第331話 薔薇の香り
「言われてみますと、薔薇の花の加工方法なんて、香油以外は知らないです。」
「俺達が知らないだけで、色々と加工されていると思うし、話を聞きに行ってみよう。」
「はい!」
「…リアさんとサナマリはどうだった?」
三人目の被害者女性と同じ様に、サナマリも今は俺に会いたくないだろうし、ニルに様子を見て来るように頼んでおいたのだ。
「今のところ、サナマリ様が取り乱す事は無さそうです。ただ、随分と落ち込んでいますので、リアさんが介抱している、といった状況ですね。」
「早く犯人を見付けて、何をしたのか聞き出さないとな。」
聞き出した内容が、酷い真実だったとしても、何が起こったのか分からないよりは、前へ進む原動力になる……はず。そう願いたい。
そして、さらに翌日。俺達は薔薇を栽培している家に頼み込んで、話を聞かせてもらう事になった。
栽培されている薔薇の使われ方を聞いたところ、簡単にまとめると、利用方法は全部で四通り。
一、そのまま花として花束等に利用する。
二、乾燥させてドライフラワーのような形にし、飾る、もしくは匂い袋のような物を作る。
三、香油。
四、食用薔薇。
四は加工方法というより、食用の薔薇を育てているという事みたいだが、元の世界の食用薔薇とは全くの別物で、この世界ではマジックローズと呼ばれる代物らしい。
名前の由来は、薔薇そのものに、少量の魔力が蓄積されているらしく、食べる事で魔力量が増える…と言われているらしい。
あくまでも言われているだけで、本当に増えているかは不明。専門家?の話では増えていないというのが有力な見解らしい。
一種の嗜好品みたいな物というわけだ。
そして、この街の中で、薔薇を育てている農家は、この四つ全ての加工先の工場に出荷しているとの事。インターネットが有れば、検索で直ぐに工場の位置は把握出来るが、そんな事は当然出来ない。
工場の場所を聞いて、自分で歩いて探すしかないのだ。教えてもらった街にある工場は、全てで四つ。
どれも建物の密集地区からは離れた場所に在り、それぞれの工場は、かなり近い場所に建っているとの事だ。
工場が隣接している理由は至極単純で、その周りに薔薇を栽培している家が密集しているからだ。
工場が在るから、その周りの家が薔薇の栽培を始めたと言い換えた方が正しいかもしれない。
つまり、今俺達が話を聞きに来たこの辺りに、工場が全て集中しているという事だ。
簡単に見付かる場所にあって良かった。
「犯人がどのような相手にしろ、この辺りに居る可能性は高いですよね?」
「だろうな。この辺りを中心に調べるとしよう。まずは工場からだな。」
「はい!」
着実に犯人に近付いているはず。必ず見付け出してやる。
と、意気込んだは良いものの、それから暫く、調査は難航する事になる。
調査を始めてから、直ぐに各工場や近隣の民家に話を聞きに行ったが、怪しい人物や、最近になって行動がおかしい人物に心当たりなど無いという事だった。
最初は仲間意識のようなもので、心当たりが有る人物を庇っているのではないかと疑ってもいたが、どうやらそうではないらしい。
調査を始めてから数日が経ったが、有力な情報は得られず、俺とニルは調査の方向を変えようかと話し合っていた。
「この近辺の者ではないのでしょうか。」
「本当はここで見付けておきたかったんだがな…」
「加工品を作成ではなく、使用している人物…となると、この近辺を探るよりずっと大変ですからね…」
「使用している人物を特定するだけでもかなり大変だからな…」
「冒険者ギルドに、協力を要請しますか?」
「……いや。あまり大々的に調査をすると、犯人が逃げるかもしれない。俺達で調べられるだけでも調べてから、要請するとしよう。」
「分かりました。まずはどこから行きましょうか?」
「一番最初に思い付くのは、やっぱり香油かな。」
「では販売店ですか?」
「購入者を全て覚えているかは分からないが…取り敢えず聞きに行くだけ聞きに行ってみようか。」
「はい。」
香油と言われるとあまり聞き馴染みの無い言葉かもしれないが、髪に塗ったり、体に塗ったりする物で、アロマオイルという言葉の方が聞き馴染みの有る言葉だろう。
