第313話 アイトヴァラス
「もしシンヤさんとニルちゃんの刀が通用するなら、戦闘する価値は有るかもしれないけれど…」
アイトヴァラス単体でもかなり厄介な相手だが、戦闘開始した時点で、ここにベータが加わると、かなり辛い。
どちらも倒そうとするならば、魔法ではなくて物理攻撃が必要になる、となると、必然的に接近戦となるが、アイトヴァラスの巨体と、毒。これをどうにかしながらとなると…イーグルクロウの五人には辛い戦いになる。
「………ちょっと待てよ。」
「ご主人様…?」
「良い事思い付いた。」
「ご、ご主人様?」
二度も呼ばれたが、意味合いが異なる気がするのは…気のせいだろうか?
「何か思い付いたの?」
「少し離れよう。」
話をじっくりするには、この場所は危険過ぎる。
一度引き返して、横穴の外で話を進める。
「このアイトヴァラス。確か、どんな種のモンスターとも、基本的には敵対関係にあるよな?」
モンスターの中には、種が違うのに、敵対関係にならないモンスター達が居たりする。単純に、互いが捕食出来ない特性の種だったり、圧倒的強者が、腹の足しにならない小さなモンスターを無視したり…いや、これは共存というより寄生が近いのか?いや、今はそんな事より、共存の形は色々とあるが、このアイトヴァラスというモンスターは、ほぼ全てのモンスターを捕食するという事実が大切だ。
無機物の部分が多いモンスターは、無視する習性が有り、ロックミミックのようなモンスターはアイトヴァラスの視界に入っても、無視される。
しかし、無機物の部分が多いモンスターというのは、種としてかなり少ない。つまり、殆どの生き物はアイトヴァラスの捕食対象となるのだ。
それはサイズには関係が無く、どれだけ小さな相手でも、例外は無い。
それを
「どんなモンスターにも、基本的には食い掛かると聞いているわね。でも、そもそもあまり見られないモンスターだから、それが正しい情報かは分からないわよ?」
「このまま突撃したら、最悪死人が出るかもしれない。それなら、俺の案を聞いてみないか?」
「取り敢えず、聞いてみるだけ聞いてみようよ。やるかどうかは別にしてさ。」
ドンナテの言葉に、全員が頷く。いや、ニルだけは困ったような顔をしていたが…
ニルには何度かこの流れで怒られているからなー…しっかり説明しておこう。うん。
俺がその作戦を全員に話してみると…
「それを実際にやるのか…?」
「俺の案ではな。」
「なかなか危険な賭けだと思うけれど…?」
「アイトヴァラスにこのまま突撃するのも、危険な賭けだろう。」
「それはそうだけれど…」
「アタシは賛成かな。」
「ペトロ?!やるとしたら、ペトロが一番危険なのよ?!」
「分かってるよ。」
「ちゃんと熟考して答えを出した方が良いわよ?!」
「一応、アタシとしては考えたつもりだよ。」
プロメルテは、ペトロに色々と言っているものの、明確には止めない、という事は、この作戦が状況を打破する為の策としては、機能すると考えているのだろう。
しかし、プロメルテの言うように、こっちの作戦も、かなり危険だ。特にペトロが。
「ターナはどう思う?」
「私ですか?」
ペトロがターナに質問する。ドンナテやセイドルではなく、ターナに聞いたのは…ペトロの中に、ターナへ対する特別な思いが有るからなのだろうか?
