第311話 更に奥へ (2)
フラフラと空中を漂い続ける光を見ながら、作戦を立てる。
ヘルライトが氷魔法に弱い事は既に分かっている。
雷魔法は効くか分からない為、まずは、ニルと俺がヘルライトにそれぞれ氷魔法と雷魔法を当てる。ドンナテ達は、倒せるか分からない雷魔法を受ける個体に注意しておく。倒せない場合は、そのまま戦闘に入る…という大雑把な作戦だが、細かい部分は、それぞれの判断に任せた方が良い。あまり細かい事まで決めてしまうと、臨機応変に動くことが出来なくなり、それが逆に皆を危険にするからだ。
「でも…どうやってあの二体に魔法攻撃を仕掛けるつもり?飛び出しても、ここからだと魔法の的になってしまって近付けないわよ?」
「そこは……全力で突っ込むしかないな。」
「全力で突っ込むって…自分が何を言っているのか分かっているのかしら…?」
別に自暴自棄になって言っているわけではない。
相手が魔法を得意とする場合、魔法陣を描き、魔法を発動させる時間の間に、一瞬で距離を詰めるというのは、理想的な動きなのだ。
ただ、そんなに素早く相手との距離を詰める手段が無い事や、詰めたところで、圧倒する何かが無ければ意味が無い事から、あまり取られない手段というだけの事。
しかし、俺とニルには、それを実現させる為の策が有る。
俺は神力を足に纏わせ、ニルお得意のシャドウテンタクルを腕に巻き付ける。
「本当に行くつもりなの?!」
「俺とニルに攻撃が集中している間に、接近頼むぞ。」
「えっ?!ちょっと?!」
俺は足に力を込めて、地面を強く蹴る。
それと同時に、神力でも地面を強く押す。
ダンッ!
体が吹き飛ぶように前へと進む。流石に三百メートルを一瞬で詰めるのは無理だが、俺の最高速度より更に速い。
腕に絡めていたシャドウテンタクルが、直ぐにピンと強く張り、ニルの体重が腕に掛かる。
俺とニルの存在を認識したヘルライトが、正面に魔法陣を描き出していく。魔法特化モンスターというだけあって、魔法陣を描き上げるのがかなり速い。
左手のヘルライトは、上級水魔法、大爆水を発動し、右手のヘルライトは、上級風魔法、大風刃を発動させる。
大爆水は二メートル級の水球を飛ばしてくる魔法で、触れてしまえば中に閉じ込められ、水圧で捻り切られてしまう。大風刃はランブルカッターの上位互換。一撃の範囲と威力はランブルカッターとは段違い。
俺とヘルライトの間は、まだ二百メートルは有る。ここからでは狙えない。
ヘルライト同様に、上級魔法で数打ち当たる作戦を取りたいところだが、通常の魔法では効果が薄い為、魔力の無駄だ。
俺とニルは攻撃を避けながら近付くしか方法が無い。
ズガガガッ!
目の前の地面が抉れる。見えない風の刃が向かってきている証拠だ。
ダンッ!
直ぐに横へと跳び、風の刃を避ける。
ズガガガッ!
そこへ向かって飛んでくる別の風の刃。
ダンッ!
また横へと跳ぶ。
ヘルライトとの距離はかなり有るし、避けるのはそれ程難しくはない。
俺とシャドウテンタクルで繋がって、ほぼ飛んで引っ張られていたニルも、直ぐに地面に足を付けて、攻撃を避けている。心配は無用だろう。
ガガガガッ!!
風の刃を全て避けたと思ったら、次は大爆水が迫ってくる。
「おおぉっ!」
ブンッ!ズバァァン!
刀を垂直に振り下ろし、水球を縦に切り裂く。
水は弾けて、水滴を周囲に飛ばして消えていく。
「シンヤ!横だ!」
「っ?!」
後ろから聞こえてきた声に、左を向くと、気色の悪い、真っ白な足だけモンスターが俺に向かって飛び上がったところだった。
周囲の音がデカかったのと、そもそも歩く時に音がしないモンスターだから、気が付かなかった。
反応が遅れてしまった事で、防御行動が間に合わない。
足だけモンスターは、無数にある足を連続で突き出してくる為、防御魔法も一瞬で五回分消費されてしまう。
足だけモンスターの一撃を、覚悟した時だった。
「はっ!!」
ザシュッ!!
足だけモンスターの横から飛び込んで来たニルが、戦華を突き出し、中心を貫く。
ドンッ!
