第308話 地底洞窟 (2)

若干の上り坂を暫く進むと、平坦な道へと変わり、右に左にと曲がり始める。

道の分岐は無いものの、かなり先まで進める。道幅も変化無し。


「ペトロ。モンスターの気配は感じるか?」


「うーん…今のところは感じないかな。」


「やけに静かで少し不気味ね。」


一本目の道に入ってからは、モンスターというモンスターは出てきていない。

あまりに静かだと、突然、強大なモンスターが!なんて事になりそうで怖い。フラグを立てない為にも、そんな事を口にはしないが。


「皆。この先に広い空間が有るよ。

モンスターの気配は感じないけれど…」


ペトロが一度立ち止まって、後ろを振り返る。


「ペトロの索敵に引っ掛からないモンスターも居るからな。一応警戒しながら進もう。

ここからは、セイドルを先頭にして、戦闘態勢を取りながら進むぞ。」


「任せておけ!」


セイドルは、念の為、盾を構えながら先へと進む。


ピチッ……ピチッ……


「これは何の音だ?」


「水音だよ。高い所から水滴が落ちて来ているんだと思う。」


「言われてみると、この辺りは少し湿気が強いな。」


小さな水音を聞きながら、先へと進み、ペトロが言っていた空間に辿り着く。


「凄い……」


辿り着いた先は、直径八メートル程のドーム型の空間。壁や天井は凹凸が激しく、ドーム型と言って良いのか分からないが、一応全員が入れる程度の広さは有る。

その中に入り、ランタンが周囲を照らすと、壁や床、天井から、透明な鉱石がいくつも生えているのが見える。

天井から水晶のような結晶に水が滴り、そこから落ちた水滴がピチピチと音を立てていたようだ。

光が当たると、結晶も、水も、幻想的に反射し、宝石箱の中に入ったような気がしてくる。


「綺麗な場所ね。」


「地下深くだからこそ見られる光景だな。」


全員が、その光景に目を向けて、暫くの間言葉を発する事が出来なかった。


鑑定魔法で調べてみたところ、結晶はクォーツ。つまり水晶だった。

この世界でも、クォーツは珍しい鉱物ではない為、必要となる物ではないが、ここまで綺麗な光景を見せられると、インベントリに収容したくなってくる。


「触っては駄目だ。」


俺が結晶の一つに手を伸ばそうとすると、セイドルが腕を掴んで止めてくる。


「この空間の外側には、多分水が大量に存在している。

壁一枚挟んでいるだけのはず。下手に刺激を与えたら、壁が一気に崩れて、地下水が流れ込んで来る可能性がある。」


「それで隙間から水が垂れてきているって事か。」


「下手に触って、どれだけ貯蔵されているのか分からない地下水が全て流れ込んできたら、我等は溺れ死ぬだろうな。」


「……大人しく来た道を戻ろうか。」


「そうね…こんな地下深くで溺死できしは勘弁して欲しいからね。」


俺達はソロリソロリと来た道を戻る。


「この道は、外れだったわね。」


「痕跡が見付かるか、本体が見付かるまでは、虱潰しらみつぶしに探っていくしかないからな…

ニル。マッピングをよろしく頼む。」


「はい。既に書き記しております。」


流石はハイスペックニルさんだぜ…


その後、順番的に中央の道を進んだ。しかし、先細りになっており、途中までしか進めなかった為、引き返し、左手の道を進む事になった。


左手の道は、緩やかな下り坂になっており、数分間進むと、道が枝分かれしていたり、入り組んでいたり…

とにかくとてつもなく複雑な洞窟が続いていた。


分岐が有る度に止まり、マッピングし、調査を繰り返す。


最初こそモンスターの姿は見えなかったが、進めば進む程、モンスターとの遭遇率が上がり、戦闘も増えていった。

ただ、出現するモンスターは、Bランク程度のモンスターが多く、出てきてもAランク。しかも単体。モンスターとの戦闘においては、それ程苦戦しなかった。

とはいえ、モンスターと遭遇する度に足を止めなければならず、サクサク先に進むという事は出来ない。行ったり来たりしながら、洞窟内を探索し、それから三日。ベータを破壊しろというイベント表記が出てきてから、九日が経った日の事だった。