「……正直に言えば、ペトロが危険なので、止めて欲しい。」
「………………」
「でも、ペトロなら出来る…とも思う。」
「ターナ…」
「イーグルクロウの中では、私が一番弱くて臆病だから、あまり危険な事はしたくないって思うけど、私の知っているペトロなら、そんな事も、笑って乗り越えられると思う。
もし、ペトロがやるって言うなら、私は全力でサポートするよ。怪我なんて一つもさせない。」
「当然だな。我とて同じ気持ちだ。」
「僕だって出来ることは全部やるよ。」
「皆……」
ペトロなら出来る。そう感じているのは、きっと全員だろう。
唯一反対気味の意見を言っていたプロメルテさえも。
「プロメルテ…?」
「……………はあ…分かったわよ。」
ペトロに見詰められたプロメルテが、眉を八の字にして合意する。
「でも、やるからには無傷で成功させなさい。
それと、準備はしっかりするのよ。」
「うん!ありがとう!プロメルテ!」
プロメルテに飛び付くペトロを、困った顔で受け止めるプロメルテ。
「さてと…そうと決まれば、準備だな。」
俺達は、そこから状況を打破する為の策を成功させる為に、準備を進めた。
先に準備しておかなければならないのは。明かりだ。
しかし、これについては俺のインベントリに入っていた油と、まだまだ残ってるロープが活躍してくれた。
ロープに油を染み込ませ、着火するだけで、それなりの明かりになる。
そのロープを、アイトヴァラスの居る横穴から、壁沿いに適当な間隔を取って、来た道の方へとひたすら伸ばしていく。火はまだ着けずに。
そして、そのロープを伸ばしていく先は、かなり戻らなければならないが……暫く前に見付けた、ワームの寝ていた横穴だ。
俺の考えた作戦というのは、つまり、ワームを誘い出し、アイトヴァラスのところまで誘導し、アイトヴァラスとワームをぶつけるというものだった。
ワームとアイトヴァラスでは、Sランクのモンスターという中でも、強弱の差がある。サイズを見れば分かるが、ワームの方が恐らく弱い。
しかし、ワームも好戦的なモンスターで、アイトヴァラスを見ても、逃げようとはしないはず。
アイトヴァラスVSワームという絵面など、見た事は無いし、もしかしたら、ワームが逃げ出すかもしれないが…
もし上手くいけば、アイトヴァラスは、俺達のような小さな獲物より、十メートルは有るワームを狙うはず。
上手くいけば、アイトヴァラスとワームの戦闘中に横を通り抜ける事が出来るかもしれないし、それが無理でも、アイトヴァラスに何かしらのダメージがあれば、討伐がやりやすくなる。
最高の展開としては、アイトヴァラスとワームの戦闘に、ベータが巻き込まれてぶっ壊れてくれる事だが…それは流石に無理だろう。
とまあ、こんな感じで考えた作戦だ。
ペトロが危険だと言われていた理由は、ワームを誘き寄せて、アイトヴァラスのところまで連れていく役を、ペトロがやるからだ。
簡単に言えば
この中で囮役をやれるとしたら、スピードの有る者になる。となると、俺、ニル、ペトロの三人のうちの誰か。
しかし、この大洞窟。囮役がワームの鼻先を走り続けている間に、周囲からモンスターが現れる可能性が高い。そんな時、巨大ナマコモンスターを一撃で倒せる俺と、ヘルライトを一撃で倒せるニルが、囮役だった場合、ワームどころではなくなってしまう。
となると、消去法で、ペトロが囮役になってしまう。当然、囮役は最も危険な立ち位置だし、相手はSランクモンスターのワーム。プロメルテが素直に頷けないのも分かるというものだ。
だがしかし、その話は既に終わっている。後はペトロを信じるしかない。
作戦としてはこうだ。
まず、油を染み込ませたロープをアイトヴァラスの居る横穴から、ワームとペトロが通れるだけの幅を取って伸ばして床に置いていく。
同時に、なるべく外からの介入が出来ないように、要所には魔法で壁を作っておく。
そうしてワームの居る横穴まで繋げたら、ニルの出番だ。少し荒っぽいが、それなりの魔法を、ワームの横穴の中にぶち込み、退避する。
当然、ワームは何事かと外に出て来るだろう。
そこに待ち構えているのが、ペトロだ。
横穴から出てきたワームは、ペトロを見付けて、追ってくれるはず。来ると分かった時点で、先に居る俺がロープに火を着けると、飛行機の
当然、火を着けるのだから、ペトロが走っていく足元も明るくなる。
ペトロとしては、自分に意識が向いたと分かった時点で、ひたすら走るのが役目だ。
横穴を渡り歩く間、俺とニルは、基本的に、少し離れてペトロと
プロメルテとターナは、少し先で待っていて、ペトロが見えたら、直ぐにペトロに補助魔法を掛ける。最初から掛けないのは、途中で効果が切れないように。走ったり戦闘しながら魔法陣を描くのは、俺の特技のようなもので、普通は出来ない。だから、最もタイミング良く効果を与えて、最後まで走り切れるようにするのだ。最悪、戦闘しながら、俺がペトロに補助魔法を掛ける事も出来る為、これに関してはあまりシビアなタイミングは求めていない。
その後、プロメルテとターナは、ペトロの先を走り、状況に応じて援護や補助をしてもらう。
