第二十四章 レンジビ
第322話 北東へ
「Sランク冒険者を、こんな風に使って悪いな。」
「良いさ。これくらい、受けた恩に比べたら、大した事じゃあないよ。それより、報酬は良いのかい?」
「一応ベータの破壊が依頼だったな…アーテン婆さんはもういないし…ベータの残骸は渡すから、報酬はイーグルクロウで分けてくれ。」
正直、ヒュリナさんが今までの売上から出してくれた報酬だけでも、かなりの額になっている。
依頼報酬は必要無いし、Aランクのままで十分だし…
回収したベータの残骸の一部をドンナテに手渡す。
「いやいや!それは出来ないよ!僕が管理しておくから、また近くに来たら取りに来てよ!」
それは出来ないと、ドンナテが両手と首を横に振る。
「本当に必要無いが……分かった。そうさせてもらうよ。」
報酬というより、次に会う約束をしたと思って、俺は頷く。
「また絶対来てね!シンヤさん!ニルちゃん!」
「ああ。必ず来るよ。」
「はい!」
別れの挨拶を済ませて、イーグルクロウはチュコの街へと帰っていく。
最後まで、何度も振り返っては手を振るペトロ。その後ろ姿を見送った後、俺達は北東へ続く山道に向かう。
直ぐに山道の先に向かおうとしたが、ニルがそれを許してはくれなかった。
「怪我をしているのですから、暫く休んで下さい!」
大崩落で受けた怪我を気にしてくれているらしい。
ニルの言う通り、暫くその場で休む事にする。
休みながらも、思考は魔界の事で一杯だ。
アーテン婆さんの話を聞いて、現在の魔界が、一触即発状態に有るかもしれない事は分かった。ホーロー達からの連絡は無さそうだし、まだ大丈夫だとは思うが…
「ヒュリナさんには申し訳ない事をしてしまったな。
地下洞窟の探索も、ヒュリナさんのお陰で随分と助かったから、お返しでもと考えていたんだが…」
「ヒュリナ様ならば、きっと分かって下さいますよ。」
「次に会えた時の為に、何か大きな儲け話でも作っておかないとな。」
「それを考えて、直ぐに思い付くのは、世界広しと言えど、ご主人様くらいのものでしょうね。」
「俺の場合、元の世界の知識が有るからな。」
化学技術の進歩が遅いこの世界において、元の世界の化学技術というのは、ある種のチートみたいなものだ。凄いのは俺ではなく、それらを発明してきた偉人の人達だ。
俺一人が、何の知識も無く、原子論を思い付くかと聞かれたら、絶対に無理だと言い切れる。
俺の場合は、それらを知っているというだけの話だ。
「次はどのような物を考えていらっしゃるのですか?」
「色々と考え付くものはあるけれど、それを伝えても良いのかってのが難しいところでな。」
「化学技術を使った武器の製造を危惧なされていたのですよね?」
「ああ……」
極端な話をすれば、この世界に核爆弾を作る事の出来る化学技術を浸透させた場合、元の世界同様に、必ず使う奴が出てくるはずだ。
折角作った武器の、効果の程は気になるだろうから。
そして、それを使用したならば、数多の命が数秒で消え去り、その後、
流石に、俺も核爆弾の作り方などしらないし、核分裂の力を利用する…くらいの知識しか無い為、そんな簡単に作り出せる物ではないと考えてはいる。あくまでも、これは極論だ。
しかし、原子論を説いてしまえば、いつか、誰かが同じように、その技術に辿り着いてしまうだろう。この世界の流れが、自然にそこへと向かうのならば、それは仕方の無い事だとは思うが、俺がその速度を速めるきっかけを作ってしまうのは、絶対に嫌だと考えている。
要するに、元の世界では当たり前のように有る物だとしても、慎重に考えて作り出さなければ、この世界をひっくり返してしまうことになりかねないという事だ。
そんなに慎重になる必要は無いのでは…と思うかもしれないが、そこまでする必要が有るのだ。そう感じる理由として、電子レンジが最も分かりやすい例だと思う。
電子レンジというのは、水分子をマイクロ波で振動させて温める仕組みなのだが、マイクロ波を電子レンジの外に出さないようにする為に、特殊な塗料を内側に塗り付けている。
その塗料は、そういった電波を吸収する性質から、その後、ステルス戦闘機の塗装として使われる事になったらしい、
開発したのは日本の企業だったと思うが…まさか電子レンジを作ったと思っていたら、それがステルス戦闘機に化けるなんて…と思った事だろう。