「そろそろ、この迷路にも飽きてきたわね…」


「あっちに行って、こっちに行って…目に映るものは岩と土と、たまにモンスター。嫌になるのも分からなくはないな。」


俺達が居る洞窟は、自然が作り出したダンジョンみたいなものだから、精神的に疲れてしまう。

ダンジョンのように、進めば進む程に強いモンスターが出てくる事は無いし、遭遇率もダンジョンと比較したら、ずっと低い。

それは嬉しいのだが…安全地帯は無いし、いつ、どこで、何が襲ってくるか分からないと、気の休まる時が無くて、かなり辛い。


「レンヤ達は上手くやれているかな…?」


「シンヤから依頼を引き受けるなんて言っておいて、この有様とは情けないね。」


「地割れの先に、こんな自然の迷路が有るなんて分からない事だし、仕方ないさ。

それに、レンヤ達は優秀だから、この程度どうということは無いはずだ。」


最後に見た時は、コハルとレンヤ達の間に、それなりの関係性が出来上がりつつあったし、レンヤが居れば大丈夫だろう。


「そうなると、ますます私達から教える事が減ってしまうわね。良い事だとは思うけれど…

それより……ベータはどこまで行ったのよー…」


全体的に、随分と気持ちがダレてきている。


ここまで、ベータの手掛かりになりそうな物は一つも無かった。そうなると、いくら気持ちを高く保とうとしても、維持し続けるのはなかなかに難しい。


かく言う俺とニルも、集中力が途切れてしまいそうになるから、気を付けようと、昨日話し合ったばかりだった。


「あー。この道も行き止まり。」


「この道は駄目……と。」


ニルがマップに書き込み終わったところで、後ろから覗き込むと、恐ろしく複雑なマップが見える。


「うげっ……こんな場所なのか…」


体感としても、かなり複雑なのだが、マップとして、視覚的に情報を取り込んでしまうと、余計にハッキリと理解出来てしまう。


「私も書いていて、どの道がどうなっているのか、分からなくなりそうです。」


「左右上下に入り組んでいるが…進んでいる方向的には、北東方向なんだな。」


既に方角的な感覚は無い。今自分が南を向いているのか、それとも北を向いているのか…そんな感覚は随分と前に吹き飛んでいる。マップを見て、自分が今北東方向を向いているのだと、やっと認識出来る…なんて状況だ。