この殺伐とした世界で、そんな物を塗る様な人達は金持ちくらいのものだし、ある程度使用者を絞れるとは思うが、全て把握出来るかどうか、そして、それを店側が教えてくれるかどうかは微妙なところだ。貴族の者達を相手にする事になる為、信用を失えば、その後の店の経営に大きく関わってきてしまうからだ。
「依頼書を見せても、あまり効力はありませんよね?」
「だろうな。強制力の有るものじゃないし、彼等も生活が掛かっているからな。
駄目元で聞いて、話を聞くのが無理そうならば、他の用途の方から先に調べてみよう。」
という事で、俺達は香油を取り扱う店に赴き、色々と聞いて回ってみたが、予想通り、あまり良い顔はされず、情報も殆ど知る事が出来なかった。
「やはり大した情報は得られませんでしたね。」
「個人情報だからな…」
「これからどうしますか?」
「予定通り、聞ける話から聞いていこう。」
香油の購入者は殆ど分からなかったが、最悪、ギルドから圧力を掛けてもらって、話を聞き出す事も出来なくはない。
ただ、それをやってしまうと、俺達の事を良く思わない人達が増える為、より話を聞き難くなる。そうなる前に、聞ける話は全て聞いておきたい。
「それでは、まず、花屋からですね。」
「だな。」
一度香油は諦めて、俺達は別の場所へと移動した。
目の前に在るのは多種多様な花が置かれている花屋。
赤、青、黄、白、黒…視界がカラフルで、店構えも可愛らしい。
「いらっしゃいませー!」
店員さんまで花が咲いたような笑顔で出迎えてくれる。
レンジビは、農作物が有名な街だが、食用の作物を多く育てていると言うだけで、観賞用の花等を売る店も、他の街に比べてかなり多い。
「今日は何をお求めですか?」
「薔薇ってあるかな?」
「ありますよ!生花ですか?」
「香りが人に移る程強い物ってあるのかな?」
「香りが人に移る程…ですか?」
「特殊過ぎる注文の仕方をしてすまないね。そういう物を探していてさ。」
「いえいえ!香りで花を選ぶ人も沢山いますので、特殊なんて事はありませんよ!
そうですね……香りだけならば、このような、薔薇の匂い袋の方が良いかと思います。」
薔薇の生花が置いてある場所の近くに、可愛らしい袋が置いてあり、それを取り上げて見せてくれる。
「生花では匂いが移る程の物は無いのかな?」
「そうですね…生花となると、難しいと思います。そのまま持ち歩けば別かもしれませんが…」
「生花を持ち歩く人は、見た事が無いよな。」
キザに薔薇を一輪持って…なんて暴走した奴は普通居ない。見たら薔薇に関して調べている俺達でなくても、印象に残るだろう。
「それじゃあ、匂い袋を持ち歩くのが一番か…」
「そうですね……後は、食用の薔薇でしょうか。」
「食用の薔薇?何か関係があるのか?」
「私も聞いた話で、実際に見た事は有りませんが、食用の薔薇を好んで食べる人が居まして、その人の体からは薔薇の匂いがするそうですよ。」
「薔薇の匂いが体から…?」
確かに、動物の体というのは、食したものの成分を発汗でも放出する。もし、薔薇を摂取し続けるような事が有れば、発汗と同時に薔薇の香りが漂う事も有るとは思うが…それこそ薔薇しか食べないような者でなければ、そこまでには至らないはず。
しかし、店員さんの話からすると、実際にそういう人物が居るみたいだ。
「その話、詳しく聞かせて欲しいんだが…」
俺は依頼書を店員さんに見せる。
内容を読んだ店員さんは、少し驚いた後、素直に頷いてくれる。
「奥へどうぞ。」
店内の、更に奥へと通される。
「あの。依頼書の事件を追っている、カイドーさん…ですよね?」
「そうだが…」
「私、サナマリとは昔から仲良くしていて…」
花屋の店員さんは、話によると、サナマリと親友のような関係で、よく二人で出掛けたりもするらしい。
しかし、今回の事があって、サナマリの事を心配していたのだとか。俺とニルか居ない昼の間に、何度かサナマリを訪れて話をしたそうで、その時に今回の事件を俺とニルが追っていることを聞いたらしい。
俺達の容姿までは聞いておらず、先程、俺が依頼書を出すまでは、話の当人だと知らなかったようだ。
「私に出来ることならば、何でもします。知りたい事が有れば、何でも話します。ですから…必ず犯人を捕まえて下さい!」
「ああ。勿論、そのつもりだ。」
サナマリの様子を見たのだから、犯人が許せないと思うのも当然だ。
「……薔薇の香りのする人の話でしたよね?」
