第329話 奇妙な事件
ラルベルとターナが姉妹だと言われると、ちょっとだけ、二人のふわふわした感じが似ている気がする。姉の方が、よりふわふわだが。
「知っているのですか?」
「知っているも何も、ここに来る前、一緒に依頼をこなしていたんだ。」
「えっ?!凄い偶然ですね?!」
「それが何か関係しているのかもしれないね。
ターナちゃんは飛び出したけれど、別に不仲ってわけじゃあないから、手紙でやり取りくらいしていると思うし、何か聞いているかもしれないしね。」
「グリーンマンの件かもしれないな。
危機一髪な状況だったし…
それで、ラルベルさんは俺を信頼してくれていたのか…依頼を断って、悪い事をしてしまったな。」
「そう思われるのを危惧したのだろうね。恩のある人に無理矢理依頼を押し付けるのが嫌だったんじゃあないのかい?」
ターナの話を聞いているのならば、俺がどんな人間なのか、ある程度把握しているだろう。ニルが居る事を想定したような宿のチョイスも頷ける。
ラルベルが、ターナの姉だと、俺が知れば、依頼を受けないにしても、やはりどこか引っ掛かりを残してしまう。それを嫌って…と、もしそこまで考えて、伏せてくれたのならば、感謝しなければ。
「そこまで考えてくれていたのか…依頼を断ったのに、有難いな。」
リアさんはラルベルの事を思い浮かべながら、話をしてくれる。
「あの独特の伸びた声を聞いて、皆、のほほんとしていると思っているかもしれないけれど、よくよく考えている子だよ。まあ、のほほんとしているというのも否定はしないけれどね。」
「否定しないのかよ…」
「必要な事を考える時以外は、基本的にのほほんとしているからね。それに、別に悪い事じゃあないだろう?」
「そうだな。こんな世の中でのほほんとしていられるのは、きっと幸せな事だろうな。」
「また街を出る時にでも、顔を出してやると喜ぶよ。」
「そうだな。とんでもない偶然で会えたわけだし、また街を出る前に、顔でも出していくとするか。」
話が一区切りすると、少し眠気を感じる。
腹も一杯になり、酒も飲んだ。疲れているし、今日はゆっくり眠れそうだ。
「部屋は二階の突き当たりだよ。ニルちゃんとヒュリナさんは左手の部屋で良いかい?」
「勿論です!さー。ニルさーん。部屋に行きますよー。」
「ふにゅー……はいー……」
ほとんど見えていないだろうと思えるくらいの朧気な目で起き上がるニル。ヒュリナさんに連れられて二階へと上がっていく。
「明日は色々と買い出しもしたいし、俺もそろそろ寝たいから、さっさと片付けようか。」
「何言ってるのさ。ここは宿だよ。片付けは私達がやるからカイドーさんは先に寝ちまいな。」
「お、おう。」
その割には、ガッツリ食事の準備をさせられた気がするのだが……それを言うと、また細かい事を、とか言われるだろうし、黙って二階へ上がろう。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。」
俺はリアさんとサナマリに就寝の挨拶をして、二階、突き当たりの部屋へと向かう。
流石に、こんな場所で黒犬の連中が仕掛けてくるとは思えないが…念には念をという事で、トラップ系魔法を家の周りに配置しておく。一応リアさんには許可を取ってある。
殺傷力の有るものだと、間違ってリアさんやサナマリが発動させ、怪我をするかもしれないので、殺傷力の無いトラップ系魔法にしておいた。
結果的には、取り越し苦労になったのだが、まだまだ旅は続くし、これくらいの警戒度を保ち続けた方が良いだろう。
久しぶりのベッドでの休息。
横になると、数秒で瞼が重くなり、直ぐに眠りに落ちる事が出来た。
翌朝。
「おはようございます。」
目が覚めると、そこには酒を飲んだ次の日に必ず見る、真っ青な顔のニルが居た。
「ご主人様。私に罰を」
「与えないからな。」
何度かやり取りしている内容で、起き抜けでも直ぐに先が読めた。
「またしても粗相を…」
「そんな事ないっての。毎回も言っているが、そういう時もあった方が良いんだって。
謝る必要は無いから…スッキリする紅茶でも淹れてくれ。」
「は、はい!直ぐに!」
こういう時は、少し命令っぽく、違う話題を振ると、ニルの精神が安定する。あまり命令というのは好きではないが、ここから一時間近く謝られ続けるより良い。
「今日は必要な物を買い揃えて、冒険者ギルドに顔を出したら、そのまま出発するぞ。」
「はい。分かりました。」
朝の身支度を整えて、ニルの淹れてくれた紅茶を啜り、シャキッとする。
「ヒュリナさんはどうした?」
「朝早くに目覚められて、仕事をすると商業ギルドの方へ向かわれました。」
「そうか。早速忙しく動いてくれているようだな。」
「本当に凄い人ですね。私も見習わなければなりません。」
「俺ももっとしっかりしないとな…」
いよいよ世界的に神聖騎士団と散らしている火花が大きくなり始めている。魔族との交渉を含め、なるべく早く物事を片付けなければ、取り返しのつかないところまで行ってしまうかもしれない。
