第312話 更に奥へ (3)

他のSランクモンスターが居るかもしれないとは思っていたが、まさかワームとは…俺とニルで何とか倒した事のあるモンスターだが、出来ればまた会うのは避けたい。


「この大洞窟は、本当に何でも有りだな。」


「こんな危険な横穴からは、さっさと出よう。」


「だな…」


満場一致で横穴から出る。


「しかし…ワームは暑い環境で過ごす生き物だと思っていたが、こんな所にも居るんだな。」


俺とニルが出会ったのも、黒雲山で、マグマがゴポゴポしている地形だった。当然暑かったし、ワームといえば暑い場所、という概念が有る。割と暑い地域に住んでいる事の多いモンスターで、イーグルクロウの皆も、同じような認識を持っているらしい。

ただ、ゲーム時の情報の中には、肌寒いような地域での目撃情報もあった。流石に寒冷地帯での目撃情報は聞いた事が無いが、暑くなければ生きていけないという事でもないらしい、というのは、プレイヤーの中では有名な話だった。

この地下大洞窟は、太陽の光が一切届かない事と、周囲を灰黒結晶によって取り囲まれている為、常にヒンヤリしており、少し肌寒い。この程度の気温ならば、ワームが居てもおかしくないだろうと思う。

ゲーム時は、温度を直に感じられるわけではないから、あくまでも数字的に気温を見ての話になるが、実際に居たのだから間違いではない。


ワームに気付かれずに横穴を脱した俺達は、大洞窟を北東方向に向けて進んで行く。


既に直線距離にして数キロ進んだというのに、未だ大洞窟は終わりを感じさせず、ずっと先まで続いている。

極々稀に、ベータに殺されたであろうモンスターの死骸が、大洞窟の中に転がっていたりする。


「また死骸が有るわね。まだ先に進んでいるみたいよ。」


「横穴はいくつか有ったが、見向きもしていないな。」


「目的地でも有るのか?」


「そういう知能みたいなものは無いと思うよ。

単純に、戦闘をするだけの人形だって言ってたから。攻撃されれば反撃するだけ。」


「…だが、逃げたよな?」


俺のイメージの話だが、ベータは、ロボットとかアンドロイドとか…そういう存在という認識だった。俺の中で、戦闘用ロボットと言われると、破壊されるまで戦い続けるというイメージが有る。それは、感情が無い為、破壊される事に恐怖を覚えないから。

人は死に対して恐怖を抱くから、不利な状況になったり、傷を負えば逃げるが、その恐怖を知らない存在ならば、逃げるという選択肢は出てこないように思える。

ペトロが言ったように、ベータには知能が備わっていないとすれば、それはつまり戦うだけの単純な存在で、逃げるという選択肢は生まれてこないはず。

それなのに、足を一本失った瞬間に逃走した。


「逃げたということは、つまり、ベータには少なからず知能が有るように思えるが…?」


「言われてみるとそうね…もしかしたら、経験を記憶…というか、記録して、学習したという事は有り得るのかもしれないわ。」


「記録か…」


もしプロメルテの言う事が正しいとすれば、ロボットというよりは、出来の悪いAIのような物かもしれない。

イーグルクロウの五人が戦った時は、起動して間もない頃。経験は無いに等しい。

しかし、ここに落ちてから、モンスターと戦っているうちに、経験が増え、知能に似たものを獲得した……という事は考えられなくはない。

歯車とかコンデンサーとか、そういった物の集合体ではなく、という不思議な力で構成された存在なのだから、普通は考えられない不思議が生じても不思議ではない。


「となると…ベータは何かに向かって進んでいるとも取れるね。」


「出口だろうか?」


「アーテン婆さんの話では、魔女狩りモードになるまで、まだ一年近くは猶予があるはず。

モンスターに襲われながらも、この大洞窟に留まっていたという事は、そもそもここから出ようとはしていない。つまり、出口に向かうという可能性は低いはずだ。そもそも、出口を記録しているのかも怪しいところだ。