プロメルテはターナの護衛が主な仕事だが、可能ならば弓で周囲のモンスターを牽制してもらう。
そして、ドンナテとセイドルの役目は、アイトヴァラスの横穴付近で、安全の確保だ。ワームを連れて来たは良いが、他のモンスターが居ては、目的が達成出来ない可能性が出てきてしまう。それを阻止するのが主な役目だ。
全体的にバラバラな位置取りになってしまうが、長年共に冒険者をしてきたイーグルクロウの五人ならば、上手く連携を取れるだろう。
まあ、これが理想像で、この通りにはいかないかもしれないが、上手くいけば誰も傷付かず、簡単にベータと対峙する事が出来る。
そして、全ての準備、配置が終わり、作戦の開始を待つばかりとなった。
「…………ふう……」
「怖いか?」
肩を一度上下させ、息を大きく吐いたペトロ。
「ううん。怖くはないよ。
シンヤさんも、ニルちゃんも居るし、皆も走って行った先に居るから。」
「…そうか。」
「うん!よーし!準備完了だよ!」
いつものように、明るく言うペトロ。
怖くないはずがない。怖いに決まっている。
Sランクモンスターの鼻先を、一人で、背を向けて走り続けるのだから。
怖くはないと言うことが、ペトロの精神を安定させる為の言葉だと気が付いた時に、自分の浅慮に呆れてしまった。
これ以上、彼女の気持ちに触れる言葉を放つ気は無く、俺はニルに向かって頷く。
「やるぞ。」
頷いたニルが、魔法陣を描いていく。
その指先の動きが、やけにゆっくりに見えてしまう。
ニルが使用したのは、上級水魔法、アクアグラウンド。
水に浸された環境を作る魔法なのだが、上手く使えば、横穴の奥に水を流し込む事も出来る。
ズザザザザザザザザッ!
大量の水が生成され、それが激流となって奥へと流れ込んで行く。
俺はペトロから離れる。
大量の水が流れ込み、少しすると…
ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴッ!
奥から、デカいものが暴れながら出てくる音がする。間違いない。ワームだ。
「来るぞ!」
「うん!」
俺は油の染み込んだロープに火を着け、その場から離れる。
ガゴズゴッ!
壁の灰黒結晶を破壊しながら、グネグネと体を捻り、ワームが横穴から出てくる。
「ギャアアア!!」
「こっちだよ!!」
激怒したワームに向けて、ペトロが落ちていた灰黒結晶を投げ付ける。
ワームの硬い表皮の前に、そんな投擲物は一瞬で壊される。
しかし、ワームの意識を自分に向ける事は出来た。
「ギャアアアァァァァァ!」
ズガガガガッ!
イラついたワームが、水滴を飛ばしながら、ペトロの居る位置に口を開いて突っ込む。
床の灰黒結晶が吹き飛び、周囲にカラカラと音を立てて散らばる。
しかし、ペトロには当たらない。
「そんなの当たらないよ!」
「ギャァァァァァアアアア!」
跳んで避けたペトロの後ろを、ワームがグネグネと追い始める。
「ご主人様!」
「ああ!行くぞ!」
ニルと合流し、ペトロとワームから数メートル離れた位置を走る。
「ギャァァァァァアアアア!!」
ズガガガガッ!ズガガガガガッ!
炎で示された道を、ペトロが走り、その後ろをワームが口を開いて、床ごと食ってやろうと何度も頭を振り下ろしながら追う。
その度に、ペトロが右に左にと大きく回避し、時には壁を蹴って避ける。
自分で提案しておきながらだが…ヒヤヒヤする光景だ。
「ニル!寄ってきたぞ!」
音に釣られてなのか、振動に釣られてなのか…周囲に居たモンスター達が次々と寄ってくる。
「邪魔はさせませんよ!!」
ガンッ!ザシュッ!
ニルが寄ってきたモンスターを盾で捌き、一撃で切り落とす。その間も、足は止めない。
「この先に近付けると思うなよ!」
ザシュッザシュッザシュッガシュッ!
俺も桜咲刀を用いて、寄ってくるモンスターを次々と切り裂いていく。
「ニル!ヘルライトだ!」
前方、やや上方にヘルライトが見える。ニルにも見えたらしく、俺の顔を見る。
「頼んだぞ!」
「はい!」
ニルが軽く飛び上がったタイミングで、俺が刀の鞘を水平になるように持ち上げる。
ニルがその鞘に両足を乗せ、膝を曲げたのを見て、全力で前方上方に向けて鞘を振り抜く。
鞘が最大のスピードと遠心力を得たタイミングで、ニルが両足を強く伸ばし、弾丸のように飛んでいく。
手元では氷魔法、フリーズの魔法陣が描かれている。
空中で魔法陣を描けば、素早く移動しながらも、魔法陣を描く事が出来て、その上、接近しての魔法行使が可能だ。
ヘルライトは魔法を得意とするモンスターで、遠距離でペトロを狙われると、かなり危険だ。そこで、最重要目標として決めていた為、すかさずニルを先に行かせたという事だ。
そして、俺は側面から襲い来る足だけモンスターや、その他のモンスター達を捌いていく。
全てではなく、ペトロとワームに関係しそうなモンスターだけを狙っている為、常に周囲には何かしらのモンスターが居る状態だ。走りながらで、しかも相手は暗闇の中である為、気配を感じるだけだが、光を向ければ、背筋が凍るような光景になっている事だろう。
バギィィィン!