そうならない為には、俺がしっかりしていないと…
「ご主人様。私はご主人様の奴隷です。」
突然、ニルがそんな事を言ってくる。敢えて言葉にしなくても、そんな事は既に理解している。しかし、ニルが言いたいのは、そんなことでは無い。
「ご主人様の痛みは私の痛み、ご主人様の悩みは私の悩みです。頼って欲しいなどと
「……そうだったな。今の俺にはニルが居るからな。」
「はい!」
ついついソロの時の癖が、今でも出てしまうが、ニルが居るのだから、一人で抱え込む必要は無い。ニルの言う通り、分け合って、支え合って乗り越えられれば、それで良い。
「神聖騎士団の動きや、世界中の戦闘状況を考えると、出来る限り早く、魔族との交渉に入りたい。」
「はい。」
「ただ、アーテン婆さんの話を信じるならば、一筋縄ではいかないだろう。ホーロー達が手伝ってくれているとはいえ、魔族全体から見れば、小指の先の爪の先くらいの数だ。」
「相手はランパルドという連中に加えて、操られているであろう族王と、その配下の者達ですからね。圧倒的な数の差ですよね。」
「今の時点で作戦を立てるならば……迅速に事を運び、どうにかして魔王と魔王妃に接触、ペンダントを使い、正気に戻す事が必要となる。」
「これまでの力押しの作戦では、どうにもならないという事ですよね?」
「ああ。恐らくな。
しかも、相手はずっと昔、鬼人族に施しを与えた事のある魔族。魔法だけで言えば、今まで体験した戦闘を遥かに凌ぐものになるはずだ。」
「一つのミスも許されない…ということですね。」
「見付かって取り囲まれた瞬間、死が確定するからな。」
「いつも厳しい戦いを強いられますが、今回は特にですね…」
「でも、俺とニル、そしてホーローやアマゾネスの皆とならば、必ずやり遂げられると思っている。
特に、ニルには頼らせてもらうぞ。」
「はい!必ずご期待に応えてみせます!」
「厳しい道を共に歩ませてすまな……いや、違うな。」
俺はニルの目をしっかりと見る。
「これからも俺に付いてきてくれ。ニルの背中は俺が守る。」
「……はい!ご主人様のお背中は、私が命に替えても必ずお守り致します!!
どこまでも……それがたとえ地獄だとしても、私はご主人様と共に在ります!」
ニルは目の端に涙を浮かべながら、俺の前で片膝を着いて、頭を下げる。
偉そうな言い方、自信過剰とさえ言えるような言葉。それでも、俺は敢えて、そんな言い方を選んだ。
ニルは、もう既に俺の一部だ。ニルの居ない旅は想像出来ないし、したくない。だからこそ、それを言葉で表したかった。
少し恥ずかしかったが、これも主人の務めだ。
俺とニルはその後、荷物をまとめて部屋を出る。
「おはようございます。」
一階に下りると、サナマリが朝食を準備してくれていた。
「おはよう。」
「朝食の準備は出来ていますので、どうぞ召し上がってから出発して下さい。」
「ありがとう。リアさんは?」
「今は外で作業をしていますよ。直ぐに戻って来ると思います。」
「昨日は色々と振舞ってくれたし、改めて礼を言わないとな。
それじゃあ、遠慮無く朝食を頂くよ。」
「はい!ごゆっくりどうぞ!」
サナマリがキッチンへと消えていった後、ゆっくりと朝食を摂る。
「ここに宿泊出来て、本当に良かったですね。」
「ああ。良い縁が、また一つ増えたな。」
そんな話をしながら朝食を摂ると、終わった頃にリアさんが戻ってくる。
「二人はそろそろ出るつもりかい?」
「ああ。店やギルドを回った後、そのまま街を出るよ。」
「またこの街に来てくれた時は、ここを利用するんだよ?」
まるでここを利用するのが当たり前だと言わんばかりの言い草だが、それこそがリアさんの優しさだということは、既に理解している。
素直に頷いておこう。
「ははは。そうだな。そうさせてもらうよ。昨日は実に楽しかったしな。」
「楽しんでくれたのなら何よりだよ。
それと、出る前に、これを持っていきな。」
そう言ってテーブルの上に出されたのは、ブルーツリーの果実数個。
「良いのか?」
「これくらいどうって事ないさ。うちのブルーツリーの果実は他よりずっと甘く育ててある。生物で日持ちはしないから、早めに食べるんだよ。」
「ああ。ありがとう。」
「それと、ニルちゃんにはこれだね。」
そう言ってニルに手渡したのは、一つの袋。
「これは……紅茶ですか?!」
ブルーツリーから作ったオリジナルの紅茶の葉らしい。
「これだけしかあげられないけれど、すまないね。」
「い、いえいえ!こんなに頂けませんよ?!」
通常、売られている茶葉の量の三倍程は有るだろうか。かなりの量だ。
「私の作った紅茶を、かなり気に入ってくれていたからね。是非飲んでやっておくれ。」
ニルは恐縮していたが、リアさんが無理矢理押し付けるように渡す。折角の厚意を断り続けるのは、寧ろ失礼になってしまう。それを理解しているニルは、それを嬉しそうに受け取る。
「ありがとうございます!大切に飲みますね!」
「ぶはは!それで良いのさ!