目的地が有るとしたら、そこにベータが身を寄せる理由が有るはず。いや、居るはずと言った方が正確かもしれないな。」


「居る…という事は、誰かが居ると見ているのかい?」


「俺の予想では、ベータには敵対しないが、俺達には敵対するようなモンスター。しかも、強大なモンスターが居るのでは…と考えている。」


「ベータには興味を示さないけれど、私達には興味を示すモンスター?」


ベータの中に、記録が蓄積し、知能のようなものが生まれていたとしたら、自分を傷付け、負けるかもしれない相手と出会い、逃げ出した後、どうするだろうか。

この中で、ベータが行動を学べるのはモンスターだけ。となると、行動原理は全てモンスターのそれとなる。

ベータと戦い、逃げ出したモンスターの取る行動を真似ているとしたら、答えは数えられる程度しかない。


冒険者がモンスターを追い込み、逃げ出したモンスターが、その後に取る行動は大きく分けて三つ。


一つ、隠れる。

自分が勝てないと判断した相手が追ってきている時、その相手をやり過ごす為に、息を殺して身を潜める。

ランクの低いモンスターに多い行動で、よく見る光景でもある。

ただ、ベータは隠れようとはしていない。つまり、これは除外される。


二つ、自分に有利な場所まで相手を誘い込み、返り討ちにする。

これは知能の高いモンスターが取る行動に多い。

特に、罠を張るのが得意な、アラクネのようなモンスターや、特殊な環境下で強くなる、サラマンダーのようなモンスターに多い。

この大洞窟では、暗闇という特殊な環境である為、この可能性は有り得る。しかし、これを警戒するよりも、三つ目を警戒する方が良い。


その三つ目というのが、自分より強い個体、もしくは自分より強い種のモンスターに泣き付くというものだ。

このようなタイプのモンスターはあまりいないが、いないことは無い。

例えば、ゴブリンのようなモンスターは、危機にひんすると、上位種に泣き付いたりする光景がよく見られる。

この大洞窟に同じような行動を取るモンスターが居るのかは分からないが、可能性としては無いとも言い切れない。


二つ目の理由と三つ目の理由を比べた時、厄介なのは三つ目の方だ。

ベータが有利な場所となると、足場が悪く、俺達だけが行動を阻害されるような場所とか、暑い、寒い、水の中…色々と考えられるが、どれも事前に分かる事だし、魔法を用いれば、それ程対処が難しいということも無い。ベータ自身に魔法は意味が無くても、環境に対する魔法効果はしっかりと反映される事は確認済みだ。


それに対して、ベータが助けを求めるモンスターが居るとしたら、それはかなり厄介な状況になる可能性が高い。


「でも、ベータを助けようとするモンスターが居るかな?」


「そのモンスター自身に助けるという意識が無くても、結果的に助ける形になるという事は有り得るとおもうぞ。

ベータはどこまで行っても魔具であり、体を構成しているの物は、ほぼ全てが無機物のはず。

ベータがいくら動いていたとしても、無機物には興味を示さず、有機物である、俺達のような人にのみ興味を示すモンスターが居る…そう考えた時、ベータが逃げ込んだ先にそんなモンスターが居れば、ベータには興味を示さないのに、追ってきた俺達を食おうとする。という事は起こり得る。」


