第310話 更に奥へ
先に俺とニルで見張りを受け持ったのだが、その時に、切り落としたベータの足を持ってきて調べてみる事にした。
形は人の足に近いが、少し細く、
俺とニルが切り裂いた断面を見るに、鉄板の厚みは十センチくらいで、中は空洞になっている。
「まさか空洞が有る構造で、ここまで硬いとは思いませんでしたね。」
「そうだな。しかも、想像よりずっと軽い。」
切り取った足を手に乗せてみると、アルミ材のように軽い。
「こうして触れてみると、ミスリルって金属が、どれだけ優秀な金属なのか分かるな。」
アーテン婆さんの話では、ミスリル百パーセントではなく、色々と混ぜ合わせて作られたものらしいが、それでもここまで軽いとなると、ミスリル百パーセントの場合、凄い事になりそうだ。
「それにしても、ニルの一撃では切り裂け無かったか…」
「申し訳ございません…」
「いや。非難しているわけじゃあない。ニルの腕があっても、足一本を一撃では切り裂けないとなると……胴体に入っているであろう魔石陣は、更に頑丈に守られているはずだから、単純に斬り付けても、破壊するまでに時間が掛かるかもしれないな。」
それこそ、魔石陣が、この金属の中に、完全に包み込まれているとしたら、何回斬り付ければ良いのか分からない。
ニルよりも、俺の方が強烈な斬撃や、神力を使った斬撃を放てる為、可能性は残っているが…恐らく一撃では無理だろう。
「何か策が欲しいところですね…何度も斬り付ける間、じっとはしていないでしょうし。」
「そうだな…時間の許す限り、色々と考えてみるか。」
「はい。」
色々と策を出し合ってみたものの、使えそうな策はあまり多くはなかった。
そうして、翌日。
俺達はベータが消えていった穴の入口に立っていた。
「この先に行ったのよね?」
「はい。間違いありませんよ。」
「とてつもなく、行きたくないと思っているのは、私だけかしら?」
「いや。多分、全員が行きたくないと思っているぞ。」
ベータが向かった先。そこには、ベータが居た円柱状の空間など、全く比較にならない程に大きな地下空間が広がっている。
ランタンの光を大きくしなければ、全貌は把握出来そうに無い。というか…そもそも全貌を把握出来るような広さかも分からない。
暗闇の中で、何故それが分かるかというと、声の反響が、上下左右、そして、かなり遠くまで抜けていくからだ。
俺達が立っている場所は、そんな巨大地下空間の、一部の壁部分で、断崖絶壁の縁。
下を覗き込むと、暗闇に吸い込まれそうな気がしてくる。
「こんな場所に下りたら、四方八方からモンスターが襲ってくる未来しか想像出来ないのだけれど…」
「そうだねー…アタシの耳でも、既に何体かのモンスター達が確認出来ているし…かなり危険な場所だと思うよ…」
昨日、ベータが逃げた時に、直ぐ追わなくて良かった。断崖絶壁だと知らずに走り抜け、落ちて、モンスター達が
「これまでは長細い形状の空間だったから良かったが…こういうデカい空間となると、周囲の状況を把握出来た方が安全だ。ランタンの光を強めてくれ。俺も光魔法で周囲を照らす。」
「モンスターが寄って来るよね…?」
「光を感知出来るタイプのモンスターは寄ってくるだろうな。これまでより戦闘が増えるはずだ。
でも、いきなり背後の暗闇から襲われる方が危険だ。」
「覚悟を決めろって事ね…」
全員が腰のランタンからの光を最大にする。
俺も光魔法を使って、周囲を照らし出す。
「うっひゃあー……ガイガンダル平野の下に、こんな場所があったなんて知らなかったよ…」
光に照らし出された空間を言葉で表現すると……ギザギザしていた。
何を小学生みたいな感想を…と思うかもしれないが、言い得て妙というのか、針状の岩石を中心とした壁、床、天井なのだ。
針状と言っても、針のサイズは、人の胴体程もある為、歩くと刺さって痛いなんて事は無いし、針の先端は丸く、尖っていない為、危険度は少ない。元の世界で言うと、トルマリンという鉱物の結晶が、最も近い形を持っているだろう。
イメージで言えば、暫く使って先の丸くなった巨大な鉛筆みたいな岩石を、縦向きに敷き詰めたような地形と言ったところだろうか。全てが綺麗に並んでいるわけではなく、床の岩石は、概ね先端を天井に向けているものの、斜めを向いていたり、横を向いていたりする岩石も存在する。高さもバラバラで、中には折れてフラットになっている物も見える。