それより、二人共怪我の無いようにね……と言っても、冒険者をやっていると、怪我は付き物かもしれないけれどね。」
「まあ、約束は出来ないが、出来る限り気を付けるよ。」
「そうしてくれると、私も安心さ。
もう出るのかい?」
「ああ。俺達も急ぎの旅でな。」
「そうかい…また五体満足で再会出来るように祈っておくよ。」
「ありがとう。」
一日、二日の付き合いだったが、楽しく過ごさせてもらった。また会える日を楽しみにしておくとしよう。
俺とニルは馬車に乗り、街へ向かった。
消耗品や食料等を買い付けた後、冒険者ギルドへと向かう。
「これはカイドー様ー。今日も来て下さったのですかー?」
「相変わらずの喋り方だな。」
「えー?何がですかー?」
「いや。何でもない。それより、ラルベルはターナの姉だと聞いたんだが、本当か?」
「そうですよー。知られてしまいましたかー。」
「言ってくれれば良かったのに。」
「それで依頼を頼むのは卑怯だと思ったのでー。」
「そうか。心遣いに感謝するよ。」
「いえいえー。ターナの命の恩人に依頼を強要したなんてー、ターナに知れたら私が怒られちゃいますからねー。」
「そんな事は無いと思うが…」
「ターナは意外と気の強い子ですからー。」
「姉が言うなら間違いないよな。
それより、依頼は大丈夫そうか?」
「はいー。こちらでしっかり処理しますのでー、大丈夫ですよー。」
「そうか。それなら」
ドガンッ!
冒険者ギルド内に響く、激しく開く扉の音。
「また犠牲者が出たぞ!」
「なにっ?!例の奴か?!」
「間違いない!また襲われた事しか覚えていないってよ!」
冒険者ギルド内は、飛び込んで来た男性冒険者の話で持ち切りだ。
「被害者は?!」
「ビタリアさんの所のサナマリちゃんだ!」
「「っ?!」」
リアさんの娘のサナマリが被害者?!
