第323話 北北東へ

村に入ると、かなり活気の有る場所で、商人の姿が多い事に気が付く。


「商人が多いな?」


「この村は、商人達が、休憩所として作った村ですからね。」


「そうなのか?」


ヒュリナさんの下調べ力凄いな…


「ここから更に北北東へ向かうと、レンジビという大きな街があります。その街は、豊かな自然に恵まれた場所にあり、農作物が有名な街です。この辺りの農作物関連の食料は、全てレンジビから流れてきた物と言っても過言では無いほどらしいですよ。」


「へえー…」


「逆に、チュコは海に近い街で、海産物が採れるので、レンジビとチュコの間では、商人の往来が盛んなのです。

しかし、私達が通ってきた山脈は、馬が通れないので、ここで馬を預けて、歩いて山脈を越えるのが、通例となっているそうです。」


「もっと山脈に近い場所に作れば良かったのに…」


山脈までは、歩いて二日の距離だ。かなり離れているように感じるが…


「山脈の麓に村を作れば、馬を降りて直ぐに山道に入れるのに…と思いますよね。でも、敢えて距離を取っているのは、モンスターのせいです。」


「ここまでほとんどモンスターは見なかったが…?」


「シンヤさん達にとっては、簡単なモンスターだとしても、私達商人にとっては脅威となるモンスターなのですよ。

山脈に近い場所では、それなりにモンスターが出てくるのですが、この辺りにはモンスターが生息していないので、ここを村にしたとの事です。」


「商人は戦えない人も多いから、それが普通か。

この辺りにはモンスターが生息していないってのは、何でなんだ?」


「この辺りには、ニガスメそうと呼ばれる植物が群生しているのです。えーっと……あ!これですこれ!」


そう言ってヒュリナさんが地面に指を向ける。


見た目としては、長さ十センチ程度の…アロエが近いだろうか。肉厚の葉で、葉の周囲がギザギザしている植物が生えている。


「ニガスメ草…?俺は聞いた事が無いな。」


「私は昔、一度だけ聞いた事があります。

モンスターが嫌う植物…という話だったかと。」


ニルはどこかで聞いた事のある物らしい。


「その通りです。臭いが嫌われている…と言われていますが、人や昆虫には分からないらしく、本当に臭いが嫌いなのかは分かりません。

ですが、モンスターが寄ってこないというのは本当で、この辺りにはモンスターほとんど寄ってこないという事みたいです。ただ、ほとんど…というだけで、絶対に寄ってこないという程の効果は無く、稀に寄ってくるモンスターもいるので、その時は、村に駐在している冒険者の方々が討伐するそうです。」


ヒュリナさんの話を聞く限り、熊避けの鈴程度の認識が正解だろう。

そうなると、あまり信用し過ぎるのも危険だ。


「抜いたり切り取ったりすると、直ぐに枯れてしまうらしく、持ち運びは出来ないので、村をここに作ったという事みたいですね。

シンヤさんは、聞いた事の無い植物と仰られていましたが、ニガスメ草は、割と珍しい植物なので、聞いた事の無い人の方が多いと思いますよ。」


「なるほど。俺が常識外れってわけじゃあなさそうだな。」


「私も、チュコの街で聞くまでは、そんな植物が有る…程度の知識しか持っていませんでしたからね。商人として、毎日が勉強勉強ですね。

というわけで、この村は、ここに作らざるを得なかったという事らしいですよ。」


「この場所が、商人達にとってはベストな場所なわけだ。」


「はい。」


よく見ると、村の周辺や、村の中にまで、ニガスメ草が生えていて、群生地と言われて納得する。

木々も適度に伐採されており、見晴らしが良い環境だが、モンスターは一体も見当たらないし、実際に効果は有るようだ。


「持ち運びが出来ないのは残念だな。」


「そうですね…ですが、結局、戦う事が出来ない私達商人は、冒険者の方々の力を借りるしかありませんので、あまり変わらないかもしれません。」


どちらにしても、冒険者を雇うなら、モンスターが出てきても出てこなくても、あまり変わらない…か。この辺りにはランクの高いモンスターは出ないみたいだし、冒険者にとっても、良い稼ぎ場所といった場所だろう。


「それよりも……ここならば、馬の事もどうにかなるのではないかと思いますよ。」


この辺り一帯にニガスメ草は生えている為、今居る村以外にも、周辺には、小さな村がいくつも点在している。しかし、ヒュリナさんが、敢えてこの場所を選んだ理由は、馬の手配だった。


商人達は皆、馬車でここまで来る為、人の数より馬の数の方が多いくらいに、この村には馬が居る。

ここで馬を変える商人も居る為、馬の数は絶対必要数よりも多くなっているはず。となれば、馬の手配も簡単だろう。


そんな予想の通り、馬を探して少し歩いただけで、直ぐに馬の手配が完了した。

ヒュリナさんの交渉技術があってこそだったのかもしれないが、安く簡単に馬が手に入ってしまった。


「もっと時間が掛かるかと思っていたが、直ぐに手配出来てしまったな…」


馬車はインベントリ内に入っているし、後は繋げて走るだけだ。


「馬の手配は出来てしまったし、後はヒュリナさんの身支度だな。」


「こういう所で買うと、高く付くので、最小限に抑えないといけませんね。」


「こうなったのは俺のせいだし、支払いは俺が持つから、必要な分だけ揃えてくれて良いぞ?」


「さ、流石にそれは…」


「俺がどれくらい儲かっているかは、ヒュリナさんが一番知っているだろう?」


「言われてみると……それでは!遠慮無くいきます!」


両手を拳にして気合いを入れるヒュリナさん。

俺、破産したりしないよね…?


なんて心配は不必要で、俺がもっと準備した方が良いと言って勧めても、申し訳なさそうに一つ二つ品を追加する程度。明確な対価として貰うのは、商人としてほまれとなるが、ただただ買ってもらうというのは、慣れていないらしい。

結局、ヒュリナさんそっちのけ状態で、ニルに手伝ってもらって、必要な物を必要なだけ買う事になった。


申し訳なさそうにしているヒュリナさんと、その村で情報収集をしつつ、昼食を済ませた後、馬車を用意、村を出て、俺達は北北東を目指す事にした。

目的地はヒュリナさんの話に出てきたレンジビという街だ。

留まるつもりは無いが、魔界までの道程における情報を仕入れておきたい。魔族や神聖騎士団の動向も探りたいし…という事で、大きな街であるレンジビを目指す事にしたのだ。


「とてつもなく久しぶりの馬車だな。」


パカラパカラと、馬が地面を蹴る音を聞きながら、荷台から外を眺める。

歩くのは苦痛ではないというのは嘘ではないが、やはり動かなくても勝手に進んでくれる馬車は楽だし速い。


「ラトがいましたので、移動には困りませんでしたからね。」


「あのもふもふが恋しいな。」


「ふふふ。そうですね。」


御者をしつつ、笑うニル。ヒュリナさんは先日からやっている竹編みに熱中している。

既にいくつか完成させているが、なかなか思うような完成度にはならず、試行錯誤中だ。


「編むのは簡単だが、思い通りの形にするには、慣れが必要そうだな。」


「そうですね…誰にでも出来るとは思いますが、経験を積んだ人に、長く任せる方が良い物を作れそうですね。

細工職人の方などに任せると良いかもしれませんね。

こういう事は、実際に手を動かしてみないとわからない事ですし、何人かの職人の方に頼んで、比べてみる方が良さそうです。」


竹を編みながら、そんな事まで考えているとは…ヒュリナさんは、本当に優秀だ。市場で竹製品が見られる日も、遠くはないかもしれない。


暫く、馬の歩く音と風を感じながら北北東を目指していると、木々の切れ間に、ニガスメ草だけが密集して生えている場所に辿り着く。


「ここは凄いですね。ニガスメ草ばかりです。」


「日も暮れてきたし、今日はここを野営地にするか。」


「はい。分かりました。」


ニルが馬車を止めてニガスメ草群生地の端に、馬を繋いで止める。


ニガスメ草は普通の草とは違い、少し硬いので、その上に寝る事は出来ない。しかし、この場所を利用している人達が他にも居るらしく、直径百メートル前後のニガスメ草が生えている範囲の中央部が、綺麗に更地状態となっている。野営地を設営するのに丁度良い。間違いなくここで野営したはずだ。

よく見ると、火を使った跡もいくつか見える。


「ここは中継地点によく使われているみたいだな。」


「あまり多くはないみたいですけれど、こういったニガスメ草の密集地が、レンジビまでの間にいくつか有るそうです。場所を一切知らない私達にとって、その場所に出会えるかどうかは運次第ですが。」


「さっきの村で聞いたのか?」


「はい。」


ヒュリナさんは、結構色々な人とコミュニケーションを取って、情報収集をしてくれていた。その中の情報の一つだろう。

この世界では、通信機器がほぼ無く、情報を入手する方法が少ない。その為、情報も金になる。情報屋と呼ばれる者が、大きな街に一人はいるもので、金を払うと、色々な情報をくれるのだ。

そんな世界である為、商人も、情報をペラペラと喋ったりはしない。

しかし、ヒュリナさんが言うには、商人同士だとそのハードルが少し下がり、結構喋ってくれるらしい。どちらかと言うと、情報交換という意味合いが強く、互いに有益となりそうな情報を共有し合う事で、儲け話を模索するわけだ。

北のどこどこの景気は良い、東のどこどこは飢饉ききんだから食料が売れる、なんて情報が飛び交うのだ。商人ばかりが集まる場所は、商人にとって有益な情報のオンパレードという事だろう。

ガセネタを掴まされる…という事はほとんど無いらしい。もし、あの村でそんな事をしてしまえば、あらゆる商人から白い目で見られて、横の繋がりが全て消え去る。それはつまり、この辺りで商売が出来なくなる事に等しい。そんな事を自ら望むような変わり者は居ないし、余程の理由が無い限り、信頼出来る情報ばかりという事になる。逆に言うと、ここでは、本当に信頼出来る情報以外は、喋らない方が良いということだ。その気が無くても、後々大変な事になってしまうかもしれないから。

という事で、客側の俺達よりも、商人であるヒュリナさんが、情報収集を行った方が良いだろうと、色々な情報を聞いて回ってくれたのだ。


「さっきの村で聞いた話と言えば、神聖騎士団の連中は、最近やけに大人しいらしいな?」


「みたいですね。私もそう聞きました。戦闘は続いているみたいですが、以前のようにあちこちを殲滅して回るようなやり方はしていないそうですね。」


「何か理由が有るのか?」


「どうでしょうか……それぞれに思うところは有る様子でしたが、ハッキリした理由は分からないという感じでしたね。」


「兵を要所要所に集めているというような話も聞いたし、何か大きな事を起こす前触れかもしれないな。」


「嫌な感じですね…」


ナーム達も調べを進めてくれているみたいだが、未だ神聖騎士団の目的はハッキリしていない。

嵐の前の静けさのようで、怖いが…怯えて縮こまっているわけにもいかない。俺達は俺達の出来ることをやっていくしかないのだ。


因みに、魔界についても、色々と話を聞いてはみたが、知っている者はいなかった。魔界までは、物理的にもかなり遠いし、この辺りで情報を仕入れるのは難しいだろう。


「神聖騎士団の事は分かりませんでしたが…何人かの商人から、レンジビで、最近噂になっている話を聞きましたよ。」


「噂になっている話?」


「何でも、レンジビの街で、最近奇妙な事件が頻繁に起きているそうです。

商人達の話によると、最近、レンジビの街を夜中に歩いていると、どこからともなく現れた誰かに襲われるそうです。」


「とてつもなく曖昧な内容の噂だな……子供に言う事を聞かせる為の話より出来が悪いぞ?」


「私もそう思ったのですが、襲われた人が、実際に話をしてくれたんですよ。」


「あの村に居たのか?襲われたんじゃあないのか?」


「そこが奇妙と言われている内容なのですが、襲われた人は、襲われたという事は覚えているのに、誰に、どうやって襲われたのか、全く覚えていないそうなのです。」


「それこそ胡散臭い話…ですね。」


馬の世話を終えたニルが話に参加する。


「その話を聞いた人達は、皆、ニルさんと同じ反応をしていましたが、私の見ていた限り、その人が嘘を吐いているようには見えませんでした。」


ヒュリナさんは、プロの商人だ。しかも凄腕の。嘘を吐いているかどうかは、見ていればある程度分かるはず。そんな人が嘘を吐いていないと言い切るという事は、それ以上に、その話をした人物が上手い嘘吐きなのか、もしくは本当に嘘を吐いていないかだろう。

後者だとすると、確かに奇妙な話だ。


「怪我や、何か盗られたりとかは?」


「いえ。実は、襲われた人達は、皆、怪我も、失った物も無いそうです。それに、襲われる人も、性別や職業に関係無く、共通点が見られないとか。」


「変な話だな…」


普通、人を襲う時は、恨みだったり、物取りだったり、とにかく、何か目的があるものだ。

怪我も、失った物も無し。どのようにして襲われたのか、何があったのかを忘れてしまっているから、強いて言うならば、記憶を失っているという事だろうか。


「精神干渉系魔法か?」


「記憶の操作が出来てしまう魔法なんて、あるのですか?」


精神干渉系魔法は、あくまでも、相手に軽い催眠術を掛けるようなものだ。特定の記憶だけを抜き取るなんて魔法は、俺も聞いたことが無い。

但し、それは魔法であった場合だ。

極々最近、俺は記憶を操作出来る能力を知った。

そう。コハルの魔眼、想操眼そうそうがんだ。

あの能力ならば、ある程度自分の思い通りに、相手の記憶に干渉する事が出来る。実際に、ガラクの記憶は、コハルによって抹消されていた。


「そういう事が出来る人を知っている。不可能な事じゃあないと思うぞ。」


「そうなると…やはり人の仕業という事でしょうか?

街では、人に紛れて、高ランクの人型モンスターが居て、そのモンスターの仕業だと、噂が広がっているみたいですが。」


「そんな知能の高いモンスターとなれば、間違いなくSSランク級のモンスターだろう。大きな街で、色々な人が居るとはいえ、そのレベルのモンスターに気付かないという事は無いと思うぞ。」


気配を消すような事が出来る相手となれば分からないが、SSランク級のモンスター達は、絶対的な存在感を持っている。全身の毛が粟立あわだつような、対峙してはいけないと本能で感じるような奴らばかりだ。

そんな相手が街中に居れば、冒険者ではなくても、おかしい奴が居る!と騒ぎになるはず。

SSランクのモンスターは、それでも問題無い程に強いのだから、わざわざ気配を消す必要も無いはずだ。


「そう考えますと…やはり誰かの仕業という線が濃厚ですね。

一体何の為に、誰がそんなことをしているのでしょうか?」


「神聖騎士団の連中の可能性も有るが…どうだろうな。目的が分からない以上、特定するのは難しい気もするが…

これを事件として、襲ったであろう相手を捕まえても、何の罪で裁くのか分からないしな。」


「言われてみると…怪我も、盗られた物も無く、襲われたという記憶が有るだけなので、本当に襲われたかどうかの証明も出来ませんからね…本人が知らないと言い張れば、罪に問うことは出来なくなりますよね。」


「何かを盗られていても、その記憶すら消されている可能性も有るには有るが、本人達が覚えていないと、話にならないよな。」


「本当は盗られたものが有るという事でしょうか?そこまで出来るとなると、余計に捕まえるのは難しそうですね。」


「捕まえたー!と思ったら、次の瞬間、気が付いたら知らない土地に立っている…なんて事もあるかもな。」


「こ、怖いですね…」


相手が神聖騎士団で、何かを目的に動いているならば、気が付いたら奴隷になっていた…とか、そもそも知らないうちに死んでいた…なんて事も考えられる。それくらいの事は平気でやる連中だ。


「俺達は急いでいるし、レンジビに留まるつもりは無いから、関係の無い話だろう。」


「そうですね…そうだと良いのですが…」


「ニル?何だ、その意味深な反応は?」


「…こういう厄介事には、いつも巻き込まれてしまう気がしますので…」


嫌なフラグを立ててしまったと…?

今は急いでいるし、そんなフラグを立てている暇など無いのだが…


一抹の不安を抱きつつ、その日は眠りに着いた。


翌日。


「午前中は私が御者をやりますので、シンヤさんとニルさんは後ろでゆっくりしていて下さい。」


と言うヒュリナさんに甘えて、俺とニルは荷台の中。

先日考えていた人生ゲームを作っていた。


「ご主人様。ここはこれで良いのですか?」


「あー。うん。そんな感じだな。仮に作る物だし、その辺は使ってみて、修正しながらで大丈夫だ。」


ニルに頼んでいるのは、こまの作成と、人生ゲームで使う、アイテムの作成だ。お金はコインのような形にしたり、それなりの工夫は取り入れているが、基本は日本で見た事のあるものと同じだ。

土台となるマスを刻んだマップは俺が木魔法で作成し、文字を書き込んでいく。一応、ヒュリナさんにも見せる為、異世界人生ゲームは保留。それについては、後日個人的に作るつもりだ。

その為、今回は、冒険者人生ゲームにしてみた。俺の知識で作れるのは、それしかないとも言えるが…

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