それと全く同じような面が、天井にも敷き詰められており、岩石の色は黒に近い灰色だ。
唯一、壁からは結晶があまり伸びておらず、垂直に筋が細かく入っいるだけの場所が多かった。結晶の側面が露出しているような状況なのだろう。
当然、壁も一定の広さで続いているわけではなく、狭い場所や広い場所、抉られたように欠けている場所等が有り、それが自然に出来たものだと分かる。
現在見える範囲内で言えば、直径百メートル以上、高さ百メートル程度は有る空間が出来ていて、俺達は高さ五十メートル程度の位置から顔を出している状況だった。
あくまでも、広さは現時点、見えている範囲での話で、ペトロが声の響きから判断してくれた内容を聞くと、数キロ、数十キロ、もしくはそれ以上の広大な地下空間らしい。
一言で言えば、超巨大な地下洞窟だ。
そんな黒い石に囲まれた場所の中に、モゾモゾと動いているモンスターが何体か見える。
ここに来るまでに倒してきた、巨大ナマコモンスターも見えるし、奥の方にはヘルライトらしき光も見える。
「ベータはここを通って行った…という事よね?」
「斬られたようなモンスターの死骸が見えるし、間違いないと思うよ。」
「つまり、私達もここを進んで行けと…」
プロメルテ同様に、昨日の戦闘で終わらせる事が出来なかった事を、全力で悔やみたくなるが…後悔先に立たず。今更どうする事も出来ない。
「ここに来るまでに、長い横穴とか、天然迷路とかあったが、あれはこの地下大洞窟の一部でしか無かったって事だな。」
「よく岩盤が落ちなかったな…」
「それは恐らく、この壁や床を作っている結晶のお陰だろうな。」
セイドルの言葉を聞いて、鑑定魔法を発動させる。
【
聞いた事が無い鉱物だ。当然見た事も無い。
「地下深くの、特定の地質にしか見られない鉱物でな。活火山の近くではたまに出土する鉱物だ。我も何度か見た事がある。
ここまで大きい結晶を、ここまで大量に見るのは初めてだが…」
「何かに使われていたりするのか?」
「用途を探れる程出土していないから、我も用途については知らない。」
そういうコレクターとか向けの鉱物…というくらいの物という事だろう。
説明欄を見なくとも、結晶を成している組織が、縦方向に揃っている為、結晶に対して、縦の方向に対する圧力に強い事は物を見れば分かる。
この結晶だけで、この大洞窟が支えられているわけではないだろうが、柱としての役割の多くは、この灰黒結晶なるものが果たしているのだろう。
事実、空間のあちこちに、太い柱として結晶が床面から天井まで伸びているのが見える。
壁に触れてみると、鉱石独特のヒンヤリとした冷たさが伝わってくる。
適当に小さな結晶を見付けて手で捻ってみると、バキッと音がして根元から折れた。
この体の握力、腕力で頑丈さを測るのは難しいかもしれないが、少なくとも異常に硬いとか、特殊な効果が有るようには見えない。
こういう縦に結晶が走っている鉱物は、電気を良く通す事が多いし、何かに使えるかもしれないから、適当に採取しておいても良いかもしれない。
「これだけ広いとなると、見付けるのも一苦労だな…」
イベント通知が来てから、既に十日目。イベントの期間は二週間となると、今回ばかりは、期間内に終わらせる事が出来ないかもしれない。
焦って死人が出るくらいならば、慎重に進んだ方が良いし、イベントの事は考えずに進むとしよう。
「ここで眺めていても、ベータは見付からないだろうし、進むとするか。」
「まずはここから下りないと…だね。」
「ロープをこの辺りに縛って、一人か二人ずつ下りるしかないな。」
通路はそれ程広くない為、ロープを垂らして下りて行けるのはせいぜい二人までだ。
まずは俺とニルが最初に下りて、周りを警戒し、プロメルテとターナが下りてくる。
周囲には俺でも感じるモンスターの気配が有るため、なるべく手早く下りてもらう。
二人が下りたのを確認して、ドンナテが下りてくるが…
「何でこうも高い所ばかり……」
高所恐怖症のセイドルが、目を瞑りながら、ゆっくり下りてくる。やはり床面が見えると駄目らしい。
そんな時。
バッバッバッバッバッバッ!