俺とニルはお互いの顔を見る。
「ニル!直ぐに戻るぞ!」
「はい!」
俺とニルは直ぐに馬車に乗り込み、来た道を引き返す。
「どういうことだ……今朝までは何も無かったし、まだ昼過ぎだぞ。」
「夜に襲われるという話ではなかったのですか?」
「ヒュリナさんの話ではそうだったが…街の外で聞いた話だし、正確とは言えないからな。」
「昼にも襲われる可能性があるという事ですか?」
「少なくとも、今回はそうだろうな。」
急いで戻ると、リアさんが暗い顔でソファーに座っていた。
「リアさん!」
「カイドーさん…?」
俺の顔を見たリアさんは、心ここに在らず。目の焦点が合っていないように見える。
「サナマリは?」
「奥のベッドで横になっているよ…でも…」
「っ?!」
俺は直ぐにサナマリの元へ向かう。
ガチャッ…
扉を開くと、ベッドで仰向けになって目を瞑っているサナマリ。
「……………」
恐る恐る近付いてみると…
「すー……すー……」
「良かった…」
最悪の事態では無さそうだ。寝息が聞こえてくる。
顔色が悪かったり、何か怪我をしているわけでも無さそうだ。ただ、目の下に涙の跡が見える。
俺はリアさんの元に戻ると、横でニルが付き添っていて、背中を摩っている。
サナマリに怪我も無く、無事なのはよく分かったが、リアさんにとっては可愛い可愛い一人娘だ。
先程の冒険者が新たな被害者と言っていた事から、既にサナマリの証言は聞かれているのだろう。そして、何があったのか覚えていないという事になる。
それが母親として、どれ程怖い事なのかを考えると、掛ける言葉など見付からない。
もし、サナマリが何かをされていたとしても、それが分からないのだ。リアさんもだが、サナマリ自身も不安で仕方ない事だろう。
「わたしのサナマリ……うぅ……」
あれ程豪胆で強気なリアさんが、ニルの手をギュッと握り締めて泣き崩れている。
誰の仕業で、何が目的なのか分からないが、何も悪い事をしていない母娘に、こんな仕打ちをするなんて…
フツフツと腹の底から黒く熱いものが込み上げてくる。
「リアさん!サナマリちゃん!」
そんな俺達の前に飛び込んで来たのは、ヒュリナさんだった。
額に汗を流し、息が切れている。かなり急いで走って来たのだろう。
「サナマリはとりあえず大丈夫だ。今は寝ている。でも、その時の記憶が無いのは同じだと思う。」
リアさんは既に話せるような状態ではない。代わりに俺が話をする。
「そんな……」
ヒュリナさんも、リアさんの横に座り、背中を摩る。
「ご主人様。」
「ああ。」
リアさんも、サナマリも、間違いなく戦闘なんてからっきしだろう。ただの農家の母娘なのだから。そんな無力な相手を狙って、記憶まで奪う奴を野放しには出来ない。
どんな相手なのか……モンスターなのか人なのかも分からないが、リアさん達にはどうする事も出来ない。泣き寝入りするしかないのだ。
もしかしたら、サナマリは何かをされたのかもしれない。女性として一生残る傷を負わされているのかもしれない。
そんなの、許せるはずが無い。
リアさんにも、サナマリにも出来ないならば、俺とニルがやるしかない。
他のSランク冒険者が帰ってくるのがいつになるか分からないが、この事件の犯人が、同じ相手を襲わないという保証は無いし、もしかしたら、そんな魔法が有るかは知らないが、マーキングのような効果の有る魔法でも使っているかもしれない。
嫌な想像など、次々と浮かんでくる。
そんな危険な状態の二人を、このまま放置して街を出るのは、俺には無理だ。
ホーロー達の事は当然気になる。早く行かなくてはならない事も理解している。でも、きっとホーロー達なら分かってくれるし、アマゾネスは、そんなにヤワな連中ではない。きっと大丈夫だ。
他の被害者も居るのだから、リアさんとサナマリがこうなってしまってから依頼を受けるなんて、薄情な奴だと思うかもしれないが、人とは大体がそういう生き物だ。
実際に自分の近くでそういう事が起きないと、本当の意味で、被害者達の気持ちなど分からない。どこか元の世界の死刑問題や、動物愛護の問題に似ているかもしれない。
死刑反対、命を奪うな、と声高々に言う人達の事を間違っているとは言わない。無意味な殺生は確かに良くない。
でも、例えば、自分の息子、娘、父、母が、誰かに穢され、辱められ、殺されたとして、その犯人はのうのうと生きているとしたら、それでも死刑反対だと言えるだろうか?
可愛い自分の子供が、目の前で動物に食われた時、それでもその動物を殺すなと言えるだろうか?
少なくとも、俺には無理だ。
知らない誰かの被害を聞いても、依頼を受けられないが、今朝まで優しく笑っていたサナマリが涙の跡を残して眠っているのを見た。目の前で泣き崩れているリアさんを見た。
それは俺とニルにとって、絶対に許せない事なのだ。
「リアさん。俺とニルがこの事件の犯人を必ず見付け出して、リアさんの目の前に引きずり出してやる。絶対にだ。」
「カイドーさん……うっ……うぅ…」
「ヒュリナさん。悪いけれど、後の事を任せても良いか?何かあれば、冒険者ギルドに伝えてくれれば、直ぐに来るから。」
「分かりました。」
ヒュリナさんの目も、かなり鋭く光っている。必ず捕まえてくれと言われているようだ。
「一応、周囲にはトラップ系の魔法を設置しておくから、正面以外の部分には入らないように気を付けてくれ。」
「はい。」
「ニル。行くぞ。」
「はい!」
俺とニルはそのまま再度冒険者ギルドへと急ぐ。
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