「聞いた話と言っていたが、誰から聞いたんだ?」
「別の花屋の店員です。
花を育てている人達は決まっていますので、花屋同士での繋がりもありまして、仕入れの際に顔を合わせたりした時は、そのまま、話をしたりするんです。
最近の売れ筋の話だとか色々ですが、そんな中に、最近、薔薇の香りが体から発せられている人が店に来たという話を聞きました。」
「その人の話は詳しく聞いたか?」
「詳しく…と言って良いのか分かりませんが…
フード付きの長く黒いローブを着込んでいて、顔は隠れていたとの事で、誰かは分からなかったそうです。
ですが、体中から薔薇の香りが漂っていて、大量にマジックローズを買って行ったそうです。
見た目も印象的で、怪しかったのと、決して安い花ではないので、その子もビックリして、よく覚えていたそうです。
その人が犯人なんですか?!」
「それはまだ分からない。これからそれを調べるんだ。その為にも、その人を見たという店員さんを紹介してくれないか?」
「分かりました。それでは、明日の昼前に、ここへ来て頂けますか?その子を呼んでおきますので。」
「分かった。助かるよ。」
「いえ!サナマリに酷い事をしたかもしれない犯人なんですから、これくらい当然です!」
「…それじゃあ、明日の昼前に、またここへ来るよ。」
ありがとう、と言うのもおかしい気がした為、明日の約束だけをして、店を出る。
「怪しい相手が浮かび上がりましたね。」
「だな。普通に金を払って花を買ったみたいだし、モンスターという可能性は低くなったな。」
「一体何者でしょうか?」
「それも、もうすぐ分かるはずだ。その時じっくりゆっくり聞き出せば良い。」
「そうですね。じっくりゆっくり聞き出しましょう。」
翌日、約束の時間である昼前。俺とニルは既に花屋の前にいた。
「カイドーさん!」
「約束通り来たが…大丈夫そうか?」
「はい!」
店員さんが店の奥に一度引っ込むと、一人の人族女性を連れて出てくる。
俺達はその女性から話を聞き、特徴を聞き出した後、それを手掛かりにいくつもの花屋を周り、同じような人を見ていないか聞き続けた。
そして、今日はマジックローズをよく取り扱う花屋の店員さんと会う約束をしている日だ。普通の花屋と違い、注文にのみ対応しているという事で、なかなか会うのが難しかったが、やっとアポを取れたところだ。
紹介してもらった別の花屋の店員さんの店に行くと、既にその人が待ってくれていた。
真っ黒で長くストレートの髪、ツリ目で赤い瞳、シュッとした鼻、スラッとした体型で背は女性にしては高い。
クールな感じだが、ヒュリナさんとは違い、少しミステリアスな美女というイメージの人族の女性だ。
手には、話を聞こうとしていたマジックローズの花束を持っていて、薔薇の香りがしている。わざわざ実物を持ってきてくれたらしい。普通の薔薇と形は同じで、花の色が青黒い。
「ピルテ-ギュルバと申します。」
俺を見ると、スっと綺麗にお辞儀するピルテさん。
今はニルも黒髪に変装している為、同じ様な美人で、どこか似たような印象を受ける。
「ピルテとお呼びください。」
「俺はカイドー。今日は色々と聞かせてくれ。」
「はい。」
割と無口なタイプなのか、返事だけして、押し黙るピルテさん。
「ピルテ。カイドーさん達も直ぐに話を聞きたいと思うから、早速行って、話をしてきて。」
「…そうね。それでは、カイドーさん。こちらへ。」
そう言ってピルテさんが歩き出す。どうやら場所を変えるみたいだ。企業秘密的な話でもあるのだろう。
店から離れ、少し歩いていくと、目の前に大きな建物が現れる。
「ここは…神殿か?」
「はい。フロイルストーレ様を信仰する神殿です。この街にたった一つしかありませんが。」
神殿と言われると、オウカ島での事が思い出されるが、オウカ島にあった神殿とは違い、装飾はほぼ無く、ツルッとした大理石のような、白い石材で建設されている。
形は、フランスに在るノートルダム大聖堂に似ているが、サイズはかなりスケールダウンする。それでも、
「この街で信仰されているのは、フロイルストーレなのか?」
「そうですね。」
簡潔に答えるピルテさん。もう少し話をしてくれても良さそうなものなのだが…
「……色々な場所から人が来ますので、全ての人がという事ではありませんが、昔から信仰されているのはフロイルストーレ様のみです。」
