第325話 依頼者
「囲め囲めー!」
盗賊達が、光の中に出てきてくれたお陰で、こちらはどこに何人いるか把握しやすくなった。
「死ねぇ!!」
ガシュッ!
大声量で襲ってきてくれる為、どこから敵が来るのか直ぐに分かる。
「先に女を捕まえろ!」
ザシュッザシュッザシュッ!
掴みかかろうとしていた男達三人の中心で、ニルが素早く横に一回転する。別に何かの剣技とかではない。単純な回転攻撃だ。質の悪い直剣や曲剣を手にした男達が、目を見開いて、その場で足を止める。
ニルを捕まえようとした三人が、全員、喉を切り裂かれたのだ。それに気が付いた時には、既に死ぬ事が確定している。
俺からニルに狙いを変えたところで、あまり意味は無い。どちらにしても、死ぬ事に変わりはないのだから。
「お、おい!あの女も強いぞ!どうなっているんだ!?」
「近付いたら死んじまう!」
「こんなの話が違うじゃあないか!お頭!」
「ど、どういう事だ…?」
暗闇の奥に居て分からないが、どうやらお頭と呼ばれる奴が居るらしい。そのお頭と、子分達の話を聞くに、誰かに依頼されたようだ。
「ニル。話を聞きたい。」
「数人は動けないようにしておけば良いのですね。分かりました。」
「どこかで依頼者とやらが見ているかもしれない。あまり出過ぎて孤立するなよ。」
「はい。」
盗賊まで使って襲ってくるということは、それなりに俺達の事を警戒している相手だという事だ。
神聖騎士団…ではないだろう。あいつらは数で圧倒する戦い方を得意としているし、今の世界の状況で、こんな
神聖騎士団の仕業ではないと仮定すると、黒犬の連中が濃厚だろう。
手段を選ばないやり方は、まさに黒犬のそれだし…
とすると、アーテン婆さんが言っていたように、黒犬には、既に俺達の事がバレているようだ。
普段持ち歩く武器を、俺は直剣、ニルは短剣に変えたが、遅かったらしい。もう少し慎重に行動するべきだったと、後悔しているが…今考えることでは無い。
今考える事は、何度か刃を交えた黒犬の連中が、この数の盗賊だけで、俺とニルを殺れるとは思っていないだろうという事だ。
盗賊相手に殺られるような実力ならば、とっくに黒犬の連中に殺されている。
という事は、恐らく、どこかで俺達を見ていて、盗賊を
テーベンハーグで、海賊を俺達にぶつけて、自分達も後々参戦してきた時と同じような作戦だ。
ただ、黒犬は、戦闘技術も高いが、それぞれがアサシンとしての能力を磨いている。
一度破られた策を、二度も仕掛けてくるとは考え難い。何か他の策を、似たような作戦だと見せかけているのかもしれない。
考えても仕方の無い事ではあるが、とにかく、注意は必要だろう。
盗賊よりも、寧ろ、暗闇の奥に注意を払いながら、俺とニルは少しずつ近くの敵から削っていく。
いくら盗賊達の人数が多いとはいえ、それでも二十人程度。準備運動にもならない。気を抜いて、足元を
ザシュッ!ザシュッザシュッザシュッ!