「あー……そうやって言われると、匂いとか熱で獲物とそれ以外を判別するモンスターとかは、大体そういう生態かも。」


「つまり、僕達は、これからベータと、もう一体の強敵モンスターを相手にしなくてはいけない状況に陥るかもしれないという事だよね?」


「俺の予想が当たっていればな。」


「ベータだけでも厄介なのに…」


ベータは休憩を必要としないし、止まってくれないと追い付けない。このまま進んだ先に、そういう状況が待っている可能性は十二分に有る。


「人形のくせに手間を掛けさせてくれるものだな。」


「アタシ人形が嫌いになりそうだよ。」


「私は既に嫌いになったわ。」


俺も元々好きというわけではなかったが、嫌いになりそうだ。


それから暫く進んだが、それらしい場所や痕跡は見当たらず、俺達は比較的安全そうな場所で長めの休憩を取る事にした。


そして、睡眠をとりつつ、体力を回復させていた時の事。


ズズズズズ……


「な、なに?!地震?!」


眠りから強制的に覚醒させるような地面の揺れが伝わってくる。


「…………収まった…か?」


「みたいだな…」


「勘弁してよ…こんな地中で地震とか、心臓に悪いわよ…」


「プロメルテ。多分今のは普通の地震じゃあないと思うよ。」


ペトロがいぶかしげな顔をして、暗闇の奥を見ている。


「どういう事?」


「地震にしては短か過ぎるよ。それに、地震なら、揺れる前にアタシが気が付くから。」


動物は地震の揺れの前に、地震に気が付く。地震の予兆の際に生じる電磁波的なものを感知しているとか、色々な説が有るみたいだが、それをペトロも感じるらしい。


「確かに…チュコは地震が少なくはなくて、いつもペトロは先に気が付いていたからね。

という事は…」


「多分、何か大きいものが動いて、その振動だと思う。」


「嫌な予感しかしないんだが…?」


ペトロの耳は、忙しく色々な方向へ向いている。


目は北東方向、つまり、ベータが逃げた先の方向へ向いたままだ。


「今は落ち着いているけど…この揺れの主は、多分それ程遠くない場所に居ると思う。」


「そこにベータが居ない事を願っているのだけれど…」


「こういう嫌な予想ってのは、大体当たるからな…」


嫌な空気のまま、休憩をしっかり取り、翌日。


「い、行くわよ。」


「ああ…」


昨夜の揺れの原因が分からず、緊張感を維持したまま、大洞窟を先へと進む。


そして、数分後。


「絶対に揺れの主が居るのはここよね…?」


「僕も間違いないと思う…」


目の前に現れたのは、壁にぽっかりと口を開いた横穴。

床から天井まで、横幅は数十メートルもある入口からするに、横穴と言うのも間違っているように感じる程のデカい横穴だ。


「ここを行くのは後にしてみない…?」


「プロメルテ。残念だが、ここにベータの痕跡が残っているぞ…」


セイドルが、入口付近に有る灰黒結晶を指で示しており、そこにはベータのものに間違いない、金属のキラキラした微粉末が付着していた。


「最悪ね…」


肩を落とすプロメルテ。


「上手くベータだけ誘い出すとか出来ないかしら?」


「難しいだろうな。既に手負いの状態だし、ベータには食事も休憩も必要無い。一年間、この中に引きこもっていたとしても、問題無いからな。」


「行くしかないのね…」


「ペトロ。中の様子は分かるか?」


「何かが、一体だけ居るのは分かるけど…あまり動いていないみたい。寝ているのかな…?

中はかなり広いよ。多分、今まで見た中で、一番広い空間だと思う。」


「大本命のボス部屋…ってところか。」


「アタシが一人で確認してみようか?」


「いや。それは危険過ぎる。そこまで広い場所を、独占しているような相手だ。間違いなくこの大洞窟の中で最上位に位置するような存在だろう。

ペトロだけ行って、気付かれでもしたら、その時点で終わりだ。行くなら全員で行こう。」


「「「「…………………」」」」


その場に居る全員が、固唾かたずを飲み込む。


「い、行くぞ。」


「い、行こう…」


セイドルを先頭に、ゆっくりと超巨大な横穴へと入っていく。


少し進むと、直ぐに嫌な臭いを感じる。

吐きたくなるような、生臭いという表現が一番しっくりくるような臭いだ。しかし、魚の生臭さとは少し違う。


横穴の中は、全てが灰黒結晶で成り立っているのは同じだが、床や壁の表面が、他とは違って、かなり均一な状態になっている。何かで削ってフラットにしたような感じだ。

灰黒結晶の表面に無数に入っている細かな傷が、奥まで続いている。


数分、そんな場所を、臭いの大元へ向かって歩き続けると、ペトロがセイドルに合図を出して、歩みを止めさせる。


ペトロが、壁際に残っていた灰黒結晶の影に隠れて、先を覗き込む。


「………っ!!」


ペトロは青い顔をして、俺達の方を見る。


どうやらあまり見たくはないものを見てしまったようだ。


俺達も静かにペトロの横へ行き、奥を覗き込む。


最初は暗闇で何も見えなかったが、目を凝らしてよくよく見ていると、何かが動いている。


しかし、俺には壁が僅かに揺れているように見えて、ペトロが青い顔をした理由が分からなかった。

俺と同じように、目を細めているセイドル達を見るに、ペトロ以外は理解していない。


もっとよく見ろと、ペトロが身振り手振りで言ってきたから、更に集中して見ていると、やっと、それが何か分かった。


灰黒結晶と、暗闇の中に居る事、そして、それが、俺達の予想よりも、遥かに大きな輪郭りんかくを持っていた為、気が付かなかった。


俺達が見たものを一言で表すならば、蛇だ。

超超超デカい蛇。


テラテラした光沢の鱗は黒く、胴体の太さは、約五メートル。全長は…あちこちに体が伸びていて分からないが、ギルドの記録によれば、約五十メートル。

デカ過ぎて感覚がおかしくなりそうだ。

同じ蛇のモンスターに、レッドスネークというモンスターが居るが、デカいと思っていたレッドスネークでも全長六メートル。目の前の蛇を見た後では、子供?くらいの感覚になるはずだ。