同じように、俺が一つの目的として生み出した物が、この世界の魔法と組み合わさる事によって、数多の人を殺す結果に繋がる可能性は、決して低くはない。よくよく
「ご主人様は、本当に凄いです。」
「いや、凄いのは俺じゃあないぞ。そういった技術を発明してきた先人だ、」
「いえ。違います。私が言っているのは、技術の事ではありません。」
「??」
「もしも私がそのような知識を持っていたならば、儲かるからと、何も考えずに知識を使っていたと思います。恐らく、大抵の人は私と同じでしょう。
ですが、ご主人様は、この世界の事を考え、自分の知識の影響力を考えておられます。それが、凄いのです。」
「…そうか?」
「はい!」
大人になると、自分のする事の影響力というのは、ある程度考えるようになる…と俺は思っている。
自分がした事の結果が、周りにどういう影響を及ぼすのかを考えて、行動を決める。ペトロが、自分の気持ちを一旦押し殺し、我慢したのと同じ事だ。
ニルにとっては当たり前のようにやっている事だと思うのだが…ニルが、もし、奴隷にはなっておらず、普通に暮らしていたならば、そういう事もあったかも…いや、ニルが他人への迷惑を考えずにひゃっほいしている所など、想像出来ない。それに、たらればは、考えても仕方ない。
それよりも、ヒュリナさんへの儲け話だ。今考えているのは、先日渡した竹。これを使った商品を実際に作る事と、何か、テーブルゲーム第二弾を作る事だ。
竹製品については、やはり竹編みのカゴやザルだろうか。
今、この世界で使われている入れ物というと、陶器、金属、ガラス、皮。特に陶器と皮製品が多い。
特に、モンスターの多いこの世界では、モンスター達の素材を使った皮製品が多い。
どの製品も、基本的には水分を通さない素材が多く、重い。それに対して、竹を使用した物は、軽く、編まれている為、水を通す。割と色々な場面で使えるのではないだろうか、と思っている。
それを実際に作ってみるという事だ。ここから魔界へ向かうまでの間に作ってみようかと考えている。
もう一つ、テーブルゲームは、色々と考えているが…人生ゲームが、意外と良いのではないかと思っている。
自分とは別の人生を簡単に体験出来るし、作る内容によっては貴族が平民の生活を、平民が貴族の生活を知るきっかけになるかもしれない。
割と応用が出来るゲームで、マス目に書く内容によっては、種族間の垣根を取り払えるかも…なんて事も考えている。
一度自分で作ってみて、ニルと遊んでみようかな…元の世界を知る事が出来る内容にするのも面白いかもしれない。ニル以外とは出来ないけれど。
「考えている物があるから、色々と手伝ってもらえるか?」
「はい!勿論です!」
暫く休憩した後、俺とニルは久しぶりに、二人だけの旅路を進み、北東を目指した。
俺とニルが辿る道筋は、まず、北東へと足を進める。山脈を越えて更に北東へ向かうと、黒雲山のずっと西に出るらしい、そこから、北西方向を目指し、陸路で入江を西から渡り、水の都テーベンハーグの西から、北東にある魔界を目指すというものだ。
来た時と同様に、陸路でではなく海路を使った方が早いかもしれないが、山道に入ってから少しすると、ナームの部下がやって来て、北へ向かう旅路の助言をくれたのだ。
何でも、現在、海路については、神聖騎士団の者達による怪しい動きが目立っており、下手に船に乗ると、危険かもしれないというのだ。
またしても海に投げ出されるような事になれば、次は死ぬかもしれない。というか死ぬ。別の島に偶然打ち上げられました、なんて奇跡は、二度も起こらないだろう。
どうやら、俺達と海路の相性はあまり良くないらしい。
という事で、今回は陸路から北を目指す事にした。
かなり長い旅路になる為、山道を越えた先辺りで、馬を手に入れられると有難いのだが…そう上手く行くかどうか分からない。
歩くのには慣れているし、野宿にも慣れている為、苦痛は無いが、出来る限り早く、魔界へ到着したいところだ。
少しずつ勾配がキツくなる山道を進む。
稀にモンスターも出てくるが、この辺りのモンスターは、ランクが低く、数も少ない。その為、護衛を雇わずに通り切る商人もいるらしい。山道を作った事と、山を超えた先に有る町や村から、チュコへとやってくる商人も多く、よく人が通る為、モンスターも警戒して近寄らないのだ。
