第326話 レンジビ

ヒュリナさんがレンジビに滞在するならば、俺達との物理的な距離も取れるし、安全になるはずだ。


「それなら、ゆっくりすると良いさ。テーベンハーグの件はその後でも良いしな。」


「テーベンハーグに農作物を上手く持ち込めるルートを考えたならば、それも使えそうですね。」


「既にいくつかルートは確保されているんだろう?テーベンハーグの店に、農作物はそれなりにあったし。」


「テーベンハーグまでは遠いので、新しく安全で速いルートを作る事が出来れば、かなり儲かると思います。」


「今までの先人の知恵を超えるって事だよな?」


「ふふふ。そこまで大それた事は言いませんよ。

私には海路が手に入るかもしれませんからね。本来ならば、船が来ない場所にも、ルートを引くことが出来るかもしれません。」


「なるほどなー。ここからテーベンハーグまで陸路で行くとなると、かなり遠いし、長持ちする農作物しか運べないけれど、海まで行って、そこから船ならば、それ以外の物も運べるかもしれないと。」


「はい!」


「そういう考え方は、やっぱり商人だよな。ここから農作物を運ぼうなんて、なかなか考えないよな。」


「安全に陸地伝いで行くには、物理的な距離が遠過ぎますからね。ヒュリナ様が商業を活性化させたならば、世界中どこでも、どんなものでも手に入る未来が来るかもしれませんね。」


「この世界では、山の物は山の近く、川のものは川の近く、海の物は海の近くにしかないからな。」


日本に居た時は、どんなものでも手に入るのが当たり前だったが、それが如何に恵まれた環境だったのか、ここに来るとよく分かる。


俺とニル、そしてヒュリナさんは、レンジビを一望できる山の上に居るのだが、そこを下れば、直ぐにレンジビの入口だ。


馬車でも下りられる勾配の浅い道を選び、蛇行しながらゆっくりと下っていく。


川のせせらぎや、風が木々の間を吹き抜ける音が、耳に心地良い。

葉の間から抜けてくる太陽の光も、どこか優しく感じる。


「そろそろ着きますよ。」


ニルが馬を操りながら、後ろを振り返って伝えてくれる。


農作物の街であるだけに、門は木製。しかし、とてつもなく大きな門構えで、収容人数が多い事を示しているようにも見える。


「凄い人ですね…」


門前は、人でごった返しており、とてもではないが直ぐに門内に入るという事は出来そうにない。


という事で、俺達は大人しく最後尾に…並ぼうとしたが、ヒュリナさんがニルに指示を出して、列の横を通らせて、門番の方へと馬車を進ませる。


当然、何だあいつらは…みたいな目と反応を向けられるが、ヒュリナさんは何処吹く風と気にしていない。


「そこの馬車!止まれー!」


当たり前だが、門番に止められる。

門兵も数人居て、忙しそうに動き回っている中、俺達を止めに来るわけだから、少し申し訳ない気がしてきてしまう。


「私は商業ギルドの関係者よ。」


そう言ってヒュリナさんが顔と身分証を出す。


「………確認しました。そっちは…」


「護衛の冒険者よ。」


「一人だけですか?」


「信頼出来る方ですからね。」


俺は冒険者ギルドの登録証を見せる。


ギルドというのは、この世界において、色々な面で人々の生活に深く関わってくる機関である為、その職員というのは、色々なところで、優遇される権利を持っている。

今回のように、列に並ばすに門内に入ったり、色々な店で割引してくれたり…まあ色々だ。

門内に素早く入れるようにしているのは、有事の際に、ギルドというのは作戦本部のような場所に変わる事が多いからだ。その職員が門前でモタモタしていると事が回らない……というのが建前で、本当はギルド職員の人員不足が原因らしい。

毎日、あらゆる人々が入れ代わり立ち代わり訪れるギルド。その職員は毎日毎日激務に晒される。なかなか根性の要る仕事だ。故に、どこのギルドでも、職員の人員不足はかなり深刻な問題となっていることが多いとか。

そんな激務の仕事を辞められてはたまらないし、新しく人が入って来なければ、ギルド自体の運営がままならない。そこで、職員になれば、こんな良い事がありますよー。という…言い方を考えなければ、人を呼び込む為の餌だ。

