第307話 地底洞窟

まだ決着はついていないのだと悟った三人は、後ろへと跳び退き、俺に道を作る。


「うおおぉぉっ!」


ザシュッ!!


開かれた道の先に向かって、刀を強く振り下ろす。


ズバンッ!!


剣技、霹靂へきれき、プラス神力の一撃で、芋虫を縦に真っ二つにする。これで確実にとどめを刺せたはずだ。


ブジュジュジュジュジュッ!


ドンナテ達が付けた傷と、俺が最後に入れた一撃で、巨大芋虫モンスターの体内から、大量の液体が溢れ出してくるのが見える。

魔法によって作り出された水に包まれているため、体液は外には漏れず、水の中でグルグルと動き回る。

アンモニア以外の何かが混ざっているのか、暗緑色の液体だ。


巨大芋虫モンスターは、真っ二つになった後も、何度かグネグネと動いたが、直ぐに動きを止めて、グデーっとなってしまう。


「うげー…気持ち悪い…」


「うわっ?!超小さくなった!?」


グデーっとした後、体内の液体が全て外へ出た巨大芋虫モンスターは、三十センチくらいの小さな塊になる。

死んだ後の様子を見る限り、芋虫芋虫だと思っていたが、むしろナマコの方が近いかもしれない。どちらにしても気持ち悪いのだが…


「ご、ご主人様…この水はどうしますか…?」


「水に溶けているとはいえ、洞窟内に放置してしまえば、後々自分達の首を絞める事になるかもしれないし…俺がインベントリに入れて保管しておくよ。」


「そんな臭くて気持ち悪い物なんて、埋めてしまえば良いのに。」


「埋めてしまえば良いというのも分からなくは無いが…何かに使えるかもしれないしな。」


「こんなものまで使うの…?モンスターの体液よ…?」


「使えそうならば、何でも使うさ。」


「……………」


「そんな汚い物を見るような目で見られると、流石に傷付くぞ…?」


俺の言葉は届いていたはずなのに、プロメルテは暫くその目を止めてくれなかった。


一先ず、モンスターを撃破出来た俺達は、再度洞窟内を進んでいく。


「さっきのは、厄介な特性のモンスターだったけれど、対処法さえ分かれば、それ程危険な相手でもなさそうだね。」


「大きさは有るから、何体も同時に出てこられると面倒かもしれないわ。」


「体内が水分ばかりなら、私の氷魔法で凍らせる事が出来ないでしょうか?」


「やってみない事には分からないが…凍らないかもしれないな。」


濃度の高いアンモニア水溶液は、凝固点が水より低い。マイナス五十度より低かったはず。

ニルの使うフリーズが、それ以下の温度を作り出せるのであれば、凍らせる事も出来るだろうが…どうだろうか。


「氷魔法よりも、俺の雷魔法の方が役に立つかもしれない。次に出てきたら試してみよう。」


「はい。」


ギギギギギギッ……


「噂をすれば影…だな。」


嫌な音を放ちながら、また同じモンスターが現れる。


「雷魔法を使う!少し時間をくれ!」


「任せておけ!」


セイドルが前に出て、注意を引き始める。


常に前衛で戦ってきたセイドル。攻撃を受けるだけでなく、注意を引きつつ、攻撃を躱し続けるのもお手の物だ。


「よし!下がってくれ!」


俺の声に反応して、セイドルが一気に後ろへと飛び退く。


バチバチッ!


俺が描いた魔法陣が、黄色に光り出す。


中級、雷魔法、サンダーバイト。


対象の左右から、電撃が走り、感電させる魔法だ。

当然だが、簡単に反応出来るような魔法ではなく、避けるのは至難の業。通常の雷と同じく、金属や水に触れると、離れた場所であっても感電させる事が可能だ。

周囲の環境や、他の魔法との組み合わせによっては、中級魔法でも、上級魔法に並ぶ程の攻撃力を発揮する。

それだけ危険な魔法でもある為、使い方を誤れば、自分や仲間を巻き込む恐れがあるため、使用には注意が必要だが…


巨大芋虫改め、巨大ナマコモンスターの左右に発生した電撃が、危険な音を発する。


バチバチバチバチッ!!