おまけに、小太刀を引き抜くタイミングで蹴りを食らわせる。
「ご主人様の邪魔はさせませんよ!」
「助かった!次が来るぞ!」
正面を向くと、既に、ヘルライトの次の魔法が放たれるところだった。
左手のヘルライトの魔法陣は、上級風魔法、エアコンプレッション。右手のヘルライトの魔法陣は水貫の魔法陣だ。
エアコンプレッションは、名前の通り、指定した範囲の空気を圧縮する魔法だ。但し、範囲は五メートルと、上級範囲魔法の中では狭く、しかも、人を死に至らしめる程の圧力を作り出すまでに、数秒の時間が必要となる。
もし、その魔法がどんな魔法なのかを知らなければ、何が起きているのか理解出来ず、範囲内に留まり続け、気付いた時には体調に異常をきたし、そのまま死に至る。
言ってしまえば初見殺しの魔法だ。
上級風魔法を使うモンスターの中には、エアコンプレッションを使うモンスターが多く、ゲーム時、最初に見た時は、俺も気が付かず死にそうになった事がある為、よく覚えている。
逆に、知ってさえいれば、それ程怖い魔法でもない。
「ニル!」
俺が走り出すと、ニルも頷きながら、同時に走り出す。
風の流れが後方に向かっている為、俺とニルが居た位置にエアコンプレッションを発動させていたのだろう。
もう一体のヘルライトが、水色に光る魔法陣から、圧縮された水を、一点に放出する。
水貫は、魔法の中では近距離型の魔法で、発動から着弾までが速い事が売りの魔法だ。しかし、百メートル以上も離れた位置に居る俺達に対して放つには、適していない魔法だ。ヘルライトから俺達までの間に、空気抵抗によって、水のスピードは落ちて、同時に威力も落ちてしまう。届いたとしても、少し痛い程度のものだ。
パァァン!
後ろから風船の割れたような音がする。エアコンプレッションの圧縮が解けた音だ。
激しい風圧が後ろからやってくると、飛んでくる水貫に当たり、更に威力を落としてしまう。
魔法は、複数人で使う場合、それぞれの魔法が、互いに与える効果を考えて使わなければならない。
魔法と魔法が重なった時、それぞれの効果を打ち消し合う事もあれば、逆に
俺達が最初にヘルライトと戦った時のように、水魔法と氷魔法を使う事で、より高い効果を生み出したのが相乗効果ならば、たった今水貫が消えたのは、魔法同士が効果を打ち消し合ってしまった結果という事だ。
モンスターの中には、群れを作り、意思疎通を行い、相乗効果を使ってくるモンスターも居る。例えば、ラトの元々の種族であるブラックウルフのようなモンスターが、その良い例だろう。ウルフ系のモンスターは賢く、互いを補うような連携がとても上手い。
しかし、ヘルライトの場合は、群れは作るかもしれないが、互いの意思疎通はしていないらしい。
これは実に良い事を知った。
つまり、今、目の前に居るのは、ヘルライトが二体というよりは、ヘルライトが一体プラス一体という事だ。連携という概念が無いのであれば、戦闘が楽になる。
「一気に詰めるぞ!」
「はい!」
次の魔法陣が完成する前に、俺とニルは距離五十メートルまで一気に近付く。
ここまで来られれば、俺とニルの魔法は、確実に当たる。
当たると確信出来る位置に到達すると同時に、描いていた魔法陣を完成させる。
バチバチッ!
手元の魔法陣が黄色に光ると、左手のヘルライトの左右から電撃が走る。
バキバキバキッ!
ほぼ同時に、右手のヘルライトが凍り付く。
ガシャァァン!
凍り付いたヘルライトは、漂う事を止めて地面に落ち、粉々に砕け散る。確実に死んだだろう。
しかし、左手のヘルライトは、電撃を受けながらも、描いていた魔法陣をほぼ完成させる。
どうやら、雷魔法は効かない、もしくは効きが悪いらしい。
「くそっ!効かないか!」
ヘルライトの魔法陣は上級水魔法、アクアタービュランス。範囲水魔法で、半径十メートルに大量の水を生成し、その内部に乱流を起こす魔法だ。
これに飲み込まれると、水面に上がれず、
オウカ島で、ランカが敵兵に対して放った、水虎の魔法と似ているが、範囲は、こちらの方が小さい。
「させるかよ!」
ザンッ!