「かなり複雑で、広大ですが、全体としては、北東方向から広がっているように見えます。もし出口か有るとすれば、北東方向…でしょうか。」


「どんな経緯で、この洞窟が出来たかにもよるが…可能性としては北東方向が高いだろうな。

このまま進んで、ベータを破壊後、そのまま洞窟を脱出…が、理想的だな。」


「出口の予想が当たっているとしたら、着実に近付いていますね。」


「ああ。そう信じよう。」


「シンヤさん!ここを見てもらえる?!」


俺とニルがマップを見ていると、プロメルテから声が掛かる。


少し興奮気味の声は、何かを見付けたと言っていた。


「これ!」


プロメルテが指で示しているのは、分岐となっている道、その少し入った位置にある壁の一部。

プロメルテが示している壁の一部に小さな傷が見える。


「傷?」


「モンスターが付けた傷かもしれないぞ?」


「ちっちっちっ。アタシが居て、そんなミスするわけないでしょう?間違いなく、これはベータが付けた傷。

ベータの体に使われている金属が、ちょびーっとだけ付てたの。」


「でかしたぞペトロ!」


「まあねー!」


自慢気なペトロが、セイドルにわしゃわしゃと豪快に撫でられている。

やっと、ベータに繋がりそうな痕跡を見つけられた俺達は、痕跡を辿って洞窟内を更に先へと進む。


「ここにも痕跡が有るよ。」


進んだ通路には、いくつか傷が有り、それをペトロが見付けては知らせてくれる。


「この辺りの通路は少し狭いから、ベータも体を何度もぶつけているみたいね。」


「後を追いやすくて助かるな。」


人一人がやっと通れる広さの狭い通路を進んでいくと、少しだけ広い空間に出る。


「この臭い…例のモンスターの死骸ね。」


そこには、少し前に殺されたであろう巨大ナマコモンスターが死骸として横たわっていた。

アンモニアの強烈な臭いが充満している。それに気が付いた瞬間、直ぐにターナが風魔法で体を覆ってくれた。


巨大ナマコモンスターの死骸が腐ったりしていないところを見るに、割と最近の死骸だろう。


「ベータがやったのか?」


「物理的な攻撃を受けているけれど、鋭い牙や爪という傷跡ではないし、多分ベータがやったのだと思うわ。」


「ベータは大剣を持っていると聞いていたのだが…?」


「ええ。体内に収納出来る様になっているの。でも、この広さでは振り回せないから、体を使った攻撃をしたのだと思うわ。」


「体内に大剣を…?」


「折り畳んで小さく出来るのよ。」


「便利だな…」


「その分、普通の大剣より耐久性は低いわ。ただ、それもミスリルを用いた金属で作られている大剣だから、魔法に対する耐性が強いわ。」


「聞けば聞くほど、ベータに対して、魔法は物理的な意味での使い方しか出来そうにないな。」


「魔法殺しの人形だからね。」


一応、ベータの姿形や、どういう存在なのかは、アーテン婆さんに聞いている。


見た目は白に近い銀色のボディで、全身がぎの鉄板で造られているらしい。

二足歩行の人形は無理だったらしく、足は四足で、人の足と同じような形の足が付いているらしい。

見た目としては、アラクネが一番近いかもしれない。

ただ、戦闘する為の人形であるため、髪や目、鼻や口等は一切付いていないらしい。ただ、上半身の見た目は、人の形に寄せたらしく、シルエットだけは人に見えるらしい。


「しかし、このモンスターを素手で殺したとなると、かなり強いな。

その上、薬品にも強い金属って事になる。」


ベータが現れたら、強酸玉をひたすら投げ付けて溶かしてやろう、とか思っていたが、その作戦は無理そうだ。


「アーテン婆さんが言っていたように、物理攻撃で倒すのが、最も倒せる可能性が高いだろうね。」


「となれば、当初の予定通りの陣形で行こう。

死骸を見た限り、ベータは近くに居る可能性が高い。突然現れても対処出来るように、心の準備をしておいてくれよ。」


「よーし!やってやるぞー!」


ペトロのやる気がMAXになったところで、死骸の横を通って先へと進む。


「……この先に超大きな空間が有るよ!」


先へ進みだしてから数分後、ペトロが緊張気味に言ってくる。


「ベータは?」


「多分居ると思う。モンスターではない何かの気配が有る。」


「よし……戦闘に入る前に気が付けたのは有難いな。

どういう構造になっているか分かるか?」


「縦にも横にも凄く広い空間だよ。いくつか別の道に繋がる穴も有るみたい。」


「縦にも横にも広いのか…」


「縦って言っても、上に広いみたい。正確な高さは分からないけれど、百メートルくらいは有ると思うよ。」


詳しく話を聞くと、先にある広間は、ざっくりと形を言うと円柱状の空間で、横の広さは五十メートル程度。かなり広い空間だ。

大剣を振るのに支障が無い広さだ。

細かい壁や床の様子は分からないとの事だが、ここまで同様に、ボコボコしていて動き辛いと考えた方が良いだろう。

そして、目的のベータらしき物体は、その空間のど真ん中に陣取って、じっとしているらしい。


「たまに動いているみたいだけれど、基本的に中心からは移動していないかな。」


「となれば……まずは、ターナの魔法で、床面をなるべく平坦にしてもらって、戦闘がし易いフィールドにしてもらいたいな。」


「ベータも動き易くなってしまいますが、それでも構いませんか?」


「四足歩行という事は、ゴツゴツした足場でも、問題無く動き回れるはずだ。こちらの動きが制限されてしまうくらいならば、互いに動き易いフィールドにした方が良い。」


「分かりました。それでは、一番初めに、地面を平坦にしますね。その後は、ベータへの邪魔を中心に考えて、魔法を使います。」


「よろしく頼む。魔法でダメージを出そうとはしなくていいからな。」


「我とドンナテは、いつも通りだな。」


「ああ。プロメルテはターナの護衛を中心に、隙を見て攻撃してくれ。」


「私の弓が効くとは思えないわよ?」


「プロメルテの腕なら、関節部を狙うのも難しくはないだろう?」


「出来なくはないけれど…高速戦闘とかになったら、流石に当てられる自信が無いわ。」


「狙える時だけで良い。動きを止めたり、直接的な攻撃は、他の五人で行うからな。」


「…分かったわ。」


「ニルはペトロと組んで、遊撃を中心に立ち回ってくれ。

氷魔法ならば、足場を凍らせて、相手の動きを制限させられるかもしれない。その辺も狙ってくれ。」


「分かりました。」


「それじゃあ……ミスリルボディがどれ程のものなのか、拝見させてもらうとしようか。」


最後の確認を終えて、俺達はベータが居るであろう広間へと足を運んだ。


ペトロの言ったように、少し先へ進むと、かなり広い場所へと出る。

光が反対側の壁まで届かないくらいに広い。

地面も壁も、予想通り、大きく波打ち、凹凸が激しく、鋭い突起とっきもいくつか見える。


そして、そんな空間の中心に、じっと動かずに止まっている物が見える。

聞いていた通りの、白に近い銀色のボディを持った、人形。

間違いなくベータだ。

大剣は持っておらず、素手の状態だ。


俺とニルは初めて出会うが、イーグルクロウの五人は、その強さを知っている。その為、ベータの体躯を見た時、僅かに息を飲むのが聞こえた。


「「「「…………………」」」」


ベータが動かない事を確認した後、ターナが魔法陣を描き始める。

壁に隠れている為、ベータには気が付かれていない。


「いきます。」


ターナが小さな声で言った直ぐ後、茶色の光が後方から放たれる。


ザザザザザザザザザザッ!