暗闇の奥から、不思議な音が聞こえてくる。俺の知識の中で言えば、ヘリコプターの飛行音が一番近い…というか、それそのものに聞こえる。
「あの音、こっちに近付いて来ているわよね?」
「セイドル!急げ!」
「なんでよりによって我が下りている時に!」
「ペトロ!ドンナテのロープから下りてこい!もしもの時は魔法で受け止める!」
「分かった!」
ドンナテは残り半分の高さに居る。ペトロは軽いし、ロープが切れる事は無いはずだ。
ペトロは半分飛び出すような形でロープに捕まって、スルスルと下りてくる。
「セイドル!急いで!」
バッバッバッバッというプロペラ音は、かなり近いところまで来ている。
セイドル、ドンナテ、ペトロの三人はまだ戦闘には入れない。
「ニル!頼むぞ!」
「はい!」
暗闇の奥から現れたのは、当然のようにモンスターだった。
しかし、またしても見た事がないモンスター。
見た目は、直径十五メートルくらい有りそうなプロペラが、三枚上下に重なっており、その下に、三メートルくらいの球体が付いている。
どこかネコ型ロボットがポケットから出す、空飛ぶアイテムを思い出す。大きさも、羽の枚数も、その下に付いている物も全然違うし、色も枯れ草色で全く違うが…
その見た目的に異様な物が、モンスターだと分かったのは、下に付いている球体に、大きく、グロテスクな口だけが付いており、ギィギィと鳴いているからだった。
口は人のそれに近いが、尖った歯がランダムに生えていて、到底人のそれと同じとは言えない。
しかも、どう見ても俺達を食おうとしか思っておらず、
「また気色の悪いモンスターね!」
「独自の生態系なのかもしれないが…まさかこういう飛行タイプが現れるとは思っていなかったな。」
地割れを下りてからというもの、とにかく見たことの無いモンスターが大量に現れる。嫌な場所だ。
「とにかく落とさない事には始まりません!」
「援護するわ!」
プロメルテが弓を構える。
「落として下さっても構いませんよ!」
「言ってくれるじゃない!それじゃあ遠慮無く撃ち落とさせてもらうわ!」
パシュッ!パシュッ!
プロメルテの矢が飛んでいくと同時に、ニルが俺に向かって走り出す。
「ギィギィ!」
飛んでくる矢に反応したプロペラモンスターが、左右に体を揺らす。
しかし、それはあまり意味が無かった。
矢がプロペラの風圧に負けて、プロペラモンスターの体躯まで届かなかったからだ。矢では軽すぎるらしい。
「厄介な奴ね!」
「ギィギィギィギィ!」
耳触りの悪い鳴き声をあげるプロペラモンスターが、自身の前に魔法陣を描いていく。
「セイドル!ペトロ!急げ!」
緑色に光った魔法陣は、中級風魔法、ランブルカッターのものだ。
全員に防御系の魔法を掛けてあるとはいえ、ロープが切れれば落ちて、死なないにしても激しく体を打ち付ける事になる。それに対しても、防御魔法は働くだろうが、落下の衝撃を緩める事はない為、普通に大怪我をする可能性が高い。
ゴウッゴウッ!
魔法陣が完成し、風の刃が放たれる。
ターナは直ぐに三人を守る為、魔法を発動させ、三人を覆うように木の壁を作るが、ロープ全体をカバー出来る程の大きさはない。
ガガッ!
放たれたランブルカッターの一つが、運悪くセイドルの掴まっているロープを切り裂いてしまう。
「ぬぐおぉ?!」
セイドルが二十メートル程の位置から落ちてくる。
俺は描き上げていた風魔法を発動し、セイドルを落下から守ったが…高所恐怖症が酷くなりそうだ。
「ご主人様!」
ニルが俺の元へ辿り着くと同時に、セナ特製の鉄球ボーラをプロペラモンスターへと投げ付ける。
それとほぼ同時に、俺がニルの構える盾に足を置き、強く踏み切る。
ダンッ!
何度か戦闘の中でやった事のある連携技だが、今までとは違い、ニルの安定感が増しており、踏み切った時に、全くと言って良い程に盾がブレない。
ボンッ!
俺よりも少し先に鉄球ボーラがプロペラモンスター付近に到着し、発動する。伸びた鎖がプロペラに絡み付き、巻取られていく。
ガガギギギッ!
