなかった可能性が高い。そういう話を聞いておきたい。


「一応、名前と住んでいる場所は聞いておいたから、古い順で会いに行ってみよう。」


「はい。」


俺達は直ぐに行動を開始して、まずは最初の被害者男性の元へと向かう。


コンコン……


被害者男性の家の扉をノックする。


ガチャ…


「はい。」


家の中から出てきたのは、獣人族の男性。

歳は三十歳くらいだろうか。


「どちら様で?」


「例の事件の事を調べている。カイドーという冒険者だ。少し話を聞きたいんだが、良いか?」


一応、依頼書を見せると、納得したように家の中へと通してくれる。


「中へ。」


敢えて敬語を使わないのは、俺達は一介の冒険者であり、ギルド職員とは別の立場だと直感的に分かってもらう為だ。相手の男性も、若い冒険者と分かり、尚且つフランクに話し掛けられたら、そこまで緊張はしないだろう。


家の中へ入ると、割とスッキリした部屋…というか、物がかなり少ない。


「ああ…もう少ししたら引っ越すつもりでな。

何をされたか分からない犯行の被害者となると、影で色々と言われるからな。ここでは少し、生活がし難くなって、引っ越す事にしたんだ。」


「……そうか。」


被害者が男性だとしても、何をされたか分からない被害者に、敢えて近付きたい人など、なかなかいないだろう。性別に関わらず、被害者が受ける被害は変わらないという事だ。


男性は残っているソファーに着席を勧めてくれる。

俺は腰を下ろし、その対面に座る男性。


「それで?何を聞きたいんだ?話は全てギルド職員に話したぞ。」


「ああ。それは聞いている。」


「なら話す事なんて何も無いぞ?」


「俺が知りたいのは、他に何か覚えていないかって事さ。事件当時の事で、関係するかしないかは度外視して、何か覚えている事を聞きたくてな。

何か覚えていないか?」


「と言われても、全部話したからな……」


些細ささいな事でも良い。何かあれば聞いておきたい。」


「そうだな……」


男性は斜め下に視線をやって思い出そうとしてくれる。


「そう言えば…」


「何か思い出したか?」


「これが本当にそうだったのか自信は無いんだが…」


「構わない。教えてくれ。」


「何か、花の香りのような匂いがしたような記憶が有る。」


「花?」


「ああ。本当にしたのかは分からないし、思い違いかもしれないがな。花には詳しくないし、何の花の匂いなのかも分からないが…」


「いや。助かる。他には何か有るか?」


「……いや。俺が覚えているのはそれだけだ。」


「そうか。助かったよ。」


「こんなことで役に立てるなら良いのだが……」


「十分だ。」


「そうか……俺はこの街を出てしまうが…襲われた人は他にも居ると聞いた。その人達の為にも、犯人を捕まえてくれ。」


「ああ。必ず捕まえる。」


俺とニルは最後にもう一度礼を言って、家を出る。


「花の香り…と言っていましたね。」


「それが何かの手掛かりになるのかは分からないが、ギルド職員達の知らない情報が出てきたな。」


「かなり自信が無いような印象でしたが…」


「実際に自信が無かったのだろうな。襲われた事以外の全てを忘れているとなると、花の香りも、事件の前だったのか、最中だったのか、それとも後だったのか、それすらも分からないだろうし。」


「上手く繋がってくれると良いのですが…」


「繋げる為にも、他の被害者達に話を聞きに行くとしよう。」


「はい。」


結局、調査を始めたのは昼過ぎだった為、その日はもう一人の被害者の女性宅へ行くので精一杯だった。

何とか非常識ではない時間帯に被害者の女性宅へ向かったが、俺達と同年代の女性であった為、未だに、かなり精神的なショックが大きく、塞ぎ込んでいた。

結論から言えば、玄関先で、両親に帰るように言われた為、何も聞く事が出来なかった。


日が暮れる切る前に、俺とニルはリアさんとサナマリの所へ戻る。


「ヒュリナさん。リアさんとサナマリの様子は?」


帰ってきた俺達の事を、ヒュリナさんが出迎えてくれる。


「今は二人とも落ち着いています。元気とは言えませんが…」


「仕事も有るだろうに、すまないな。」


「リアさんとサナマリちゃんの為ですよ。それに、仕事ならいつでも出来ます。私の仕事を待っているのはリアさんだけですからね。」


一応、ヒュリナさんは、ギルド職員としても働かせてもらったりしているらしいが、強制というわけではなく、お手伝い程度。元々ヒュリナさんが居なくても回っていた現場だし、問題は起きないだろう。