それを目的に職員になる人もいるらしいし、戦略は成功に見えるかもしれないが、根本的な問題は解決していない為、応急処置みたいなものでしかない。

今回はそれに救われたのだが…ちょっと狡い事をした感じで、待っている人達に申し訳ない。

しかし、待っている人達は、ヒュリナさんが敢えて大きな声でギルドの職員だと伝えると、納得したような反応をしていた為、人員不足は誰もが知る事実なのだろう。

特に、冒険者や商人達は、ギルドを多用する為、ギルド職員の方ならば、お先にどうぞ。くらいの反応だ。

また一つ、この世界の常識を学んだ後、一応、門番に荷台をチラリと見られる。

ヒュリナさんの、多少の荷物が乗っているが、確認する程の荷物量ではない為、直ぐに門兵が頷いて…


「どうぞ。」


門の奥へ手を向けて通過を許可してくれる。


「お仕事頑張って下さい。」


ニコリと笑うヒュリナさんを見た門兵は、頬を染めて照れている。


ヒュリナさんのコミュニケーション能力…向上しまくりだな。クールビューティーなヒュリナさんの笑顔に、また一人ファンが増えてしまったようだ。

ヒュリナさんを使った宣伝の方が、職員希望者増えるんじゃあないのか…?いや、男ばかりになりそうだし、それはそれで嫌だな…


などと考えながら、大きな外門を潜り抜けると、今までの街とは違った街の光景が目に入る。


そもそも、このレンジビという街は、俺達が今まで見てきた街の中でも、敷地の面積だけで見たら、圧倒的に一番デカいと思う。

しかし、面積は圧倒的に大きいのに、収容人口はそこまで多くはない。その理由が、俺達の見ている光景にある。

中に建設されている建物は、それぞれが孤立していて、隣の家までが数十メートル離れている。

その理由は、家の周囲に、田畑が広がっているからだ。

家を中心として、正方形に田畑が設置されている形を、一つのユニットとして考えて、そのユニットをいくつも並べたような民家の作りとなっている。


街といえば、家と家は隣り合わせになっていて、ギチギチに民家が詰まっているのが普通だ。

街の敷地が広くなれば、その分守らなければならない範囲が広がり、防衛が大変になる。そんな事は素人でも分かるだろうし、街は出来るだけ小さくというのが常識だ。

それでも人が集まってくると、周りに広がるように民家を増やして壁を作り、民家を増やして壁を作り……という流れで大きくなっていく。

それ故に、古い大きな街の中を歩いていると、昔そこに建っていた外壁の一部が残っていたり、そもそも壁が取り払われておらず、一つの街に、何重にも壁が建設されているような街もある。

しかし、このレンジビは、スペースをかなり贅沢に使っている。

これでは民家を守っているのか、田畑を守っているのか分からない。

そんなゆとりのある構造からか、のほほんとした空気が流れており、家の周りの田畑には、これまたのほほんとした空気の住民が見える。

街のサイズだけで言えば、大都会なのに、中はド田舎のような空気。何とも不思議な街だ。


「門構えや、上から見たサイズ感とは真逆の印象を受ける街だな…?」


「このレンジビは、農業を中心として栄えた街なので、街のベースが、家と田畑という事らしいですよ。」


ヒュリナさんが、その後、少しレンジビについて話してくれた。その内容を聞くと…


一番最初にこの地に住み着いた人達が、豊かな自然環境を見て、農業をするのに、とても良い条件だと思った。そして、農作業をするのに適した形にする為、家を作り、その周囲に田畑を作ったらしい。

ただし、農作物において、敷地の広さは、そのまま儲けに直結する為、敷地問題はシビアになる。

しかし、ここからここまで!と決めても、名前を書けるわけではないし、いつかそれが問題になると考えた先人達は、下手に敷地の取り合いになったりしないようにする為、家の周りには、これだけの広さの田畑が基本ですよーと決めたわけだ。