俺の視線に気が付いたのか、ピルテさんは補足を述べてくれる。
オウカ島から見れば、魔界との間に在る街だし、昔の魔族が残した名残…なのかもしれない。かなり雑な予想だが。
神殿の中に入ると、ステンドグラスこそ無いが、フロイルストーレを模した石像や、細かな細工が施された透かし彫り等、かなり手の込んだ内装になっている。
天井は高く、何メートル有るのかよく分からない。
中央の奥に、デカいフロイルストーレの石像が立っており、その前に長椅子が幾つも並べられている。
神殿とは言っているが、教会の方が印象としては近いかもしれない。
「残念ながら、見てわかる通り、今では殆ど人も来なくなり、かなり寂しい状態ですが。話をするには持ってこいの場所です。」
ピルテさんが言うように、神殿内に人は一人も居らず、俺達三人だけの空間となっている。神殿長みたいな人も居ない。
話をする為だけに、こんなデカい場所を選ぶという発想は、地元の人ならではだろう。普通は人が集まるような場所だし、まず選ばないはずだ。
「右手の奥に部屋があるので、そこへ行きましょう。」
「分かった。」
ピルテさんの後に付いて行くと、数人が入れるだけの部屋がある。左右の壁が、足元を残して凹んでおり、丁度椅子のような形になっている。
正面には人と同じくらいの大きさのフロイルストーレ像。祈りの部屋的なものなのか、談話室的なものなのか、神殿には詳しくないから分からないが、数人で、他人に聞かれずに、落ち着いて話をするには丁度良いだろう。
「座って話しましょう。」
「ああ。」
左右の出っ張りに向かい合うように腰掛け、話を始める。
「薔薇の香りがする人について…でしたよね?」
「ああ。知っている事を教えてくれないか?」
「………………………」
俺の言葉に、ピルテさんは目を閉じて、何も言わなくなってしまう。
「ピルテさん?」
「……カイドーさん達は、何故、その人を追い掛けているのですか?」
瞼を開いたピルテさんが、真っ赤な目で俺の事を見て、聞いてくる。
「何故って……」
「ギルドからの依頼だから…ですか?」
「当然、それもあるが……ピルテさんは被害者の人達を見た事があるか?」
「いえ…直接見た事はありません。」
「一度見れば分かると思うぞ。
女性の被害者達は、常にビクビクと何かに怯えて家に篭ってしまい、人を怖がっている。俺と話をするだけでもかなりの勇気を振り絞ってくれたんだ。
男性の中には、被害の後、周りから酷い事を言われて、街を出る事にした人も居る。
そして何より、俺達が世話になった女性の娘が襲われた。同じように毎日、涙を流しながら過ごしている。
そんな事をする奴を、放っておくことは出来ないだろう?」
「……そう……ですか。」
ピルテさんはそう言うと、もう一度瞼を下ろし、ゆっくりと深呼吸する。
「そんな事になっているとは、全然知りませんでした。」
「まあ会おうと思わないと、被害者がどんな状況なのかなんて分からないだろうからな。」
「………そんなつもりは無く、ただ恐怖感を残したく無いから、記憶を消しただけだ…と聞いています。」
「「っ?!」」
その言い方は、ピルテさんが、犯人と詳しい話をしたという事に他ならない。
俺とニルに、緊張感が走る。
この場所に誘い込まれたのではないか。その考えが頭を過ぎる。
姿勢を動き出しやすいものへと変え、直ぐに動き出せる状態を作る。
「ま、待って下さい!」
それをピルテが必死に止める。
「その…話を…聞いては頂けませんか?」
「「…………………」」
見た限りでは、敵意は無さそうに見えるが……
言葉では言わないが、ニルに気を付けるように視線で促す。話を聞くだけならば、聞いてみるとしよう。
「それで…話というのは?」
「……犯人の正体は、私の母です。」
「母…?」
被害者には、男性も含まれていたし、犯人も男性の可能性が高いと思っていたのだが、女性が犯人…?
「母と言っても、本当の母親ではありませんが。」
「義母という事か?」
「それとも少し違います。私の親主と言えば良いのか……」
「親主?」
「私と、その母は……所謂、吸血鬼なのです。」
「吸血鬼…?」
「はい。」
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