俺とニルが、近くに居た盗賊達を全て排除した頃、顔面
「や、やってられるか!こんな化け物共を相手にしていたら命がいくつあっても足りねえよ!」
「俺も抜ける!」
「俺もだ!」
どうやら完全に戦線が崩壊してしまったらしい。
「ニル。」
「はい。」
ニルが頷くと、完成させていた魔法陣が黄緑色に光り出す。
上級木魔法、ルートバインド。
上級木魔法におけるバインド系魔法の一つで、半径百メートルに至る範囲の地面から、細い木の根が出てきて、範囲内の動物全てに絡み付く魔法だ。
同じく
しかし、今回使ったのはルートバインド。細い木の根が現れる事から分かるように、拘束力は弱く範囲が広いタイプの魔法だ。それなりに弱い相手でなければ使えない魔法だが、背を向けて逃げ出そうとしている盗賊相手ならば、まさに持ってこいの魔法。
「ぐあっ!」
「なんだ?!くそっ!絡まって!」
次々と地面から出てくる木の根に絡み付かれていく盗賊の男達。いくら拘束力の弱い魔法だとはいえ、一応上級魔法だ。全身に絡み付かれるまでにどうにか出来なければ、力で引きちぎる事も出来なくなる。
そして、案の定、盗賊達は誰一人として逃げる事が出来ずに、その場で木の根にガッツリ拘束される。
「一、二、三、四………五人か。十分だな。」
生き残ったのは、お頭と呼ばれていた男を含めて五人。話を聞くには十分な数だろう。
「ニルは逃げないように見張っていてくれ。逃げようとするなら、一人、二人は殺しても構わない。」
「分かりました。」
「んー!んー!」
口まで木の根に巻き付かれた男達が、何か言おうと必死になっているが、完全に無視。
ニルは、こういった暴力的な方法で話を聞き出す時、かなり辛そうにするので、今回は俺一人でやる事にする。
盗賊の男達にとっては不運だろうが…俺はこういう事に不快感は持っているものの、罪悪感は感じない。必要ならば、どこまでも鬼になれる。と言っても、今回の連中は口が軽そうだし、直ぐに話してくれそうだが。
「さてと。盗賊の諸君。今の自分達の状況と立場を、正確に理解出来ているかな?」
俺はわざと、おちょくるような言い方をする。
拘束されて、生殺与奪権を握られた状態で、激怒するような頭の弱い奴は、話にならない。聞くだけ無駄になる。それを判断する為の言葉だ。
「んー!んー!んんー!」
五人中、四人は直ぐに黙り、大人しくなるが、一人だけ、やけに元気な奴が居る。
一応、何を喋っているのか聞いておこう。情報かもしれないし。
口元の木の根を切ると…
「さっさと離せクズが!俺達を」
ザシュッ!
何かを言いかけた男の口の辺りを水平に斬る。
ランクの高いモンスターにはなかなか通らない刃だが、人を斬る時は溶けかけたバターを切ったような感触で、容易に切り裂ける。改めて、イベント報酬の刀は、良い物だと分かる。
ブシュシュシュゥゥ!
派手に吹き上がる真っ赤な血が、残った四人の頭に降り注ぐ。
見せしめのつもりは無かったが、逆上して手心を加えてもらえる相手では無い事を示せたようだ。全員真っ青になっている。
「他の四人は理解出来ているみたいだな。」
「「「「……………」」」」
「それじゃあ質問だが…慎重に答えることを勧めるぞ。俺は、頭の悪い奴の話は聞きたく無いからな。」
四人は真っ青な顔のまま、黙って俺を見ている。
了承だと受け取って、俺は四人に向けて言葉を放つ。
「まず、俺達を襲ったのは、誰かに依頼されての事か?」
全員が木の根に口を覆われた状態で激しく頷く。
答えが分かっている状況で、敢えて聞いているのは、確認の意味も有るが、寧ろ、どこかで見ているであろう黒犬の連中を釣り出す為の作戦だ。
どう見ても、この盗賊達が黒犬の詳細な情報を握っているとは思えない。
黒犬が、そんなヘマをするとは思えないし、こいつらに聞いたところで、ろくな答えは返ってこない事くらい、俺にでも分かる。
但し、仕事を依頼されたということは、いくら馬鹿でも、依頼主の事を調べたはず。その情報を喋ろうとしたら、黒犬の連中が黙って見ているとは思えないし、出てくるかもしれない。
アーテン婆さんから聞いた話では、黒犬は魔王直属の暗殺部隊。その事を俺が知っている、という事を黒犬の連中はまだ知らないはず。
上手く話が出来れば、襲ってきた黒犬の連中から、更なる情報を引き出せるかもしれない。
「俺達を襲う為の計画は、そいつらに習ったのか?」
もう一度、全員が頷く。
俺達の周りを囲み、遠距離攻撃で仕掛けてきたのは、やはり黒犬の入れ知恵だったらしい。