つまり、一ユニットのサイズを一つに定めたのだ。

当然、優遇されるべき人も居ただろうし、全てが全く一緒というわけにはいかなかっただろうが、ほとんどは同じ大きさのユニットとなったらしい。

俺達が見ている光景からも、割と綺麗に一ユニットが同サイズになっているのが分かる。

最初の成り立ちがそういう成り立ちなので、後々増えてくる住民達も、右へならえという事で、同じユニットで家と田畑が与えられたらしい。

こうして出来上がったのが、レンジビという街らしい。


「それでこうもゆったりとした風景になっているのか。」


「街が大きくなって、商人の出入りも増えたので、ギルドの建っている辺りは、建物が密集して作られているらしいですが、その周辺だけみたいですよ。」


「ギルドや店が、ここまで離れていたら不便だろうしな。俺達はそこへ向かって行けば良さそうだな。」


「はい。宿もその区域に在るそうなので、そこを目指しましょう。」


ヒュリナさんが話していた奇妙な事件。目撃者が居ないのだろうかと疑問に思っていたが、この光景を見ると、目撃者が居なくても頷ける。

日が沈むと、家の周りに明かりがあったとしても、暗い場所が多そうだ。


馬車を進めて、ヒュリナさんが教えてくれた建物密集地区へと向かう。

その道中、左右には田畑が広がっているのだが、育てている農作物は、かなり種類が多い事に驚く。


葉物、根菜類はもちろん、果樹やよく分からない農作物も沢山見掛ける。


「道を進むだけで、色々な匂いがして面白いですね。」


ニルが言うように、育てられている農作物の匂いが漂って来るのだが、種類の豊富さと同様に、甘い匂い、酸味のある匂い、苦味のある匂い等、色々な匂いが漂ってくる。それだけでも、育てられている農作物の種類が多い事が分かる。


暫く馬車を進めていくと、ヒュリナさんの言っていたように、建物の密集した場所が見えてくる。


そこだけ切り取れば、大きな街と遜色無い風景で、大きな建物もチラホラ見える。


別の門から入ってきた商人らしき馬車や人も、遠くに見えるが、同じ場所を目指している。


密集地区に入ると、何より目立つのが宿屋の多さだ。


商人の数が多い為、それに付随して、別の街から訪れる冒険者も増える。そうなると、必然的に宿の需要が増え、宿が立ち並ぶ不思議な街になるわけだ。


「こんなにも宿屋が在ると、どこに入ったら良いのか分かりませんね…?」


「そういうのは、ギルドで聞くのが良いですよ。職員ならば、色々と知っていると思いますから。

私が先に商業ギルドに向かって、話を聞いてきましょうか?」


「いや。ヒュリナさんにおんぶにだっこだと、俺のコミュニケーション能力が激減するから、自分で何とかしてみるよ。」


「ふふふ。シンヤさんに限って、それは無いと思いますけれど…分かりました。それでは、宿が決まったら、教えて下さい。今度こそ絶対に教えて下さいね?」


重々じゅうじゅう承知しておりますとも。」


ヒュリナさんの説教は二度と受けたくないので、何よりも優先してヒュリナさんに伝えなければ。


「あれが商業ギルドみたいですね。」


ニルの言葉を聞いたヒュリナさんが、自分の荷物を持ち上げる。


「私は基本的に商業ギルドに居ると思いますので、御用の際は商業ギルドまでお願いします。」


「ああ。分かっている。」


商業ギルドの前で馬車を止めると、ヒュリナさんが下車し、俺達を見送ってくれる。


「本当にたくましくなったなあ…ヒュリナさん。」


「私は、昔のヒュリナ様をあまり知らないので、あれで昔は上手くコミュニケーションが取れない人だったと言われると、想像が出来ませんね…」


「あれ程劇的に変わる人もなかなか居ないとは思うけれどな。きっと、何かの切っ掛けさえあれば、変われる素養と経験を、元々持っていたのだろうな。」


「本当に、ご主人様の周りには凄い人ばかり集まって来ますね。私はあのように劇的に変わったり、美しくなる事は出来そうにありません…」


「いやいや。激変した人の筆頭はニルだからな?」


「えっ?!私ですか?!」


「最初、俺と出会った時の事を忘れたのか?」


最初は随分と怯えていて、ビクビクしているだけの小さな女の子だった。それがここまで強くなったばかりか、体が物理的な意味で大きくなった。これ以上内側も外側も激変する人は、二度と見ないだろう。


「私…変わりましたか?」


「うーむ…本人には分からない事なのか…?」


「私自身は、愚かで弱いままだと思っているのですが…」


ニルには、奴隷根性というのか、自分はダメな者だという意識がずっと付いて回っている。どうにかしてやりたいとも思うが、その根性がニルの命を救う時も有るし、そもそも俺が言っただけで払拭されるならば、既にされている。