鎖に強い捻れの力が加わるが、セナの作った鎖は、全く切れる様子を見せない。
「ギィギィ!!」
怒っているのか、何かを伝えたいのか、さっぱり分からないが、鳴き声を出す気色の悪いモンスターの、止まったプロペラと口を斜めに斬るように刀を振る。
ニルの投げた鉄球ボーラが避けられた時の為に、俺が飛び上がったのだが、あまり意味は無かったらしい。
桜咲刀は丈夫さに重きを置いた刀とは言われたものの、切れ味が悪いわけではない。プロペラモンスターはAランク程度のモンスターらしく、スルリとその体に入り込み、綺麗に真っ二つに切り裂く。
プロペラのような物は、角や爪等と同じような素材で出来ているらしく、かなり硬質だったが、俺にはあまり関係無い。
俺は死骸と共に、地面へと着地。一先ずの危機は去った。
「我は二度と…二度と高い所には登らないぞ…」
仰向けで寝転んでいるセイドルが小さく呟く。
「まあまあ。そう言わずに。」
「死ぬところだったのだ!我は二度と高い所には行かないぞ!」
ゴツいドワーフの男が、半泣きでそんなことを言っているのを見ると、悲しい気分になってきてしまう。
セイドルを
「広すぎて、どこからモンスターが近寄ってくるのか分からないわね。」
「常に全周囲を警戒していないといけないのは、かなり疲れるな…」
「それに、また、見た事の無いモンスターも出てきたよね…もっと強くて知らないモンスターが出てくるかもしれないし、モンスターが寄ってくる事だけを警戒していれば良いという事でも無さそうだよ。」
「足場が平坦ではないから、あまり戦闘はしたくないのだがな…」
愚痴ではないが、それに近い、不満のようなものを、各々が吐き出している。いや、不満というよりは、不安の方が表現としては正しいかもしれない。
「なるべく壁際を移動しながら、進むとしよう。」
「了解よ。」
不満だろうと、不安だろうと、行くとなれば素直に覚悟を決められる彼等ならば、問題は無いが。
壁際を進み始めて直ぐに、周囲に居たモンスター達が、俺達を食さんと向かって来たが、全て返り討ちにする。
ここに来て意外と厄介だったのは、ロックミミックだった。
前回は戦闘を避けたが、今回は避けて通れば、他のモンスターと戦闘するだけの話だった為、壁際から離れないように、ロックミミックとも戦った。
相変わらずの食欲で、周囲に食えそうなものが有れば、それが何であろうと寄ってくる。
前回見たロックミミックとは違い、ここのロックミミックは灰黒結晶に似た岩石を纏っている。
ロックミミックの体表に纏っている岩石は、完全に周囲の岩石と同じというわけではなく、食して体表に纏わせる際に、若干変化する。そして、この変化した岩石が厄介なモンスターへと変えていた。
一度手でボキッと折ったように、灰黒結晶は、それ程頑強な結晶では無いはずだったのだが、ロックミミックが纏っている灰黒結晶は、表面こそ同じように見えるが、内部では、結晶の向きがランダムになっており、縦横どちらに対する圧力にも、強くなっていたのだ。
その上、俺やニルならば、斬れなくはないが、スパッとはいかず、ボロボロと表面だけが崩れるようになっており、何度か斬り付けなければならなかった。
一番効果的な攻撃は、打撃で、ドンナテの大剣による衝撃、もしくは、土魔法等による打撃で楽に倒せると気が付くまでは、苦労しながら倒していた。
こうして、神経を尖らせながら、大洞窟の中を壁沿いに進み続けていくと、下りる前に見えていたヘルライトの光が近付いてくる。
「そろそろ光に反応して、こちらへ向かってくる距離ね。」
見たところ、ヘルライトは二体。隙をつくことができれば、ニルの氷魔法で一撃なのだが…光を消せば、他のモンスターの
一応、
「ここから狙うのは、流石に無理よね?」
「そうですね…三百メートル近く有るので…」
「俺の雷魔法でも、この距離は流石に狙えないな。」
「私の矢も届かないし…やるしかなさそうね。」
「ヘルライトは、魔法特化型モンスターだから、恐らく距離を詰めて来る事は無いと思う。
寧ろ、離れた位置から魔法をバンバン撃ってくるだろうから…」
「どうやって俺とニルの魔法を撃ち込める位置まで近付くか…だな。」
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