第328話 母娘、姉妹

「美味しそう!」


「野菜盛り沢山のパスタだな。」


赤、緑、黄色と、綺麗な色の野菜が、オイルと共にえてあり、美味しそうな匂いが漂ってくる。


「いただきまーす。」


早速オススメパスタを一口。


味はペペロンチーノに近い。


オリーブオイルではないが、もう少し香りが少なく、サラサラしたオイルで、ツツメの実唐辛子が入っていて、少しピリッとする。

何という野菜かは分からないが、ナスのような野菜に、パプリカのような野菜。それに加えてニャクの実ニンニクまで入っている。

この辺りは海にもそこそこ近く、商人が寄る街なので、塩にも困らない。味がしっかりしていて次々と手が進んでしまう。野菜盛り沢山なので、オイル系パスタなのにくどくはなく、止まらなくなる。


「んー!美味しい!ほら!ニルさんも食べてみて!」


俺とヒュリナさんが食べるのを待って、ニルが手を付ける。


「んー!美味しいです!」


ニャクの実は女性に人気が無いということは無く、割と色々な料理に使われている。そういう性質を持っているのか、それとも、体質なのかどうかは分からないが、食後に臭いが残ったりしない為、日頃の料理にも結構使ったりしている。


「野菜が新鮮で凄く美味しいわ!」


「こちらの料理も凄く美味しいですよ!」


オススメパスタ以外にも、サラダや芋を蒸したような料理も頼んだが、どれも新鮮な野菜を使っている為、信じられない程に美味い。


「美味い物を食うと、気分も良くなるものだな。」


「シンヤさんの仰る通りですね!この街には暫く滞在するつもりなので、このお店に通います!」


ヒュリナさんの決意表明を聞き、美味い昼食を全て食べ尽くした後、予定通り街を出て宿へと向かう。

一応、昼食時、ヒュリナさんに、宿にはリアさんという交渉相手が居ることや交渉内容については一通り説明した。そして、いざ宿屋へ。


「リアさーん。連れてきたぞー。」


家の中に居るであろうリアさんを呼ぶと…


「はーい!」


リアさんの声にしては若々し過ぎる女性の声。


「あっ!」


「あれ?さっきの…?」


奥から出てきたのは、先程道で転んでいた赤髪の女性。


「サナマリ。どうしたんだい?」


奥から出てきたリアさんが、女性をサナマリと呼び、不思議そうに聞いてくる。


「お母さん!この方が私を助けてくれた人だよ!」


「そうだったのかい。偶然って有るものなんだね。

二人には言って無かったね。この子は私の娘、サナマリだよ。」


そう言って小さな女性を紹介してくれる。


「リアさんの娘さんだったのか。」


「先程はありがとうございました!」


勢い良く頭を下げるサナマリ。小さい身長がより小さく見えてしまう。


「本当に気にする事は無いさ。俺の紹介はしたから、省いても良いよな?こっちはニルだ。」


「はい!カイドーさんにニルさんですね!覚えました!」


「二人は、今日泊まっていくお客さんだから、粗相の無いようにね。と言っても、いつものドジで何かやらかしそうだけれど。」


「お、お母さん?!」


「ははは。可愛いドジだから、俺達は気にしないぞ。」


「カ、カイドーさんまで?!」


真っ赤になるサナマリさん。どうにも背が小さ過ぎて子供扱いしてしまう。嫌そうではないから…まあ良いか。


「それよりサナマリ。紅茶を頼むよ。私は話が有るからね。」


俺の後ろに居るヒュリナさんに、リアさんが目を向ける。


「これはどうも、私、ヒュリナと申します。以後お見知りおき下さい。」


ヒュリナさんの商人モードがオンになった。

スっと俺の後ろから出てくると、綺麗な会釈をして、真っ直ぐにリアさんの目を見る。


この後の商談において、互いに主導権を握ろうとしている…のかな?