しかし、それを危険だと判断した時には、既に雷は対象の全身を伝っている。


ビクビクと全身を痙攣させた巨大ナマコモンスターは、微量の煙を体から昇らせた後、地面に横たわり、ピクリとも動かなくなる。


「や…やったのか?」


セイドルがゆっくりと近付いて、盾でモンスターに触れてみるが、反応は無い。


「倒せたみたいだな。」


「す、凄い魔法ね…」


「アタシはちょっと苦手かもー…音とかビリビリした感じが怖い。」


ペトロは獣人族で、人よりも獣に近い存在であるため、雷に対する恐怖心が強いのだろう。雷が鳴る雷雨の時に、猫や犬が地面にへばりつくようにして怯えているのと似たようなものだ。

聴力が人より良い為、何倍もの大きさの音に聞こえるだろうから、怖くて当たり前か。


「一撃で倒せるなら、このモンスターはシンヤに頼むのが良さそうだね。」


「そうだな。ターナのお陰で、魔力はまだ十分に残っているから、バンバン倒して進もう。

皆は注意を引き付けてくれ。」


「よーし!そうと決まればどんどん行こー!」


「ペトロはもう少し落ち着きなさい。」


「うっ…はーい…」


プロメルテに叱られて、しゅんとするペトロ。


相変わらず、ペトロは落ち着きが無い…とも見えるが、グリーンマンの居た森では、ここまで浮き足立っていなかったように思う。

ターナの命が天秤に乗っていたというのも有るだろうが…どこか焦燥感しょうそうかんのようなものを感じる。


「プロメルテ。」


「なに?」


更に先へと進み、巨大ナマコモンスターを何体か倒した後、プロメルテに話し掛ける。


「ペトロだが……」


「あー……うん。分かっているわ。ちょっと心配よね。」


俺よりもペトロとの付き合いは長いし、プロメルテも気が付いているようだ。


「元々落ち着いているタイプの子ではないのだけれど、この話が決まってからは、余計に浮き足立っているわよね。

ごめんなさい。また言っておくわ。」


こうして、ペトロの為に自分の頭を下げられるのは、本当に凄いと思う。プロメルテは本当に優しい。


「やはり、ベータを起動させてしまった事が…?」


「そうね…私達全員があの場に居たけれど、最終的に起動させてしまったのは、ペトロだから、責任を感じているのだと思うわ。

あの一件が有るまでは、もっと酷かったのよ。楽観的というのか…考え無しに動くというのか…

今も似たようなものに見えるかもしれないけれど、本当に大事な場面では、変に楽観的になったり、考え無しに突っ込んだりは、随分としなくなったのよ。」


「ベータを起動させてしまった時から、それをいましめにしているってところか。」


「ええ。実害は出ていないけれど、下手をすれば死人も出てしまうような案件だったからね。

自分のせいで他人が死ぬかもしれなかったと気が付いてからは、かなり大人しくなったのよ。」


「ペトロにとっては、ベータというのが、ある意味トラウマみたいなものなのか。」


「ペトロを止められなかった私達にも責任は有るし、そんな雑な場所に置いていた事も悪いと、アーテン婆さんも謝っていたけれど…」


「実際に手を動かした本人としては、気休めにもならない…か。」


「ええ。大事な場面以外では、昔のペトロを感じさせるけれど…どこか演じているような気もしてしまうの。本人にその気が有るかどうかは分からないけれどね。」


何となく分からなくはない。


俺も、元の世界で人を殺してしまった後、酷く落ち込んだ時があった。それとは逆に、普通の自分を演じて、両親を安心させようとした時期もあった。

それと似たような感情なのだと思う。


仲間が、お前だけのせいではないから、一人で背負い込むな…と、優しい言葉を掛けてくれる。それは本当に嬉しい。涙が出る程に。

でも、心のどこかで、それは建前なのではないか…とか、自分が一人で解決しなければならない事なのではないか…とか、逆にその優しさが辛い…とか、色々な感情がぐちゃぐちゃに入り乱れる。