俺は無言で、手綱を握るニルの頭を撫でてやるしか出来なかった。


「あれが冒険者ギルドですよね?」


ニルの視線の先には、他の町と変わらない様相の冒険者ギルド。


「だな。馬車も有るし、ニルは外で待っていてくれ。俺は中で色々と話を聞いてくる。」


「はい。」


馬車を邪魔にならない場所へ移動させるニルを見ながら、俺は冒険者ギルドの中へと入る。


中はいつも通りの内装だが、人がとてつもなく多い。

大きな街のギルドとなると、人が集まるものだが、レンジビのギルドは他の街より冒険者の数が多いように見える。周りが山で囲まれた街で、ランクが低いとはいえ、モンスターとは切っても切れない関係に有りそうだし、冒険者の同行はほぼ必須だろう。それがこうして冒険者の数に現れているのではないだろうか。

しかし、不思議な事に、殺伐とした感じではなく、和気藹々わきあいあいとまでは言わないが、荒くれ者として有名な冒険者達が、ほのぼのした空気を出している。

街の雰囲気がそうさせるのだろうか…?


俺は不思議に感じながらも、ギルド職員の元へ向かう。


「どうもー。冒険者ギルドへようこそー。」


対応してくれたのは、少し丸顔の人族の女性。

青色のストレートな髪で、ボブヘア。綺麗な茶色の瞳をしているけれど、糸目でほとんど見えていない。プクッとした唇から出てくる言葉は、語尾が程良く伸びていて、どうにも力の抜けるような喋り方だ。


「私の名前はー、ラルベル-トワイスですー。」


「こちらこそよろしくな。」


「へへへー。よろしくされちゃいましたよー。」


何とも…フワフワした感じの女性だ。この冒険者ギルドが、皆ほのぼのーとしているのは、このラルベルという女性のせいではないだろうか?


「今日はどのようなご要件ですかー?」


「色々と聞きたい事があって来たんだが…その前に、俺の登録証を見せた方が良いよな?」


「はいー。お願いしますー。」


だ、駄目だ…語尾を伸ばす癖が耳に残って、俺まで語尾を伸ばしそうになる!


ラルベルに登録証を見せる。


「えーっと…カイドー様ですねー?少々お待ち下さいー。」


ラルベルは、登録証を持って奥に入っていく。

いつもならば、その場で確認後、直ぐに登録証を返されるのだが…何故だろうか…?


その疑問の答えは、直ぐに出た。


「カイドー様ー。確認終わりましたー。」


背は低くも高くもなく、てこてこと歩いてくる。


「カイドー様のランクですがー、前回の依頼達成によりー、Sランクへ昇格しましたのでー、それをお知らせしますー。」


「Sランク?!」


そんなフワフワした感じで告げられると、驚いている俺が馬鹿みたいじゃあないか?!


「はいー。ランクが上がって良かったですねー。」


パチパチパチと、手を小さく叩いてくれるラルベル。

ありがとう…って言いそうになるのがヤバい!


「ま、待ってくれ。出来ればランクを上げたくないんだが…」


「えー?何でですかー?」


「Sランクになると、ギルドからの要請や、その他諸々、拘束される事になる。それが嫌なんだ。」


Sランクの冒険者となると、かなり信頼度の高い冒険者となる。族王や、ギルドからも依頼を受ける事も多く、貴族からの依頼も増える。

そうなると、当然信頼度が上がると同時に、罰則も厳しくなるし、当然ながら拘束される時間が増える。俺とニルにとってはあまり旨味の無いランクアップなのだ。


「それならば大丈夫ですよー。デルスマークという街のギルドからー、カイドー様のランクがSランク以上になったとしてもー、依頼を要請することを禁止する旨を伝える伝令が飛んでいますからー。」


「デルスマーク?ということは、イーサか…」


デルスマーク冒険者ギルド、ギルドマスター、イーサ-ジャルハン。黒豹族の女性で、俺と一緒に死聖騎士を屠った女だ。

知らない間に、俺が動き易いように手を回してくれていたらしい。ガサツで荒々しい女性に見えるが、こういう細かい所にも気が回るところが、ギルドマスターたる所以ゆえんなのだろう。


「それは助かったな。それならば、Sランクに昇格しても問題無いかな。」


「良かったですー。ランクは既にSランクとして登録されているのでー、嫌だと言われても困ってしまうところでしたー。」


ラルベルは、ニコニコしながら、のほほーんと言う。


「困らせずに済んで良かったよー…コホン…良かったよ。」


「はいー。」


くっ…負けた…


「カイドー様はー。直ぐにこの街を出られるのですかー?」


「どうしてだ?」


「いえー。実はー。お願いしたい依頼がありましてー。勿論強制ではありませんよー?出来たら受けて頂きたいなー…という感じですー。」

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