「うん。良いね。確かにやり手の商人さんみたいだね。」


俺の方に目をやるリアさん。


「言っただろう?ヒュリナさんは超が付く凄腕なんだ。そこらの商人を相手にするのとはわけが違うぞ。」


リアさんが話を切り出した時点で、ヒュリナさんがどう反応するのか見ていたらしい。

俺に紹介されるまで待っているような商人ならば、 商人と取引先の商談の時、自分の意見を出し切れず、不利な条件になる可能性が高い。

逆に、少し挑発的なリアさんの態度に対して、マウントを取ろうと高圧的になったり、感情を表に出し過ぎたならば、商談では足をすくわれる商人と評価されてしまうだろう。

しかし、ヒュリナさんは、気品さえ感じるような会釈と、自己紹介。

マウントを取りに行こうとはせずに、あくまでもまずは対等に、相手を知ろうとするところから始める。

瞬発的に、最も相手が好むであろう反応をしてみせたヒュリナさん。それを見れば、リアさんも納得するというものだ。


「お褒めに預かり光栄です。」


「ここじゃあ何だから、座って話をしようかね。」


リアさんの言葉通り、俺達はリビングに向かい、サナマリの淹れてくれた紅茶を出されたところで、話がスタートする。


「これがお話に聞いていたブルーツリーの紅茶…ですか。

甘い香りと紅茶の香ばしい香り。双方が程よく混じり合い、とても上品な味と香りですね。」


「趣味で作ったものだったんだけれど、商品として売れば儲かるだなんて言われたものだからね。」


リアさんならば、もっと上から話をするかと思っていたが、想像とは違い、寧ろ下から入るような始まり方だ。


「…カイドーさんのこういう嗅覚は本当に素晴らしいですね。

私個人としては、恐らく人気商品となり得る物となるのではないかと思います。」


「価値を先に明かしても大丈夫なのかい?」


「カイドーさんから聞いていませんか?私はカイドーさんの専属商人でして。」


「そうなのかい?」


「放置されてばかりで、こうして自分から動かなければ、会うことも難しい方ですけれど。」


「うっ……」


二人の商談のダシにされている。


「ぶはは!こんな美人さんを放置なんて、大した男だね?」


「か、勘弁してくれ…」


「ぶはは!

でも、それと何か関係が有るのかい?」


「狡い真似をするのは、私の商人生命に関わりますからね。カイドーさんは、そういう事を嫌うお方なので。」


「なるほどね。つまり、私の紅茶よりも、カイドーさんの方が儲かるという事だね?」


「儲かるから専属商人になったのではなく、カイドーさんと共に商いをすると、自分自身が成長出来ると確信したからですよ。」


「ぶはは!随分と高く買われているようだね?」


「俺には分不相応にも感じるがな。」


「大体の事は把握したよ。それで、私はどうしたら儲かるんだい?」


「直球だな?」


「腹を括っている商人相手に、腹の探り合いなんて意味が無いからね。話をさっさと進める方が得ってものさ。」


流石は農家の母だ。既にブルーツリーの果実自体はどこかとの交渉によって、商品として売っているはず。つまり、商人とのやり取りは何度か経験しているだろう。だからこその反応に違いない。


「それで?ヒュリナさんの意見はどうなんだい?

私としては、紅茶は嗜好品しこうひんの一種だし、神聖騎士団だったっけ?あの連中が跋扈ばっこしている世の中じゃあ、大して売れないようにも感じるのだがね。」


「そうですね…平常時よりも売れなくなるのは間違いありません。ですが、需要が完全に無くなるわけでもありません。

売れるところに売る。それが商売の基本ですから、売り口は私が見付けてきますよ。」


「凄い自信だね?」


「売れそうな相手は、既に思い浮かんでおりますから。紅茶の葉であれば、ある程度長い旅路にも耐えられますので、色々な場所に売れるでしょう。」


「それは有難いけれど…この家に住んでいるのは、私とサナマリだけなんだ。数がそれほど用意出来なくてね。」


「月にどのくらい生産できますか?」


と、ここからは本格的な商談が始まった。

リアさんの生産量を聞き、貴族向けに、高値で、少量を売るという方法を取り、生産量が少なくても、それなりの儲けになるように取り計らってくれる事になった。但し、新しい紅茶という事で顧客もいない為、味と名前を広める必要がある。

その為にも、出来る限り量を作って色々な人に飲んでもらうのが最善策だ。つまり、暫くは紅茶の生産を頑張ってもらうという事で話がついた。


「本当に凄腕の商人さんだね。私はびっくりしたよ。ブルーツリーの果実の方もヒュリナさんに頼めば、もっと儲かるかもしれないね。」


「高評価、本当に嬉しい限りですが、生物なまものとお聞きしましたし、この界隈かいわいで商いをしている人に頼む方が、安定して稼げると思いますよ。」


「ぶははは!自分が儲かるとしても、それをしないとはね!」


「最高の商人だろう?」


「気に入った!ヒュリナさん!大した物は出せないけれど、夕飯を食べていきな!何なら泊まって行っても良いよ!勿論無料さ!