どうしたら良いのか分からず、落ち込んでしまったり、強がってみたり、空回りしたり…何とも難しい話だが、人とはそういう生き物なのだから仕方がない。


「本人としては、演じているというよりは、そう在ろうとしている…って感じだと思うぞ。」


「元気なペトロで在ろうとしている…って事かしら?」


「本人の気持ちは、結局本人に聞くしかないがな。」


「…………………」


「俺やニルが口を出すのは違うと思うし、ペトロの事は任せる。だが、未知のモンスターがここまで多いとなると、かなり危険な場所だ。

なるべく早くどうにかしてやらないと、怪我する事になるぞ。」


「……そうね……シンヤさん。少しだけ休憩しても良い?」


「ああ。」


ペトロが浮き足立っているのは、この依頼を達成させたい、というより、自分が達成しなければならない、と思っていることから来ているはず。

強い思いで依頼に取り掛かり、やる気が有る事は、パーティにとっても凄く良い事だ。

ゲーム時でも、臨時にパーティを組んだりした時、中には…『だるー。マジクソゲー。やる気出ねー。』みたいな事を言う奴も居た。

そういうパーティというのは、どうしてもギスギスしてしまうし、他の人のやる気も削いでしまう。

逆に、『超楽しー!もっとやろうぜ!うおー!お前超凄いな!』なんて言ってくれる人も居た。

そういう人達のパーティは、いつも楽しくて、依頼の成功率は高かった。もし、失敗しても、そういう人達は、『ドンマイドンマイ!また次頑張ろうぜ!』で終わる。

全員のやる気が全く同じである必要はないが、やる気がプラスか、マイナスかは、とても大切な事なのだ。

その点、ペトロは超プラスだから、パーティの精神的な支柱になっている部分も大きい。

ただ、行き過ぎて空回りしているだけだ。だからプロメルテも注意が難しく、強く言えないのだろう。

それでも、怪我をしてからでは遅い。今のまま進み続けるのはペトロにとっても、このパーティにとっても良くない。キツい言い方かもしれないが、浮き足立ったペトロの空回りで、パーティが全滅する事態になる事も有り得るのだから。


「少し早いが、一度休憩しよう。」


「分かりました。壁は私が張りますので、シンヤさんは休んでいて下さい。」


ターナの言葉に甘えさせてもらって、先に休んでいると、プロメルテがペトロの傍に座る。


「ペトロ。」


「ん?どうしたの?真剣な顔して。」


「何度も言って五月蝿うるさいと思うかもしれないけれど、少し焦り過ぎよ。

やる気が有るのは良い事だし、ペトロの明るさが皆を明るくしてくれているのは分かっているわ。本当に有難いと思っているのよ。

でも、このまま急いで先に進もうとしていたら、どこかで誰かが怪我をするかもしれないわ。もしかしたら、取り返しのつかない事になるかもしれない。

だから、少し落ち着いて欲しいの。」


「……………」


プロメルテの言葉に、ペトロは少し暗い顔をする。

多分、自分でも分かっていたのだろう。


「別に怒っているわけではないのよ。」


「…うん。それは分かってるよ。

アタシが焦っているっていうのも、その通りだと思う。気を付けようとは思っているんだけれど…」


ペトロの顔と耳が、少しずつ下を向いていく。

どれだけ優しく言っても、きっと同じ結果になっただろう。


「そう落ち込むな。」


そんなところに、セイドルがやって来て、ペトロの頭を少し乱暴に撫で回す。


「まだ誰も怪我をしていないんだ。ここから気を付ければ良い。

ペトロは変わった。自分の行いには責任が付いて回る事を知った。

その責任感が強過ぎて、空回りしているだけだ。それは、何も考えていなかった昔とは違う。」


「昔に比べたら、ペトロも随分と丸くなったからね。気のおもむくままに生きていたから、僕達はハラハラしっぱなしだったよ。」


「う…ごめんなさい…」


「私としては、昔のペトロも好きだよ?」


「ターナがそういう事を言うと、また調子に乗るでしょう。たまには厳しい事も言った方が良いわよ?」


「う、うーん…でも、本当の事だから…」


「ターナに言った私が馬鹿だったわ…」


「えっ?!プロメルテ酷いよー!」


ターナとプロメルテのやり取りに、少しだけ耳が元の位置に戻りつつあるペトロ。


「まあ、でも、今現在は、ペトロが焦って空回りしつつあるとは思うから、一回落ち着いて、しっかり地に足をつけよう。」


「うん……アタシの為に時間を取らせてごめんなさい…」


黙って見ていた俺の方に、頭を下げるペトロ。


「ペトロも、皆も、怪我せず達成出来るようにするのが、今の俺の役目だからな。気にするな。」


「うん……」


敢えて、この話の為に時間を作ったと考えれば、ペトロとしては申し訳ないと思うのも仕方がない。ただ、ここまでされたのだから、ペトロもしっかりと気を付けてくれる事だろう。