後ろから追い付いたドンナテが、大剣をヘルライトへと振り下ろす。
大剣はヘルライトの中に、すんなりと入るが、水を斬ったかのように通り抜け、ヘルライトは直ぐに元の形へと戻ってしまう。
「ちっ!やっぱり物理攻撃は効かないか!」
「ドンナテ!下がって!」
ヘルライトの魔法が完成し、俺を中心としてアクアタービュランスが発動する。
しかし、十メートル程度の移動ならば、今の俺にとって瞬きの時間すら必要無い。
即座に魔法の範囲内から離脱し、セイドルの後ろへと移動する。
「他のモンスター達も寄ってき始めたよ!」
「私が注意を引きます!」
ターナが魔法を発動させると、大きな火球が現れる。
上級火魔法、獄炎球だ。
ここまでは、酸欠や光の事で、火魔法を使わないように気を付けていたが、これだけ広い空間で、これだけ派手に暴れていたら、既にそんな規制は意味が無い。ターナは、それを理解して、最も効果の高い火魔法を使用したという事だ。
ゴウッ!
横を通り過ぎる火球の熱が、頬に伝わってくる。
ジュゥゥウウ!
ヘルライトに直撃すると、白い湯気を出し、獄炎球が小さくなっていく。消火されているらしい。
「ニルちゃん!」
「はい!」
既に氷魔法を完成させていたニルが、フリーズを発動させる。
バキバキバキッ!
バリィィン!
一体目と同じく、凍り付いたヘルライトが、地面に落ちて、砕け散る。
「よし!」
「次が来るよ!気を抜かないで!」
「忙しいな!」
ヘルライトとの戦闘に引き寄せられたモンスター達が、暗闇の中からゾロゾロと現れる。
この洞窟内で見たモンスターばかりだが、数が多い。
「暫くは先に進めなさそうだな。」
「こっちは急いでいるのに、勘弁してよねー…」
「デカい芋虫は俺がやる!他を頼む!」
「やるしかないわね!セイドル!動きを止めて!」
「任せとけ!」
それから、暫くは、ひたすら襲ってくるモンスター達を討伐するという時間が続いた。
「はぁ…はぁ…」
「はぁ…はぁ……終わった…かな…?」
イーグルクロウの前衛部隊の息が切れ始めた頃、やっとモンスター達の襲撃が無くなった。
「もう居ない…と思うよ…」
ペトロの一言で、やっと肩の力を抜いたセイドルとドンナテ。そのまま座り込みそうな程に脱力する。
周囲はモンスターの死骸と、血や臓物で埋め尽くされており、
「体中がベトベトだし、臭いし、最悪ね。」
「今水で洗い流しますね……あれ?」
「魔力の使い過ぎです。私がやるので、ターナ様は休んでいて下さい。」
ふらつく体をどうにか持ち直すターナを、ニルが支えて声を掛ける。
「いや。ニルも休め。俺がやる。」
ニルの魔力量が増えてきたとはいえ、まだまだ多いとは言えない。なるべく魔力消費を抑えて戦っていたのは分かっているが、それでも既にかなりの量を消費している。
「ありがとうございます。」
ニルも、ターナも、素直に言うことを聞いてくれる。
全員の体を洗い流し、デロデロの現場から少し離れて壁を作り、モンスターから身を隠す。
「ふうー…やっと落ち着けるな…」
「ここは本当に嫌な場所ね。少し騒ぐだけでモンスター達が山のように押し寄せて来るなんて。」
「ベータどころじゃあ無かったからな。」
「あの人形は一体どこへ行ったのかしらね…?」
「モンスターの死骸があったところを見るに、ベータもモンスターに襲われているはずだ。モンスターが大量に居る場所で留まっているとは思えない。
となると、どこか落ち着けるような場所に居るはずだ。」
「そういう場所を見付けたら、調べてみないといけないわね。」
「せめてこの地下大洞窟の構造さえ分かればなー。シンヤさんならどうにか出来たりしないかな?」
「いやいや。流石にそんな技は持っていないぞ。」
「シンヤさんなら何でも出来そうな気がしてねー。」
「出来るならニルにマッピングを頼んだりしないっての。」
「それもそうだよねー。」
「そんな夢物語より、今はこの先どうするかを話し合わないと。
僕達の進む先は、モンスターだらけ。
戦闘する度にモンスター達に取り囲まれていたら、いつまで経っても先に進めないよ。」
「アタシが見た限り、今のところ、光に誘われるモンスターは少ないから、気を付けるのは、音や振動の方だと思う。」
「これだけ広くても、音とか振動がモンスターを引き寄せるのか?」
「歩いたり、小さな声で話すくらいなら問題無いけれど、戦闘時の音とか振動となると、結構遠くまで届いているからね。」
「でも、戦闘中に、そんな事を気にしていられないだろう?」
「一応、風魔法で音を遮断出来るけれど、それを毎回するとなると、結構な魔力が必要になるよ?」