そんな超デカい蛇のモンスターだが、ギルドの記録に有るという事から分かるように、既知のモンスターだ。

名前はアイトヴァラス。

Sランクのモンスターとして登録されているが、目撃情報が少なく、ギルドでは、毒を持っている蛇のモンスターということ以外は、あまり詳しい事が知られていない。

ただ、アイトヴァラスは、Sランクモンスターの中でも、強いモンスターとして認知されている。

その理由としては、Sランクの冒険者パーティ八人が、アイトヴァラス討伐に向かい、一人を残して全滅した、という実話からきている。

全滅したパーティが落ち目のパーティだったとか、戦闘スタイルが合わなかったからだとか、色々な憶測が飛び交ったのだとか。

ここまでは、ギルドで聞いた話なのだが、プレイヤー間でも、このアイトヴァラスと戦闘を行ったパーティが居て、その強さに直ぐに逃げ出したという話から、Sランクに上がりたての者達は、絶対に戦ってはいけないモンスターだと言われていた。


強さの理由は…

デカさが異常という事もそうだが、アイトヴァラスの毒は、超強力で、毒を受ければほぼ即死。

体表を覆う鱗は硬く、触れると指が切り落とされる程に鋭い。それが原因で、周囲の床や壁が滑らかになっているのだろう。その上、鱗は魔法の類が効きにくい性質を持っていて、かなり高威力の魔法でなければ通らないとの事。


今見えているアイトヴァラスの見た目は、背鰭せびれのように、頭から尻尾まで、角のようなものが生えている。

顔はどうなっているのか見えないが、話によれば、長く鋭い牙が上顎うわあごから生えていて、牙だけを見れば、サーベルタイガーのそれに似ているらしい。

ただ、鋭さで言えば、かまの方が近いらしく、牙で切り裂かれたところに毒を注入されるらしい。

恐ろしく強い相手だが、毒は揮発性が無く、完全な液体。熱に弱く、蒸発した場合は、その効力を失うらしい。


生態は蛇と同じで、視覚、聴覚についてはかなり悪い。その代わり、熱の感知能力が高く、振動も感じ取る。

暗くジメッとした場所を好み、大きな洞窟の奥に住み着く個体が多い。


「アイトヴァラス……」


「最悪の相手ね…」


「でも、ベータはこの先に居るはずだよ。」


痕跡はアイトヴァラスまでの間にいくつか残っていたし、確実にこの道を通ったはず。

暗くて見えないが、アイトヴァラスの影に隠れているのか、それとも、さらに奥へと進む道が有るのか…どちらにしても、ベータを破壊する為には、目の前にいるアイトヴァラスを討伐するか、追い出すかしないといけない。


小声で喋っている分には、アイトヴァラスの感知に引っ掛からない様子だが、これ以上近付けば、まず間違いなく感知される。


「この先の空間は、多分一キロ四方くらいあると思う。かなり広いよ。」


「アイトヴァラスも好きなように動けるわけだな。」


「私達に倒せる相手なのかしら…?」


かなりの強敵という事は間違いない。

一番怖いのは、やはり即死級の毒だ。

もし、誰かが毒を貰った場合、確実に死ぬ事になる。

聖魂魔法を使うには、周囲の素材がもろすぎて、生き埋めになってしまう可能性が高い。


「毒が熱に弱い事は知っているけれど…別に弱点って程のものじゃあないわよね?」


「そうだね…本体が熱に弱いとしても、あれだけの巨体を包み込むような、火魔法は、私には使えないかな。」


「生態は、蛇と変わらないのであれば、私の氷魔法で冷やすのはどうでしょうか?」


「ニルの案は悪くはないと思うが……これだけの巨体を冷やすのに、どれだけの時間と魔力が必要になるか分からないぞ。」


本体に直接的な氷魔法の攻撃は、鱗が邪魔をして大した威力とならないはず。そうなると、冷たい風を送り込むか、周囲を凍らせるしかないのだが、一キロ四方の空間を冷やすとなると……あまり現実的ではない。もし冷やす事が出来れば、冬眠状態にする事が出来て、少なくとも動きを鈍らせる事くらいは出来るかもしれないが…


「シンヤさんとニルちゃんの刀なら、あの鱗を貫けると思う?」


「やってみない事には分からないが、多分いけるはずだ。」


桜咲刀は、使った感じで言えば、真水刀より極僅かに切れ味が劣る程度。であれば、恐らく斬れる……はず。

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