「明日からも、俺とニルで調査を進めていくつもりなんだが、リアさんとサナマリをよろしく頼んでも良いか?」


「はい。寧ろ、私の方からお願いしたいくらいですよ。」


「助かるよ。」


一応、リアさんとサナマリの様子を見に行ってみたが、部屋の中で二人、何か話をしている様子だったので、そっとしておいた。今は俺達が話し掛けるより、母娘で話をする方が良いだろう。


「リアさんには、今日もここに泊まる事を許可頂いているので、ここに泊まって下さい。私も泊まります。昨日と同じ部屋を使って欲しいとの事です。」


「分かった。」


俺達は会話もそこそこに、部屋へと向かい、直ぐに眠りに着いた。


翌日。


俺とニルは朝早くに起きて、三人目の被害者女性の元へと向かった。


「女性の被害者という事は、また話を聞けないかもしれませんね。」


「加害者よりも被害者の方が大切に扱われるべきだ。被害者の人が嫌だと言うのならば、無理に聞き出す事は出来ないさ。」


「それもそうですね…話してくれると嬉しい…くらいの気持ちで行くべきですよね。」


元の世界では、加害者よりも、被害者に対するその後の被害の方が多い…そう感じる事がよくあったように思う。それはやはり良くないことだ。聞き出せる情報から、何とか話を繋げていこう。

それでも無理な時は、何度頭を下げてでも、話を聞けば良い。それでも無理なら、その時また考えよう。


三人目の被害者は、街の中でも、建物の密集地区からかなり離れた場所に住んでおり、犯行現場と予想される場所も、住んでいる家の近くだった。


「予想される犯行現場も、かなりまちまちですね。」


「そうだな。どこにでも、いつでも現れる…といった感じだな。」


「規則性が無いところは、モンスターの仕業に見えますが…」


「逆だな。モンスターとは言え、知能が無いわけじゃあない。狩りをする時、上手くいった方法を何度も使うし、学んでいく。

だが、規則性を敢えて隠す程の知能は無い。」


「規則性を隠すということは、それだけの知能が有るという事ですね。」


「規則性が本当に無いならばな。俺達が気付いていない規則性が、どこかに隠れているのかもしれない。」


「それを早く見付け出さなければ…ですね。」


「ああ。」


コンコン…


三人目の被害者女性宅へ話を聞きに訪れる。


「えーと…どちら様でしょうか?」


出てきたのは、二十代後半といったイメージのエルフ族の女性。


「突然すまない。例の事件の事を調べている冒険者なんだが…」


「確か…名前はカイドーさん…でしたよね?」


「え?どこかで会ったかな?」


「いえ。昨日、同じように、最初の被害者の方の家を訪れましたよね?」


「ああ。行った。」


「その方が、カイドーさんという冒険者の方が、私達、被害者の家を回ると思うから、協力してくれと、昨日夜遅くに来たのですよ。」


「そうなのか?!」


自分も辛い思いをしているだろうに…

昨日の反応からするに、他の被害者の事はあまり知らないように見えた。つまり、あの後、わざわざ調べて、ここまで来た事になる。それに、夜遅くという事は、その時間帯にこの付近を歩いていたという事だ。事件の犯行現場付近を。