標高はそこそこ高めの山脈だが、高山病を気にする程ではない。残念ながら、馬が通れる程の緩やかな勾配ではない為、馬車が通る事は無いが、沢山の人が通る為、足場は歩きやすく踏み固められており、楽に移動出来る。
実際に、冒険者に護衛をしてもらいながら、チュコを目指して歩く商人達と、何度かすれ違った。
まだまだ上り坂の途中だったが、空が赤くなり始めた頃、地下洞窟の戦闘の疲れもある為、早めに野営地を作り、体を休める事にした。
山道から少しだけ離れた位置で、見通しの良い場所を探し、完全に慣れ切った野営地の準備を始める。二人で準備を始めてから、ものの数分で全ての準備を完了する。
最初の頃に比べたら、凄い進歩だ。人間、慣れるものだな…などと座って考えていると、ニルがスッと紅茶の入ったカップを手渡してくれる。
「どうぞ。休まりますよ。」
「いつもありがとう。」
両手の塞がったニルの頭を、ポンポンと撫でると、擽ったそうに笑う。
二人で紅茶を
そろそろ日が暮れるという時間帯で、それなりの大荷物。比較的安全な山道とはいえ、モンスターが出ないわけではない。そんな場所を護衛も付けずに上り、日が暮れる前に野営地の準備もしていないとなると、少し心配だ…と思って見ていると、俯き加減に歩く女性の頭に、ひょこひょこ動く髪の束が見える。
「……あれってヒュリナさんか?」
「………みたいですね。」
頭の良い人だし、たった一人で、新米商人のような旅をするとは思っていなかった為、一瞬俺とニルの動きが止まってしまった。
「いやいや!ちょっと行ってくる!」
固まる自分にツッコミつつ、俺はヒュリナさんの元に駆け寄る。
「ヒュリナさん!?」
「あー!シンヤさーん!やっと追い付きましたーー!」
半泣きのような状態のヒュリナさんに近付く。
「まさか追ってきたのか?!」
「突然次の街に行くなんて聞いたものですから、急いで準備したんですよー!酷いです!」
「す、すまん…まさか追ってくるとは思っていなくてな…」
恐らく、イーグルクロウの五人が帰り、俺達の行方を聞いた後、急いで準備を整え、山の麓まで馬で爆走、その後頑張って登ってきたのだろう…何という無茶な事を…
「荷物は持つよ。すぐ上に野営地を作ってあるから、もう少し頑張ってくれ。」
「はいー…」
ヒュリナさんの大荷物を預かり、二人でニルの元へと歩いていく。
ニルが準備してくれていた紅茶を飲ませて、一息。
「もー!シンヤさん!出る時は一声掛けて下さいって言ったじゃあないですか!」
ヒュリナさんが怒るのは珍しい。というか、初めて見た。
「ご、ごめんなさい。」
その迫力に、思わず謝る。約束を破ったのは俺の方だし、怒られて当然だ。
「まったくもう!大変だったんですよ!」
「はい…」
「こんな場所で、暗くなり始めたのに一人ですし、泣くかと思いました!」
「大変申し訳ございません…」
「ヒュリナ様。大変申し訳ございませんでした。
そこまで思い至らず。
ニルさんからの助け舟。
「ニルさんはシンヤさんの指示に従うしかなかったのですから、悪いのはシンヤさんです!」
「はい…俺が悪かったです…ごめんなさい…」
助け舟撃沈。
それから数分間、ヒュリナさんに謝り続け、やっと許してもらえた時には、既に地平線に太陽が隠れ切っていた。
ヒュリナさんを怒らせる事は二度としないと誓った出来事だった。
それにしても、俺が悪いとはいえ、本当に無茶をする人だ…せめてイーグルクロウかレンヤ達に護衛を頼めば良かったのに…
話を聞いた限りでは、イーグルクロウの五人が護衛を申し出るより早く、飛び出してきたらしい。
俺の専属商人になった時もそうだが、ヒュリナさんは、思い切りが良過ぎるところがある気がする。
「シンヤさん達は、魔界を目指しているのですよね?」
「ああ。まだまだ遠いがな。」
落ち着いてくれたヒュリナさんと、今後の事を話す。
「私も行きたいところですが…イーグルクロウの皆様の話では、危険かもしれないという話でした。
私も、魔界までは付いていかない方が良いですよね?」
「そうだな。大きな戦闘が起きるかもしれないし、かなり危険だと思う。魔界まで付いてくるのはやめておいた方が良い。」