盗賊達の、最初の動きだけが厄介に感じたのは、それが理由だろう。本来ならば、その後の動きまで指示されていたのだろうが、俺が斬撃を飛ばした事で、簡単に計画が崩れ去り、その後はあれよあれよと言う間に…という事だ。所詮は入れ知恵。自分達の頭で考えたわけではないのだから、その程度が限界だろう。盗賊達は、あの場合、人数差を活かして、寧ろ逆に距離を広げるべきだった。俺達は明かりの中、盗賊達は暗闇の中。それを利用して、暗闇の中からチクチクやるのが一番の手だった。その手を取ったから俺達を殺せるという事では無いが…少なくとも、数分ももたずに殲滅される事は無かったはずだ。
「依頼主の正体については、分かっているのか?」
全員が、今度は横に首を振る。
やはり、黒犬の事については、何も知らない…か。よくそんな相手の依頼を実行しようとしたな…
詮索はご法度だと言うことは分かるが、それでも、ある程度調べるのが常識だと思っていたのだが…盗賊ってのは全てが雑な連中だ。それでも自分達に得が有れば、それで良いのだろう。何とも残念な連中だ。
「何か、最後に言いたいことは有るか?」
俺の言葉を聞いて、四人の顔が慌てふためく。
もっと色々な情報を聞き出そうとしてくるだろう、とでも思っていたのだろう。
何故この場所を知っているのかだとか、どこで依頼主に会ったのかだとか……そんなもの、相手が黒犬だからという事で説明が出来てしまう。どこで会ったかなど、本気でどうでも良い情報だ。
テーベンハーグで初めて出会い、その後、こんな場所まで追い掛けてくるのだから、場所など彼等には関係の無い事だ。
そう考えてみると………黒犬の連中が俺達を襲い始めたのは、魔界を出てからだ。魔王直属かは分からないが、魔族に関係が有る連中だと言う事は間違いなさそうだ。それにしても、何故ニルなのだろうか?俺達が魔界に寄った時に、ニルが何かしてしまったとか?思い返してみるが、暗殺部隊に狙われるような事は、一切していないはず。
やはり、よく分からない。
「ん!んんー!んー!」
ついつい考え込んでしまい、思考が飛んでいくと、盗賊の連中が何か勘違いしたらしく、急に喋り出す。
何か利用出来る情報でも喋ってくれるかも…なんて期待はしないが、折角喋る気になったのだから、聞いてみよう。
俺が一人の口元を自由にしてやると…
「助けてくれ!俺はお頭に言われて」
ザシュッ!
「はへ…?」
男達の頭頂部から、垂直に入った刃が、眉間の辺りまで切り裂いて止まる。
その刃を寄り目気味に見た男は、そのまま目の焦点が合わなくなっていき、死に至る。
「命乞いを聞きたいわけじゃあない。」
俺は、人を殺しても罪悪感を感じない壊れた人間だが、別に、相手の命乞いや悲鳴を聞いて気分が上がる変態ではない。
知りたいのは情報であり、それを餌に黒犬の連中を誘い出すのが作戦だ。その為に彼等を生かしているだけ。それ以上でも、それ以下でもない。
黒犬の連中を引っ張り出す為に必要な情報を持っていないなら、もう生かしておく理由は無い。
しかし、先程とは違い、残った三人は何かを喋り続けている。
「一応、聞いてみるか…」
全員の口を自由にしてやると…
「俺はあんたに絶対の忠誠を誓うよ!今まで手に入れてきた物も全てやる!だから命だけは!」
「依頼主は有名な貴族の奴だ!俺は見たんだ!全部話すから助けてくれ!」
一人はまたしても命乞い、そしてもう一人は嘘を吐いている。
ビュッ!ビュッ!
ザシュッザシュッ!
ニルが素早く、小太刀によって二人の首を斬り落とす。
「ご主人様の貴重なお時間を、無駄な事に使わせないで下さい。不愉快です。」
既に首を落とされた死体に、ニルが吐き捨てる。
「…お前は…確か、お頭とか呼ばれていた奴だったな?」
最後に残ったのは、皆からお頭呼ばわりされていた男だ。ボサボサで臭そうな茶髪に、無精髭。まさに盗賊だといえる格好で……臭そうだ。
俺の中では、既に臭そうな男としか見えていない。
「何か話す事は有るか?」
「……話したら、殺されちまう…」
「話さなくても死ぬぞ?」
一応脅しの為に、刃を、臭そうな男の首元に移動させるが……この流れは、一度見た。パクルス海賊団のパクルスが、牢屋の中で見せた反応と同じような反応だ。
恐らく、上級闇魔法、死の契約を施されており、喋れば死ぬのだろう。
「……………」
首に刃を当てられて、それでも考え込んでいるのを見るに、どちらに転がっても死ぬ状況で、何とか別の道を作り出せないか必死に探しているのだろう。
「まだ生きようとしているのか?」
「っ?!」
俺の言葉が刺さる。まだ死なない未来があると思っているのかと。
「喋って死ぬか、このまま俺に殺されるか、どちらにしても死ぬのだから、好きな方を選ぶと良い。俺はどちらでも構わないぞ。お前から得られる情報など大したものじゃあないだろうし、信用も出来ないからな。」
「くっ……」
何とかして逃げようとしているが、いくら暴れたところで拘束は外せないし、外せたとしても、俺とニルから一人で逃げ切る事は出来ない。彼はもう詰んでいるのだ。
「……殺せ。俺は喋る気は無い。」
「そうか。」
ザシュッ!