いつかと同じように襲われるかもしれない危険性も有るというのに。


「被害者の中でも、男であり、傷の浅い自分が動くべきだと言っていました。」


何それ…惚れそう。


冗談はさておき、本当に有難い手助けだ。

同じ思いをした彼から、協力してくれと頼まれれば、被害者の人達も前向きに考えてくれるだろう。思わぬところから助けが入った。


「何が起きたのか全然覚えていませんが…私の話せる範囲であれば、全てお話します。」


何が起きたのか全然分からないからこそ、彼女の手は震えているのだろう。多分、外に出る事や、男が怖いのではないかと思う。

そういう事があったかどうかは問題ではない。そういう想像が出来てしまうのか問題なのだ。


なるべく俺は彼女に近寄らないように気を付けながら、話を聞く事にした。家の中には入らない。彼女も通したいとは思っていないだろうし。


「あの。」


そういう気持ちを悟ったのか、俺より先にニルが口を開く。


「事件の事を覚えていないのは承知の上なのですが、些細な事でも良いので、何か覚えている事はありませんか?」


「些細な事………ごめんなさい。本当に何も覚えていなくて…」


奴隷であるニルにすら、かなり低姿勢…というか、怯えている。色々と想像してしまうのだろう。


「いえ。謝る必要は有りませんよ。覚えていない事は分かっているので。

本当に何でも良いのです。事件に関係の無さそうな事でも……例えば、花の香りがした…とか。」


「えっ?!」


「何か心当たりが有るのですか?」


「は、はい…こんな事、話したところでどうにもならないと思っていた事なのですが……襲われたという事と、もう一つだけ覚えている事が。」


「それが花の香り…ですか?」


「はい…正確には、の香りです。」


薔薇ばらですか?」


「はい。私はエルフなので、花にもそれなりに詳しくて、分かったのですが…よく覚えているというより、そんな気がする…程度でして、事件時の事だったのか自信は有りませんよ…?」


「いえ。それを聞けただけで凄く助かります。」


薔薇は、この世界にも生えている植物の一つで、生態も見た目も全く同じ。匂いは分からないが、恐らく同じだろう。

但し、花その物が嗜好品に近い扱いなので、花に詳しい人は結構珍しい。


「それ以外に覚えている事は…」


「いいえ…他には何も…」


最初の被害者である男性と同じで、それ以外に思い当たる事は特に無いらしい。


「ありがとうございました。」


「いえ…」


外に出るのも怖いはずなのに、話に付き合ってくれて本当に有難い事だ。被害者の為にも、必ず捕まえなければ…


エルフ女性に礼を言って、その場を離れ、ニルと情報を話し合う。


「薔薇の香り…という事は、薔薇を育てている家の主、もしくはその付近に居るという事でしょうか?」


「いや…どうだろうな。

薔薇を育てていたり、近くに居るだけで、香る程に薔薇の匂いが移るとは思えない。」


「そうなのですか?」


「そもそも匂いとは何なのかって話になるが、薔薇の場合、花の中に入っている匂いの成分が嗅覚を刺激して匂いとして感じ取れるんだ。

つまり、その成分がかなりの量、付着しない限り、他者が感じ取れる程の匂いにはならないと思う。

犯人から薔薇の匂いがしたとは確定していないし、薔薇の近くで犯行が起きたというのも考えられる……が、少なくとも、この近くには薔薇が無いし、それは除外しても良いだろうな。」


「そうなりますと、やはり犯人から薔薇の香りがしたのだと仮定して………薔薇の、匂い成分を扱うような事をしているとか…ですかね?」


「可能性は高いと思う。ただ、犯人から香った匂いなのか、犯人が使用した何かかから香ったのか…それも分からないから、それだけに絞るのは良くないかもな。」


「なるほど…難しいですね…」


薔薇の香りがした。それだけの情報だと、考えられる事は結構多い。


例えば、薔薇の香りを抽出して香油こうゆを作っているような仕事や、薔薇の花を加工する仕事をしている人。もしくは、そういう物を愛用している人物等が考えられる。範囲が狭まったとは言え、まだまだ該当者は多いはずだ。

それに、花の香りという話が聞けたのは被害者の二人。残り四人からは、まだ話が聞けていない為、聞いてみたいところだ。

それともう一つ。今は単独犯だと考えて動いているが、複数犯という可能性も有る。その辺も考慮しておかなければならない。


「まずは、全員から話を聞こう。サナマリはまだ精神的にキツいだろうから、状況を見つつ話を聞こう。」


「分かりました。」


それから、午前中に一人、午後に二人の被害者に話を聞きに行った。


結論から言えば、三人全員から話を聞けた。

どうやら、最初の被害者男性が、今日も他の被害者の人達の家を回って説得してくれているらしい。

どこまでイケメンなのか…


そしてもう一つ。どうやら薔薇の香りがするというのは、二人だけの意見ではなく、全員の意見だということ。


「やはり、薔薇が鍵を握っていそうですね。」


リアさんの家に戻り、ニルと今後の予定を話し合う。


「だな。明日からは、まず、薔薇を育てている家に話を聞きに行ってみようか。」


「薔薇を育てている家は関係無さそうという話でしたが、行くのですか?」


「薔薇の加工先とか、そもそもどういう加工をしているかもよく知らないからな。誰かに聞いて、探る場所の見当をつけるところからだな。」

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