目の前に見える空間の、床面に、土砂どしゃが大量に出現し、凹凸を埋めていく。


「セイドル!」


「おうよ!!」


土砂の上を駆け出したセイドル。それに合わせて、ベータが動き出す。


ガギィン!


ベータは近付いてくるセイドルに対して、四本の足の内の一本を素早く振り回し、構えられた盾に叩き付ける。


「ぐっ!」


セイドルの体が僅かに浮き上がり、進行が止まる。


「相変わらずの馬鹿力だな!」


しかし、セイドルは引く事無く、更に前へと足を踏み出す。


ベータがそれにもう一度足を蹴り込もうとした時、真横で動く小さな影。


「はあぁぁっ!」


ガギィン!


「ちっ!」


セイドルへの攻撃に合わせた、ペトロの奇襲。

しかし、それを空いている腕で弾き返す。

顔らしき部位は有るが、それで視界を取っているわけではない為、顔を動かさずに攻撃を受け止めている。

人型でなければ、そうでもなかったのかもしれないが、顔らしき物が付いているだけで、見ずに攻撃を止められたような感覚に陥って、気持ち悪さを感じてしまう。


「大剣を出していないのはチャンスだ!出される前に一気に畳み掛けるぞ!」


「オラアァァ!」


ドンナテが、ペトロの作り出した隙に入り込むように、大剣を振り下ろす。


ガギィィン!!


激しい火花が散って、周囲を照らし、重い金属音が反響する。


ベータはドンナテの重い一撃を、腕を使って受け止めた。このパーティ内で、最も重たい一撃を繰り出せるドンナテだが…ベータの力を前にすると、押し勝てないらしい。

その上、ミスリル含有のボディは、凹んだりもしておらず、小さな傷を残すだけに終わる。


ギィィン!


「ちっ!」


大剣を邪魔だと弾かれるドンナテ。ダメージの無さに、ドンナテが舌打ちをしている。


ブンッ!!


攻撃を弾かれたペトロとドンナテ。

二人の体勢が崩れたところに、ベータが片腕と足を使って攻撃を仕掛ける。


「させるか!」


「はぁっ!」


その二人を守りに入ったのは、セイドルとニル。


ガギィィン!

「おおぉっ!」


セイドルは、半分後ろへと吹き飛ばされつつ、盾で攻撃を受け止める。


ドンッ!


「「ぐっ!」」


吹き飛ばされたセイドルとドンナテの体がぶつかり合って、痛そうな声を出す。しかし、それでもつれ合って倒されるような事にはならず、ドンナテが踏ん張り、何とか無事だ。


ギャリギャリ!


これに対して、ニルの盾は、ベータの腕を上手くいなし、綺麗に攻撃を不発に終わらせる。


「重いっ!」


しかし、本来ならば、そこから更に反撃の一手を加える予定だったはずが、ベータの攻撃の重さに、体がふらついて、反撃までは出来なかったらしい。

鬼人族の攻撃を難無くいなしていたニルが、やっといなせるという事は、少なくともそれ以上のパワーを持っているという事になる。


直撃は避けなければ。


四人の動きによって片腕と、一本の足が持ち上がった状態のベータ。その懐に、俺が一足で駆け寄る。


「はあぁぁっ!」


まずは、一本。足を斬り落とす!!


そう思って、ひざになっている部分に、刃を走らせようとすると…


ブンッ!


「っ?!」


足が下ではなく、上へと曲がり、俺の刀は空を斬る。

相手は人でもモンスターでもなく、人形だ。関節など関係無い事は分かっていたはずなのに、どうしても先入観に縛られてしまい、そんな避け方をされるとは思っていなかった。


「ご主人様!」


「っ!!」


セイドルに向けて振り上げられていた足と、俺の攻撃を避けた足が、同時に俺に向かって振り下ろされる。


ズガガッ!!


間一髪、転がって避けたが、ターナの作り出した土砂と、その下にあった床が弾ける。


「あ、危ねえ…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る