サナマリ!夕飯は一人分追加だよ!あと部屋も用意しな!」


「あっ!いえ!」


いきなりヒュリナさんが泊まる事になり、ヒュリナさんがオロオロしている。


「良いから良いから!」


「……そ、それでは、お言葉に甘えさせて頂きますね…」


「もう!お母さんはいつも強引なんだから!」


サナマリは母に注意しながらも、止める気は無さそうだ。


「ぶははは!良いじゃあないか!人生楽しんだ方が得ってものさ!」


「間違ってはいないが…なかなか豪快だな…」


「この街のオバサンなんてのは、皆そんなものさ!それより少し手伝っておくれ!これだけの人数が居ると夕飯が間に合わないのさ!」


「誘っておいて手伝わせるのかよ…」


「細かい事を気にする男はモテないよ!ほらほら!手伝った手伝った!」


宿に泊まりに来たはずなのに、何故か夕飯を作る手伝いをさせられるという、なかなか出来ない体験をさせてもらえる…と、前向きに捉えよう。うん。


ということで、俺達はリアさんの家で晩餐会を開く事になった。


サナマリさんは、ドジだと言っていたが、食事もサクサク作れるし、家事全般はドジどころか素晴らしい手際だ。

何故かチラチラ俺の事を見ているのは気になるが…何か聞きたい事でもあるのだろうか?


「どうかしたのか?」


「えっ?!いえ!何でもありません!」


「??」


話し掛けると、直ぐに何でもないと返されてしまう為、それ以上聞くわけにもいかず…


「サナマリは傷薬の事を気にしているのさ。」


どうしたのか分からない俺に、横からリアさんが助け舟を出してくれる。


「傷薬?何か異変でもあったのか?」


「い、いえ!もう治りました!」


「ん?それじゃあ何を気にしているんだ?」


サナマリはリアさんの顔を見るが、リアさんはそれに対しての助け舟は出さない。自分の口で言いなさいとでも言いたげだ。


「その……こんなに早く治る傷薬なんて、初めて見たので、本当は凄く高価な物だったのでは…と。私、あまりお金は持っていないので…」


「そんな事か。あれは俺とニルで作った物だから、本当に高価な物じゃあないぞ。それに、俺が勝手にやった事だし、金を取ろうなんて思っていないさ。そんな心配しなくても良いぞ。」


「よ、良かったー…」


「俺ってそんな酷い男に見えるか?」


「いえ!その…そんな事はありません!決して!」


「サナマリ。今のはカイドーさんの冗談だよ。私の娘なら、それくらい分かるようになりな。」


「えっ?!」


冗談を冗談だと言われると、超恥ずかしいのは、きっと世界共通だと俺は思う。つまり俺は、苦笑いするしかない。

そして、それを見たサナマリは顔を真っ赤にしてしまった。


「いつまで経っても子供だね。」


「お、お母さんってば!」


「はいはい。私が悪かったよ。」


サナマリはリアさんに一言放った後、プリプリしながら皿を並べに行く。


ヒュリナさんとの商談の時、リアさんが、この家にはリアさんとサナマリの二人しか住んでいないと言っていた。つまり、リアさんの旦那は、今現在、街には居ないのか、それとも…

モンスターがそこら中に居るこの世界では、母子家庭や父子家庭というのは、それ程珍しいことではない。それは、どの種族でも同じだ。

母子家庭、父子家庭というのは、どうしても両親が居る家庭と比べると、どこか苦労を感じさせるものだ。リアさんが、普通の母親より豪胆ごうたんな性格に見えるのは、母子家庭だから…ではないだろうか。


俺の考えを見透かすように、リアさんが隣で作業している俺に話し掛けてくる。


「さっき少し触れたけれど、サナマリには父親がいなくてね。」


辛そうでも、苦しそうでもない喋り方。もう自分の中で消化出来た人の顔だ。


「亡くなったのか?」


「あの子が産まれて直ぐにね。誰に…いいや。何に殺られたのか詳しくは分からなかったけれど、酷い状態だったと聞いたよ。」


旦那を殺した相手の事を、詳しく知らないらしい。


「私の元には、遺品が少しと、外に植えてあるブルーツリーの種子だけが戻ってきたのさ。そんな物より、本人が帰ってきて欲しかったけれどね…

あの子の成長と共に、ブルーツリーを育てるんだと、意気揚々と出て行ったきりさ。」


「…………………」


「でも、あの子は本当に真っ直ぐに育ってくれたよ。私一人で育てた割にはね。

少しドジなところもあるけれど、親の私から見れば可愛いものさ。」


「きっとサナマリも、リアさんの事を誰より大切に思っているさ。」


「どうだかね。そうだと嬉しいけれどね。」


優しい微笑みを浮かべるリアさんは、似ても似つかないはずなのに、どこか俺の母と同じ空気を感じた。きっと、世の中の母親というのは、子供の事を考える時、皆同じ顔をするのだろう。