「そうなると……テーベンハーグに滞在するのが良さそうですね。
水の都と呼ばれていますし、海産物等、テーベンハーグでのみ採れるような食物や、魚人族特有の文化に触れてみるのも良さそうです。」
「こっちに来る時は寄らなかったのか?」
「船に乗る為に寄りましたが、素通りでしたので、ほとんど見て回れておりません。それでも、少しだけ街並みを見ましたが、とても綺麗な街でしたし、今から楽しみです!」
「そうか。俺も好きな街の一つだし、楽しむと良い。」
「はい!」
機嫌が直って本当に良かった。うん。本当に。
「あ。そうだ。それなら、魚人族の海路を、商業に取り込めるように一筆書こうか?」
「えっ?!」
魚人族王とも、割と仲良く出来ているし、口添えすれば、多少は便宜を図ってくれるはず。適当にあしらわれるという事は無いはずだ。
ナームの部下の話では、海路に不穏な動きが有るらしいが、個人の海路にまでは、手を回していないだろう。それに、一筆書いたからと言って、直ぐに準備が整うわけでもない。どことどこを繋げるのか、何を運ぶのか等、決めなければならない事柄は多い。それに、ヒュリナさんにとっては、初めての海路を使った商業になる。これまでのようにサクサク事を運ぶのも難しいはずだ。
「よ、よろしいのですか?!」
「それくらいならば問題は無いさ。
それに……」
「??」
ヒュリナさんが疑問顔で頭を傾けると、チャームポイントも一緒に傾く。
「これは使える手なのかは分からないが、神聖騎士団との戦闘時、海路を作れていると、何かと便利なはずだ。
人を運ぶにしても、物を運ぶにしても。
当然魚人族王には、その旨を伝えてはいるけれど、商業ギルドとしての海路も作っておくと、何かあった時に、奥の手として使えるかもしれない。」
「海路を軍事的に利用するという事ですか?」
「もしもの時に…という事だ。そうなると決まったわけじゃあない。商業的な航路を軍事利用されるのは嫌か?」
「いえ。陸路でも、同じような話はよく聞きますし、そんな事は思っていませんよ。
軍事的に利用するつもりならば、それ専用の航路も、別で用意した方が…などと、先の事を考えてしまっただけです。まだ航路が出来るかどうかも決まっていないのに、気の早い事でしたね。」
軍事利用されれば、儲かりはするだろうが、健全な商業とはなかなか言い難い。
しかし、そこは流石ヒュリナさん。割り切って考えてくれているようだ。
「その為にも、皆が欲しがるような物を作らないとだな。」
「何か案があるのですか?!」
流石はヒュリナさんだ。食い付きが尋常ではない。
「一応な。それをこれから作ってみようかと思っていたところだ。」
「私も!」
「分かっている。手伝ってもらう予定だよ。」
「ありがとうございます!」
普通は嫌がるものだと思うが…本人が喜んでくれているから良しとしよう。
「眠るまでに、竹でカゴを編んでみるか。」
「前に頂いた竹ですよね?」
「それを一定の太さで割いた物だ。これを交互に編み込んで、カゴを作る。俺も詳しい作り方は知らないから、実際にやってみて、上手くいくか調べてみよう。
それが出来れば、竹を栽培した後の利用方法も、ある程度検討出来るはずだ。
オリジナルの使い方を考えてみるのも悪くないかもな。」
「オリジナルの…」
「俺はあくまでも、竹のしなるという特性を活かした使い方を教えるだけだ。どうやって使うか、どこに売り込むか、そういうのはヒュリナさんに全て任せるよ。」
「責任重大ですね…?」
「ヒュリナさんの儲けになれば、それで良いよ。気負い過ぎず、やりたいようにやってみてくれ。」
「はい!ありがとうございます!」
という事で、俺達は夜な夜な、竹を編み込むという作業に取り掛かる事になった。またしても地道な作業だが、ヒュリナさんは真剣な顔で作っていた。
山道を歩き続ける事丸二日。山脈を抜けて逆側の麓までたどり着いていた。そこから更に二日、北東方向へ向かうと、街とは呼べないくらいの、少し大きな村が有り、一先ずその村に行くことになる。
目的は馬車を引いてくれる馬を手に入れる為。そして、ほとんど着の身着のままで出てきてしまったヒュリナさんの旅支度をする為だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます