第321話 再び、別れ

魔族との戦闘を経験した事のある者は少ないだろうし、どれ程の魔力量なのか、どんな魔法を使うのか等、よく分からないのが普通だ。イーグルクロウならば、それがどれ程危険な事かは、想像出来るはず。

但し、神聖騎士団との戦争に勝つ為には、三大勢力の一つ、魔族を味方にする事は絶対条件であり、俺とニルの目標である。その為、俺達は、いくら危険だとしても、魔族の問題に首を突っ込むしかないが、関係の無いイーグルクロウには、その必要が無いのだ。

神聖騎士団との戦争に向けて、という事なので、関係有ると言えば有るのだが、下手をすれば、魔族の恨みを買って、とんでもない事態になりかねない繊細な問題でもある。故に、ある程度の事情も知らず、共に来る理由も無いならば、首を突っ込むべきではない。

加えて、魔王が誰かに操られていて、魔界が危険な状況だという事を知れば、それに付け入ろうとする輩が増える。特に危険なのは神聖騎士団だ。もし、魔族が神聖騎士団に制圧されたとしたら、俺達側の勝利は限り無くゼロに近付く。それを考えると、魔界外の関係者は、極力少ない方が良い。

アーテン婆さんも、それを危惧きぐして、こんな大洞窟の奥、誰の目も無い場所での話し合いを企んだはず。

そこまで慎重にならなければならない、危険で繊細な事柄なのだ。それをイーグルクロウの五人に手伝わせるのは、無為に命を捨てさせる事になる。だから、俺はアーテン婆さんの気持ちを通してやる事にした。


カチャッ……


アイトヴァラスとの戦闘時、常に握り込んでいたのか、真っ赤な雫型の宝石が特徴的なペンダントが、アーテン婆さんの手から落ちる。

紐部分がアーテン婆さんの指に絡まり、真っ赤な宝石が空中をプラプラと揺れ、ランタンの光を受けて怪しく反射する。


「これじゃあ…恨み言も言えないわね……」


「…………せ、清々せいせいするよ。アタシ達を騙していたんだから……」


まるで自信の無い、震えた声の強がり。ペトロからそんな声が出てくる。


アーテン婆さんが死んだ以上、もし、ペンダントに何か仕掛けられていたとしても、魔法的なものならば全て解除されているはず、

物理的な罠であれば、見たら何となく分かるはず。しかし、それは無さそうだ。


罠は無いだろうが、一応、未だ僅かに揺れるペンダントに向けて、鑑定魔法を使う。


【魔王妃のペンダント…アーテン婆さんが、魔界を出る際に受け取ったとされるペンダント。魔具化されており、特定の精神干渉系魔法を強く弾く効果がある。】


鑑定魔法の結果は、俺の知識によって変わってくる為、アーテン婆さんの言っていたことは、真実だった……とは言い切れないが、トラップの類は気にしなくて良い…はず。


俺はアーテン婆さんの手からぶら下がるペンダントに手を伸ばす。


「ご主人様?!」


当然ニルは心配してくれるのだが…恐らく大丈夫だ。ペトロを守って死んでしまったアーテン婆さん。その気持ちを考えれば……


「大丈夫だ。」


俺はそのままペンダントを掴んで持ち上げる。

やはり危険な物ではなさそうだ。


「これは貰って行くが…良いよな?」


「私達には必要の無い物だから、好きにしてくれて良いわよ。」


ペトロ、ドンナテ、セイドル、そしてターナは、目の前で息絶えたアーテン婆さんの亡骸なきがらを見詰めて放心状態だが、プロメルテは、割と冷静だ。


「プロメルテは、落ち着いているな?」


「これでも驚いているわよ。死んでまで、ペトロの命を救ったのだからね。」


アーテン婆さんの方を一度だけ見るが、直ぐに視線を戻す。


「私はエルフだからね。慣れていると言ったら嘘になるけれど、こういう事は何度か体験した事があるのよ。」


少し遠い目をするプロメルテ。

エルフは魔力量が多く、長寿だが、数も少なく、力の弱い種族だ。搾取される側に回る事が多い。

プロメルテも過去に嫌な事の一つや二つ体験していてもおかしくはない。特に、同族から離れて一人、こんな場所で冒険者をしているのだから、そういう経験が有ったとしても不思議ではない。


「それに……どこかでアーテン婆さんの事を信じていたから…やっぱりって思ったのかもしれないわね。」


プロメルテも、顔や態度に出さないだけで、気持ちが揺らいでいることに変わりはないのだろう。あまりアーテン婆さんを見ようとしない。

プロメルテ達に掛ける言葉が見付からず、黙って見ていると…


「……………行こうか。」


ドンナテが言葉を発する。


「遺体はどうする?」


「毒が回っていて危険だと思うから、このままここで焼いていこう。」


ドンナテは、自分の中に、アーテン婆さんの死を上手く落とし込めたようだ。

深く考えれば、アーテン婆さんの思惑に気が付けるだろう。それ程、突飛な話ではないはずだし。

しかし、それが真実なのかどうかは、結局本人が死んだ今、確認する事が出来ない。モヤモヤした気持ちを抱える事になってしまうが、今はそれで我慢してもらうしかない。

魔族との件が終わったら、手紙でも出して伝えるとしよう。


アーテン婆さんの遺体を燃やしてしまうというのは、少し可哀想な気もするが、冒険者にとっては珍しいことでは無い。


色々な場所を歩き回る冒険者にとって、かなり特殊な理由でも無い限り、遺体を持って帰るという事は無い。理由は単純で、荷物になるからだ。人の死体というのは、想像よりずっと重くて嵩張かさばる。それを持ち歩いて危険を招くより、アンデッドになるのを防ぐ為に焼いて、遺品だけ持ち帰るというのが当たり前だ。

聞いた話では、族王に仕えるような騎士は、それでも、遺体ごと持って帰ってくる事が多いらしいが…それも、人手がある時に限るだろう。

今回の場合は、その上でアイトヴァラスの毒に侵されている。運ぶという選択肢は無いだろう。


「アーテン婆さんを待っている人も居ないだろうし、そうするのが良さそうね。」


「ま、待ってよ!」


ペトロは、まだ整理が出来ていないのか、ドンナテの提案に声を挟む。


「待って、どうするの?」


「そ、それは…」


プロメルテがペトロに聞くと、下を向いてしまう。


「アイトヴァラスが出てきた穴は、奥の大洞窟に繋がっているのよ。他のモンスターが来る前に、処理しておかないと危険だわ。このまま外にモンスターが出てきたりしたら大事よ。」


「アタシが言っているのはそういう事じゃあないの!」


「分かっているわ。」


「……………」


「でも、アーテン婆さんがどんな思いでこの場所に居たのかは、ここでなくても考えられるわ。

今考えなければならないのは、Sランク冒険者として、チュコの住民の一人として、この状況を収拾する事。それくらいペトロにも分かっているはずよ。」


「……………」


ペトロは眉を寄せて何かに耐えた後、ゆっくりと頷く。


「……うん。分かってる。アタシが我儘わがままだったね。プロメルテの言うように、今はこの場をどうにかしないと。」


プロメルテは少し表情を緩めて、ペトロの頭を撫でる。


アイトヴァラスの死骸は俺がインベントリに収納し、ガッツリ空いた穴は、魔法でしっかりと閉じた。

アーテン婆さんの遺体も、インベントリに収納出来るかも…と思ったのだが、流石に遺体を物のように扱う事はしたくなかった為、その場で葬送そうそうすることにした。


風魔法で、煙は来た道の方へ逃げるようにした後、なるべく短時間で焼けるように、高温の火魔法で葬送する。


パチパチと、人の脂が爆ぜる音が地下に響き、それを無言で聞くイーグルクロウの五人。

何を思っているのか分からないが、きっと、本人達に聞いても、答えられる程単純な感情ではないだろう。


アーテン婆さんの遺体が完全に灰になった頃。


ピコンッ!


システム音が鳴る。相変わらず時と場合を考えないシステム音だ。


【イベント完了… 対魔法戦闘人形、ベータを破壊した。

報酬…イベント『魔王の城』の活性化。】


出てきたウィンドウに目を走らせる。どうやら制限時間内にクリア出来たらしい。


それにしても…新しいイベントか…?魔王と書いてあるからには、魔族とのあれこれだとは思うが…これがイベントのトリガーになっていたのか…?


それに、『魔王の城』というイベントの話は一切聞いた事が無い。


後々に追加される予定だったイベントなのだろうか…?いや、魔族、魔界という情報が既に有るという事は、魔王に関する情報を集めると現れるイベントだと考える方が自然だ。

つまり、この世界が作られた時から、『魔王の城』というイベントは、埋没されていた事になる。

魔界外に出ている、特定の魔族との親密度を上げるとか、『魔王妃のペンダント』を手に入れるとか、超特殊な条件を満たさなければ、発生すらしないイベントだとしたら、恐ろしく手の込んだ事をしているものだと、運営側に感心してしまう。

いや、超リアルRPGなのだ。特殊な条件が重なって発生するイベントの方が、寧ろ自然かもしれない。


ピコンッ!


出ていたウィンドウを消すと、もう一度システム音が鳴り、別のウィンドウが出てくる。


【イベント『魔王の城』発生!…魔族の問題を解決しろ。

制限時間…六ヶ月

達成条件… 魔族の問題の解決

報酬…???


受諾しますか?

はい。 いいえ。】


想像通り、イベント通知が届いた。


それにしても…魔族の問題を解決しろとは、何とも曖昧あいまいな……いや、魔王という言葉を使っていない事と、解決しろという曖昧な言葉。この二つの事から察するに、解決方法や、その結果は、どうでも良いのではないだろうか?

つまりだ…魔王を助けずとも、現在生じている魔界の不和ふわが解消すれば、イベント達成になるという事だ。

俺は、アーテン婆さんからペンダントを貰って、魔王、魔王妃、そしてアーテン婆さんの娘を助けるルートをチョイス出来る立ち位置に居るが、人によっては別の解決策を取るルートを通るかもしれないという事だ。


例えばだが…

ランパルドという勢力に加担して、魔王派を駆逐するルート。

神聖騎士団に加担して、魔族全体を制圧するルート。

極端な事を言えば、悩みが有るならその種を殲滅すれば良いじゃない作戦で、魔界ごと更地にする…なんてルートも、一応解決になるのかもしれない。


つまり、解決策やその結果は一つではなく、どんな事でも起こり得る、まさに超リアルRPGという事だ。


「とんでもない達成条件だな……」


俺の独り言は、ニル以外には聞こえておらず、ニルだけがピクリと反応する。


また口が勝手に動いていた事を反省しつつ、考えを続けて巡らせる。


これだけ自由度の高いイベントとなると、これからの行動一つ一つが重要になってくる可能性が高い。

何気無く取った行動が、巡り巡ってイベントの終着点を大きくズラしてしまう事も有り得るだろう。


例えば、今現在、イーグルクロウの五人や、レンヤ達を、魔族内での問題から遠ざけようとしているが、これが後々イベントの失敗につながる可能性だって有るのだ。


そして、制限時間が丸々半年間。


制限時間がそのまま、イベントに掛かる時間ではないという事は、オウカ島での一件で分かっている。五ヶ月もあった制限時間が、二ヶ月程度で何とかなったのだから、間違いない。

ただ、それだけ、全体として時間が掛かってもおかしくないようなイベント内容だと言う事は間違いないだろう。


アーテン婆さんの話を聞く限り、面倒な事になるのは目に見えているし、覚悟の上で魔界へ行くしかない。


当初の目的であった、魔王を説得する為の材料である、オウカ島の皆は味方に付けることが出来た。

後は魔王と正常な状態で話をするだけだ。

まあ、その魔王を正常な状態にする…というのが大変なのだが…


ウィンドウを消し、ニルの心配そうな顔に軽く笑って返す。


灰となったアーテン婆さんを袋に丁寧に詰め込み、ベータの一部を回収した後、落石で塞がれてしまった出口を魔法で開き、先へと向かった。


アーテン婆さんの言っていたように、出口までは一本道で、迷う事は無さそうだ。

所々に、魔法で埋めたような跡が見える事から、元々はかなり入り組んだ地形だったのだろう。全体像が見えているわけではないが、大洞窟の周りには、全周を埋めるように天然の迷路が形成されているのではないだろうか。そうなると、かなり広い範囲に地下洞窟が広がっている事になる。

ガイガンダル平野全域に、この地下洞窟が埋まっているというイメージでも間違いではないかもしれない。


急勾配な登り坂をひたすら登っていくと、やっと出口らしき場所が見えてくる。イーグルクロウの五人は、珍しく全員押し黙ったままだったが、出口が見えると、少し余裕が生まれたのか、ターナが口を開く。


「やっと出口だー…」


「ふふふ。ターナもよく頑張ったわね。お疲れ様。」


「私だけじゃあなくて、皆頑張ったよ!だから、皆、お疲れ様!」


いつもならば、ペトロが明るい空気を作り出す役割なのだが、今回ばかりはターナがその役を担ってくれたようだ。


出口には、岩のようなものが乗せられており、それを退かすと光が入り込んでくる。

久しぶりの太陽の光だ。


「なかなか大変な場所だったわね…」


「二度と来たく無いが…あれ程の灰黒結晶が見付かった事と、未知のモンスターが居たとなると、調査を頼まれそうだな。」


「シンヤ達が居ない状態で、あのモンスター達を倒そうと思うと、更に何人かの助っ人が必要だろうね…とくにヘルライトやワーム、アイトヴァラスも一体とは限らないからね。」


「あんなのと定期的に戦うなんて考えたくないぞ…?」


「私達だけじゃあなくて、誰でも嫌よ。まあ、後の事は後で考えましょう。今はとにかく、ベッドで眠りたいわ。」


「だな…」


やっと辿り着いた出口から外に出ると……


「お、おいおい…こんな所まで歩いてきていたのか…?」


俺達が出てきた場所は、ガイガンダル平野に入った時に、北東に見えていた、遠くの山。その付近だった。

時間は昼頃で、丁度太陽が真上に来ている。

ガイガンダル平野に地下へ続く道が無いと言っていたのは正確だったらしい。俺達が出てきた場所は、平野というより山岳部の入口と言う方が正しい表現だ。


「歩いた距離を考えると、確かにそれくらいはあったかもしれないけれど…」


ガイガンダル平野をほぼ横断するように歩いてきたという事だ。恐ろしい地下空間の広さだ。


「ふう…良かった。平野の一部が陥没しているかもとヒヤヒヤしていたが、そんな事は無さそうだな。」


あれだけ派手な大崩落が起きたのだから、地面の一区画が陥没しているのではないかと思っていたが、どうやらそんな事は無いみたいだ。

地下水が溜まっていたという事は、水を塞き止め、溜め込むような岩盤層が存在する。恐らく、崩壊は、その岩盤層によって止まったのだろう。


「ここから歩いてチュコまで戻るのか……」


「泣きそうね…」


遠く遠く、霞む程遠くにチュコの街らしき影が見える。


「行きますか…」


肩を落としていてもチュコには近付く事が出来ない。

ドンナテが、嫌そうなトーンで言葉を発し、足を踏み出そうとした時。


「俺とニルは、このまま北東へ向かう。」


イーグルクロウの五人に、そう告げる。


「………そのペンダントが理由かな?」


「………………」


「聞かない方が良さそうね。」


「すまない。」


イーグルクロウの五人に頼ろうかとも考えた。特にイベントの表記が出てきてからは、かなり迷った。


しかし、やはり危険に巻き込むのは、間違っていると結論付けた。


「僕達も…………ううん。気を付けて。」


ドンナテは俺とニルを見て、手伝いを申し出ようとしたのが、止める。イーグルクロウのリーダーとして、他の四人の事を考えた結果だろう。

俺が魔族の事を詳しく話さない事から、察してくれたのだと思う。


「シンヤさん!」


そんな俺に、黙っていたペトロが声を掛けてくる。


「……アーテン婆さんは………笑いながら死んでいたの。アタシのせいで死んでしまったのに。」


「………………」


「シンヤさんは…何か聞いているの?もし、何か聞いているなら!」


「ペトロ。それを聞くのは止めておこう。」


ペトロを止めたのはドンナテだ。


「なんで?!知りたくないの?!」


「知りたいか、知りたくないかで判断するべきところじゃあない。

シンヤがその話をしない理由を考えるんだ。」


「………………」


「いつか必ず話はするよ。だから、今回の事には深く関わらない方が良い。」


「アタシだって………」


「別にペトロの腕を信用していないからじゃあない。分かってくれると嬉しいが…」


「…………うん…分かってる。だから、今は我慢する。

でも、シンヤさんが話せると思った時、全部教えて欲しい。」


「ああ。約束するよ。」


「うん……アタシも、もっと大人にならないとね。」


「ペトロの明るいところは、皆好きだと思うぞ。」


「………ありがと!よーし!気持ちを切り替えていくぞー!」


空元気…かもしれないが、ペトロは明るく振舞ってくれる。その姿は、十分大人だと思う。ペトロも、少しずつ変わっているのだろう。


「レンヤ達の事を頼む。少し早いかもしれないが、イーグルクロウの五人が居てくれれば、任せられる。」


「分かっているよ。そっちの事は任せて。」


「もう一つ…ヒュリナさんに、街を出る事を伝えてくれないか?

俺達はこのまま山道を進んで、北東に抜けるつもりだ。」


出る時は一声掛けてくれと言われていたのに、人伝で申し訳ないが…ホーロー達の事も気になる。なるべく急いで魔界まで戻りたい。


「分かったよ。街に戻ったら直ぐに伝えておくよ。」

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