周囲のモンスターを倒していると、ニルがヘルライトを砕いた音が聞こえてくる。
ニルは着地後、その場で待機しつつ、モンスターの掃討。
ズガガガガガッ!
「当たらないよーだ!」
ペトロは鬼ごっこ中。まだまだ体力には余裕が有る様子だし、暫くは大丈夫だろう。
「ご主人様!」
「走れ!後ろは振り向くなよ!」
「はい!」
ニルと合流後、一緒に走り続ける。
その後も何度かヘルライトや巨大ナマコモンスターが現れたが、ニルと連携して即座に倒した。
「ニル!魔力回復薬を飲んでおけ!」
「はい!」
モンスター達を即座に倒せているからといって、魔力に余裕があるというわけではない。大量のモンスター達が現れる中、何度も魔法を使っていれば、それだけ消耗も早くなる。予定では、プロメルテとターナが見えた辺りでニルの魔力が尽きるだろうと思っていたが、予想より少し早い段階で魔力が無くなりそうだと判断して、渡しておいた魔力回復薬を飲ませる。
「予想より遥かにモンスターの数が多い。魔力を温存しろとは言わないが、魔力管理はしっかり頼む。魔力回復薬を使える時に使っていくんだ。」
「はい!」
あちこちから押し寄せてくるモンスターを倒し続けていると、やっと、プロメルテとターナの姿が見えてくる。
「やっと半分か…」
プロメルテとターナは、大体半分くらいのところで待ってもらっている。
ペトロが見えた時点で、ターナは魔法の準備を完了させており、直ぐに手元が緑色に光る。初級風魔法、ウィンドアシストだ。
単純に、追い風でアシストしてくれるだけの補助系魔法だが、持続時間が長く、走る時は、地味に効果が嬉しいという事で、割と人気の有る魔法だ。
ただ、戦闘時は、風音で周囲の音が聞こえない為、あまり使用される事はない。
馬車も無く、長距離を歩かなければならない時に大いに役立ってくれる魔法…という認識だ。
そんな魔法が、こんな形で役に立ってくれるとは…
「ありがとう!ターナ!」
俺とニルが出している戦闘音と、ペトロをひたすら追っているワームの出す音で、何も聞こえていないとは思うが、ターナは頷いて、プロメルテと共に走り出す。
ズガガガガガッズガガガガガッ!
壁や床を抉りながら進むワームは、完全に頭に血が上っているらしく、脇目も振らず一心にペトロを追っている。
ここまでは順調だった。
「これはヤバいぞ!ニル!」
「敵が多すぎます!」
全体の六割程、距離を潰したところで、周囲から集まってくるモンスターの数が激増する。
どこに、そんな数のモンスターが居たのかと聴きたくなる程の量だ。
互いに捕食し合いながらも、大きな塊となって、ペトロとワームが走る方向へと向かってきている。
俺とニルが対処出来る量を遥かに超えている。
「ニル!聖魂魔法を使う!備えてくれ!」
「はい!」
一瞬の判断。
これが吉と出るか凶と出るかは全く見当がつかない。
襲って来る量の殆どを駆逐するとなると、それなりに大きな効果を生み出す魔法が必要となる。
すると、天井を支えている柱の役割を果たしている灰黒結晶も吹き飛ばす事になる。その結果…この周辺が崩壊し、土に埋まる可能性が高い。
そんな事をして、大丈夫なのか?もっと良い方法が有るのではないか?そんな事を深く考えている時間は無い。こんな量のモンスターに襲われれば、俺も、ニルも、そしてペトロも、ひとたまりもない。ここは、一か八か、上手くいってくれる事に賭けるしかない。
キィィィン……
左腕に刻まれた紋章が光り出す。
力を借りるのは、ランパス。
冥界に住むと言われている精霊で、見た目は猿と人間の間のような形をしていて、灰色の肌を持った、人とは言えない見た目をしている精霊だ。
前に、一度使おうとしたが、使わなかった事のある聖魂魔法だ。
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