「あの子は私の宝さ。」


最後に、リアさんがそう言うと、食事の準備が整う。


「面白くも無い話を聞かせてしまったね。オバサンの独り言だと思って聞き流してくれれば良いよ。」


「いや。良い話を聞けたよ。」


何故、彼女が、会って間もない俺に、そんなプライベートな話をしてくれたのか分からないが、何か感じるものでもあったのだろうか。


「さてと!食べるよ!」


そう言って調子の戻ったリアさんと、リビングに向かう。


他の皆が、既に全ての準備を整えてくれており、俺もテーブルを囲んで座る。


「超豪華だな…」


テーブルの上には、これでもかと料理が並び、どれから食べようかと目移りしてしまう。

海が近いとはいえ、ここは内地である為、海鮮料理は無い。しかし、肉と新鮮な野菜だけで十分豪勢な料理となっている。


「ぶはは!ちょっと張り切り過ぎちゃったかね!」


「お母さんはいつもそうなんだから…」


「こんなに用意して頂いて、申し訳ないですね…」


「そういうのは良いから、さあ食べた食べた!」


「いただきます!」


作ったのに食べてもらえない方が悲しい。それはよく分かっている為、俺は遠慮無く料理に手を付ける。


「まずは…これだな。かき揚げか?」


ザクッ!


心地よい食感。口の中に広がる野菜の甘み。


「うっま!何だこれ?!」


「それは何種かの野菜を細かく刻んで揚げたものだよ。そのままでも美味しいけれど、お母さん特製の、このソースを掛けるともっと美味しいよ。」


サナマリが俺に濃い緑色のドロドロした物を渡してくる。


「どれどれ………」


それを揚げ物に少し乗せて…


ザクッ!


「う、美味い…何だこのソースは?」


「沢山の野菜を煮込んで煮込んで煮込んで作ったソースさ。私も旦那をこのソースで落としたんだ。」


「いやー…確かにこれは落ちるかもしれないな…」


胃袋をガッシリ握られて、離れられなくなりそうだ。


「リア様!ソースの作り方を是非御教授下さい!」


ニルが超食い付いた。凄い剣幕だ…


「作り方自体は教えられるけれど…新鮮な、沢山の野菜が必要だし、なかなか難しいよ?」


「構いません!必ず習得してみせます!」


「ぶはは!愛されているね。」


「ん?何がだ?」


いかん。美味すぎて飯に夢中になっていた…


「あらら。これはニルちゃんも大変だね。」


「え?何の話だ?」


「こっちの話さ。それより、酒も飲むかい?私もサナマリも酒は飲まないから、大量に余っていてね。」


「良いのか?!」


「何故か分からないけれど、皆私の顔を見ると酒を渡してくるんだよ。何故だろうね?」


酒が好きそうな見た目だからな…とは言えない。


「サナマリ。奥から出して来てくれるかい?」


「任せて!直ぐ持ってくるね!」


何だかんだ言いつつ、サナマリも楽しんでいるようだし、親子だなと納得してしまう。


五人でテーブルを囲んで食べ、飲んで、ほとんどの料理が腹の中に消えた頃。


「ふふふー…ご主人様の匂いですー…」


俺の腹の辺りに頭を突っ込んでくるニル。


「な、何か凄く可愛い生物がいるのですが?!」


「ニルは酔うと大体こうなる。ふにゃふにゃニルと呼んでいる。」


「部屋に持って帰っても良いですか?」


「真顔で聞くな。」


ヒュリナさんは酒にそこそこ強いらしく、軽く頬が赤くなっており、ほろ酔いというところだろうか。


「直ぐに寝るからそっとしておいてやってくれ。」


「ず、狡いです…」


「うん。何が?」


ヒュリナさんが指を咥えてニルを見ていると…


「そう言えば、カイドーさんは、冒険者ギルドのラルベルさんに紹介されて来たと聞いたのですが、本当ですか?」


「ああ。リアさんにも珍しいと言われたが、そんなに珍しいのか?」


「そうですね。かなり珍しいですよ。妹さんが街を出てから、あまり人を信用したりしなくなってしまったと聞いています。私はそうなってからのラルベルさんしか知らないので、違いが分かりませんが…」


「妹?」


「ターナという女性で、茶髪、青眼の女性で、イーグルクロウというSランク冒険者パーティの一員なのですが、ラルベルさんの反対を押し切って、冒険者になったそうですよ。」


「イーグルクロウのターナ?!」

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