俺はそれ以上の言葉を交わすこと無く、臭そうな男を殺す。
黒犬は最後まで姿を見せなかった。
「もっと聞かなくて良かったのですか?」
「あの男から得られる情報が信用出来るとは思えないからな。自分達で調べた方がマシだろう。」
「確かにそうですね…」
「ヒュリナさんは大丈夫か?」
「はい。私は何ともありません。」
あまり、こういう現場に出くわした事が無いのか、口と鼻を手で覆っている。血の臭いが気持ち悪いのだろう。
「ニル。先に死体を片付けよう。」
「分かりました。」
ヒュリナさんは、怖がったりはしていないものの、あまり愉快とは言えない顔をしているし、さっさと死体を集めて焼いてしまおう。
少し離れた場所で盗賊の死体を燃やし、野営地に戻る。
「先程の盗賊は、誰かの手先だったのですか?」
「金を積まれて依頼されただけの捨て駒だろうな。」
「本当に命を狙わているのですね…」
「誰とは言わないが、間違いなく狙われているだろうな。
しかし…手を出してきて、黒犬の連中は出てこなかったという事は、実力を把握しようとしているってところか?」
「どうでしょうか…実力を測る為ならば、先程の盗賊は弱すぎます。そのような意図だけとは思えませんが…」
「何が目的にしろ、神力を使ったのは失敗だったかもな…」
俺の手札を、一枚切る事になってしまった。
「私達の行動を監視しているのだとしたら、既にある程度の事はバレていると考えた方が良いと思います。」
「こうジワジワ来るのは、本当に面倒臭いな。
それに、ここで襲われたとなると……俺達と長く一緒に居ることで、ヒュリナさんが危険になるかもしれないな。
このままテーベンハーグまで行くより、レンジビでヒュリナさんと別れた方が良いかもしれない。」
「黒犬の連中が、ヒュリナさんを利用してくるとお考えですか?」
「あんなよく分からない盗賊と交渉する程に、切羽詰まった状況とも考えられるからな…何をしてくるか分かったものじゃあないだろう?」
「テーベンハーグまでは、まだまだ遠いですからね…」
「私の本心を言えば、まだまだシンヤさん達と共に旅をしたいのですが…命には代えられませんよね。」
ヒュリナさんは、自分の置かれた立場を考えて、納得してくれたようだ。
海路の事もあるし、出来れば近くまで一緒に行きたいところだが…そうも言っていられない。どちらにしろ、テーベンハーグ付近で別れて、俺達は北を目指す事になるし、街までしっかり護衛してくれる人が必要だ。それを考えたら、レンジビで別れても問題は無いし、ヒュリナさんに教えた人生ゲームや竹製品の売り出しを考えると、寧ろその方がヒュリナさんにとっては良いはず。
「それじゃあ、予定を変更して、レンジビで解散だな。魚人族王に渡す手紙は用意するから、後の事は任せるよ。」
「はい!ありがとうございます!」
ここまでゆっくり話をしていても、黒犬は現れない。既に離れたか、元々手を出す気は無かったのだろう。
「少し警戒を強くして、街までの野営を行うことにするぞ。ニル。」
「はい。」
一応、黒犬の連中が手を出してきても対処できるように、トラップ系の魔法と、防御魔法は常に絶やさず、レンジビまでの旅路を進んだ。
警戒心を強くした俺達に反して、黒犬は一切俺達に手は出さず、実に静かなものだった。
そして、やっと、目的地であるレンジビに到着する。
話の通り、自然豊かな立地で、周囲を低めの山に囲まれているが、その中に広大な平地が続いている。
山から下りてくる川は澄んでおり、動物や鳥が川辺で水を飲んでいる光景があちこちで見える。平地の上には、野生の馬らしき動物も走っているし、街の周囲にはこれでもかと広い田畑が並んでおり、果樹園のような場所も見える。
「凄いな…これは確かに農作物が売りだと言われても納得出来るな。」
「これ程に広大な土地に田畑が並ぶ光景は、生まれて初めて見ました。ご主人様と共にいると、生まれて初めてばかりです。」
可愛い事を言うじゃあないか。
「私も初めて見ましたが、噂以上ですね…ここまでだとは想像していませんでした。」
「商人の血が騒ぐか?」
「ふふふ。そうですね。ここから上手く商人のルートを確保出来たならば、とても儲かるということが、商人でなくとも分かりますね。少しの間、ここに滞在するのも悪くは無いかもしれません。」
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