ターナの言うように、中級風魔法の中に、サイレンスフィールドという魔法が存在する。
周囲十メートル、直径にして二十メートルの範囲に、音を外に漏らさないフィールドを展開する魔法だ。
ただ、一歩でも外に出ればその効果は消えてしまうし、効果と消費魔力を天秤に乗せると、使わないという選択になることが多い。
一応、同じ効果で範囲の広い上級魔法も存在するが、よりコスパが悪くなる為、使われる事はほぼ無い。
「でも、音を防ぐにはサイレンスフィールドが必要よね?」
「そうだな…」
コスパは悪いが、他のモンスター達が集まってくるよりはマシだろう。
「俺とニル、ターナ、プロメルテでサイレンスフィールドを回していこう。」
「分かりました。範囲外にいるモンスターは、基本的には無視という形で良いですよね?」
「もしくは、新たにサイレンスフィールドを発動してから戦闘するかだな。
怖いのは、サイレンスフィールド内では、ペトロの索敵能力が役に立たなくなる事だ。中から外の音を聞くことも出来なくなるからな。
索敵として、ペトロにはなるべくサイレンスフィールドの外に居るようにして欲しい。」
「そうすると、中での戦いに参加出来なくなっちゃうよ?」
「今まで出てきたモンスターならば、攻略方法が分かっているし、どうにか出来るはずだ。それよりも、気付かないうちに近くまでモンスターが寄ってくる方が怖い。
もし、ペトロの力が必要になりそうなら、サイレンスフィールドを解除して戦った方が良いだろう。」
「そうなると、またモンスターが沢山集まってくるよね?」
「本当に嫌なジレンマだが、他に方法が無い。」
「そっか…分かった。アタシがしっかり監視しておくから、外の事は気にしないで!」
「助かるよ。」
一時間程休憩した後、俺達はその場を離れ、大洞窟を更に奥へと進んで行く。
壁際を進んでいくと、やはりどうしても避けられない相手が居て、何度か戦闘を繰り返す事になった。
ランクの低いモンスターならば、それ程音を立てずに倒す事も可能だが、巨大ナマコモンスターのように、特殊な能力を持った相手には、弱点の攻撃が必要となる為、サイレンスフィールドの使用を余儀なくされた。
ただ、幸いな事に、サイレンスフィールドを使えば、派手な魔法を使っても、周囲のモンスター達が追加で襲ってくる事はなく、割と順調に先へと進む事が出来ていた。
魔力の消耗が激しく、どうしても休み休みの進行にはなるものの、怪我も無く先へと進んで行くと…
「あ!ここ変な空洞に繋がってるよ!」
「本当だな。声が奥の方で響いているぞ。」
壁の下の方に大人一人が通れるくらいの穴が空いており、下り坂になっている横穴を発見する。
「ベータは、この中に入ったかな?」
「痕跡らしきものは見当たらないが…」
「調べてみるしかないよね?」
「そうだな。入口だけ塞いでおけば、外からモンスターが入ってくることも無いだろう。」
「ペトロ。中の様子は分かるか?」
「うーん……変に音が反響しちゃって、よく分からない。」
「そうか…慎重に行くしかないな。
ペトロを先頭にして、縦長の陣形で行こう。」
なるべく静かに横穴へ入り、入口を土魔法で閉じる。
光の届く範囲は、灰黒結晶で出来ていて、歩くとコツコツと音がする。
全員が黙っていると、どうしても足音が大きく感じてしまい、緊張感が増していく。
暫く横穴を進んで行くと、壁や床の素材が変化して、硬い土になる。
周囲の素材が土に変わってから、少しすると、前から止まれの合図。
どうしたのかとペトロを覗き込むと、ペトロがランタンの火を消す。
身振り手振りで、ペトロ一人が、先に索敵で向かう事を伝えてくる。
真剣な表情の中に、緊張感が混じっているのが読み取れる。横穴の先に何か居るようだ。
前にいるセイドルとドンナテが、俺の顔を見て頷いた為、ペトロ一人に行かせる事にする。
ペトロは俺が頷いたのを見て、ゆっくり、慎重に横穴を先へと進み、暗闇の中へと消えていく。
静かに待つこと数分。
ペトロが無事に戻ってくると、直ぐに後ろへ下がるように合図してくる。
少なくとも、ベータは居なかったらしい。全員が後ろを向いて、入口付近まで戻ったところで、ペトロが口を開く。
「危なかったー…」
「何か居たのか?」
「真っ暗で何も見えなかったけど、多分、あれはワームだと思う。」
「Sランクのモンスターか?」
「うん。眠っていたのか、アタシに気付いていなかっただけなのか分からないけれど、間違いなくベータはあの先には行っていないと思うよ。」
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