「このまま先に進むわけにはいかないし、今日はここまでにしておこう。」


「えっ?!アタシはまだ!」


「ペトロ。」


「あっ…ご、ごめん…」


「ここでゆっくりしても、急いで進んでも、時間的にはあまり変わらないだろう。」


「…うん。そうだね。

やっぱりアタシ、焦ってるね。はあーー……落ち着かないとね。」


落ち着くのにも、少し時間が必要だろう。気を付けたからといって、焦りが消えて無くなるわけではない。

どうやってその焦りを制御するのか、どうやって折り合いを付けるのかは、ペトロ自身で考えるしかないのだから。


ペトロの横にはターナが居るし、時間をしっかりと取れば、問題は無くなるだろう。


「あー。まだ鼻の奥にさっきの臭いが残っている気がするわ…」


「プロメルテもか…何というのか…独特の臭いで気持ち悪くなってくるよな。」


「まだあのモンスターが出てくるのかしら…?」


「簡単に倒せるモンスターというだけで有難いだろう。

毎回苦戦を強いられるようなモンスターが、ポンポン出てくるよりずっと良い。」


「そうなんだけれどねー…それにしても、この洞窟は、一体どこまで続いているのかしら。」


「ベータとやらの痕跡も全く見付からないよな。」


「そうね…さっさと見付けられて、破壊出来たら、直ぐにでも引き返すのに。」


「今のところ一本道で迷う事は無いし、意外と直ぐ近くに居るかもしれない。そう考えて、気持ちを切らないようにな。」


「分かっているわ。これくらいでへこたれたりしないわよ。」


そう言って気合いを入れたのは良いが…翌日。


ペトロの浮き足立った雰囲気も落ち着いて、良いスタートを切ったのは二時間前。

その間には、モンスターとの戦闘も何度かあった。

巨大ナマコモンスター以外のモンスターも居たが、ほとんどがBランク以下のモンスターで、既知のモンスターばかりだった為、苦戦はしなかった。


「まだまだ先は長そうね…」


「あー…プロメルテ。嘆いているところ申し訳ないけど……」


プロメルテの嘆きに、調子の戻ったペトロが申し訳なさそうに言う。


「何?」


「ここから先は、沢山の横穴が有るみたい…」


ペトロがランタンを掲げて奥を照らすと、小さなホールのような空間になっており、その壁や天井にいくつも穴が空いており、通路が分岐している。

これまで同様に、穴は自然に出来たもので、凹凸が激しいのは勿論、登れそうにはないような角度で上に繋がっている穴や、落下するしかないような穴、狭すぎて通れなかったり、今にも崩れ落ちてしまいそうな場所も有る。


「この中からベータの進んだ道を選ぶのって……可能なの?」


「「「「………………」」」」


誰が見ても、不可能に近い事だということは一目瞭然いちもくりょうぜん

手掛かりになりそうな痕跡でも見付かれば良いのだが、そんな都合の良い事はない。


「一つ一つ潰していくしかない…よな。」


「これを…全部?」


ざっと見ただけでも、十近い穴が見える。選んだ道の先に、同じように分岐が有る可能性を考慮すると……


「全部調べる必要は無いはずだ。アーテン婆さんに聞いたベータのサイズは、ペトロに近い小柄な女性サイズ。

という事は、ペトロが通れない場所や、登れない場所は通っていないはずだ。

もし通っていたとすれば、必ず痕跡が残っているだろう。

まずは、ここを起点として、そういった通路を除外していって、残った通路を調べよう。

運が良ければ、何か痕跡が見付かるかもしれない。グダグダ言っていても先へは進めないから、さっさと始めるぞ。」


まず、ニルが、分岐している起点の場所で入口をマッピングする。

次に、それぞれの入口から中を見てみて、通れそうな穴なのか、痕跡は無いかを調べ、ニルに報告。

通れない、もしくは通るためには痕跡を残さなくては通れない場所なのに、痕跡が無い通路を確認し、通路を取捨選択する。


「こっちは行けそうよ。」


「ここは無理だな。」


「こっちが駄目で…こっちは通れそう……と。」


ニルが言われたようにマッピングしていく。


「えーっと…通れそうな道は、全部で三箇所ですね。」


「思ったより少なかったな。」


「でも、この三つの行き先が重要よね。

どこから行く?」


「見た感じ、右手の道は上に、左手の道は下に、真ん中の道は真っ直ぐに向かっているね。

結局、そのまま直進しているわけではないから、ただの目安にしかならないけれどね。」


「どうせ道の先は分からないのだから、どこを選んでも、あまり変わらないだろう?」


「それなら、適当に……右手の道に進もうか。」


「よーし!それじゃあ行きましょー!」


ペトロが片腕を突き上げて、右手の道へと進んでいく。

僅かな上り坂になっており、少し歩くのが大変だが、辛いという程でもない。広さは大人が三人横並びに通れる程度で、高さも三メートル程。息苦しさは無い。

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